プロローグ この醜い世界
*
誰かが呼んでいる。
自分を呼んでいる。
それは心地よい声で、どうしようもなく抗いがたい。
だけど、予感がある。
この声のもとに行けば、きっと自分は戻って来れない。
理由はわからないし、確証なんかない。ただ、そんな確信はあった。
戻れない、帰れない――だが、だからなんだと言うのだろう?
ここは、この世界は醜い。
欺瞞に溢れ、不信に満ちて、悪意に爛れている。
殺し殺され、騙し騙され、謀り謀られる。
そしてそれらがなければ成り立たない。あまりにも不完全で醜い世界だ。
ただ生きるだけで誰かを傷つける。
そんな世界に、一体なんの未練があろうと言うのか。
だから構わない。戻って来られなくても問題ない。
だと言うのに、何故だろう。
前に一歩、踏み出せない。足が前に出てくれない。
まるで根が生えたかのように、足を持ち上げることができない。
何故なのだろう。
わからない。
わからない。
わからない。
戸惑っている内に、気付けば自分を呼ぶ声が小さくなってきている。
いや、これは遠ざかっているのだろうか?
何度呼んでも自分が応えないことに嫌気が差したのかもしれない。
だから待って欲しくて、手を伸ばそうとしてそこで気付く。
誰かが手を掴んでいることに。
一体誰がそんなことをしているのか。
不思議に思って振り返る。そしてそこにいたのは――――――