町探索は波乱に満ちて
異世界に落ちてから1週間が経過した頃。
「本当にお家に帰れなくなるとは…」
ついに帰れる保証がなくなってしまったというのに、妙に現実感がなくて死を予感した時ほど焦りはなかった。どうも私はびっくりするくらい楽天家だったようだ。
大樹の枝に寝そべりながらぼんやりと、穏やかな青空を眺めながらしみじみと拉致られた時のことを思い返す。
あの後無事に救助されたものの、ヒーローが駆けつけてくるのが遅すぎたために私は一度死んだようだ。
死んで間もない内に本契約を結んだために、本格的に不老不死の恩恵を受けた私は蘇ったということである。
まぁ…クッッッソ痛かったし、死んだのは事実だから仕方ないわけなので、勝手に本契約を結ばれたことを怒る気にもなれない。
家に帰れなくなったのは大変ショックだが、死ぬよりはマシだ。
それに最短ルートで帰れなくなっただけだから、他に方法を探せばいい。
きっと数百年かけずとも帰れる方法があるはずだ。
それまで気長に異世界ライフを満喫するのだ!
ちなみに契約期間は主人であるジルベルトさんの願いが叶うまでだった。
願いを訊ねた所、人を探して欲しいと言って笑っていた。それが何だか寂しそうで深くは追求できなかった。
フォルカさんもだけど、何か複雑な事情を抱えてるみたいで壁を感じる時がある。
それと正式に契約を交わしたことにより、後発的に能力覚醒するとのことだが今のとこ特に変化はない。身体が前より丈夫になったような気がするくらいだ。
それに加えてジルベルトさんの不老不死や、他に彼の莫大な魔力を私も共有して使用することもできるとのことだが、肝心の魔法が使えない。
彼いわく魔法は使い手に合わせて、形式を変えるとかで正しい手順などないのだとか…正直何を言っているのか理解できなかった。
それ以外にもジルベルトさんがわかる言語や簡単なこの世界の常識が理解できるようになった。
本も読めるし、私の発する言葉も文字もこの世界に適応するというわけだ。とても便利である。
そういえば、事件の後にワルツさんが直接ジルベルトさんに会いに来て、色々と喚き散らしていた。
ワルツさんはジルベルトさんに随分と雑にあしらわれていたけど、一緒に来ていたノワール君が申し訳なさそうに私に謝ってくれた。
彼は忠告までしてくれていて落ち度などないのだけど、気にしていたのか、まるで宝石のように澄んだ青空を思わせる水色の石をくくり付けたペンダントをくれた。
ご利益もありそうだし、何より彼の気持ちが嬉しくてすぐさま装備した。
太陽の光で淡く光るペンダントの石を見つめながら、今日も頑張るぞと気合いを入れた私は勢いよく身を起こしたことでバランスを崩した。
「おわっ!?あーーーっ!!!」
真っ逆さまに地上に落ちていき、やがて日光浴を楽しんでいたイリアンの隣りにまた頭から地面に突き刺さってしまうのだった。
ー巻きぞえアリスの異世界冒険記4ー
「あいたたた…助かったー。ありがとう」
ぶっすりと柔らかい土に埋まっていた私は隣りの向日葵の触手により、ズボッと引っこ抜かれて救助された。
最近この向日葵怪獣こと、イリアンのことを徐々に理解出来るようになった気がする。
怪獣とはいえ植物だからか、イリアンはこの場から離れたところを見たことがない。
大抵は日光浴をしていて、水をあげるとめちゃくちゃくねくねして喜ぶのだ。
そして来客の際は奇声をあげて知らせてくれるし、出かける際や帰ってきた時にはいつでも元気よく反応を見せてくれる。
えげつない見た目をしているのにかかわらず、私を掬い上げてくれるし、心配もしてくれる可愛い子なのである。
