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剣と魔女と魔王の乱舞(ディソナンスワイルドダンス)  作者: 知翠浪漫
第一部 魔王降臨
10/41

第九章 襲来する悪意

 




 *




 目を覚ますと何度目になるかわからない廃墟の天井が見えた。

 妙に腫れぼったい目をこすりながら上体を起こし、コンクリートの上で寝ていたせいか、固くなっていた筋肉をほぐす。


「……なんか顔面の違和感がひどいな」


 目蓋が重い。加えて顔面がなんだかカピカピする。

 その感覚は昔海に行った時のことを思い出させる。いつだったか詳しい時期は忘れたが、海で泳いだ後にシャワーも浴びずに昼寝したのだ。あの時も顔についた海水が寝ている間に塩になって、同じようにカピカピになっていた。


 だが昨晩はずっと廃墟にいたはずだから、間違っても海水など浴びるはずがない。代わりに塩水で顔を汚すようなことなどあっただろうか。

 そう考えて昨晩の記憶を振り返り、智貴はなにがあったか思い出す。


 思い出した瞬間、智貴の行動は俊敏だった。

 まるでバネでも仕込まれていたかのように飛び起きると、警戒心も露わに高速で首を横に振って周りを警戒。

 そして探し人の姿がなかったことに一瞬だけ安堵してからうずくまり、劇薬でも飲まされたようにのたうち回る。

 服毒こそしていなかったが、それでも気分は死にそうだった。


「は、恥ずかしすぎて死ぬ……!」


 顔が燃えるように熱い。誰にも顔を見られたくない程に、熱い。

 穴があったら入りたい。否、埋まって、上から土を被せて生きたままでいいので土葬して欲しい。

 それぐらい、今の智貴の心は羞恥に染まっていた。


 理由は言わずもがな、昨晩喜咲の腕の中で泣き明かしたことである。

 ラグネの死について無自覚だったせいで喜咲に辛く当たってしまい、喜咲に諭されてラグネの死を悲しんでいると自覚して、そして彼女の腕の中で感情のままに泣き続けた。


 なにが恥ずかしいかといえば、全てが恥ずかしい。

 辛く当たったことも、諭されたことも、泣き明かしたことも全てが恥ずかしい。

 しかもよりにもよってそれをした相手が喜咲なのだ。


 小向ならいいというわけではないが、しかしそれでも喜咲はマズい。

 なにがマズいのか智貴自身よくわからないが、しかし本能がマズいと叫んでいる。

 そんなことを考えて呻いていると、不意に何者かの足音が聞こえてくる。智貴は飛び起きた。そして無意識に正座する。


「あら、目が覚めたのね」

「よ、よう。おはよう」

「ええ、おはよう」


 ぎこちなく智貴が挨拶をすると、喜咲も挨拶を返す。その態度におかしなところはない。強いておかしなところを上げるとするなら、正座する智貴を見て、喜咲がかすかに眉根を寄せたことぐらいか。

 それ以外はなにもない。

 まるで昨日のことなどなかったかのような振舞である。

 まさか昨日のあれは夢だったのだろうか。


「な、なあ」

「なに?」

「その……獅童はどうしたんだ?」


 しかしいざ聞こうとして、肝心なところでヘタレてしまう。

 自分の意気地のなさに、智貴は軽い自己嫌悪から肩を落とした。


「獅童さんなら、上で体を拭いてるわ。私もさっきまで体と服の汚れを取っていたところ……どうしたの、変な顔をして?」

「や、なんでもないっす」

「そう。ならアナタも軽く汚れを落としてきたら? 昨日はかなりの量の水を作ったからそれぐらいならできると思うわよ」

「あー、俺はいいかな」


 いくら『浄化の泉』があるとはいえ、この限定状況下で水を無制限に使うというのは気が引ける。それに今はとてもそんな気分にはなれない。そう思って断りを入れるが、


「でも昨晩あれだけ泣いたんだから、顔ぐらい洗っておいた方がいいと思うわよ」

「――――――――」


 喜咲のその言葉で動きを止めた。


「え、あ。お? えっと、今、なんて言った?」

「だから顔ぐらい洗った方がいいって」

「その前」

「あれだけ泣いたんだからって……それがどうかしたの?」


 怪訝そうな顔をする喜咲に、智貴はなんとも言えない表情を浮かべて固まる。

 やはり昨日の出来事は夢ではなかったらしい。


 恥ずかしい。もう火葬でもいいので早急に殺して欲しい。

 叫びだしたいのを智貴はかろうじて自制する。

 どうして喜咲は、ああも平然としていられるのだろうか?


