第十一章 魔術機について
*
『彼女、エルミールには大体の事情は教えてある。存分に彼女に体を預けてくれたまえ。もちろん下的な意味ではないぞ。そう聞こえたのなら、君が助平だからだろう』
念のため、エルミールが初の使いである確認を通話して確認し、ついでに軽くからかわれて、智貴は強制的に通信を切った。
初によれば智貴が寝ている二日の間も、基本的にエルミールが世話をしてくれていたらしい。
それに恥ずかしいやら申し訳ないやら複雑な思いを抱いている内に、通話が終わるのを待っていたエルミールが、智貴に向かって手を伸ばしてきた。
「では、まずは体調の方から見させていただきますわ」
そう言って触れてくる。
冷たい印象を受けた彼女だが、当然ながら触れてくる手が冷たいと言うことはない。温かい手で手首や首、顔を触られて、妙にドキドキしてしまう。
なんと言うか、喜咲や小向にはない大人の色気と言うものが彼女にはあった。
初? あれは色気以前に、そもそも女として認識していない。智貴の中では人間かどうかも怪しいレベルである。
「……体の方はもう大丈夫そうですね。血も足りているようですから、輸血の針は抜きましょうか」
「え? 理事長に聞いたりしなくて大丈夫なんすか?」
初に対するように話してくれていいと言われているが、しかしエルミールの丁寧な対応を前にすると、自然、敬語のような口調になってしまう。
エルミールも特に指摘してこないので、特に変えることもなくそのままだ。
「はい。その辺りのことはちゃんと任されていますから……それとも私では不安ですか?」
「どっちかって言うと理事長に任せる方が不安だな……」
余計な茶々を入れたり、しなくてもいい過程を挟んで智貴を弄ろうとしてくる気がする。
それを思えば、針を抜くだけなら彼女に任せてしまっても問題ないだろう。
「あー、じゃあ頼んます」
針が抜かれる。そして手際よく針とチューブ、輸血パックをまとめると、エルミールは持って来ていた医療カバンにそれらをしまった。
「とりあえず血も足りているようですし、傷口も塞がっています。日常生活程度なら問題ないと思いますが、激しい運動はなるべく避けてください」
「どのくらいすか? 一か月ぐらい?」
「そうですね。本来でしたら二週間と言いたいところですが、穂群様の回復力は常人より高いようですから、一週間……いえ、四日も安静にしてもらえれば大丈夫かと」
さも当然のように回復力が高いと言われて、智貴はかすかに戸惑う。
「……えっと、俺の体質のことは知ってるんすよね?」
初が大体の事情は教えてあると言っていたが、しかしどこまで話してあるのだろうか。
一応、黒い獣の大樹については口止めされているため、智貴は自分でも過剰かなと思いながら慎重に尋ねた。
「ええ。黒い獣の大樹、でしたか。非常に危険な力をその身に秘めていて、その力のおかげでこうして傷の治りが早くなっている……これで合っていますでしょうか?」
「多分」
というか、詳しいところは智貴もよく知らない。
そもそもこの力がなんなのか、どこから来たモノなのか。智貴が説明できるようなことはほとんどないのだ。
しかし、エルミールがそのことを知っているなら、こちらとしてもやりやすい。
なんだかんだ、隠し事をしながら話すというのはやはり話しづらいものがあるからだ。
「少し首元、失礼しますわ」
エルミールの手が智貴のコネクタに伸び、カチリと音が響く。いつの間にコネクタにケーブルが繋がれていた。ケーブルが伸びる先はエルミールの首元。そこにあるのは灰色のコネクタだ。
「これは?」
「封印のチェックですわ……状態は良好なようですわね。体の方に違和感はありませんか?」
「……んー、特にないっすかね」
「体の刻印もお変わりありませんか? 急に疼いたり、掻きむしりたくなったりしませんか?」
「なんか微妙に怖いこと言ってないすか?」
掻きむしりたくなるってなんだ。そんな副作用があるとか聞いていないのだが。
掻きむしりすぎて重要な血管を欠損するなどないだろうな。
「冗談ですよ。そういった副作用はないはずですわ」
