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巻きぞえアリスの異世界冒険記。  作者: 冬野夏野
始まりの章
49/53

溺れる信奉者の外道魔術



「ヘイゲルに魔女殿、随分好き勝手してくれたね。この借りはしっかりと返させてもらうよ」


体勢を立て直した魔女へと剣を構えたクロード兄様に向かってヘイゲルが魔法陣を展開し、再び大量の黒い魔物が襲いかかってくる。

兄様は取り乱すこともなく真っ直ぐに魔女を見据えたまま、魔女へと向かって行く。

近くまで迫った黒い魔物が大きく腕を振りかぶった刹那、


「クロード様には指一本触れさせませんよ!」


「カミル様もご無事で何よりです」


いつの間にか背後から騎士団の白銀に輝く鎧に身を包んだロッシュとヴェルナーが黒い魔物の攻撃を阻んだ。


「お前ら…無事だったんだな…よかった」


「ええ、クロード様のおかげで命拾いしましたよ」


俺を振り返り手早く一礼するヴェルナーにもロッシュにも目立った外傷はないようで少し安心した。






「…まさかあの爆発で仕留め損なうとは思いませんでしたよ」


「俺を殺す気なら国を沈めるくらいの天変地異でも起こして見せなよ。ヘイゲル、君の話はしっかりと仕置きをした後にでも聞かせてもらおうか」


「……」


「その必要はないわ。あなた達はここでサナトス様の贄となるのよっ!」


苦々しく表情を歪めるヘイゲルを庇うように立ちはだかり、怒りの形相の魔女がステッキをクルクルと回して描かれた歪な魔法陣からは、兄様とその背後にいる俺達諸共葬るには充分な威力を持つであろう禍々しい黒い稲妻が放たれる。

瞬間、クロード兄様も素早く剣先で魔法陣を描き光の波動を放ち、魔女の攻撃を相殺していく。

激しく舞う砂煙に乗じて飛びかかった兄様の斬撃に一瞬反応が遅れた魔女は慌ててステッキを操り防ぐが、新たに放たれる激しい連撃は防ぎきれずに切り傷を負い、悔しげに表情を歪めて上空へと退避した。






「そんな高く飛び上がっても逃がしはしない!」


「!くっ!!」


再び剣を構え、自身に風の加護を授けたクロード兄様は強く地を蹴ると軽々と夜空へ飛び上がり、勢いのまま魔女へと剣を突き出した。

その攻撃は見事ステッキを操っていた魔女の右手のひらを貫き、彼女は鮮血を流しながら陣を敷くヘイゲルの元まで後退った。


 

「メガイラ様!直ぐに治癒魔術を…」


「気にしなくていいわ…帰って好都合よ。ヘイゲル、貴方に私の血を、力を分けてあげる…貴方があの男を殺しなさい!」


「!!…承りました。必ずや成し遂げて見せましょう」


「…?何を」


兄様が問い掛ける間もなく、手のひらに掬った魔女メガイラの血を一気に飲み込んだヘイゲルが突然叫声を上げた。







「おおおおオォオォ…ゥウオオオッ!!!!」


身体が衣服を突き破り、はち切れた金のアクセサリーを派手に撒き散らしながら、大きく膨張したヘイゲルは獣のように太く硬い毛に覆われた前足で地を踏みつけると地面が大きく揺れた。

巨大な犬に翼を生やしたような魔獣と化したヘイゲルはその大きく禍々しい目玉がギョロリと俺達を睨み付ける。




「なぁ!に、人間が魔物になった!?何が起こってるんです!?!?」


「落ち着けロッシュ!」


混乱するロッシュをヴェルナーが諫めるが、彼自身も動揺しているのが見て取れる。

当然だろう。

人が魔獣に堕ちる場面など想像もしなかったし、王国にはそんな魔法もなければ、目撃したのだって初めてのことだ。







ー巻きぞえアリスの異世界冒険記49ー









「…なるほどそれが君が魔女たる所以か」


「すごいでしょう?私の得意分野がコーレッ♪気に入った者には力を与えてあげて可愛がる主義なのよ」


先ほどまでの焦りはどこへ消えたのか、心底楽しげに笑い声をあげる彼女はおもむろに俺を見るとすっと目を細めて口元を歪めた。


「私の可愛いペット、色んな所に置いているから会ったことあるんじゃないかしら?ねぇ、ボ・ウ・ヤ♡」


「は…?…まさか…」


最初はあの迷宮で会った液状の化け物かと思ったが、その前にも旧バートランド領で謎の大蜘蛛に襲われたな…恐らくそのことを言っているのだろう。

あの時対峙したあの大蜘蛛も今目の前にいるヘイゲルと同じ状態だったとすれば、俺は元は人間だったはずのものに攻撃していたのか…?