 いや、そもそも――――


「……なあ、一つだけ聞いていいか?」

「既に質問された後だけど、ええ、聞いてあげるわ」

「昨日の夜、なんでアンタは俺がラグネの死を悲しんでるってわかったんだ?」


 智貴自身、喜咲に言われるまで気付かなかった。それを察しの悪い喜咲が気付けたのが不思議だったのだ。


 好奇心、とは少し違う。

 ただ喜咲が自分のことを理解してくれたように、自分も喜咲のことを理解したいと、そう思ったのだ。


 同じチームメンバーだからそう思ったのか、あるいはもっと別の理由なのか、その辺りは判然としない。

 ただ、そうするのが必要だと思ったのだ。

 そんな雰囲気を悟ったのか、それとも悟っていないのか、喜咲は逡巡してから真面目な表情を浮かべてみせる。


「……別に大した理由じゃないわよ?」


 そんな前置きに、智貴は先を促す。喜咲は軽く息をついてから口を開いた。


「アナタみたいに、親しい人間の死を悲しむことができなかった人物を知ってただけよ」


 どこか詰まらなさそうな声で喜咲は告げる。

 その瞳に映る感情がなんなのか、智貴にはわからない。


「そいつはアンタの知り合いなのか?」

「ええ。彼女はアナタと違って悲しいことに気付いていなかったわけじゃなくて、あえて気付かないようにしていた。いえ、強がっていたんでしょうね。弱みを見せれば心配をかけると思っていた……んじゃないかしら。私も、詳しいところはわからないわ。ただとにかく悲しい気持ちを誤魔化すために、無理を重ねていたの」

「無理……」


 昨晩のことを思い出す。

 智貴もラグネのことを思い出して、落ち着かない気分に陥った。そしてその気分をどうにかするために、なかなかの無茶をしようと考えていた。

 きっとその人物は、智貴がしなかったその無茶を実行したのだろう。


「強がって無理を続けて、そして倒れた。当然ね、住まう世界が違っても人間は無茶を続けられるようにはできていないもの」

「それで、その人はどうなったんだ?」

「また無理をしようとしたから、他の人が理由を聞いて、叱って、泣いて、死者を悲しんで『彼女』も泣いて、それから無茶をすることはなくなったわ」

「そうか」


 悪い結果で終わらなくてよかった、と智貴は胸を撫で下ろす。

 同時に理解する。


 つまり昨晩、喜咲は逸る智貴の姿にその彼女のよく知る誰かの姿を重ねて放っておけなかったのだろう。

 再び抱きしめられたことを思い出して、智貴は頭を抱えてしまう。


「……今の話を聞いて、なんで苦しみだすのか理解できないんだけど」

「ある意味お前のせいだよ! って言うか、お前は昨日のことでなにも感じてないのか?」


 いくら慰めるためとはいえ、いきなり異性を抱きしめるなどと言う大胆な行動に走ったのだ。普通なら、照れたりするものではないのか。


「アナタがなにを言ってるのかよくわからないんだけど」

「いや、だから昨日みたいな真似したら恥ずかしいだろ!?」

「別に。あれぐらいなんとも思わないけれど」

「パンツ見られた時はあんなに恥ずかしがってたのにか!?」

「それは忘れなさい」


 キッと睨みつけられて、智貴は怯む。

 どうやら羞恥心が死んだ、と言うわけではないらしい。


 つまり、彼女の中であれは恥ずかしがるようなことではないと言うことなのだろうか。それはそれで理解できない。


「とにかく、アナタは一旦顔を洗ってきなさい。私はその間に外の様子を確認してくるから」

「確認? でも外は魔力嵐が――――」


 言いながら智貴は外を見る。

 そこに見えるのは太陽に照らされる廃虚になった街の姿。いつの間にか虹色の風は止んでいた。


「魔力嵐は寝ている間に止んだけど、局所的にまだ残っている可能性があるわ。それと魔力嵐がやんで悪魔たちも外に出ているはずだから、その動向を確認してくるつもりよ。アナタは私が戻ってくるまでに食事の用意でもしておいて。それを食べたら学園に戻るわよ」


