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剣と魔女と魔王の乱舞(ディソナンスワイルドダンス)  作者: 知翠浪漫
第一部 魔王降臨
4/41

第三章 ラグネ






 *




「アイツ悪魔に助けられたぞ!」

「やっぱり悪魔だったんだ」

「って言うか、あの蜘蛛っぽいの討伐対象のヤツじゃ――――」


 声が風に流されていく。

 なにか気になることを言っていた気がするが、正直考えている余裕がない。

 体は糸でぐるぐる巻きにされている上、アラクネの腕によってがっちりと拘束されている。

 そしてその状態で、アラクネは壁の上を疾走していた。


 智貴を襲っていた少年たちの声は一瞬で聞こえなくなる。完全に引き離したようだ。

 だがそれを喜んではいられない。

 何故なら、それは智貴を襲った少年少女たちから逃げられたのと同時に、アラクネと二人(?)きりになったことを示すからだ。


 助けてくれた、と考えるのは早計だろう。

 糸で拘束されていることからも考えて、どちらかと言うと食料として確保したと考えた方が妥当なのではないか。


 なにせアラクネには智貴を助ける理由がない。いや、少し待て。それは逆説的に言えば、アラクネに生かす価値があると思わせれば見逃してくれるのではないだろうか?

 どうも智貴を識別し、それに執着している節がある。と言うことは、なにも考えずに暴れまわる獣と違って、多少なりとも知能があると言うことだ。


 だったら後で服従の意思を見せるために腹でも見せるか、足でも丁寧に舐めてみようか。だが蜘蛛の足とは舐めても大丈夫な物なのか。腹を下したらどうしよう。保険が利く利かない以前に、そもそもやってる病院がこの辺りにはなさそうである。

