第十八章 決闘
*
そして瞬く間に二日が立ち、誠二と勝負する日がやって来た。
場所は高等部の校舎と大学部の校舎、丁度その中間あたりにある全天候型ドームである。
演劇やスポーツ。時にはカラオケ大会と言ったイベントに利用されるここが二人の雌雄を決する決闘場だ。
構造は一般的なドームと同じで、中央にあるコートを上から見下ろせるよう、全周に観客席が配置されている。
観衆は五十人ほど。その多くは高等部の生徒だが、中にはちらほらと中等部や大学部の生徒。教師の姿も見て取れた。
そしてそんな観衆たちに混じって、一段と目立つ長い金髪に黒のヘッドホンが見える。
先日喧嘩別れした後から会っていないが、心配だったのか、どうやら喜咲が見に来てくれたらしい。
相変わらず、脳筋のくせに人がいい奴である。
智貴が内心でほくそ笑んでいると、不意に正面から視線を感じた。首をそちらに向けてみれば静かにこちらを睨む誠二の姿があった。
ライダースーツのような全身にフィットするスーツの上にヘッドギアとプロテクター。これから戦うためか、今日は眼鏡はつけていない。
「よく逃げずにやって来たね」
「暇だったからな。それでなんだっけ? 食堂の食券をかけて勝負するんだったか?」
「神宮さんをかけてだ! 間違えるんじゃない!」
「いや、それはお前が勝った場合で、俺が勝ったらお前に一個命令するんだろ」
お前の方こそ間違えるなよ、と智貴が肩を竦めてみせると、誠二が頬を引くつかせた。どうやらやる気は十分のようである。
「落ち着け、平常心だ。平常心……」
「平常心なんてつまらないこと言ってないで、ヒートアップしていこうぜ? ほら、誠二君の、格好いいとこ見てみたい! そーれ、イッキイッキイッキ!」
「なんの掛け声さ、それは!? 明らかに決闘のそれじゃないだろう!?」
フシャーッ、と威嚇する猫のような声を上げる誠二。だがすぐに正気に返ると、自分を落ち着けるように首を横に振ってみせた。なかなか自制心の強い男である。
「……一応確認だけど、君、『命柱の奪い合い』のルールはわかっているんだよね?」
「フィールドに生えてる柱を多くぶっこ抜いたほうが勝ちだっけか?」
「全然違う! 防御側のプレイヤーが柱を守って、攻撃側プレイヤーがそれを破壊するゲームだ!」
「冗談だって。ちゃんとわかってるから、そんな怒るなよ。全部で四セット……今回は三セットだったか? で、一セットごとに攻守を入れ替えるんだろ」
『命柱の奪い合い』は防御側のプレイヤーが守るメインピラーとサブピラーを、攻撃側のプレイヤーが破壊するゲームだ。
プレイヤーはそれぞれ三種ある魔術機の内、二つを選択して使用する。
使用できる魔術機は『竜を断つ剣』に『突き刺す守り』、そして『無尽の弾丸』の三種だ。
基本的に『竜を断つ剣』は『突き刺す守り』に強く、『突き刺す守り』は『無尽の弾丸』に強い。そして『無尽の弾丸』は『竜を断つ剣』に強い。いわゆる三竦みだ。
それを状況によって使い分けて、柱に接近して破壊する。あるいは破壊を防ぐ、というのがこの競技の本質である。
しかしチャンピオンである誠二の戦い方は、そんな定石から外れていた。
彼は『無尽の弾丸』を二丁使う、いわば二丁拳銃スタイルだ。
そうなればバリヤーを張れる『突き刺す守り』にめっぽう弱くなる……はずだった。しかし誠二は、これを同じ個所に連続して魔力弾を撃ち込むことで、このバリヤーを破壊する術を編み出した。
ピンポイントショットと名付けられたこの技術で、誠二は相性の不利を覆してきた。
実際にこのピンポイントショットを使おうとすると、色々とクリアしなければいけない条件があるらしく、今のところこの競技でこの技を使えるのは誠二一人。そしてその技によって『命柱の奪い合い』でチャンピオンに至ったのだ。
