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巻きぞえアリスの異世界冒険記。  作者: 冬野夏野
始まりの章
51/53

微睡たゆたう不安の芽は何処に

次に目覚めたのは柔らかいベットの上ではなく、ザァーと激しく降りしきる雨の中だった。

視界も烟るような激しい豪雨の中、川沿いに歩いている。


いつもより低くて忙しなく揺れる視界


激しく流れる川が増水して左右の脇道がほぼほぼ沈みかけているのに、そちらへ続く階段を降りていく。


夢なの現実かも判断のつかない微睡みのせいか、視界に映る景色は明滅を繰り返してる


しっかりとした足取りでやがていつか見た橋の下のトンネルへと入っていくと、雨音がだんだんと遠ざかっていった。


水を掻き分ける音と激しく流れる川の音だけがうるさく、でも何処か遠く、頭に響き渡ってる


ようやくピタリと動きを止めたのは見たことのあるフェンスと鉄扉の前。以前見た時はしっかり施錠されていたが、目の前には無理やり力でこじ開けられて地面の上を無残な姿で揺れている鉄扉、そして不気味な風の音だけを響かせる見通せないほど暗い闇をたたえる扉の奥の光景だった。



ああ…ここはそうだ、カミル達と一緒に誘拐犯を追った時に入った場所だっけ。












ー巻きぞえアリスの異世界冒険記51-









「……………」


「和様、おはようございます……顔色が優れないように見えますが、朝食は食べられそうですか?」


「ん…ベロニカさん…おはようございます…大丈夫です。いつもありがとうございます…」


なんてことはない。

窓から差し込む朝に目を覚まして、まだふわふわしてる寝癖だらけの頭はただぼんやりしてるだけ。

遠慮がちに私の顔を見るベロニカさんも、コトコトと鍋の中で踊るスープの音と鼻をくすぐるいい香りも、すでに起床して優雅にティーカップを傾けて微笑むルーチェも、ここ最近続いているいつもの朝の光景だ。



「………」


窓辺の植木鉢は今日も燦々と照りつける朝日を浴びているし、空も雲一つない晴天が広がっている。土砂降りの雨が降った様子なんて微塵も感じられない。

つまりは先ほど見た光景は夢なんだろう。

たまにおかしな夢を見るからなぁ…不安を煽るような夢なんてよく見るのに…どうしてだろう。


なんか、


すごく、


不安だ。











…………


……………….。



「ノドカー?どうしたん?むっっちゃ具合悪そうやんか、大丈夫なん?……熱はなさそうやけど」


額に触れる温かい体温と冷たい金属の感触、そしてテオの心配そうな声に気がついた時には私は自分が朝のガヤガヤと騒がしい教室にいることを自覚した。


あれ…私いつの間に登校してたんだっけ?


自分自身の不可解な記憶のズレに戸惑っていると、額に当たっていた銀の指輪をはめたテオの温かい手が離れ行くと同時に始業のチャイムが鳴っていた。


「……」


「ノドカー?…具合悪いならセンセーに言って医務室行こか?」



ぼーっとする私に対して訝しげな顔をするテオだったけど、授業も始まってしまい邪魔しても悪いので咄嗟に大丈夫だと笑って答えていた。


本当に身体に異常なんてない。

ただいつもよりぼんやりするだけだから…何だか、とても眠い…。










……………。



「メイナードさん、今日のあなたはいつにも増して壊滅的な失敗をしますね…体調が優れないのであれば医務室で休みなさい。今日はここまでで構いませんから」


また気がつけば津波に呑み込まれたようは大惨事の教室でいつも厳しいマリオン先生に労われてしまった。







…………。


「和?どうした…具合悪そうだぞ。眠いのか…またアリスのせいなんじゃないのか?……ちょっと耐えろよ」


いつの間にか、共に昼を過ごしていたカミルにはいつかベルティナ様が開発した対アリス撃退スプレーを吹きかけられて泣いた。

相変わらず強烈な破壊力に顔面を涙と鼻水でぐしゃぐしゃにしたものの、どこか遠くの出来事のようでおかしな気分だ…それにずっとアリスの反応がないのは何故なんだろう?