 なら、三回回ってワンと鳴いてみるのはどうだろう。


 智貴がそんな馬鹿なことを考えている内に、アラクネは目的地に到着したようだ。

 急に停止したせいで、固定されていなかった首が勢い余って人型の胴部分に衝突する。

 後頭部に柔らかい衝撃。髪で隠れてわかりにくいが、どうやら立派な果実が実っているらしい。なんと言うか、頭の向きが逆でなかったのが非常に悔やまれた。


「あべしっ」


 そんな智貴の邪念を感じ取ったのかわからないが、アラクネが智貴を手放す。鼻を床に打ち付けて、智貴は無様な声を上げてしまう。


 床。そう、床である。

 顔を上げると、そこは壁に穴が開いた廃ビルの一室のようだった。

 部屋には巨大な蜘蛛の巣やなにかの骨が転がっていることから、どうやらここがアラクネの巣らしいと推察する。

 そしてそんな観察をする智貴の前にアラクネが立つ。前髪に隠れて見えないが、アラクネからの視線を感じた。


 あれ、これっていよいいよヤバいのでは。


「待て、待て待て待て! どうか待ってください! 胸に触れたことなら謝りますから! だから食べないでくださーい!」


 見栄もプライドもない全力の命乞い。簀巻きにされて動けないのだ。他に助かる術はない。


「お願いします、足も舐めるし、多少の変態プレイなら付き合ってもいいんで!」


 しかしそんな智貴の暑い命乞いはどうやら無駄なようだった。

 アラクネが不思議そうに首を傾げる。どうやら智貴の言葉の意味がわからないようだ。人間ではないのだからある意味当然である。


 そして蜘蛛の前足。その刃物のように鋭い先端を、無情にも動けない智貴の背にゆっくりと振り下ろし――――


「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……あぁ?」


 拘束がほどけた。

 正確には糸についていた粘着質ななにかが消えたのである。

 糸は残っているが、しかしよほど表面が滑らかで滑るのか、簡単に拘束が緩む。そしてアラクネは前足をどかした。

 アラクネが距離を置き、智貴は訳が分からないまま体を起こす。


 逃げる――のは止めておくべきか。

 アラクネが本気になったら捕まえるのは簡単だろう。それこそさっきやったみたいに糸でも飛ばされれば、またあっさりつかまりかねない。


 それに拘束をわざわざほどいた、と言うことはアラクネなりになにか目的があるはずだ。どうするかはそれを確認してからでもいいだろう。

 そんなことを考えていると、アラクネが部屋を出ていき、数分置いてから戻ってきた。そして智貴の目の前に大量の死骸を置く。

 頭を亡くした大きなトカゲっぽいのに、十本足の蜘蛛に、二股の猫。昼間に智貴が食べた猪もどきの死骸もある。原形を留めているもの、いないもの。実に様々な死骸があった。

 どれも死に立てほやほやなのか、獣臭いが虫がたかっていると言うことはない。


 これはなんだろう。今からお前もこうしてやるという死の宣告だろうか?

 だが次にアラクネが出したもので、智貴はアラクネが智貴の拘束を解いた理由を理解する。


「これは……昼間に俺が食った肉串の串に、調味料? ひょっとしてこれらを料理しろってことなのか?」


 アラクネが頷く。

 言葉はわからないと思っていたが、わかるものもあるのだろうか?

 なんにせよ、智貴は理解する。つまり自分は、このアラクネの専属料理人に選ばれたらしい。


「まあ、そう言う事なら命を助けられた恩もあるわけだし……飯を作るのはいいけど」


 まさか人外の化物に飯をたかられるとは。

 思いもよらなかった事態に戸惑いを覚えつつ、しかし自身の命を守るため、そして助けてくれた恩を返すため、智貴はアラクネに食事を提供しようと立ち上がるのだった。




 結論から言うと、手の込んだ料理は作れなかった。

 なにせ調味料はあっても調理器具の類は全くないのである。包丁も昼食を食べた屋上に置きっぱなしだ。仕方なく近場にあった切れ味の悪い包丁を代わりに使った。


 そして状態のよさそうな死骸を選んで捌き、運よく隣の部屋にあった災害用の保存水につけて血抜きする。更に四体ほど、状態のいい肉を同じように処理する。その辺りでアラクネに急かされて最初に水につけた一体を細かく刻み、調味料をまぶして提供した。俗に言うユッケと言う奴だ。

 肉を刻む際は、途中からアラクネに任せた。彼女の蜘蛛の足が刃物のように鋭くなっており、それが包丁代わりに使えるとわかったからだ。


 そして今、アラクネはそんなユッケを美味しそうに食べている。

 本当は生食は危険だが、アラクネなら多分大丈夫だろう。少なくとも自分には調理ができないからこそ、こうして智貴を捕まえたはずなのだ。なら普段は生で食べているに違いない。


 一瞬、虫に似た化け物を生で齧っている姿を想像して顔をしかめる。だがすぐに首を振って想像を振り払うと、調理に戻った。


 ユッケはあくまで時間稼ぎだ。アレを食べ終わる前に、次の料理――メインディッシュを作らなければ。智貴は連れて来られた部屋で火をおこし、そこで昼にやったような肉串を作っていく。

 肉に肉を合わせるという、カロリーの暴挙にもほどがある献立だが、アラクネが用意した食材が肉しかないので仕方がない。

 かろうじて廃墟に生えていた香りの強い草を数枚、申し訳程度に焼いた肉に巻いてみる。


 今度は智貴も食べることにした。

 アラクネが怒らないか少しだけ不安だったが、彼女は肉を食べる智貴に視線を送るだけで、特になにかをすることはなかった。

 焼けた肉を差し出すと、アラクネはそれを受け取っておいしそうにかぶりつく。そして瞬く間に食べ終わり、続けて物欲しそうに顔を向けてきた。試しにもう一本、肉を渡すと再び一心不乱にかぶりつく。そしてねだるようにこちらを見る。


