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巻きぞえアリスの異世界冒険記。  作者: 冬野夏野
始まりの章
42/53

疑惑の侯爵と晩餐会


「姉ちゃんを捜してる間にひとしきりあの屋敷探し回ったけど何もなかったぜ」


「マジでか…屋敷奥って言ってたんだけどな〜」


(…この道の先じゃねーのか?)


「え?何でさ」


腕にぶら下がったままのアリスが突然喋るので思わず間の抜けた声を上げてしまう。

それに反応するカミル達のあの人一人で喋ってるって感じの冷めた視線が辛い。事情を知っているのだからもう少し温かい目で見てほしいものだ。


(アイツから見ればここも屋敷の奥なんじゃねーの)


「…ほぉ…そういう?」


私はてっきり屋敷内の奥に位置するどっかの部屋かと勘違いしていたけど、本当は屋敷をさらに越えた先だと言うことなのなら言い方が紛らわしいと思う。


現在地は屋敷の裏にある小道で屋敷とは逆側は薄暗くてよく確認出来ないが確かに怪しい雰囲気を醸し出している。

あてもないのでとりあえずしばらく歩いて行くと、いかにも何かが這い出てきそうな古井戸を発見した。

しかし古井戸ながらも井戸を跨ぐさびれた鉄のアーチみたいな所から滑りの悪そうな滑車に絡まってぶら下がるロープは大分使い込まれているようではあるが周りのものと比べると明らかに新し目に見える。




「圧倒的に怪しいよ!」


(臭うぜ…間違いねぇ)


「見るからに怪しいな…そもそも井戸があったのはここだったか?マクシム」


「いえ…こんな所にはありませんでしたね」


カミルとマクシム団長が怪訝そうな顔で話す姿を見て今更ながら以前もここに来たことのあるような態度だよなと思う。

カミルはともかくマクシム団長はそう言えば屋敷の絵画の男の子そっくりだったし関係が…と一瞬思考していたが、バッとすごい勢いで井戸に足をかけて死に急ぐニールのおかげで消し飛んだ。






「よーし!誰が最速で降りれるか競おうぜ!」


「…私が見て来るからここで大人しくしていろ」


早速底の見えない真っ暗な井戸に身を投げ出そうとするニールの頭をすかさず引っ掴んだマクシム団長が疲れたように深いため息をついた。

そしてカミルの光る蝶のサポートのもとロープを掴みながらスルスルと降りて行くマクシム団長だったが、しばらくするとふっとその背中が突然姿を消した。

一番頼りになるマクシム団長がいなくなったら大変困ると一瞬焦ったが、暗い井戸の底からマクシム団長の声がした。



「カミル様、この井戸には偽装魔法がかけられているようで…そちらからは見えないでしょうが、井戸の底には広い空間が確認できました」


「そうか、お前の身に何事もなくてよかった。じゃあ降りて問題ないんだな?」


「…問題ありませんが…」


「よっしゃ行くぜー!とうっ!」


「嘘だろ、行動力の化身かよ」


まるでプールに飛び込む中学生男子みたいな勢いでニールが井戸に飛び降りて行き、まさかのカミルも行くぞと言ってスルッとロープを滑り降りて暗闇に消えてしまった。


「嘘だろー!!?」


女の子を最後に残すとか紳士の風上にも置けん奴らだ!しんがり勤めろよしんがりぃ!

敵の罠とかそういうの一切考えない猪突猛進さにはいっそ感服するけどその内手痛いしっぺ返しに合いそうだと思いながら、ニールの急かす声がうるさくて意を決した私はゆっくりそろそろとロープを伝って慎重に井戸を降っていたのだが、無駄に口が広い井戸は足を引っ掛ける場所がロープぐらいでバランスの悪い宙ぶらりんの状態だったが故に、途中うっかり手を滑らせて勢いよく暗い井戸の底に落ちてしまった。