「イリアンは優しいね〜いつも助かってるよ」
ギュッと抱きつくと応えるように背中に回る触手すら愛おしい。
ここでの一番の癒しと言っても過言ではない。
「あらあら、イリアンさんと和様は今日も仲良しですね」
「あっ、リシェットさん!こんにちは!」
ガチャリとジルベルトさん宅から出てきたのは癒し枠その2のリシェットさん。
主に掃除や料理などズボラなジルベルトさんの出来ない部分をカバーするスーパーハウスキーパーである。
見た目フランス人形のような彼女はとにかく可憐で美しい。
白地に赤い装飾を施したスカーフを頭に巻き、その間から漏れるゆるくウェーブがかかった栗色の髪はとても長く、膝下まで届くほどだ。
白と若草色の落ち着いたドレスワンピースは胸元のリボンが可愛らしくて、スカート部分はくるぶしまであってちょっと動きづらそうではあるが、彼女にとても似合っている。
童話なんかに登場してきそうな森の乙女というイメージだ。
御機嫌よう、と優雅に挨拶を返してくれた彼女はどこかに出かけるようで、ピクニックでも行くような可愛らしいバスケットを携えていた。
「お出かけですか?」
「はい。食料は問題ないのですが、調味料が不足してきたので買い出しに行くところなのです」
「買い物!もしかしてあの王国みたいなとこに行くんですか?」
「はい。リーゼンフェルトに行きます…よかったら、和様も一緒に行きませんか?」
「えっ!いいんですか!?行きたい!」
まさかのお誘いにちょっと町に興味あったから嬉しいお誘いである。
ノリノリで頷く私に優しい微笑みを返すリシェットさん。可愛い。
イリアンに手を振りながら別れて私とリシェットさんは大樹の脇にある小屋へ向かった。
「この小屋鍵がかかってたとこだ…」
「ここで少々お待ち下さい。馬車を出しますので」
馬車があったのか…馬がいるなんてちっとも気づかなかった。
しばらく外で待っていると、小屋の中から馬車が出てきた。
馬車を見て私は大層驚いた。イメージしていたものと全然違ったからだ。
「お待たせいたしました。さぁ、お乗り下さい」
「…め…メルヒェン…」
そう、リシェットさんが手綱を引いている馬車の馬はまるでぬいぐるみのような可愛らしい白と黒の2頭の馬だった。とても目がつぶらだ…可愛い。
そして馬車自体も白地に綺麗な装飾が施されていて洒落ている。
お姫様が乗るようなやつだ、コレ。
今までにないメルヘンぷりに呆気にとられていたが、再度リシェットさんに呼びかけられて私はいそいそと馬車に乗り込んだ。
馬車は左右に扉が付いている他に、四方向とも窓がついているため、リシェットさんの姿も確認できる。
「それでは、参りましょう」
リシェットさんが一度振り返り、そう告げると2頭の馬が随分と可愛らしくいなないて、ゆっくりと馬車が走り出した。
初めての馬車はかなり揺れるという印象だったが、フカフカなソファーのお陰で気になるほどでもなかった。
しかし思った以上に速度は出ているようで、大樹のジルベルトさん家はあっという間に見えなくなってしまった。
やがて深い森に入り、大樹がどんどんどんどん小さくなり、やがて初めて目にする光景ばかりとなった。
森を抜けて山を下り終えた馬車の先には広い青々とした平野が続いていた。
何もないといえばそれまでだが、私の暮らしてきた場所では目にしたことのないそんな光景におぉと声が漏れた。
町へ続く街道として整備された道に出た馬車は三方向を指す案内板のリーゼンフェルトの方へとゆっくり走ってていく。
