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巻きぞえアリスの異世界冒険記。  作者: 冬野夏野
始まりの章
47/53

お助け悪魔と燃える侯爵家





「兄様ーーっ!!」


錯乱していた様子のカミルが突然静寂を破り、なりふり構わずに屋敷に駆け出して行った。


「カミル様!お待ちください!お一人では危険です」


「お、おい!カミルー!ちょっと待てって!」


実の兄であるクロード様の安否を確認したくたまらずに走り出してしまっただろうカミルをマクシム団長とニールが慌てて追って行く。

私もクロード様のことが心配だし、早く皆の後を追おうと気持ちは早るものの今現在身体を支配するアリスは微動だにもしない。


(アリス!何してんのさ!?私達も早く行こうよ!)


「……」


ハラハラともう見えなくなって行く皆の背中を見送って、ただ押し黙っているアリスを見上げた。

フッと口の端を持ち上げて悪どく笑うアリスの姿を目の当たりにして、素性不明の狂人に身体を乗っ取られたまま止めてくれる人が誰もいない一人きりになったこの状況はまずいのではないかと気がついてしまった。


元々王族を皆殺しにすると豪語するアリスにクロード様やカミルを心配する理由はないのだから…。


「…」


(あ、アリスさん…?)


「…おかしいと思わねーか」


(えっえっ?な、何が…?)


これからどうなるのかとドキドキしていた私に思ったよりも落ち着きのある声音で返事が返ってきて、驚いてしまった。

ついつい質問された内容を考える間もなく聞き返すと、アリスは真っ赤に燃え盛る屋敷とは対照に静かすぎる町を指して笑う。


「夜中とはいえ、あんだけ派手に燃えてるんだ。街の住人が誰一人として気づかないってのは異常だと思わねーか?」


(た、確かに…)


夜闇の中で赤く燃える屋敷の景色はよく目立って遠目でも異常事態に気がつくほどだ。

どんな風にしてあんな全焼状態に至ったのかもわからないし、現代の消防車のサイレンがないとはいえ、窓から眩しい赤が差し込めば1人くらいは気付きそうなものを…こんなにも誰もが気づかずにいられるものかな?






「この鼻につく甘ったるい匂い、テメーの仕業なんだろ?さっさと現れたらどうだ?苛虐の魔女さんよ」


静かな町にアリスの声がよく響いた。

しばしの静寂の後にクスクスとどこからか女性の笑い声が漏れ聞こえてくる。

ついさっき聞いた女性の声だ。

だんだん大きく、あらゆる方向から無限に聞こえて来るおぞましさを滲ませた無邪気な笑い声は一陣の風が吹き抜けると、ピタリと止んだ。

背後に気配を感じてアリスが振り返ると、逆さ十字架を背景に教会屋根の上に苛虐の魔女メガイラが立っていた。






「うふふっ、ご名答♪私のこの甘やかな魔法で町の人は幸せな夢の中ってわーけ♡」


暗くて見えづらいけども生き埋めになったにしては身綺麗だし、見下ろす妖艶な笑顔からそんなダメージを受けてるように見えない。

アリスの言う通り、瓦礫の下敷きになる前に逃げ出したようだ。

彼女が屋根の上から私達を見下ろし、ステッキを振り回してクルっと回るとキラキラとピンク色の淡い光が周囲に放たれたように見えた。

あれが町の人達を深い眠りに誘う魔法の残滓か、アリスが怪訝そうな顔で手をパタパタさせて払ってる。


「それにしても私の自慢の箱庭に招待してあげたのに全員逃れるなんて予想外…本来ならまとめて始末するつもりだったのに、計画が崩れて嫌になっちゃうわ」


メガイラがチラッとカミル達が消えて行った屋敷の方角を見て、苦々しく表情を歪めるが直ぐにフッと笑みを浮かべてアリスを見つめた。



「まぁ王子様一行はいいわ。あなたを…神玉の首飾りの回収が最優先事項だわ」


「ふん、まだ懲りちゃいねーわけかよ。いいぜ、今度こそぶっ殺してやるよ」


(えっちょっと闘うの?こんな町のど真ん中で??被害でない?てかカミル達を…)


「うるせぇな。テメーは黙ってな」


彼女の殺意を込めた冷たい瞳にびびっちゃう私とは裏腹にアリスは怯えるどころかすこぶる楽しそうに手招きしてるし、やる気満々だ。

今直ぐにでもカミル達を追いたいのに、アリスが私の声に耳を傾けてくれる気配は微塵もなく、今にもストリートファイトが始まってしまいそうなほど2人の間には殺伐とした空気が流れ、私はたまらずアリスにしか届かない声で助けを叫んでいた。




(誰かっ!!助けてーーーっ!!!)


