第十四章 ままならず
*
「つーわけで、仲間増やそうぜ」
「一体どういうわけよ。ちゃんとわかるように説明しなさい」
夜、帰ってきた喜咲とローテーブルを挟んで食事を取りながら、智貴は彼女にそう言った。
場所は学生寮である翠月寮の一室。智貴に与えられた部屋である。
六畳1Kと言う、学生にはやや上等すぎる部屋だ。
そこに死都から帰ってきた喜咲が見舞いがてら訪ねてきたので、食事に誘って今に至る。
ちなみに今晩の献立はラーメンとチャーハン。更に生姜焼きだ。一見すると炭水化物と肉しかないような献立だが、ラーメンの上には大量のもやし。生姜焼きの下には同様に大量のキャベツが敷かれていた。
そんなに食べられないという喜咲のため、彼女の分は全部少なめである
「いや、獅童の奴を助けようと思ったら、自然、草薙悠馬と対決するわけじゃん? でもそうするには俺とお前の二人じゃ絶対に戦力が足りてないと思うんだよ」
「だから仲間を増やしたいって言うこと?」
「イエース」
智貴が肯定すると、喜咲は何故か難しい表情を浮かべてみせる。
「なんだ? なんかまずったか?」
「と言うより、草薙悠馬に目を付けられてる現状、私たちに手を貸してくれるような物好きはいないと思うわよ」
「それはまぁ、そうだろうけどよ」
昼間のクラスメイト達の様子を思い出すと、まるで否定できない。しかし今のままではジリ貧なのだ。
敵はあまりにも強大で、今の智貴たちでは相手にならない。
草薙悠馬と本気で敵対するなら、戦力の拡大が必須なのである。
「でも絶対いないかはわからないだろう。それこそ人間じゃなくて、お前みたいな悪魔ならワンチャン――――」
「無理よ」
食い気味に否定されて、智貴は思わず鼻白む。
喜咲の方も自身で思ったより強い語気になったのか、驚いたように目を丸くしてから、ばつが悪そうに目を逸らした。
しばらくの間、気まずい沈黙が続く。
そんな沈黙を先に破ったのは喜咲の方だった。
「……前から思ってたけど、アナタって料理上手いわね」
どうやら話題転換で空気を変えようという目論見らしい。
智貴としてはまだ話足りないのだが、そんなことを言える空気ではなさそうだ。智貴は仕方なく新しい話に付き合うことにした。
「家じゃ、妹よりも台所に立つことが多かったからな。代わりに洗濯とかは妹のがやること多かったけど」
「ふーん? やっぱり下着をアナタに見られるのが嫌だったとか、そう言う理由?」
「いや、相手は小学生だぞ。そう言う思春期的な理由じゃなくて、単純に味への探求、その熱意の差だよ。妹はどっちかって言うと、時短とかコスパの方を優先する性質だったからな」
兄さんの料理は非効率的だ、とよく妹の奏多に言われていたのを思い出す。
それでも智貴が台所に立つ数が多かったのは、やはりなんだかんだで奏多も美味いものを食べたかったのだろう。
ああいうのも餌付けというのだろうか?
