表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
剣と魔女と魔王の乱舞(ディソナンスワイルドダンス)  作者: 知翠浪漫
第一部 魔王降臨
16/41

第十五章 王様と奴隷

 





 *




 大量のパンを抱えて走って行った獅童小向。彼女を追いかけて智貴は学園の舗装された道を走っていたが――――


「ハッハー、見失ったぜ!」


 仁王立ちして高らかに声を上げ、智貴は天を仰いだ。

 周りに高い建物はなく、見えるのは植木ばかり。それなのに見失うとはどういうことか。


「バレないように距離を取りすぎたのが敗因かな……」


 もっともそれで姿を見失っては、本末転倒もいいところだろう。

 智貴は溜息をついて、後頭部をかく。


「仕方ない、今日のところは諦めるか……?」


 どうしようもない、と回れ右をしようとして、しかし智貴は動きを止める。何故なら視界の端に変な物が見えたからだ。

 灰色のパンケーキとでも言えばいいのだろうか。ただし食べるには少々大きく、あまりに硬質感溢れる質感を持った物体が智貴の側で浮遊していた。


「フライングパンケーキ……いや、ドローンか?」


 某国家が作ろうとした珍兵器ではないだろう。加えて言えば、扇風機が回る様な音も聞こえている。

 どうやら目の前のドローンは、魔術的な技術ではなく、純粋な機械技術で飛んでいるらしい。


「ここにもこういう機械はあるんだな」


 呟いて、当たり前か、と思い直す。

 智貴が首に付けているコネクタ。それに魔術機もその本質は機械だ。ならば、この程度の機械があってもなんらおかしくはないだろう。


「おかしい点があるとすれば、普段見かけない物が、なんで俺の目の前に現れたかってことか」


 何者かが智貴を監視しているのだろうか。

 それ自体は普通にありえる。なにせ智貴は超危険存在だ。むしろ監視がないと考える方が不自然だろう。

 だがだからと言って、今まで隠れていた物が姿を現わす理由にはならない。


 智貴が警戒していると、不意にそのドローンが動いた。

 ブーン、と音を立てて智貴に近づくと、まるで小動物が懐く様に智貴の周りを旋回しだす。


 二、三回ほど旋回したところでドローンが智貴のもとを離れる。そのまま何処かへと飛び立つかと思いきや、少し離れた所でこちらを向き――完全な円盤状なのでわかりにくいが――なにかを待つようにその場で浮遊する。智貴がしばらくそれを眺めていると、ドローンは再び智貴の周囲を回り出し、数周してから再び同じ位置に戻っていく。


「……ひょっとしてついて来いってことか?」


 試しにドローンに近づいてみると、ドローンは頷くように下降してから元の高さに戻り、ゆっくりと移動を開始する。どうやら合っているらしい。

 ついていくべきかどうか、智貴はしばし考える。


 ゾルの時はドワーフと初遭遇した興奮で、警戒心が吹き飛んでいた為、思わず付いて行ってしまったが、今回はそうではない。


 ましてや今回は相手が見えないのだ。

 まさかドローンが自意識に目覚めて、智貴と遊びたがっているわけではあるまい。ならばこのドローンは何者かの命令を受けて、あるいは何者かの操作によって智貴をいずこかへ連れ出そうとしていることになる。


 一体誰が、どこに智貴を連れ出そうとしているのか。

 まさか草薙悠馬だろうか? いや、それにしてはなんと言うか誘い出し方が地味な気がする。

 奴ならこんなわかりにくい方法ではなく、もっとダイレクトに人でも寄越すのではないか。ただの想像だが、智貴はなんとなくそう思った。


 ならば一体誰が?