 確かにいつまでもここに残っている理由はない。

 智貴は喜咲の言葉に頷くと、外へ向かう彼女を見送る。


「あ」


 その途中、ふとある事に気が付いて智貴が声を上げる。そんな智貴の声に反応して、喜咲も足を止めて振り返る。


「神宮」

「なに?」

「昨日はありがとな。おかげでなんかすっきりしたわ」


 智貴の感謝の言葉に、喜咲は目を丸くしてから口元を緩める。

 そして言葉の代わりに片手を上げてそれに答えるのだった。






 *




 喜咲と別れて二階に上がる。そして喜咲に教えてもらった部屋に入り――――


「え?」

「あ?」


 そこで素肌を晒して背中を拭く、獅童小向と目が合った。


「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


 直後、耳が痛くなるような悲鳴と共に、手のひら大の瓦礫が智貴の顔面にぶつかった。

 なんか前にもこんなことがあった気がするな。そんなことを思いながら、智貴は後頭部から床に倒れ伏した。


 十分後。


「あ、あの……さっきはごめんなさい」

「いやあ、こっちのが悪かったからよ」


 服を着た小向と左の目元を青くした智貴が、二階の一室で互いに謝りあっていた。


「まだ穂群君が寝ていると思ったので、つい油断してしまって」

「俺の方こそ、入る前に声をかければよかったんだからさ」

「いえ、私の方が――――」

「いや、俺の方が――――」


 互いにいつまでも譲らない二人に、いつしか二人は黙り込む。

 そして睨むように見つめあうことおよそ十秒。それから二人同時に噴出した。


「俺たち、なにやってんだかな」

「ええ、本当に」


 一しきり笑ってから、小向が思い出したように周りを見渡す。


「神宮さんはどうしたんですか?」

「ああ、アイツなら外の見回りに行ったよ。俺はアイツに顔を洗って来いって言われてここに来たんだ」

「……そう言えばその顔、どうしたんですか? なんか目が赤いですけど」

「え? あー。あれだよ、あれ。花粉症! 実は俺、稲アレルギーなんだよ。アハハハハ」

「そうなんですか? 大変ですね……」


 智貴の言葉を信じたのか、特に疑うような様子もなく心配そうな瞳を向けてくる小向。そんな彼女の様子に、とっさに笑ってごまかした智貴は、かすかに罪悪感を覚えてしまう。


「そ、そうだ。体拭き終わったなら、先に下で飯の準備しておいてくれないか? 俺はその間に顔を洗ってるから」

「はい、いいですよ。じゃあ、先に行ってますね」

「あ、それと飯食ったら学園に戻るらしいから、必要ならその準備もしておいてくれ」


 小向は部屋を出ていこうとして、智貴のその言葉に足を止めた。


「……その、もう学園に戻るんですか?」

「ん? ああ、そりゃ帰るさ。いつまでもここにいるわけにもいかないだろ」

「……そう、ですね」


 頷く小向は、しかしどこか憂鬱そうだ。


「なにか不安なことでもあるのか?」

「いえ、そう言うわけじゃ……」

「とてもそんな顔には見えないけどな……それともあれか、やっぱ別のチームメンバーには話せない内容なのか?」

「えっと……はい、そんなところです」

「なら仕方ないな」


 誰にでも、そしてどこのチームにでも事情と言うものはあるだろう。それを無視してまで無理やり話を聞きだすというのは、あまり褒められたものではないだろう。

 少なくとも向こうに、その垣根を越えてまで話そうとする意思がないのなら。


「でも、気が変わったらいつでも声かけてくれよ。アンタは俺の数少ない知り合いだから。手伝えることがあればいつでも力を貸すからよ」

「――――――――」


 智貴の言葉に、小向は驚いたように目を丸くする。

 そんなに変なことを言っただろうか?