「ルールは確かに把握してるみたいだね……でもだったらその魔術機はなんなんだい?」
誠二が厳しい視線で見つめた先は智貴の腰。その左右にぶら下げた二本の剣だ。
二振りの『竜を断つ剣』。それが今回、智貴が初に頼んで用意してもらった武装だった。
「『竜を断つ剣』は『無尽の弾丸』に弱い……まさか知らないわけじゃないだろう?」
「もちろん知ってるさ。でもアンタあれだろ? ピンポイントショットだかホットショットだかで『突き刺す守り』のバリヤーを破っちまうんだろ? だったらどっちでも大差ねーし。大差ないなら使い慣れてる武器の方がいいじゃん」
「……成程。全く考えてないわけじゃないんだね……でも、正直考えが浅いよ」
そう言うと、誠二は笑みを浮かべてみせる。
勝ち誇るような、相手を見下した笑み。彼が初めて見せる好戦的な笑みだ。
「剣じゃ銃には絶対に勝てない。その現実を君に突き付けてあげるよ」
ビーッ、と丁度いいタイミングでブザーが鳴り響く。間もなく『命柱の奪い合い』が始まる合図である。
「それじゃあ、そろそろゲームを始めるから。二人ともスタート位置についてね」
そう告げたのは少し遠めの位置にいた、バニーガールの格好をした姫乃である。
彼女の役目は審判だ。服装がバニーガールなのは、本人の趣味らしい。
「じゃあ、あらかじめ決めておいた通り、最初のディフェンスは遠藤君で、オフェンスはトモ君ってことでいいよね?」
確認する姫乃の言葉に、智貴と誠二は互いに頷く。
『命柱の奪い合い』は基本攻撃側が有利な競技だ。そして一セットごとに攻撃役と防御役を入れ替える。今回は奇数回のセットをこなすため、最初のセットで攻撃役になれば相手より多く攻撃役をこなすことができる。いわゆるハンデだ。
これは智貴は『命柱の奪い合い』の初心者で、相手は逆にチャンピオンであることを考慮したためだ。それぐらいのハンデがなければ対等な勝負とは言い難いだろう、という誠二の配慮である。
今更ながら、そんな配慮をするぐらいなら、もっと単純に互いに公平な競技を選べばよかったのではないだろうか。
「二人とも頑張ってねー。特にトモ君、応援してるから―」
偏りのある応援を受けながら、智貴たちは移動する。
誠二はグラウンドの中にあるコートその中心に、智貴は逆にコートの外に。
そして誠二が中心に辿り着いた瞬間、コートの白い地面が蠢き、十三本の柱が地上に姿を現した。
初のプライベートスペースにもあった、イスやテーブルを作ったものと同じ機械である。それによって誠二の真後ろ――コートの中心に一本。そしてそれらを囲むように十二本の柱が形成される。
コート内が誠二の陣地で、智貴がそこに攻め込むという設定だ。
中央の柱がメインピラー。そして三本のサブピラーと一本のダミーピラーを誠二が選択したらゲーム開始となる。
開始の合図を待ちながら、智貴は体の具合を確かめる。
と言うのも、智貴はこのゲームの前にある薬を打ったからだ。
智貴が打った薬は『黒い獣の大樹』の力を抑制する物。急な申し出で初の魔術機作成が間に合わなかったため、この薬と専用に作ってもらった魔晶カートリッジで『命柱の奪い合い』をしている間、魔術機を無理やり使えるようにしたのである。
そんな便利な薬があるならもっと早く出せ、と言いたいところだが、あまり体にいいものではなく、なおかつ高価なのだとか。そんなわけで、なるべく使いたくない最後の手段として黙っていたらしい。
しかし体の方に違和感は特にない。魔術機の使用が完全にぶっつけ本番になってしまうこと以外はあまり心配する要素はない――はずだ。