そんな悲鳴を上げてもアリスが鬱陶しそうに眉を潜めるだけとわかっていても、助けを求めずにいられなかった。


きっと今回だってピンチの時に駆けつけてくれたあの皮肉屋で意地悪な悪魔が助けに来てくれるんじゃないかなんて、密かに期待していたんだ。









「和…」


相変わらずしんと静まり返った夜の町に鈴を鳴らすように心地よく澄んだ声が応えるように響いた。


(…えっ)


驚いて目を見開くと、上空から激しい風を巻き起こしながら謎の黒い影がメガイラとアリスの間に突然降り立った。

くすんだ水色の柔らかな髪の間から2本の渦巻き状のツノが覗き、こちらを振り返った際にバサリと悪魔の羽が広がり、月明かりに照らされた黒いハイネックコートを身に纏った見覚えのある優しい方の悪魔が目の前に現れた。








ー巻きぞえアリスの異世界冒険記47ー








(の、ノワール君っ!!!?)


「……」


期待していた方とは全く別の悪魔の登場に動揺を隠せず驚く無機質なネックレスの私に

気づいているのかいないのかはわからないが、フワリと彼が優しく慈しむような笑みを浮かべた気がした。

とりあえず知人が来てくれただけで脱力するほど安心する私をよそに第三勢力の登場にアリスと特にメガイラは困惑気味のようだった。




「何であの赤毛の魔法使いさんの飼い犬がここにいるのよ…!」


「……」


「…どうやら姉様方の神樹攻略は難航しているようね。まだ使い魔を寄越すほどの余裕があるとは…死にかけても神樹の力はまだ絶大だと言うの…」


「何だあの女」


ノワール君の登場で急に焦ったように表情を歪めて親指の爪を噛みながらメガイラは正気を失ったようにぶつぶつとまるで自分に言い聞かせるように喋り出した。

突然ヒステリックに豹変した態度に2人を警戒していたアリスも怪訝そうに小首を傾げる。



「一刻も早く…闇の魔力を解放しないと…お姉様…」


(どうしちゃったの、あの人…)


焦ったようにガリガリと爪を噛みすぎてじわりと滲んだ血が手を滴り、見ていて痛々しい。

しばらくぶつぶつと独り言を呟いていたメガイラだったが、やがて落ち着きを取り戻したように顔を上げてゾクっと背筋が凍るようなとても冷たい瞳で私達を見下ろした。







「…いいわ。宝具の回収は後回し、今日は見逃してあげるわ」


興味を失ったようにそう吐き捨てた彼女はステッキに腰掛けて、クルリと回ると彼女だった黒い影が一瞬にして夜闇に溶け込んで消え去った。

再びしんと静まり返る町の中心にアリスとノワール君だけが取り残された。


「何だあのクソアマ、勝手にいなくなりやがって…意味わかんねぇ」


「……」


「で、テメーはこいつの知り合いなわけか」


おなじみのサトラレ機能ですぐさまノワール君の素性と関係性はバレて、アリスはバッチリ警戒態勢である。何で一方的に思考を読まれるんだ!私にはわかんないのに!!

ノワール君はアリスと(ネックレス)を交互に見つめている所を見ると、状況を察してくれているように思えるが、何を考えてるかわからない無表情のまま何故だかどんどん歩み寄って近づいて来る。


「!?」


ノワール君のパーソナルスペースクラッシュはアリスも予想外の出来事だったのだろう。

何故ならノワール君には微塵も敵意がない上に私も初めて見る優しい表情で躊躇なく近寄ってくるのだから。

とても優しく、懐かしむような、泣きそうな、一言では言い表せないけど、ただ何処にも敵意のない忠犬のようなノワール君の笑顔を前にして、アリスはただ呆然と身構えたまま接近を許してしまう上にギュッと外国人の熱い挨拶のようなハグを受けていた。





(……えっ)


「……はっ?」


「……やっと…会えた」


唐突なアメリカンな対応に当事者のアリスと同じくらいこのよくわからない状況に混乱した。

一先ず状況を整理しよう…めっちゃいい笑顔のノワール君に(アリスが)ギュッと抱きしめられた。

……今何が起こってるの??