 智貴に用があるような人間など、この学園では喜咲ぐらいしか思いつかない。初やエルミールの可能性も無きにしも非ずだが、どちらにせよ彼女たちならば、直に会うかコネクタで呼べば事が済む話だ。わざわざドローンを飛ばすなんて言う、面倒な真似はしないだろう。


 つまり推定、ドローンを飛ばしてきた相手は草薙悠馬でもなければ喜咲たちでもない。そしてその何者かは智貴をいずこかへと誘導したい。

 相変わらず情報が足りない為、理由や目的が見えない。なにかしらの罠である可能性はあるが、現状、智貴を罠にかける理由が思い当たらないのである。


「……最悪、罠だったら逃げればいいか」


 一応、智貴にも切り札はある。それを使えば逃げ出すことぐらいはできるはずだ。

 そう結論を出した智貴は、ドローンについていくことを決める。


 どうせ現状は手詰まりなのだ。ならば罠だとしても、状況の変化を得られるなら、そこに飛び込んでみる価値はあるかもしれない。

 そんな期待と不安がないまぜになった思いを胸に、智貴はドローンを追いかけて走り出す。


 そうして走り続けることおよそ五分。ドローンはある建物の前でその動きを止めた。


「ここは……高等部の校舎? ここにドローンを飛ばしてきた奴がいるのか?」


 智貴の独白に応えるように、ドローンが上へと飛び立つ。やはりここが目的地なのだろうか……いや、ドローンは智貴を呼ぶように高所で旋回している。ならば目的地は上、と言うことだろうか。


「まぁ、学校の中ならそれほど警戒する必要もないよな……?」


 間宮学園は学校として見るとかなり異色だ。

 午前中は普通の学校で習うような数学や現国と言った一般教養の授業に加え、悪魔学や魔術学、といった間宮学園特有の授業を受けることができる。


 だが受けなければいけない授業の数は、一般の学校に比べて少ない。卒業に必要な必修科目は午前中に集中しており、午後の授業は全てここでは受けなくてもいい授業ばかり――体育や美術、数学Aや物理、化学等々――になっているのだ。

 その為生徒の大半は午後の授業には出ず、各々の訓練や、生活資金を集める為に死都へ出向いて悪魔を狩ったりしている。


 その為数こそ朝に比べると少ないが、校舎内の人間がいないわけではないのだ。

 人がいるのなら、罠を仕掛けるのは難しいはず。そう考えて、智貴は校舎の中に足を踏み入れた。


 カツカツカツ。

 階段を上る、上る、上る。

 窓の外には付き添うようにドローンが飛んでおり、智貴と一緒に上へと向かう。そして気付けば、智貴は最頂部に辿り着いていた。


「……誰もいない」


 しかしそこには誰もいない。

 ある物と言えば、屋上へと続く扉のみ。しかしその扉には、鍵のかかったことを示す赤いランプが灯っていた。

 窓の外を見てみれば、いつの間にかドローンの姿も見えなくなっている。


 やはり悪戯だったのだろうか?

 怪訝に思いながら、念のために扉のドアノブを回してみるが、当然ながらそれが開くことはない。


 扉の脇には鍵を開くためのスリットの付いた端末が置かれている。扉を開くには、カードキーとパスワードの入力が必要になるようだ。

 それらをどうにかする術はない。


 智貴は小さく息をつくと、その場を後にしようと扉に背を向けて――――ピー、ガチャリ――――そこで電子音と共に、なにか金属質な音が聞こえてきた。


「あん?」


 思わず振り返ると、扉のランプは赤から青に切り替わっていた。

 まさかと思ってドアノブを回してみれば、なんの抵抗もなくすんなり回転し、扉が開く。


 誰かが外から開けた? いや、それなら智貴が扉を開けるより早く、その誰かがすでに姿を現しているはずだ。

 加えて誰も姿は現さないし、智貴がこうして扉を開けても扉の向こうから疑問に思うような声も聞こえてこない。

 なにかしらの声は聞こえてくる気がしたが、その声は遠い。つまり、扉の前には誰もいない。


 ならばこれはどういうことか。

 智貴が来るのを待ってから、誰かが遠隔操作で鍵を開けた?


