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巻きぞえアリスの異世界冒険記。  作者: 冬野夏野
始まりの章
46/53

絶体絶命迷宮



昼間とは雰囲気がガラリと変わった夜霧漂う真夜中の井戸は、今にも長い黒髪を揺らした白い服の女が這い出してきそうな不気味さがある。

昔見たホラー映画を思い出して震える私をよそに、現在私の身体の主導権を握るアリスは臆すことなく、ズンズン井戸へと近寄り躊躇なく中へ飛び込んでしまう。


(ちょっとは安全確認とかしようよっ!?)


「うるせぇな!心配しなくてもあのクソアマの気配はねぇよ」


高い所から飛び降りる猫のように手足を地につけて着地するとすぐにアリスは周りを見回して駆け出そうとするが、すぐに立ち止まることになった。



「落ち着きなさい。君の単独行動は認められない…足並みを合わせろ」


「……」


いつの間にか降りて来たマクシム団長がアリスの肩をガッと掴んで低い声で諫める。

団長を鋭い眼光で睨みつけながらも分が悪いと早々に判断したのか、アリスは悪態を吐きながらぱたぱたと手を振った。


「へいへい、わかったよ」


(…そもそも何をそんな急いでんの?)


元々行動力あるとは思っていたけど、今回は何か急に焦ったように慌ててたように見えてちょっと違和感。


「…嫌な予感がすんだよ」


(まさか…それで子ども達の心配してるの?)


「いや、無性にイライラしてたまんねぇだけだ」


(はぁ〜〜〜君ってそう言う人)


ここらで子ども達の心配でもしてたならちょっといい奴なんじゃないかと期待できたのに、殺戮の限りを尽くしたいって感じの薄寒い笑顔にはいつ裏切られるかと不安しか抱けない。





「単にムカつくからな…あの頭のイカれた狂信者共は俺がまとめてぶっ殺してやるぜ」


殺人鬼の眼光で舌舐めずりしながら拳を合わせる姿は悪人以外何者でもなくて、善意や好意で私達に協力しているわけじゃないと知らしめて来るし、マクシム団長の哀れなものを見る目と、そんな自分の姿に私はアリスの発言に物申す余裕もなく、あまりの羞恥でちょっと気が狂いそうになった。





しかしそんな茶番は突然薄暗いトンネルのように続く井戸内を照らしていた壁の松明が奥から順に消えて行ったことで終わりを告げる。




「!!」


(えっ)


驚いてる間に瞬く間に迫った暗闇がついに最後の赤い灯が消え去り何も見えなくなってしまった。











ー巻きぞえアリスの異世界冒険記46ー












(何このホラー演出!怖いんですけどっ!!??)


「こんなこけおどしにビビってんじゃねーよ、むしろ退屈しのぎになって楽しいじゃねーか」


誰の姿も確認できない深い暗闇と突然暴露されたアリスの趣味に動揺するも、すぐに暗闇は青白く灯った壁の松明に照らされる。

しかし辺りは先ほどとは別の薄気味悪い静けさとヒヤリと肌を刺す悪寒でどうも様子がおかしい。


「…どうやら罠に嵌められたようだぜー?団長サマよぉ」


「……」


真上にあったはずの丸く夜空をくり抜いていた井戸の穴がいつの間にかなくなり、石造りの天井だけがどこまでも続いてた。

どう言うことなのかわからないけど、あの暗闇の一瞬で消え去ってしまったのだ。


「王国騎士団も間抜けだなぁ!こんな罠に引っかかるとはなぁ!」


わははと笑っているアリスを見て自分にも刺さるブーメランを投げつけているとは気づかないの??と指摘したくなったけど、そんなことよりも出口がなくなったことの方が重大な問題だ。


(出口なくなっちゃったよ!)


「そりゃそーゆー罠に嵌ったんだからねぇだろうさ」


(どうするの!?)


「どうする、ねぇ…」


おもむろに天へ向けた両手を広げ、砲撃のように放たれた黒紫の禍々しい魔弾が天井と接触して耳をつんざく爆音と閃光を放った。

爆弾のような爆発に絶対天井が崩れて来ると身構えていたが、土煙がはれると傷一つない変わらない天井が姿を現した。


「これは…幻影の類いか」


(幻影?これ幻ってこと?幻覚なの??)