事前に姫乃とも作戦会議をして勝ち筋も見つけている。それでも不安に感じるのは、やはり負ければ封印されて小向を助けられなくなるからか。それとも――喜咲と会えなくなるからか。
だが今更悩んでいる暇はない。
智貴は自分を落ち着かせるように大きく深呼吸をし、そこで再びブザーが鳴り響く。
誠二がピラーの選択を終えたのだ。
「第一セット開始!」
機械を通して増幅された姫乃の声。それを合図に、智貴は誠二のいるコート内に向かって踏み出した。
*
智貴がコートに踏み込むのと、誠二が銃口を向けてくるのは同時だった。
横に身を飛ばした直後、それまで智貴がいた辺りに複数の銃弾がばらまかれる。それを智貴は柱の陰から眺めていた。
「威勢がよかった割に、初手から逃げるのかい!? それで僕に勝てるつもりかな!」
「安心しろ、どんな手を使ってでもテメエには土の味……じゃなくて石の味を確かめさせてやるよ」
挑発に挑発で応えて、智貴は柱から飛び出す。しかし向かうのは誠二にではなく別の柱だ。
より中央に近い柱。そこに向かって智貴は全力疾走する。
このゲームで勝つには相手よりポイントを稼ぐ必要がある。そしてポイントを稼ぐ方法は基本的に各プレイヤーには一つづつしかない。
防御側プレイヤーは一セットが終わるまで柱を守ることで、攻撃側プレイヤーは柱を破壊することでポイントを得ることができる。
細かいところを言えば、他にも点数を得る方法や、逆に点数が減る方法もあるが、基本はやはり柱の守護あるいは破壊だ。
得点の対象となる柱はメインピラー。そして攻撃役はメインピラーを破壊した後に破壊可能となるサブピラーも対象となる。
つまりこのセットで攻撃役の智貴が点数を得るには、誠二の背後にあるメインピラーを破壊しなければならないのだ。
逆に誠二を倒すことは反則となってしまうため、智貴としてはいかに誠二を出し抜いて柱に辿り着くかが重要になる。
そしてメインピラーの周囲にある十二本の柱は一周を四本として、三重の四角形を描く形で立っている。つまり、柱から柱へ走って行けば、メインピラーに近づきやすいのだ。
ならば一度柱から柱に向かうことで安全策には 走っていると思わせてから、直接メインピラーに向かえば意表を突けるのでは――と言った思考はおそらく誠二にばれているだろう。
相手はチャンピオン。それを出し抜くには更に一手、なにかを仕込む必要がある。
そしてその仕込みはすでに終えているのだ。
智貴はメインピラーに向かうと見せかけてから、柱の陰へと走り込む。そして柱に『竜を断つ剣』を突き刺した。
そして加速。視界の色が灰色になるのを感じながら、柱に突き刺した剣を足場に柱の上に上る。
そして誠二がそのことに気付く前に、柱から跳んで、残る一本の剣で誠二に斬りかかった。
「な!?」
驚きつつも二丁の拳銃を交差させ、上からの攻撃に備える誠二。それを確認した智貴は上段から横に構え直し、着地する寸前で誠二の胴に剣撃を叩き込んだ。
たまらず後ろに下がる相手に、智貴は追撃の横薙ぎ。誠二は銃身で剣を受ける。『命柱の奪い合い』では魔術機は出力が下がっている。槍や剣の刃も完全に潰れており、重量も調整されている。基本的に人体に当たっても傷つけにくいようになっているのだ。
その為本来ならば受けることができない『竜を断つ剣』の攻撃を『無尽の弾丸』で受けることが可能となる。
そして智貴の攻撃を受けた誠二はかろうじて攻撃をいなす。しかし大きく姿勢を崩してしまう。
その隙を突いて、智貴はメインピラーに向かって走りだし――それを遮るように放たれた魔力弾に、反射的に後ろへ跳んだ。
智貴の剣を受けたのとは逆の誠二の腕。その手に握られた『無尽の弾丸』が弾の出所である。
