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巻きぞえアリスの異世界冒険記。  作者: 冬野夏野
始まりの章
48/53

箱入り王子の小さな箱庭


襲いくる黒い魔物の攻撃は重く、斬りつけた際には全く手応えを感じない。

俺が違和感を覚えている間にもマクシムの凄まじい横薙ぎの一閃で迫っていた全ての黒い魔物を真っ二つに切り裂いた。


「や、やべー…ゴリラ団長さすがだぜ」


未知数の敵と出会っても圧倒的な強さを誇るマクシムは絶対やられないだろうと安心感を抱く一方、圧倒的強さにはニールと同じくちょっと引いた。

マクシムに倒された魔物は水のように溶けてヘイゲルの足元に展開されている黒い魔法陣に吸い込まれていく。




「いくら足掻いても無駄ですよ。この魔法陣がある限り、影からは逃れることはできないのですから」


笑みを浮かべるヘイゲルの足元から再び現れる黒い魔物。

ヘイゲルの発言、見た目と手応えのない感触からしか判断できないが、どうもその辺りに生息する普通の魔物と言うよりも土から人形を作り出すような魔法の類のようだ。

何を媒体にしているかまでは判断つかないが、マクシムがいくら奮闘しても沸き続け疲弊した様子のないヘイゲルにはいつまでも魔法陣を維持できるような余裕が垣間見えた。








ー巻きぞえアリスの異世界冒険記48ー








あれだけ広範囲の魔法陣を維持するには大量の魔力を必要とするはず、俺の魔力量でも厳しいどころかこれだけ長時間展開し続けるのは不可能だ。

到底城で見るごますり男のヘイゲルにそんな莫大な魔力があるとは思えない。

…どう見てもあの像が原因だろう。


破壊神サナトスだとかレブルの民だとか闇の魔力だとか、何かと不吉なことを口走っていたヘイゲルが持つあの禍々しい像がどう見ても怪しい。

魔法陣を維持する魔力源はあの像に違いない。


「マクシム!ヘイゲルが持つあの像をどうにか破壊出来ないか?」


「…あれですか。お任せを」


俺とニールを守るように立っていたマクシムは頷くと迫った魔物を串刺しにしたまま乱暴に振り回して他の魔物を強引に薙ぎ倒し、そのまま一気にヘイゲルに迫り掲げていた像を突き上げた。

強烈な一撃にヘイゲルは驚いていたようだが、像が壊れる気配はなくゆっくりと宙を舞った。





「よっしゃぁ!俺に任せな!」


スローモーションに地面に落ちる像が地に着く前に素早く動き出して滑り込んだニールが曲芸師のような身のこなしで像を掻っ攫っていった。

直ぐにニールは像をガンガンと地面に打ち付けるが壊れる様子はない。だがヘイゲルの足元にあった魔法陣はフッと消え去り、無力化には成功したようだ。


「何と手癖の悪い…いくら足掻いた所で全てが徒労に終わるのが理解できないかね?それに…君では闇の魔力は扱えない」


「はぁ?何いっ…何だこれ!?うわぁあっ!!」


「ニール!」


像を持っていた手から禍々しい闇に覆われるように身を包んだ黒い霧に悲鳴を上げるニールは像を手放して苦しげに地面に転がりのたうち回った。

慌てて駆け寄り、まるで毒を盛られたように酷く悶え苦しむニールを抱え、慌てて治癒魔法を唱える。



「闇の魔力は信心深いレブルの民にしか扱えないのですよ。手癖の悪い悪童には魔の瘴気に犯されるぐらいがいい罰になりましょう」


ヘイゲルはそう嘲笑いながらちょうど足元に転がってきた像を拾い上げる。

その隙を狙って迷わずにヘイゲルへと槍の穂先を突き出したマクシムの一撃は彼の喉元へ到達する前に、闇の中から現れた何者かに弾かれ軌道を逸らされた切っ先は火花を散らしながら勢いよく深々と地面に突き刺さった。







