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巻きぞえアリスの異世界冒険記。  作者: 冬野夏野
始まりの章
41/53

出会いと別れは泡沫のように


お使いを頼まれたイドラ君を待つ間、1番前の綺麗な状態で残っている長椅子に黙ってレムレスさんと2人で座る。

テンションが沈み切ってお通夜状態の私はただぼんやりと祭壇奥で淡く光る若木の根が絡まった祈りを捧げる美しい女性の像を眺めていた。

この暗闇の空間であそこだけとても明るい気がする…優しく心地よい光を感じる。











ー巻きぞえアリスの異世界冒険記41ー











「そういえば、あの子の履いていた靴はアンタが?」


「あ、はい…足が痛そうだったので、まぁ失敗したんですけど」


「そうだね…まだまだ未熟ではあるけど大事なのは想像力、夢見る力さ。自分に自信を持てるようになればどんな魔法も起こせるのさ」


颯爽とアドバイスを授けてくれるレムレスさんがまるで師匠のワルツさんと同じことを言うなと思ってちょっと吃驚する。


「図書館のあの魔法出来は悪かったけど、イドラには相当興味を惹かれるようなものだったみたいだし、アンタの魔法悪くないよ」


「あ、あれは!イドラ君にせめて空は青いことや色とりどりの世界があるって知って欲しくて…」


突然の失敗した下手くそすぎる落書きと化した魔法の事を話題に出され、慌てて丸くなった背筋を伸ばして答える。

余計なことをしたかなと恐る恐るレムレスさんの顔色を伺うが、存外嬉しそうに口元を緩めていた。



「アンタは優しいね…あの子に優しく接してくれてありがとう」


「そんな、私に出来ることなんて全然なくて…むしろ落ちてきてごめんなさいってゆーか…」


「ここは誰でも来れるような場所じゃないさ…アンタが落ちて来たのには何か意味があるんだろうさ」


「その、ここに落ちてる途中で女の子声が聞こえたんです。あの子の所に…行ってて」


自分ではあの子はイドラ君ではないかと思っているがさっきの話を聞いた手前、言葉は尻すぼみになっていく。

結局あの声の主は何者で私にどうして欲しかったのだろう…内容を聞いた所で期待にはもうとても答えられなさそうだけど。


「そうかい、アンタは導かれたのかもしれないね。あの子はアンタならと…」


「へっ?」


「…いや、何でもないよ。それよりアンタはアンタでこんなのに呪われちまってるんだから、自分のことを考えるんだね」


「あっはは…出来ればアリスとは仲良くして未練を晴らしてやりたいんですよ。無事気持ちよく成仏できた暁に呪いを解いてほしいと思ってて」


頭をかきながらヘラっと笑う私を目を丸くしてレムレスさんは大層驚いていた。

そもそも呪いと仲良くしようなんて考えが馬鹿でしかないのだから、多分呆れられてるんだろうと思わず茶を濁すように苦笑いが零れる。

でもレムレスさんがイドラ君を生かして共に過ごしているように、形はどうあれアリスを消し去るのではなく、別の出来れば私もアリスも幸せになれる方法で解決させたいと思う。

そんな私を黙って見ていたレムレスさんがおもむろに私の首元にかかるネックレスに手を伸ばし、優しい眼差しで見据えながらそっと撫でた。





「…きっとアンタが思っているよりも世界は残酷で、時にはアンタの甘さにつけ込んで深く傷つけ這い上がれないほどの絶望の底へと叩き落とすかも知れない」


「レムレスさん…」


「それでも、どうかその優しさを忘れないで…どんな立場の相手だとしても思いやることが出来るならば、アンタは心できっと誰だって救い出せる。たとえ世界が認めなくてもアンタならばきっとーー」


「れ、レムレスさん!大丈夫ですか!?」


今までの冷静をかいて、ギュッとネックレスに顔を埋めて泣き出してしまった彼女に動揺してオドオドしてしまう。

ごめん、ごめんねと返すレムレスさんをとりあえず遠慮がちに肩と背中をあやすようにぽんぽんと優しく叩いてみる。

レムレスさんが私に何を言いたかったのか、正直よくわかってなくて聞きたいことが増えたけど、一人でもいつか彼女がくれた言葉の意味を理解出るように、彼女の言葉を忘れないようにとそっと胸に強く刻みつけた。






「突然悪かったね…こんな所ずっといるもんだからアタシも人恋しくなったみたいだね」


「そうですか…あの、レムレスさんは自分を罰するためにここにいるみたいですけど、私はレムレスさんの選択は間違ってないと思います」


「無理に慰めなくてもいいんだよ…アタシは」


「別に無理に励ましてるわけじゃないです!私、この世界に来て魔法使いのジルベルトさんや使っ…悪魔のフォルカさん、庭のイリアンに料理上手なリシェットさん。それから師匠のワルツさんやその使い魔のノワール君と同郷のヤス先輩。リーゼンフェルトでは友達のカミルに盗賊のニールと保護者のヨルン神父!お転婆姫様のベルティナ様と王子様のクロード様に王様と騎士団長のマクシムさん!学校ではマリオン先生にルームメイトのルーチェとベロニカさん、クラスメートのテオにカミルの嫁のアイラ様!後クソゴリラのジャレット!」


