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巻きぞえアリスの異世界冒険記。  作者: 冬野夏野
始まりの章
39/53

魔女と愚昧無知の破壊神


「…レブルの民って何?」


違うと一言言えば済む話ではあるのだけど、まず何を問われているのかすらわからなかったのでついそう訊ねてしまった。

所が私の質問にツンツン頭の褐色少年は半開きの死にかけの魚みたいな瞳を右へ左へと揺らして、黙ったまま俯いたかと思えばおもむろに耳をかっぽじりだした。

唐突に近所のお馬鹿な小学生男子みたいな幼い反応に見た目とのイメージが合わなすぎて戸惑ってしまう。…見た目同い年くらいだと思うが、同級生の男子高校生だってこの子よりはしっかりしていた。




「……知らない」


オマケに聞いてきた質問内容を自身で理解してないと来たし、考えてるのかぼんやりどこか宙を見上げてぽかんと口を開けている姿がさらにイメージの幼児化を加速させる。


悪いニヤけ面で物々しく現れた時はもしかしたら危害を加えられるんじゃと心配するほどの怪しさを醸してたのにちょっと警戒してたのが馬鹿みたいだ。


「…レブルの民が何だか知らないけど、私は変な団体には所属してない一般人です」


「…何だ、俺を迎えに来たわけじゃねぇのか…じゃあ、貴様何なんだ?」


「えぇ…何だと言われても一般人…普通の女子高生で」


あまりに抽象的な疑問にどう答えたものかと考えながら、視線を泳がせて周りを見渡した。






「……迷子だねぇ!」



突き破った屋根の先には光一つない不自然なほどの真っ暗闇が広がり、教会内は化け蜘蛛と落ちて荒らす前もそれなりに荒れてた様子で地面から床を突き破り、植物の根が張るほどには朽ちているようだ。

あの屋敷から白い霧に包まれた所に落ちた先がここな訳だが、屋敷の下に教会ってまるで意味がわからない。

迷子なのは今に始まったことでもないけど、あの異常な浮遊感からして相当深くまで落ちてきたことだろうし、アリスではない謎の声も気になる所だ。


一先ず立ち上がって引っ付いた肉片やら埃を払うと、ポトリと落ちた化け蜘蛛の肉片が小さな蜘蛛に変わってウゾウゾと蠢き始めた。



「ぎゃぁーっ!気持ち悪い!最悪だー!」


よく地面を見たら至る所にブチまけられた化け蜘蛛の一部が小さな蜘蛛に変化してワラワラと迫って来る。

驚いた拍子にネックレスが絡められたままの左腕にから伸びる糸を踏んづけて転倒、あっと言う間に蜘蛛にたかられたショックで気を失いそうになったが、次の瞬間にはボッと集まった蜘蛛達が燃え上がり消し炭に変わった。

あまりに目まぐるしい展開に呆気にとられてポカンと口を開いたままの私の耳にコツコツと少年とは別の軽快な足音が届いた。



「ババァ…」


「こんな所に人が来るとはね…困ったもんだ」


水晶玉を埋め込んだ不思議な木の杖をついて、金色の刺繍が入った青いローブを着た老齢の背の高い長い三つ編みが特徴的なおばさんがそう困ったようにため息をついた。









ー巻きぞえアリスの異世界冒険記39ー










逃げ惑う蜘蛛達を残らず焼き払った後に、年老いても年若くも見える不思議なおばさんが私に向かって杖を振った。

瞬時に感じていた痛みも傷も引いて、汚れていた衣服も綺麗な状態になる。振りかぶった化け蜘蛛の体液も風呂に入った後みたいに綺麗さっぱり消え去りとても気分がいい。



「あ、ありがとうございます」


「あのままじゃ気持ち悪かっただろう?それにこの子が派手にぶちまけたせいだしね」


「………」


突然破裂したようにしか見えなかったけど、褐色の少年の不服そうなムスッとした表情から察するに本当に彼の仕業らしい。

じゃぁ言葉通りマジで助けられていたんだと再確認した所でお礼を言おうと口を開くが、さっきまではにこやかだったおばあさんがそれを許さなかった。









「それで、使い魔の契約の紋に呪われた宝具を持ったあんたは一体何者なんだい?」


「えっ…」


グッと私の右手を掴み上げたおばさんが手の甲の紋章と左手のネックレスに視線を落とし、やがてかち合った冷たい視線が静かに私を見据えた。


呪われているだの何だのと指摘されることはあったが、使い魔の紋章を突かれたことはなかった。

リーゼンフェルトでは悪魔との契約やジルベルトさんレベル魔法使いなんてのは珍しい話だから話題に上がることでもなかったんだろうけど、このおばさんは使い魔のこともさらには宝具のこともご存知のようだ。