「あと、今回は材料がいいって言うのもあるな」
「材料?」
「ああ。午後に理事長のところを尋ねたんだけど、その時にエルミールさんに会っな。なんでも貰い物でいい豚肉がたくさん手に入ったから、よかったらどうぞって」
「……そこだけ聞いてると、なんだかどこぞの主婦みたいね、アナタ」
「だったらさしずめ、お前は死都に仕事に行く旦那ってか? どでかい失敗をやらかして路頭に迷いそうだな」
「失礼ね。失敗なんてそんなにしないわよ。これでも他の生徒たちからは一目置かれているのよ」
「まあ、見た目はいいし、死都ではヒーローじみた真似っぽいこともしてるからな。そこだけを見れば、わからないでもないけど。でもなあ……」
「なによ。言いたいことがあるなら言いなさいよ」
「言ったら、お前怒るぞ?」
「いいから言いなさいよ!」
「じゃあ言わせてもらうけど……お前、脳筋駄目ルフじゃん。遠目で見てる分にはいいけど、傍にいればいるほど残念具合がよくわかる」
「誰が駄目ルフよ! 私は駄目ルフにゃんかじゃにゃ――――ムグッ」
「ほれ、噛んだ。やっぱ残念な奴だよ。お、なんだ? そんなに睨んで、ますます残念具合に磨きがかかるぞ? ――って、ちょっと待て。お前、その俺のチャーハンどうするつもりだ? ちょ、やめ! ラーメンに入れるなー!」
闇の帳に智貴の悲痛な絶叫が吸い込まれる。
その日の夜、智貴と喜咲は建設的な話し合いをすることはできないのだった。
*
そして翌日。朝。
「アナタは余計なことは考えず、傷の回復にでも努めてなさい」
智貴の部屋で食事を終えた後、喜咲は昨夜そう言って部屋を去っていった。
今頃は、また死都にでも出向いているのだろう。
結局、彼女が死都でなにを探しているのかはわからない。しかし喜咲が言うにはそれさえ手に入れれば、全ての状況をひっくり返すことができるらしい。
そしてそれを探すことができるかもしれない智貴に、早く傷を治せと言いに来たのが昨日の見舞いだ。
喜咲としてはやはり仲間集めはせずに、なんだかよくわからないものを手に入れることで戦力の拡充を目指すつもりらしい。
それさえ手に入れれば、草薙悠馬ではなく、草薙財閥と取引して小向を救い出すことができるはずだ、とのこと。
相変わらず詳細を話してくれないので、智貴にはそれがどれほど効果的なのかわからない。
しかし尋ねた時の喜咲の態度から考えると、彼女の作戦が成功する確率は宝くじの一等が当たる確率並みに低いように思える。
つまり喜咲の作戦に頼るのはあまり現実的でないということだ。
ならばやはり、智貴が考えた仲間を増やす作戦を実行するべきだろう。
そう思って、その日は朝から色々な生徒に声をかけたが、
「無理無理無理! 神宮のチームなんかに入ったら俺まで草薙の奴に目を付けられるじゃねーか! 絶対無理!」
「お前って、あれだろ? 死都で女子の裸とかパンツ見たりとかしてたって言う変態だろ? そんなやつとは組みたくねーわ」
「報酬次第では考えてやってもいいぞ百万VC並の代物を前報酬としてよこせ。更に依頼を達成したら同額の代物を追加でよこせ。それができるなら考えてやる」
「ヒャハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ! 絶対嫌だね! ヒャハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!」
とりあえず最後の奴の顔面に拳をくれてやったところで、警備員がやって来たので逃げ出したのが現状だ。
朝の八時前に寮を出たにもかかわらず、気付けば時刻は昼に差し掛かろうとしていた。
やはり草薙悠馬に睨まれている状況というのが効いているらしい。
智貴の死都での悪評も、きっと奴が流したに違いない。
なにをするにしても邪魔になる。草薙悠馬の影響力に、智貴の彼に対するヘイトは留まる所を知らなかった。
「あの野郎、絶対にぶっ飛ばす。泣いて懇願するまで殴り続けてやる……!」
