表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
剣と魔女と魔王の乱舞(ディソナンスワイルドダンス)  作者: 知翠浪漫
第一部 魔王降臨
20/41

第十九章 新たなる火種

 





 *




「アナタなに考えてるのよ!」


 一セット目と二セット目のインターバルの間。突如入った通信に出ると、途端にそんな怒鳴り声が脳を揺らした。


「あれだけ自信満々に言っておいて、なによあの体たらくは! ポイントでも負けてるし……このままじゃ負けるわよ! なんとかしなさい!」

「……心配してくれるのいいんだけど、とりあえず声量もうちょっと落としてくんねーか? 音割れしてて頭が痛くなる」

「ば、馬鹿! 誰もあなたの心配なんかしてないわよ! 変な勘違いしにゃいでよね! むぐ!」

「あー、ハイハイ。ツンデレ乙。つーか、いつもの似非クールキャラがぶれてるぞ」

「似非じゃないわよ!?」


 一度噛んだからか微妙に涙声で通信の主――喜咲が叫ぶ。

 そして、ひとしきり叫んで落ち着いたのか、声のトーンを落として、喜咲は一息ついた。


「少しは落ち着いたか?」

「……ええ、なんとか」

「それでいきなり通信してきてなんのつもりなんだ? あんま時間がないからなにか用があるなら手短に頼むわ」

「えっと、それは、その…………」

「なんだ? なんの用もなしに通信してきたのか?」

「用がないわけじゃないわよ。アナタの戦いぶりがあまりに不甲斐なかったから、本当に勝てるかどうか不安になったのよ。それで確認の為に通信を」

「なんだ、やっぱ心配してるんじゃないか」

「心配じゃないわ。これはリーダーとしての務めよ」


 頑なに心配しているのを認めようとしない喜咲に、智貴は苦笑を浮かべる。


「まぁ、安心しろよ。確かにさっきの一セット目は無様な姿をさらしたけど、おかげで仕込みは済んだからな。次のセットで面白いもの見せてやるさ」

「別に心配はしてないけど……本当に信用していいんでしょうね?」

「任せとけ。お前が俺をメンバーに選んでよかったと思わせてやるよ」

「……信じるわよ? 裏切ったらただじゃ置かないから。いいわね、絶対よ」


 そう言って通信が切れる。同時にインターバル終了のブザーが鳴り響く。

 喜咲のせいで全然休めた気はしなかったが、不思議と体は軽くなった気がした。


 智貴は口の端を吊り上げながら、コネクタを操作してサブピラーの選択を開始するのだった。






 *




 智貴のピラー選択フェーズが終わり、本格的に第二セットが始まると同時に、誠二がものすごい勢いで突っ込んできた。


 銃撃はない。だがそれも当然だろう。

『命柱の奪い合い』では使用できる魔晶カートリッジ総数は決まっている。本来は十五本だが、今回は一セットと少ないと言うことで十二本に減らされていた。

 誠二はさっきの第一セットで持っている魔晶カートリッジを四本消費し、さらに一本を智貴に踏まれて使えなくなっている。加えて二本も中途半端に消費している。つまり実質残りの魔晶カートリッジが七本を切っているのだ。


 そして『命柱の奪い合い』では魔晶カートリッジを使い切った場合、そのまま継続することはなく、使い切った側が負けとなる。まだ第二、第三セットが残っている以上、カートリッジを無駄に消費するのは危険なのだ。

 つまり第一セットでやったような――智貴が狙ってさせたのだが――無駄撃ちが厳しくなる。そして同時にそれは、相手からしてみれば近接戦闘が仕掛けやすくなるということだ。


 智貴はコートを蹴って誠二に接敵する。そしてあと一歩というところで誠二が加速。智貴が刀を振り下ろすのより早く、回し蹴りを繰り出す。

 智貴はとっさに剣で蹴りを受けるが、思ったよりも強い力にその姿勢を崩す。そこに畳みかけるように誠二は六回射撃。一発は外れ、二発は剣で防いだが、残る三発は智貴のプロテクターに命中する。