「……そんな冗談を言うために俺のところに来たんすか?」
「もちろん違いますわ。私がここに来たのは、穂群様の状態チェックと、以前頼まれていたことのご報告の為です」
「頼まれていたこと?」
なにか頼んでいただろうか。そもそもエルミールとは初対面のはずだが。
首を傾げる智貴に、エルミールは言葉を選ぶように逡巡する。
「御家族の安否について、調査を依頼されていましたでしょう。その件ですわ」
「――――――」
エルミールの言葉に、智貴は真顔になる。
忘れていたわけではない。
ただ依頼した相手が初だったため、エルミールに言われても上手く繋がらなかったのだ。
「それで報告はどうしましょうか? この場ですることもできますが……」
「いや、無事に暮らしてるようなら、詳細は教えてくれなくていい。むしろ教えないでくれ」
とっさのことに敬語が取れてしまうが、智貴にそれを気にしている余裕はない。
睨むように智貴に見られて、エルミールがかすかに怯む。
「あ、すんません」
「……聞いていた話だと穂群様は御家族の安否をかなり気にしていたとのことでしたが、なにか心変わりがあったのでしょうか?」
「心変わりは、してないっすよ」
そう、心変わりはしていない。いまだに家族の――父と妹のことは心配している。
だけど、彼女らが今どうしているのか、それを詳しく聞きたいとは思わなかった。
いや、本音を言えば知りたい。今父と妹はどこにいてなにをしているのか。そして叶うなら会いたい。
しかし、それはできないのだ。
否、してはいけない。
「俺はいわば、核爆弾みたいな存在っすから。仮に爆発した際、家族を巻き込みたくないんですよ」
関わり合いを持たなければ、万が一の時に家族を巻き込む心配はない。
だから家族には会うわけにはいかないのだ。
「つまり、家族のことは心配ですが、万が一の時に会いたくないから、詳しく話は聞きたくない、と言うことですの?」
「端的に言えば、そう言うことっす。あんまり詳しく家族の近況なんか聞いた暁にはやっぱ家族に会いたくなるんで、無事平穏に暮らしてるならとりあえずそれ以上は求めませんよ」
つまりはそれがギリギリ許容できる妥協点だった。
「それで親父と奏多は、無事に過ごしてるんすか?」
「はい。お二人は平穏……かどうかは判断に困りますが、無事なのは間違いありません。お二人とも忙しく暮らしているようですわ」
「……そうっすか。それを聞いて安心しました。ありがとうございます」
礼を言って、智貴は頭を下げる。
これで一つ、肩の荷が下りた。
色々と考えなければいけないことは多いが、しかしある意味一番気にしていたことが解決したのは智貴にとって大きい。
智貴は安堵するが、しかし一つだけ言っておかなければならないことを思い出す。
「後、これは言ってあると思うんすけど、うちの家族に俺が生きてることは教えないようしてくれませんか? こっちが避けてても、向こうから会いに来られちゃ意味がないんで」
特に妹の奏多は智貴によく懐いていた。
十年経った今もそうかわからないが、それでも余計なリスクは踏まない方が無難だろう。
「かしこまりました。穂群様がそう望むのであれば、そのようにいたしますわ」
「お願いします」
智貴はもう一度頭を下げる。
しばしそうやって頭を下げた後、顔を上げる。するとエルミールがまだこちらを見ていて、かすかに怯んだ。
「な、なんすか。まだなにかあるんすか?」
「いえ、大したことではありません。ただ、見た目と違って臆病な方なのだな、と思いまして」
「……それ、馬鹿にしてないっすか?」
若干、不満そうな声が漏れて出た。
たかが話を聞くだけで、心が揺らぐから聞きたくないとものたまっているのだ。実際、智貴自身、そんな中途半端な真似しかできない自分を不甲斐なく思っている。
ましてやそれで出した結論が、家族に会わないと言うものなのだ。臆病者と罵られるのも当然だ。
だが初対面の相手にそれを言われるのは、あまり気分がいいものではない。だから智貴は不愉快なのを隠さず、エルミールを睨みつけるが、