物騒な妄想をすることで疑似的に怒りを発散して自身を押さえる。
端から見ると、虚空を睨んでブツブツと呟く怪しい人物の完成だ。
そんな風に智貴が全力で不審な行動を取っていると、不意にその視界を妙な生物が通りかかった。
ずんぐりむっくりとした小柄だが、筋肉質で、そして尖った耳といかつい顔の男だ。
髪は長いもじゃもじゃの黒で、瞳は青い。そして肩には身の丈ほどの巨大なハンマー。
智貴のファンタジー知識が言っている。あれは多分ドワーフだ。
次代を飛んで三人目の悪魔との遭遇――そう言えば姫乃がなんの種族だったのか聞いていないこと思い出した――に智貴は思わず興奮する。
「おお! エルフと同格、ファンタジーの王道種族ドワーフだ! すげー! マジでもじゃもじゃしてらあ!」
智貴が瞳を輝かせていると、そんな智貴の視線に気付いてドワーフが眉を顰める。
「なんだぁ、オメエ。けったいな目で俺っちのこと見やがって。なにか用かよ?」
「え? ああ、悪い悪い。初めてドワーフを見たから思わず興奮しちまって。不快に感じさせたなら謝るよ」
即座に謝ると、推定ドワーフは拍子抜けしたように真顔になる。
智貴はそんな彼に歩み寄る。
「アンタ、ドワーフでいいんだよな?」
「俺が人間や喧しいミニム・マルクスにでも見えるか?」
「いや、見えないな」
「だったら聞くな。お前の見たまんまが答えだろうが」
フン、と鼻を鳴らす様はなんとも職人気質な気難しいドワーフそのもので、智貴は感動すら覚える。
智貴のよく知るファンタジー種族の人物と言えばエルフの喜咲だが、彼女は全くエルフっぽくないのだ。耳が隠されていることもあって、喜咲はエルフに分類されていない。しようとすると、智貴の中で拒絶反応が出てしまうのだ。
それを思うと目の前のドワーフそのものな男は、智貴のファンタジー好きな心を実に満たしてくれる存在だった。
これぞドワーフ。これぞファンタジーといった具合である。
「なあなあ、ドワーフって言ったらやっぱ鍛冶仕事とかが得意なのか? 炎に強いとか、坑道に穴を掘って住んでるとか本当なのか? 女性にもひげが生えてるって言うのは? そう言えばアンタはひげは生えてないのか? その手に持ってるハンマーはなんなんだ?」
智貴が質問攻めにすると、ドワーフをギョッとした顔でのけぞってしまう。
「おっと、悪い悪い。世界がファンタジー臭い世界になった割に今まで全然ファンタジーっぽいものが出てこなかったからその反動ではしゃいじちまった」
「別にいいけどよ……お前、変わった奴だな」
「うん?」
「こっちに来てから俺っちに興味を持つ奴はそこそこにいたけどよぉ、そんなに好奇心むき出しで聞いてくる奴は初めてだぜ」
なんと、今の時代の人間はドワーフに興味がないらしい。
衝撃的な事実に、智貴は信じられない思いを隠せないでいた。
「え? なんでだよ? こんな王道なドワーフが歩いてたら根掘り葉掘り聞きたくなるだろ。生きた指〇物語だぞ?」
「その王道なドワーフやら指〇物語ってのがなんなのかよくわかんねえよ……ああ、でもこの世界にゃ、元々俺らとよく似た種族の話とかがあるんだったか?」
「ああ、指〇物語なんかじゃ大活躍してたし、シンデレラの七人の小人もドワーフだって言う話だ。TRPGとかまで手を出せば、もはや無限大と言ってもいいぐらい、大量のドワーフがこの世には溢れてるぜ」
「マジかよ、こっちの世界の人間半端ねえな。酒もなかなかいい物作るし、やるじゃねえか。まぁ、武器づくりだけは俺っちたちのが上だろうけどな。ガッハッハッハ!」
なんとも豪快な笑い声。
まさに絵に描いたようなドワーフだ。嬉しさのあまり、つられて智貴も大口を開けて笑い出す。
そうして十秒ほど笑ってから、ドワーフが智貴の腕を叩いた。
「おい、お前。名前はなんて言うんだ?」
「俺か? 智貴だ、穂群智貴」
「よし、智貴。今から家に来い。俺が酒を奢ってやる。お前の話をつまみに酒盛りといこうじゃねえか」
