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剣と魔女と魔王の乱舞(ディソナンスワイルドダンス)  作者: 知翠浪漫
第一部 魔王降臨
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第十三章 鹿倉姫乃






 *




 誠二と別れた智貴は、無事に高等部の校舎に到着し、そして編入の手続きを済ませた。

 いや、手続き自体はすでに終わっていたのだが、始めてきた場所だったため、色々と説明を受けることになったのである。


 そして一限目を学校からの説明で潰し、二限目の始業前。智貴は緊張した面持ちで扉の前に立っていた。

 一年D組。それが智貴が編入されたクラスである。


 智貴にとってこれが二度目の高校デビュー。

 一度目の高校デビューでは完全に交友関係など諦めていたが、妖混じりや悪魔のいるこの学校では智貴でも友人を作れるかもしれない。その為にもここは幸先の良いスタートを切りたいところだ。


 加えて言えば、クラスメイト達から草薙悠馬や獅童小向のことを聞きたいのだ。変な奴、関わるとマズそうだとか思われてしまえば、その目論見の達成は困難になる。

 ただでさえ智貴は顔が怖くて敬遠されがちなのだ。なにもしなければ、間違いなく誰も寄ってこないだろう。


 故に重要なのは掴みだ。

 教室に入った瞬間、一発芸を行ってクラスメイトの心を掴む。これしかない。

 智貴は覚悟を決めて教室の扉に手をかけた。そして――――




 四時間後、見事に挨拶で盛大に失敗して、中庭で一人寂しく昼食をとる智貴の姿がそこにはあった。


 空は晴天。心地よい天気のはずなのに、智貴の周りだけ暗雲が立ち込めているかのように空気が重い。


 具体的になにがあったのかと言えば、連続バク転で教室の中に入り、着地したところで孫〇空の声真似をしようとしたのだ。

 だがいざ着地して声真似に移ろうとしたところで体勢を崩し、教壇に頭から激突。打ち所が悪かったのか、体がまだ弱っていたのか、とにかく智貴はそのまま昼休みまで意識を失っていたのである。


 そして慌てて教室に向かってみれば、なんとも言えない気まずい視線をクラス中の生徒から浴びせられ、智貴は適当に謝ってからその場から逃げ出して今に至る。

 ようは智貴は盛大に大失敗したと言うことだ。


「……これならなにもしない方がマシだったかなぁ」


 盛大にため息をついて智貴は菓子パンに齧りついた。


 智貴の横には空になった菓子パンのビニール袋が、少なく見積もって十個、彼の座るベンチの上に転がっている。当然ながら全部智貴が食べたものだ。

 念のために断っておくと、やけ食いではない。平常運転である。

 しかしその味は、智貴が知るそれより少しだけしょっぱい気がした。


 そんな風に一人でモソモソと食事を取っていると、不意に校舎の上の方が騒がしくなる。

 一体なにを騒いでいるのだろうか。智貴は気になって音のする後ろを振り向こうとして、そこで傍の植木から大きな音が鳴った。


 ドサッ、バキバキバキ!


 なにかが空から降って来たような音に、智貴は目を丸くして立ち上がる。


「なんだ?」


 上の方も気になるが、それよりも身近でなった大音の方が気になる。

 学園の中なので死都のような危険はないはずだが。それでも智貴は一応警戒しながら、音が聞こえてきた植木へ視線を滑らせる。


 そして青々とした植木の中に、ピンク色のパンツが実っているのを発見した。

 レース柄の、なんとなく高そうなパンツである。


「……疲れてんのかな? それともまさか欲求不満で幻覚が?」


 目元を指で揉んでから見直してもパンツは消えない。それどころかその存在を誇示するように、フリフリと小ぶりな尻を振ってみせる。


 なんだこれ。エロゲーか? 自分は一体いつの間にエロゲーの世界に迷い込んでしまったのだろう。それとも地獄変によって、世界がグロ有りのエロゲーの世界になったのか。だとしたら相当救われない話である。


「とりあえず面白いから、写真でも撮っとこう」

「なんかさっきから変な発言ばっかり聞こえてくるんだけど!? そこに誰かいるのかな!?」

「うおっ、パンツが喋ったぞ」

「パンツが喋るってなに!? そっちからは一体なにが見えてるの!? って言うか、さっきからパシャパシャうるさいんだけど! あと、見てのとおりハマって動けないから、本気で助けてくれないかな!」