宝具の話を真剣に話す人物なんて今まで出会った中でも、ソーマや突然襲いかかってきた怪しいフードの男とか良いイメージがない。

思わず強張った表情でアリスに何度も話しかけてみるが、返事が返ってこない。何ならおばさんが出てきた時から反応がない。

もしかしなくても宝具を狙うソーマの一味かもと考え始めたら、ダラダラと嫌な汗が伝って言葉が出ない。

言い訳でも何でもいいからとりあえず感情のないおばさんの冷めた視線から逃れようと、言葉を紡ぐために乾いた口を開いた。








「ババァ!のどかはフツーの女子コーセーで迷子なんだぜ!」


と高らかに静寂を切り裂いたのは私の声ではなく、何故だか私の肩を叩いて得意げにおばさんを見やる褐色の少年だった。


「…ババァ…女子コーセーで迷子って何だ?」


緊迫した雰囲気をぶち壊す毒気のない少年のおかげで私はすっかり腰が抜け、おばさんも呆れたように眉をしかめた後フッと笑みを零した。


「そうかい、迷子かい…ふふっ、変に怖がらせたようで悪かったね。あんたの持ってる宝具…とんでもない邪気を放っているからついね」


「あ、あー…それはまぁ、仕方ないですね!あははは…」


どうもおばさんは呪いの宝具を身につけている私が悪人ではないかと警戒してたようだ。

実際アリスに身体を勝手に使われたり、世界を滅ぼすと豪語するほどには邪悪だから理解できる。


「本来普通に生きていた人間でも悪しきものに魅入られて性格が歪むこともあるのさ。どうやらあんたは平気みたいだけどね」


「まぁ…あ、でも自我は保っててもたまに体は乗っ取られたりとかしますね!今は何か静かなんすよね…どうしたんだろ」


「あぁ、それはアタシが魔法をかけたからね。ちょっと眠ってるだけさ」


「魔法効くんだ…道具なのに」


「意識を持っているからね、特殊なのさ。あんたはともかくそちらを相手にするのは面倒そうだからね」


「…あのー私は呪いの宝具持ってたり、使い魔契約してたりで怪しさ抜群だけど本当にただの一般人なんですが…おばさんは本当に何者で?」


宝具や使い魔のこともご存知な上に明らかに高度な状態異常魔法を使うし、仮にアリスに耐性がないだけだとしてもこんな如何にも怪しい場所にいるんだ。ソーマ達の仲間でも悪い人ではなさそうだけど…。





「ババァは大賢者と言う名の俺を閉じ込めてる嫌味な魔女だぜ」


「…???大賢者…閉じ込めて…魔女??」


また褐色の少年の突発的な発言で余計に訳が分からなくなって混乱する。

そう言えばこの少年よく見ると衣服は身軽で素朴な感じだけど、裸足な上にやたらと主張の激しい重そうな鎖付きの手枷足枷首枷と目立ちすぎるシルバーアクセを身につけてて罪人そのものじゃないか。