 なんと言うか躾のできた子犬に餌をやっている気分だ。ちょっとかわいいかもしれない。

 見た目はゴツイが、しかしよく見てみれば上半身の人型は思ったよりも小柄である。実はまだ子供なのかもしれない。


「なあ、ちょっと顔、見せてもらっていいか?」


 なんとなく興味がそそられて、アラクネに頼む。しかしやはりアラクネは言葉がわからないのか小首を傾げるだけだ。


 そんな彼女の顔に、智貴はゆっくりと手を伸ばす。

 敵意を感じなかったからか、払いのけるような気配はない。智貴の手は彼女の髪の毛をかき分けて、その顔を露出させた。


「……おお」


 髪の下から出てきたのは幼い少女の顔だ。年の頃は人間で言うと十二、三歳と言ったところか。胸の豊満さに比べると随分と童顔だが、それ以外の体つきもよく見ると幼い。アラクネとして、やはり彼女は幼いのだろう。

 顔のつくりは、かすかに汚れているが、十分美少女と呼んでいいレベルだ。更に眉の上に三つづつ、赤い石のような小さな複眼が付いている。

 智貴にじっと見つめられているのが不思議だったのか、アラクネの首を傾げる角度が深くなる。


 ……そう言えばこれほど近くで女子と目を合わせるのは、生れてはじめてな気がする。

 アラクネを女子とカウントしていいのかは少々疑問だが、彼女の顔が美少女のそれであることに違いはない。


 急に気恥ずかしさを覚え、智貴は髪を元に戻した。そしておもむろに焼けた肉に手を伸ばす。

 アラクネは相変わらず不思議そうにしていたが、智貴が肉を差し出すと、もはや気にならなくなったように肉を食べる。

 その後は二人して肉を食べ続けた。やはり走りづめで腹が減っていたから、アラクネはおろか、智貴も昼間よりも多くの肉を食べることができた。


 そしてそうしている内に夜が更け、気付けば智貴は眠りに落ちてしまう。

 こうして智貴とアラクネの奇妙な共同生活、その一日目は終わったのだった。






 *




 それから約一週間、智貴はアラクネと一緒に暮らしている。


 理由は様々だ。

 どこに行けばいいのかわからない。人間とコンタクトを取ろうとしても悪魔呼ばわりされて話にならない。アラクネの巣から出ると止められないがアラクネが悲しそうな顔をして、そして帰ってくると嬉しそうな顔をするのである。


 下半身は人間ではないとは言え美少女にそんな顔をされて、わざわざ別で暮らせる男はいないだろう。出来たらソイツは男じゃないと智貴は思う。

 そんなこんなで二人は同居生活を過ごすことになった。そして一緒に暮らすようになる前と今で、三つ、大きく変わったことがある。


 一つ目はアラクネの巣に調理器具が取り揃えられたこと。そして二つ目がアラクネの姿である。

 智貴が助けられた翌日、智貴はアラクネと一緒にビルの中を探索し、調理に使えそうな物とハサミを見つけたのだ。

 そのハサミを使ってアラクネの髪を切ったのである。ちなみに思った以上に髪が強靭だったせいで五つのハサミが天に召されたのには、智貴も呆れた物だ。やはりアラクネはモンスターの類なのか、人間よりも頑丈らしい。


 なんとか形にはなったが、しかし智貴はただの高校生。当然理髪のセンスなど皆無である。

 だから顔が見えるぐらいに前髪を切り、変じゃない程度に全体を整えた程度だ。おかげで前髪も後ろもパッツンで、元の見目の良さと無表情が相まって人形のような印象を覚えた。


 そして髪を切りすぎたことで胸が露出するようになってしまった。一応言っておくと意図的ではない、事故だ。その証拠に、ちゃんと使えそうな水着を探してきて着せている。

 やたらと布面積の小さい水着を着せているが、けっして智貴の趣味だからではない。水着を見つけた時、思わずガッツポーズをしてしまったが、断じて違う。これはあくまで事故と偶然が生み出した悲劇の芸術なのである。