「おいおい、俺は未成年だぞ。未成年に酒勧めてんじゃねーよ」
突然とんでもないことを言い出すのが、またドワーフらしい。
断りながらも、智貴は顔に笑顔を張り付けたままだった。
「ああん? そうか、こっちの人間は成人するまで酒は飲めないんだったな……チッ、首輪が付いてるから誤魔化すのも難しいか。じゃあ、いい。ジュースにしてやる」
「てか、え? いいのか? 俺、生まれて初めて初対面の人間にこんなよくされてるんだけど」
「なんだあ? 色々面白い話知ってるからいい家の生まれなんじゃねえのか? 随分しみったれた人生を送ってるみたいじゃねえか。だったらなおのこと奢ってやる。雰囲気だけじゃあちと物足りないかもしんねぇが、それでも酒盛りをやれば人生の半分の半分ぐらいは楽しめるってもんさ。俺がそれを教えてやんよ」
「お前、マジでいい奴だな! 思わず兄貴って呼びたくなるぜ!」
「ガッハッハッハ! なんなら呼んでも構わないぜ? この俺、エリュミン氏族の族長が息子、ゾル・エリュミンが今日からお前の兄貴分だ!」
そんな訳で、智貴はハンマー担いだドワーフこと、ゾル・エリュミンの下で昼から酒盛りをすることになったのだった。
ゾルに連れて行かれた場所は赤いレンガ造りの頑丈そうな建物、躑躅荘。
多くの悪魔――と言っても学園全体でおよそ三十人ほどしか悪魔はいないらしい――が住まう寮である。
複数種の悪魔が住まうと言うことで、他の寮に比べて専用の施設が多く、改築し過ぎた家の様にゴテゴテしているのが特徴だ。
そんな躑躅荘の地下。そこに三人しかいないドワーフのために作られた酒場が存在している。
酒の種類は三種類。ビールにテキーラ、それとブランデーだ。
それらをセルフサービスで自分でグラスに注ぐスタイルで、バーテンダーのような存在はいない。
そう聞くと誰もが飲み放題のようにも聞こえるが、酒の入ったサーバーはドワーフが身に着けたコネクタにしか反応しないよう設定されており、他者が酒を飲めば、そのバイタル情報がコネクタに残り、後日露見する。
そしてドワーフ以外がここの酒を飲んだ場合、即座にこの酒場は撤去されるとのことらしく、今のところその制約は守られ続けているらしい。
そんなわけで智貴とゾル、そしてゾルの仲間である二人のドワーフ、計四人による宴会が躑躅層の地下で行われた。
宴会はおよそ三時間に及び、その間智貴たちは色々なことを話した。
この世界におけるドワーフについての創作話、そこから発展したファンタジーの話。
実際のドワーフの生体や、彼らが持つ魔術器官についての話。そして学園の待遇や、学園の生徒たちとどう付き合っているのか。
酒の話やつまみの話。そこから実際に、智貴がつまみになりそうな物を作ってみせたら大層喜ばれた。
そしてそんな風に騒いでいる内に、一同は草薙悠馬についての話に辿り着く。
「草薙悠馬? ああ、あのイキリ勇者か。アイツは駄目だ、全然駄目」
酒臭い赤ら顔で、ゾルが大げさに手を振ってみせる。おそらくは否定の意味合いを持つジェスチャーだろう。
「アイツは英雄になりたいみたいだけどな、やってることが完全に悪党のそれなんだよ。面もいっつも胡散臭く笑ってやがるし」
「英雄? なんだそれ」
悠馬に似つかわしくない単語が聞こえてきて、智貴は思わず聞き返す。
それに答えたのはゾルの隣に座る、白銀の髪をした緑目のドワーフ。ゾルの幼馴染らしいアルバだ。
「なんだ、知らないのか? アイツはあー……誰だったかな、名前は忘れたけど、世間で有名な英雄に憧れてここに来たんだよ。その英雄様がここにいるわけじゃないが、なんでもこの近辺に永久機があるって話でな。それを手に入れるのが目的なんだとか」
再び知らない固有名詞。智貴は眉を顰める。
「なんだ、永久機も知らないのか? 永久機って言うのは俺たちみたいにこの世界の外から流れ着いた最強の魔術機だよ。ここの学園で使ってるような魔術機よりも強力で頑丈。そしてなにより無限に魔力が沸きだす超トンデモ兵器さ」
