帰ってきた日常
ヘイゲル侯爵の屋敷で起こった事件なんとか乗り切ったものの後日談は中々スッキリしない内容となった。
まずアリスとノワール君の細工によって町ごとバートランド領へと飛ばされていた建物や町民は朝になる前にちゃんと元に戻してもらった。
メガイラにまた変な小細工をさせぬようにとアリスは再度町の形を利用して魔物の侵入などを阻害する防壁魔法を仕掛けていた。正直アリスに人を守る心があったことに驚愕しつつ感心した。
クロード様や騎士団の人々は傷の手当てをした後に焼け落ちた屋敷後からヘイゲル侯爵の家族や使用人は見つからず、また裏切った理由や足取りを掴む手がかりを探るが全て炎に飲み込まれ、消し炭だけが残っている。
カミルと共に行動していたが途中で例のヤベー化け物のいる魔女メガイラの箱庭送りで大変心配されていたニールとマクシム団長であったが……流石は鬼の強さを誇るマクシム団長難なくニールを抱えて自力で戻ってきた。
2人とも目立った外傷はなかったが、ニールは悪夢でも見ているように苦しげなまま眠りから覚めない。
そして連れ去られていた子供たちについては、カミル達が救出したリスカル君含む牢屋にいた者達は無事であったが、魔物へと変えられてしまったナタリアちゃん達はメガイラがいなくなった後にも姿が元に戻ることはなかった。
ニールの状態としては呪われているとのことで一度実家となる教会に送り返されることとなった。
ナタリアちゃん達魔物の姿へと変えられたと思しき人々は街や屋敷の地下通路から保護し、密かにクロード様の頼れる部下の元へと送られた。
なんでも騎士団員でありながら研究者として植物や鉱石、魔物と色々調べている危篤な領地持ちの貴族の跡取り息子が自ら保護することを申し出たらしい。
魔物に変えられた子供たちをそのまま王都へ持って帰ったら大変な騒ぎになるのは目に見えているから、クロード様から今回の件は公にしないようにと注意されたのだけれども……
遠目からでもわかる火災被害にあった神樹はどこから見ても痛々しく、リーゼンフェルトでも街を行き交う人々の空気がなんとなく不安げで淀んでいるように感じた。
ー巻きぞえアリスの異世界冒険記50-
「神父様…あのニールは目を覚ましましたか?」
リーゼンフェルトに戻った翌日、放課後に私は教会を訪れた。
教会の前で会ったヨルン神父にニールの容態を訊ねればヨルン神父は困ったように笑った。その表情だけであまり良い結果になっていないのだとわかってしまった。
「解呪は施しました…しかしあの子の受けた呪いは一度解呪したただけでは効果がないようなのです」
自室の白いベットの上で当初よりも顔色は良くなったニールが眠っていた。
ニールを慕っていた教会の子供たちも不安そうにベットの周りに集まっているのを少し離れた場所でヨルン神父と眺めながら私は目を伏せた。
「恐らく何重にも呪いが絡まり合っていて一つ一つ解いていくにはどれほど時間がかかることか、検討もつきませんね」
「神父様…ごめんなさい。ニールのこと巻き込んでなければこんなことには…」
活気のない教会の空気に耐えられず、口をついてそんな謝罪の言葉が出てしまう。
こんなこと言ってもどうにもならないのもわかっているし、案の定ヨルン神父は困ったように笑った。
「ふふっ…昨夜は騎士団長さん、今朝はカミル様にも同じように謝られてしまいました」
「…それじゃ私で3人目ですね」