「…和…助けに来た」


あっ、やっぱり私だと思って抱きついてるのか。


「っっっ離れろ!気色悪ぃ!」


「……」


耳元で喋ったことにより、ゾワっと身を震わせたアリスは放心状態から立ち直ったようで、即座にノワール君を突き飛ばしジリジリと退がって、警戒心MAXの猫みたいに毛を逆立てて睨みつけてる。

突然のハグに相当混乱してると見える。

ムッとして拗ねたような寂しげな表情を見せるノワール君には今直ぐ弁解したくて、何度もそれ別人なのー!と叫ぶけど、恐らく届いてないだろう。



「勘違いしてるようだから教えてやるよ!俺様とこいつは別人だ!この女は今はここにいるんだよ!」


「…?…」


アリスがネックレス(私)を摘んでノワール君に突き付けてそう吠えるが、いつもの眠たげな瞳で無表情に戻ったノワール君は小首を傾げるだけだった。

マイペースすぎるノワール君はおもむろに懐から私の鞄とを取り出して手渡してくる。


(ああ無事だったんだ、私の鞄!!)


それを受け取ったアリスに鞄を持たせたまま中を探りSOSボタンを取り出して、ジェスチャーで訴えかけてくる。

何となく私じゃない誰かがボタンを押したから何故かノワール君駆けつけて、助けに来てくれたってことだな!!


「こいつを助けたいなら俺様は敵だろうが…何だってんだよ」


「……」


何だかよくわからないマイペースで機嫌良さげにニコッと笑うノワール君に圧倒されたアリスは大きなため息をついてヒラヒラと手を振った。

毒気を抜かれたのか、観念してついに白旗を振るアリスはノワール君に服の袖を引かれて嫌そうな顔をしつつも、抵抗することなく何かと視線で問いかける。



「……城…安全…行こ」


(城って、ワルツさんの方だよね。…助けに来てくれたのも、その気持ちもすこぶる嬉しいんだけど…)


チラッと激しく燃えたっている屋敷を見てはさっきカミルの辛そうな顔を思い出してこのまま一人で逃げ帰るには抵抗がある。

身体を乗っ取られている状態で身動き所か意思疎通すら困難な私が駆けつけた所で力になれることなんてきっと一つもない。

それでもこんな形で皆と別れたらもう二度と再会できなくなるかもしれない。

カミルもクロード様もニールやマクシム団長にお世話してくれた騎士団の人の誰もいなくなって欲しくないとそう思うから。



「はははっ!本当に馬鹿なんだなぁ!オメーはよぉ!何も出来ないくせに心構えだけは立派なこった!」


私の心の内を遠慮なく覗き見したアリスがお腹を抱えて大笑いする。

しかも罵倒を交えて笑うものだから私はちょっと悲しくてしゅんとしてしまう…自覚してるけどいざ人に指摘されるととても傷つく。

一頻り笑い終えると満足気なアリスは渡された鞄を背負い、ネックレス(私)に視線を落としてニヤリと笑った。




「王族を助けてやる義理なんて俺様にゃないが、いいぜ。今回はオメーに協力してやるよ…あのクソアマを殺すついでだ」


(……マジ?助けてくれるの?)


「今回はお前の思い通りに動いてやるよ、今回はな」


ツンデレみたいな発言をするなと思いつつもその気持ちは本当に嬉しくて仕方ない。



(ありがとう!アリス!)


「…呪いの元凶に礼を言うのかよ、頭お花畑かよ」


(この際呪いのことは置いといて!本当にありがとう!アリスがいてくれてよかったよ)


「!……ははっ、相当のアホだな」


溢れる感謝の気持ちを素直に伝えているにすぎないのだけど、向こうからすれば私の反応は不可解極まりないらしくてドン引きされた。


「ま、そーゆーことだから俺様はあの屋敷へ向かうぜ」


「…どうして…?」


静かに私とアリスのやりとり(独り言)を大人しく待っていてくれたノワール君は眠た気な瞳を向けて小首を傾げる。


(今困ってる友達の力になりたいの)


「……」


「…こいつが友人を守りてーんだと、わかったなら邪魔はするなよ」


「…友達…カミル。と…ニール?」


(えっ何で知ってるの?まぁ、いいや!そうなの!その子達を助けたいの)


アリスは面倒そうにしながらも私の声を代弁するかのように雑に頷く。



「…わかった…」


ニコッと笑ってノワール君が快く了承してくれたので、喧嘩する気満々で指をパキパキ鳴らすアリスが早々に屋敷へ向かおうとするが、突然ノワール君がガシッ!と背後から腰に手を回してハグをかましてきたのでアリスは前にも進めないし、唐突過ぎて反応できずに固まった。