 なにはともあれ、最後の三つ目。ある意味、上二つ以上に大きな変化だ。その内容は――――


「おーい、ラグネ。肉、持って来てくれないか―」

「肉、ドレ?」

「あー、羊肉にしとくか―」

「ワカッタ」


 アラクネことラグネが言葉を解したことだ。

 元々、この廃墟にやって来た人間の会話を盗み聞きで学習していたらしく、少し教えたらすぐに話せるようになった。


 もっともまだ理解してない単語も多く、流ちょうに話せるとは言い難い。

 だが意思疎通できるようになったのはありがたい。おかげでちょっとした手伝い程度であれば頼めるようになった。


「肉、コレ?」

「ああ、これだこれ。サンキュ、手が離せないから助かったよ、ラグネ」


 最後、名前を呼ばれてラグネの口角がわずかに上がる。

 ラグネ、と言う呼び名は二人で話している間になんと言うか自然に決まったものだ。


 どうもアラクネ呼びしていたのを彼女が自分の名前と勘違いしたようで、それを発音しようと失敗してラグネ。更に智貴がそれを名前だと勘違いした、という経緯による。

 どうせならちゃんとした名前をつけてやればよかったと思ったが、本人は気にしていないようなのでそのままだ。


 そしてラグネが話せるようになってわかったのが、智貴をさらった理由である。

 最初こそ料理をさせるためだと思っていたが、実はそれは理由としては半分だったらしい。そして残る半分は、彼女が人間と言うものに興味を持っていたから、とのことだった。


 どうやら彼女は自身と似た姿をした人間に強い関心があったらしい。しかし廃墟で出会う人間と言えば、ラグネを見たら攻撃をしてくるばかりでまともなコミュニケーションを取れない。そんな中、彼女は智貴に出会ったのだ。そして自分を見つけても攻撃してこず、それどころか食事を分け与えてくれた智貴ならコミュニケーションを取れるのでは、と考えたらしい。


 らしい。あくまでらしい、だ。まだラグネは言葉に不自由なため、まだ細かいニュアンスもわからなければ、さっきのようなことを説明しきるまで三十分以上の時間を必要とした。その為、智貴が勝手に解釈している所が多く、六割ぐらいは想像で補完している。


 だが、仮にそれが智貴の勝手な思い込みだとしても、ラグネが智貴に対して友好的であることには違いない。ならばせいぜい、有効に活用させてもらうとしよう。


「よっし、廃墟風ジンギスカンの完成だ」

「コレ、タベテ、イイ?」

「待て待て。食卓に持って行ってからだっていつも言ってるだろ。ここは飯を作るところだからな。飯を食べるところじゃない」


 そわそわするラグネを伴って、適当に拾ってきたちゃぶ台の上に鍋を置く。そして用意しておいた箸を取り――ラグネにはフォークを用意している――二人で手を合わせてから食事を始める。


「んー、ちょっとくせはあるが、悪くはないな」

「コレハ、コレ、デ、イイ」


 ラグネが片言で同意する。その口周りは油でべたべたに汚れており、智貴が苦笑しながら拭いてやった。

 その間、ラグネはなすがままだ。


 小さい子供の世話をしてやっているようで、なんとなく新鮮である。

 智貴には五つ年下の妹がいるが、手のかからない子だったため、こうやって世話をすることは稀だった。だからこそラグネはその容貌と相まって、手のかかる妹あるいは娘の世話を焼いているようで、なんと言うか気分がよかった。