しかし褐色の少年の態度が閉じ込められてるにしてはおばさんと親しげだし、関係性がまるで理解できない。

頭から煙を出して悩む私を見かねたおばさんがやれやれと呆れながら、一から順に説明してくれた。


「改めてアタシは魔女のレムレス、この子はイドラ…事情があってね。ここでこの子と暮らしてるのさ」


「あっどうも、和です。よくこんなへんぴな場所で生活を…何処なんですか、ここは」


「そうだねぇ…世界から切り捨てられた空間、奈落の底…時の牢獄とも言うね」


「…全然わかんないっすわ!さっきまで私フォルテシアって大陸にいたんですけど」


「ああ、フォルテシアから近くて遠い場所さ。どうやらあんたはフォルテシアとはまた別の世界から来たみたいだけどね」


「へぁっ!?」


現在地がわからずに焦るよりもまさか初対面の人にそんな指摘をされるとは思わず、ニッコリと微笑むレムレスさんに対してあからさまに驚いて見せてしまう。


「一応やり手の魔女だからね。それくらいわかるのさ」


「そ、そーゆーもんすか…」


「どこか名のある魔法使いに呼ばれて契約を結んじまったんだろう?理由は知らないけど、あんた使い魔にしては平凡すぎるね…大方無理やり召喚されたんだろうさ」


「マジか…エスパーかよ…ヤバい」


何だか全てを見透かされている気がして出会って直ぐだと言うのにポロポロとフォルテシアにやって来た経緯を話してしまった。

これで悪い人だったらヤバイけど、どうしてか妙に親近感が湧いて頼っていいかもなんて思えた。

ベンチに座って話を聞いていたレムレスさんは私の話を静かに聞いていたが、聞き終わるとおもむろに子どもをあやすように頭を撫でてきた。


「とんだ災難にあった上にこんな所まで落ちてきて大変だったろう?よく頑張ったね」


「あ、いや…あの、えっと」


まさかこんな未知の場所で初対面の人に母親のように抱き寄せられてよしよしされるとは思ってなくて、困惑しながらも妙に心地良くて私はついつい身体を委ねてしまう。

自分では異世界に来て未知の体験に困惑しながらも何だかんだ楽しんでいた気分でいたけれど、こんな風に優しくされて不意に涙が溢れそうになるなんて、案外堪えていたのかもしれない。

瞳を閉じると懐かしい母の匂いがしたような気がした。







「…悲しいのか?」


「へぁっ?!何で…?」


不意に間近で私を覗き込む褐色の少年、イドラ君に突然話しかけられて驚いて思わずレムレスさんに掴みかかってしまう。


「…泣いてるから」


「いや、これは何て言うか…懐かしくてってゆーか…」


久々に感じた母の温もりに涙が滲んだのは悲しいからなのか、そうでないのかよくわからなくて私は言葉につまり小首を傾げた。


「うーん…悲しいって言うより寂しいとかかな。ホームシックなの」


「…ほーむしっく?」


「家族とか恋しくて家に帰りたくて堪んなくなることよ。よくあるでしょ?」


「…わかんねぇな」


まるで興味を失ったように眠たげな瞳で頭をかいたイドラ君はプイッと私から背を向けて教会を出て行ってしまった。


「何あれぇ」


「…あの子はちょっと普通の子と違うからね。知らないことが多いのさ…それよりもあんたを元の場所に戻してあげないとね」


「えっ!?出来るんですか!?」


「もちろん。やり手の魔女だと言っただろう?」


「ありがとうございます!多分友達が心配してると思うんで早く戻りたくて…本当に助かります!」


わけもわからず突然引き込まれて帰れるかどうかも不安だったが、レムレスさんの微笑みから直ぐにカミル達の元へ戻れそうで安心した。

また心配させたらと思うと一刻も早く帰りたいと思った。それにまだ事件も解決出来ていないのだからこんな所でくすぶっている場合じゃない。


「あんたのいた時代と場所を突き止めるのには時間がかかるからねぇ。少し待っていておくれ」


「それ時間かかりますかね?と言うか今何時なんですか」


「心配しなくていいよ、ここは時の流れが止まった空間なのだからね。あんたがいた世界には丁度いなくなった直後に戻れるさ」


月も太陽もない真っ暗な空間に少し焦りを見せる私にレムレスさんはそうやたらと難しい答えを返してくれた。

意味がよくわからずに首を傾げる私に彼女は準備が出来たら呼ぶからと教会からやんわりと追い出されてしまった。


「…そうだ。あんたさえ良かったらイドラと遊んであげておくれ」


「あっはい」


「…よろしく頼むよ」


そうしてパタンとしまった扉を背に見た外の景色は夜のようだが、星すらもない真っ暗な空に浮き上がる淀んだ暗い街並みがぼんやりと見える。

そう言えばと左腕に絡まったまのネックレスを解いて首にかける。



「…アリス〜?」


声をかけてもうんともすんと言わないネックレス、本当に魔法がよく効いているみたいだ。むしろ今まで喋っていたのが私の妄想だったんじゃないかとさえ思えてくるくらい普通のネックレスだ。




「…あの声誰だったんだろ」


ふとこの場所に落ちる直前に聞いたアリスではない謎の少女の声を思い出す。




(…あの子の所に行って)