「あぁ、術者の思い描いた空間に相手を封じ込める結界魔法って奴だ。つまり俺らはあのクソアマの箱庭に閉じ込められたって訳だ」


結界の中に人を封じ込めるには色々と条件があるものの、固有結界内に閉じ込められた者は例えば本来の力を制限されたり、夢を見るような幻術にかけられたりと様々なデバフ効果に見舞われるらしい。

今回の場合だと力に制限はかかってないし、どちらかと言えば後者の幻術にかけられている状態に近く、目に見える景色はあるようで存在せず、何をしてもその景色を変えることはできない空間に閉じ込められ、逃れることはなかなか難しいのだとアリスは誇らしげに言った。


(敵の術中にはまってヤバいってことじゃん!!どうすんのさ!?)


「まぁ焦るな!厄介な魔法にゃ違いねぇが、穴がねー訳じゃないのさ」


危機的状況であると言い放った本人がやたら余裕そうに足元に落ちていた小石を拾いあげ、ポケットに入っていたハンカチを手のひらに広げてその上に小石を2つ置き、包み込むようにハンカチの端を結んで閉じた。


「今の状況を例えればこうして閉じ込められてるようなもんだが、こうして物を中に入れたりする際には口を広げて入れる必要があるだろ?穴も開けずに何かを放り込むことなんてできねーんだからよ」


アリスの手のひらにある丸めて口を結んだハンカチのように、この結界魔法にも必ず穴と言う名の出口があるのだと自信に満ち溢れたドヤ顔で笑った。


「…この空間には幻術で隠された出口…外へ繋がる穴が存在すると言うことはよくわかった。それでその穴は何処にある?」


「…そいつをこれから探すんだよ!」


(…結局無計画かぁ)


「うるせぇな!今さっき放り込まれたんだから、んなもん知る訳ねーだろ!」


途中まで何だか頼り甲斐があったものだから天才か!とか思ってしまった自分が情けない。

よくよく考えたらマクシム団長ですら馴染みの無さそうなこんな魔法に詳しいだなんてより一層危ない人の証明じゃないか!

身体を明け渡したままで大丈夫かな…と今更すぎることに悩んでいると、右から左へと永遠に続くような一本道の真ん中に立ち尽くしていたアリスとマクシム団長がピクリと何かを警戒するように素早く武器を構えて通路の左側を凝視した。


突然静まり返った空間に何か地響きのような轟音と低い唸り声に似た謎の声が遠くからだんだんと大きくなって迫って来る。


私でも感知出来る異変に身構えた瞬間、ヌッと松明の薄明かりに照らされたのは悲鳴をあげながら必死の形相でこちらへ向かって来るカミルとニールの2人の姿だった。




「うわぁああああーーっ!!」


(カミルにニールっ!?)


「カミル様!?何故こんな所に!」


「何だ、テメーらもいたのか!馬鹿王っじぃっ!??」


「ぅわあああーーっ!!和っ!マクシムっ!とにかく今は逃げろっ!」


アリスとマクシム団長の間を真っ直ぐ駆け抜けたニールを見送っていると、不意に背後から迫っていたカミルが(アリス)と団長の手を掴み、そのまま強引に引っ張る形で走り出した。

突然のことで驚いていたアリスは表情を歪めてすぐにその手を振り払おうとするが、背後から荒れ狂う濁流のように通路を呑み込みながら差し迫る黒い液状体の中に無数の目玉が動き回る化け物を目の当たりにして暴れるのをやめた。




「おい!何だ!あの化け物っ!?」


「俺らが知るかよ!いつの間にか悪魔の兄ちゃんはい急になくなるし!突然あんなんに追われるしで意味わかんねーよ!!」


「お前、アリスだな!クソッ!今お前に構ってる暇ないんだ!変なことするなよ!」


「カミル様、失礼します」


慌ただしく狭い通路を走っている途中で突然マクシム団長がカミルの手を解き、背後を見据え素早い動きで持っていた槍を振るうと、槍の軌道を切り取った鋭い風の刃が謎のおぞましい物体へと襲い掛かった。


ブォンッと風を切る音を立てながらマクシム団長の攻撃は液状の物体に確かに命中するが、一瞬激しく波打つものの物体はプルプルと揺らぐだけで相変わらず通路の床から天井を呑み込み、溶かしながら迫って来るのをやめない。


(あれヤバくない…!?効いてないよ!!)