 だがそんないい気分だったのはわずかな間の事だった。


「……奏多かなたの奴、どうしてるかな」


 不意に妹のことを思い出して、わずかにしんみりする。


「トモキ?」

「ああ、なんでもない。お前が心配するようなことじゃないさ」


 心配そうに覗き込むラグネの頭を撫でる。すると安心したのか、ラグネが顔を離した。

 ラグネはあまり表情を動かさないが、一週間一緒にいたためか、最近は彼女の表情が読めるようになってきた。


 それと最近分かったが、ラグネは割とさみしがり屋で優しい性格をしているらしい。

 智貴と離れると寂しそうにして、困っているとすぐに声をかけてくる。

 一部の人間からしたら、実に理想の妹なのではないだろうか。智貴としても実の妹にはそこまで頼られなかったため、兄のように頼ってくれるのは実に嬉しい。


 ただ難点を一つ上げるとすると、寝る時も一緒の部屋でないと機嫌が悪くなるところか。

 智貴も年頃の少年だ。そんな彼の目の前に無防備な果実が二つ転がっているのはどうにも目の毒なのである。加えて言えば、寝ていると窮屈なのか、朝起きると水着を脱いでいることがあり、体の一部によくない。具体的にどことは言わないのが、非常によくないのだ。

 今朝も危うくラグネが変なところに興味を持ちそうで危なかった……ではなく、それよりも奏多、本物の妹の方だ。


 流石に一週間は放置しすぎた気がする。奏多の現状がどうなっているのかは知らないが、時間を置けば置くほど悪くなる可能性もある。そろそろ本格的に行動を開始すべきだろう。


 この一週間はどちらかと言うと生活環境を整えることに費やした。そのおかげでとりあえず最低限は生活はできるようになっている。

 食材も、ラグネに調達を頼んでいるので、智貴が取りに行く必要はほとんどない。

 せいぜい探索のついでに調味料や調理器具を見つけたら回収してくるぐらいだ。


 ならばそろそろ本格的に、この廃墟にやってくる人間とコンタクトを取る方法を考えるべきだろう。

 智貴は今後の方針を決めると、食器を洗うために立ち上がるのだった。






 *




「とりあえず、まずはまともに話す環境を整えるべきか……」


 朝の廃墟を闊歩しながら、ナップサックを背に智貴はひとり呟く。

 考えるのは、どうやってこの廃墟にやって来た人間と友好的に対話するか、だ。

 素直に話しかけて、それで相手が対話してくれるなら話が早かったが、どうにもそれが叶わない。

 何故か智貴は、この周辺に溢れている化物と同種の存在だと思われているらしい。


 よくよく考えてみれば、こんなところで武器もなく一人でポツンと存在しているという時点で割とぶっ飛んでいるので、そう思われても仕方ない気はしなくもない。更にどうやら自覚はないが、智貴の体からなにかよからぬオーラだかフェロモンだかが漏れており、相手方はそれを察知しているらしい。


 その智貴の体から漏れ出ているなにかを抑え込むことができれば、ひょっとしたら対話はできるかもしれないが、そもそも智貴自身知覚できない物をどうやって抑え込めばいいのか。

 どこぞの野菜の宇宙人のように修行して抑え込めるならやってもいいが、それができるという確証は全くない。そもそもなにが漏れ出ているのか智貴にはわかっていないのだ。ならばそれをどうこうするという考えは現実的ではない。