 確かにこの扉のロックは電子錠で、見るからに厳重なつくりをしている。ならば校舎のセキュリティシステムに繋がっている可能性は高い。そこから電子的にアクセスすることができれば、扉を開けることはできるのかもしれない。

 しかしここは仮にも悪魔に対抗するための兵力を育てる学校だ。そこのセキュリティが簡単に破れるとは思えない。


 いや、それよりも問題はこの扉の先に誰がいるのか、だ。

 わざわざ智貴が来るのを待ってから解錠した、と言うことは、智貴以外はここを通すつもりがないと言うことである。


 つまり智貴に会いたい人物、あるいは合わせたい人物がこの先にいると言うことだ。

 ひょっとしたら屋上に締め出されて、そのまま鍵を閉められる、という可能性もなくはないが、ここまで来て今更それを怖がってはいられない。


 最悪、締め出されても初あたりに連絡をすればなんとかなるはず。

 そんな思考を巡らせながら、智貴は屋上の扉を開け放つ。


 ゆっくりと扉を開き、太陽の光が瞳を焼く。眩しさに、目元を手で隠して数秒後。目が慣れてきた智貴の視界に映ったのは、少女が平手打ちされる光景だった。


 バチン、と顔を叩かれて、少女――小日向が崩れ落ちる。

 それを成したのは一人の少年。草薙悠馬。それを理解した瞬間、智貴は思わず声を張り上げていた。


「なにやってんだ、テメエェェェ!」


 叫ぶのと同時に智貴は駆け出す。向かう先は草薙悠馬。周りに取り巻きが数人いるが、それらは智貴の視界に映らない。

 驚いたような悠馬の顔。そこに拳を叩き込むため、智貴は腕を振りかぶり――――


「ガァァァァァッ!?」


 途端、智貴の全身に痺れるような痛みが走った。


「――っと、驚いたな。まさかいきなり襲い掛かって来るなんて。でも無駄だよ。僕は護身用の魔術機を持ってるからね。登録されてない魔力が、一定以上の速度で一定範囲に入った場合――――」

「う、るせぇ!」


 全身が痛い。思わず倒れ込みそうになるのを、智貴は根性で耐え抜く。そして完全に油断しきった悠馬の横っ面めがけて右拳を振りぬいた。

 まともに拳を受けて、思わず後ずさる悠馬を取り巻きの一人が受け止める。


 それを認めてから、智貴はその場で膝をつく。

 スタンガンのような電流を浴びせられたようで、全身に痺れが残っている。


「穂群君!?」


 一拍遅れて、小向が智貴の存在に気が付いて駆け寄ってくる。

 それを手で制してから、智貴は立ち上がる。体はまだ若干痺れているが、動けない程ではない。


 智貴はふらつきながら、殴られた頬を押さえる悠馬を睨む。すると悠馬もそれに反応するように目を細めた。


「テメエ、よくも草薙さんを! 囲め!」

「って、コイツ。この間の奴じゃ……?」


 智貴が逃げられないよう、取り巻きたちは智貴を囲み、そこで智貴が、以前死都で戦った相手だと気付いたようで尻込みしてしまう。

 やはり、心から悠馬に従っているわけではないらしい。


「なにやってるんだ、アイツはまだ草薙さんの魔術機の効果で体が思うように動かない。やるなら今の内だろうが!」


 だが取り巻きの内の一人がそう叫んで智貴に殴りかかろうとして、


「待て。彼に手を出すな」


 悠馬の鋭い声がそれを止めた。

 制止の声をかけられた取り巻きの少年は、慌てて腕を引っ込めて後ろに下がる。その顔色は青く、いかに彼が悠馬のことを怖がっているかが伺えた。


「……なんつもりだ、テメエ?」


 自分への攻撃を止められて、智貴が訝しげにそう尋ねる。

 悠馬の性格からすると、殴られてやり返さないわけがない。ましてや先に手を出したのは智貴の方だ。彼には智貴を攻撃する正当な理由があるのだ。


「なに、話を聞きたいと思ってね。それともこの場で僕たちとやりあうかい? 僕を殴ろうとすればまたさっきの電撃を受けることになるんだ。そう何度も浴びたいものではないだろう?」