「うわあっーーー!!」


この落ちる感覚ついさっきも味わったような気がするし、この後どうなるかも想像出来て辛い。

不死身と言えど痛みはあるもの!と目を瞑り、身を縮こませて衝撃に備えていた私の身体はバシッと力強い腕に抱きとめられたことにより痛みを負うことはなかった。

目を開けば私を見事にお姫様抱っこでキャッチしたマクシム団長が何も言わずそっと床に下ろしてくれた。



「あ、ありがとうございます…マジで」


この人が護衛でよかったと感謝しながら、見回した井戸の底が思っていたよりもきちんとしたトンネルのような石壁に囲われた空間が広がっていた。

古井戸なら水が枯れた底は洞窟みたいになっていると思っていたからちょっと意外だ。

垂れ下がるロープを辿って上を見上げると井戸の中から見える外の風景が波打つ水面のように揺らいでる。

マクシム団長が言っていたように井戸の途中に魔法の膜が張られて、外からは中が底なしの暗闇にしか見えないようにカムフラージュされているようである。マクシム団長やニール達が降りた時も物音が一切しなかったのを鑑みるに防音効果もありそうだ。




(…この先に何かいるぜ)


「何かって何」


井戸の下の空間から真っ直ぐに伸びる暗く怪しい一本道にアリスが含みのある何ともアバウトな反応をする。

漫画なんかではよく強敵の気配を感じ取る描写なんかがあるけど、多分それに似たような感覚なんだろう。

しかしアリスじゃなくても何となく嫌な感じがするのは霊感体質にされたせいか私にも多少は感じ取れた。

泣き声のような叫び声のような悲鳴に似た声にならない圧のようなものが全身を駆け抜けて行くような感覚だ。



「何かこの先にやばいのがいるってアリスが言ってるんだけどさ…私もやな予感する」


「何かって何だよ」


「俺はガキ共見つけるまで帰れねーぜ。何が相手だろうが引くつもりは…てっイタタタタタっ!何すんだおっさんっ!?」


「…俺はまだおっさんじゃない」


突然ニールの右腕を捻り上げるマクシム団長によって、ニールがうるさく喚き散らした。


「いくら傷が癒えても痛みがなくなるわけではない…冒険はここまでだ。カミル様、ここから先は後日騎士団を率いて再度私が調査を行います」


そう言えばニールは化け蜘蛛との闘いでめちゃくちゃ怪我していたけど、カミルが一応回復してくれていたから、目立つような傷は見当たらなくて一見元気そうではあったが…今の苦悶の表情を見るに先ほどの過剰な行動も心配させまいとしてのことだったように思える。



「…でもこの先に拐われた子ども達がいるとしたら俺は」


「子ども達が心配なのは理解出来ます。ですが私には王子であるカミル様とその御友人をみすみす危険に晒す事は出来ません…と言うか、すでに危険な目にはあっていますね」


「……」


「穏やかな頃のバートランドとは訳が違います。危険な場所であるとわかっている以上、連れて行くことはできません。すでに被害は出ていますしね」


チラッと私達を横目に見るマクシム団長に、まんまと拐われたり大ダメージを負ったニールと私は言い訳を考えてもごもごするも何も言い返せずに苦笑いしかできない。

マクシム団長は恐ろしく強いけど、どんな相手がいるかもわからない所に突っ込んで、足手まといにしかならない私とかを守りながら闘うのは大変だ。

屋敷の件ですでにニールは怪我を負っているし、私は無事だったとは言えまんまと拐われたし、これ以上の未知の危険に挑戦する際にはお荷物以外の何者でもない。

王国騎士のマクシム団長からすれば王子のカミルの安全を第一に考えるのは当たり前だし、カミルもそれをわかってるのだろう、不満げながらも喚いたりはしないのだ。


(まっ、迷える魂の反応もねーし、この奥でガキ共は殺されちゃいねぇだろうよ。現時点ではの話だけどな)


「…アリスいわく、今の所は子ども達は生きている可能性が高いって言うからさ。マクシムさんの言う通り今日は色々あったし、暗くなってきたしさ?」


ニールがマクシム団長に噛み付いている間にコソッとカミルにここには転移魔法の鞄でいつでも飛んで来れることを耳打ちして今はとりあえず大人しく引き下がるように勧めた。

これ以上マクシム団長に迷惑かけるのは本意ではないし、個人的にはヘイゲル侯爵のお宅捜索もしたい所である。

この場がかなり怪しいとは言え侯爵家は調べてないし、もう少し情報を集めたい。いかにも危険そうなこの場所をマクシム団長が調べてくれるならお任せした方が捗りそうだからいいと思うのだけど、ニールとカミルは納得してない様子である。男の子ってめんどくさいなぁ…。

プライドやら譲れない想いとか色々あるから大人しく引き下がれないのだろうけど、最終的にカミルにもしものことがあった時のクロード様やベルティナがいかに悲しむかを長々と語られて、カミルも身内のことを話題に出されると弱いらしくあっさりと引き下がった。