フワフワと気を抜いたら何処かに飛んでいきそうな意識の中で、断片的に確実に一日一日がどんどん過ぎていく。






…………。


「あ!和ちゃん!ちょっと久々っすねー!あー…何か土みたいな顔色してっけど出歩いて大丈夫なんすか?」


ふと街中であったヤス先輩に声をかけられた時は何で街へ繰り出したのか目的も思い出せない。


「大丈夫…です…なんか最近ぼんやりしてる、だけで…」


「そうっすか…そのー1人で帰れるんすか?」


「…はい、大丈夫…ありがと…」


ぐるぐると頭をかき回されているように考えがまとまらず、とりあえず寮に戻ろうと踵を返した。


「ん〜〜…あっ!俺もこっちの方に用があるんすよね〜途中まで一緒に行くっすよ!」


背中から追いかけてくるヤス先輩の声がした。

ニコニコしながら隣で話しかけてくれて、とても気を遣ってくれていて嬉しかった。

だけども私は気の利いたことも、お礼も言えなくてただぼんやりと遠くなりそうな意識の中で沢山喋っていたヤス先輩を見ていた。







ぼんやり、ぼんやりと瞬きしてる間に時が過ぎていく。


まるで夢でも見ているような、そんな不思議な心地だった。







………………。



「お待ちなさい、ノドカ・メイナードさん!」


とある日の夕方、窓から差し込む夕陽に照らされた長い廊下を歩いていた私を鋭く凛とした声が呼び止めた。


「……」


振り返った廊下の先ではとても不機嫌そうなアイラ様が腕を組んで立っていた。

彼女は私がゆっくりと体を向き直らせている間にツカツカと随分と早い足を音を立てながら目の前まで迫ってきた。




「あなたねぇ…あのシルフの樹海以降何があったか私は存じませんが、ここ最近の体たらくは何なんですの!?」


風魔石を回収する課題で一緒に行動した日が懐かしくなるくらいに怒っているアイラ様の声を久々に聞いたなとか、まるで遠くから見ているような感覚で詰め寄ってくる様子を見つめていた。


「…アイラ、様…」


「突然横暴になったかと思えば今度は抜け殻のように腑抜けて…あの時のあなたはどこに行ったのかしら?」


「あ…ごめん…なさい…」


アイラ様にはカミルの友人である事を認めてもらうためにと頑張ると決心していたのに、色々ありすぎて疎かになっていた。

申し訳ない…心の底からそう思うのに、落ち着く事なくぐらつく視界に映る世界が頭を掻き乱して何も考えられない。

どうしてこんなに疲れてるんだろう…ふと気を抜いたら眠れそうなくらい意識が朦朧としていた。


「…やっぱり今日も様子がおかしいわ。しっかり出席して授業を受ける姿勢を悪いとは言わないけれど、自身の体調管理くらいしっかりなさい!」


じっと喰い入るように私を見ていたアイラ様のそんな怒声を遠くで聞きながら、頷く。

そこから沈黙が続くとアイラ様は黙ったままじっと私の顔を見ては訝し気に大きな瞳を細めていた。


「……」


「…アイラ様…?」


「…あなた……」


何か言いたげに口を開いたアイラ様だったが、結局唇を引き結んで何かを考え込むように黙り込んでしまう。

どうしたらいいか分からず、ただぼんやりと立っていた私に彼女は静かに手を出して言った。




「手を出しなさい」


「…えっ」


「早くなさい!」


「アッハイ…」


威圧感たっぷりの鋭い眼光に睨まれれば私はただ言われた通りに手を差し出すしかなかった。


荒れ気味の私の手をアイラ様の細くて綺麗な手が包むと、じんわり温かい光が瞬いた。

何をされているのかよく分からないけれど淡く光っている私の手をアイラ様がぎゅっと少し強めに両手で挟み込むと、握り込まれた光はすっと手の中に消えていったように見えた。


「よし…これでいいわ」


「…アイラ様?」


「おまじないよ。何だかあなた、消えてしまいそう、だったから……」


その時瞳に映ったのは初めて見るアイラ様の姿だった。寂しそうな、今にも泣き出しそうな小さな女の子みたいに弱々しい。

私を見ているようで別の誰かを見ているような縋るような潤んだ瞳に戸惑ってしまう。


「あ…あの」


「…何でもないわ。久しぶりに昔のことを思い出しただけよ。ほら、あなたは早く帰って休みなさい。それではご機嫌よう」


触れ合っていた手を放した時にはアイラ様はいつものように美しいながらも威圧感のある無表情で、さっと踵を返して去っていった。

結局何だったのかわからないまま少し考え込んだ後に私は寮に帰った。




アイラ様の行動の意味を知るには彼女のことを知らなすぎるけれども、それでも気になってついつい考えてしまう…そうしてる間に頭がまた白んでいって意識が飛んだ。










なんなんだろう…


こんなに意識が途切れるのは…アリスのせいなの?