「!」


「こんばんは〜♡」


槍を弾いた原因であるらしい宙に浮かんだステッキが独りでにクルクルと振り回されたと思えば、ボワンと発生した煙の中から長い青紫色の髪を編んだ女が不敵な笑みを浮かべながら姿を現した。

初めて見る顔に何者かと一瞬思案するが、魔法を駆使して宙に浮く女の嫌悪感をもたらすような邪悪な微笑みにゾッと鳥肌が立つ。


「おぉ、メガイラ様!」


一見優しげな笑みを浮かべてるにも関わらず、敵意を裏付けるには充分な射殺すような冷たい視線。

陶酔しきった恍惚の眼差しでその女を崇めるヘイゲル。





「可愛い王子様とそのお仲間さん♪私好みでとっても残念なことなのだけど…私達の未来のためにあなた達にはここで死んでもらうわぁ」


甘やかな声音から発せられた言葉が耳に届いた次の瞬間には息を詰まらせるどす黒い殺気に一瞬眩暈が

した。

この感覚には覚えがある…和を捜していた時に迷い込んだあの迷宮でも身を刺してきた殺気だ。

高い位置から蔑むように見下ろして来るこの女が魔女なのだと、豹変したヘイゲルなんかよりもずっと邪悪で危険な存在だとはっきり理解した。


倒れ込んだままのニールを抱え込み魔女から視線を外せずに動けない俺の前に即座にマクシムが守るように立ち、魔女へと槍の穂先を向けた。


「あらあら恐い番犬さんだこと、そんなに睨まないでほしいわぁ〜思わずなぶり殺してあげたくなるじゃないの♡」


「…性悪め」


地面を力強く蹴って飛び上がったマクシムの鋭い攻撃は避ける素振りも見せずに不敵に笑う魔女には届かず、手前に張られた透明な障壁に阻まれ激しく火花を散らした。

再び地上へと降り立ったマクシムは焦る様子も見せることなく、間髪入れずに攻勢に徹する。

見えない障壁の一点に何度も放たれる激しい槍の連打についに空間にヒビが入る。その隙間を縫って自身の顔面目掛けて伸びた穂先をすんでの所で避けた魔女は不服そうな顔でゆっくりとヘイゲルの前まで後退する。


「私の魔防壁を簡単に破壊しちゃうなんてとんでもない馬鹿力だわ。さすが姉さんが気にいるだけあるわね、貴方」


「…あの時の魔女と繋がりがあるのならば尚更貴様は捨て置けない。覚悟しろ」


背中しか伺えない俺にさえ魔女に対してマクシムの態度に変化が生じたことは容易に感じ取れた。

いつも仏頂面で冷静沈着なマクシムが感情的になる場面などほとんど覚えがない。

でも"魔女"には俺も覚えがあるような…





「……」


「…うぅ…いっ…てぇ」


「!ニール!しっかりしろ!」


何かを思い出しそうでぼんやりしている間にも治癒魔法の効果が出ないニールはずっと息苦しそうにして次第に弱って行く。

慌てて思考を巡らせ、俺は覚えてる限りの解毒魔法を唱えた。


「…何で」


魔力量を気にする間もないくらいに魔法の効果は現れず、回復するどころか益々元気が無くなり弱っているのが見えに見えてわかる。

俺が覚えてる限りの魔法では、どうにも出来ないのか?