「そんなことありませんわ。御家族のために臆病になるのは悪いことだとは思いません。それだけ相手を思っているということですから」
エルミールはそこでしっとりとした笑みを浮かべ、
「見た目より優しい方なのですね。素敵だと思いますわ」
「え、お、あ、お…………」
予想外の言葉と対応に、智貴は口ごもった。
あの流れから馬鹿にされることはよくあれ、褒められるのは完全に想定外である。
エルミールの見た目の良さも相まって、智貴は反応に困ってそっぽを向いてしまう。
そんな智貴の態度にエルミールはおかしそうにクスリと笑う。その上品な笑い方は、彼女が年上の異性であることを強く意識させた。
「私の方の用事はこれで終わりですわ。よろしければ夕飯をご用意いたしますが、どうなさいますか?」
「いいんすか?」
思わぬ提案に智貴の声が弾んだのは一瞬だけだった。
丸二日寝ていたせいだろう。腹はだいぶ減っている。しかしタダでご馳走になっていいものなのだろうか。
ましてや彼女は初の部下。報告されて、後から初にとんでもないことを要求される可能性がある。
「そんな警戒しなくとも大丈夫ですわ。これは喜咲様から頼まれていることですので」
「神宮から?」
何故そこで彼女の名前が出てくるのだろう。
「なんでも死都で頑張ってくれた報酬だそうです。次も頼りにしているから、食事で英気を養うように、と言伝を頼まれていますわ」
ひょっとして自分は明日死ぬのだろうか。智貴は急に不安にかられてしまう。
「……短い、人生だったな」
「急にどうされたんですか?」
「いや、だっておかしいだろ!? アンタも神宮もなんか急に優しくなって! 今までの人生でこんなこと一度もなかったんだぞ! 絶対に裏か、さもなくば揺り返しがあるって!」
智貴の人生は、基本的に不幸と波乱の連続だ。
こんな降って沸いたような幸運や優しさに遭遇するなどありえない。
そんな疑心暗鬼に陥る智貴に、エルミールは痛ましげに視線を向ける。
「まだお若いのに、随分大変な人生を送られてきたのですね」
「止めろォ! 俺に優しくするなァ!」
慣れない状況と言うのは、どうにも人を不安定にするらしい。
その後、食事が運ばれてくるまでの二十分。智貴は動揺からワケのわからないことを叫び続けた。
*
「そういえば確認したいことがあるんすけど」
テーブルの上に数多くの料理が並んでいる。
麻婆豆腐に青椒肉絲。天津飯にエビチリ。回鍋肉に餡掛け炒飯、大盛りチャーシュー麺。数多くの中華料理に舌鼓を打ちながら、エルミールに声をかけた。
「確認したいこと、ですか? さっきの話しでしたら、もう気にしてませんわ」
「それは忘れてください」
動揺して叫びまくっていたことを思い出して、智貴は赤い顔で視線を逸らす。
「そうじゃなくて、聞きたいことがあるんすよ」
「料理の追加の制限は特にされていませんが、これ以上食べるのは止めた方が健康的かと。それと神宮様の財布にもよろしいかと思いますが」
「いや、そうでもなくて」
さりげなく追加注文しようと伸ばしかけていた腕を、智貴は引っ込める。ちなみに今食卓に並んでいる以外に、すでに空になった皿が六枚ほど重なっている。人数で言えば、およそ三人前ほどの食事が、すでに智貴の胃袋に消えていた。
一応断っておくと、これでも遠慮はしていたのだ。ただ、久しぶりの食事で、途中から遠慮をするのを忘れただけで。
「では食事の追加はもうなくてよろしいですね」
エルミールがコネクタでどこかに連絡する。どうやらこの料理を作った調理師に連絡しているらしい。
いよいよこれで食事は終わりのようだ。残念である。
そんな残念な気持ちを振り払うように首を振って、智貴は改めてエルミールを見た。
「俺って魔術機を使えないって聞いてたんすけど、それって具体的にどういった理由なんすか?」
「理事長から説明されませんでしたか?」
「あー、黒い獣の大樹のせいで使えないとしか」
その時は魔術機を使えないと言われたのがショックで、それ以上の話を聞く気が起きなかったのだ。
そしてそれ以降、完全に棚上げにしていたのである。