大樹の山を振り返ると、先程出てきたところに随分としょぼくれた看板が立っていることに気づいた。
「ギルダの大森林…」
そんな名称があったなんて初めて知った。
由来とかあるのかなーなんてどうでもいいことをぼんやり考えている内に、いつの間にか馬車はリーゼンフェルトに着いていたらしく、リシェットさんに声をかけられるまで気がつかなかった。
「お、おぉー…すごい人がいっぱいいる。新宿みたい」
何だか久し振りにこんなに大勢の人を見た気がする。
行き交う人々はファンタジー世界なだけあって服装も西洋風であれば髪色もカラフルだし、異世界に来たんだと改めて実感する。
活気のある街並みに惚けてる私を見てリシェットさんは優しい微笑みを浮かべていた。
「ここはリーゼンフェルト王国の城下町ですからね。あちらにお城が見えますでしょう?」
「本当だ。大っきな城だぁ」
リシェットさんの示した先には以前見たような寂れたものでなく、とても立派なお城が建っていた。
入り口には衛兵が立っていて荘厳な感じだ。
きっと私みたいな身分不詳の輩は絶対通さないほど厳しい警備なんだろうな。
城にも興味はあるが、それよりも町が気になる。
文字がわかる今、お店の看板も色んな人の話している内容もわかるし、何よりこの西洋風の綺麗なレンガ街を探検したい思いでいっぱいだった。
「和様、コレをお受け取り下さいませ」
「?これは…お金?」
リシェットさんから手渡されたのは金の綺麗なコインが5枚と銀のコインが10枚、そして間に丸く穴の空いた銅のコインが沢山入っている可愛らしい巾着袋。
「はい、私の用事は時間がかかりますし、付き合わせても面白いものではありません。ですので、和様にも好きなように買い物など町巡りを楽しんで欲しいのです」
「えっ!?これ使っていいんですか?」
「はい。ここは人通りも多いですし、治安も良く安全な町と評判なので和様お一人でも大丈夫でしょう。ですので存分にお買い物を楽しんで来てくださいね」
「わーい!やったー!ありがとうございます!」
「ですが夕方には馬車まで帰って来るようにお願いしますね」
「はーい!了解です!」
私の思いを汲み取るリシェットさんに心の底から感謝しながら、私はすぐさま彼女に別れを告げて賑わう町へと飛び出した。
散歩がてらに人通りのある道を歩いていて、色んな建物を発見した。
町外れの方に年数が経っているようなちょっと古びた教会。
レンガの可愛らしいお家や一発で金持ちなのだとわかる豪邸があったり、一般施設の類も揃っているみたいだ。大図書館は是非入ってみたい施設だ。
服屋に小物雑貨店、大衆食堂、極め付けは武器・防具屋と宿屋と道具屋だ。これが揃うとRPG感が増してファンタジーだなぁと思う。
「あっ!魔法学校なんてあるじゃ〜ん!」
マジックアカデミアと立派な建物の周りには制服に身を包んだ生徒達の姿。まんま高校みたいだ。
ジルベルトさんは魔法に法則性はないと言ってたけど、学校があるのならやっぱり皆共通で使える魔法が存在するんじゃないのか?
是非私も通ってみたいと鉄の門に張り付いていたのが、よっぽど怪しかったのか、一部の生徒が私を見ながらヒソヒソ話してる。
「やばっ…おわぁっっ!?」
「うわっ!?」
警備員さんでも呼ばれそうな雰囲気を感じ取った私はすぐさまその場を離れようと、バックステップで背後に下がった時だ。
ドンっと人にぶつかってしまい、しかもバランスを崩してぶつかった人を下敷きにする形で倒れてしまった。
「あいたたた…あ、すいません!ごめんなさい!大丈夫ですか…?」