「なんだそれ、最強じゃねえか。そんなもの、本当に存在するのかよ?」
「するさ。現に名前を忘れた英雄様もそれを使って英雄になったぐらいだからな」
「そんなすごい奴なのに名前を忘れたのかよ」
「他種族の顔や名前って覚えにくいだろ。お前は犬を一匹一匹、個別で区別できるのか?」
なんとなくわかるようなわからないような理由である。
眉を顰める智貴の背後から、抱きつくように会話に割って入って来たのはゾル。智貴の対面に座っていたはずの彼は、正面から消えており、智貴の背後に立っていた。その手には並々とビールの注がれたグラスが握られている。
「永久機なんざどうでもいいんだよ。それより草薙だ、草薙。アイツは英雄の器じゃねーよ。俺たちも人間も同じぐらいに見下してやがる。自分以外は全員ゴミだと思ってる口さ。知ってるか? アイツはな、チームのメンバーを使い捨てにするんだぞ」
「そう言えば、お前も捨てられた口だったな」
思い出したようなアルバの言葉。智貴は驚いたようにゾルを見る。
「応ともよ、ドワーフの技術力を僕のところで生かしてみないか、って言われてアイツのチームに入ったんだけどな、とんだ独裁体制に異議を唱えたら死都であっさり見捨てられたんだぜ? 命からがら戻ってみれば、既にチームから除籍された後でな、僕のチームに君は合わないみたいだからねとか言われてな。マジありえねえよ」
「お前の声真似の下手さもあり得ないな」
「ああん? あれぐらいなよなよしてたろ、アイツ……まぁ、なんにせよ、あれだ。アイツは英雄以前にチームのリーダーとして大事なものが欠けてやがるんだよ。本当に他のチームメンバーの奴らには同情するぜ。いや、大半がわかって入ってる奴らだから呆れるっつった方が正しいか」
ハッ、と馬鹿にするように鼻で笑って、不快さをビールで流し込む。
「ゾル。お前って草薙のこと嫌ってるのか?」
「あったりめえだろうが。あんな英雄もどき、嫌う理由しかねえよ!」
……これは、いけるのではないだろうか?
どうやらゾルは悠馬を快く思っていないらしい。ならば上手く自分たちのチームに勧誘できるのではないか。
「なあなあ、草薙悠馬に一泡吹かせる計画を練ってるって言ったら、アンタ、どう思う?」
「ああん? なんだ、藪から棒に?」
「実はな――――」
智貴は死都で小向に助けられ、悠馬が彼女を半ば無理やり連れて行った経緯を話した。
そして彼女を草薙悠馬のチームから救い出したいことを告げる。
「獅童は世にも希少な回復魔術を扱う妖混じりらしい。そいつを草薙のチームから引っこ抜けば、結構な打撃になると思うんだけど、どうよ?」
「へぇ……ずいぶん面白そうな事を考えてるじゃねえかよ」
智貴の話を聞いて、ゾルはニヤリと笑みを浮かべてみせる。
「だろ? つーわけで、一緒に草薙の野郎に一泡吹かせてやらないか?」
「ハハハ! 兄弟の頼みだ、さっきのつまみの礼もあるしな。手伝ってやらぁ!」
言って、二人でガシッと腕を合わせる。
見た目の小ささによらない力強さに、智貴は腕を持っていかれそうになるが、それが逆に頼もしい。
「折角だ、俺も手伝ってやるぜ」
「……………」
アルバもそう言って笑い、残るもう一人のドワーフ、灰色の角刈り。オージーも無言でうなずく。どうやら彼も協力してくれるらしい。
「そう言えば、兄弟、他の仲間は? まさか一人で草薙の野郎に挑もうって訳じゃないんだろ?」
「ああ。実はうちのチームは人手不足でさ、俺を含めて二人しかいないんだ。だから丁度仲間集めをしてるところなんだよ」
「たった二人だぁ? 俺らが言うのもなんだが、随分と少ないな、おい。そのもう一人ってのはどんな奴なんだ? 草薙みたいな糞野郎じゃねえだろうな?」
「大分ポンコツで口は悪いが、見てる分には面白いし、いい奴だぜ? つーか、アンタらもひょっとしたら知ってるんじゃないか? 神宮喜咲って奴なんだけど、俺はそいつのチームに入ってるんだよ」
「神、宮……?」
喜咲の名前を聞いて、ゾルの動きが鈍る。