「あの子はねぇ〜小さな子達が沢山合わさってあの大きさになるのよねぇ。あの子の生体反応が感じられないのはボウヤが殺しちゃったからかしら?うふふっ結構酷なことするのねぇ♪」


「……」


あの屋敷では和が連れ去られて以降はあの大蜘蛛とは会わなかった。俺達が手を下したわけではないが、彼女の語り口からあの大蜘蛛は命を落としたのだろう。

傷つけたことが事実である以上魔女のその問い掛けは非常に不快で気分が悪い。

人を傷つけたことに対する後悔はあれど血を与えることで人間を魔獣へと変えて使役するような悪趣味な魔女に対する怒りの感情が勝り、俺は魔女を睨みつけた。

そんな俺を楽しげに見下ろすメガイラを守るように魔獣と化したヘイゲルが立ち塞がる。


「ヘイゲル…」


彼はこんな人間を物のように扱う魔女のどこに惹かれたのか、何故こんな姿になってまで尽くすのか俺には理解できない。


「カミル様ぁっ!下がってください!」


動揺していたもののすぐさまロッシュが俺を守るように立ち、ヴェルナーは離れた場所にいるクロード兄様の元へ移動する。

しかしその様子を動かずに俺へと視線を向けていたヘイゲルがたった一瞬ヴェルナーに視線を向けた次の瞬間、ヴェルナーの身体は宙を舞っていた。


「ぐがぁっ!!」


「!ヴェルナー!ぐっ!」


まるで小さな石ころを蹴飛ばしたようだった。

反応も出来ずにヘイゲルの前足に弾かれたヴェルナーの身体を慌てて兄様が受け止めに入ったが、支えきれずに共に燃え盛る屋敷の中に吹っ飛ばされてしまった。




「ヴェ、ヴェルナァー!クロード様!!」


「ロッシュ!馬鹿っ!!」


ロッシュが2人に気を取られて一瞬視線を外した隙に叩き潰すようにヘイゲルが大きな前足を振り下ろす。

慌ててドーム状に防御魔法を展開したものの、一瞬でヒビが入り、咄嗟に動揺するロッシュを引き寄せ下がった瞬間にはシールドは砕け散り、振り下ろされたヘイゲルの前足は地面にめり込んだ。

…直撃していたら今頃俺もロッシュもぺちゃんこだったな、まったく笑えない。


「カミル様…すいません、俺」


「…今度は守ってくれ」


「は、ハイっ!」


兄様達の安否が気になるのは俺もロッシュも同じだろう、しかし目の前で嘲るようにそびえ立ちプレッシャーを放つヘイゲルを前に今は他のことを考える余裕もなさそうだ。

兄様が簡単にやられる訳もないし、約束をした手前簡単に魔女とヘイゲルに屈するわけにはいかない。


今この場には俺とロッシュのみ、相手は強大な魔獣と化したヘイゲルとその背後には魔女メガイラがいる。

圧倒的に不利なこの状況をどうやって切り抜ける?果たして切り抜けられるのか?


「大丈夫ですカミル様!きっともうすぐ騎士団の援軍が到着しますから!それまでは僕が必ず王子をお守りしますからっ!」


俺の前に立って剣と大盾を構えるロッシュは陽気に笑っていたが、わずかに表情が固い。自分だって不安なくせに、俺を元気付けるために無理をしているのか。

そう声を掛けてくれるのには俺の立場もあるだろうが、純粋に命を張って守ると震えながらも強い意志を見せるロッシュに先ほどまで焦りで曇っていた頭が不思議と晴れていくようだった。


「頼りにしているロッシュ…俺は兄様には劣るが魔法はわりと得意だと自負してる」


ポンとロッシュの肩を叩き、俺は剣を構えた。


「俺とお前でこの場を乗り切るぞ!」


「はいっ!カミル様っ!」


一緒に闘おうと言った俺の意志が伝わったのか、酷く感激したようにロッシュはちょっと感涙している。この状況で泣くな!