でもこの感じ何だか覚えが…と懐かしさを感じているとノワール君が悪魔の黒い翼を大きく広げてアリスを抱えた状態で空高く飛び上がった。


「なっ、何のつもりだテメー!」


「……一緒に…」


(協力してくれるってことだよ。ありがとう、ノワール君)


私の声は届いてないだろうし、彼にとっては保護するよう命じられた任を遂行しているだけかもしれないけどとても心強い。

落ち着かないのかバタバタとアリスが暴れるためにバランスが取りづらいノワール君は中々屋敷に向かえず、慌ててアリスに大丈夫だから、運んでくれるだけだからと何度も声をかけて宥めているとピタリとアリスの動きが止まった。




(アリス?大丈夫?わかってくれたの?)


「……なるほどな」


上空から先ほど飛び上がった街を見下ろして楽しそうに笑い出す。情緒不安定すぎない?


(アリス?大丈夫?正気?)


「そう心配すんなって。オイ、ノワールっつったか?屋敷に向かう前にあそこに連れて行け」


「……」


太々しくアリスが指示を出すのをノワール君は素直に聞き入れ、頷いてる。


(えっちょっと何なの。早く行かないと…)


「いいから黙って見てろって」


悪戯を思いついた悪童のように楽し気に笑うアリスに本当に任せて大丈夫か不安になるも、今の私には見届けることしかできないから、夜闇に燦々と輝く星の運河を横切って行く彼らの動向を大人しく見守ることにした。






ーーーーーー






視界の悪い暗い道を時折足がもつれそうになりながら必死に走っていた。

遠くに見えていた悪夢のような赤い景色は近づけば近づくほどに肌を刺す熱気、建物が焼け焦げて崩れる音、何かが燃えている嫌な匂いとともに現実味を増していった。





「はぁ…はぁ…兄様…」


閉じられている鉄格子の門を前にして俺は今にも崩れ落ちてしまいそうな身体を支えるために鉄格子を掴み、炎上する屋敷の様子を改めて目の当たりにしては絶望する。

今まで通った道にも門の周りにも避難してる屋敷の住民は一人も見かけなかった。

皆、今もこの燃え盛る屋敷に取り残されたままでいるのか、なんて嫌な想像ばかり膨らんでいく。


『カミルーー』


そう名を呼んでいつも優しく微笑んで俺の頭を撫でるクロード兄様の姿を思い出して、もう二度と会えなくなるのではと湧き上がった不安感に胸が押し潰されるように息苦しくて堪らず、叫び上げた。






「はぁ…はぁっ…クロード兄様…兄様ぁあーーっ!!」


「カミル様っ、落ち着いてっ!お待ちください!」


鉄格子の門を力任せに開け放ち、火の海に沈む屋敷の中へと向かおうとしていた俺を背後から追って来ていたマクシムが強く腕を掴んで引き止めた。

どうしようもないほどに頭が働かなくて、錯乱する俺はその手を振り払おうと暴れながら苛立ちをぶつけるように喚き立てた。




「放せよ!早く、早く探さないと…兄様が…兄様が…」


言葉にしようとすればぶわりと湧き上がる最悪の光景が脳裏をかすめて、また息苦しくて堪らなくなる。…もう気がおかしくなってしまいそうだった。




「…無礼を働いた罰は後ほど受けましょう。カミル様、失礼します」


「えっ」


突然バチンと火花が弾けたように視界がチカチカと光った。同時に左頬に凄まじい衝撃が走り抜け、ぐちゃぐちゃになっていた思考が真っ白に洗い流されたようだった。




…今、何が起きた?


ジンジンと熱を持って後から痛み出した左頬をさすって漸くマクシムに引っ叩かれたことに気がついた。


「…落ち着いたようですね。カミル様、貴方はリーゼンフェルトの王子なのですから…今一度御自身のお立場をお忘れなきよう」


「あ…あぁ、そうか、そうだな…取り乱して悪かった」


「私がお守りしますので、捜索するのなら離れないようにしていただきたい。…それと恐らくクロード様は心配ないでしょう。そう簡単に死んだりするような方ではないのですから、あの人は存外しぶといのですよ」