 植木に生るパンツはどうやら困っているらしい。

 ふむ、智貴はまじまじとピンク色の薄布を眺めながら考える。


「助けてやってもいいけど、対価は?」

「私のあられもない姿を写真に取った上に、対価を求めると申すか!?」

「嫌ならいいんだぜ。せいぜい干物になる前に誰か助けてくれることでも祈ってな。じゃ、俺は行くから」

「待って! 行かないで! わかった! なんでもするから! だからヘルプミープリーズ! どうか助けてください!」

「そこまで言われちゃあしょうがないな。あ、ちゃんと今の発言はボイスレコーダーで録音しといたからな」

「この鬼、悪魔、ロリコン!」


 智貴の心のこもった言葉に、パンツが感謝の絶叫を上げる。

 そんなわけで、智貴は無事に植木の中からパンツ――もとい、一人の少女をひっぱりだすのだった。


 そしていざ助けてみると、智貴はその容姿にとても驚くことになる。


 何故なら助けた彼女は小学生並みに小さい、将来有望そうな美少女だった――のはこの際どうでもいい。問題はツーサイドテールに結った髪の毛の色がピンク色をしていることだ。

 更に瞳の色も赤。智貴も日本人ながら金色の目をしている変わり種だが、目の前の少女はさらにその上をいくだろう。


「ひょっとして、お前って悪魔だったりするのか?」


 同じく日本人離れした容姿――喜咲のエルフ耳を思い出してそう問いかける。すると少女は目を丸くして見せた。


「よくわかったね。髪の色が珍しいねって言われることはよくあるけど、初見で悪魔って見破られたのは初めてだよ」

「つーことは、悪魔で合ってるのか……てか、そんなあからさまな髪の色してたら一発で普通じゃないってわからないか?」

「そうでもないよ? 十数年前ならいざ知らず、地獄変の影響があるからね。死都の周辺に住んでたら、こういう髪色の子もチョコチョコいるよ」

「そうなのか」


 知らなかった。

 少女が言うには強い魔力を持つ者ほど、髪や目の色が変わりやすいらしい。

 ならば智貴の瞳が金色なのも、そう言った理由なのだろう。自分の変わった容姿の原因を今更理解する智貴だった。


「なにはともあれ、ありがとね。おかげで助かったよ」

「気にするな、対価はしっかり払ってもらうつもりだからな」

「……あれって冗談じゃなかったんだね」


 げんなりとした、どこか冷たい目で少女が呟く。

 彼女の中で智貴の評価が落ちていく気配があったが、端から気にしていないので智貴に動揺はない。


「それで対価って私になにをさせるつもりなの? えっちなこと?」

「生憎と幼女趣味は持ち合わせてねえ……ってか、お前何歳なんだ? その制服って、高等部のヤツだよな?」


 少女の着ている服は、喜咲が着ていた紺色の飾りがついたブレザーだ。

 間宮学園は中等部、高等部、大学部で制服の形は変わらない。しかし見た目ですぐわかるよう、色分けされている。


 中等部が灰で、高等部が紺。そして大学部が蘇芳色、黒みがかった赤色だ。

 少女の制服の色は紺色。智貴と同じ高等部を示す色である。


 その紺色の制服を着た少女は腕を突き出して、ピースサインを作ってみせる。いや、これは二の数字を現しているのだろうか。


「二百億歳!」

「わかりやすい嘘乙」


 いくらなんでも地球ができる前から生きているというのは嘘だろう。本当なら地球ができる前は一体どこにいたというのか。智貴は秒で少女の言葉を否定する。


 しかし、と智貴は少し思い直す。地獄変で悪魔が現れるようになったというのなら、悪魔はこの世界の外からやって来たと言うことではないのだろうか? ならこの少女の言葉もひょっとしたら――――