「なんで、自分のことだし、改めて聞いておきたいと思ったんすよ」
「そう言うことでしたら、かしこまりました。では食事の後にお話いたしましょうか?」
「今でいいっすよ。それとも飯がマズくなるような話なんすか?」
「いえ、そう言うことはありませんが、お食事後の方が集中して話を聞けるかと思いまして」
初の部下とは思えない気配りっぷりである。
最近とんと遭遇することのなかった余裕のある気配りに、智貴は内心で感激しながら歯を出して笑う。
「それなら大丈夫っすよ。飯食いながらゲームするとかよくやってましたし」
「でしたら、承りました。話が長くなるかもしれないので私も座ってよろしい出ようか?」
「どぞ」
「では失礼します」
コホン、と咳払いをすると、智貴の対面に位置する床が隆起する。それらは一瞬不定形にうごめいた後、床と一体型の椅子になった。エルミールはそこに座る。
今のは魔術……ではなく、それを再現した科学技術らしい。
詳しい原理を智貴は知らない。この部屋全体が小さな機械群で構成されており、コネクタを介してそれらを操作することで椅子や、料理の並ぶテーブルもこの技術によって構成されている、と聞かされているだけだ。
「……その椅子を作ったのって魔術じゃないんすよね? つーか、今更っすけど魔術と科学技術ってなにが違うんすか?」
今更と言えば今更な質問に、しかしエルミールは呆れることなく返答を返す。
「そうですね。科学と言うのは誰かがそれをその技術によるなにかを作れば、他の人間も使えます」
「魔術ってのは違うんすか?」
「ええ。魔術と言うのは基本的に自分のみが使えるのですわ。魔術器官や魔術機が他の人間には使えないことは知ってらっしゃいますか?」
「一応。魔術器官の方は知らないけど、魔術機は契約をするからとかだっけ? あれで制限を付けてるってことなんすか?」
要は拳銃などについているセキュリティみたいなものではないのか。それを魔術を用いて完全に個人に特定している、と言うのが智貴の推測だったが、
「いいえ、違いますわ」
エルミールは首を横に振って否定した。
「魔術と言うのは既存の科学技術とは根本的な部分が異なっているのです。魔術と言うのは大前提として魂を核として使用するのですわ」
「魂を……核?」
なんだろう、よくわからなくなってきた。
「本来、魔力と言うものは魂の力です。魂だけが扱えるもので、それ以外のものには使えませんの。仮に魂のない機械だけでは、魔力は扱えません」
「んー、つまり魔術機とかは、その魂をどうこうしてその機能を発揮しているってことなんすか?」
「その通りですわ。魔術機は魂との間にラインを構築し、術者はそのラインから魔力供給と機械の操作を行っているのです。そしてそのラインを構築することを契約と呼んでいますの」
なるほど、と智貴は納得しかけて、しかし首を傾げる。
なにか今の話しには違和感があった。それがなんなのか考えて、気付く。
「あれ、でも魔術機って魔晶カートリッジってのから魔力を供給してんじゃ?」
「ええ、そうですね。”この世界”の人間は一般的な悪魔に比べて魔力が低いので、魔晶カートリッジの魔力で増幅しているのですわ」
その魔晶カートリッジにはどうやって魔力を込めているのか気になったが、それは本筋から外れる。智貴はその疑問をスルーした。
「それで今の話で、なにがどうすれば契約していない人間には魔術機が使えなかったり、俺が魔術機を使えないってことになるんすか?」
「魂と言うものは当然ながら個人差があります。そして他の魂と繋がるようなことがあれば拒絶反応を起こすのです。そして契約を交わした後の魔術機と言うのは契約者の魂に最適化してしまいます。いってみれば魂の複製をそこに作るような感じ、と思ってもらえばよろしいかと」
「つまり、契約済みの魔術機と契約しようとすると、自身の魂が拒絶反応を起こすって言うことですか?」
「そういうことですわ」
なるほど、確かにそれなら複数の人間で魔術機を使いまわせない、と言うのもわかる。では、智貴は?