 不十分な体勢だった所に予期せぬダメージを受けて、智貴はさらに大きく姿勢を崩す。そこに更なる追撃の蹴りが放たれた。

 智貴はとっさに剣を手放し、倒れ込みながら誠二の蹴り足に抱きつくように腕を絡める。

 そしてコートに倒れ込んだ。そのまま寝技に持ち込もうとするが、技が決まるよりも早く誠二が太もも辺りに銃口を押し付ける方が早い。


 ダンダンダンダンダン。

 激痛が足に走るが、予想できていた痛みだったために智貴はかろうじて四の字固めを敢行。技が決まると思った瞬間、二人の体がひっくり返った。

 痛みに耐えることに意識が向きすぎて、返し技のことが頭からすっぽ抜けていたようである。


 アキレス腱の辺り痛みが走り、智貴は思わず技をかける手が緩む。技を返されたことで、逆にアキレスけん固めを決められたような形になったのだ。その隙に誠二は脱出。すかさず立ち上がると、智貴の四肢のプロテクターに残る銃弾を全部叩き込んできた。


「ぐ……!」


 智貴は立ち上がろうとするが、四肢に走る痛みが迅速な行動を妨げる。

 そしてそうやってまごつく間に、誠二はカートリッジを換装してメインピラーへ走り出した。


「待ちやがれ!」


 せめてもの抵抗に智貴が声を上げるが、当然だが誠二は止まらない。

 ピラーへの攻撃は、柱の半径二メートル半以内でなければ有効にならない。それは間接攻撃を可能とする『無尽の弾丸』も同様だ。


 誠二は走って、メインピラーへの攻撃有効範囲内に辿り着く。


 柱を破壊する方法は二つ。

 一つは柱そのものを破壊する。これは破格の攻撃力を誇る『竜を断つ剣』のみが実行可能な行為だ。他の二つの魔術機では柱の上部に設置されている赤く輝く球――柱のコアを破壊することで破壊扱いとなる。


 誠二はその赤い球に向かって射撃する。そして立ち上がった智貴が止めに入るよりも早く、柱の破壊に成功した。

 メインピラーが破壊され、第一フェーズが終了する。そして即座に第二フェーズが開始するのだ。

 第二フェーズはいわばボーナスステージのようなものだ。


 隠された三本のサブピラーを破壊することで、攻撃側は追加点を得ることが可能となる。しかし誠二がそのように動くことはなかった。


「これで七点差……もう君に勝ち目はほとんど残されていないけど、それでもやるかい?」


 クルリと振り返って、誠二が勝ち誇ったような顔で尋ねてくる。

 次のセットで智貴が獲得できる点数は最大五点。七点差を覆すことはほぼ不可能と言っていいだろう。

 だから誠二が気を抜くのも当然と言えた。


 点数を稼ぐ正攻法ではかなわない。誠二が魔晶カートリッジを使い切るか、あるいは反則を犯して負けるか。あるいは――――――


 普通ならほぼ確実に負けと言っていい状況。

 そう、普通ならば。

 だが生憎と、穂群智貴と言う人間は普通ではなかった。


 だから智貴は言葉で答える代わりに、誠二の目の前で・・・・・・・剣を振る。

 横薙ぎ一閃。しかしその攻撃は誠二の目の前を空振りするに終わる。彼が振り返った際、かすかに後ろに下がったのが原因だ。


 だが智貴は止まらない。いつの間にか目の前に敵がいたことを驚く誠二に蹴りを浴びせ、体勢を崩したところに剣を振り下ろす。頭を狙ったそれを誠二は両の拳銃で受け止めるが、威力を殺しきれず更に姿勢を崩す。

 トドメとばかりに智貴が再び剣を振りかぶる。

 今まで以上に大きく振りかぶった力のこもった一撃。誠二には避けることはおろか、受けきる術はない。


 だからだろう、誠二が選んだのはそのどちらでもなかった。

 誠二の握る両の拳銃。その銃口が智貴に向く。そしてそこからありったけの魔力弾が放たれた。

 必殺の一撃のため、力を込めていた智貴にそれを回避する術はない。智貴がそれで止まるとは限らないが、しかし少なからず勢いは削がれるだろう――それが当たれば。


 結果から言えば、その魔力弾が智貴に当たることはなかった。

 何故なら、誠二が魔力弾を放った直後、智貴が目にも止まらぬ速さで横へと動いたからである。


「な!?」


 驚きながらも、誠二は再び銃口を智貴に向けるが、そこから弾が出ることはなかった。

 弾切れだ。表情とタイミングから、今度のそれはブラフではないだろう。


「頂きっ!」


 智貴が叫んで斬りかかる。狙いは誠二の頭、と見せかけて腹だ。

 今度こそ誠二にそれをどうにかする術はない。誠二はフェイントに引っかかって銃で受けることもできず、胴体のプロテクターに『竜を断つ剣』がクリーンヒットする。誠二はその勢いを殺しきることができず、大きく横へと吹き飛んでいった。