「ちぇー。騙されないか―」

「って、やっぱ嘘なのかよ」


 自分の立場と言うものを、この少女は理解していないのではないだろうか。智貴が呆れ顔で少女を見ると、彼女は誤魔化すように舌を出して見せた。


「それでお兄さん。お兄さん、名前はなんて言うの? ちなみに私は鹿倉姫乃かぐらひめのだよ。親しみを込めて可愛らしい姫様って呼んでくれていいよ」

「絶対呼ばねーよ……俺は穂群智貴だ」

「穂群智貴……」


 智貴の名前を聞いて、少女、姫乃はなにか考えるように顎へ手をやる。

 そして何度か名前を呟いて、なにか結論を得たのか一つ頷く。


「じゃあ略してホモ君だね!」

「ぶち殺すぞ、このクソガキ!?」

「えー、いい名前じゃん。わかりやすいし面白いし。なにより私に欲情しないなら、それはもうホモ以外ありえないよ!」

「わかりやすくもねーし、面白くもねえ! あとお前に欲情する奴はノーマルじゃなくてロリコンだ! 次にその名前で呼んだら、その頭カチ割るからな!」


 ぶーたれる姫乃に、がなる智貴。

 およそ三分ほどの議論を経た後、姫乃の智貴に対する呼称は「トモ君」とすることに決定した。


「じゃ、有意義な話し合いもできたことだし私はこれで……」

「ああ、行け行け。しばらくお前の相手はしたくな――って、待ちやがれ!」


 さらっと逃げ出そうとする姫乃の首根っこを、智貴は慌てて捕まえた。


「キャー! 止めてー! おーかーさーれーるー!」

「おう、こら。いい加減人をロリコンにしようとするの止めやがれ。さもないと植木の中に投げ捨てるぞ」


 いい加減智貴の忍耐力も限界に近い。こめかみに浮かぶ青筋を自分で感じながら、智貴は低い声でそう言った。


「あと、助けた対価、きっちりはらっってもらうからな。踏み倒せると思うなよ」

「クソ―、あとちょっとで誤魔化せると思ったのにー」


 やはり今までのやり取りは智貴の気を逸らして、最初に交わした約束をなかったことにするための作戦だったらしい。

 なんとも姑息な手を使う女だ。


 だが青筋を立てて首根っこを掴む智貴に、彼女もいよいよ観念したらしい。姫乃は降参するように両手を上げる。


「どうぞ、煮るなり焼くなり好きにして下さい……美少女の丸焼き、うん。想像したら大分えぐいね」

「変なもん想像させるんじゃねえよ。あと、別になにか変なことをさせるつもりじゃないから安心しろ」


 と言うか、コイツ、自分で自分のことを美少女と言わなかっただろうか。いや、確かに容姿が整っているのは間違いないが。


「変なことじゃないって……じゃあせいぜい女体盛りとか人間椅子ぐらい?」

「お前の変なことのレベルってどんだけだよ!? それも十分、変なことの範疇だからな!?」

「私から見たトモ君の変なことレベルに合わせてみました」

「勝手に俺をそんな危ない奴にするんじゃねえ!」


 駄目だ。全く話が進まない。

 彼女に会話の主導権を与えるのはどうやらマズいらしい。冷静さを欠いて全く関係な話になってしまう。

 智貴は深呼吸をして、気を落ち着ける。そしてやっとのことで本題を切り出す。


「俺からアンタへの要求は簡単だ。二三、物を教えて欲しいんだよ」


 智貴がずっと欲しかった情報収集の機会。それが今やっと訪れたのだった。






 *




 場所は再び智貴が最初に座っていたベンチの上。

 智貴は適当に残っていたパンとジュース――当然、未開封だ――を彼女に差し出した。


「ありがと。それで、ホモ君はなにを聞きたいの? 意中の男の娘の口説き方?」

「うん、いい加減余計な口をきくと、裸にひん剥いた上でロリコンの群れに放り込むぞ」

「ロリコンの群れって、結構なパワーワードだよね」


 確かに想像したら思わず眉を顰めたくなるような代物だが――と、また余計な事を考えさせられて、智貴が睨むと、姫乃は慌てて自分の口を両手でふさいで見せた。


「……とりあえず草薙悠馬について知ってること、全部教えろ」


 本当は姫乃が何故植木に突き刺さっていたのか、それも聞きたかったが、先にそれを聞くとまた横道に逸れそうに感じたのだ。

 ただでさえ余計なことを口走る彼女には、さっさと本題を切り出した方がいいだろう。


「草薙、悠馬」


 姫乃が悠馬の名前を呟く。その顔には悪戯っぽい笑みが浮かんだままだったが、かすかに目が細くなったように見えるのは気のせいだろうか?