「ええ、もうお腹いっぱいです…同行すると決めたのも、戦う決断をしたのもニール自身ですから、決して和さん達のせいではないのです。それに解呪にはとても時間がかかるかも知れませんが、解けない呪いではないのですから大丈夫ですよ」
「…はい」
一番辛いはずのヨルン神父がニールは必ず治ると信じて疑っていないのだ。私がウダウダ悩んでも仕方がないし、ニールの他にもナタリアちゃんの件も今の所すぐには解決しそうにない。
魔物化は呪いに間違いないが、リーゼンフェルトにいる神官では解けないような強力なもので、保護現場を見ていたノワール君も首を横に振るくらいだから現時点ではこの呪いを解く魔法は存在しないと言い切られてしまった。
唯一思いつく方法がメガイラ自身に魔法を解かせるか、彼女が死んだ時に解けるとか、消息が掴めない以上こちらもどうにもできそうもない。
そのことをヨルン神父に伝えても文句一つ零すこともなく、保護者であるロアお爺さんやラムダおじさんへの対応も任せてくださいと明らかに気を使わせてしまい申し訳ない気分だ。
幸いなことに魔物にならずに済んだリスカル君達は無事に親元に帰れたり、元々身寄りのない子なんかは教会が面倒を見ることとなった。
ありがとう、と言ってくれたリスカル君の笑顔が今の私には唯一の救いに思えた。
だから手を尽くそう、私なりに出来ることを探そうと決心した。
「…ジルベルトさんなら」
教会からの帰り道でふとこの状況を打開できる知り合いを頭の中で思い浮かべていた。
大魔法使いで異世界から人を呼び寄せられるんだから、解呪だってお手の物かもしれない。ジルベルトさんがだめでもフォルカさんだっているんだから、きっと何とかなるはずだ。
……でも今頼りに行っても良いのかな、と遠目からでもわかる少し頭の側面が焼け落ちて痛々しい神樹を見て悩む。
ノワール君もあの後早々に帰ってしまったから、皆の安否が気になって仕方ない。
でもフォルカさんにはしばらく帰ってこないように言われてるしなぁ…一人じゃ心細いし、ヤス先輩連れて近い内に一回帰ってみようかな。
一人では判断出来ずにヤス先輩に頼ろうと目論みながら学園に続く階段を駆け上がっていると、見慣れた制服姿にリボンで纏めた栗毛が馬の尻尾のように左右に揺れる後ろ姿が学園に向かっていた。
「おっ、テオーっ!!」
「?…ああ、ノドカやったかぁ。こんな時間まで何しとったんよ?」
「ニールのお見舞いにちょっと教会にね、テオこそどうしたのその大荷物は」
駆け寄って隣を歩くと相変わらずの感情の分かりにくい細目に胡散臭い笑みを浮かべるテオはめちゃめちゃ買い物した後みたいな大荷物を抱えていた。
「今日なぁ、オカンが急に王都に来たんやわぁ。事前連絡なしでなぁ」
「それはまた唐突だねぇ…」
「ほんでさっきまでめちゃめちゃ街中案内させられた上に土産や〜ってめっちゃ押し付けられたんよ…」
「あらまぁ…お土産は寮まで送ってくれたらよかったんじゃ?」
「普通そうやんな?家が辺境の田舎なせいか、毎回わざわざ手渡しにくるんよぉ。配達員雇わんのケチ臭いやろ〜」
身内の話なせいか、珍しく気恥ずかしそうにテオは笑う。何と言うか、クラスで勉強してる時よりも年相応に子供っぽい顔をするんだなぁとしみじみ思ってしまった。
「ほーん…あっでも本当は息子の顔が見たくてわざとやってるんじゃな〜い?」
この話題はいつも余裕そうなテオの珍しい照れ顔なんか見れるんじゃないかと、からかいも含めてそう訊いた。
しかし想像上の赤くなりながら照れるテオはどこにもなく、現実では何だかすごく面喰らったようにポカンと口を開けていた。う〜ん想定外!
