加虐の魔女の呪縛の鎖
抗いようのない甘美な眠りに誘われて暗闇へと意識が落ちた瞬間、バチっと鋭い電流が走ったような音と閃光が耳と閉じた目蓋の裏を一瞬照らした。
「たく…だらしねぇぜ。仮にもこの俺様と契約してんだ。しっかりしな!」
よくドスの効いた自分の声に叱咤されて消えかけていた意識が戻り、悪どい笑みを浮かべた自分の顔と驚いたように距離を取る魔女の姿をまるでディスプレイから覗くような慣れない視点で見ていた。
覚えのある感覚にすぐ様アリスに身体を乗っ取られたことに気づく。
どうやら魔女が手を触れようとした瞬間に過去にも放ったあのビリビリする電流を放って回避したらしい。
(あああっありがとぉ…たすかったよ)
「ふんっ…身体を奪われてるってのに呑気な奴だぜ」
(だって…前とは違って今回は危ない場面を救われた形だし、状況が違うじゃない)
「そーかよ…ま、コイツの相手はテメーじゃ手に余るだろうよ」
明らかに態度が一変した私の異変に気づいたらしい魔女は先ほどまでの余裕の笑みは消え去り、怪訝そうに目を細めていた。
「さっきと明らかに人が変わったわね…ただの人間とは違うようねぇ。あなた、一体何者なのかしら?」
「はっ!テメーらが欲しがってたコイツだよ。まっ、今は別だがな」
「宝具に魂が宿るなんて…そう…あなた神玉の首飾りだったわね、アレク姉様が言ってたのはこれのこと」
一人納得したように頷き顔を上げた魔女は再び妖艶で貼り付けたような不気味な笑顔を浮かべて浮き上がるステッキを椅子にして座る。
「そういえば自己紹介をしてなかったわね♪私は苛虐の魔女メガイラよ、よろしくね」
「…生憎今の俺様に名はねぇ。それにテメーはここで殺す。だから名乗る意味もねぇぜ」
「そうかしら?これからあなたとは長い付き合いになると思ってるわよ、私は♫」
殺意に満ち溢れたアリスの発言をまるで気にせず、飄々とした態度で笑う魔女のメガイラがパチンと指鳴らすと壁一面に貼り付けられていたいくつかの鏡からネズミやウサギ、犬と似たような割りと可愛らしい魔物が現れ、アリスと私の前に立ちはだかった。
ぶるぶると震える様はあまりに迫力がなくて丸腰とは言え、到底アリスよりも凶悪とは思えない。
「おいおい、そんな雑魚共が俺様を倒せると本当に思ってんのか?ふざけてんのかよ」
「うふふ…そうねぇこの子達には無理だわ〜でも本当にこの子達を殺してしまっていいのかしらぁ♪」
(えっ…どゆこと)
すこぶる楽しげに笑う魔女、メガイラの発言に惑う私と目を細めて魔物を睨み付けるアリス。同じようにとても弱々しく震える魔物を観察する。
魔物なんてそんなに見たことないからよくわからないが、とても小柄で子供のようだ…怯えようから闘志など微塵も感じられないし、森であった魔物と比べてもまるで魔物っぽくないか…な…??
「テメー…随分いい趣味してんじゃねーか」
(えっえっどういうこと???)
何かを察したらしいアリスとは対照的に状況を飲み込めない私はひたすらにあわあわしながらアリスに問いかけるが、返事はない。冷たい。
「あのまま寝てたら俺様もコイツらの仲間入りってわけかよ…タチの悪い呪いだな」
(えっ)
「…ご名答♪あなたは察しがいいのねぇ。そうよ、あなたから生気を奪って最後には私の可愛いペットに加えてあげるつもりだったのに」
(えっっ)
「察し悪いな!コイツらはオメーが捜してたガキ共ってことだよ。魔物に姿を変えられちまってるようだがな」
(えーーーーーっっ!!!??)