すぐに起き上がって下敷きにした人を助け起こした。
「だ、ぃじょ…ぅぶ」
15歳くらいの少年はやたら素材が良さそうな白いローブに全身を包み、目深までフードを被ってる。
しかしよく見るとかなり身なりがよく、いかにも温室育ちって感じだ。先程通り過ぎた豪邸あたりの子だろうか。
しかし一瞬あった白銀の瞳をすぐ逸らされるし、夕陽色の長い前髪で顔がよく見えないしで、やたら挙動不審で何かあやしい。
「じゃ…」
小さく会釈をするなり、少年は逃げるように走り去って行ってしまった。
何だったのか…気にはなったが、それよりも鉄の門の向こうに警備員さんらしき人の姿を見て私もその場をそそくさと退散することにした。
ぷらぷらと散策を続けていたのだが、気がついたらかなり人通りが多い場所に出てしまったらしく、人混みがすごい。
「あ〜渋谷を思い出す人の多さだ〜」
どうも大通りの左右に露店があってか、買い物客や普通の通行人だとか、また馬車が通らないことなど色々あって人で溢れてる。
油断するとすぐにぶつかってしまいそうだ。
注意しないとな…と意気込んだ所で、あの建物はギルド!ゲームでよく見る冒険者の集う場所じゃないか!とうっかり興奮して立ち止まってしまい、ちょうど前から来ていた2人組の人相の悪い男にぶつかってしまった。
「いてーな!気をつけろ!」
「あっ!はい!すいません!」
チンピラのような見た目の男に怒鳴られ、上がったテンションはすぐさま鎮火し、途端に慌てふためきながらビビって退がったらまたもやぶつかったようで『姉ちゃん、よく周りを見たほうがいいぜ』なんて諭される始末。
「あぁあすいません!」
慌てて振り返り、謝る私をゴーグルバンダナを装着したいかにも活発そうな少年は私の反応がよほど面白いのか、ニコニコしてめちゃくちゃ笑顔だ。
「はははっ!俺はいいけどさー……ま、変なのもいるし、姉ちゃん気をつけなよー」
ヒラヒラと手を振りながら風のように少年は去っていた。さっきのチンピラと違ってえらい爽やかだった…。
呆然としてたらまた人にぶつかりそうになり、私はすぐに辺りの出店を見ながら散策を再開した。
人の流れにも慣れた頃、鼻をくすぐる香ばしい匂いが空腹を誘う。
どうやらさっきの民芸品を売っていた所と違い、主に食品を取り扱う市場や、縁日の屋台のような店が多い。
市場なんだろうか、大通りの両端に屋台を構えていて店主が大きな声で呼び込みをしている。
日本ではこんな雰囲気を味わうことなど祭りの時くらいだったか、そのせいで美味しそうなお菓子やハンバーガーみたいなものを売っている出店に引き寄せられてしまう。
「おっ、嬢ちゃん見ない顔だね!一本どうだい?うちの串焼きは美味いよ!」
「串焼き…」
まだうんとも言ってないのにとてもいい匂いのする焼き鳥のように、何かの肉を串に刺して焼いた料理を差し出す恰幅のいい屋台のおばさんに私は思わず手を伸ばしそうになってしまう。
「はっ!いけない!まずはお財布と相談しないと…」
「一本銅貨5枚だよ。どうだい?」
「銅貨!それは沢山あったやつだね!」
すぐにリシェットさんから貰った巾着袋を取り出そうとポケットに手を突っ込んで、巾着袋を探す。
「あれ?こっちだっけ…」
カーディガンのポケットに入れたと思っていたがポケットティッシュと携帯しか入ってない。
「………あれ?あれ?なんで?」
次に滅多に使わないスカートのポケットを探るが、巾着袋どころか何もない。
私は今日手ぶらで出てきたから、他にしまう場所などない。
嘘でしょ…失くした…この短時間で!??