 しかし智貴は気を抜かない。剣を振り切った姿勢から、一番対応力のある中段に『竜を断つ剣』を構え直す。視線は誠二に釘付けである。

 理由は単純。誠二を吹き飛ばした際、手応えをあまり感じなかったからだ。


「浅かった……いや、浅くされたのか」


 攻撃が当たった瞬間、どうやら自ら横へと飛んだらしい。それによって攻撃の威力を殺したのだ。

 あの不十分な姿勢からよくやる、と智貴は感心する。

 追撃にはいかない。なにかあっても即座に対応できるよう剣を構えたまま、上がっていた息を整えた。


 誠二のダメージは大きいが、智貴も万全ではないのだ。第一セットのダメージに加え、直前にわざと攻撃を受けたダメージもある。決着を急ぐよりコンディションを整える方が確実で安全だ。いくら自分が有利でも、焦って突っ込めば万が一があり得る。

 それにこのまま行けば智貴の勝ちは揺るがない。ならば焦る必要はどこにもないのだ。


 本来であれば相手を戦闘不能にさせるのは危険行為として反則負けになる。だが防御側プレイヤーがメインピラーを破壊された場合に限り、セット終了まで攻撃側のプレイヤーをノックアウト――打倒して、想定時間以内に立ち上がれない――しても負けにはならない。逆にゲームで勝利判定を貰えるのだ。

 もっともこれはただの救済措置であり、本来なら防御側のプレイヤーが一発逆転を狙い、ゲームを諦めさせないようにするための物でしかない。


 お飾りのような勝利方法であり、実際、この勝敗方法で勝負が決することはめったにない。攻撃側のプレイヤーは柱を破壊した後、逃げ続けていればそれでいいからである。

 だが智貴に限って言えば、この方法が一番勝ちやすい手段だった。


「今、なにをしたんだ……?」


 倒れた体を起こして、誠二がかすれた声でそう尋ねる。

 おそらくは回復のための時間稼ぎ。それならば智貴に素直に付き合ってやる義理はない。


 だが疑問を抱いているのも事実だろう。

 智貴がこの競技を受けた理由の一つに、自身の実力を示すと言うものもある。誠二を納得させるためにも、その疑問について答えてやる分にはやぶさかではない。


「今のは修羅閃刃しゅらせんじんっていう、うちの流派の奥義だよ」

「修羅、閃刃……?」

「簡単に言えば、意識を加速させて、体も無理やり動かすことで普段より速く動く技だ」


 具体的には最大一秒間、三倍の速度で動くことができるようになる。体感時間で言えば三秒だ。

 たった三秒と聞くとそれ程強く思えないかもしれないが、三秒間一方的に攻撃することができれば、大体の人間は倒すことができる。


 格闘技で三秒もあれば、普段は当たらない大技なども簡単にかけることができるからだ。

 実際、今も修羅閃刃を使うことで智貴は逆転することができたのだ。

 だがそれは逆を言えば、今まではあえてその技を使わなかったと言うことで、


「今までは、手を抜いていたって言うのか……!」


 智貴の答えに誠二が憎々しげな声を上げる。対して智貴はかすかに眉を顰めた。どうやら勘違いさせてしまったらしい。


「手なんか抜いてねーよ。本気だったからここまで温存したんだよ、切り札はかくしてなんぼだからな。それに――いや、こっちはいいか」


 智貴が修羅閃刃を使ったのは三回だ。

 第二セットでメインピラーを破壊した誠二に接近する際に、誠二の放った魔力弾を回避するため。

 そしてもう一回がそれらの遥か前。第一セットで、誠二に気付かれないよう柱を登るためである。


 それだけしか使わなかったのにはもちろん理由がある。

 まず、修羅閃刃は使うと疲れるからだ。

 マックス一秒間使うだけで、五十メートルを全力疾走するのと大差ないほど消耗する。その為智貴が修羅閃刃を満一秒使うことはあまりない。基本的に必要な時間だけ使用している。