サラッと言ってくれたけどまさかの展開に私は頭と心がついてかない。
「よく耳を澄ませな。オメーにも聞こえるはずだぜ、魂の声がよ」
アリスに言われた通りにジッと目の前の魔物達に意識を集中させて静かに耳を澄ませる。
するときゅーきゅー鳴く鳴き声とは別に、魔物達の怖がる声が思念となって脳内に響き渡るように聞こえてくる。
そんな嘆きの声が聞こえて混乱する私は話を整理するために、今までの会話や出来事を思い返す。
メガイラは確かに殺しはしてないって言ってたけど、連れてかれた子はこの目の前にいる魔物であり、つまり魔法?呪いによって姿を変えられていて、でも一応生きてはいてそれで…???
ふとリスカル君がそっと呟いていた言葉を思い出した。
『ナタリアちゃんは…随分前にどこかに連れてかれちゃったんだ』
(ま…まさか…な、ナタリアちゃんは…)
「はぁ?ナタリアだ?」
「っ!きゅぅっ!きゅー!」
私の声に怪訝そうな顔で反応するアリスが『ナタリア』と声に出した瞬間、目の前にいたウサギに近い魔物がびくりと大きく反応した。
(私の名前何で…いや、もう何でもいい…お願い…お願い助けて…)
困惑していた思念は鮮明にただただ助けを乞う瞳と共に突き刺さってくる。
(マジで…?)
(…帰りたい…お爺ちゃんに会いたいよ…
)
届いてないはずの私の問いかけに応えるように向けられた思念と涙を溜めた大きな瞳に紛れもなくこの魔物が捜していたナタリアちゃんであることを突きつけられる。
(お母さんに会いたい…)
(痛いのは嫌…殺さないで…)
(俺は人間だ…頼むよ…助けてくれよ…)
彼女の他にもいくつもの思念が頭に響き渡ると同時に間に合わなかった事実をいたく突きつけられ、理解した瞬間に今自分達は元人間と対峙しているのであると思い知らされる。
「そうそう〜私のお気に入りのナグアちゃんが居なくなったのよね….覚えがあるかしら?沢山の人間を寄せ集めて作ったとっても立派な大蜘蛛よ」
……あの屋敷の大蜘蛛だ。
にやにやといやらしい笑みを浮かべてるから私達が接触していることをわかっててわざわざ揺さぶってきているんだろう。
アリスはともかくその揺さぶりは私にはよく効いた。
「苦労したのよ〜人間一人一人は子蜘蛛にしかならないし、弱くてねぇ〜…だから沢山寄せ集めて大きくしたの♡流石にアレには気付いてなかったようね…うふふっ」
助けは間に合わず、それどころか魔物に変えられているとは知らずに沢山の人間をいたぶっていた事実を突きつけられて、自分は今身体を乗っ取られていると言うのに何故か酷く胸が苦しくて景色が歪むように揺れる。
「……」
「ふふっ…あははっ!はははっ!本当人間て愚かよねぇ!見た目に惑わされて同族同士で殺し合っていることすら気づかないんだも の!本っっ当バカっ!…今頃井戸の調査をしに来た強ーい騎士様も魔物化した子ども達を相手にしてるんじゃないかしらねぇ?」
突然人が変わったかのように激しく笑い出したメガイラは酷く冷たい目をしながらも喜びに満ち溢れたとても残忍な笑みを浮かべる。
しかし次の瞬間、目の前にいた魔物の1匹がまるでサッカーボールのごとく彼女の横っ面を掠め抜けた。
素早すぎる身のこなしに視界は激しく揺れて事態を把握するのにワンテンポ遅れたものの、鏡にすうと消えた魔物を見てようやくアリスが魔物に変えられた人間の一人を全力で蹴り飛ばしたのだと気が付いた。
ー巻きぞえアリスの異世界冒険記44ー
(ちょっっっ!!ちょっちょっと何してんの!?!??!?)