「じゃあ俺が使えないのは、どうしてなんすか?」
「端的に言えば、穂群様の魔術器官のせいですわ」
魔術器官、と言われて智貴は眉を顰める。
智貴にとって魔術器官は忌まわしいものだから、ではない。小向のことを思い出していたからだ。
最初に会った時、彼女の傍には『無尽の弾丸』が転がっていた。
あれはおそらく小向が持ち込んだものだ。彼女も智貴と同じ妖混じりであるなら、彼女も魔術機は使えないはずである。
実は危険な力を持つ智貴に武器を与えたくないだけではないのだろうか。智貴はそんな疑心暗鬼に軽く囚われる。
「私の話が信じられないというのであれば、一度試してもらっても構いませんわ」
そんな智貴の内心を読んだようにエルミールがそんなことを言った。
ギクリ、とする智貴にエルミールは微笑みかける。
「説明を続けてもよろしいでしょうか?」
「……お願いします」
腐っても初の側近らしい。油断していたことに気付いて、智貴は箸を置いてエルミールを見る。
食事はまだ天津飯が半分ほど残っていた。
「やはりお食事後の方がよろしかったでしょうか?」
「いや、今でいいっすよ。あとこれだけなら、冷えてても問題なく食えるんで。それで魔術器官があると、なんで魔術機を使えないんすか?」
智貴の返答に、エルミールは一瞬目を閉じてそれから智貴を見た。
「……簡単に言えば、魔術器官と魔術機では使用しているプログラム言語が違うのですわ」
「つまりどういうことだってばよ?」
いきなりプログラム言語、と言われて智貴は戸惑う。
「今のではわかりませんか……では、穂群様は確かゲームを嗜んでおられるのでしたか」
「一応」
「でしたら魔術機と魔術器官は別ハードのゲーム機だと考えてください。魔術機がプレイ〇テーションⅥで魔術器官がニンテン〇ースイッチ。あるいはド〇ームキャストでも構いませんわ」
「プレ〇テが六なのになんでそこでド〇キャスが出てくるのだろうか……」
「とにかくそのハード類が魔術機と魔術器官です。そして魂のラインがハードに入れるゲームソフトです。究極的なことを言えばこの魂のライン自体はどのゲーム機にも対応していますの」
「ディスクだから使いまわせるってことか? プレ〇テとド〇キャスはわかるけど、スイッチの方は無理じゃないか……?」
「ではプレ〇テとド〇キャスで考えてくださいませ。ゲームソフトのディスク自体は使いまわせますが中身のデータは合致していない場合、ゲームは起動しません。魔術にも同じことが言えるのですわ」
どこか成し遂げた女の顔でエルミールが告げる。しかし正直ゲームハードの話のせいであまり頭に入ってこなかった。
智貴はさっきの話を振り返り、頭の中で整理する。
「えーと、つまり魔術器官を持ってると、魔術を使うためのデータの内容が魔術器官のそれになるから、魔術機に接続しても機能しないってことでいいんすか?」
「そういうことですわ」
「言いたいことはわかったけど、でも魔術器官を持ってる奴の中でも魔術機を使える奴はいるんすよね? そいつらはどうしてるんすか?」
「そこは簡単です、データを魔術機用のそれに切り替えているのですわ」
「え、じゃあ。俺もそれをすればいいんじゃ……」
今までの話はなんだったのか、という結論を聞かされて智貴は愕然とするが、エルミールは再び首を横に振る。
「残念ですが、それは不可能です。智貴様の魔術器官は魂に干渉するタイプのそれなので、仮に魔術機用のデータ構築に成功したとしても、魔術器官からの干渉でどうしてもノイズが混じってしまうのです。加えて、智貴様の魔力そのものが変質しています。変質してしまった魔力では魔術機を動かすことはできないのです。魔術器官を取り除けば解決できるでしょうが……」
「俺の魔術器官って、どこにあるんすか?」
「魂に付属する形で存在しています」
そんな物、一体どうやって取り除けばいいというのか。そもそも取り除けるのだろうか?
「感づいているとは思いますが、穂群様の魔術器官は仮に殺しても取り除くことはできません。それができるのなら凍結封印などと言う手段を取ろうとしたりしませんわ」
「そう言えばそんな話もあったっけ」
智貴は以前初と話した内容を思い出して納得する。
つまり、やはり智貴は魔術機を使えないらしい。
覆らない現実に、智貴は心底残念そうにため息をついた。
しばらくの間、智貴は俯いていたが、ふと視線を感じて顔を上げるとエルミールと目が合った。
「えっと、どうしたんすか? そんなにじっとこっちを見つめて……」
なにか変なことを言っただろうか?