「ありがとう…そうだな。兄様がそう簡単にくたばるわけない」


冷静に考えればこんな事態だからこそ、俺は落ち着いて行動しなければならないと言うのに随分取り乱していつも仏頂面のマクシムには大分心配をかけてしまった。

頰は痛むがマクシムにそこまでさせた自分がただただ不甲斐なく、遠くから俺の名を呼びながら駆け寄ってくるニールの姿を見つけて、ようやく一人で先走り皆を置いていってしまったことを思い出した。


「カミル〜!!やっと追いついた…はぁはぁ…なぁ、大丈夫かよ?」


「ニール…」


息を切らしながら珍しく心配そうな顔するニールに内心嬉しく思うと同時に申し訳なくなる。

それに当初の救出目的である和を完全に置いていったことに本当に周りが見えなかった自分が情けなくて仕方ない。

今更過ぎたことを何度悔やんだ所で状況は変わらない。

頭を振って雑念を振り払い、俺は不安げなニールに頷いて見せた。


「突然走りだって悪かった。俺は大丈夫だよ」


「そうか、ならよかっ………て、ああっ!!ヤベェぞ!姉ちゃん置いて来ちまった!」


すっかり和のことを忘れ去っていたらしいニールは忙しなく表情を変え、慌て出した。

この燃え上がる屋敷も、和のことも放っては置けない。

そう思い立ってこの先の行動を伝えようと口を開いた俺の腕を引き、マクシムが背を向けた。


「マクシム…?」


門の前に立ち、まるで俺とニールを庇うように槍を構えた。

やがて屋敷を焼く炎の音とは別に、コツ…コツと石畳を踏み付けて近づいて来る足音が耳に届いた。

炎に巻かれた屋敷を背に黒い人影が揺ら揺らと揺らめきながら近づいて来る。






「…おや、カミル様ではありませんか」


炎に照らされて姿を現したのは燃える屋敷の家主であるヘイゲル、その人だった。

自身の屋敷が炎上しているにしてはやけに落ち着き払い、身綺麗すぎるヘイゲルに違和感を覚える。

いつもなら笑みを崩さず手を揉みながらよって来るような男であるが、目の前のヘイゲルは何かを手に持ったまま虚な目でぼんやりとこちらを見据えていて不気味だ。




「また護衛達を撒いてお友達と遊んでいたのですか?ダメですよぉ、カミル様…これじゃあ、お兄様が寂しい思いをしてしまうじゃないですか」


「ヘイゲル…何を言ってるんだ」


いきなり付き人のエドみたいな小言を言われるとは思わず、この状況下との温度差に困惑する。


「あぁ、心配しなくても大丈夫ですよ。直ぐに殿下の元へと送って差し上げましょう」


まるで俺の声が届いていないようにひたすらに話し続けながらヘイゲルは持っていた禍々しい小さな像をおもむろに掲げ、目を向いて歪な笑みを浮かべた。






「地獄の底へねぇ!!」


瞬間ヘイゲルの足元から黒色の大きな魔法陣が浮かび上がり、その陣から大の量魔物が這い出てきた。

現れた魔物は形こそ大きく獰猛な魔物の姿であったが、そのどれもが影のような黒塗りの姿で生き物とは思えない禍々しさを感じた。


ヘイゲルが怪しい団体との繋がりがあるのは間違いない。

俺が知るヘイゲルは他人の顔色を伺い荒事には極力関わる事を嫌い、関わっても多数派閥に加わって同調するだけの目立つことを嫌う男だった。

だからこんなに明確な殺意と明らかな敵意を向けられるのは意外で戸惑ってしまう。




「おお、これがサナトス様のお力っ!なんと甘美な魔力の流れか…今ならどんな強大な魔法も唱えられそうだ…ふふふっはははっ!」


「ヘイゲル!お前…この惨状はお前のせいなのか?自分の家族や使用人も殺したのか…?」


虚な瞳を宙に泳がせて悦に浸るヘイゲルはまるで俺の話を聞いてない様子で、しかし質問に肯定するように醜悪な笑みを浮かべた。





「全てはサナトス様の創る新世界のため…残念ですが、カミル様方もここで死んでいただきます」


ヘイゲルが掲げていた腕を勢いよく振り下ろし、不動の魔物達に指示を出すと黒い異形の魔物は一斉に襲いかかって来た。



「私が!私達がレブルの民として認められるために死んでください!カミル様ぁ!!」


最早俺の言葉など意味をなさないほどに向けられる強烈な殺意に、ヘイゲルと和解出来る可能性は微塵も無いことを悟り、俺は意を決して魔法で作り上げた剣を構えて魔物の猛攻に備えた。




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