「!」


「無駄だぜ!騎士団長様!そいつ何して怯みやしねー!!」


先頭を駆けるニールが振り返り、ポイッと背後に放り投げたビー玉が地面を跳ねながら謎の物体に呑み込まれてから爆発を起こすが、内部で爆発したにも関わらずそいつはスピードを落とすこともなく悪辣な笑みを浮かべた目玉がこちらを見据えるばかりだ。





「あのクソアマッ!何だか知らねーが、とんでもねーバケモンを飼ってやがるな」


(あれ魔物とは違うの!?)


「さぁな?だがまぁ今までの魔物とは比べモンになんねーよ。この結界魔法の中じゃ術者は神サマみてーなもんだ。その神サマが創ったこのバケモンは決して倒すことの出来ない無敵の存在…そうだな、俺達を殺す仕掛けみたいなもんなんじゃねーか」


「はぁあ!?そんなモンどーすりゃいいんだよ!?」


「相手にすんなって言ってるんだよ、馬鹿が!アイツから逃れつつ出口を探すしかねーってことだよ!」


「この先に出口があるのか?」


「知るかよ、出口っても上手く隠してあることだろうさ。それを見破れる能力でもなけりゃ、簡単に見つからねぇよ!」


(マジかよ…)


ゲーム的に言えば破壊できないマップ兵器だとすれば止める手段もなく、今まさに危機に晒されてる状況だと再び突きつけられる。

仮に不老不死であるとは言え、私の場合は契約でジルベルトさんと同期して恩恵を得られているらしいから、結界魔法の中でもそれが通用するのかどうか…しかも見えない出口なんてどうやって見つけるというのだ。

そう苦悩しながら我が身を心配していると、先頭を走っていたニールの情けなく狼狽した声が耳に届いた。




「ヤベェ!道が別れてんぞ!」


今まで一本道だった通路が何と二股に裂けて薄暗い先へ続いている。

無我夢中で逃げているが、抜け出すための出口を探さなきゃならないので、マップを破壊しながら迫って来る化け物がピッタリと付いて来る以上、道を間違えることは許されないハードモード状態だ。

それはニールも何となくわかっているようで、わずかに速度を落としてどちらに行くかを迷っていた。




「ニール止まるなっ!左だ!」


狼狽るニールの脇を迷いもせずに(アリス)の腕を掴んだまま追い抜き、先頭に立ったのは迷いのない真っ直ぐな白銀の瞳で先を見据えたカミルだった。


(…えっカミル、出口わかるの?)


「カミルお前っ出口わかんのかよ!?」


「…いや、明確にわかるわけじゃない」


(えっどういうこと???)


「はぁ?ふざけてんのか?馬鹿王子」


「わかるはわかるって言うか…何か見えると言うか…あー…もう、勘だよっ!いいからついてきてくれよ!」


まともに説明することを諦めて声を荒げながらも必死なカミルには、ニールもマクシム団長も一瞬戸惑いを見せたものの足を止めることなく後に続き、左の通路へ入った私達を化け物も容赦なく追ってきた。

幸いカミルの予感は的中していたようで、道は続きやがてまた三又の分かれ道へと辿り着いた。




「…ハッタリじゃねぇようだな。で?今度はどうすんだよ、王子サマ?」


「このまま真っ直ぐだ」


「へぇ…迷いもしねぇのかよ」


ヒューッと茶化すように口笛を吹いたアリスは不適に笑いながらも素直に手を引かれるまま、カミルの進む道中では何事もなく、長く先へ続く道を走り続けた。

何度か同じような分かれ道を繰り返し、カミルの判断で通り抜けてしばらく走っているとやがて5つの別れ道が目の前に立ち塞がった。

先ほどまでとは様子が変わり、それぞれの道の先は一層薄暗くて淀んだ空気が漂ってる。



(えっ、これどこ行ってもヤバそうじゃない?ねぇ?)


「ここが最後の分岐点ってことだ…ほら王子サマ、今までのがまぐれじゃないなら正解を当てて見せろよな」


ニヤリと笑みを浮かべて煽るようなアリスの言動に一瞬不服そうに眉を潜めて見せるが落ち着くために一呼吸置いたカミルはその白銀の瞳に5つの道を映し出し、迷いなく1番右側の薄暗い通路へと踏み出した。





「いいか!何があっても俺に続けよ!」


そう力強く、疲れが見え始めた皆を鼓舞するように叫び、1番雰囲気がおどろおどろしい道へとカミルの背中はかつてないほど頼り甲斐があって不思議と大丈夫だと思える雰囲気を感じた気がする。





