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巻きぞえアリスの異世界冒険記。  作者: 冬野夏野
始まりの章
45/53

面従腹背の狂信者




鏡を抜けて狭い牢屋の中に降り立った俺の視界には、先に飛び込んでいたニール達と驚き惑う貧相な子ども達の姿が映った。

ここに和の姿はないものの、彼らの身なりやたまに教会で見たことのある顔ぶれを見つけ、行方知れずになっていた子ども達だと言うことには少し安堵した。


「お前らー!捜してたんだぜ!!さっさとこんな場所から連れ出してやるからほら!安心しな!」


「ニールお兄ちゃん…うわぁあーん!怖かったよぉ!」


「おーよしよし!よっぽど怖かったんだな。もう大丈夫だからな!」


子ども達と顔見知りらしいニールがそんな風に安心して泣き出す子どもの頭を撫でたり、背中をさすったりして宥める様子を見つめていると、思い詰めたような表情を浮かべた茶髪の少年が袖を引っ張ってきた。


「な、何だ?」


「お兄さん、あのね…さっきね、お兄さん達と同じように真っ黒な髪の長いお姉さんがここに来たんだけどね…ぼ、僕の代わりに魔女に連れてかれちゃったんだ」


「黒髪って…耳の後ろに2つ結びで独り言の多い女か?」


「う、うん…和お姉さん。知ってるの?アリスって言う見えない人と喋ってたよ」


「…そう…それ友人なんだ。どこに連れてかれたかわかるか?」


困った顔のまま少年は扉の方へ寄っていくと鉄格子の隙間へ細腕を差し込み、先の見えない廊下の暗がりを指差した。


「あっち、あっちの方に引きずられて行ったよ。後ね、他にもナタリアちゃんとかいろんな子が連れてかれちゃったんだ…」


「そっか…わかった。教えてくれてありがとう」


ここにはいない子ども達と和を見送ること以外、何もできなかった自分を不甲斐なく思うような悔しげな表情を浮かべた少年を見て、つい少年の頭に手を伸ばして撫でる。

妹にするように最後に軽く頭を叩くと少年が目を丸くして見上げてくるのを見て、元気付けるつもりがただただ馴れ馴れしすぎたかと自身の軽率な行動を後悔するが、しばらく間を開けてフニャリと泣きそうになりながらも笑う様子に釣られて笑った。


いつかのように和が空気の読めない行動に出て魔女に拐われたわけでなく、少年ことリスカルをとっさに庇ってのことだと知って無茶をすると呆れつつも馬鹿がつくほどのお人好しな所が彼女らしくて好ましく思う。

なればこそここで俺が先ずなすべき事は和が身体を張って守った子ども達を安全な場所へと送り届けることだろう。

すぐ様壁にかかっている鏡を見つめてまだ先ほどの部屋に通じているか確認するが、映るのは眼を凝らす自分と周りの風景だけだ。


「この転移魔法…」


鏡にかかっている魔法を解析出来ないものかとよく調べてみるが、学園でも珍しい転移魔法に分類する上に見たことのない複雑な術式で解き明かすことはちょっと出来そうにない。

わかることといえば向こうからこちらへ送り届けるだけの一方通行の鏡だと言うことだけだ。

別の出口を探すためにニールから魔法の地図を奪っていると、室内を見回していたノワールがけたたましい音を立てて鉄格子の扉を強引に破壊して開き、外に出ていた。


「……」


「ちょっと待ってよ!悪魔の兄ちゃん!」


「……和…」


「和を捜しに行きたい気持ちはわかるが、まずはあいつが身体を張って守った子ども達を安全な場所へ送り届けてやりたいんだ。…手を貸してくれないか?」


「……」


歩みを止めて無言で振り返るノワールはおもむろに眠たげな瞳を子ども達へ向け、少し間を開けてから頷いた。


「じゃぁ〜まずは出口を探すかな〜」


「この子達を連れたまま魔物に遭遇するのは危険だ。安全に出られる場所はないか…」


「……安全な場所…」


ニールと地図を覗き込む俺を横目に見つめていたノワールが突然壁に絵を描くように指を滑らせる。

彼の指から滲み出る魔力が淡い水色に発光するインクのように壁に一つの長方形の形を成し、やがて一つの粗末な木の扉に姿を変えた。




「えっ?…何で扉?」


俺とニールが呆気に取られてる間にかちゃりと開いた扉の先はよく見慣れた教会の食堂が広がっており、和の知り合いでよく教会に入り浸る料理上手だが、目に痛い不自然な金髪が目立つ男ヤスが俺達を見ては慌てふためき座っていた椅子から転げ落ちた。