マクシムが守ってくれているのに、

ニールがこんなに苦しんでいるのに、

…また俺は何も出来ないまま大切な人をーー


不意に一瞬脳裏に今と状況が重なるような覚えのない悲惨な光景が過ぎった。





「ま、まだだ…解呪魔法がある」


見に覚えのない光景に何故だか酷く胸を締め付けられたように苦しくなって一瞬諦めかけそうになる自身を奮い立たせ、俺は唱えられる限りの魔法を試した。

けれどいつまで経ってもニールは悪戯を思いついたように悪どく笑う様子は見せてくれない。

それどころかいつの間にか呻き声さえ上げなくなってわずかに呼吸をしてる様子が窺えるだけで、自分の無力さを感じずにはいられない。


「たのむ…」


祈るように最後の解呪魔法を唱えた。













ーー王族として恥ずかしくないように学園での成績はなるべく上位5位以内に入れるように頑張った。

魔法だって魔術書を読み漁って結構沢山覚えたんだ。

騎士科でも学園の誰にも負けないように毎日鍛錬して来た。

成績も魔法も剣術でさえクロード兄さんの足元にも及ばなかったけど、それでも俺なりに頑張ってたんだ。


ちゃんと頑張ってたって、

無理しなくたっていいって、

そのままの俺を認めてくれる人がいた。


兄様みたいになれなくとも、大事な人達を守れる力があればいいと今の俺でも助けてやれると思ってた。




………飛んだ思い上がりだ。



最後の解呪魔法が力なく浅い呼吸を繰り返すニールに変化をもたらすことはなかった。


自分が目の前で苦しむ友一人救えないほどに無力な存在だったとようやく気づいた。



「…」


もう打つ手がない。

俺の腕の中でゆっくりゆっくりと大人しく冷たくなって行くニールをただ見ていることしかできない。

力がなく救える距離にいても何も出来ない、そんな絶望の淵に立たされた時、先ほど脳裏を過った光景が鮮明になって来るような気がした。



「無知で無力でなんてか愚かな王子様だこと♪笑っちゃうくらいに周りも見えないのねぇ」


「…え」


「!!?カミル様っ!」


ニールに夢中で意識が散漫になっていた俺がハッと顔を上げた時には戦況は随分変わっていたようだった。

マクシムが魔女の相手をしながら像を持ったヘイゲルを俺達に接近しないように牽制していたようだが、魔女の背後で何かが描かれた羊皮紙を地面に広げて像を小脇に抱えたヘイゲルが俺を真っ直ぐに見つめて笑っていた。