「蟻さん2匹でどこまで耐えられるかしらねぇ…ヘイゲル!存分に遊んであげるといいわぁ♡」


「グォオオオンッ!!」


「来るぞ!」


耳をつん裂くような咆哮をあげたヘイゲルの真っ赤な目が俺達を捉えて、思い切り振り上げた逞しい獣の腕が真横から鋭く黒い爪が空を切りさき凄まじい速度で迫ってくる。

こんなの盾を構えていたって喰らえば死ぬ威力だと見てとれるが、早すぎて避けようも無い。




「あの腕浮かすから頑張って避けろよ!風よ我が思い描くままに吹き荒べ、ウィンドフロー!!」


構えた剣の先で素早く描いた魔法陣から緩やかに吹いた風がヘ迫り来るイゲルの腕を包み込み、わずかながら軌道を上方へと逸らしていく。

しゃがみ込んで避けると同時に咄嗟の判断でか、はたまた運良くか、ロッシュが頭の上に構えていた剣が頭上を通り抜けたヘイゲルの腕に傷を付けた。

見るからに厚い皮膚に剛毛も相まって大した傷では無いようだが、わずかに血が舞った。


今のヘイゲルは四足歩行で動く魔獣だ。

倒すのは難しいが、少しの間動けなくすることならば可能かもしれない…それが出来れば援軍も待つ余裕も出来るし、兄様を助けに行く時間も稼げる。

メガイラもヘイゲル一人にこの場を任せるつもりなのか、余裕ぶって動く気のない今がチャンスだろう。


「ロッシュ、少しでいいからヘイゲルを引き付けてくれ」


「え゛っっ!??わ、わわわわかりましたっ!!」


「援護はする。霧が晴れるまでは耐えてくれ!魔を払え、プリズムミスト!」


基本的に魔物が嫌悪する認識阻害を引き起こす光魔法である光の霧が辺り一帯に広がる。

魔物除けとして使われることが多く、人間相手にはあまり効果はないが、魔獣化したヘイゲルにならば十二分に目眩しの効果が出るはずだ。

顔をしかめてキョロキョロと目を凝らすヘイゲルの前足に霧の中からロッシュが剣を突き立てた。


「!!グォオオッ!」


「ぅひぃっ!!」


傷を付けられたことに激昂して少し離れた所で逃げ回るロッシュを何度も叩き潰そうとヘイゲルが腕を振り上げては勢いよく叩き付けていた。





「その調子で頼むぞ…ロッシュ。さてーー」


足元にまず右手で水色の魔法陣を展開してその上に左手で青色の魔法陣を重ねて展開する。

頭の中で描く魔法陣を水色と青の光が指先を伝ってゆっくりと形にして行く。


「うっ…」


ずっしりとのしかかるような疲労と魔力が無くなって行く感覚に目眩がする。


通常ならば複数の魔法陣を同時に展開する場面は中々訪れない。

魔力の消費量が激しく、多数の魔法陣を同時に維持する集中力と技術力が必要であるからだ。


以前、和の知り合いが盗賊を撃退したあの凄まじい魔法は恐らく多数の魔法陣を掛け合わせて作り上げたいわゆる大魔法陣というものだ。

恐らく禁書となるような危険な魔導書に記される術者自身も危険に晒すような魔法の類で、世間的には物語上で語られる幻のような存在だった。


それほどまでの強大な魔法陣を展開することは俺には出来ないが2つの魔法陣ならと思い立った。が、実際に試してわかった。

水と氷の魔法を同時に唱える初めての二重魔法陣を創造するだけでも今残っている魔力全てを使い果たしそうなほど消耗が激しい。

絶対に失敗は出来ない…ヘイゲルを必死に引き付けているロッシュの頑張りに応えるためにも魔法陣を完成させる!