「俺んちの食堂じゃんかよ…」


「のっのののノワールさん!??それに王子様とニール君っ!?何で一緒なんすか!?!?」


「……安全な場所」


「いや何言ってるかさっっっぱりっすよ!!」


どうもヤスからすれば何の変哲もない壁に突然扉が現れて現在に至るので大変混乱している様子だ。

そうして皆が混乱する中でもそんなことを気にするでもないノワールはマイペースに一人一人子ども達の拘束を解き、手を引きながら食堂へと移動させていた。











「はぁ…とりあえず拐われた子ども達を保護したから安全圏のここに扉を繋げて、何やかんやあってノワールさんも仲間に加わって、ノドカちゃんはまた拐われてるんっすね!完全に理解したっす!」


ノワールは終始無言だったようにしか見えなかったが、ヤスはノワールから事情を聞いたようで、大きく頷いていた。

唐突な行動には驚かされるものの、ノワールのおかげで子ども達を王国に届けられたのは助かるし、これで心置きなく和を探しに行くことができる。


「なぁなぁこの扉ってどこにでも出せんの?」


「……」


「いや〜、一回行った所じゃなきゃ無理っすね!」


「そっか〜じゃぁ、姉ちゃんは地道に捜すかねーな!」


「ちょっと待って、教会には出入りしたことあるのかよ…」


悪魔の出入り自由な教会とは…今はそんなこと気にしてる場合ではないが、前回や今回の誘拐事件といいリーゼンフェルトってもしかして治安悪いんじゃ…などと心配していると突然地面が大きく揺れ、隣に立っていたニールがうおっと声を上げてバランスを崩して俺に掴みかかってきた。


「何だこの揺れ!?」


「えっ何すか?てそっち側地震起こってるじゃないすか?!」


扉の向こうからこちらを覗き込むヤスが驚いたようにそう声を上げる。

どうも王国側には異常はないらしい、そもそも生まれてこの方この大陸で今まで自然災害の地震に遭遇したことなどない。

激しい地鳴りが響き、どこか遠くで建物が崩れたような物音がすると地震はピタリと止まってしまった。

何だったんだ…?




「……」


謎の地震に戸惑う俺とニールを他所に心なしか先ほどより少し渋い顔をするノワールがヤスに何かを耳打ちしている。


「あっはい!この子達のことは任せてくださいっすよ!俺もチート級に強い魔法でも使えたら一緒に行きたいとこだったんすけどね〜」


「…足手まとい…危険」


「辛辣ーっ!!」


ノワールの発言に少し残念そうにしながらも直ぐにニコニコと明るく振る舞うヤスはこちらにも顔を向けて手を振る。


「まぁ…何か結構やばそうっすから、ニール君達も気をつけてくださいっす!美味い飯を沢山作って皆さんとノドカちゃんの帰りを待ってるっすからね!」


「おう!兄ちゃんの飯楽しみにしてるぜ!」


繋げた扉を閉めるノワールの肩越しにより大きく両手を振りながらヤスが少し心配そうにも見える優しい眼差しで見送ってくれる。

俺はこの男とは特に交流はないのだが、心配して優しく接してくれる姿を見てると懐かしい人達を思い出して少し心苦しくなる。




「あっあの、子ども達のことお願いします…必ず和と一緒に戻ってみせますから」


「はいっ!期待してるっすよー王子様!いってらっしゃい!」



そんな大きなヤスの声と輝く満面の笑みを最後にパタリと閉じられた扉は光を放って消え去った。





「…いってらっしゃい、か」


何気ないやり取りで彼が放ったその言葉が昔懐かしい記憶の中の誰かと重なって、胸がじわりと温まるような心地よさを感じる。

何だか今まであまり接したことのないタイプの優しさに触れたせいか、少しこそばゆい気持ちを抱えながら、牢屋を飛び出していったノワールの後をニールと共に追いかけた。










ー巻きぞえアリスの異世界冒険記45ー











雲から覗くわずかな月明かりに照らされや夜の中を神秘的な眩い光だけで構成された蝶が舞う。

見覚えのあるその蝶を招き入れるために窓を開け放ち、手を伸ばす。


「カミルめ、さてはまたヤンチャしているな…」


感情的になりやすい真っ直ぐな弟には困らされる時もあるが、そんな所も可愛い弟の魅力だとも思う。

指先にとまった蝶から受け取ったメッセージには和お嬢さんが拐われるといった予想外の事態には多少驚かされたが、侯爵については概ね予想通りであった。




「シャル、そこにいるんだろう?報告を聞こうか」


「はい…こちらに」


月明かりと机の上にある蝋燭に照らされた室内の隅の影より、スッと夜闇に溶け込む黒いローブを身に纏い、金の刺繍が施されたフードを深く被った細身の女性が現れ、跪いて恭しく頭を下げる。