「あ…」


それが魔法陣であると気づいた時にはヘイゲルは羊皮紙に手をかざし、ニールの身体から黒い霧が煙のように吹き出して重く不快な闇に呑まれそうになる。

視界が完全に闇に染まりかけた直前に突然俺は強い力で弾き飛ばされ、纏わりつく黒い霧から逃れるように離れた地面に転がる。


「カミル様!お逃げください!」


苦痛に歪む視界に映った景色の中で俺を突き飛ばして瀕死のニールを抱えたマクシムが黒い霧と共に地面の中へと沈んでいく様子を俺は地に伏したまま呆然と眺めていた。


俺が…俺がぼんやりしていたから、ニールだけでなく俺を庇ったマクシムにまで被害が及んだ。





「あーらら、あなたの大事なお友達と1番強〜い騎士様がいなくなっちゃったわねぇ」


「マクシム…ニール…」


「安心していいわぁ〜あの子達にはまた私の箱庭であの子と追いかけっこしてもらうだ・け・よ♡」


フラフラと先ほどまで2人がいた場所にうずくまった俺に魔女がとても愉快そうにそう笑った。


「……」


「…ほーんと足手まといの役立たずね」


今までと違う、軽蔑したような冷たい声音だった。

2人が消えた地面を見つめた俺にはもう魔女がどんな表情で俺を見下ろしているかはわからないが、嫌悪感と侮蔑に満ちた顔をしているのが容易く想像出来る。


俺だって自分に対して嫌気がさす。


いつも誰かに守られるばかりで、無力で無知な誰も救えない自分がとても惨めだ。

守ると意気込んだ和を捨て置き、苦しむ友人一人救えず、優秀な護衛は俺の身代わりとなった。

クロード兄様のことでに感情的になって飛び出した結果がこれだ。

なんて滑稽で無様だろう…10年経とうとも変わったのは見かけだけで、俺の中身は幼い10年前と何も変わっていない。





「可哀想な子ね…一撃で終わらせてあげるわ」


憐憫を帯びた冷めた眼差しで見下ろす魔女はゆっくりと天にかざした人差し指の先に魔力を集め、何もない空間に禍々しい暗黒の球体を作り出した。

それがますます大きさを増して行く様を俺は立ち上がることもできずにただ見つめていた。



「すまない…マクシム」


自身を犠牲にしてまで俺を助けてくれたのに…逃げ出すどころか膝をついて動けなくなるほど、どうしようもなく愚かな主人で力を尽くしてくれたのが申し訳なくてたまらない。


魔女が俺目掛けて振り落とした大きな暗黒色の球体がやたらゆっくりと迫ってくるように感じる。






「ごめん…ルーチェ」


…あの日幼い少女が守ってくれた命も成長しても変われない俺は無駄に落とす。

わずかな後悔に胸を締め付けられながら俺は迫ってくる死に静かに目蓋を閉ざした。



しかしいずれ来るだろう衝撃よりも先に目蓋越しに眩い光が弾けたのがわかった。




「!!!何の光…きゃあっ!!」


「メガイラ様っ!」



闇に呑まれるはずだった俺を温かく照らす光に薄く目蓋を開けば、いつの間にか目の前によく見知った後ろ姿があった。









「弟を虐めるのはそこまでにしてもらおうか」


宙に浮いていた魔女はいつの間にか眩しい光に包まれて地に落ち、ヘイゲルが慌てて駆け寄る。

いつだって俺とベルを導いてくれる頼りになる凛とした背中がまた俺を守ってくれた。



「…ひょっとしてすごく心配かけたかな?カミル、遅くなって悪かったよ。もう大丈夫だ」


「兄…様…」


少し煤に汚れてはいるものの目立った怪我もなさそうなクロード兄様が少し申し訳なさ気に振り返る姿に、兄が生きていたことにか俺自身の死を回避できたことにか、俺は酷く安堵していた。

クロード兄様は穏やかに微笑みながらポケットから小さな転移石を取り出して見せた。


「屋敷内にいた騎士団も転移石を持ってたからね、怪我人はいるけど皆無事だ。カミルが気に病むことはないさ」


「でも俺のせいで…マクシムとニールが…死ぬかもしれない」


「あははっ!マクシムは死なないさ。盗賊君も簡単に死んじゃうような子には見えないしね」


笑って流せるほどにマクシムを信用しているのだろう兄様の場違いなほど明るい笑い声に不思議と大丈夫かもしれないと心が少し軽くなった気がした。


「2人とも大丈夫かな…」


「それはカミルが自分で確かめなきゃな。それに助けに行くって言ってた和お嬢さんはどうしたんだい?」


「俺、気が動転して…和は村に置いてきちゃって」


「そっか…それじゃ、さっさと方を付けて迎えに行ってあげないとね。お前はあの子を心配してここまでついて来たんだから、ちゃんと守ってあげなきゃいけないよ」


「うん…そうだった。ありがとう、兄様」


さっきまでは動くことすらなかった身体が不思議なほどに軽く感じて、俺はしっかりと立ち上がることができた。


「…カミルは一人で立ち上がれるほどに弱くないのだから、もっと自分に自信を持つといい」


クロード兄様はそう言って俺の頭を撫でるが、期待されるほど俺は強くない…兄様が現れなければきっとあのままやられていたのだから。


しかしもう自暴自棄に諦めることはもうしない。




「…簡単に死んでもいいなんて諦めるな」


頭を撫でるクロード兄様の手が震えていた。

兄様が笑みを崩して、今にも泣き出しそうな悲しい顔をさせてしまったことにようやく気が付いた。


「うん…ごめん、兄さん」


いつも凛として気丈に振る舞うクロード兄様がこんな顔をさせてしまうなんて思いもしなかった。

俺が和やニールを心配するように俺を想ってくれる人もいたんだと今更思い知った。





「俺、どんなに辛いを思いをすることがあってももう諦めないよ」


そう俺が笑いかけるとクロード兄様は俺が憧れる自信に溢れた微笑みを浮かべ、魔女メガイラとヘイゲルへ向き直った。






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