 そして修羅閃刃は連続して使えない。

 一度使用すると、大体三秒から五秒。疲労している時であれば八秒ほどのインターバルが必要になる。だからいざと言う時に使えるよう、ここぞと言う時まで使わなかったのだ。


 ネタが割れれば必ずしも対応できないわけではない。そんな弱みに繋がる説明を、決着のついていないこの状況でしてやる必要はないだろう。

 そしてさっきも言ったが、切り札は隠してこそ効果的に使用できる。


 智貴が修羅閃刃を使えると知っていれば、誠二もメインピラーを破壊した後、あそこまで油断することはなかっただろう。

 あの時まで誠二に隠していたからこそ、効果的に『修羅閃刃』というカードを切ることができたのだ。


「なんにせよ、チャンピオン相手に正面切っての正攻法で勝てると思うほど、俺も傲慢じゃないんでね」


 最初から、智貴に素直に点数を競う気はなかったのである。

 姫乃にルールを聞いた時から、自分が防御するタイミングであえてピラーを破壊させてから格闘戦に持ち込むつもりだった。


 そしてそれを悟られないよう、あえてハンデを貰うという建前で自分が防御する機会を一回減らし、なおかつ挑発に挑発を重ねて、その可能性を考えさせないようにしたのである。


 完全に智貴の手中……とまでは流石にいかないが、結果だけを見れば智貴の目論見通りになった。


「まだだ……まだ……!」


 会話で時間を稼いで体力を回復できたらしい。

 呟きながら誠二が走り出す。そして『無尽の弾丸』から空になった魔晶カートリッジを排出した。

 距離を取りながら、カートリッジを交換するつもりなのだろう。だが智貴にそれを黙って待つ理由はない。


 二本ある内の一本の剣を投げつけて、誠二の足を止め、すかさず駆け寄って片腕で斬りかかる。誠二はかろうじてバックステップでそれを避けるが、回避でイッパイイッパイで、カートリッジの換装までは手が回らない。


 誠二は遠ざけようと、剣を振り切った智貴に前蹴りを繰り出すが、予期していた智貴は開いていた腕で足首を掴んで引き寄せる。姿勢を崩しながらこちらに迫る誠二に智貴は剣の柄尻を叩き込み、後ろへとその姿勢を更に崩れさせる。そして大上段から剣を振り下ろす――俗に言う兜割だ。

 誠二は拳銃を交差させてそれを受け止める。だがダメージが抜けておらず姿勢も不十分。踏ん張りがきかず、そのままコートに派手に叩きつけられた。


「がっ……!」


 苦悶のうめきと共に、智貴は会心の手応えを覚える。

 確実に勝った。そんな確信を得て、智貴は『竜を断つ剣』を腰の鞘にしまおうとするが、


「……僕は、僕は負けない…………!」


 倒れた誠二の口から、そんな呟きが聞こえてきた。

 驚いて見てみれば、誠二が床に手をついて体を起こそうとしているのが見えた。


 意識は朦朧としているのか、その瞳の焦点はあっておらず、体を支える腕も細かく震えている。

 倒れた時に口の中を切ったのか、口元には血が流れていた。


 間違いなく満身創痍。

 それでも動けるのは彼のタフネスが逞しいからだろうか。いや、既に限界はとうに超えているように見える。ならば、彼の体を動かすのは意思の力だ。


「勝って、神宮さんを、助けるんだ……!」


 喜咲への想い。

 たったそれだけのもので、誠二は今にも崩れ落ちそうな体を支えているのである。


 もしも智貴が観戦している側なら、応援したくなるところだ。実際、喜咲のことがなければ負けてやっても構わないと思えるぐらいに、彼の今の姿には心打たれるものがある。しかし――――――


 智貴は観客席に視線を向ける。そこにいた喜咲と視線が交錯する。

 喜咲は智貴と目が合ってわずかに動揺したようだったが、直ぐに真顔に戻すとかすかに頷いた――ように見えた。


 喜咲は智貴が勝つと信じてくれている。ならばその期待に応えないわけにはいかない。

 誠二が立ち上がって、ゆっくりとした動きで新しいカートリッジを取り出す。

 だがそれを取り換える前に、智貴は動いた。


 修羅閃刃。

 誠二の態勢が整う前に、智貴は急接近し、『竜を断つ剣』を振りかぶる。

 誠二は避けない。否、避けられない。

 故に今度こそコレで決まる。智貴がそう確信した瞬間、




『緊急事態警報が発令されました』




 同時に目の前に赤く染まった仮想ウィンドウが現れて、智貴は驚きに動きを止める。

 とりあえず、誠二から距離を取ると、同時にサイレンが響き渡った。


「な、なんだぁ?」


 智貴が戸惑いながら仮想ウィンドウを凝視する。

 するとサブウィンドウが開き、そこに詳細らしき文字が表示された。


『第二悪魔研究所にて被験体 ARC013が施設を破壊して逃げ出しました。直ちに近くの建物に避難してください。決して外に出ないようにしてください』


「研究所に被験体? なんのことだ?」


 智貴がいまいち事態を飲み込めないでいると、不意にブザーが鳴り響き、周りにあった柱が蠢きだす。そして氷が溶けるようにコートにへと沈んでいった。


『緊急事態につき『命柱の奪い合い』を終了します。生徒の皆様はドームから出ず、もっとも近い避難場所に向かってください。繰り返します、緊急事態につき『命柱の奪い合い』を終了します。生徒の皆様はドームから出ず、もっとも近い避難場所に向かってください』