「あー、ひょっとして余計なお世話だったか? 俺みたいなチンピラ糞野郎の手を借りたくないって言うんなら、さっきの話は忘れてくれ」

「い、いえ! そんなこと!」


 肩を落とした智貴に、小向は慌てて否定の声を上げる。


「嫌とか、そう言うのじゃなくて……その、学園に入ってからそう言うことを言われたのは初めてだったので。だから、その……」


 そこで小向は言いよどむ。その様は言葉を選びあぐねているようだった。

 しばし逡巡して、小向がやっとのことでひねり出した言葉は、


「……ありがとうございます。なにかあれば、その時はぜひ頼らせてもらいますね」


 どうやら智貴の言葉が嫌だったのではなく、その逆だったらしい。

 かすかに頬を染めてそう告げる小向に、智貴は笑みを浮かべる。


 そんなやり取りを終えて、小向は下へ向かう。智貴はそれを見送ってから、顔を洗う。冷たい水が気持ちいい。

 すっきりした気分で、顔を振って水気を飛ばし、立ち上がる。そして下に行こうとして、その前に窓から外を覗いた。


 大した理由があったわけではない。

 ただなんとなく、喜咲の後姿ぐらい見えないだろうかと思ったのだ。だが見えるのは廃虚ばかりで望む探し人の姿はなかった。

 軽く落胆して、智貴は窓から出していた頭を引っ込め――そこでなにか違和感を覚える。


 視界の端で、なにかが動いた気がしたのだ。

 気のせい? あるいは小動物、いや、悪魔が動いたのかもしれない。


 害意はない、はずだ。あれば短絡的な悪魔のこと。襲い掛かってこないわけがない。

 そのはずなのに、何故だろう。


 ひどく、嫌な予感がした。


 今この場に喜咲と言う最高戦力がいないから、神経過敏になっているのだろうか。それならばいい。だが違ったら?

 もしもこの危機感が正しいものであったなら――――


 智貴は一拍の思考の後、コネクタに手を伸ばした。

 目の前に現れた半透明の仮想ウィンドウ。それにかすかな文明の進歩を実感しながら、ウィンドウを操作してとある画面を出す。


 それはこの廃墟の簡単な見取り図。そしてあらかじめ設置しておいた赤外線センサーの状態を示す図だ。

 死都に来て赤外線センサーなど役に立つことはまずありえない。それでも智貴がそれを持ち込んだのは、彼が魔術機を使えないから。せめてもの気休めとして持ち込んだのである。


 そしてそれを昨日の内に、一階の出入りができそうな場所全てに設置した。

 半分は昨日の戦闘で壊れて使い物にならなくなったが、それでも四つほど使える形で残っていたのである。


 そんな赤外線センサーの状態を示す画面をしばらく眺め、それらがなんの反応も示さないことに軽く吐息。杞憂だったか、意識を切り替えようとして、突如その異変は起きた。


 異常、異常、異常。

 警報、警報、警報。


 画面が赤く明滅し、なにかが赤外線センサーの守りを抜けて、廃虚の中に入ってきたことを知らせてくる。

 センサーが感知した箇所は三か所。つまり最低三体のなにかが、廃虚の中に侵入したらしい。


「きゃぁぁぁぁぁぁぁ!」

「今のは……獅童!?」


 突如聞こえてきた悲鳴。それを上げたのが誰か理解して、智貴は焦る。

 とにかく急いで下に行かなければ。走り出そうとした智貴は、後ろからさした影にとっさに左へと身を飛ばす。

 直後、智貴がそれまでいた場所に魔力の弾丸が撃ち込まれた。光る実体のない弾丸。それがなんなのか智貴は知っている。魔術機『無尽の弾丸』による魔力弾だ。


 振り返って、智貴は魔力弾を打ち込んできた相手を見る。

 襲撃者は男で、服装は間宮学園の制服。つまり智貴と同じ間宮学園の生徒が攻撃してきている――――?