 智貴は内心で舌打ちする。

 気に食わないが、ここは悠馬の言う通りにした方が無難だろう。


 もう一度あの電流を浴びても気絶はしないかもしれないが、ますます体の動きは鈍る。そうなれば相手は複数。争いになったら智貴に勝ち目はなくなる。


「オーケー、テメエの言葉に従ってやる。でも謝らないからな」

「いいさ。言葉だけの謝罪に意味はないからね……それよりも獅童。君はいつまで彼の傍にいるつもりなんだ? まさか僕を裏切って彼に付くつもりじゃないだろう?」

「そ、そんなつもりは……あ、ありません」

「だったら彼から離れたまえ。でないと――――」

「は、離れます。すぐに離れます」


 小向は急いで智貴から距離を取る。その態度に違和感を覚えて、智貴が小向を見ると、小向は気まずそうに視線を逸らした。


「さて、それじゃあ本題に入ろうか。僕を殴ったのはこの際置いておくとして……君はどうやってここに来たんだい?」

「どうも糞もあるか。普通にそこの扉を開けてきたんだよ」

「……あの扉を開けるには専用のカードキーと、日替わりするパスワードを知っている必要があるはずなんだけどね。それらはどうしたんだい?」

「俺に懐いてきたフライングパンケーキがなんとかしてくれたんじゃねーの?」


 冗談じみた智貴の言葉に悠馬の右眉がかすかに跳ねる。

 どうやら馬鹿にされていると感じたようだ。


 いや、実際馬鹿にはしているのだが、智貴としては割と真実を話しているつもりだ。ただそれを伝わらないように喋っているだけである。

 そもそも詳しいところは智貴にもよくわからないのだ。


 だから智貴は既にわかっている所にだけ意識を向ける。


「それよりも、だ。テメエ、今、獅童になにしてやがった?」


 ともすれば射殺さんばかりの目で智貴が睨みつけると、思わず周りの取り巻きたちが怯む。しかし悠馬だけは怯むことなく、なにか納得したような顔で一つ頷く。


「ああ、君が殴りかかってきたのはそれが理由か。なんだ、君。彼女に気があるのかい?」

「ふざけてるんじゃねえよ! いいから答えろ!」

「先にふざけたのは君の方だと思うんだけどね……まあいいさ。彼女顔を平手で張った。これでいいかい?」


 全く悪びれない悠馬の態度に、智貴の視線は剣呑さは増す。


「なんでそんなことをしやがった!?」

「なんでそんなことを君に話さなきゃいけないのかな? これは僕のチームの事情だ。君には関係ない」

「テメエ……!」

「そもそも、なにを言ったところで君は納得なんてしないんじゃないか? 満足する回答を得ても、そうでなくても君のその、僕に対する敵意は消えないだろう?」


 その人をおちょくるような言い回しが更に腹が立つ。

 やはりコイツの傍に小向は置いておけない。

 智貴は気付かれないように、ゆっくりと拳を開閉して体の具合を確かめる。体の調子は大分回復している。


 完全ではないが、小向を連れて逃げ出すくらいならできそうだ。

 智貴は腹を決めて、大きく息をつき、


「おい、草薙」

「なんだい」

「覚えてろよ、コンチクショー!」


 突如叫んで意表を突き、小向のもとに駆け寄り彼女を担ぎ上げる。


「わ!?」

「悪い、ちょっと乱暴に扱うぞ」


 断って屋上の扉に向かって走り出す。

 取り巻きの二人が智貴の行く手を阻む。だが想定していた智貴は足だけで靴を脱ぎ、それを二人に向かって投げつける。


 向こうはその行動は想定していなかったようで、まともに食らって尻もちをつく。その隙に智貴は二人の間を駆け抜けた。

 扉まであと数歩。いける、そう思った瞬間、その言葉が聞こえてくる。


「彼と行けば、金田は二度と助からないよ」


 直後、担がれていた小向が暴れ出し、智貴は大きく姿勢を崩す。

 更に足元に小石でも転がっていたようで、それを踏んで、智貴は痛みに転んでしまう。


 当然、小向も倒れてしまい、いち早く立ち上がった智貴は彼女に手を伸ばすが、小向は拒絶するようにそれを避けた。


「ごめんなさい。私は一緒に行けません」

「なんで――――」


 問いかける智貴の声に、小向は沈痛な表情で顔を背ける。

 そしてそんな智貴を、再び悠馬の取り巻きたちが取り囲む。


「どうやら振られてしまったみたいだね?」

「テメエ……!」


 遅れて悠々と歩いてきた悠馬を、智貴は下から睨みつける。


「獅童になにしやがった!?」

「これはこれはおかしなことを言うね。君の言い方だと、まるで僕が彼女になにかしたみたいじゃないか。世界全ての神と兄に誓ってもいいけど、僕は彼女にはなにもしてないよ」