「…な、何だい?」


一思いに沢山の人の名前を出して軽く切れた息を整えながら、唖然とするレムレスさんにとびきりの笑顔とダブルピースをしてみせる。


「後アリスもだった!本当はもっといるけど、今まで出会って来た人達です。出会い方が最悪だったり、あんま印象良くない人もいるんですけど私、この世界で皆に会えて良かったって思うんです。そりゃ嫌なこともあるけど、嬉しいことも楽しいこともあったし」


ぶっちゃけ呪われたり命狙われたり牢屋にぶち込まれたり死にかけたりと、不幸な目にあってばかりな気もするが、大魔法使いの使い魔で下僕で弟子で王子様の友達だったり、魔法学校に通わせてもらったり、ちょっとした冒険したりと元いた世界では到底考えられない友好関係やファンタジックな体験が面白くないわけがない。




「未来に何が起こるかビビりながらもいつもワクワクするんです!だから…だから今のフォルテシアで皆と出会えた世界を守ってくれたレムレスさんには本当に感謝してるんですからね」


息を切らしながら胸の内を無茶苦茶ながらもレムレスさんにぶつけた言葉は全て本心から来た私の気持ちだ。

私の知るフォルテシアは黒いモヤに包まれたり白い霧に覆われたりと大きな王国が一つしかなかったりする世界だけども、大事な人達が暮らす美しい世界が私は大好きだ。


私の笑顔に絆されたのか、レムレスさんはおかしそうにお腹を抱えて笑い出してしまった。


「あっはははっ!そうかいそうかい…ふふふっ!アンタ本当に変わってるね!」


悲しい顔をされるよりはいいけど少し複雑な想いを抱いていると、ギィッと教会の扉が開き小箱を雑に持って来たイドラ君が姿を現わした。


ついに私がフォルテシアに戻る時がやって来たのだ。







「……ん」


「ありがとね、イドラ。それからホレ」


すっかり笑顔になったレムレスさんは立ち上がるとイドラ君から小箱を受け取り、パチンと指を鳴らした。

すると突然私の背負っていた鞄の口が開き、教会内のあちこちから物がスポスポスポッと鞄に吸い込まれるように収まっていく。

最終的にしっかり口を閉じる様子はジルベルトさんの魔法みたいでちょっと懐かしく感じる。


「ここでの落し物はこれで全部だね!鞄の口を開けたまま落ちて来たならここへ来るまでに落としている可能性もあるけど……まぁ何処かにあるさ!」


「まぁ…仕方ないっすよね!」


荷物の確認は帰ってからしようととりあえず私は立ち上がって、手招きするレムレスさんのそばに寄った。

レムレスさんに発光する根っこの絡まる女性像の前へと連れられる。


「これは神樹の根さ。アンタのいたフォルテシアの神樹と繋がってるんだよ」


「へぇ〜…奈落の底にも神樹の根はあるんですねぇ」


「そうさね、フォルテシアの大陸が砕けても大陸一つ一つに神樹の根は張っているよ。だから迷わずに元ある場所へと帰れるのさ」


まるで道しるべみたいだなとどうでもいいことを思っていると床に青白い魔法陣が浮き上がり、光り出した。


「アンタを送り届ける魔方陣だけど、そんなに珍しいのかい?」


「あ、いや〜いつか見た師匠の魔方陣にちょっと似てたもんですから」


「…そうかい。それじゃその師匠によろしく伝えといておくれ」


少しおかしそうに笑ったレムレスさんはパカっと小箱を開き中に入っていた液体が入った小さな小瓶を差し出して来た。


「?何です?」


「時空転移魔法は少々刺激が強くてね。少しでも快適に帰れるための魔法の酔い止め薬さ。飲んどきな」


「あー助かります!最後までありがとうございますね!」


すぐさま蓋を開けてほのかに甘い味のする液体を飲み干した。

特に身体に変化はないが、心なしかこれで快適に帰れるような気はちょっとするかも。


「そうだ…レムレスさんって結局魔女か大賢者かどっちなんですか?」


「大賢者と言う名の魔女…」


「ふふっ…さてね。アタシのことが気になるならアンタの主人か、師匠の魔法使いに聞いてみな」


「そんなぁ…教えてくださいよぉ〜」


「この子が言うようにアタシはやり手のスゴい魔女さ。また会えたら教えてあげるよ」


もう来ることもないと思うけどなんて意地悪く笑うレムレスさんには最後まで悶々とさせられて悔しがるが、彼女の隣でジィーッと翡翠色の虚ろな瞳を向けるイドラ君に視線を移して手を振った。