「テメエ、どこのどいつだ! なんで撃ちやがった!?」

「テメエに答えてやる義理はねえ! 大人しく蜂の巣になりな!」


 どうやら話が通じない類の相手らしい。

 智貴は舌打ちしてから、柱の影に身を投げた。そしてそれを追いかけるように柱にいくつもの魔力弾が突き刺さる。


 状況整理。

 相手の詳しい素性はわからない。相手の襲撃理由も、目的もわからない。

 わかっていることは、今こうしている間も小向が窮地に陥っている可能性があると言うことだけ。つまり――――


「なにも迷うことはないってことだ」


 するべきことは一つだけ。そしてそれを迷う必要はなにもない。

 智貴は結論を出すと、銃撃音が止むのを待って柱から飛び出した。


「馬鹿が!」


 男の顔はしてやったりのそれ。おおよそ、弾切れを演出したら、智貴がまんまと引っかかって飛び出してきた、といった所か。


 だとしたら馬鹿は間違いなく相手の方だ。

 その程度なら、十分智貴の想定範囲である。


 智貴はコネクタを操作してライトを最大出力で照射。目が眩むほどの光量に男の手元が狂い、智貴を穿つはずだった銃弾が逸れた。

 その隙に、智貴は急加速して男に接近。勢いの乗った蹴りで『無尽の弾丸』を蹴り飛ばす。


 無手になった男が腰にさしてある槍に手を伸ばすが、それが抜かれるより智貴が行動を起こす方が早い。

 みぞおちに向かって鋭いショートアッパー。動きが止まったところで腕を掴み、そのまま後ろを振り向くようにして背負い投げ。倒れたところに顔面に向かって踵落としの追い打ちをかける。


 動かなくなった男の息がある事を確認してから、彼のズボンを足首の位置まで下げ、上着で腕を拘束した。ズボンを下げたのは男が起きた時歩きにくいようにするためだ、念のため。

 そして男が落とした『無尽の弾丸』を拾う。


 試しにトリガーを引いてみるが、魔力弾が出ることはない。魔術機は契約者以外には使用できないのだ。もっともそれがなくとも智貴は魔術機を使えないらしいが。

 だがそれでもなにかに使えるかもしれない。智貴は『無尽の弾丸』を片手に部屋から顔だけを覗かせる。


 通路に誰もいないことを確認してから、部屋を飛び出して周辺を警戒しながら走り抜ける。

 何事もなく階段を降り、吹き抜けになっている一階を覗き込み――少年に組み敷かれる小向の姿を発見した。


 小向はうつぶせの姿勢でぐったりしており、頭から血を流している。少年はそんな彼女の腕を掴んで、床に抑え込んでいる。

 それを理解した瞬間、智貴の視界が真っ赤に染まる。


「獅童!」


 気付けば名前を呼びながら、智貴は部屋に飛び出していた。

 気絶しているのか、小向は反応しない。代わりに彼女を組み伏している少年と、彼らの周りにいた仲間と思しき少年少女たちが反応した。


「いたぞ! アイツを死なない程度に痛めつけろ!」


 各々が武器を手にとって構える。どうやら話し合うという選択肢はないらしい。

 だがそれならばそれでいい。


 わずかな間だったとはいえ、仲間のように過ごした小向をあんな目に遭わせた奴らを無事で帰す必要がなくなったなら、むしろそれは僥倖だ。


 智貴は威嚇するように歯をむき出しにして、彼らに襲いかかる。

 相手の数は六。普通に考えれば絶望的な数だが、智貴に限って言えばそうではない。


 智貴は祖父からサバイバル技術と共に、剣術をその身にたたき込まれている。その技術は多少の人数的有利など容易く跳ね返せるだけの代物だ。

 喜咲や悪魔たちにはほとんど役に立たなかったが、相手がただの人間であれば話は別である。

 得意とする得物こそないが、その程度はちょうどいいハンデにしかなりえない。


 相手の少年たち全員が『無尽の弾丸』を抜き放つ。

 なかなか悪くない判断だ、と走りながら智貴は思う。弾幕というものは、本来ゲームでもない限り避けるのは難しい。


 ゲームで弾幕を避けられるのは、意図的に穴が造られているからだ。だが現実ではそんな穴など考えられていないし、仮にあったとしても弾の飛翔速度から視覚で捉えるのは不可能に近い。