どうしたのだろうと疑問に思う智貴に、眉間にしわを寄せたアルバが逆に尋ねた。
「そいつはひょっとして、黒い耳当てをした、エルフの金髪女か?」
「そうだけど、それがどうかしたか?」
肯定して尋ね返すと、途端に腕にかかっていた負荷がなくなり、智貴は体勢を崩しかける。ゾルが腕を戻したのだ。
そしてゾルは苦虫でも噛み潰したような顔で智貴から距離を取る。他のドワーフたちも同様である。
急によそよそしくなった彼らに、智貴は戸惑ってしまう。
「……悪ぃ、やっぱさっきの話はなしってことにしてくれやぁ」
「は!? 急になんでだよ!?」
「死んだじいちゃんたちの遺言でな、エルフにゃあ絶対近づくなって言われてるんだよ」
「絶対それ嘘だよな!? 断りたいけど、まっとうな理由がない時の常套句じゃねーか!」
思わず叫ぶ智貴にゾルはバツが悪そうに頭をかく。口を紡ぐ彼の代わりに智貴に声をかけたのはアルバだ。
「ゾルの言うことは完全に嘘なわけじゃない。確かに明確にそう言われているわけじゃないが、知性ある悪魔は全体的にエルフを嫌ってるんだよ」
「ああん? なんだそりゃ」
「俺たちは今の生活を嫌ってるわけじゃない。でもな、こうなったのはアイツらのせいで、そして今も多くの同胞がそのせいで苦しい思いをしてる。だから俺たちはエルフに協力したくないんだ。悪いな」
全く意味がわからない説明。しかしその瞳には強い拒絶の意思がこもっていた。
助けを求めてオージーの方を見てみるも、どうやら彼も同じ意見のようで、黙って首を横に振るのだった。
「そう言うわけだ。悪いな、兄弟。お前のことは気に入ってるし、その獅童って奴にも同情はするけどよぉ、俺たちはオメエを手伝えないわ」
そう言うと、ゾルはつまらなそうにため息をつく。
「……なんか酔いが一気に冷めちまったな。今日はこれぐらいでお開きにしとくか。兄弟もまだやることがあるんだろ? 今日のところは帰ってくれやぁ」
突き放すようでいて、しかしどこか申し訳なさそうにそう言われて、智貴としてもそれ以上食い下がることができない。
納得いかない表情を浮かべたまま、智貴はドワーフたちの元を離れるのだった。
*
どうやらチームメンバーを増やすことは難しいらしい。
智貴は難しい顔を浮かべて、躑躅莊からの帰り路を歩いていた。
「情報が足りねー。つーか、神宮の奴、色々隠し事しすぎだろ」
仲間集めは無理だ、と言われていたが、その原因が喜咲にあるというのは全く持って初耳だ。
いや、悠馬に睨まれているのは智貴にも原因はあるのだが。
しかし智貴が喜咲と組む前も彼女が一人だったことを考えると、喜咲も悠馬となにかしら確執があるのかもしれない。
「前に死都で会った時、なんか顔見知りっぽい会話してたしな、アイツら……そう言えば結局、俺の力がなんなのかも教えてもらってないし」
智貴の力については成功報酬と考えれば、まだ教えないのはわかるが、それ以外の情報を教えないのはどうなのだろうか。
「アイツの目的もよく知らねーし、なんでヘッドホンなんかつけてるのかもわかんねー。それに普段なにやってるのかとか、趣味とかも聞いてねーしなー……なんだか片思いしてる男子中学生みてーだな、おい」
自分で言っていて、智貴は思わず顔をしかめてしまう。
喜咲のことは嫌いじゃないし、見た目的にもヘッドホンを除けばドストライクだ。
だが恋愛対象になるかと言えば、ありえないと即断できる。
面白い奴ではるが、中身があまりにも残念過ぎる。端から見ている分には面白いし、たまに付き合う分には楽しく過ごせる。しかし四六時中一緒にいるのは勘弁願いたい。
「そんなことになったら四六時中、アイツの尻拭いしなきゃいけなさそうだしな……」
それは本気で勘弁願いたい。
「……じゃなくて、一度、アイツとはマジで腹割って話さなきゃならないかもな」
どうせなら昨夜夕食を一緒にした時、その辺りの話でもすればよかった。いや、今夜あたりにでもさっそく聞いてみるべきか。
と言うか、今夜は帰ってくるのだろうか?