荒い呼吸を整え、目を閉じて複雑な形の魔法陣を目蓋の裏で描く。

あらゆる方面に枝分かれした光の線がやがて一つに収束し、2つの魔法陣が出来上がった。


目を開けて足元を見ると思い描いていた魔法陣がそこにあった。


「出来た…」


いつの間にか光の霧は薄れて感覚を取り戻したヘイゲルが逃げ回っていたロッシュからキッと地に膝をつく俺を睨み付けた。



「カミルさっま゛あっ!?」


俺に向き直ったヘイゲルに焦って立ち止まったロッシュを背にしていたヘイゲルが器用に尻尾を使って吹っ飛ばした。

ヴェルナーが喰らった攻撃よりも威力は無いだろうが、ロッシュは地面の上を何度か転がっていった。

ゆっくりと俺に近づき、大きな体を揺らして迫るヘイゲルを見てここで決めなければ俺もロッシュもここで死ぬだろうと確信する。


「…ヘイゲル、そんな姿になってまでお前が何故裏切ったのか、俺にはわからない」


「ヴヴヴ…」


「…だが…そんなおぞましい力に頼るしかないお前なんかにはこの町の民を任せてはおけないな!」


「ガルル!オオオンッッ!!」


民を引き合いに出したことに怒ったのか、それとも自身を蔑まれたことに激怒したのか、俺には判断はつかないがヘイゲルはけたたましい怒声を響かせながら怒りに任せてまた大きく前足を振り上げた。


後は寸前の所で俺が避ければと頭の中で出来上がった作戦を実行に移そうと身体を起こすが、全く思うように動けない。

マズいと閉じそうになる視界の中でヘイゲルが振り下ろす大きな前足と遠くから迫る光を見て、俺はフッと笑みを零していた。



「カミルっ!」


バッと力強く崩れ落ちそうになる俺の身体を抱きとめて、そ勢いのまま紙一重でヘイゲルの攻撃を避けた少し煤まみれのクロード兄様が先ほど庇ってくれた時とは逆に酷く焦っていた。

対照的に俺は不思議とこうなることがわかっていたように冷静でいられた。


「貫け…」


兄様の背中越しに手をかざし、ヘイゲルが魔法陣に前足をついたと同時に魔法を発動する。水色の魔法陣から複数の細く鋭利な水の槍がヘイゲルの腕を貫いた。


「ーー水の槍よ、凍てつく楔となって繋ぎ止めろ!」


かざしていた手を握り込むのに青い魔法陣が呼応して魔法陣に浮かぶ水面からヘイゲルを貫き、楔形に変形した水の槍の先まで凍結させた。



「グガァッ!グルルァオオオッー!!」


痛みに悲鳴を上げて凍りついた右足を振り解こうとヘイゲルが何度も大きく身を振る様子が伺える。






「二重魔法陣を仕掛けるなんて、カミル…お前、なんて無茶をするんだ!魔力切れを起こしているじゃないか…」


「はは…諦めるなって兄さんが言ったから、俺頑張ってみたんだ…」


「……うん、そっか。よく頑張ったね、カミル。後は任せて」


魔力切れで力なく項垂れる事しかできない俺をゆっくりと地面に下ろすと、クロード兄様は優しい笑みを浮かべた。

向けられた背中の頼もしさに安堵のあまり意識を手放しそうになるのを堪える。


「カミル様ぁあ、ご無事で何よりです〜…超痛かったですけど、助かりましたよぉ。ヴェルナーも生きてましたぁ〜重症ですけど…」


ひょこっと視界に気絶してぐったりとしたヴェルナーを肩で支え、泣きじゃくりながらも元気そうなロッシュが近づいて来た。




「ロッシュ…よかった。俺を信じてくれてありがとうな」


「か、カミル様〜〜っっ!!」


「うわっ!何だよ、引っ付くなよ暑苦しい…うっ、死ぬ…」


「あーーすみません!!この魔力水飲んでください!」


「ぅむぐっっ!!」


いちいち動きの激しいロッシュに危うく殺されかけながらも魔力水の入った小瓶を口に突っ込まれて徐々に魔力が戻り、何だかんだ助けられた。


俺達がそんなやり取りをしてる間にクロード兄様はゆっくりとした足取りで、呪文を唱える。すると暴れていたヘイゲルの足元に現れた白い魔法陣から伸びた光の鎖が大きなヘイゲルの図体を拘束してさらに動きを封じた。




「ヘイゲルには後でお仕置きするとして、君を逃すわけにはいかないのでね。魔女殿」


クロード兄様は唸り睨み付けれヘイゲルには目もくれずに構えた剣先をただ一点、メガイラへと向けて駆け出した。

ヘイゲルの闘いを眺めていた魔女はただ項垂れたように動かずに立ち尽くしている。


まさか諦めたのか?あの性悪の魔女がああも簡単に諦めることがあるのか?