「うるせぇ!!どいつもこいつも耳障りな声を上げやがって、イライラするぜ」
チッと舌打ちをして悪態をつくアリスにはめそめそしていた魔物もメガイラさえも予想外の反応だったのか驚いた様な表情をしていた。
「んなことでこの俺様が怯むと思ってんなら当てが外れたなァ!元人間だろうが何だろうが俺様にはどーでもいいんだよ!邪魔するならぶっ飛ばすだけだぜ」
拳を重ねてパキパキと指を鳴らしながら私の顔でやたら残忍な笑みを浮かべたアリスが怯える魔物を睨みつけ、立ちはだかる彼らを蹴飛ばしながらメガイラに向かって行く。
(ちょっと待ってアリス!その子達は人間なんだよ!?傷つけちゃダメだってば!!)
「うるせぇ!自分の身一つ守れねぇテメーは黙ってろ!!」
それを言われると言葉に詰まるが、攻撃意思のない弱々しい魔物達を虐げる姿を見てられない。
ついにアリスがウサギの魔物姿でプルプルと怯えるナタリアちゃんを踏みつけようと足を上げる。
(ダメ!やめてっ!!)
そう強く願って声を張り上げた瞬間、
「っ!!?」
ピタリとアリスの動きが鈍ってナタリアちゃんの脇を抜けた足は強く地面を踏みつけていた。
(…っ?…んんっ!?!)
今のは…アリスの意思に反して私のお願いを身体がきいた感じ???
「…てっ…テメーっ!!」
青筋を立ててブチギレるアリス、もとい自分の顔が鬼の形相すぎて怖いのだが、今は目の前に敵がいる状況だからか、忌々しげに表情を歪ませながらもアリスはメガイラを睨みつけた。
「あら〜?あらあらあら…今のは何なのかしらー??」
「…ふんっ!!テメーさえ潰せりゃこいつらは何も出来ねーんだろ?手っ取り早く片をつけることにしただけだ!」
そう吐き捨てて素早く飛びかかるアリスに余裕そうな居住まいのメガイラがニヤリと笑うと、アリスの拳が命中するすんでの所で彼女を庇うように魔物化しているナタリアちゃんがぬるりと滑り込んできた。
(だっだめーーーっっ!!)
「っ!?!?」
当たれば絶対痛そうなパンチをナタリアちゃんに喰らわせたくなくて思わず叫ぶと、拳の軌道が大きく左に逸れてバランスを崩したアリスが壁に掛かってた鏡へと突っ込み、派手にガラスが割れる痛々しい物音が辺りに響き渡る。
私の妨害でがっつり頭を切ったらしいアリスの額をギャグチックに吹き出す鮮血は地面に散らばるガラス片へとポタポタ垂れ落ち、またガラスの破片に映る恐ろしいアリスの形相に私は思わず息を飲む。
「テメー…よっぽど死にてぇーみたいだな…」
(ま、まま魔女さんをぶっ飛ばすのには異論は無いけど…お願いだから他の人は傷つけないで…ほしいなぁって…)
「…クソが…魔物になっちまった他人を構うほどの余裕もねーくせによぉ…」
(……)
悪態をつくアリスのイラついたような呟きに、確かに私はこうしてアリスにも身体を乗っ取られるし、それ以前に魔女にも捕まってたし人の心配をしている余裕はないのだけど、目の前で誰かが傷つくのが単に嫌だった。
私が不甲斐なく気を失ったせいでアリスにそんなことをさせるのも正直嫌だし、そもそも自分の身体で罪のない誰かを傷つけるのはすんごく嫌だっ!!!