 向こうに殺すつもりはないらしいが、それでもこのままいけば大怪我は必死だろう。


 故に、智貴が取る行動は一つ。

 走りながら、智貴は意識を右手に向ける。その拳の中には、道中で拾っておいたガレキの細かい礫がいくらか握られていた。


 その礫を智貴はおもむろに銃を構える少年たちに向かって投げつける。

 タイミングは銃を抜いた後、狙いを付ける直前。狙うのはおよそ二人ほど。

 礫を投げられた二人は上の階でフラッシュをたかれた少年のように動揺し、ワンテンポ動作が遅れる。


「撃て!」


 そしてぎりぎりのタイミングを狙ったことで、仲間が遅れていることに気付くも無視して号令が放たれた。


 直後に連続する轟音。

 智貴を狙って弾幕が形成されるが、しかし一部が遅れたことでその幕には穴ができた。

 その穴に向かって、智貴は全力で身を跳ばす。


 事に気付いたときにはすでに遅い。智貴はその一瞬で少年たちの懐に潜り込むことに成功していた。

 目の前で驚く少年の顎先に、ノーモーションの掌底を叩き込む。

 端から見れば掠っただけの失敗じみた一撃。しかし脳を揺らすには十分な、むしろ非常に効果的な一撃だ。


 それをまともに食らった少年は、意識こそあるものの、足に力を入れることができずに崩れ落ちる。

 仲間が一人やられたところで、彼らは智貴の危険性を理解したようだ。それまで浮かべていた余裕めいた嘲笑を消し、敵に向けるべき鋭い瞳を持って、武器を銃から近接用のそれへと切り替える。