「……教えてもいいけど、多分、普通に他の人が知ってるようなレベルのことしか知らないと思う」

「それでいいよ。生憎と俺はその他の奴らが知ってるようなレベルのことも知らないんでね。アイツが何年生で、なんでサイボーグっぽい悪魔を従えてるのかも知らないからな」

「ふーん?」

「つーわけで教えろ。なんでもここの学生だったら、アイツのことを知らない奴はいないって話じゃねーか」


 睨むようにして言うと、姫乃は頷く。

 今更ながら、初対面で怖がられたりしないのは久しぶりな気がした。彼女は智貴に睨まれて怖くないのだろうか?


「草薙悠馬。年齢十六歳、この学園の高等部二年生。身長百七十二センチの、体重六十八キロ。血液型はABのRh-。家族構成は父母兄二人に彼の五人構成。家は魔術機開発で有名で、この学園のスポンサーの一つでもある草薙財閥……とりあえず、こんなところかな?」

「……思った以上に細かい説明だな、おい」


 身長や体重はもとい、血液型のRh式まで知っているとは思わなかった。

 なんで姫乃はそんなことまで知っているのだろうか。まさか悠馬がそこまで自分のことを言いふらしているわけではあるまい。


「うふふ。実は私も草薙先輩についてはちょっと調べてた時期があったからね。草薙先輩についてのクイズを開催したら、割と上位に食い込む自身があるよ」

「お前、さっき草薙悠馬のことはあんまり知らないって言わなかったか?」

「特に意味もなく謙遜してみました。実は結構知っています」

「……本当になんなんだよ、お前」


 智貴がため息をつくと、姫乃はしてやったりと言った顔で鼻を鳴らして見せた。

 先のやり取りでわかっていたが、どうもこの少女は喜咲とは別の意味でやりにくい相手らしい。


「つーか、なんで草薙のことに詳しいんだ? アイツのファンなのか?」

「いやー、私の知る限りあの人のファンなんていないよ。チームメンバーも仲間って言うよりは傭兵みたいにお金や物で雇ったり、弱みを握って奴隷みたいに従えてる感じだもん」

「友達とか、そう言うのはいないのか?」

「幼馴染はいるって話だったけど、あんまりよくわからないね。多分、いないんじゃないかな」

「まぁ、いなさそうではあるな」

「トモ君もいなさそうだよね?」

「さらっと失礼なことねじ込んでくるな、お前!」

「え? じゃあ友達いるの?」

「なんで意外そうな顔するんだよ! いや、いねーけどさ!」


 なんだろうか。この少女はいちいち人の神経を逆なでしないと死ぬ病気にでもかかっているのだろうか。


「俺のことはいいんだよ! それより草薙だ。なんでアイツのことに詳しいんだよ?」

「それは乙女の秘密ってことで……あ、そんな胡散臭い目をしなくてもちゃんと助けてくれた分の情報は渡すよ? さすがに私も好き好んで自分の貞操を危険晒したくないし」


 ニコニコ笑みを浮かべる姫乃の顔を智貴は半眼でじっと見つめる。

 ……どのみち、彼女が嘘を言っているかこの場で調べる術はない。なら多少は怪しくても、詳しい情報が聞けるならあえてそれを受け入れるべきだろう。

 智貴は再度溜息をついて、話を進める。


「……ならいいけどな。まあいいや。それでアイツって草薙財閥の御曹司なのか? 草薙財閥って言ったらあれだろ、日本七大財閥の一つとかだよな?」

「うん? 日本五大財閥だよ? 地獄変前は七とか聞いて気もするけど」

「……お前に言われると、なんかおっさんになったみたいな気になって嫌だな」


 世の中年のおっさんたちは若者と話した時、きっとこんな気分を味わっているのだろう。姫乃は見た目が幼いので、人一倍そんな気分に陥る智貴だった。


「てか魔術機開発ってなんだ? まさかこの学園の魔術機って、草薙財閥で作ったものだったりするのか? 理事長が作ったとかじゃなくて」


 智貴の記憶が確かなら、初は理事長でありながら魔術機の開発を行っていたらしい。

 この学園が初のものであるなら、ここの魔術機は初が作ったものではないのか。


「ここで一般流通してる魔術機は、理事長と草薙財閥の共同開発した作品って話だね。でも自衛隊とか警察隊に流通してる魔術機は基本的に草薙製のものが多いかな。一応西園寺工業とか江西工業とかもあるけど西園寺はどっちかって言うとオーダーメイドの特殊な魔術機作りの方が得意で、江西なんかは商品を作って売るより、既存品のメンテとか改造を得意とするところだから」