「なにをぐだぐだとのたまってやがる!」


 おかしいのは確実に悠馬の言葉だ。

 なにもされていないなら、小向があんな辛そうな顔をするわけがない。


「まあ、なんにせよ、あれだ。彼女のためを思うなら、無理やり連れていくことだけはしない方がいい。それをして恨まれるのは十中八九、君だからね。いや、獅童なら君じゃなくて自分を恨むかな? 最悪、君と自分を恨んで死体が二つ出来上がるかもね。アハハハハ」


 実に楽しそうに、悠馬はそう言って笑う。

 その様に、智貴は悔しさから唇を噛む。

 なにが悔しいと言えば、悠馬の言葉がおそらく真実だろうとわかったからだ。


 今この場で小向を連れ出しても、なんの解決にもならない。むしろ状況は悪くなるに違いない。小向と、そして悠馬の表情から智貴はそれを理解する。


 自分には、なにもできない。

 ギリ、と自分の奥歯の噛む音が智貴の脳髄深くに響き渡った。


「フフフ、実に残念そうだね。そんなに獅童のことが気に入ってるのかい? あんな地味な妖混じりが好みだなんて、随分と変わった趣味をしているんだね」


 そこまで言って、悠馬はふと考えるように顎へと手をやった。


「そんなに彼女のことが気に入ってるなら、一つ提案があるんだけど、どうだい?」

「……提案だって?」

「ああ。君のチームメンバーである神宮喜咲。彼女と獅童小向をトレードしないかい? それなら僕も獅童を譲ってやっても構わない」


 一瞬、智貴はなにを言われたのかわからなかった。


「あ? 神宮が、なんだって?」

「だから神宮喜咲と、獅童小向を取り替えようって言っているんだ。彼女の戦闘能力の高さと見目の麗しさは学園一だからね。ぜひ手元に欲しいんだよ。実は前から声をかけていたんだけどね、どうにもなびいてくれなくて困っていたんだ」