いつも危ないことをしているが、怪我でもしていないだろうか。
「む。なんかアイツのことを考えるとどうしても思考が脱線するな……なんなんだ、これ?」
我ながら意味がわからない。
自分の思考に首を傾げながら歩いていると、交差路に行き当たる。
この時、智貴は考え事をしていて周りの注意がおろそかになっていた。その為、横から飛び出してきた何者かの存在に気付くのが遅れてしまう。
「うおっ!?」
「きゃ!?」
智貴はとっさに後ろに跳んで大事を回避するが、もう一人の方はそうはいかない。
かろうじてつんのめるだけで済んだ。しかし両腕に抱えていた大量のパンがばらまかれてしまう。
「わ、わ、わ!」
パンをばらまいた少女は慌ててそれらを拾おうとするが、両手にパンを抱えたままなので拾おうとした先から新たな犠牲者を生み出していく。
以下、エンドレス。無限ループって怖くね?
「待て待て待て、アンタは拾うな。俺が拾うから」
「す、すみません……え?」
なにやら智貴を見て疑問じみた声を上げるのが聞こえたが、智貴は一旦それをスルーする。それよりもパンを拾う方が先決だ。
智貴は床に散らばるそれらを拾い集め、いざ落とし主に返そうと顔を起こす。そこで相手が何者なのかを確認した。そして思わず動揺してしまう。
「し、獅童?」
「穂群君」
そこにいたのは先日智貴を助けてくれた相手。そして目下、智貴が一番助けたい相手である獅童小向だった。
想定外の遭遇に、智貴はどう反応したものかわからず沈黙してしまう。
相手の方も同じだったようで、なんとなく、気まずい雰囲気が二人の間を支配した。
「あの、パンありがとうございます……それと、この間はごめんなさい」
「ごめんってなにが?」
「その、死都でご迷惑をかけてしまったみたいでしたから」
智貴は一瞬考えて、小向がなにを言っているのか理解する。
どうやら死都で草薙のチームに襲われたことを言っているらしい。
「あれなら、アンタが謝ることじゃないだろ。だから気にするな」
「え、でも……」
「いいって言ってるだろ。それよりも……このパンはなんなんだ?」
智貴は自分と、小向の手中にあるパンを交互に見てそう尋ねる。
その数は軽く見積もって二十はある。智貴ならばともかく、まさか小向一人で消費するために買ったわけではないだろう。ならば考えられる可能性は一つだ。
「まさか草薙の野郎にパシられて――――」
「ち、違います! これはその草薙先輩に命令されて嫌々とかじゃなくて、私が自分から言い出しことなんです! だから穂群君が心配するようなことは絶対にないです!」
必至になって否定するところがなんとも嘘っぽいが、泣きそうな顔で言われては智貴も言い返すことができない。
それに仮に否定できたところで、それになんの意味があると言うのか。
彼女の境遇が酷いことを認めさせたところで、今の彼女の立場がよくなるわけではないのだ。
「――って、そうだ。こんなところでいつまでも立ち話していていいのか?」
「そ、そうだ。早く戻らなきゃ……! あ、あの。すみませんけど、パンを返してもらえませんか?」
智貴からパンを受け取ると、慌てた様子で小向は走り出した。
智貴はしばらくその後姿を眺めていたが、
「……やっぱ放っておけねーよな」
ストーキングするようで気が引けるし、追いかけて行ったところでなにかができるとも思えない。
それでもこのまま見過ごすのは、智貴の良心が咎めてしまう。
智貴は渋面を作って後頭部をかくと、見えなくなった小向を追いかけて走り出すのだった。