「あらあらあなた、どうもその身体を上手く使いこなせていないのねぇ。さながら身体が本来の主の意思を反映してるってとこかしら?」
「…だったら何だってんだ?ハンデにはちょうどいいぜ」
「ずいぶん強気なのねぇ〜この子達は私の手足も同然なのだけど…」
パチンと指を鳴らすメガイラの前に再び無理やりといった風なナタリアちゃん他、鏡からアリス蹴飛ばされた魔物+αが立ちはだかる。
「傷つけずに私まで辿り着けるのかしら?」
極め付けにフワリと傘のステッキに腰を下ろして宙に高く浮いたメガイラは言葉通り、高みの見物を始める。
「さぁ、その生意気な羊を狩ってしまいなさいな!」
メガイラが大きく両手を広げ、声高らかに命令を出したのを合図にナタリアちゃん達他の人間だったろう魔物が襲い掛かる。
ナタリアちゃんのような小動物的な魔物は動きが鈍く軽々と避けたり、受け流すアリスだったが、牙がえげつない感じの虎のような魔物が素早く接近してはアリス目掛けて大きく口を開けて襲ってくる。
今までとは比べ物にならない素早さに反応が遅れたもののアリスはサッと左へ転がるように避けた。
「チッ…」
(あ、あああアリスぅっ!!腕っ!血が!)
「うるせぇ、カスっただけだ。ガタガタ騒ぐな煩わしいっ!」
(かすり傷ってレベルじゃないんですけどっ!!)
ぼたぼたと滴り落ちる明らかにかすり傷ではない血の量に、私は痛みを感じないもののスプラッタ映画を見るようなハラハラ感で心臓に悪い。
「あいつらを殺していいってんならこの身体も傷付かずに済むぜ?」
(それはやめてっ!……でもでも命を取らない程度に軽くぶっ飛ばすのはオッケーだから!だから死なないで私の身体でっ!)
「なんて意志の弱い奴…まぁいい、こんな雑魚共なんぞ相手にしないでもどうにか出来る。黙って見てな」
やたら余裕ぶるのは私が一応不死身であるからだろうけど、次々と襲いくる完全に人間だった頃を忘れて獣同然の殺意溢れる虎魔獣の噛みつき攻撃や人型鬼のトゲ棍棒の振り下ろし、鷹のよう見た目で獰猛な爪を剥き出しに突撃してくる鳥獣の猛攻を凌ぐのが精一杯に見える。
しかし敵の攻撃をギリギリかすめる程度に左へ左へと部屋の中を移動したアリスがメガイラまでの距離がグッと近づいた時は、まさかこれを狙い耐え忍んでいたのかと感心したのも束の間、彼女は焦りもせずに余裕気に足を組み直しアリスを見下ろしながらクスクスと笑った。
「あら、この子達を傷つけないように頑張ってここまできたのは褒めてあげる♪でも残念〜振り出しへ戻りなさいな!」
響き渡る彼女の笑い声と同時に後ろの壁に張り付いていた鏡の一つから、さっきまで背後にいたはずの素早い虎魔獣が現れてアリスに飛びかかってきた。
「っっ!!?クソがっ!」
後ろばかり警戒していたのか即座に反応できなかったアリスが驚きながらも咄嗟に両腕でガードするが、のし掛かられた勢いで地面に背中から倒れ込み、更に大きく口を開けていた魔獣の鋭い牙がアリス(私)の右腕をさっくりと貫いた。
アリスが素早く魔獣を殴りつけて振り払うものの長袖に空いた大きな穴とぼたぼたと滴り落ちる鮮血の量からかなりのダメージを負ったように伺える。
いくら不死で回復能力があるとは言え、痛みは感じるわけだし、治癒が間に合わなければどうなるかわからない。
(あああ、アリスぅ…)
「黙ってろ!」
情けない私の反応に尚更イラついたように声を荒げるアリスだったが、すぐに魔物達の猛攻に晒されて傷は癒えるどころかどんどん増えて行く。