私の意識のある時には眠っているのか、一言も喋らない。最近のアリスとは特に意思疎通ができていないから、寝ている間の行動が心配で仕方ない。


アリスと話がしたい…何を思っているのか、今はどうしたいのかとかとにかく話を聞きたかった。

例えその内容が以前と変わらない物騒な答えだとしても本人の意思を問うてどうするか考えたいと思ったから。



だからちゃんとしないとと思いながらもユラユラと不安に揺らいでぐちゃぐちゃになっていく思考の中、ふと誰かの声がした。








「……ぇ……」



何というか…かなり聞き覚えのある声がする…


ちょっとイライラしたような棘のある声だけど、何故か今まで騒ついていた心が落ち着いていく心地よさを感じていた。



「…ねぇ……ぉぃ……ぃ…きろ」


絡まった糸みたいにぐしゃぐしゃにこんがらがっていた思考も気持ちも解けていくような不思議な感覚にただただ身を任せて気持ちよく眠っていると、突然ガッと顔面を引っぺがそうとする強い圧迫感に思わず固く閉じていた目を見開いた。


今までまるで夢の中にいたような長い微睡みからはっきりと意識を取り戻した私は、即座に自分がベットで眠りこけている間に何者からアイアンクローを喰らっているのだと瞬時に理解した。


いや、就寝中にアイアンクローをキメられる状況って何!?!?!?


私は大いにに混乱した。






「やぁーーーーっとお目覚め?ほんッといい加減にしてよね」



パッと顔を掴んでいた手を放して心底面倒臭いと言わんばかりに腕を組んで、じろりと見下ろしてくるのは暗い部屋の中でも宝石のように輝く青い瞳。

この暗闇の唯一の光源である窓から差し込む月明かりに照らされてるせいか、それとも久々に見たせいか、灰銀の髪に白い肌とは正反対の漆黒の翼すらその空間の中ではとても神々しくて目の前に天使が舞い降りたような錯覚に陥った。


「………」


「何?まだ寝ぼけてんの??何とか言ったらどうなの〜〜〜っ???」


「イタッ、痛たたたたたぁっ!」


ポケ〜っと見惚れていた私は容赦なく頬を片方だけ連続でペチペチ叩かれて正気を取り戻した。

そうそう、結構強めに頬を叩いて来るこの人は天使ではなく悪魔だった。


「痛いです…フォルカさぁん」


「ウルサイ…で、気分はどうなのさ?」


「気分?アイアンクローからのビンタでめちゃくちゃ目が冴えて仕方ないっすね…」


未だ体験したことのない衝撃的なシチュエーションのせいか、夢か現実かの境目も曖昧だったのが嘘のように世界をハッキリと認識できていた。

こんなに騒がしくしているのに反対側のベットで眠るルーチェが起きる気配が全くないのはフォルカさんの魔法なんだろうか、窓すら開いてないしどっから不法侵入したのか気になる。