どうやら抜かれると感じて勘だけで銃を撃ったらしい。流石はチャンピオンの勝負勘と言ったところか。
智貴がそんな風に感心していると、体勢を回復させた誠二が銃口を向けてくる。
銃撃の予感に、智貴はすかさず横へと駆けた。それを追いかけるようにして『無尽の弾丸』から銃弾がばらまかれる。
しかし最初の牽制と足止めの射撃。それにより消耗していたのだろう。不意に銃撃が止み、誠二が舌打ちする。弾切れだ。智貴はその隙にすかさず誠二に突っ込み――そして彼の口の端が吊り上がるのを確かに見た。
瞬間、放たれたのは四発の魔力弾。
さっきの弾切れはブラフだったらしい、と考えるよりも前に智貴は顔を守る様に剣を構えた。
剣に二発。そして胴に二発、魔力弾が命中した感触。プロテクターのおかげで思いっきりぶん殴られた程度の痛みで済むが、痛い。
思わず足を止めそうになるのを、智貴は根性で耐える。そのまま誠二に向かって踏み込み、剣の柄尻で攻撃。同時に腹部に走った衝撃に、後ろに吹っ飛んでしまう。智貴の攻撃と同時に誠二が前蹴りを繰り出したのだ。
智貴は地面を転がるようにして起き上がり、誠二も魔晶カートリッジの再装填を完了する。しかし銃をこちらに構えるまではいかない。
智貴は時間稼ぎのために『竜を断つ剣』を誠二に投げつけ、すかさず接近。誠二が『竜を断つ剣』を二丁の拳銃で受けた隙を狙って、プロテクターの隙間に拳を滑り込ませた。
「ぐっ!?」
慣れない痛みに誠二の顎が下がる。
その顎に、智貴はすかさず掌底を入れる。脳が揺さぶられているはずだが、誠二もまた根性で倒れるのを耐えた。しかし完全に足が死んでいる。智貴は駄目押しでさらに顔面目掛けて拳を繰り出した。
誠二が倒れるのと同時に、警告のブザーが鳴り響く。
『穂群選手ノーハンドアタック及びチンクアタック! 減点二です!』
「あ、しまった」
聞こえてきた姫乃の声に、智貴は自分の失敗に気付く。
『命柱の奪い合い』は元々魔術機習熟訓練の一環として考えられた競技だ。その為、素手での連続する攻撃は反則行為とされているのである。
一、二発までなら許されるが、智貴が繰り出した攻撃は三発。しかもプロテクターの隙間を狙う、完全なダウン狙いだ。競技の趣旨に反するため、反則を取られるのも無理からぬことだった。
加えて言えば、原則的に相手を痛めつけるような攻撃はNGとされており、倒れた誠二がこのまま意識を失うようなことがあれば、智貴の負けとなってしまう。
誠二が倒れた主な原因は脳震盪であるため、体に深いダメージはないはずだが……数秒してから体を起こした誠二に、智貴は胸を撫で下ろした。
立ち上がった誠二は多少ふらついているが、その目は死んでいない。やる気はまだまだ十分のようである。
誠二の体制が整うまで競技は一時中断だ。
時間にしては十秒ほど。その間に『竜を断つ剣』拾いたいところだが、智貴は反則のペナルティとして動けない。仕方ないので、代わりに戦力比を分析する。
智貴は二点減点されているが、誠二の方は智貴よりダメージが酷く、そして魔晶カートリッジの消耗も誠二の方が大きい。
こう説明すると誠二の方が弱いように思えるが、実際にはそうではない。
誠二はメインピラーを守りながら戦っており、そのせいで自由に動けない。彼の使用している武器は銃。得意とするのはミドルレンジやアウトレンジだろう。智貴がさっき仕掛けたようなショートレンジの戦闘は苦手とまではいかないまでも、武器の優位を生かせないはずだ。
そんな状況でダウンこそ取られたものの、智貴と善戦できているのは十分称賛に値する。加えて言えば、ダウンを取られたのも智貴が反則を働いたからこそ。それがなければ、逆に智貴の方が不利な状況になっていてもおかしくはない。