声質的にレムレスさんの声とは違うし、イドラ君は男の子だしで該当する人がいない。


「あの子って誰なの」


この場所にはどうやらレムレスさんとイドラ君しかいないようだし、あの子と言う言葉に当たりそうなのはイドラ君っぽい気がするけど…会ってどうしろと言うんだろう。


「…ま、いっか!」





暗い割に何となく見渡せる明るさを頼りに適当に街を歩いていると前方に太陽の光のような小麦色のツンツンヘアーが揺れている。



「あ、イドラ君!」


「…何だ、ババァとの話は終わったのか?」


「うん!おかげさまで今は帰りのゲートを作ってもらってるとこかな〜。イドラ君はどこ行くの?」


「どこ….….」


特に向かう目的地もなかったのか、イドラ君は虚ろな瞳を宙に彷徨わせて小首を傾げるだけだった。


「…えーっと…暇なら案内とか頼める?」


「…案内?…俺が貴様を?」


「嫌なら構わないんだけど…」


全くテンションの変わらない生気のない瞳で見据えられると何だか気まずくて息が詰まりそうだ。


「……」


結局イドラ君はぼんやりと真っ暗な空に視線を滑らせて私に背を向けて歩き出した。

ソッと拒否されたのだと思って仕方なく1人で散策しようと身を翻した瞬間、グイッと服の袖を引っ張られて止められる。

右腕の袖を褐色のか細くやたら綺麗な手が遠慮がちに摘んでいた。


「…?」


ゆっくりとその手を辿ってイドラ君へと視線を持って行くと彼は持っていた杖でスッと街を指し、仄暗い不気味な笑みを浮かべた。



「こっち」


「…あ、あぁ…よろしく」


漸く彼に街を案内してくれる意思があることを理解した私は若干引きつりながらも笑みを浮かべて、再び身を翻した。

無口で目は死んでるし表情の変化も乏しい…かと思えば急に笑みを浮かべたり、いきなりテンション上がったりとよくわからない少年だ。

今まで味わったことのない独特なイドラ君との温度差には戸惑うばかりだった。









「ここ…本がいっぱいある家」


「図書館ね。倒壊前はさぞ立派な建物だんだろうなぁ…」


リーゼンフェルトの王立図書館と同じように広い建物であるが、天井や壁が無残に崩れて散乱する書架の本が埋まったであろう瓦礫の山を裸足で軽々超え、無事な本棚から本を引っ張り出してはしゃぐイドラ君。異様な光景だ。

幸い半壊だったらしく、生き残った書架も本もそれなりにあるようではあるが、激しい震災後みたいな瓦礫の街ってのがそもそも慣れない。


「トショカン…」


「えーっと、本をいっぱい管理してて好きな本を借りたり…後調べ物したり勉強出来たりする施設かな」


「ふーん」


イドラ君と街を散策してから荒れた広場やお店らしき店を案内してもらったが、彼はその建物の詳細をこんな感じに聞き返してくる。

今日落ちてきた私よりもこの街に詳しいはずなのに、まるで何も知らない子供のように疑問をぶつけてくる。

というかそもそも一般常識がないのか、道を塞ぐ瓦礫を邪魔だと唐突に杖を構えて爆破したり、開かない扉をぶち壊したりと一々破壊行動が過激だったりもして普通に怖い。

枷付きだしやっぱりそれなりの危ない人なんじゃないかとついつい疑ってしまうし、他に住民もおらず荒れ果てた街の惨状も気になるし、普通に皆が心配だから早く帰りたいし心の中がとても騒がしい。

そんな私とは打って変わってイドラ君はパラパラと本をめくっては連なる文字に目を滑らせいる。


「…本よく読むの?」


「あぁ…本は昔からよく読んでた気がする…ババァも文字の読み方を教えてくれるし、ここじゃ暇を潰すには本を読むか物を壊すぐらいしかやることがないからな」


「本はともかく、物を壊すって…まさかこの街壊したのって君だったりする…?」


「……」


恐る恐る訊ねる私にニヤッとだけ妖しく笑ってイドラ君は再び本に視線を戻した。

あからさまに怪しすぎる態度にこの子が囚われている原因はやっぱりそういうことなのかと妄想が先行して悶々とする私にちょいちょいとイドラ君が突然袖を引っ張るので死ぬほど驚いた。


「ななな、何でございましょうっ!!?」


「これ」


「何?この絵のこと?海…空?」


スッと差し出されたモノクロのページの広大な空と海を前に旅人が崖の上に立っている挿絵が目に入る。


「海って何だ」


「えー海はねー青くてすっごい大きい水たまり的な…あっ水がしょっぱいのよ!そんで夏の暑い日に海に遊びに行ったなぁ〜」


「青…?」


「うん!私の生まれた世界よりもフォルテシアの海の方が青くてキラキラして綺麗だったよ。潮風の匂いもまたいい雰囲気でさ〜…ちなみに空も普段は青くてね、白いフワフワの綿あめみたいな雲が浮いてて、時間が経つと太陽が沈んで空がオレンジ色の夕方になったり、夜になると真っ暗な空にキラキラ光る星とか丸い月とかが出るのよ」