 悠馬に説明されて、智貴は悠馬の意図を理解する。

 理解してしまった。できればしたくなかった。


 あまりと言えばあまりの言葉。その内容に智貴は頭が沸騰しそうなほどの怒りを覚える。


「ふざけるな! 人間はペットでもなけりゃ、物でもねえんだぞ! それをテメエのアクセサリーみたいに……取り替えるだぁ!? 寝言は寝て言え! でなけりゃ死ね!」


 胸に湧き上がる怒りは際限を知らない。

 ともすれば怒りの熱に当てられて、智貴の奥深くに沈められた黒い感情すら湧き上がりそうになり――――


『魔王気の増大を確認。危険度レベル一への到達を確認。緊急システム作動。フェーズワン、投薬による感情冷却を開始します』


 脳内に直接聞こえてきたアナウンスが響き、コネクタからなにか飛び出す感触。

 コネクタから飛び出したなにかは智貴の首に突き刺さり、直後、意識が遠のいて崩れ落ちかける。


「ぐ、ぁ…………」


 この感覚は知っている。初と初めて会った時、黒い獣の大樹を発動させそうになって、強制的に鎮静化させられた時の感覚だ。

 どうやらコネクタの中に、あの時使った薬が入っていたらしい。


「なんだい? 体調が悪いのかな? ……ああ、僕の魔術機グレイプニールが今になって効いてきたのかな? なんにせよ、話し合いはもう無理のようだね」


 そう言うと、詰まらなそうに悠馬は智貴から視線を切る。どうやら智貴への興味を失ったらしい。

 悠馬は取り巻きを連れて屋上を後にする。その一行の中には、当然のように小向も含まれていた。


「獅童……!」


 反射的に智貴は小向を呼び止める。

 だが小向は振り返らない。智貴のことを拒絶するように、正面を向いたままだ。

 このまま行かせてはいけない。


 深い理由はない。

 ただ直感的に、ここでなにもしなかったら、二度と彼女には手が届かなくなる。そう感じたのだ。


 だから考える。彼女を助けるためのその糸口を。自分が腕を伸ばした時、彼女がそれを掴んでくれるようになる、そのヒントを――――――


「ヒメちゃん」


 意識するより早く、そんな単語が智貴の口から洩れて出た。

 そして小向の足が止まった。

 これだ。智貴は当たりを引いた感触に、拳を握る手に力を込める。


「お前、死都でそんな名前を呟いてただろう。そいつはこの学園にいるのか?」

「そんな人、私は知りません」


 今までで一番固い声。小向は突き放すようにそう言うと、扉の向こうへと姿を消してしまった。


「残念だったね。これに懲りたら、僕たちには関わらないことだ」


 打ちひしがれるように地面に這いつくばる智貴に、悠馬が忠告するようにそう言った。

 その顔は自分の優位を信じて疑わないものだ。そして人を人と思っていない顔である。


 だから智貴は言う。精一杯の虚勢で持って、彼のその自信を打ち崩すべく。


「……一つ予言してやるよ、草薙悠馬。獅童はお前の元からいなくなる。そしてお前は絶対に泣かす」

「それは宣戦布告じゃないのかな? それに一つって言っておきながら二つのことを言っていないかい?」


 呆れたように肩を竦めて悠馬は智貴に背を向け、


「最後に僕からも一つだけ言わせてもらおう――君が殴ってくれたこと、僕は忘れていないよ。この借りは近いうちに変えさせてもらうから、そのつもりでいたまえ」


 そう言って、今度こそ屋上を出て行った。

 バタン、と扉が閉まり、智貴一人が屋上に取り残される。


 完全に、負けた。

 喧嘩の話ではない。

 小向に暗い顔をさせてしまった。智貴にとって、それが負けだった。


 智貴は小向に助けられた借りを返したかったのだ。間違ってもあんな顔をさせたかったわけではない。

 ましてや最後は智貴を守るために、彼女に無理させてしまった。

 智貴の全ての行動が裏目に出てしまった。


 完全に、失敗した。


「……くっそぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」


 誰もいなくなった屋上。智貴は大の字に倒れ込むと、空に向かって大声で叫ぶのだった。






 *




 どれほど屋上で倒れていただろうか。

 気付けば電撃による痺れも、薬による倦怠感もなくなっていた。

 しかし精神面から来る気怠さを感じながら、智貴はゆっくりとした動きで上体を起こす。


「あー、動きたくねー。しばらくココでへこんでいて―」


 大敗を喫したせいで、全身が気怠い。

 許されるなら、二時間ほどやけ食いしてからふて寝したいところだが、そう言うわけにもいかないだろう。


 |なにせ今の智貴は先方を待たせている身だ(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)。いつまでもこんなところでグダグダしていられない。

 意識を切り替える為、智貴は自分の頬を叩き、無理やり勢いを付けて立ち上がる。


「見てたんだろ! 出て来い、フライングパンケーキ!」


 智貴が叫ぶと、ややもって智貴をここへ導いた飛行型ドローンが姿を現す。


「お望み通り、悠馬たちに会ってやったぞ。これで満足したか? だったらテメエを飛ばしたご主人様のところに連れていけ」


 智貴の言葉に頷くように、ドローンは智貴の周りを一周してから離れていく。

 屋内を飛ぶのは危険だから、校舎の外で智貴が出てくるのを待つつもりなのだろう。


 智貴は屋上の扉をくぐる。そしてやや早足で階段を下りていき、最短距離で校舎の外に出る。

 すると案の定、外でドローンが待っていた。


 ドローンは智貴が来たのを確認すると、ここへ案内してきた時の様に、先導してゆっくりと飛んでいく。智貴もそれを追いかけて歩き出した。


 そうして辿り着いたのは大学部の魔術機研究部棟だった。

 その名の通り、魔術機について研究を行っている場所である。


「こんなところにアイツがいるのか?」


 ドローンのご主人様を思い描き、その人物に似つかわしくない場所へ辿り着いたことに、智貴は驚いて目を丸くする。

 しかし建物の中にいるなら、飛行型のドローンでは案内できないのではないか。そんなことを考えていると、ドローンが高度を下げる。そしてその上になにかが飛び乗る。


「うおっ、ネズミ……じゃないな?」


 それはネズミによく似た機械。つまりドローンだ。

 ネズミ型ドローンは飛行型のそれに乗って智貴の目の高さまでやってくると、ピョン、と智貴の肩に飛び乗る。そして首元に駆け寄り、コネクタの接続端子に自分の尻尾を差し込んだ。