 ドーム内に設置されているスピーカーからそんな合成音声が聞こえてくる。

 どうやら突如発生した緊急事態を察知して、コンピューターが試合を強制的に終了させたらしい。


 なにが起きたのかわからない。

 ただ、確実に言えることが一つだけあった。


「ここで試合終了とか嫌がらせにもほどがあるだろ…………」


 運命の神様はよほど智貴のことを嫌っているらしい。

 智貴は剣を下ろして盛大にため息をつくのだった。






 *




 床に倒れたまま誠二が戸惑った顔で固まっている。

 突然の事態に頭が追い付いていないのだろう。智貴としても同じ思いだ。


 結局、決着がつく前に試合が終了してしまった。やはりこの場合、勝負は流れてしまうのだろうか。

 これで素直に勝ちを譲ってくれるかは……やはり怪しいところだろう。


 智貴が優勢だったことは間違いないが、誠二から見てみれば騙し討ちに近い形だ。決着がついていないなら再戦を申し込まれる形になってもおかしくはない。

 次やっても『修羅閃刃』があれば勝てるとは思うが、それでも今回の様にすんなり型にはまってくれるかはわからない。


 少なくとも手の内がばれている分、負ける確率は上がるだろう。

 いっそのこと誠二のダメージが残っている内に、気絶だけさせるというのはどうだろう。


 気絶するまで殴り続けてやれば、記憶が混濁して、智貴が勝ったと言い張れないだろうか。

 姫乃や喜咲と口裏を合わせればどうだろう。


「トモ君!」


 智貴が密かに物騒なことを考えていると、不意に聞き覚えのある声で名前を呼ばれる。振り返ってみれば、姫乃がこちらに向かって駆けてくるところだった。


「ああ、丁度いいところに。今から遠藤に止め刺しとこうと思うから。録画しといてくれないか?」

「ごめん、ちょっとなに言ってるかわからないって言うか。今はそんな場合じゃないと思うよ?」

「デスヨネー」


 姫乃からは呆れたような視線を向けられて、智貴は仕方なく諦める。それからふと気になって周囲を見渡す。


「神宮は?」


 いまだに事態は掴めていないが、今はおそらく緊急事態だ。姫乃がやってきたなら、喜咲も来ていておかしくない。いや、心配性な彼女なら来てしかるべきだろう。

 しかし実際には、姫乃の姿はあるが喜咲の姿は見当たらない。最初に彼女がいた観客席にも喜咲らしき姿は見当たらなかった。


「喜咲ちゃんも警報が鳴るなり、観客席からこっちに来たんだけど、なんか理事長から通信がきたっぽくて、そのまま奥に行っちゃった」


 姫乃の返答に智貴は一瞬だけ眉を顰める。

 ただの通信と言うのなら智貴も気に留めないが、タイミングと通信してきた相手が気になる。


 探しに行くべきだろうか?