要約、誠二は強い。このまままともにやりあっていては勝つのは難しいように思える。
確実に勝ちを拾うには、やはり作戦通り小細工を弄する必要があるようだ。
智貴が悪い笑みを浮かべた直後、再開のブザーが鳴り響く。
思考はここまでだ。智貴は意識を現実に向け、身に着けていた予備の魔晶カートリッジを誠二に向かってぶん投げた。
「!?」
驚いた誠二はとっさに防御の体勢。智貴の攻撃とも言えない攻撃を受けきって、それからとっさに正面に銃口を向けるが、そこに智貴の姿はない。
当然だ。何故なら智貴は後ろにあった柱に向かって走っていたからである。
誠二がそれに気付いて照準し直すが、わずかに遅い。撃たれた弾丸は智貴の髪の毛を数本飛ばす程度に留まり、智貴は柱の陰に隠れることに成功する。
「平然と反則を働いたり、汚い手を使って逃げたり、君にはプライドってものがないのか!?」
「うちの親父曰く、俺はプライドを母親の腹の中に置いてきたらしいぜ……ところでプライドって言葉って、フライドチキンを連想させると思わないか?」
「思わないよ! 君は競技中になにを言ってるんだ!」
智貴のふざけた言葉に誠二が声を荒げさせる。
流石眼鏡。見た目通り真面目な性格のようだ。
「ふざけてないで出て来い! そんなところに隠れていたら僕には勝てないぞ! 君は神宮さんの傍にいられなくなってもいいのか!」
「や、自分で言うのもなんだけど。多分、アイツと一緒にいたいって気持ちじゃあ、俺はお前に負けてると思うからな? あんま妙な勘違いを引き起こしそうな発言は控えてくんないか」
これ以上、他の人間に初や姫乃のような勘違いする人間ができても、なんと言うか困る。
半分適当に、しかし同時に半分ほど本気で応えながら、智貴はコネクタを操作する。
起動するのはメッセージアプリ。そして姫乃を経由して手に入れた誠二のアドレスを呼び出すと、そこにとある画像ファイルを張り付けた。
「ヘイ、遠藤。今お前にお宝写真を送ってやったぜ」
「は? 君は競技中になにを――ブッ!」
智貴の送った画像――先日の喜咲のスカートをまくった際に撮った写真。つまり喜咲の下着が映った写真データである。
「な、ななな! なんだこの破廉恥な画像は! こんなものを僕に送って、なんだ! 僕を買収するつもりなのか!?」
「まさかー。お前がその程度で買収されるとか思ってないってー」
「じゃあ、なんのつもりでこんなものを送ってきたんだ! って言うか、そもそもこれは誰のパ――写真なんだ!」
よほど混乱しているのか顔を赤らめて誠二がわめきたてる。
そんな彼に、智貴は爆弾を投下した。
「あ、それ。神宮な。気に入ったなら、もっと色んな写真送ってやってもいいぜ」
「――――――なんだって?」
途端、誠二の表情の温度が絶対零度にまで下がった。
「君、今なんて言った?」
「お前に送った写真のモデルは神宮だって言ったんだよ。ちなみに先日撮ったばっかの産地直送、取れ立てほやほやだ」
「今決めた。君はこの場で八つ裂きにしてやる」
ひどく冷めた声で呟いて、智貴に向かって誠二が走り出す。どうやら挑発が非常に効いたらしい。
今の智貴は武器を持っていない。つまり誠二に詰め寄られてしまえばなす術がない――向こうはそう思っているはずだ。
だからだろう。躍りかかってきた誠二の『無尽の弾丸』を『竜を断つ剣』で弾き飛ばすと、非常に驚いた表情を浮かべていた。
これは智貴が誠二に奇襲をかけた際、柱を登るために刺しておいたものである。
驚く誠二に智貴は返す刃でプロテクターを斬りつけると、誠二が大きく後退する。しかしそこは腐ってもチャンピオン。直ぐに残ったもう一丁の『無尽の弾丸』を智貴に向けてきた。