私が動揺しているのを感じ取ったのか、おばさんが怪訝そうに顔をしかめる。
「嬢ちゃん、ひょっとしてお金持ってないのかい?」
「いや!持ってたんです…さっきまで」
一体どこで落としたのか…よく人にぶつかったし、失くす心当たりがありすぎる。
勝手に焦って青ざめる私を見ておばさんが何かを察したようにああと声をあげた。
「嬢ちゃんその様子じゃ、この辺りに来るのは初めてなんじゃないかい?」
「あ、はい。まぁ…今日初めて来ました」
「あたしも珍しい感じの子だと思ったけど…アンタ、どうやらカモにされたみたいだね」
「へっ?カモ?」
言われていることが分からないんだけど、おばさんは何故か哀れな子を見るような視線を向けてくる。何故。
「ここに来る時に人にぶつかったんじゃないかい?その時にスられたんだよ、アンタ」
「えっ?スられた…えっ!?スリ!?!?」
「ここらじゃ有名な悪ガキがいてね。そいつにやられたね、お嬢ちゃん」
勝手に失くしたものかと思っていたが、まさかスリ被害にあっていたなんて全く気がつかなかった。
しかし言われてみれば、今日はあからさまによく人にぶつかっていた。
もしかして格好の獲物だとわざとぶつかってきた輩がいたかもしれないのか…。
そう考えるとカモにされた悔しさとリシェットさんがくれた貴重なお金を根こそぎ奪い取られた怒りで、私は何かを知っていそうなおばさんに詰め寄った。
「おばさん!そんなに有名なやつなら居場所とかわからないですかね!?」
「おや…取り返しに行くのかい?そうだねぇ……」
「絶対に許さんからな!」
ドカドカと元来た道を引き返した私はおばさんの"住宅街のあたりで目撃されている"という情報を頼りに犯人を追っていた。
しかし頭に血が上りすぎて犯人の事を聞く前におばさんの所を飛び出してしまったので、まだスリ犯を断定できていなかった。
もう誰も彼も怪しかったように思えて、判断がつかないのだ。
だからもう見つけたら片っ端から問い詰める作戦で行くことにする。
「つーか見当たらない…人っ子一人いないなんて…」
閑散とした住宅街を早足で町外れの方まで向かっていると豪邸があった通りとは打って変わって寂れた場所に出てしまった。
どうやら最初に来た道とも別の場所のようだったが、ここで見覚えのある白いローブに身を包んだ後ろ姿を見つけた。
一番初めにぶつかった挙動不審な少年だ。
「ねぇ、そこの君!」
「…!」
「さっき会ったと思うんだけど、ちょっと聞きたいことが…」
ちょっと威圧的な態度全開で少年に近寄った結果、彼は驚くほど早く傍にある路地裏に逃げこんでしまった。
まだスリ犯と断定してなかったのだが、犯人としか思えないくらいに清々しい逃げっぷりだ。
走り出す少年を追いかけて、私も揺れる白いローブを追って路地裏へと駆け出す。
「ちょっと!止まって!」
「くそっ…誰が止まるかよ!追ってくんじゃねーよ!」
「なぁ!?なんて生意気な…絶対に捕まえるからな!許さんぞ!!」
スリ犯のくせに悪びれもしない態度に益々怒り心頭の私はより加速してローブに手を伸ばした。
ヒラヒラと掴めそうで掴めない空気のように私の手を避けるローブに翻弄されながらも、疲れて減速する前に何とかガッチリとローブを掴むことができた。
「うぐっ!?」
ローブを強く引っ張るとまぁ、自然と少年の首を絞める結果となり、少年は走っていた反動でバランスを崩して勢いよく尻餅をついた。
逃すまいとガッチリ腕を掴み、顔も確認しておこうとじっと睨みつける。
ちょうど尻餅をついた勢いでフードが脱げたらしく、夕陽のようなオレンジ色のサラサラとした長い前髪は横に逸れて顔がよく見えた。
走って疲れたのか、息を切らしながら少年はキッと眉間にしわを寄せながら私を睨みつける。
しかし幼さの残る垂れ目がちの白銀の瞳はそんなにビビるほどの迫力もないし、もはや見慣れた整った顔立ちにはまたイケメンかとしか思わなかった。ちょっとイケメンが多すぎる。
「クソっ!お前が誰の差し金か知らねーけど、俺は城には戻らねぇからな!」
「何言ってるかわかんないけど、私から盗ったものは返してよね!全額耳を揃えてな!」
少年と私はほぼ同時に言葉を発したが、焦っているせいかどうも話が食い違う。少年も怪訝そうな顔をしている。
「………はぁ?何言って……俺を連れ戻しに来たんじゃないのか?」
「???えっ?私の財布盗ったから逃げてたんじゃないの?」
「いや、盗ってないし…ぶつかって来られた以外、知らないけど」
「えっマジ?」
至極冷静な少年は自分のポケットや持っていた鞄を見せてくれたが、その結果リシェットさんから貰った巾着袋を確認できなかった。
もう使われたんじゃないかとも疑ったが、少年の本気で困惑してる様子を見るにそもそも関係なさそうな雰囲気。
これはもしかしなくても単なる人違い?