 智貴は一瞬悩むが、すぐにその選択肢を棄却する。

 喜咲は脳筋だがなにも考えていないわけではない。

 それになんだかんだで心配性な彼女のことだ。智貴に黙って一人で姿を消したりはしないだろう。


 ならばなにがあったのかは、後で本人に聞けばいい。智貴は疑問を、一旦、心の隅に追いやった。

 今は他に気になることもある。先にそちらを解消してしまおう。

 智貴はそう結論を出して、姫乃に向き直った。


「じゃあ、神宮は後回しにして……さっきの緊急事態警報ってなんだ? なんか悪魔が逃げ出した、みたいな説明があったけど」

「トモ君の言った通りだよ。私も詳しくはわからないけど、研究用の悪魔が学内に逃げ出したんだよ」

「学園の中に悪魔が?」

「研究用に何体か捕獲されてるからね。悪魔は個体差も大きくて、まだ生態的にわかってないところが多いからね。研究することは結構大事なの」

「目の前にいる悪魔を解剖解析すればいいだけじゃないのか?」

「こんな美少女を解剖だなんてトモ君鬼畜だね! それともそう言うリョナ方面に興奮するたちなのかな?」

「お前って、本当になんでもそっち方面に持っていくのな……」


 智貴は呆れたように呟いて、同時に思い出す。

 そう言えば以前、喜咲にも似たようなことを教えてもらっていた。

 人型の悪魔は魔術器官以外は人間とほぼ変わらないため、研究してもさほど意味がないらしい。ラグネのような、非人間型の悪魔こそ、研究価値は高いのだとか。


「……なんだ?」


 ラグネのことを考えた瞬間、智貴の胸がざわめいた。しかしそれは一瞬のことで、後に響いた爆発音によって智貴はそのざわめきを忘れてしまう。


「今のなんだ?」

「外で自衛隊が逃げ出した悪魔と戦ってるんだ」

「遠藤」


 いつの間にか回復した誠二が傍にやってきていた。まだダメージは残っているようで足を引きずっている。


「もう動けるのか?」

「少し休ませてもらったからね。激しい動きじゃなきゃ大丈夫だよ」

「そうか……チッ」

「そこで舌打ちするのはひどくないかな!? いや、理由はなんとなくわかるけど!」


 文句を言いながらも理解を示す誠二。やはり根はいい奴なのだろう。


「それで、一体なんの用だ? 舌打ちされるために来たわけじゃないんだろう?」

「当たり前だよ。わざわざ君に舌打ちされにだけ来るとか、意味不明だからね」

「そうか? お前マゾだからそれだけの理由で来てもおかしくないと思うけど」

「誰がマゾなのかな!? 変なことを言うのは止めてくれ!」

「いや、神宮に惚れてるって時点でどう考えてもマゾだろう」


 喜咲が智貴に課してくる無茶ぶりの数々を考えれば、彼女に惚れる男はマゾ以外ありえない。

 そんなことを考えていると、不意に姫乃が口を挟んできた。


「でもそれだと喜咲ちゃんと一緒にいるトモ君もマゾってことにならない?」

「しまった! 流れ弾がクソ痛い!」


 いや、自分の場合は喜咲に脅迫されているからで、断じてマゾではない。

 智貴が自分に必死になって言い聞かせていると、誠二が呆れたようにため息をつく。


「とにかく、だ。思ったより近場に悪魔が来ているみたいだ。念のため、地下シェルターに向かった方がいい」

「ちなみに地下シェルターがある理由は、学内に悪魔がいる上に死都にも隣接してるから、だよ」


 誠二の言葉を姫乃が補足する。

 確かに場所柄を考えれば、それぐらいの備えはあってしかるべきだろう。

 智貴が納得したところで、誠二が言葉の続きを口にする。


「観客席にいる生徒たちを誘導したいから、君たちも手伝ってくれ」

「……お前、本当に優等生だな。実は少年漫画の正統派主人公だったりしないか?」

「君は時々理解が難しいことを口にするね」

「あと、今の勝負。俺の勝ちってことでいいか?」

「それは今どうしても決めなくちゃいけないことかな!?」


 困惑顔の誠二に、智貴は仕方なく了解の意を伝える。そして姫乃と三人でドーム内の人間の避難誘導を行いだす。

 智貴と誠二が生徒達をシェルターに誘導し、姫乃がドームのシステムに介入して、避難漏れがないか、緊急用のシャッターがちゃんと閉まっているかを確認する。


 十分ほど経ち、あらかた避難誘導が完了するが、しかしそこで智貴は一つ引っ掛かりを覚えた。


「神宮はどこに行ったんだ?」


 シェルターに入った生徒の中に喜咲の姿はなかった。


「監視カメラを見る限り、喜咲ちゃんっぽい人影は見当たらないけど」


 姫乃に確認してみれば、そんな答えが返ってきた。


「ひょっとして外に出たのかも?」

「だとしても俺たちに声もかけずに出ていくか?」

「うーん、ちょっと監視カメラのログを確認してみるよ。もしも外に出たならカメラに写ってると思うし」

「頼むわ」


 姫乃が監視カメラのデータを洗い出したのを確認して、智貴は邪魔をしないよう、彼女から距離を取る。


「神宮さんがいないのかい?」


 そんな智貴の元に、誠二が歩み寄ってきた。


「避難誘導は終わったのか?」

「うん。一応、確認してみた感じ、漏れはないと思ったけど……」