彼女は名をシャルブレッテといい、主に情報収集のための隠密任務を請け負う部下の一人だ。

人と関わり合うのが苦手であるが、軽やかで闇に溶け込める特殊な魔術を使える彼女は隠密任務のエキスパートである。


「…これを」


「このローブは…」


彼女が差し出したのは黒いローブだった。

普通とは違う不思議な赤黒い色をしたその布は白銀の太陽の中に黒い糸で紡がれた目の刺繍がやたらと目立ち、そのマークを見ては昔話で語られる邪教が本当に存在する事を思い知らされるようだ。


「レブルの民の証か…これはどこで見つけたんだ?」


「町の教会…女神像の床下に隠し通路がありました…その地下部屋に」


シャルが言うには教会の壁にかかった燭台に仕掛けがあり、女神像を動かして地下通路を発見。暗い地下通路の先には部屋が一つあり、そこで床に黒いインクのような塗料で描かれた不穏な魔法陣と中央に女神に似た神々しくも禍々しい神を模した像、さらに飛び散る大量の血痕を目撃、ナイフや剣〜斧や鉈といった様々な血のついた凶器と拷問器具、レブルの民の紋章の入ったローブもそこで大量に見つけたのだと言う。


「像は禍々しい気を放っていて回収どころか近づくことも叶いませんでした…後、地下の部屋の壁には鏡が沢山飾られていました…」


「鏡?」


先ほどのカミルの報告から教会地下の鏡にも何処かへ繋がる魔法が仕掛けられてあるのだろう。

あの教会を建てたのは紛れもなく侯爵であり、シャルの報告からその教会地下では人間を使ったおぞましい儀式が行われていたことが容易に想像できる。

我がリーゼンフェルトでは一般的な信仰対象である神は女神シュトラールだけだが、かの女神には邪神を祀るように怪しい儀式法や人間の命を必要とする神ではない。

あの教会は女神シュトラールを祀っているように見せかけ、全く別の神を祀っいた。それがシャルが見つけた怪しい像と関係があるのは確実だろう。

そして最近居なくなったと言われる貧民街の住人や、この町に向かったと言われる冒険者や旅人が行方知れずになると言った噂話もその儀式に関係している。

…なんて黙々と考えている内は全て俺の妄想に過ぎないのだが、



「とりあえず侯爵に突きつける証拠としてはこのローブで十分だ。ありがとう、シャルブレッテ」


「い、いえ…私は仕事をしただけですから…」


「その仕事の成果がいいから褒めてるんだよ。さて…マクシムの報告も聞きたいところだったけど、時間が惜しい。直接侯爵に問い詰めてみようか」


お嬢さんやカミルのこともある、早々にこちらの問題を片付けて助けてあげないととシャルが手渡す上着を着て部屋の扉に手を掛けようとした。

その時、両開きの扉の隙間から差し込んだ眩しい光が徐々に扉を壁を突き破り、熱気と共に室内にいた俺とシャルを襲った。




「クロード様ぁあっ!!!」


駆け寄るシャルの必死に叫ぶ声を掻き消すように部屋に雪崩れ込む爆炎が上げる凄まじい爆音と屋敷が崩れていく騒音が耳をつんざいた。

















10年前、隣にあったバートランド領が襲撃され、白い霧に覆われたことにより父から受け継いだ緑豊かだった領地は私の代でゆるりと死を待つだけの大地と成り果てた。

白い霧に覆われた領地はフォルテシアの大地に張り巡らされた神樹の根が腐り落ち、神樹の恵みを得られなくなった土地だ。

隣り合っていると言うだけで、不幸にもその煽りが私の領地にも多大な影響をもたらしていた。

作物はろくに育たず、緑や水が緩やかに枯れて行く。


私腹を肥やすために他人を貶めることだけを考え、オズワルド王にゴマをすり、無為に日々を過ごす奴らのように暢気に生きる日々はそんな静かな変化に気付いた瞬間に自分はなんと無力でちっぽけな存在であることかと思い知らされた。