フォルカさんはいつもの不機嫌そうなジト目で私の顔を見てから何を思ってか部屋を見回し、ある一点を見つめたまま黙り込んでいた。

視線の先にはお菓子やお茶などが仕舞われている食品棚へ向かっていたが、その様子が何もない虚空を見つめる猫みたいだなとどうでもいいことを思った。


「…お前、魔女と闘ったんでしょ?大丈夫だったわけ?」


「魔女ってメガイラのことですか?私が闘ったと言うか、この呪いのネックレスのアリスが大健闘してくれてて…ノワール君も助けてくれたんで私は無傷ですね!」


「はぁ?呪いと共生してんの?馬鹿なの?」


「いやまぁ、性格は捻れてますけど実際助けられてはいるもんですんで」


「ふ〜ん…でも所詮呪いでしょ。せいぜい信用しすぎて馬鹿を見ないように気を付けたら?…実際きな臭いことばっかり起こってるしね」


「それで言えばジルベルトさん達の方こそ大丈夫なんですか?神樹燃えてたんで…ちょっと心配っていうか」


こうして目の前に立っているフォルカさんはいつも通りで怪我を負っているようには見えないから安心するけど、その分会っていない他の人の安否が気になる。

フォルカさんの顔を伺って見ても彼はただ黙って伏し目がちに何かを考えているようだった。


「……」


「…あの〜、フォルカさん?」


「…神樹のことはまぁ、お前が心配したって意味ないし、誰か死んだわけでもないから平気。それより自分の心配したら?アンタすごいことなってるんだから」


「…マジすか?」


「鈍感…あのさーいつまでも僕がお前の世話焼いてあげられると思わないでよね。自分のことくらい自分でどうにかしてくれないと困るんだけど」


「それは誠に申し訳ありません……それと、毎度毎度助けてくれてありがとうございます。起こし方はアレですけど、フォルカさんのおかげで何かスッキリしました!」


ぶっちゃけ自分の身に何が起こったのか全く理解してないけど、何かしら助けられたことは自覚しているので深々と頭を下げた。

フォルカさんの呆れたような長〜いため息と刺々しい視線を向けられているんだろうなって伏せている後頭部でそれを感じていた。

しばらくそうしてそろそろ頭を上げようとした瞬間ぐわしっと後頭部を引っ掴まれて、頭も上げられずに今フォルカさんがどんな形相を浮かべているかもわからなくて焦る。

結構な力で抑え込んでくるから地味に首が痛いし、フォルカさんの無言の圧力を感じて冷や汗が止まらない。




「……」


「…フォルカさん?キレてます?あの、何かすいません…」


「………」


「うぅ…」


「…お前はさ。早く元の世界に帰れるようにお祈りでもしながらアホ面で学校にでも行ってなよ。ジルの抱えてる問題が片付けば考えてやるから」


頭握りつぶされるんじゃないかと恐れていた私にフォルカさんから予想外に優しめの言葉が降ってくる。

さらにパッと手を放したかと思えばバシバシと2回頭を叩かれる…が、なんだか今日はあんまり痛くないし加減されている気がする?…もしかして叩いたのではなく頭ポンポンのつもり…!?!?

あんまり予想外すぎる行動に一体どんな意味があったのか気になるものの、それを聞き出すほどの勇気はなく、目の前に立つフォルカさんを見上げるだけに留まった。

当然笑顔な訳はなく、不機嫌そうな表情でもないが何を思っているかも読み取れない無表情で、私を見下ろす宝石のように青い瞳と目が合った。









「…じゃ、忙しいから帰る」


今までのフォルカさんの態度とは思えないほど柔らかい対応に驚いてる間にふいっと身を翻すので、つい反射的に彼の黒い羽をぐわしと掴んでしまった。

そしたら見覚えのある不機嫌そうな眼差しを向けられ、何で引き止めたんだと後悔した。



「え〜っと、その、なんつーか…最近何か色々起きすぎてて私自身変な感じになってたのはうっすら気づいてたんですけど」


「うっすらってお前」


「そんでもう何かどうにも出来なくて消えちゃいそうな気分で心細かったもんですから、だから今日フォルカさんに会えて嬉しかったんです」


自身がどんな状態だったか、今でもよく理解してないのに加えて呆れかえるフォルカさんの視線が痛いのもあって伝えたいこともまとまらず、とにかく浮かんできた想いを声に出してしまった。

言ってからこういうクサい台詞はフォルカさんの神経を逆撫でするのではと控えめに顔色を伺えば…案の定怒ったように目を見開いて私を睨んでいてブチ切れてるとしか思えない。

しかし即座に私を罵る声を上げるでもなく、無言+無表情のままで怒っていないなら一体全体どういう感情なのか全く読み取れなくて怖い。

手を放すタイミングを完全に見失ってた両手は羽を掴んだまま携帯のバイブレーションみたいに震えてる。手汗が酷くなってく一方だし、このままではフォルカさんにも悪いとそっと放して再び顔色を伺う。


「……」


沈黙が痛いと考える私に背を向けたままのフォルカさんは何も言わないまま、おもむろに月明かりが差し込む窓辺に立った。



「…とにかく余計な事しないでさ、慎ましくしといてよね。…じゃあね」


「…あ、はい!あの、フォルカさーー」


間もなく消えるぞと訴える背中に慌てて声をかけようとした次の瞬間にはフォルカさんの姿はなく、風もない室内でコトリと窓辺の植木鉢が揺れたのだった。






「ん……おやすみなさい」


夜の静寂の中、フォルカさんの姿はないのだけど遅れて出た言葉を零してしばらく立った後、再び布団に潜った。



フォルカさん…あの様子だとまた近い内に会いに来てくれるのかな…。

今度はジルベルトさん達とも以前のように話が出来たらいいなぁ

なんて穏やかで楽しかったいつかの光景を思い浮かべながら、私の意識は温かく心地のいい夢の中へと堕ちていった。























(………危機感のない馬鹿な女。……ま、身体を完全にモノにした後はせいぜい幸せな夢を見せてやるよ)






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