「理事長は魔術機を作ってないのか?」

「あの人は基本的に趣味に走っちゃうらしくて、あんまりユーザーフレンドリーな代物は作らないから。色物として好事家には好まれるらしいけど」


 要は変なモノしか作らないらしい。智貴専用の魔術機開発を依頼しているが、本当に大丈夫だろうか。


「とにかくそんなわけで、草薙財閥は間宮学園に対して強い発言力を持ってるんだよ。スポンサーでもあるわけだしね。それでその権力を生かして内部にも結構草薙財閥関連の人が入り込んでてね、大学病院なんかは学園って言うより草薙財物が私有化しちゃってる感じなの」

「死都で必須の魔術機と、怪我を負った際の治療する場所を抑えてる訳か……そりゃあ誰も逆らえないわけだな」


 隙を生じぬ二段構え、と言ったところか。考えた人間の性悪さを現しているようだ。


「アイツが使ってた悪魔っぽいサイボーグはなんなんだ? あれは魔術機じゃないよな?」


 魔術機と言うのは、原則として使用者が直接触れている必要があったはずだ。だがあのサイボーグにはそう言った雰囲気は見られなかった。


「あれはトモ君の言葉通り、悪魔のサイボーグだよ。まだ実験段階で、完全な実用化には程遠いらしいんだけど、草薙先輩は実地試験って言う名目で持ち出してるみたい。メンテナンスは必要だけど、その戦闘能力は折り紙付き。もっとも半分死んでるようなものだから、魔術器官の性能は生前より落ちてるらしいけど。代わりに機械化してそれを補ってるって感じらしいね」

「あれって弱点とかないのか?」

「一応、頭を攻撃されすぎると、暴走して敵味方区別なく攻撃するようになるらしいけど……あとはメンテナンス中は魔術器官を使えないぐらい、かな。私も詳しくはわからないから、それ以上のことはちょっとわからないね」

「つまりあれらが出てきた時点で負けは確定ってことか。あのサイボーグって学園の中にまで持ち込んでるのか?」

「流石に学園の中には持ち込んでないね。ただ死都と学園を繋ぐゲート内に専用の施設が用意してあって、死都に行くときにそこから出撃させるんだって」


 成程、と智貴は小さく頷く。


「なら学園内で闇討ちするなら、ワンチャン、アイツを無力化できるか……?」

「なんか物騒なこと考えてるみたいだけど、止めた方がいいよ。草薙先輩は使い捨ての自己防衛用魔術機も持ってるから。登録してない魔力を持った存在が彼に触れると電流が走って、最低でも数秒間動けなくなるの」