誇れるほどの武力も飛び抜けた智謀ももともと持ち合わせてはいなかったが、父から継いだこの広い領地を管理するためだけに必死に何年間も費やして知識を身につけた。

しかしいくら知識を身につけたところで、どんな事態であるかは理解できたとして、問題を解決する力を私は持っていなかった。


神樹の加護が失われてきている現状を訴えた所で、敵対する国もない王国の平和ボケした連中に届くはずもなく、私はただ毎日女神に祈りを捧げ、窓の外で不作に喘ぐ民を見つめることしかできなかった。


父から受け継いだこの家も領地も私の代で終わりなのだと諦めていたそんな時だった、彼に出会のは、







「貴方は聡い人ですね〜。神樹が死にかけていることに気付いてらっしゃるのですね」


ニコニコと笑みを絶やさない不思議な男だった。

突然訪れた旅人をほんの気まぐれで屋敷に招き入れたのだが、この不思議な雰囲気を漂わせる旅人との出会いが私の人生を大きく変えた。


「宝具の加護があるリーゼンフェルトならともかく、遠く離れたこの領地じゃその恩恵もまともに受けられない…実に酷い話です。このまま何もしてくれない女神シュトラールを信仰して貴方は救われるのですかねぇ?」


私の焦りと神や国に対しての疑念、全てを見透かした男はただただ笑みを絶やさずに懐から小さな像をとり出してテーブルの上に置いた。

何と美しく神々しい像だろうか、同時に禍々しい気配を漂わせたその麗しくも妖しい雰囲気を醸し出すその像は女神シュトラールによく似ていた。



「これ、美しいでしょう?僕が信仰してる破壊神様なんですよ〜。女神シュトラールを信仰する貴方にとっては悪しき神でしかないかもしれませんが、僕らにとって破壊神様は救世の神なのですよぉ。今のフォルテシアは管理者である神のいない世界、ただゆるりと滅びに向かうだけ世界。でも僕らの神ならばこの世界を救うことができる」


「破壊神が世界を救うと言うのかね?そんなことどうやって…」


「簡単ですよぉ〜世界を一度破壊して創り直すんです!一回ぶっ壊しちゃうんですよ!」


とても正気とは思えないその男の答えに私はただただ驚き戸惑うばかりであった。

男はただ笑みを浮かべ、テーブルの上にさらに血のように赤い朱印で閉じられた黒い封筒を置いた。


「よくしていただいたお礼にこの紹介状を差し上げますねぇ。使うも使わないも貴方の自由ではありますが、困った際にでも是非試してみてくださいね。彼女は少々我儘な魔女ではありますが優秀ではありますからきっと貴方を救ってくださいますよ、必ずね」


そうして随分物騒な物を渡した男は終始にこやかな表情を崩すことはなかった。そんな彼に私は何もできずに気がつけば屋敷を去る後ろ姿をぼんやりと見送っていた。

危うい思想を語る男をみすみす見逃した上に、この件を王に報告する事さえ恐ろしくなり、私は慌てて残された破壊神の像と黒い封筒を破棄しようとした。






ーーだが、本当にこのまま領地が廃れていくのをただ見ているだけでいいのだろうか?

リーゼンフェルトには誰も私の苦悩を理解してくれる者はおらず、嘲りながら私の力が足りないと見下してくる連中ばかりだ。

あの旅人の言動は確かに過激なものではあったが、私の憂いを見抜き理解してくれたのは彼だけであった。

そう思い悩んでいると手を伸ばしかけた先にある破壊神の像が反応するかのように淡く輝いたように見えた。




あぁ、私は既におかしくなっていたのだろうか?



いくら祈ろうと願おうと応えることない女神への信仰心はとうになく、目の前にあるこの破壊神の像がどんな存在であるかと理解していても願わずにはいられなかった。

手を合わせて祈ると同時に今まで心の奥底でくすぶっていた女神やリーゼンフェルトの連中への激しい憎悪が込み上げてきた。


一体何を迷うことがあっただろうか?


何をするでもない置物の女神と世界の崩壊に気づかぬ愚王、私欲に塗れた連中などどうなったって構わないではないか。

私が、家族が、我が民が救われるのならば!