私だったら今頃泣き叫びながら無様に転げ回って醜態を晒すレベルだと言うのに、アリスの忍耐力が異常なのかファンタジー世界の住人は我慢強いのか知らんけど、未だにしっかりと意識を保って立ってられるのがすごい。
しかしジリ貧もいい所で立ち位置もいつの間にか最初と同じ位置、床には私の血で模様ができるくらいに染まってる始末だ。
「ボロボロじゃな〜い♪やっぱり元の人格が足を引っ張ってるのかしらね?もう立ってるのもやっとなんでしょう〜?諦めて私のペットになるなら許してあげるわよ?」
「…そう余裕こいてられるのも今の内だぜ。そらよっ!!」
メガイラがニマニマしながらそう話してる間に止まった魔物達の隙を見てアリスが手をかざし、作り出した魔法陣から放たれた黒紫色の光線で部屋中の鏡を破壊した。
舞い散るガラスの雨を避けるように魔物達は部屋の中央へ集まり、メガイラも鏡を壊されて面白くなさそな表情で力を使いすぎてその場にへたり込んでいる様子のアリスを睨みつけている。
「はははっ!これで鏡を使った移動も援軍も無くなったわけだ。ざまぁねぇーな!」
「…死にかけのあなたにこれ以上戦力を増やすつもりはなかったけど、私の鏡を全部壊すなんて酷いじゃない〜?お気に入りだったからちょっとムカついちゃったわ〜」
どうも鏡全破壊と言った過激な行為はメガイラの機嫌を損ねたようで、キレ気味の彼女はさっと手を上げて魔物達の猛攻が再びアリスへ向かってきた
…………と思いきや、突撃してきた魔物は情けなく鳴きながらバチッとアリスの正面でまるで壁にぶつかったように弾かれた。
「えっ!な何事っ!?」
驚き声を上げるメガイラが目を丸くしている中、うずくまってニヤリと悪い笑みを浮かべたアリスの手元で赤く輝く光が先程ばら撒かれた血を伝って丸く魔物達を取り囲み、バリアのように包んでいる。
血で描かれた円と細かな模様が光る様を見て脳裏に得意気な師匠のドヤ顔が浮かぶ。
(これって…もしかしてワルツさんの魔法陣?)
「目を通しておいて正解だったなぁ!こうして閉じ込めちまえば俺にもあの女にも干渉できねーってわけだ。これなら文句ねぇんだろ?」
(え…あ…うん、はい…)
あの短時間で魔法陣を覚える上に血で魔法陣を作るなんて狂人すぎてドン引きなんだけど、リクエスト通りナタリアちゃん達は傷つくこともないし、何か優勢っぽいからいいか!
「くぅ〜〜っ!こんな小賢しい魔法で私の呪いが遮られるなんて〜〜腹立たしいっ!」
どうも頑張って魔物達を操ろうとするメガイラだったが、陣の中の魔物は怯えるばかりで指示は伝わってないようだ。ワルツさんの魔法は中々精度がいいようである。
思い通りにならず、癇癪を起こす子供のように足をバタつかせるメガイラはキッとアリスを睨みつけて、ヤケクソ気味に手を横に振るう。
すると黒い鋭い爪の残像が形を帯びてかまいたちのような鋭い風の刃がアリス目掛けて何発も放たれたが
「しゃらくせーんだよっ!!」
そう強く声を張り上げたアリスの瞳(私の目)が突然カッと禍々しく赤く輝き、右足を上げて強く地面を蹴りつけると、まるで皿を立てるかのようにくり抜かれた大理石の床がすっぽりとアリスを守る楕円形の壁となってメガイラの攻撃を阻んだ。
そうはならんやろ!と思っている内にアリスが素早くメガイラへ血に塗れた手をかざすと、水のように穏やかに宙を舞う血液がメガイラを中心に円を描いた。