「なぁおい!カミル本当に大丈夫かよ!?見るからにヤバくなってるぜ!」


しかしそれは気のせいだったようで、直後にまるで廃墟のように崩れた通路は進むにつれてやがて景色がドロドロと溶けていくような不安定なものに変わり、とても不安が募る。

どう見たって正解とは思えない不安定だった道は少し広い真っ暗な行き止まりの空間に繋がってる。

しかし道の先はその空間の手前で無残に崩れ落ちて足場がなくなってる。

このまま走り続ければ真っ逆さまに底無しの黒い闇の中へと呑み込まれてしまう未来が容易に想像できて、ネックレス状態でも耐え難い恐怖が襲って来る。




「おいおいおいおいっ!行き止まりの上に底無し穴って!どう見てもハズレじゃねーか!」


「外れてない!いいから俺を信じて飛び込めっ!」


「集団自殺自殺かよ!正気じゃねー!」


「この先にあるんだよ、出口が!黙って信じろよ!」


「……」


「へぇ、腐っても王族ってわけかよ」


頭をぐしゃぐしゃかいて喚き散らすニールの叫びの陰で意味深なことを小さく呟いて不敵に笑うアリスが何を言ってるかも、何故この状況下でこれほど落ち着いているのかと疑問に感じてる間に、皆がバッと地を蹴って高く跳び上がった次の瞬間には視界いっぱいに暗闇が広がって、もう誰がどこにいるかも、何が起こっているのか理解出来ない。

身体をアリスに乗っ取られていなければ失神してたかも知れないと、激しく揺れるネックレスの状態でしみじみ思う。

そんな暗闇の中、カミルが魔法で作り上げた眩く輝く美しい光の剣が優しい明かりとなって視界の闇を取り払って行く。







「ゲェッ!?あの化け物まだ追ってくんのかよ!!」


光が戻ったことで、頭上を仰いでいたニールが化け物を視認してギョッとした顔で大きく叫び上げたと同時にズバッとカミルとアリスの真横を鋭い刺を伸ばして突き刺すような攻撃が飛んで来た。


「いてぇな!!」


頬をかすめられた怒りでアリスがカミルの手を振り払い、勢いよく身を翻して宙を舞う化け物に向き直った。

化け物は液体状のその身をブルブルと大きく震わせながらウニのように刺々しく変化したと思えば周りの壁を破壊し、瓦礫を落として来るのに加えて鋭く伸びる刺が串刺しにする気満々にこちらへと伸びて来てる。




(やややヤバいって!!この状況じゃ避けられないよー!串刺しなんてやだー!)


「ふんっ!避ける必要なんてないんだよ!」


迫って来る瓦礫の雨と刺攻撃を前にアリスが咄嗟に両手を合わせて光を放つ指先から円を描き素早く文字を書き綴る。


(あっ!その魔法陣って!まさかワルツさんの!)


ブワッと拡大した青白く光る魔法陣は瓦礫も化け物の攻撃をも吸い込んだが、異変に気付いた化け物がすぐ様身を引いた瞬間パッと消えた。



「ほらよっ!!返してやるぜ!」


動揺したように液体状の身体に浮かぶ目玉をギョロギョロと動かす化け物に対してアリスがとても悪い笑顔でパチンと指を鳴らす。

次の瞬間、突然化け物の頭上に先ほどの魔法陣が現れて瓦礫の雨が降り注いだ。


(う、嘘…ワルツさんの魔法、もう使いこなしてんの…)


「当然だ!魔力に問題がなけりゃ、覚えるだけだからな」


そうドヤ顔を披露するアリスだったが、残念ながらそのカウンターはマクシム団長の時同様に効いていないようで瓦礫はドポドポと液体状の身体に溶け落ちるだけだった。








「見つけた!!そこだぁっ!」



絶望的な展開かと思った矢先、カミルがそう声を上げた。

今の攻防で充分時間を稼げたようで、カミルが何の変哲もない暗闇に向かって両手で大きく振り下ろした光の剣が放つ眩い光が真っ黒な暗闇を砕き、そこから現れた眩しい白く輝く亀裂がビシビシと闇を裂いて行く。





「マクシム、後は頼む!思い切り打ち込んでやれっ!」


「お任せを!」


出口を包み隠していた幻の闇にひびを入れたカミルに続くように、マクシム団長が魔力でも込めたであろう雷を帯びた様に薄ぼんやり輝く槍を美しい槍投げフォームで亀裂へと投げ飛ばし、見事に的の狭い亀裂に命中させた。