「…はぁー…そうかも知れんなぁ」
「見た所半端ない量の土産だし、愛情ってやつじゃないの〜」
「…愛情な〜、それなら帰る時の負担も考えてほしかったわぁ」
あははと笑うテオを横目で見て、もしかしてあまり親と関係が良くないのかなんて邪推してしまったが、わざわざ授業終わりで疲れているのに王都の案内までしてるんだからテオは親思いな子である。
お貴族様だから色々と思う所もありそうだし、私には計り知れないタイプの悩みを抱えてるのかも、そんな友人に今の私が出来る事といえば大変な荷物持ちを手伝ってあげることくらいかとドヤ顔で大きく腕を広げて見せた。
「さぁ!」
「…何?何や??」
「負担を減らしてあげる!友達だからねっ!!」
ほらぁ!と再び詰め寄る私に理解してくれたように頷くテオに存分に頼り給えとまた両手を広げて荷物の受け渡しを待った。
しかしテオは戸惑っていたかと思えば急に吹き出して大袈裟に笑い出してしまった…失礼極まりない。遺憾だ。
「……ふふっ、やっぱ変わっとるなぁノドカは…ほんならこの一番上の箱をお願いしよか」
「任せろっって、ええっ!?これだけでいいの!?」
「か弱いレディにあんまし重い物持たせたらカッコ悪いやろー?それ、地元の特産品やから楽しませてくれたお礼にノドカにあげるわ」
「マジかぁ…ありがとぉ嬉しいよ〜」
「まぁ、年寄り好みの渋〜い茶なんやけどね」
天辺にあった箱を抱えて私はあまりの軽さにもう少し行けますけど!?と目線で訴えるものの、テオの紳士的振る舞いにもう感謝を示す以外に選択肢を見つけられなかった。
「茶葉かぁ〜いいじゃん!皆で楽しめるし、リラックス効果ありそう!」
「そやなぁ、安らぎ効果あるらしいからよく眠れるよぉなるはずやわ」
お茶だったらルーチェやヤス先輩も喜びそうだし、一緒に楽しく茶会が出来そうだと妄想だけでもウキウキ出来る。
再度テオにお礼を言ってその後は他愛のない話で学園まで一緒に戻って行った。
「ばいば〜いっ!」
男子寮へと帰るテオを見送った後に私もテオからもらった品を抱えて自分の部屋へと戻る。
ドアノブに手を掛けようとした所で部屋の中から何やら騒々しい声が響いて来るのに気が付いて手を止めた。
(なんだ…客か?)
今まで意識のなかったアリスが随分気怠げな声を上げた。
「おはよう…てもう夕方ですけどね」
(そーかよ…ふぁああ〜眠ぃ)
アクセサリーに憑く実態のない存在なのに疲れたりすんのかよとツッコミたい所だったが、思い返せば色々と後始末をした後に糸が切れたように身体が戻ったんだった。
アリスにとって都合のいいような呪いかと思っていたけど、カラータイマー付きの正義の味方みたいな制約があったりするのかもしれないな。
(で?オメーのルームメイトは誰と話してんだ?)
「誰か来てるの…?」
この部屋に直接来客なんてのは今までなかったし、誰なのかは私も大いに気になるので、そっとドアにピタリと耳を付けて室内の会話を聞き取ることに集中する。
「…どう…神様…の…に……お力…教……さい…」
「…せん…兄…」
「……」
断片的にしか話し声を聞き取れず、内容がまるでわからん!思ったよりも壁や扉が薄くないことには感心しつつも、気になって仕方ない。
…まぁ、私の部屋でもあるから遠慮なく入ってもいいんだろうが、ついつい鍵穴の隙間から中の様子を伺ってしまう。
しかし扉前に誰かが立ってるみたいで手前側のお部屋の様子しか伺えないが、恐らくキチッとした綺麗な後ろ姿からその人物はベロニカさんだと思われる。
まだ話し声や物音が聞こえてくる感じからして部屋の奥でルーチェと見知らぬ第三者がいるのかなと思い、再び扉に耳をくっつけようとすると部屋の奥から足音が迫ってくる気配を感じとったが、時すでに遅くガチャッとドアノブが捻られて迫ってきたドアが顔面に直撃した。
「あいったぁあっ!」
「!?何者だ!」
「この者はルーチェ様のご友人でございます。和様、大丈夫ですか?」
ぶつかった衝撃でひっくり返る私にベロニカさんが身体を起こすのを手伝ってくれて、さっとハンカチを顔に当ててくれる。なんて優しいんだ!