 ならばどうするか。


 見方を変えてみよう。

 人間たちと対話ができない理由は智貴から得体のしれない物が出ていることもそうだが、実はもう一つあるのだ。

 それはここを出歩く人間は基本的に武装していて、そして集団で行動していること。そのせいで一度敵認定されると、連続的に攻撃を仕掛けられて、全く話にならないのである。

 だが逆を言えば、相手が戦えない状態なら対話できるのではないだろうか。


「よし、じゃあ罠でも仕掛けてみるか」


 かかるかどうかは気休め程度の物だが、しないよりはましだろう。

 最悪そのせいで人死にが出る可能性もあるが、


「いやー、本当はこんなことしたくないんだけどなー。でも話を聞いてくれないんだから仕方ないよなー」


 どう聞いても棒読みにしか聞こえない智貴の言葉だったが、残念ながらそれを指摘する者はいない。

 智貴は喜々とした表情で足を止めると、ナップサックから道具を取り出し、一時間ほどかけてビルの中に罠を設置した。


 このまま罠になにかがかかるのを待っていてもいいが、このまま待っているのも芸がない。

 智貴は少し考えてから、別の場所に似たような罠を設置しに行くのだった。


 そして太陽が丁度真上に上った頃、更に二か所のビルに罠を仕掛けた智貴は、最初のビルに戻ってくる。

 三つ首のダチョウが入り口前の大通りを通り過ぎるのを確認してから、智貴は廃ビルに侵入した。


 残念ながら罠には人間どころか、獲物の一体もかかっていなかった。今日の夕飯の調達はラグネ任せになるだろう。

 舌打ち一つ。智貴が不満そうに顔をしかめていると、突如激しい轟音が廃ビルを振動させた。


「な、なんだあ!?」


 ともすれば地震とでも勘違いしそうな衝撃に、智貴は思わずよろめく。

 慌てて廃ビルから飛び出すと、少し離れた場所で派手な爆音とともに土煙が上がるのが見えた。

 続いて雄たけびのような声と、光のようなものがいくつも空に飛び出す。


 あの光は見たことがある。アレは智貴が廃墟で目覚めた初日に、出会った少年少女たちが撃ってきた銃弾だ。

 アレが具体的になんなのかはわからないが、どうやらあの土煙が上がった場所で何者かが戦闘しているらしい。


 おそらくこの間の少年少女のような集団が、なんらかの強敵と戦っているのだろう。

 よほどの強敵なのか、ここまで戦闘音が聞こえてきた。


 智貴が介入するような隙はおそらくない。だがひょっとしたらなにか手助けをして恩を売れるかもしれない。あるいは戦闘終了後を襲って、一人ぐらい誘拐することもできる可能性だってある。

 我ながらゲスな考えだとは思うが、しかしやっと巡ってきたチャンスだ。こんな機会、次にいつあるかわからない。


 智貴は逡巡することなく笑みを浮かべると、腰に下げている最終兵器を確認してから、戦闘現場に向かって駆けだした。




 そして、目的地に辿り着いて智貴が見た物は一方的な蹂躙だった。

 全長八メートルほどの尾を持つ黒の巨人。それが暴れまわっている。


 相対するのは七人の少年少女。いや六人組の少年少女と独りの少女と言うべきか。

 巨人の目は二対の計四つ存在するが、しかしそのどれもが六人組には向いていない。巨人の目はただ空中を舞う、一人の少女のみに向けられていた。


 その少女は銀と金に輝いていた。

 いや、違う。少女の周囲を舞う槍が陽光を反射して銀色に、そして少女自身の長い金髪が金色に輝いて見えるのだと智貴は気付く。

 遠目で見にくいが、それでもその輝きは智貴の心を強く引き付けた。

 それが何故なのか智貴にはわからない。だがとにかくその輝きから目を離せないでいると、唐突にその姿が闇に呑まれる。


「あ」


 それが巨人の拳だと気付いて、智貴は顔面から血の気が引くのを感じ――すぐにそれがただの杞憂だったと思い知る。

 気付けば、巨人の拳が爆散していた。


 それが少女の操る槍が巨人の拳を貫いた結果だと、遅れて気付く。

 どうやら相当高所から勢いをつけて投下されたらしい。槍も粉々に砕けたようだが、同時に巨人の腕も血煙になって消滅した。


「ガァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!」


 よほどの激痛だったのか、巨人の喉が大気を震わせる。

 見てみれば逆の拳はすでに無かった。さっき聞こえた雄たけびは、もう一つの拳を潰した際の声だったのかもしれない。

 巨人はそこでやっと自身の不利を悟ったのか、少女に背を向けて逃亡する。しかし少女はそれを許さなかった。


 空中に槍を浮かべ、その上をスキップするようにして少女が巨人を追いかける。

 恐怖を覚えた巨人が、そんな少女に尻尾を叩きつけるが、その尻尾は先ほどの拳のように空から降り注いだ槍によって爆発した。

 痛みのせいか巨人はそのまま道路の上に倒れ込み、そこに追撃の槍の雨が降り注ぐ。


 先のような威力はなかったが、しかしその数は致死量には十分だったらしい。巨人は苦悶の叫び声を上げ、のたうち回った後、助けを求めるように手のない腕を伸ばし――そこで力尽きた。