「またとんでもないもの持ってるな、アイツ」

「それだけ周りに嫌われてるって自覚があるんじゃない?」

「自覚があるんなら、もうちょっと周りに優しくしてほしいもんだな」


 そうせず自衛に走るとはよほど人間が嫌いなのか、あるいは信用できないのか。もしくはそんな物を用意できる財力や権力を見せつけたいのだろうか。

 なんにせよ、友達がいないわけである。


「ぶっちゃけて聞くけど、アイツをボコボコにして言うことを聞かせる方法とか知ってるか?」

「本当にぶっちゃけたね。私がそれを草薙先輩に言ったら、トモ君の方がボコボコにされると思うよ?」

「安心しろ。もうされた後だ」


 ついでに言えば、多分もう嫌われているので、告げ口されたところで向こうの印象は変わらないだろう。

 そんな智貴の返答を聞いてどう思ったのか、姫乃はじっと智貴を見つめる。


「……ひょっとして、最近噂になってる死都で草薙先輩に楯突いた生徒って、トモ君?」

「そんな噂があったのか……」


 まさか自分がクラスメイトに避けられていたのも、その噂が原因なのだろうか。


「ちなみに噂の出所は当の草薙先輩本人だって。楯突いた相手の教室に行って、そのクラスの子たちにそいつと親しくしたら大変なことになるぞって脅したんだとか」

「ダイレクトに嫌なことするな、アイツ!」


 そりゃあ、そんなことを学園一逆らっちゃいけない奴に言われたら、誰だって智貴と関わらないようにするはずだ。


「ゼッテー、泣かす。マジでアイツ、ぶん殴って泣かす……!」


 教室の冷たい視線を思い出して、智貴は決意を新たに拳を握り締める。


「トモ君は草薙先輩に歯向かうつもりなの?」

「ん? まぁ、そうだな。多分そうなるんじゃないか?」


 智貴の目的は小向を助け出すことだが、そうなれば自然、悠馬と敵対することになるだろう。ついでに言えば、これだけ色々されているのだ。黙って泣き寝入りはしたくない。


「……そっか。トモ君は勇敢なんだね」

「どうだかな。神宮と会ってなきゃ、なにもしなかったかもだし。そもそも人助けとか俺のガラじゃないからなぁ」

「人助けって?」

「ああ、草薙悠馬チームメンバーの一人が知り合いでな。そいつの扱いがあんまりにも酷かったから、引き抜きたいと思ってるんだ。それがアイツと敵対する理由だよ」

「へぇ。見かけによらずいい人なんだね」

「見かけによらずとはなんだよ。それといい人って言うのとはちょっと違うさ。そいつは俺の命の恩人だからな、いわば恩返しって奴だ」

「そっか」


 姫乃がそっけなく頷く。その表情は非常に静かで、なにを考えているのか智貴にはわからなかった。

 ただ、なにかを我慢している。いや、自分を責めている? 何故かそのように感じられるのだった。


「……そう言えば、アンタはなんでパンツを晒してたんだ?」


 なんとなく重くなった空気を変えたくて、智貴はそんなことを姫乃に尋ねる。

 すると途端に姫乃は真面目な表情を崩す。そしてかすかに赤面させながら、誤魔化すように笑い声を上げる。


「いやー、その節は無様なものをお見せしました」

「まあな。で、なんで植木にはまってたんだ? 上の方が騒がしかったけど、なにか関係があるんじゃないか?」

「……あー、そこまでバレてるんなら隠しても無駄かなー」


 姫乃はそう言うと諦めたようにため息をつく。


「実は上で悪戯を仕掛けたら、ちょっとそれがばれちゃってねー。すっごい勢いで追いかけてきたから、隠れるために窓枠にぶら下がってたの。で、ほとぼりが冷めるまで待ってたら、腕に限界がきて落ちちゃって。それで植木に突っ込んじゃった」

「なんかとんでもないことしてるな、お前」

「いやー、流石に四階の窓から出たのは無謀だったかな。植木があったから怪我はなかったけど、思いっきり植木にはまっちゃったからね」

「本当にとんでもないことしてるな、お前!」


 四階とか。智貴でも飛び降りるの憚るレベルだ。よく大事に至らなかったものだ、と智貴は呆れる。


「てか、悪戯ってなにやったんだ?」

「着替えの服の中にカメムシを十匹ほど入れといたの」

「嫌がらせにもほどがあるだろ!?」


 カメムシと言えば悪臭で有名な虫だ。それをよりにもよって十匹……今からでも、コイツをその悪戯した相手に突き出すべきかもしれない。

 そんな智貴の思考を読んだのか、姫乃は智貴から距離を取るようにベンチから立ち上がる。


「助けてもらったお礼はこんなものでいいよね? それともまだ聞きたいことある?」

「あ、一つだけ。獅童小向って知ってるか? アイツがなんで草薙のチームにいるか知りたいんだが」

「それなら簡単だよ。あの子は希少な治療役ヒーラーだから。怪我を治す……って言うか、怪我をしても動けるようにする魔術器官や魔術機は数が少ないからね。それで重宝されて草薙先輩のチームに登用されてるんだよ」