遠い上に暗くてよく見えないが、真っ直ぐ向かって行く兄様の剣先が迫る中でわずかにメガイラの口元が笑みを湛えたように見えた。


次の瞬間には彼女を支点に真っ黒な闇を彷彿させる魔法陣が広がり、クロード兄様の剣先と接触すると激しい火花を散らしてそのまま兄様を押し返した。







「まさかここまで苦戦させられるとは思わなかったわぁ」


暗闇にわずかに淡く光を放ち見慣れない模様を描く魔法陣の中でメガイラは不敵な笑みを浮かべながらゆっくりと右手を宙に浮かせた。

それに呼応するように背後から夜の闇の中でも不思議と視認できるほどの黒紫の光が立ちのぼる。





「ガヴ!オオンッ!」


何が起きているかわからずにいると拘束されているヘイゲル仕切りに酷く焦ったように鳴き出した。


「何だ?ヘイゲルの様子が…」


先ほどまで魔女に従順だった男が何を焦っているんだ?


嫌な予感がしてもう一度背後の謎の光を見るがその発生源が小高い丘の上からも見下ろせる小さな町並みであり、昼間見たあの活気あるヘイゲルの民達が過ごす街を丸く覆いながら浮き上がる光が魔法陣を描いていることに気がついた。






「大丈夫よ、ヘイゲル。町民の魂はサナトス様の新世界へ連れて行ってあげるわ…こうなった以上、今の肉体は諦めてもらうほかないけれどね」


と少しバツの悪そうに笑うと彼女は闇をたたえた両手を夜空にかざした。





「まさか…!やめーー」


メガイラと目が合った瞬間、心底意地の悪い笑みを浮かべる魔女に背筋が凍った。

瞬時に人間嫌いで魔物好きの魔女が何をしでかそうとしているのかを理解し、考えるよりも先に身体が動き出し魔術の発動を止めようと手を伸ばした。

しかし彼女が左手に抱えていた破壊神の像の真紅の瞳が一瞬輝くと同時に巻き起こった眩い闇の波動に気圧された俺はただ必死に目を開けて状況を見守ることしかできない。


「くっ…」


俺はまた…このまま何も守れないまま終わるのか?


町の住民は魂を抜かれ、強大な闇の魔力を集めた魔女を相手に心がまた折れーー


…………


…………………


……………………………?


メガイラが宙に右手をかざしたままで時間が経過するが、今の所何も起こらない。

不審に思っているのは当の本人も一緒のようで訝しげに顔をしかめているだけだ。






「はっ!テメーの思惑なんざまるっとお見通しなんだよ。ばぁあーーーかっ!」


困惑した空気を裂いたとても上機嫌な声が上空から降って来る。

見上げれば月を背に夜空を羽ばたく謎の影が旋回している。徐々に高度を下げていたその謎の物体は二つに分かれて翼を持つ影とは別によく見慣れた人影が地に降り立った。





「よぉ、随分盛り上がってるじゃねーかよ。俺様も混ぜてくれよ」


(カミル〜!クロード様!それに護衛の人!無事でよかったよ〜!!)


「あなた…一体何をしでかしてくれたのかしら?」



長い黒髪を風に揺らして勇ましく腕を組んでいる彼女はメガイラを見ては意地の悪い笑みを零して煽っている。



「何だぁ?随分前から仕掛けて置いた切り札の魔法陣が発動しなくて機嫌が悪いのか〜〜?」


(私の顔でめっっちゃ煽るのやめてよ!!)


「魔法陣が…発動してない?」


確かに今さっきまでは大掛かりな魔法陣が展開されていたはずだったのは恐ろしいほど感じた…しかし何も起こらず、この平和すぎるほどの静けさの原因をニタニタと意地の悪く笑う彼女は知っているようだった。



「どう言うことだ?の…アリス」


「まぁそう急くなよ〜馬鹿王子。ちょっとは自分の目で確かめてみろよ」


憑依した目つきの悪いアリスの瞳が示す方へと目を向ける。先ほど怪しく光を放っていた町の方角だ。


もう怪しげな光も放っていないが、何だかさっきと様子が違う。


民家が…建物が一つも見当たらない?