 次の瞬間、智貴の視界に仮想ウィンドウが展開される。


「これはこの建物の見取り図? この赤く光ってる点が目的地か?」

『Yes』


 智貴の問いかけに対してそんなメッセージウィンドウが展開される。


「……これ、お前か?」

『Yes』


 ネズミのドローンに問いかけると、再びメッセージウィンドウが開く。どうやらある程度の意思疎通はできるらしい。

 そんなことを考えていると、見取り図に更に現在地と、目的地への案内が矢印で表示される。


 そして飛行型のドローンがいずこかへと飛び立っていった。おそらくは案内を終えたので、元の仕事か、あるいは充電にでも戻ったのだろう。


「十年ってすごいんだな……」


 なんとなく今の技術の進歩に感心しながら、智貴は魔術機研究部棟に足を踏み入れる。

 そして見取り図の案内通り歩いていき、そこに辿り着く。


「ここは地下への階段?」


 何故大学の建物に地下施設なんてものがあるのか疑問に思いながら『関係者以外立ち入り禁止』となっているその扉をくぐる。

 扉は鍵がかかっていたが、智貴が近づくと、まるで彼を迎え入れるように扉が開いた。屋上の時と同じである。


 そうして地下へ降りると、暗い空間に巨大なボイラー。それに接続されるなにかしらの機械が見えた。


「ひょっとしてこれ、発電機か?」


 緊急用だろうか? だとしてこんなところに一体なにがあるのだろう。

 怪訝に思いながら歩いていると、さらに奥に空間が続いており、そこから光が漏れ出していることに気が付いた。それと同時にネズミ型のドローンがコネクタとの接続を切って、光の方へと走り去ってしまう。


「あ、おい」


 短い案内に智貴は後頭部をかいてから、光の方へと歩いていく。

 ボイラーのある部屋の奥は更に部屋になっているようで、そこに入った智貴は圧巻の光景に目をしばたかせた。


 部屋の広さはおそらく十二畳ほどだろうか。だろうと曖昧に言ったのは、部屋の半分程が機械で埋め尽くされており、正確な広さがわからなかったからだ。

 四段重ねの棚の中に、パソコンの本体のような機械が複数台置かれている。そしてそれらに挟まれるようにして、六つの巨大なモニターが並べられていた。

 モニターは全て光が灯っており、色々な物を映している。よくわからな文字列や、アニメ。ネットのブラウザなんかも見える。


 だがそれらよりも智貴の目を引いたのは一番左のモニター。そこには灰色に 映る小向の映像が映し出されていた。

 悠馬たちとどこかに向かって歩いているようだ……まさかリアルタイムの映像? だとすれば、これは監視カメラをジャックした映像、あるいはそれに類似する違法行為で得た映像と言うことになるだろう。


「な、なんだこりゃあ……?」


 思わず智貴が呟くと、そこでモニターの正面。そこに置かれた座椅子がかすかに動いた。


「見ての通り、自作のスーパーコンピューターだよ。まぁ、そうは言ってもスーパーもどきだけど。既存のパソコンを複数繋ぎ合わせて、スパコンじみた演算力を再現してるだけだからね」


 姿は見えないが、背もたれの向こうから聞き覚えのある声が聞こえてくる。そしてその聞き覚えのある声に、智貴は「やっぱりか」と納得する。


「まさかその偽スパコンを自慢すために、俺をここに呼んだわけじゃねーよな。鹿倉?」


 智貴がそう問いかけると座椅子が回転して、こちらを向く。

 そしてその椅子には桃色の髪をツインサイドテールに結った、小さな少女、鹿倉姫乃が座っていた。






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