「その中に神宮はいなかったか?」

「……僕は見てないね。君や鹿倉さんの方は?」

「俺も姫乃も見てない。今は姫乃に出入り口の監視カメラのデータを調べてもらってるところだ」

「まさか、外の自衛隊を手伝いに行ったんじゃ……」

「手伝いにって、アイツの魔術機はまだ完全じゃないって話だぞ」


 智貴に対して『八脚の神馬槍』は全て消費された。

 今はその予備をいくらか使用している状態らしいが、その総数は六本ほどしかないらしい。

 喜咲の強みは一人で物量作戦を行えることだ。得物がたった六本では、彼女の本領は発揮できないだろう。


 そんな状態でわざわざ悪魔と戦いに行くだろうか。

 なんにせよ、情報が足りない。せめて喜咲がいなくなる前になにをしていたかわかれば――――


「あ」


 初から喜咲に連絡があったことを思い出したタイミングで、智貴のコネクタに通信が入る。

 相手は件の間宮初。通信がきたタイミングに、智貴はわずかに目を細めた。


 智貴は誠二に断りを入れると、即座に通信に出る。


「理事長、いいところに。丁度お前に聞きたいことが――――」

『穂群! 今どこにいる!?』


 通信に出た途端、智貴の問いかけにかぶせるように、怒声にも似た大声が智貴の脳を揺さぶった。


『聞いてるのか、穂群!?』

「……聞いてる。聞いてるからもうちょっと声量を落としてくれないか。脳みそがぶっ壊れる」

『ああ、悪かった。こちらも少々焦っていてな……それで君は今どこにいる? まだドームにいるのか?』

「いるけど、それがどうかしたのか?」

『なら構わない。今、緊急事態警報が出ているのは知っているな? 君は不確定要素が強すぎるから、間違っても外に出たり、悪魔と接触するんじゃないぞ。いいな』


 どうやら釘を刺すためだけに通信してきたらしい。

 智貴は一瞬呆れ、そして違和感を覚える。


『聞いているのか、穂群? ドームから出るな、という私の忠告。ちゃんと聞いていたか?』

「ああ、聞いてたよ。お前の言い分はわかったし、理解もできる。だけど簡単には頷けないな」

『……理由は?』

「お前の言葉を信じてないからだ。不確定要素が強い? 本当にそれだけか?」


 確証はない。ただ、それでも彼女の言葉を信じるには、状況があまりにも胡散臭すぎる。


「単刀直入に聞くぞ。お前、神宮がどこに行ったか知ってるんじゃないか? アイツに一体なにを言った?」

『彼女には緊急で用事ができたから私の下に呼び出したんだ。それ以上でも以下でもない。外の騒動とも関係ない事だ』


 言葉に詰まるでもなく、戸惑うでもなく、すらすらと初は問いかけに答えた。

 まるであらかじめ用意していたかのような語り口に、智貴はの疑いの気持ちは強くなる。


「呼び出した理由は?」

『そこまで答えてやる義務も義理もないと思うが』

「だったら俺もお前の言葉に従ってやる、義理も義務もないな」

『君には魔術機の借りがあるはずだ』


 だから言うことを聞け、と言外の圧力。しかし智貴は揺るがない。


「神宮の安否の方が優先度は高いんでな。アンタがちゃんと説明してくれないなら、俺は外に神宮を探しに行くぞ」

『駄目だ』

「だから駄目だって言うならちゃんと説明を――――」

『駄目なものは駄目だ。とにかく駄目だ。なにがなんでも君はドームから出るな。これは絶対だ。もし破れば君だけではなく神宮にも厳しい処罰を科す』

「なんでそこで神宮が出てくるんだよ! アイツは関係ないだろう」


 想定外の切り口から脅されて、智貴は思わず声を荒げさせる。

 そしてそれは失敗だった。


『うるさい、私は今忙しいんだ。これ以上君に関わっている暇はない。いいか、とにかくなにがなんでもそこから動くな。わかったな!』


 初は高圧的に言い放つと、智貴に反論を許さずに通信を切った。

 ブツリと切れた、智貴は眉を顰めて舌打ちする。

 あまりに横暴かつ勝手な話だ。


 なんの生産性もないやり取りだったが、しかしそれでも一つ、確実にわかったことがある。

 今ドームの外で起きている騒ぎ。どうやら初は、それに智貴を関わらせたくないらしい。


 そんなことを考えていると、姫乃と誠二が智貴の元に歩み寄ってきた。


「穂群、なにがあったんだ?」

「随分エキサイトしてたみたいだけど」


 智貴はなんでもない、と首を横に振って応える。

 最悪、さっきの話をして二人に初の側に付かれてしまうと、事態がさらにややこしくなるだろう。

 姫乃たちは納得した様子ではなかったが、しかし説明したところで益もないので智貴に喋る気はなかった。


「それより神宮がどこ行ったかはわかったか?」

「え? えっと、やっぱり外に行ったみたい」

「そうか……」


 おそらくは初からの要請を受けて、外で起きている問題の収束に向かったのだろう。

 智貴はどう動くべきか、一瞬だけ思考する。


 喜咲がなにも言わずに出て行ったのは、おそらくは初と同じようなことを考えたからだろう。

 つまり、なにが起きたか智貴に隠しておきたいと考えたのだ。


 何故?