しかし智貴は銃口が火を噴く直前、地を這うぐらいに姿勢を低くして攻撃を回避する。そして接近して斬撃。誠二は後ろに跳んで攻撃を避けるが、とっさのことで姿勢を崩す。
チャンスだ。
智貴は踵を返すとメインピラーに向かって走り出した。
今ならばピラーを守る誠二に邪魔されることはない。ピラーを破壊する絶好のチャンスである。智貴は走りながら剣を振りかぶった。
そしていざ間合いに入ったところで、智貴は思い切りすっ転んだ。
「どわっ!?」
原因は智貴の足元。最後の一歩を踏み込もうとした際、足裏と床の間になにかが滑り込み、足を滑らせたのである。
一体なにが。智貴は倒れ行く中、自分の足を滑らせた物の正体を視認し、目を見開いた。
それは魔晶カートリッジ。しかし智貴が投げたものでもなければ、誠二が交換したものではない。そもそもさっきまで足元にそんなものはなかったのだ。
ならばそれはどこから来たのか。
否、考えるまでもない。
間に合わないと踏んだ誠二が、イチかバチか魔晶カートリッジを滑らせたのだ。
倒れ込む智貴。そしてその間に誠二が復活する。
「よくもやってくれたな、穂群ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
叫びながら誠二が駆け、智貴に向かって銃撃する。
やばい。智貴は身の危険を感じて、立ち上がるより転がって距離を開ける選択を取る。そんな智貴を追いかけるように『無尽の弾丸』の魔力弾が放たれた。
何発かはプロテクターに当たって激痛が走るが、止まることはできない。今止まれば、更なる銃弾の雨が智貴の身を襲うことになるである。
故に智貴は剣を抱いて、ゴロゴロと横に七回転ほどしたところで、やっと銃撃が止まる。そのタイミングで智貴は床に手を突き足を跳ね上げる。そして足が戻るタイミングで床を思い切り腕で押して跳ね起きた。
しかしそこから反撃とはいかない。即座にカートリッジを交換し終えた誠二が、再び銃撃してきたのである。
慌てて柱の陰に飛び込むも、銃撃は止まない。
数秒そうやって銃撃が続けられたところで、不意に音が止む。
諦めたのか。そう思って顔を出すと、目の前に誠二の顔面があった。
「!?」
「ニガサナイ……!」
なんとなくホラーな呟きの直後、誠二の顔がぐるりと後ろを向く。嫌な予感に智貴はとっさに剣を横に構えるとその上から蹴りを叩き込まれた。
そして柱に叩きつけられ、そこでヘッドギアの隙間。むき出しになっている智貴の額に銃口が押し当てられた。
これは本気で殺すつもりなのでは。誠二の瞳に本気の色を見て、智貴は自分の死を確信する。
どうも挑発が効きすぎたらしい。策士策に溺れるとはこういうことを言うのだろうか。
諦めにも似た境地で智貴はそんなことを考え、そして。
ビーッ。
一セット目の終了をつけるブザーが響き渡った。
「……命拾いしたね」
呟いて誠二が銃を引く。
どうやらブザーの音で正気を取り戻してくれたらしい。そのことに安堵しながら、しかし精一杯の虚勢を張って、智貴は笑みを浮かべてみせる。
「命拾いしたのはそっちの方だろう? さっきので俺を気絶させるなり殺すなりしてたら、そっちの負けだったんだからよ」
智貴の軽口に、誠二は鋭い視線で睨んでくる。
なにも言い返さないのは図星だったからか。
「言っておくけど、点数的には僕の方が五点リードしているんだ。勝っているのは僕の方だよ」
「本気でそう思ってるんなら、お前に勝ち目はないぜ」
勝ち誇ったような智貴の言葉。それを聞いて誠二は目を細めると、なにも言わずにコートの外へと歩いて行った。
それを確認してから、智貴は柱を背もたれにして、その場にへたり込む。
こうして波乱の第一セットは終了するのだった。
智貴君はG並みのきもい動きで柱をよじ登りました。