ドアをいきなり開けた人物は白い神父服を纏った聖職者っぽい装飾のついた眼鏡をかけた男でとても神経質そうな顔立ちで私に向けるなんだか疑心に満ちた眼差しが心地悪い。
(この服装…ほぉ〜女神の神官じゃねーか、懐かしいじゃねぇの)
「神官さん…?そう言えばどこかで…」
いつかだったか、街中散策であの馬鹿でかい図書館を同じような装いの人が行ったり来たりしてたような…それにヨルン神父が大聖堂があると言っていたし、テオも神官を目指してたっけ。
「……ルーチェ様、貴女はご自身が特別な存在であることをお忘れなく…では私はこれで失礼します。また改めて伺うとしましょう」
今日は特に聖職関連の人物と会うななんて思っていたら、眼鏡の神官さんはルーチェにうやうやしく一礼すると私には目もくれずにさっさと立ち去ってしまった。
(はははっ!偉っそうな態度も昔のまんまかよ。今も相変わらずだなァ…女神サマの下僕どもは)
「確かに、感じ悪かったなぁ」
アリスの知る時代にも同じような神官が存在したのか、めちゃくちゃ懐かしそうにしてて意外だったが、意見には同意しかない。
まぁ外で覗いていた私が不審者すぎて引いていたパターンも否めないけど、とにかく私のことを嫌っているような雰囲気を感じてしまってちょっと傷つく。
「和さん、申し訳ありません。お外にいらしたのにはわたくし気がついていたのですが…クリストハルト様は少々せっかちな性格だったのを忘れていましたわ」
申し訳なさそうにしゅんとして眉尻を落として謝るルーチェの声を聞き、いつまでも廊下に座り込んでいた私は慌てて立ち上がって部屋に入った。
「いやいや…てかむしろ盗み聞きとかしょーもないことして、ごめんなさい。自業自得だわな」
「そんな事ありませんよ。ここは貴女のお部屋でもあるのですから…聞かれたくないお話をするのであればわたくしが場所を改めるべきだったのですわ」
「…聞かれたくないのに聞くのはちょっとアレなんだけど、それって盲目になったのと関係ある話だったりする?」
我ながらデリカシーのない女だと思いながらも旧バートランド領の屋敷のことも気になっていたから、ついつい訊ねてしまった。
彼女は少し困ったように微笑んで、首をゆるく横に振った。
「この目とは全く関係がないわけではありませんが、今日は別の要件ですね。他言無用なのですけれど…魔物になってしまった人々の話は和様もご存じでしょう?」
「あぁ…うん。めちゃくちゃ目撃したわ。人に戻す手段を探してるとこって話までなら聞いてる」
「その件に教団のおじさま達も関わっているみたいなのですけれど、手を焼いているようなのです」
「へぇ…?騎士団の人に引き取られたって聞いたけど、その後も神官さん関わってるんだね」
手厚いなぁなんて感心していたが、ルーチェは何故か困ったように笑った。
頭にいっぱい?を浮かべてつっ立っている私にベロニカさんは上着を剥いでハンガーに掛け、座っているルーチェの向かいにある椅子へ誘導して座らせてくれる。ぼんやりしてる間にめちゃめちゃ介護されていると気がついた時には茶菓子といい香りのするお茶の入ったカップがことりとテーブルに置かれていた。
ジルベルトさん家にいた時もだけど、この世界の使用人さんは私をお嬢様のように手厚く扱ってくれてなんか、ものすごく気分がいい…。
「お兄様から伺ったお話では教団には治せないと判断したそうですから頼んだ覚えはないと仰ってらして…おじさま達、勝手に動いているみたいなのですわ」
すっかり疑問に思っていたのも忘れて優雅にお茶をしばいていた私にルーチェが困り顔の理由を明かしてくれた。
(頼んでもねーのにやんのがいかにも連中らしくていいねぇ。ますます懐かしいぜ)
「いわゆるありがた迷惑ってやつ?」
「そうですね。でもおじさま達には悪気は無いのです…ただ女神様の威光を取り戻したいのだと思いますわ」
「女神様の…いこー?」
「はい。女神様の伝説は絵本や様々な書物に記されておりますが、実際に人々が目に出来る女神様は人が想像して作り上げた女神像や絵などでしょう?」
「そう言えば図書館の本でもあったね」
思えばヨルン神父の教会のステンドグラスにも描かれていた。でも女神像も含めて全部何か顔が違っていたっけな。
「女神様は破壊神との戦いの後にお隠れになってから長い月日を経た今のリーゼンフェルトにはそのお姿を知る者は存在しませんし、かつては神託を下さった天使もいないのです…それでもこの国を揺るがすほどの出来事はほとんどなく、外敵の脅威など受けたことのない人々にとっては伝説上に語られる女神様を崇めるよりも自身の生活に興味があるのは自然でしょう」