死角からの攻撃にまだ対応出来てないメガイラが困惑しているのを見てアリスが真っ赤に光る目で不敵に笑った。
「捕まえたぜっ!!」
すかさずグッと拳を握ると血の輪っかが縮み、中心にいたメガイラをギュッと拘束した。
「きゃぁーー!!感触が気持ち悪いわぁっ!」
私と言うハンデを物ともせずに引っ捕らえて見せたアリスは実際すごいのだけど、今まで見てきたファンタジーって感じの魔法とは違う禍々しい感じの方向性にはメガイラと一緒でドン引きする。
てかそろそろ血が流れすぎて倒れるんじゃないかと心配な私を他所に、完全に形成逆転したアリスは悪い笑顔を浮かべながら両手を広げて笑う。
「加虐の魔女だかなんだか知らねーが、テメーはここで終わりだぜ!これから立派な墓を作ってやるよ、感謝しな!」
完全に本調子に戻ったアリスがグッと拳を握り両手に力を込めると、突然地面が激しく揺れてビシビシと壁や天井がひび割れて土埃が舞った。
「オラ!土の精霊グノームっ!この俺様の声に応えなぁっ!!!」
「嘘ぉっ!?あなたまさかーっ!!?」
魔力でも宿ってるのか、光る両手を合わせた後にアリスが両掌を天に突き上げると揺れはより一層強くなり、ついに壁や天井が耐えきれずに崩落が始まった。
拘束されたままどうにかステッキにしがみ付いていたメガイラもこれには動揺を露わに汗を垂らしながら瓦礫の中へと消えた。
「ははははっ!!ざまぁーみろっ!!」
ぶんぶんと耳障りだったハエを叩き落とした時のように上機嫌なアリスだったが、ガッ!ゴッ!と石や瓦礫を受けているのを見るにこの天井崩しは自分も巻き添えになるスタイルの技のようでとても笑ってる場合じゃない。
(自滅技かよぉーーーーーーっ!!)
「はははははっ!!」
笑うアリスに崩れ落ちる一際大きな瓦礫が迫った所で視界が真っ暗になって何が起こったのかわからない。
しかしどのくらいか時間が経ち、すっかり静寂が辺りを包んだ頃にモゾモゾと暗闇が揺れて、ガラッと大きな瓦礫を退かすアリスが瓦礫の山から這い出てきたお陰で星と月明かりが漆黒の暗闇を晴らした。
(ぶ、無事でよかった…本当に…アリスさん、ちょっとやり方が過激すぎません?死んだかと思った…)
「元より死なねーんだからいいじゃねーかよ。まっ、逃げ場のねぇあの女は今頃この瓦礫の下だろうがな!なぁっははははっ!!」
(え、えげつない…)
今思えば転移魔法のかかった鏡全破壊も最後の血の拘束も全てがメガイラへの殺意の表れだと思うとアリスの執念にはゾッとする。
まぁ…悪い魔女さんだったし、状況が状況だから致し方ないとは言え今後はあんま無茶な闘い方はしないでほしいなと思った。
幸いネックレス状態の私は痛みも感じないけど、アリス(私の身体)はありとあらゆる場所に傷があって血塗れでどう見ても重症だし埋まったナタリアちゃん達が気がかりだ。
「心配しなくてもあいつらを守る防護陣はこんな崩落くらいじゃ破れねーみたいだぜ、ほら。オメーはあいつらが無事なら文句ないんだろ?」
アリスが足でザッザッと地面を軽く掘ると先ほど見た赤い光が覗いて一先ずは安心した。
どうも先程のとんでもない崩落魔法は以前ソーマが使った技同様に範囲内を綺麗に崩すものらしく、丸く部屋全体を埋めるようにポッカリと地上に穴が空いたようだった。
現在地がどこかはわからないものの、屋敷や町から離れた静かな場所で崩落に巻き込まれるように薙ぎ倒された木々を見るに、森の中であるようだ。