「家族を引き合いに出すのはずるいだろ…」


とぶつぶつ呟きながら拗ねるカミルを後にニールにも同様にヨルン神父と教会の子ども達の話に置き換えて言い聞かせることで渋々ながらもようやくマクシム団長は私達を井戸から連れ出すことに成功した。









ー巻きぞえアリスの異世界冒険記42ー







もう陽が落ちきる寸前といった地平線から覗いた燃える太陽を横切るように三頭の馬がヘイゲル領へと駆けていく。

一緒の馬に乗ったマクシム団長は表情こそ伺えないものの、とても疲れた様子であることは背中越しでも伝わって来た。

こんなに疲れさせて何だけど、マクシム団長には本当に申し訳なく思う。恐らくこの後も大人しくするつもりもない王子達との捜索劇は続くだろうから、引き続き苦労させてしまうのが気がかりだ。

……気がかりと言えばあの幽霊屋敷の大きな絵画。

確かにルーチェとマクシム団長によく似た少年少女が描かれていたよな…マクシム団長は旧バートランド領をよく知っているようだし、関係あるのかな。

そう考えたらどうやらカミルも割と詳しそうな発言をしていたから馴染みがあった場所だったんだろうか…しかし今は廃墟で墓地と化してるしなぁ…。

あまり人の過去に突っ込むのもどうかと思うけど、気になる。気になりすぎて落ち着かないのだ。さっききから貧乏ゆすりみたいに自然に揺れてしまう。


「どうしたんだ?そんなに揺れて…あまり激しく動くと落ちてしまう」


「あ、はい、すいません。ちょっと考え事してて…つい」


「そうか」


「あの…カミルって昔…えっと旧バートランド領に来たことあるんですか?」


「…あぁ。カミル様はよくバートランド領に遊びに来ていた。あの白い霧に覆われる前の自然豊かなバートランドに」


「そうなんですか…じゃあカミルがちょっと様子がおかしかったのはお化けが恐かったわけじゃないんですね」


「…あそこは幼かったカミル様にとって大事な思い出の場所なのだろう。だから王子にも思うところがあるのかと」


背中越しでは表情を読み取れないからマクシム団長がどんなことを思っているのかわからないけど、何だか寂しげだなんて思う。



「思い出かぁ…友達とかかな?幼馴染とか」


(知らねーよ。興味もないね)


「ちょっとは気にしてよ…私は気になって仕方ないんだから!」


(あー?じゃあ恋人かなんかじゃねーの、知らんけど)


「まっさかー…10年前だよ?5歳だよ!?恋人て…少女マンガかよ!」


(一々うるせぇな…じゃぁ、好きな奴でもいたんじゃねーの?知らんけど)


「好きな子…!?」


カミルの恋愛事情など聞いた試しもなかったけど、幼少の頃の淡い初恋話はありうるのでは…婚約者と言う相手が選べない王族事情が絡むなら尚更燃える展開ではないか。…てか5歳ならカミルはそこら辺もよく理解してないほどには純粋な心を持った少年だったろうと勝手に妄想してちょっとほっこりした。

あのお屋敷を知っているような態度だったし、やっぱあの絵画にいたルーチェに良く似た美少女かな。それともバートランド領内の町娘とか…と、こんな妄想は婚約者であるアイラ様に大分失礼であるなと諫められたわけでもないけどそれ以上考えるのをやめた。

ルーチェやマクシム団長にも関係のあるお屋敷だったとしてあんな状況では気軽に聞いていいような内容とは到底思えない。

しかし気になるものはなるので、いつか昔の話もサラッと話してくれるくらい信用される人間になろうと私は密かに決意した。







ヘイゲル侯爵の屋敷に戻る頃にはもう空は真っ暗でメイドさんに連れ去られるようにして、あれよあれよと言う間に湯浴みに連れて行かれて問答無用で洗われ、可愛らしいドレスを着せられたかと思えばやたら可愛く磨き上げられて晩餐会へと放り出された。

立場上カミル王子の友人と言うせいかやたらと丁寧に扱われて正直困惑してる私の前に同じように綺麗な装いになったニールが借りてきた猫のように居心地悪そうに大人しく椅子に座ってる。きっと私と同じ目にあったに違いない。