「まぁ、神頼みって本当にどうにもならない時にするよねぇ…でもまぁ何事もなく平和なら別にいいんじゃないのって思っちゃう」
「うふふ、わたくしも平和な世で過ごせるのは幸せなことだと思います。ですが、おじさま達からすれば今の国民は信仰心のない者が多いと嘆いていらっしゃるんですのよ」
「……つまり信者が全然集まんなくて困ってるわけ?」
「そうですねぇ…教団の立場は年々弱くなっていってるみたいですから。教団の功績作りのために迷走しているのですよ」
「そっかぁ…大変だね」
何と言うか、元の世界もこの世界も宗教と言うのはよくわからんが結構な権力を持っているイメージだった。でも信者がいないと成り立たないんだなとかどうでもいい感想が頭に浮かぶ。
リーゼンフェルトの大聖堂は立派だったし、ヨルン神父の朝の礼拝とか結構賑わっていた印象だけど女神は信じても、熱心な教徒になろうと言う人がいないのかな。
しかしそれ故に神官さんがルーチェに協力を仰いでいた理由はわかった。気になるのはルーチェがその教団からすごく頼りにされている理由なんだけど、詮索し過ぎも良くないかなと不躾に訊ねるのは躊躇われた。
帰ってきたら真っ先にバートランド領のことを訊いてみよっかななんて思っていたのに、色々なことが起こり過ぎて優先事項が変わってしまった。
「…ふぅ」
落ち着くためにふと窓辺の植木鉢に目やるとようやく出てきた小さな芽が朝と変わらず夕陽の赤々した光に照らされて佇んでいた。
まだ葉っぱの形もわからないからどんな花が咲くんだろう…イリアンみたいに大きくなって動き出しちゃったりするのかな?
あんなに異形のモノ過ぎて腰を抜かしていた出会いが懐かしくなるくらいにはこの寮生活にも馴染んできたようだ。
でもあの神樹を確認した後では玄関前で迎えてくれるイリアンは大丈夫だろうか、リシェットさんはあの優しい微笑みを浮かべながら今日もジルベルトさんのお世話してるのかな、ジルベルトさんは…ジルベルトさんはいつも何やってんだろう…元気にしてるかな…。
(…辛気臭ぇ空気出してんじゃねー!気になんなら会いに行けばいいじゃねぇかよ!)
「……ちょっとくらい浸らせてよ!アリスのお馬鹿っ!」
未だにこのサトラレ状態には慣れないし、デリカシーのないアリスに先程までの物寂しい気持ちを苛つきに変えられて怒りしかない。
「あらあら…うふふっ、相変わらずお二人は仲がいいんですのね」
とかルーチェには微笑ましそうに笑われるし、無機物に怒ってる様子を見られていたのも恥ずかしくて堪んないよ。
どうにか話を変えてようと目を泳がせて話題を探していると帰り道でテオがくれたお土産に気づいてばっとその箱を手に取り、包装を解いた。
箱の中にはちょこんとクッキー缶のような丸いお茶缶が入っていて、それをベロニカさんに手渡した。
「これ、友達から貰ったお茶なんでどうぞ!地元の特産品なんだそうです。よかったらベロニカさんとルーチェもお茶の際に飲んでくださいな」
「まぁ!とっても良い香りがしますわ。では早速頂きましょう。ベロニカ、お願いしますね」
「直ぐに淹れましょう。和様、ありがとうございます」
深々と頭を下げるベロニカさんについつい自分も小さく頭を下げてしまう。てか自分も飲むし日頃から世話になってるお返しって訳でもないのだから感謝されることじゃないんだけど、喜んでもらえると私も嬉しなってきた。テオありがとー!
そうしてお茶を飲んで、夕飯も食べて、夜更かしすることもなく泥のように眠った。
さしていつもと変わらないけど、今日は疲れたのかとても眠かったなぁ…今までバタバタしていたせいで気も休まらなかったことを思うと、今日はなんだかすごく気持ちよく眠れそうだ。
明日は…ジルベルトさんに会いに行こう。
イリアンにも芽が出たよって伝えたいし、安否を確認して色々相談するんだ。
そうしたらきっと、ニールも元気になるし、魔物になってしまった子達だって元に戻るはず…。
大丈夫…大丈夫…死にかけた時も、脱獄した時も、いつも何とかなったんだから…問題なんてないよね。
心地よい眠気に身をませていると、夢でも見ているかのように都合のいい明るい未来が脳裏を過ぎる。
そうして徐々に暗くなる意識の中で誰かが笑う声を聞いたような気がした。
何かを考える間も無く、私は意識を手放した。