智貴は記憶を振り返るが、別段そう言った記憶はない。
「いえ、何故魔術機について聞かれたのか気になりまして」
「あー……」
言われて納得する。
確かに智貴にとってはそうでなくともエルミールからしてみれば、唐突な話だ。しかし説明しようにも、なんと言ったものかと智貴は眉を顰める。
いや、理由自体は複雑なものではない。
ただ、それを話すのが気恥ずかしいのだ。
しかも相手は会ったばかりの初対面の相手。そんな相手に自身の心の内を明かすのは、なんと言うか憚られるのだが……、
「理由次第では、なにか力になれるかもしれませんわ」
真摯な顔でそう言われては、智貴としても無碍にはできない。
わずかに間を置いてから、智貴は躊躇いがちに口を開いた。
「……大した理由じゃないんすけど。その、なんつーか……ちょっと予想以上に不甲斐なかったもんで」
「不甲斐ない? 誰がでしょうか」
「……………………俺が」
エルミールに聞こえるかどうかギリギリの声量で、智貴はそうこぼした。
しかしそれだけではエルミールに伝わらなかったらしい。彼女は小首を傾げる。
「今回俺がここに運び込まれた経緯は聞いてますよね」
一度口にすれば諦めもつく。智貴は観念して魔術機を欲しがった理由をちゃんと説明する。
「……死都で他の生徒と諍いがあったと聞いていますわ」
「諍いと言えば、そうなんすけど。まぁ、とりあえずボロ負けしたんすよ」
草薙悠馬にやられた、思い出すのも苦々しい記憶。できれば思い出したくない記憶だ。
「もしもあの時、まともに使える武器があれば、あんな思いをせずに済んだかもしれないんで。それに」
「それに?」
「死都で武器なしじゃ生きていける気がしないんすよ。いや、生き残るだけなら無理じゃないんすけど……神宮に付き合おうとすると、武器なしじゃ色々きつくって」
そもそも今回智貴が倒れることになった原因とも言える傷は、喜咲の無茶ぶりに生身で答えたのが原因だ。
あの時に『竜を断つ剣』か『突き刺す守り』でもあれば、智貴が重傷を負うことはなかっただろう。
そして怪我を負うことがなければ、ひょっとすれば小向を――――――
「一つ確認したいのですが」
横道にそれかけた智貴の思考。それがエルミールの声で現実に引き戻される。
「草薙悠馬に報復したいという気持ちはないのですか?」
「報復っつってもな……ムカつくからぶん殴りたいとは思うけど、俺がぶっ倒れたのってほとんど神宮のせいだし」
「自分のせいとは仰らないのですね」
「事実っすからねえ。ほんとアイツは、脳筋な上に無茶ぶりが過ぎるから勘弁して欲しいっすわ……と話が逸れたっすけど、草薙みたいな奴は関わると碌なことがなさそうなんで。できれば関わりたくないって言うのが本音っすかね」
正直に言えば小向のことがなければ目も合わせたくないレベルだ。
「それにアイツって言わば悪者じゃないすか。だったら放っておけばそのうち神宮がぶちのめしてくれる気がするんで、俺が報復するまでもないかな、と」
智貴がそう言うと、エルミールはきょとんと眼を丸くした後、面白そうに笑い声を漏らす。
「あれ? 俺、またなんか変なこと言ったすか?」
「いえ、変なことは言っていないかと。たださっきは勘弁して欲しいと言っていた割に、神宮様のことを信頼されているようでしたので、つい」
ボッ、と智貴は自分の顔が熱を持つのを確かに感じた。
「一見嫌っているように振る舞いながら、心の奥底では信頼されている……いいですわね、青春ぽくて」
「なんか変な勘違いしてないっすかね!? 俺は別に神宮をそう言った目で見ちゃいないっすからね!?」
「ええ。もちろんわかっていますわ。神宮様にはもちろん言いませんので、ご安心を」
「なにも安心できねえ!」
智貴が叫ぶが、エルミールは聞く耳を持たない。
なんとかして誤解を解かなければ、と智貴は思うが、しかし自分でもなにをそんなに必死になっているのかわからなかった。
「そういうことでしたらこのエルミール、不肖ながらお力添え致しましょう」
「いや、そんなことはいいからまずは勘違いを……って、え?」
今、エルミールはなんと言ったのだろうか。
「穂群様が使える魔術機、この私が用意してみせましょう」