「和お嬢さん、こっちこっち」


優しい笑みを浮かべるクロード様に手招きされるまま何も考えずに腰を下ろした椅子は左にクロード様、右にカミルと何と贅沢な所に座ってしまったのかと焦るが、ニールもマクシム団長もそれぞれ2人の隣に座っているから大丈夫な気がしてきた。

マクシム団長が素直に晩餐会に参加してるのが意外だったが、ヘイゲル侯爵直々に王都から遥々やって来た私達をもてなしたいとのことでこの場にいない騎士団員にも豪勢な食事が振る舞われているだとか。

バスケットの鼻をくすぐる焼きたてパンのバターの香りや、目の前に並べられた小さな鉄板の上でたまらない焼き音を奏でる何の肉かわからないステーキ、こんもりと小さい山のように豪勢に盛り付けられた色とりどりのフルーツなどなど色んな料理がテーブルの上に揃っている。

思わず零れ落ちそうになったよだれを拭い、今にもお腹がなりそうなのを我慢する私の視線の先でカミルの右隣に座るニールがそーとパンの山に手を伸ばすのをカミルが叩きを落とすようなそんなどうでもいい場面に気を取られている間に、ヘイゲル侯爵と奥さん、ベルティナ姫様ほどの小さな子ども2人が向かい側の椅子へと座り、程なくして仰々しい食事会が幕を開けた。





「いやぁ〜今日は珍しくお客さんが多いですから、ウチのシェフも相当張り切ったようです。さぁ、遠慮せずどんどん召し上がってください!さぁさぁ!」


ヘイゲル侯爵がいい笑顔でギラギラした指輪を沢山はめた手を大きく広げる後ろで、控える数人のシェフがコック帽を脱ぎ、恭しく頭を下げる。

メイドさん達も気合い十分だったし、珍しいお客さんと言うよりも王族のクロード様とカミルがいるから異常に張り切っているように見える。

両隣の王子兄弟は爽やかな笑みを浮かべ、動じることなく適度に会話しながら優雅な動きで普通に食事を始めている。さすが王族、一つ一つの所作が美しい。

テーブルマナーもロクに知らない私は沢山並べられたフォークやナイフをどう使えばいいか分からず、じっと目の前のステーキを見つめることしかできない。

と言うか皆平然と食べ始めてるけど、食事に毒とか盛られていたらとか考えないのかなとか今更ヘイゲル侯爵が怪しい人であることを思い出して一人焦る。


(お忍びできてるわけじゃねーんだ。こんな所で王族に毒なんて盛る度胸があるなら、コソコソ人攫いなんて面倒な真似しねーよ)


「…そ、そうか…」


言われてみればクロード様は予定通りにお仕事に来ているんだから何かあればすぐ王様の耳にも入るし、ヘイゲル侯爵は結構お偉いさんみたいだし民にも慕われているし、そんなことはしないかと思っていたらクロード様が余裕の理由をコソッと教えてくれた。


「この紋章、魔法なんだよ。この紋章が施されてる食器には毒探知機能が付与されるからこうして安心して食事ができるんだよ」


「あ…本当だ。ただの模様かとばかり」


クロード様がトントンと指で叩いた白い皿の縁に一見模様のように見える特殊な紋章、よく見れば食卓にある全ての食器にそれはあった。

クロード様の部下、騎士団員の魔法らしい。普通に便利ですごいし、偏見で騎士団と言ったら全員脳筋なのかとばかり思っていたけど高度な魔法も使える人もいるようだ。

やはり一国の王子だけあってその辺りもしっかりと対策済みだからこそ、こうして城を出て領地の視察に出かけられるんだろう。何も考えずに食べてるとか安易なこと考えてた自分が恥ずかしい。


「よかったらマナー、教えようか?」


「ぁ…ぅお、お願いします!」


どう食べればいいかもわからず惑っていたのを察されて余計に恥ずかしいけど、クロード様のお言葉に甘えることで無事に美味しい食事にありつけたから良しとしておこう。さすがプロが作ってるだけあって高級料理店のようでとても美味しい。

ただ高級料理店とかあまり行ったことのない私的にはリシェットさんが作ってくれる優しい味わいの料理が一番だ。

その内また食べに帰ろうかな…そう言えばジルベルトさんにアリスのことちゃんと報告してないし、相談したいな。

そんなことを考えながら食べ進めている間に食器の物音よりも話し声が大きくなっていく。

食事よりもお話がメインになってきたみたいだけど、領地や今の王政に関わるような話で分からんてか、右から左に抜けていく。

大人の話ってどうしてか不思議と難しく感じて聞いてられないんだよね…とぼんやりしながらフルーツを貪っているとひとしきりクロード様と会話を終えたヘイゲル侯爵と目が合い、吃驚した拍子に思わずリンゴを喉に詰まらせそうになった。