 成程。大方予想通りの答えに智貴は頷く。


「とりあえずそれだけ聞ければいいや。教えてくれてありがとな。助かったよ」


 智貴が礼を言うと、姫乃はニコリと笑みを浮かべてみせた。

 そうやっていれば見た目相応に――実年齢を考えれば些か幼いのだろうが――可愛らしい。


「最後に一つだけ忠告しておくね」

「あん?」

「草薙先輩と本気で敵対するつもりなら、神宮さんのチームから抜けた方がいいと思うよ」


 それは一体どういう意味なのか。

 智貴が尋ねる前に、姫乃はいずこかへと走り去ってしまう。

 そうやってしばらく智貴は立ち尽くしていたが、不意に疑問がその胸に沸いてくる。


「あれ? 俺、神宮のチームに入ってるってアイツに言ったっけ?」


 喜咲の名前は出した気がするが、そこから智貴が彼女のチームに入っていると想像したのだろうか。

 妙な違和感に首をひねりながら、智貴もゴミを片付けて、その場を後にするのだった。






 *




 智貴が首を捻りながら校舎の中を歩いていると、曲がり角に差し当たったところで、飛び出してきた男子生徒にぶつかりそうなる。


「あぶねえな! どこ見てやがる!」


 男子生徒はそう叫ぶと、謝りもせずにいずこかへと走り去ってしまう。

 なんだアイツは。智貴がムッとして睨んでいると、遅れてもう一人、眼鏡をかけた少年がやって来た。肩で息をしている様子から、どうやらさっきの少年を追いかけているようだった。


「ああ、ごめん。うちのメンバーが迷惑をかけたみたいで」

「別にいいけど……なにがあったんだ、アイツ?」


 明らかに尋常でない様子で走り去って行った男子生徒の方を見て、智貴が尋ねる。

 眼鏡の少年は困ったように苦笑する。


「なんか妙ないたずらを仕掛けられたみたいでね。バケツの水を浴びせられた挙句、着替えの服の中に虫が入ってたとかなんとかで。後捕まえようとしたら上履きを奪われた上に画びょうを大量にばらまかれた」


 なんだかつい最近聞いたことがある話だ。いや、聞いていた話よりだいぶプラスアルファがある気がするが。

 なんにせよ智貴は事情を察する。


「それで犯人を捜して走り回ってるんだよ。一度は見つけたらしいんだけど、途中で見失ったらしくてね……なんか小さい女の子らしいんだけど、君、見てないかな?」

「んー……」


 素直に教えるべきか、智貴は一瞬考える。

 なんとなくだが、違和感があった。

 確かに姫乃は人をおちょくるのが好きそうなところがあったが、それにしても少々内容が酷い気がしたのである。


「なあ、その悪戯された奴って、結構ひどい目に合ってるみたいだけどなにかやったのか?」

「それはちょっと、俺にもわからないかな……ただ」

「ただ?」

「昨日、その犯人と思しき子と言い争ってたから、ひょっとしたらそれが原因かもね」


 どうやら被害者は事前に犯人と一悶着あったらしい。


「なにが原因で言い争ってたんだ?」

「僕も詳しい事情は知らないけど、浩二――さっき君にぶつかりうそうになった奴だけど、アイツがチームアスガルドのメンバーを馬鹿にしたとかなんとか。確か……獅童とか言ったかな? その子が草薙の言いなりになっているのを馬鹿にしたとかで、それでなんか喧嘩をしてたんだよ」

「獅童だって?」


 思わぬ名前が飛び出て智貴は驚く。


「知ってるのかい?」

「ああ、前にちょっと死都で世話になったことがってな」

「そう……ああ、それで結局犯人の少女は見てないかな?」

「見てない。悪いな、力になれなくて」

「そっか……じゃあ、やっぱりアイツの怒りが収まるまで追いかけなきゃいけないか」

「放っておけばいいんじゃないか?」

「そうしたいのは山々なんだけどね。見たろ? あの様子じゃ、絶対問題を起こすよ。その時ストッパーになる人間がいないと後々僕も困るからね……」

「アンタも大変そうだな。一早く犯人が見つかるよう祈ってるよ」


 智貴が心にもないことを告げると、眼鏡の少年は礼を言って、先行する男子生徒を追いかけていった。

 それを見送って、智貴は顎へ手をやる。


「鹿倉姫乃とか言ったか、アイツ……?」


 草薙悠馬のことに詳しかったり、小向のことで怒ったり、これらはただの偶然なのだろうか?

 先の忠告と言い、謎の多い彼女の言動に、智貴は眉間のしわが深くなるのを感じるのだった。










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