 所要時間は智貴が駆けつけてからおよそ一分。

 そんな短時間で少女は化物をいともたやすく屠ってみせた。

 ともすれば恐怖すら覚えてもおかしくない光景だったが、しかし智貴の胸に去来したのは全く別の感情だった。


「……ああ、きれいだったな」


 それは感動にも似た美への憧れ。

 それほどまでに少女の闘う姿は鮮烈で凄まじく、美しかった。

 智貴は少女の後姿に見とれて、しばらく動くことができなかった。

 しかし少女が振り返ったことで、智貴は慌てて物陰に姿を隠す。

 しばらく少女からの視線を感じていたが、少女がこちらに来ることはなかった。


「大丈夫? 怪我はない?」


 声が聞こえてきて、智貴は静かにのぞき見を再開する。

 いつの間にか、悪魔を倒した少女は地面に降りていた。少女の周りを浮遊していた槍は翼のような形で彼女の背にマウントされている。


 改めて、美しい少女だった。

 太陽のような腰まで届く金髪に、緑柱玉エメラルドの色をした凛々しい瞳。首には赤いチョーカーを身に着け、更に耳にはゴツイ耳当て――ヘッドホンだろうか――を身に着けている。

 女子にしては高めの身長に、スレンダーな体つき。先日も見た紺色の制服に身を包んでおり、そのせいで肌の白さが際立っている。ヘッドホンのセンスだけ頂けないが、それがあってもなおお釣りがくるほどの美少女だ。


 同じ美少女でも、可愛い系のラグネとは違うキレイ系の美少女。名前がわからないので、とりあえず槍の美少女。いや、なんか寂しい非モテ男が付けた名前のようなので、やはり槍の少女と呼称しよう。


 そんな槍の少女は、六人組の少年たちと話している。

 少女と同じ制服を着た彼らはボロボロだった。しかもそのうちの二人は倒れて意識がないようだ。心なしか腕が変な向きを向いている者もいる気がする。

 おそらく槍の少女は彼らを助けようとして、さっきの化物と戦ったのだろう。


「あ、ありがとうございます。二人ほどやられましたけど、命に別状はないみたいです」

「そう。アナタたちはこれからどうするの?」

「この状態じゃ探索なんてできませんから……今日はもう戻ろうと思います」

「護衛は必要?」

「……いえ、大丈夫です。そこまで迷惑はかけられません」

「そう」


 どうやら話がまとまったらしい。

 少年たちは倒れたメンバーを担いでどこかへ行き、槍の少女は逆方向へと歩いていく。


 さて、こっちはどうするか。

 智貴は少々考える。


 今ならうまくすれば、やられた少年少女たちを襲って、一人ぐらい浚うことができるかもしれない。

 そうしなくても、彼らはどうやら”どこか”に帰るところらしい。彼らがどこに帰るのか、それを確認するだけでも収獲にはなりそうだ。


 帰る、と言うからにはそこにはきっと他にも人間がいるはずだ。そこの連中と交渉ができれば、うまくいけば妹の手掛かりがつかめるかもしれない。

 そんなことを考えながら、反対方向に歩いていった少女に顔を向けた。


 単純な脅威度で言えば、今まで会った中でも確実に最大クラスだろう。だが相手は一人で、しかもさっきのやり取りから察するにいい人らしい。

 ならば智貴とも対話してくれるのではないだろうか。


 はたしてどちらを追うべきか。

 さして逡巡することもなく、智貴は結論を出す。


 一人で行った少女の方を追いかけよう。

 少年たちの方はそも対話ができるという確証がない。仲間が傷ついているのなら、なおさらピリピリしているのではないか。加えて、最悪の場合あの少年たちだけではなく、さらに多くの人間たちと敵対する可能性もある。