レムレスさんの話を聞いて破壊神の生まれ変わり以外にカミルと同じ王子様だったり、親どころか国丸ごと人の命を奪っている殺人鬼でもあるとか色々と知って思うことはあるけど、同時に短い時間ながら共に過ごした時間を思うとどうしても同情的になってしまう。





「イドラ君もバイバイ…もう怪我しないように気をつけてね」


「…帰るのか?」


「うん!人を待たせてるし、用事もあるしね」


「そうか……」


無表情のままで何を思っているかわからないイドラ君に私はぽんぽんと頭を優しく叩いた後にちょっと撫でてみる。

彼を見ているとちゃんとした環境で育っていれば過ちなど起こさなかったんじゃないか、なんてどうにも出来ないことを考えずにはいられない。

相変わらず反応は薄くて、ちょっと眉根を寄せて不思議そうに見上げてくる彼の今後を思うと少し切なくて上手く笑いかけられたかわからない。








「あのさ、イドラ君…私のこと助けてくれてありがとね!」


「……」


相変わらず虚ろな瞳が私を映し出していたけど、最初の出会いで助けてくれたのがほんの気まぐれでも、気の迷いでも何でも私の救世主に変わりない。

破壊神でも親殺しでも大量殺人鬼の残忍な性格が本質だったとしてもあの時確かにイドラ君は私を助けてくれたから、そんな彼の心にも光が射す時が来るようにと願うばかりだ。

レムレスさんに視線を投げかけると静かに頷く彼女を見て私は2人に大きく手を振った。




「それじゃ、またね!」


「気をつけてお帰りよ…和」


「………たね」


しっかりと耳に届いたレムレスさんの別れの声とは打って変わって、激しく光出す魔方陣のせいかイドラ君の声が小さすぎたのか、とにかくよく聞き取れなかったが小さく手を振り返してくれるから見えなくなるまで私は笑顔で手を振った。


辺り一面完全に眩しい光に覆われて徐々に私の意識は薄れていった。











「…すまないね、和」


すでに私が立ち去った後の教会でレムレスさんがそんなことをポツリと呟く。

もちろん彼女の謝罪の声が私に届くことはなく、手のひらの小さな小瓶を見つめてレムレスさんは自嘲気味に笑った顔など私は知る由もない。










「アンタならきっと…またここへ来るような気がするよ。その時までさよならだ」













そう誰かに別れを告げられた気がした。

虚ろな意識の中で何だか夢を見ていたような、そんな私の意識を無理矢理起こそうとする頰を叩く無粋な痛みで目を覚ました。





「和っ!!」


「……カ」


薄く開いた視界に心配そうに私を覗き込むカミルが映る。

呼びかけようとした瞬間スパパパーンッと頰を叩かれ、痛みで意識がはっきりした。




「ノドカ姉ちゃーん!!返事しろぃ!」


「イタタタっ!痛いってばぁ!」


飛び起きた私を見てカミルも往復ビンタをしていたニールもさらにその後ろにいたマクシム団長がホッとしたように息を吐いた。


「あれ?ここは…」



気がつけば夕暮れの空の下、すぐ右手側に白い霧が漂い生い茂る木々のせいで暗くてちょっと怖い雰囲気の小道に私は寝ていたみたいだ。

カミル達の背には洋館の背面が見えるから、屋敷右寄りの裏道にいるようだと気づいた。




「お前!大丈夫かよ!?」


「えっ?うん…全然平気だけど……何があったんだっけ?」


「姉ちゃんマジか!!あのどデカい蜘蛛に引きずられて白い霧に突っ込んでったじゃねーか!捜すの大変だったんだぜ」


ニールに言われてそう言えばそんな目にあったんだったと思い出した。


「ここに転がっていたのをマクシムが見つけてくれたんだ。怪我もないようで良かったけど…何があったか覚えてるか?」


「えーっとね、蜘蛛にめっちゃ引きずられたんだよね!それで何か穴に落ちて…それで…」


「どした?姉ちゃん?」


「…あれ…何も思い出せないや…何があったんだっけ?」


何だか思い出せない夢のように直近の記憶にモヤがかかってるような気分だ。

何かとても長い夢を見ていたようなそんな気もするし、何もなかったような気もする…。





(何だ?寝ぼけてんのかよ、しっかりしな)


脳内に直接語りかけてくるアリスの声にちょっとした懐かしさを覚えるのは何で何だろう。

皆の顔やアリスの声を聞いて酷く安心するのに…何かを落としたような喪失感が胸を締め付けるようだ。





「…何か、長い夢を見てたような気がするよ」


ぼんやりと視界を晴らすように何度か瞬きをする私の瞼の裏に、一瞬浮かんだ誰だか思い出せない手を振る黒く塗りつぶされた誰かの顔が霞んで消えて行った。





『またね』

と消えた誰かの声が聞こえたような気がした。




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