しかしそうなると不注意でぶっかったり、早とちりでスリ犯と決めつけたり、少年は私から一方的に被害を被っている、と……。
「本ッッ当に申し訳ありませんでした!!」
すぐさま両手を地につけて頭を下げて謝罪する。
土下座なんてする機会ないと思っていたのに、こっち来てからフォルカさんの影響ですぐに土下座で謝る身になった。
「あ、いや…俺も勘違いしてたし……金、盗まれたのか?」
フォルカさん以外の人の土下座の反応はこの少年のように困惑する場合が多い。
怒る気がないようでちょっとホッとする。
「うん。私今日初めて町に来たんだけど、知り合いに貰った大事なお金を盗られちゃって…疑ってごめんね」
「別に構わない…それにあながち無関係でもないし」
「へ?どゆこと」
「その犯人、多分俺の知り合いだから…」
また雲行きが怪しくなってきた。
この少年さっきから墓穴を掘る言動しかしない。
「………やっぱ共犯」
「違う!俺はスリなんかしない。そいつもまぁちょっと理由があって…」
「理由があってもやられた側には関係ないんですけど」
「とにかく!これからそいつに会いに行くから、お前も一緒に来いよ。その金、取り返したいんだろ?」
リシェットさんから貰った大事なものだから取り返したいのは山々だが、何か腑に落ちない。
しかし他に犯人の手がかりがあるわけでもないし、今はこの少年についていくのが得策だろう。犯人への対応は後ほど考えるとしよう。
「町外れに教会があるんだ。あいつ…ニールはそこにいるはずだ。これからそこに向かう」
ニール…それがスリ犯の名前か、絶対に忘れないようにしよう。
その名を深く胸に刻み立ち上がって路地裏から出て行く少年の後を追う。
「そう言えば君の名前聞いてなかったね。私は和、君は?」
今更ながら名前を訊ねた私だったが、彼から返事は返ってこなかった。
狭い路地を抜けた瞬間、突然少年はうめき声をあげてその場に倒れ込んでしまった。
「ちょっ!!何事!?大丈夫!?」
慌てて少年に駆け寄りしゃがみこむ。
路地から抜けたことで視界が広くなり、まるで待ち伏せるように両脇に男が立っていることに気づいた。
こん棒を持っているところを見るに、少年はこいつらに襲われたようだ。
しかしこの人相の悪いチンピラのような2人の男、見覚えがあるような…
「はっ!ギルド前でぶっかったチンピーー」
思い出したその瞬間、後頭部に走った鈍い痛みとともに私は意識を失った。
………
遠くで雨の音がする。
硬い床の感触に私は目を覚ました。
「頭いた…体も痛い」
身をよじってみると後ろ手に縛られていることに気づく。
ムクリと上半身を起こして辺りを見回してみる。
室内らしいが薄汚れた絨毯に窓ガラスはひび割れ、そこら中に蜘蛛の巣があって埃臭い。
雰囲気的には廃墟と化した古びた屋敷の一部屋にいるようだ。
少し離れたソファーには少年が寝そべっている。まだ意識はないようだが、私と同じく後ろ手に拘束されてる。
明らかに異様なこの状況……
「…嘘…私また拉致られてる…!?」
しかも前回とは違って本気で危うい空気だ。
一体全体何でこんな目に!?
必死に考えても思い当たる理由は一つもなかった。