 ならば不愛想ながら、人がよさそうな槍の少女の方が対話相手となり得るのではないか――という建前だ。


 本音は単純にあの少女に興味が沸いたからである。

 あの強さ、そしてあの美貌。そして優しさ。なんと言うか、コミックのヒーロー系主人公のようで格好いい。

 そんな人によっては笑い飛ばされそうな理由を胸に抱き、智貴は槍の少女を追いかけて、再度走り始めるのだった。







 *




「あれ、アイツはどこに行ったんだ?」


 廃墟群の中で足を止め、智貴は怪訝そうに呟く。

 少女を追いかけて約十分。智貴は槍の少女を見失っていた。

 彼女が助けた少年たちが見えなくなった時点で声をかければよかったのかもしれないが、ついつい好奇心が疼き、少女がここへなにをしに来たのか暴きたくなったのである。


 そこで可能な限り隠密行動を取って槍の少女をストーキングしていたのだが、つい先刻、智貴は追跡対象を見失ったのだ。

 落胆のため息をついて、智貴は頭をかく。


「失敗したなあ……」


 余計な欲をかいてしまった。相手の目的が知れれば交渉しやすくなるかと思ったのだが、そのせいで相手を見失ってしまっては元も子もない。


「チッ。せっかく美少女とお近づきになれる機会だったってのに、勿体ないことをしたぜ」

「――あら、一体なにがもったいなかったのかしら」


 一旦拠点に戻ろうか、と思ったところで頭上から声をかけられて智貴は驚く。思わず上を仰ぎ見た瞬間、それらはきた。


 空から槍。

 智貴は慌てて後ろに跳んでそれを回避。次は五本。さらに次は十本。


「な、ちょ、ま――――」

「本当に素早いのね、アナタ。本当に人間離れしているわ。なら、これは避けられるかしら?」

「だから待てって――――」


 智貴の制止の声を無視して、地面に刺さった槍が動く。それらの全てがまるで見えない手で引き抜かれるように浮いて、それらが空中を旋回する。


 その数、およそ三十。

 やばい、そう思った瞬間、智貴は後ろを向いて走り出した。

 背を向ければ狙い撃ちされる可能性が高い。だがどうやらあの槍は原理こそ不明だが一度地面に突き刺さったら使えなくなると言うものではないらしい。


 ならば避け続けてもジリ貧になるだけだ。

 多少のリスクがあっても全力で逃亡するべきだろう。

 それに逃げるための手立てがないわけでもない。


「これでも食らえ!」


 背を向けたまま、智貴は腰にぶら下げていた最終兵器――白いボールを手に取ると、縛っていた紐を解いて後ろに放り投げた。

 次の瞬間、智貴めがけて槍が飛んでくるが、しかしそれらが智貴を捕らえる前に突如現れた白い幕が槍を遮る。


 幕に捕らわれた槍の数はおよそ十。それらが幕にからめとられて、元の推進力と相まって、奇怪な動きで地面に落ちた。そしてネットに捕えられた猛獣よろしく、激しくのたうち回るも幕から出てくる気配はなかった。


「よし、ぶっつけ本番だがうまくいった!」


 今智貴が投げたのは、ラグネに作ってもらった蜘蛛糸のボールだ。

 粘着性を持たせることこそできなかったが、投げることで非常に頑丈なネットとして使用できるのである。


 もっとも非常に試行錯誤した品であり、作成難度も決して低くないため、できたのはさっきの一個だけなので、もう後はないのだが。

 しかしおかげで逃げ出す時間は稼ぐことができた。


「な!? ちょっと、待ちなさい。待てって言ってんでしょうがぁぁぁぁぁ!」

「待てって言われて待つ馬鹿がいるかよ!」


 背後から聞こえてくる間の抜けた叫びに、智貴はそう捨て台詞を残し、全力でその場を後にするのだった。











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