「君はカミル様のご友人だったね。いつかの夜はどんな不届き者かとばかりに疑ってすまなかったね」


「あーいえ!あの時はお騒がせしてすいませんでした…どうも、へへへ」


まさか個人的に話しかけて来るとは思わず、あからさまに動揺してしまう。


「最近のカミル様は以前よりも機嫌がいいと聞くものでね、君達ご友人がが同じ学園に通ってる影響かね?」


「えっ?そうなの?」


「そ、そんなことない!誰がそんな話をしたんですか…まったく」


まるでご近所さんの世間話のような会話にヘイゲル侯爵が何を考えているか分からない。

こんな隣人のおばちゃんみたいなノリで本当に悪い人なのかな?この人。


「カミル様と同じ学園と言うことはお二人共同じ15歳ですかな?」


「あ、私は一個上なんですよ」


「姉ちゃんの方が先にばあちゃんになるな!」


「デリカシーッッ!!てか1年しか変わらんないじゃん!誤差だよ誤差!」


「はははっ!私から見ればどちらも若くて羨ましい限りだよ…実にねぇ」


そりゃ40代くらいのおじさんからしたら私達の言い争いなど児戯に等しいだろう。そう思うと年上が多い場でこんな馬鹿みたいなやり取りするのもとても失礼に感じて私は苦笑しながら縮こまった。


そんなこんなで何事もなく晩餐会が終わり、食堂を出ると武装したマクシム団長が玄関先でクロード様と話している姿を見かける。

どうやらマクシム団長はこんな夜中にも関わらず、早急にあの怪しい井戸を調べに行ってくれるようで、数人の騎士団員を率いて夜の闇へと消えていった。


「マクシムさん達…大丈夫ですかね?」


玄関先から踵を返すクロード様と目が合い、軽く会釈しながらおずおずと訊ねてみた。


「彼のことなら心配ないよ。むしろ和お嬢さんはどうかな?アリス君とは仲良くなれたかい」


「ははは…仲良くなれたかなぁ?」


(……墓場に連れてってくれたことは感謝してるぜ)


「…とりあえず墓場に行けて満足してるみたいです」


「それはよかった…でも危険な魔物と遭遇したと聞いたよ。疲れているだろうし、調査はマクシムがやってくれるから今日はゆっくりとお休み」


「あはは…お言葉に甘えさせてもらいます」


そうは言ったもののチラッと胸元のネックレスに視線を落とす私に察したようにクロード様が苦笑する。


(心配すんなよ…今日は沢山魂を回収できて機嫌がいいからな、何もしねーよ。そもそもオメー、夜の屋敷探索で寝る気ねぇんだろ)


カミルとニールとで作戦を立てているのもしっかりとアリスに把握されてるため、実に意思疎通がしやすい。

クロード様を騙す形になるのは申し訳ないが、誘拐された子ども達の安否も気になるし、ヘイゲル侯爵の屋敷に誘拐事件の手がかりがあるなら早く突き止めてしまいたい。

それに屋敷内ならばもしものことがあっても直ぐにクロード様や騎士団員さんにも騒いで知らせられるだろうから、あの井戸探索よりもはるかに安全なはずだと思う。


「アリスも今日は墓地で大分満足したみたいなんで変なことしないって言ってますから大丈夫そうです!」


「それならよかった。一応お嬢さんの部屋付近には騎士団員を配置するから安心して休むんだよ」


ニッコリと安らぎを覚えさせるクロード様の優しい仏の微笑みに私は貼り付けた笑顔とは裏腹に心が罪悪感で死にそうだ。


「それじゃ、和お嬢さん…おやすみなさい。また明日」


「はい…おやすみなさいクロード様」


ポンポンと頭を撫でてくれるクロード様に私はひたすら心の中で謝り続けた。


それからメイドさんに連行されるようにしてロの字型の広いお屋敷の北館に案内された。

この北館には私の他にニールと複数人の騎士団員もやって来ているが、カミル達王族は別館にいるようだ。


恐らく最初に訪れた南館が玄関エントランスや食堂など機能的な部屋が設置されていて、この南館が来客用の建物でカミル達が通された東か西館のどちらかも客間か…だとすると残る方が侯爵のプライベート館で探索すれば何かわかるかも?