 理由がわからない。だがこのままなにも知らずに動くのは少々マズい気がする。


 しかし事情を知ろうにも、それを教えてくれそうな人物に心当たりがない。

 エルミールは初の部下だ。おそらくは教えてはくれないだろう。ならばなにが起きているか知るにはどうすればいいだろうか――そこまで考えて、智貴はふとあることを思い出す。


 そしてある考えを実行できないか、姫乃に尋ねた。


「お前、ドローンだか監視カメラだかをハッキングして、外でなにが起きてるか確認できないか?」







 *




 智貴が初めて姫乃の部屋に向かった際、その案内役をこなしたのは彼女がハッキングした学園のドローンだった。

 ならば今回も同じことをして、外の情報を得られないかと考えたのである。


 結論から言えば、それは可能だった。

 智貴の要請を受けてから三分も経たないうちに、姫乃は学園の上空を飛ぶドローンをハッキングすると、それを現場に向かわせたのである。


「……自分でやらせといてこう言うとアレだけどよ。三分で学園の備品をハッキングできるとかヤバくね?」


 仮にも日本の最前線の一端を担っている間宮学園だ。そこの機器がこうも容易くハッキングされるのは、果たしていかがなものなのか。

 セキュリティが甘いのか、はたまた姫乃の技術がとんでもないのか。どちらにせよ色々と不安を覚えてしまう。


「大丈夫、大丈夫。なにも危ないことないから。大丈夫、大丈夫。私を信じて。大丈夫、大丈夫」

「なんかますます不安になったんだけど!? その根拠のない、大丈夫の連打は止めてくんねーかな!」

「まぁ、冗談は置いておいて。ここのセキュリティは高い方だし、私のハッキングの腕も並の方だよ。今回素早くハッキングできたのは、あらかじめ準備しておいた仕込みがあったおかげだし。それもばれないように小細工しないと一回しか使えないような感じだからね」


 要は変に心配する必要はないらしい。

 そんな雑談をしている内にドローンが目的地に到着したようだ。

 智貴は姫乃から転送されてくる映像を検分する。


 遠目でわかりにくいが、複数の人間が巨大なモノ――それがおそらく逃げ出した悪魔なのだろう――を相手に銃を乱射しているようだった。

 その場に喜咲はいないようである。彼女がいれば、もっと派手なことになっているはずだ。


 間に合っていないのか、はたまた別の場所にいるのか。

 とにかく予想していた最悪の事態には陥っていないらしい。それを理解して、智貴は胸を撫で下ろす。


 安心すると、次に思い浮かんでくるのは疑問だ。

 初はこの場に智貴を近づけたくなかったようだが、はたしてその理由はなんだったのか。戦闘の映像を遠目に見ても、その理由らしきものは見当たらないが……。


「映像をもっと寄らせることはできないか?」

「あんまり近づきすぎるとドローンが落とされるかもだけど……」

「近づける範囲でいい」

「りょーかい」


 智貴の指示を受けて映像が拡大されていく。

 そして次第になにが起きているかが見えてくるにつれ、智貴の目は驚きに見開かれていった。


「相手の悪魔は……これはアラクネかな? なんか妙に機械化されてるけど、草薙先輩が新しい手駒を増やそうとしたのかな、ってトモ君?」


 智貴の異常に気付いて、姫乃が声をかけてくるが、智貴に応える余裕はない。

 何故なら自衛隊が戦っているその悪魔に、どうしようもなく見覚えがあったからだ。


 蜘蛛の頭の上に人の上半身が付いたような姿の悪魔、アラクネ。

 目元にゴーグルのような機械が付いており、足が数本ほど機械のそれに置き換わっていている。だが蜘蛛の模様と、蜘蛛の頭の上に乗る、長い白の髪をした幼い少女の姿は見間違いようがない。


「――ラグネ――――?」


 それは短い間だが、寝食を共にし、そして智貴が心を許していた相手。

 そして無残に殺されて、二度と会えなくなったはずの相手。




 アラクネのラグネが、そこにいた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