仰向けに倒れ込み動かないアリス(自分)の胸の上でただ夜空を見上げていた私の耳に幾つかの足音とやがて現れた赤く揺らめく松明の光と黒い影が視界に入る。
ザワザワと騒がしく揺らめく影は集団のようであり、その内の誰かが軽い身のこなしで穴へと滑り込み、こちらへ近づいてきた。
「何故だ…君は屋敷にいたはず、どうしてここに…それに酷い怪我だ。一体何があった?」
(あ、マクシムさんだ…よかったぁ〜〜)
「…アンタか…なぁ、井戸の調査はもうやったか?中の魔物はどうした?」
見慣れた顔に安堵する私とは対照的に冷静にそう訊ねるアリスに怪訝そうに眉をしかめつつもマクシム団長は首を振る。
どうもちょうど井戸の調査を始めようと降りた段階で地震があったために地上へ出て、この現場にたどり着いたのだと言う。
まだ魔物に変えられた人間を手にかけてはいないどころか、出会ってすらいない様子にホッとする。
何気にアリスも気がかりだったのか安心したようにフッと笑みを零すと、魔女メガイラと元人間の魔物達の話をマクシム団長に伝えた。
「…そーゆーわけだから、井戸の中の魔物共は生け捕りにしとくのをすすめるぜ」
「そうか…わかった。君も魔女相手に相当無茶をしたようだが、無事でよかった」
「……まっ、俺様は拐われちまってこんなとこに来たけどよぉ。屋敷も何が起こってるかわかんねーぜ?」
「あぁ、恐らくヘイゲル侯爵とその魔女は繋がっているだろう…急ぎクロード様に連絡を!」
マクシム団長がそう指示を出すとアリスの怪我を癒していた団員が連絡係も担っているようで即座に新たな魔法陣を展開する。
「それから君は…和君、とは別人のようだが…君が例の呪い、アリスなのか?」
「…まっ、こんなこと普段のこいつじゃ出来るハズがねぇからな。そう言うことさ」
「……」
「待て待て!今は足手まといにしかなんねーアイツより、俺様のが役に立つぜ?現に魔女もこの通りだしなぁ!」
無言で姫様特注スプレーを向けてくるマクシム団長に余裕さが微塵もないアリスが慌てて崩れた地面を叩いてアピールする様はちょっと見ていて面白い。
実際魔道具一つない現状でマクシム団長の足しか引っ張らない私よりも今は戦闘面でも役立ちそうなアリスのままがいいとは自分でも思うけど、ムッとした顔をしながらもスプレーを噴射しないマクシム団長の反応は少し悲しみを覚える。
「…大人しくついてくるように…少しでも変な動きを見せた時は容赦しない」
「へーへー」
マクシム団長からお許しをもらい、傷の塞がった身体を起こして立ち上がったアリスは瓦礫の中から魔物を閉じ込めた防護陣と言う名の丸い球体を取り出すとジッと中で動き回る魔物達を見つめて怪訝そうに顔を顰めた。
(どしたの?)
「…呪いや魔法ってのは大概術者が死ねば解けるもんだ」
(つまり……生きてるの?!あの状況でぇ!!?)
「這い出て来ねーんじゃ、お得意の転移魔法で逃げたんだろうぜ。せっかく作った墓が台無しだぜ」
(そりゃよかったけど、よくねーーっ!)
殺人を犯してなくてよかったとか変なとこで安心してる場合じゃない。
ナタリアちゃん他の人達は人間に戻れない上にメガイラがこの先何をしでかすかわからないから早く探さなきゃまずい。
ヘイゲル侯爵のことも屋敷のクロード様や、約束していたカミル達も心配だ。
(…とりあえずリスカル君達から助けに行こう!そう言って!)
「…しゃーねーな」
渋々と面倒臭がりながらもこうして私達はマクシム団長達と共に井戸から牢屋に囚われているリスカル君達を助けるべく井戸へと向かったのだった。