なんて確証もない考察をしてる間に1階のやたらとだだっ広い部屋へと放り込まれた。

ピカピカのフローリングにクイーンサイズはあるだろう真っ白で清潔なベッド、サイドチェストにお洒落なクローゼットと楕円形の鏡のついたドレッサー、ソファーとテーブルセットの側には可愛らしいランタンまで掛かってて、洋風な高級ホテルにでも泊まりに来たような気分だ。

とりあえず大きなベットに飛び込み、柔らかさを味わいながらいつ部屋を抜け出してもいいようにと7つ道具を鞄から引っ張り出した。


「……あれ?嘘でしょ…減ってる…何故」


鞄から取り出した7つ道具がおかしなことに魔法の地図と鋼鉄の傘、透明化シューズ、超非常用SOSボタンの4つしか見当たらない。後3つどこ行った…。


(大方あの化け蜘蛛に引き摺り回されてる時に失くしたんじゃねーのかよ?)


「そんなぁ…ジルベルトさんから貰った便利アイテムが…」


せっかくの貰い物を失くしたショックと申し訳なさに数分深く落ち込むがしかし無いものは仕方ない、幸い透明化シューズがあるから作戦は決行できる。

道具探しはまた後日にして、とりあえずこの透明化シューズを履いて部屋を抜け出し、集合場所であるお屋敷に囲われた中央庭園に向かうのだ。

部屋に向かう際に廊下からしっかりと中央庭園を穴が開くほど見たから位置はわかるが…ガチャリとドアを開けて廊下を見回す。



「ん?和ちゃん、お手洗いですか?」


扉の直ぐ脇に控えていた騎士団員の人の良さそうなお兄さんが笑みをたたえてそう優しく声をかけて来る。

この通り廊下の警備がしっかりしちゃってるために廊下から抜け出せそうにないのである。

てかもしかして和ちゃん呼びが定着している…?クロード様の影響か。


「あ、大丈夫です!遅くまでお疲れ様です。何か…わざわざありがとうございます」


「気にしないでください。和ちゃんが無事にリーゼンフェルトへ帰れるまでお守りするのが僕のお役目なので、ゆっくり休んで大丈夫ですよ」


白い歯が覗くような子供のような可愛い笑顔とピシッとした敬礼のポーズが合わさり、とても親しげなお兄さんで好印象だった。

パタンと扉を閉め、私は静かに逆側の窓へと目を向けた。

ここは1階…廊下がダメなら窓から抜け出すまでだ。

騎士団のお兄さんやクロード様には非常に申し訳ないが抜け出したことがバレないようにクッションとかでベッドを膨らませておこうか。




「その前に窓が開くか確認しなきゃな」


もしこれで特殊な開き方しかしない窓だと困るので確認のためにそっと窓へ駆け寄り、閉じていたカーテンに手を伸ばそうとしたその時だった。


「えっ」


窓の横に設置してあったドレッサーの鏡がカッと禍々しく光り、一瞬私じゃない笑みを浮かべた誰かを写した鏡を見たのを最後に景色が暗転した。











………ん…


………ね…ちゃん…


誰かの呼ぶ声がする。


ずっと一緒にいて聞き飽きるくらい聞いたはずなのに、随分懐かしい声に感じる。


…姉ちゃん…


重い目蓋を開けば眩しい光と共に寝転がっている私を覗き込む黒い影が見える。

大人よりも小さい少年のようなその影を見ていると寝ぼけた頭ながらに、久しぶりに感じる懐かしさに妙な安心感を覚えた。



「りょ…」


「お姉さん!大丈夫?目を覚まして」


「っ!?」


バチっと聴き慣れない少年の声に寝ぼけて霞んでいた視界が一気に晴れ、弟とは似ても似つかない茶髪の少年が心配そうに私を見つめていた。

ガバッと起き上がり、事態を把握するためにキョロキョロと周りを見回すと私との同じぐらいから幼い少年少女が頑丈な鉄格子の広い牢屋の中に押し込められている。

どうやら私もその中にいて何気なく感じた違和感に持ち上げた両手首にはゴツゴツした鉄の手錠がされている状況だ。

まだぼんやりする頭でも、何度か体験してれば直ぐに事態を把握できた。




私………また拐われてるっ!!??!




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