そうして黒い感情に突き動かされるままに私は封筒を開き、現れた魔女メガイラ様と契約を交わした。

これよりサナトス様を崇め、信徒レブルの民であるメガイラ様の要求に応える代わりに、領地に安寧をもたらす約束だ。



「願いを叶えるにはそれなりの代償を支払ってもらうわ〜。でもちゃんと払うことができるのならば、貴方のお願い事は必ず叶えてあげるわぁ…私なりにね」


私は彼女が要求するままに、王国の情報を晒し、サナトス様の復活のために大いなる闇の魔力を得る儀式を行う上で必要になる生贄として、王国にとって居なくなっても平気な罪人を、彼女が個人的に欲しがった生贄には領地を訪れた旅人や貧民街の子どもを捧げた。

初めは人の命を奪う行為に戸惑い恐れもしたが、それに引き換え豊かになって行く領地と元気な民の声が私の行いは間違っていないのだと確信させてくれる。

儀式によって多大な破壊の力を溜め込んだ破壊神の像は日に日にその神々しさを増し、祈ればいつの日か世界を滅ぼし新たな世界を創造する破壊神のビジョンが鮮明に目蓋の裏に浮かび上がり、いつしか私は破壊神の復活を心より願うようになった。


領地は豊かになったが、こんな死にかけの世界では生きながらえる意味もない…生命に満ち溢れた新たな世界を創れる唯一の存在であるサナトス様を復活させるためにはどうしたらいい?


もっともっともっと破壊神様が力を取り戻せるように生贄を増やさなければーー


しかし頻繁に拐って殺しては目立ちすぎる…領地を発展させ、宿や教会を建てて訪れた旅人や領民には女神と偽り破壊神に祈りを捧げさせよう。

生贄を使った儀式を行うよりも集まる魔力は微量ながらも怪しまれることなく着実に力を蓄えられる。


そうして10年かけて私の領地は発展し、闇の魔力を得た破壊神の像は最初に見た時よりもますます禍々しく神々しくなった。



「人間ながらよくここまで尽くしてくれたわねぇ…そうねぇ、後はリーゼンフェルトを切り捨ててこちら側に着く覚悟を示せたのなら、あなたを正式にレブルの民として認めましょう」


そう妖艶に微笑み、メガイラ様はレブルの民の紋章の刺繍がなされたローブを渡して煙のように消え去った。


明日、我が領地に王子2人が訪問に来る…王子達にどんな思惑があるかは知らないが、この機会を逃すわけには行かない。

何としてでも、やり遂げるのだ。








ーーーーーーーーーー










クロード王子の部屋から連鎖的に爆発を起こした私の屋敷は赤く燃えながらガラガラと火花を散らして崩れていく。


赤い炎の渦に囲まれた中央庭園で私は破壊神の像を抱えたまま地に崩れ落ち、自分の犯した目の前の惨状に震えていた。

震えが治らないままの両手を天に広げて星空の輝く夜空を仰いだ。


捨てたーー


ついに私は国を捨てたのだ!もう後戻りなどできない所まできた!!






「おぉお…やりました!私はやりましたぞ!我が主君を!王子を殺しましたぞっ!メガイラ様ぁっ!どうかこの世界の破滅からっ!我らを!我が民をお救い下さい!!」


これで国の宝具を正しく扱える人間は老いぼれた現国王と幼すぎる娘一人だけとなる。

宝具を集めたがっているレブルの民にとって大きな理となったはずだ。


国を欺き、数多くの人間をメガイラ様へ捧げ続け、教会地下の闇の儀式による恩恵を受けて私の領地は栄えてきたのだ。

そうして長年支えてきた主君を裏切ったことの後悔など今更するはずもないはずなのに、身体が震えて涙が出そうで表情が歪む。

しかしそれはやがてあの方の期待に応えたと言う達成感と喜びで自然と歓喜に満ち溢れた笑い声となって響いた。


救われるのだ!

私は、私の領民には未来が拓けたのだ!

やがて破壊神様が降臨なされる新世界で生きる権利を勝ち取ったのだ!


「神よ…どうか救いを…」


滅びかけているこの世界には最早時間がない。

何も知らずに平和ボケしてただのうのうと滅びを待つ国と共に生きることなどできるものか!

私はこの手が血に塗れようが私の家族を、領民を守って見せようーーたとえ主君を裏切ろうとも。




…私はとうに破壊神様に魂を捧げたレブルの民なのだから。



炎の中でサナトス様を模した像を夜空に掲げ、狂ったように笑い続ける内に様々な不安に満ちていたのが嘘のようにスッキリと晴れてしまった。まるで全ての重責から解放されたような清々しさにむしろ心が躍るようだった。

同時に像を掲げる手を通して身体から感じたことのない力が湧き上がってくるのを感じた。





「おぉ…感じる…サナトス様の力を…ふふ、ふははははっ!ははははっ!我が神の力はなんと心地いいことか、今なら何だって出来そうだぁ…」


ついに私は破壊神様に正式な信者であると認められたのだ。

私を救ってくださった神に、メガイラ様に報いるため、私はもう祖国リーゼンフェルトを滅ぼすことに躊躇いもない。









「我が主に!破壊神サナトス様に栄光あれーっ!!」




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