 正しい判断だ。乱戦になれば銃器は同士討ちを引き起こしかねない。

 しかし智貴から見れば遅すぎる判断だった。彼らが武器を換装する前に、智貴は回し蹴りを近場の少年に食らわせてノックダウンさせる。


 そして智貴が着地したタイミングで周りは換装を完了。『突き刺す守り』を持った少女が智貴に突撃してきた。


 右胸部に向かって放たれたそれを、智貴は上体をそらして避け、槍の周囲の展開されているバリヤーを駒のように回転することで受け流す。

 突撃を受けきったところで、智貴の背後に一人の少年が立つ。その手には振りかぶった一本の剣。魔術機『竜を断つグラム』だ。


『竜を断つ剣』は刃を超振動させて切断力を上昇させる剣だ。その出力は十センチの厚みを持つ鉄板すら切り裂く。当然、当たれば痛いでは済まないだろう。

 だがそれが振るわれる直前、智貴は腰に差していた『無尽の弾丸』を引き抜いた。


 銃口を突きつけられて、少年が舌打ちをして距離を取る。そうしてできた一瞬の隙に、智貴は倒れた少年から『竜を断つ剣』を強奪する。

 そして先程突っ込んできた槍の少女に仕掛けると見せかけて、距離を取った剣の少年に向かって走り出した。


 勝ち気が強いのか、少年は一瞬目を丸くしたものの、すぐに剣を構えて迎え打つ姿勢。そこに智貴は『無尽の弾丸』を投げつける。

 智貴がさっき撃たなかったことから、それが使えないと察していたのだろう。少年は悠々とそれを弾き、続いて投げられた『竜を断つ剣』その柄頭を額に受けて撃沈した。


 どうやら剣まで投げられるとは思っていなかったらしい。

 剣の少年が倒れたところで、今度は彼が持っていた剣を奪う。


「この、好き勝手して……!」


 あっという間に三人がやられて、槍の少女が憎々しげな声を上げる。彼女は槍を腰だめに構え、再び突撃してこようとするが、


「動くな」


 智貴は剣の少年の首筋に、彼から奪った剣の刃を突き付ける。


「俺は魔術機を使えないが、それでもコイツの首を刎ねるぐらいなら問題ない」

「な……この卑怯者!」


 智貴の行為にリーダー格と思しき少年が声を張る。しかし知ったことではない。

 智貴からすれば使えるモノを使っているだけ。勝つために全力を尽くしているだけなのだ。


 お前は弱いのだから、使えるモノはすべて使え。それが師である祖父からの教えだった。


「おっと、だから動くなって。オーバーリアクションも禁止だ。カッカし過ぎたせいでお仲間が死んだとか、嫌だろ?」

「く……! わかった、お前の言う通り動かない。これでいいか?」

「ついでに武器を捨てろ。お仲間の命が惜しいならな」


 智貴の要求に、リーダーと思しき少年は率先して『突き刺す守り』を床に捨て、他のメンバーにも武器の放棄を促す。

 そのタイミングで、最初に行動不能に陥れた少年が復帰し、彼もリーダーに促されて武装を放棄した。

 結構ギリギリのタイミングだったようだ、と智貴は内心で胸を撫で下ろす。


「オーケー。なら、後は獅童を置いてゲットバックホームだ」


 智貴は簡単に自分の要求を告げる。

 小向を傷つけたことは気に食わないが、このまま戦い続けるのはあまり利巧とは言い難い。


 なにより小向の怪我の手当てのことを考えれば、報復はこの程度で済ますのが無難だろう。

 相手の目的も気になるが、あまり時間をかけすぎるとなにが起きるかわからない。

 最大目的である小向の救出が叶うなら、それ以外は捨ておくべきだろう。

 ……と言うのは建前だ。


 本音は、単純に体が限界だからである。


 なんというか、体中が痛い。ものすごく痛い。

 どれぐらい痛いかと言えば、昨日悪魔に壁に叩きつけられた時ぐらいだ。と言うか、さっきの戦闘で確実に傷口が開いている。


 表面上はまだ塞がっているのか、端から見てもわからない。だがこれ以上戦えばその内、智貴が怪我を我慢していることがばれるの必至。そしてそれがばれてしまえば、智貴に勝ちの目はなくなるだろう。

 最初にあれだけ息巻いておいてなんだが、それが悲しい現実だ。

 我ながらなんとも間の抜けた話である。


「……大石はどうなる」


 そんな智貴の内心をよそに、人質に取った少年を見て、リーダーが言う。

 どうやらこの少年は大石と言うらしい。


「こいつと、あと上の階にいる奴は俺が責任をもって間宮学園に連れて行ってやる。それなら心配ないだろう」

「お前みたいなやつを信用しろって言うのか?」

「いきなり女子を組み伏せて気絶させるような奴よりは信用できるだろ」


 痛いところを突かれたのか、リーダーと思しき少年が顔をしかめる。

 その態度に違和感を覚えるが、まともな倫理観を持っているなら交渉はしやすい。智貴はさらに言葉を重ねようとして、


「悪いが、その要求は呑みかねるな」


 廃虚の入り口から、そんな声が聞こえてきた。

 声の方に顔を向けてみれば、そこには一人の少年が立っていた。


 着ている服は智貴や周りの少年たちと同じ間宮学園の制服。

 背の高い、黒髪茶瞳。多くの異性を虜にしてきただろう甘いマスクに爽やか寝顔を浮かべているが、その笑みは見る者に安心感よりも不信感を覚えさせる。そんなどこか信用ならない少年だ。


 少年は廃墟に入ってくると、足を止めて周りを見回す。そして小向の存在を認めて、首をその方向に固定する。

 周りに動揺した空気が走るが、それは予想外の闖入者が来たから、と言う感じではない。


「り、リーダー」


 リーダー……と智貴が思っていた少年が、新しい少年をそう呼んだ。

 つまり今起きていることの首謀者は、あのリーダーと呼ばれた少年らしい。


「……テメエがこいつらの雇い主か。なんの用だ?」

「なに、僕の仲間がここにいるようだったからね。帰してもらいに来たのさ」

「仲間?」


 オウム返しに智貴が尋ね返すと、少年は頷いてゆっくりとした動きで指を指す。その先にいたのは――小向。


「彼女は僕のチームのメンバーなんだ。悪いが返してくれないかな?」



















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