槍が刺さった所を起点に激しい爆発に吹き飛ばされるように闇は粉々に砕け散って剥がれ落ち、次第に視界は一点の闇のないほどに眩しい光に埋め尽くされて覆われて行く。


眩しい光の中では背後から追いかけて来る化け物の姿はとうになく、落ちている浮遊感ももうなくて、永遠に光の中を彷徨い続けているような感覚がして気が遠くなりそうになった瞬間、私達はパッと薄暗い石畳の粗末な部屋に放り出された。

突然宙に投げ出されれば重力に従って地面に落ちるのは当然の自然現象だった。






(うわわっ!?)


「いてっ…グェーッ!!」


「おっと…あぶねーあぶねー」


「カミル様、お怪我はございませんか?」


「お、おう…大丈夫だ。ありがとう」


こんな状況でも即座に体勢を整えてカミルをキャッチするマクシム団長の優雅さに比べて、真っ先に地面に叩きつけられたニールの上に着地するアリス達は何だかちょっと雰囲気に世界観の違いを感じる。

ニールをクッション代わりにするのは傷を負わない賢い選択と思うけども、ニールがそんなに悶える?ってほどに苦しんでるのを見ると私も酷い辱めを受けた気分で辛い。


突然放り出された空間は何だか不穏な雰囲気漂う広めの薄暗い部屋だった。


カミルの光の蝶が辺りを照らすことで、自分達が壁に設置された鏡から放り出されたことを理解する。

同時に足元にこびりつく真新しい赤色からかわいて赤黒く変色したシミと歪で禍々しい魔法陣が描かれていることに気付いた。

またその中心に空の台座が置いてあり、部屋の四隅に置いてある血のこびり付いた刃物や拷問器具、折り重なって放られている例の教団のマークが入ったマント、とにかく何かおぞましい儀式が行われた場所であることが見て取れた。


(ほ、本当にちゃんと抜け出せたの?これも幻?)


「…残念ながらこの胸糞悪い部屋は確かに現実だぜ。狂信者共め、気にいらねぇぜ」


(うう…)


こんな闇の儀式だとか、見たことあっても怖いホラー映画とかでの架空の存在でしかなかったものが、今は現実で何があったのかを生々しく伝えて来るのが耐え難い恐怖と気持ち悪さを醸し出して来る。

生身であれば今頃地べたに這いつくばって吐いていたかもしれない。

偏見だったんだけど、こう言う血みどろドロドロしたものをアリスは好むものだと思っていたけど…心底軽蔑するような怒りに満ちた冷たい瞳を見ると間違いだったようだと思えた。

何か感じ取ってたり、あの謎空間にも詳しかったり、謎発言したり、本当に何者なんだろう。

そんなアリスが空の台座を見つめていると、いつの間にか出口を発見したカミル達に引きずられて私達は扉を潜り、薄暗い石の階段を上って行った。

地下部屋だったんだろう、階段の終着点には木の板で出口が隠されており、マクシム団長の武力で難なくぶち壊されて開通した。


「ここは…」


「教会じゃねーか」


階段の先は月明かりが立派なステンドグラスを照らし、幻想的な光に照らされた教会の中で赤い絨毯、小綺麗な教壇といつくも並べられた長椅子が視界に入る。

先ほどと比べて驚くほど平和な場所に戸惑いながら、教壇に隠れるような配置にある階段から出て赤い絨毯の先にある大きな木の扉を押し開けた。

月明かりに照らされた静かな町並みとさわさわと穏やかに流れる川の水は昼間とは雰囲気は異なるものの、確かに見覚えのあるヘイゲル領の穏やかな景色だった。






「へぇ…怪しい領主サマの町に繋がる教会の拷問儀式部屋ねぇ、真っ黒だったな」


「そうだな、つーかお前は早く和の身体を返せよな。まず兄様への報告が先だ…が………はっ?」


(カミル?)


教会の外へと踏み出したカミルが酷く動揺したように青ざめた顔である一点を見つめては目を大きく見開き、息を荒くして立ち尽くしている。

一体何を見てそんなに取り乱しているのかと、カミルの視線を辿った先にはーーこの平穏で静かな日常を過ごす町並みが嘘のように、昼間の立派な佇まいはすでに遠く夜闇の中で真っ赤に燃えて非日常へと崩れ落ちて行くクロード様達のいる屋敷の光景だった。




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