「町が消えただと…?」


隣で兄様の困惑するそんな声がした。


「…なるほど…私の魔法が発動する前に町を消して妨害したって訳かしら?」


「俺様的にはそれでも構わなかったが…今日の俺は慈悲深いぜ?町民は1人も死んじゃいねんだからな」


(それは本当に助かる)


「どういことだ、アリス!?」


「うるせーなっ馬鹿王子!テメーあの町の構造に違和感覚えなかったのかよ?」


町の構造だと…?

あの町は確か家々が川に丸く囲まれ、道も細かく舗装されて中心にあの教会が……そう言えば川は外から内へ三層に分かれて流れていたな。

先ほどの町を覆う光も三層の円陣が重なる形だった。そう言えばヘイゲルは10年前から町の発展に力を注いでいたって話だったか…。





「まさか…あの川や通路の全てが魔法陣を形成していたのか?」



「そう、10年前からあの町にはこの女の大掛かりな魔法陣が仕掛けられてたって話だぜ。まぁこの俺様がぶっ壊してやったがなぁっ!あっはははははっ!!」


「そんなこと、一体どうやって?」


「簡単なことさ。元の魔法陣にちょっと手を加えて、先に魔法を唱えてやっただけだぜ。まっ、空間転移魔法で町丸ごと移しちまったから元々仕掛けられてた魔法陣は崩れて機能しなくなったってわけだ」


町が消失したように見えたのはその転移魔法で町丸ごと移動したからだとアリスは分厚い複雑な魔法陣の描かれた本をめくりながら得意げな顔で魔女に笑みを投げかける。


転移魔法と言えば、東の雪山に住む大魔法使いの赤毛の…和の知り合いが使っていた魔法だ。

技術もさることながら、どれほどの魔力を持ってすれば町一つ移動させることができるのかなど想像もつかない。

魔女の企みを看破ると同時に大胆に彼女の計画を打ち破ることができたアリスには助けられたが、同時に危険な存在だと改めて思い知らされる。


「屈辱的だわ…今すぐにでも八つ裂きにしてあげたい気分だけど…無駄に熱くなってあの方の計画を台無しにするわけにはいかないわ」


「あ?逃げる気かよ?これからだろ〜?つまんねーこと言うなって」


「元々死力を尽くして闘うタイプじゃないのよ〜…それにどうせこの世界は滅びるもの。すでに運命は決まっているのよ」


悔しげに唇を噛み締めていたメガイラはスッと冷めた表情で淡々とそう告げた。

そんな彼女の言葉を肯定するかのように遠く離れたギルダの森の聳え立つ神樹が赤く光を放ち燃え盛る光景が目に映る。



「…こっちの計画が失敗したのは癪だけど、姉さん達は調子が良いみたいだからもういいわ。精々滅びるまで偽りの安寧を貪っているのね」


負け惜しみにしては自信満々にそう言い放った魔女は手に持っていたステッキを掲げた。

すると彼女の真下、鎖に囚われたヘイゲルの足元に魔法陣が広がったかと思えば、瞬きする間に黒い闇に覆われて奴らは姿を消した。


「ケッ…逃げ足の速い連中だことで、つまんねぇ〜」


(うゔゔ…何とかなってよかったぁ…)


ようやく危機が去り、ホッと力が抜けて崩れ落ちる俺やロッシュを他所にアリスは退屈そうに悪態をついていた。

そんな様子を見ては動揺ばかりして気丈に振る舞えない自身の不甲斐なさを思えば、得体の知れない相手ながら自信しかないその精神力は羨ましく感じる。


ヘイゲルは何故魔物へと変貌してまで奴らに従うのか、メガイラという魔女と彼女の崇める破壊神、謎の禍々しい魔術といい疑問ばかりが頭を巡るものの考える気力もないほどの脱力感に瞼が落ち、俺はそのまま意識を手放した。



めっっっちゃ久々更新。

お待たせして申し訳ない。

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