「太陽…夕方…夜…星…月?」


「…もしかして全部見たことない?」


私の何気ない問いにコクリと頷くイドラ君に面食らいながらも、通りで先程から会話がスムーズに出来ないわけだと納得してしまう。

本で得た知識やレムレスさんから教わっているのもあって辞書並みに意味を知っていても、実際に目にしていなかったり、また感情の喜怒哀楽があまり理解出来てないように感じられる。

目も死んでるし、まずニールのような孤児だとして多少過酷な環境で育っても、今まで15〜17年ほど生きて来たというのに、この一人じゃ生きていけないような子供すぎる反応はどうも気になって仕方ない。







「外に出る前…奈落に落ちる前はずっとあの塔にいた」


気に入った本を数冊小脇に抱えて立ち上がったイドラ君が指差す先には崩れかけのお城の後ろにぼんやり見える細長い塔。

他よりも損傷が少ない高くそびえ立つ塔までイドラ君に案内されるまま向かった。


街を超えて廃れた城の敷地内に足を踏み入れて葉が落ちた黒い枯れ木の森を抜けた先にその塔は立っていた。

街からも城からもまるで隔離されたような異質な孤塔。

どんな素材で作られているのかよくわからないが、真っ黒いレンガで組み立てられたような塔の内部はいつか放り込まれた牢獄のように暗く閉鎖的で窓もない息が詰まりそうな場所だった。


長い階段をかすかな明かりを頼りに上がった先にある重々しい鉄格子の窓枠がついた扉の先、部屋と呼ぶよりも独房のような空間。

私が閉じ込められていた牢屋と変わりないその部屋には沢山の本が積み上げられている。



「マジ?ここ住んでたの?何で?いつから?どれくらい?」


「…さぁ?気がついた時にはここにいたな…いつからだ?」


「いや、知らんけど…じゃあこの前はどこにいたの?親とか兄弟とか一緒にいなかったの?」


「…親…兄弟」


再び沈黙が訪れベットに腰掛けた彼は虚ろな瞳を宙に彷徨わせている。

単に記憶がないのか、本当に家族がいないのかわからないけどとにかく過酷な環境で育ったことだけはわかった。

どう見てもちょっと広くて環境がいい牢屋を部屋と言うのだから、こうして自由の身になる前はずっとここに閉じ込められていたのだと想像できる。

どんな理由があってイドラ君がこの孤塔にいたか何て想像もつかないけれど、こんな本以外に娯楽もなく朝か夜かもわからない場所に閉じ込められるなんて現代っ子の私にはとても耐えられない。

しかもずっと一人でこんな暗い所に…







「…寂しくなかったの?」


つい口をついて出た私の発言にイドラ君は先ほどとは変わらずに小首を傾げるだけだ。


「寂しい?さっきのほーむしっくってやつか?」


「この場合は違うよぉ。寂しいってのはさ…えっとこう…喪失感っつーか?例えば大切な人が居なくなって悲しくて心にぽっかり穴が空いて何も手につかないとか、何をしててもその人を思い出して虚しい感じとかかな…」


どうにも説明が難しくてフワフワしたことしか言えない。

おかげで全く共感を得れなかったイドラ君は眉を顰めて反対側に小首を傾げた。


「……大切かはわからない…姉がいた気がする」


「お姉さん?どんな人だったの?」


「さぁ?よく覚えていない…でも」


スッとイドラ君が目を細めて鉄格子の窓枠を見つめた。

それはどこか昔を懐かしむようなそんな眼差しに見えてわずかながらイドラ君の乏しい感情が露わになった瞬間だったように思う。





「…いつも本を持ってきて、扉の向こうで読んでくれた…あれは優しい声だったと思うぜ」


浮き沈みの感じられない気怠げな声ではあったけど、その姉との時間はイドラ君にとってそこそこ大事なもののように思う。

そして弟は閉じ込められているものの姉は外から会いにこれる立場だったのかと新たな疑問が浮かんではまたイドラ君の謎は深まるばかりだ。

ストレートに『犯罪者なんですか』と聞くのはどうかと思うし…聞いた後にどんな顔して接すればいいかわからん。




「…どうした?」


「いや、イドラ君何で閉じ込められてたのかと思って…あっ!」


悶々と考えてる途中に問いかけられて思わず口に出してからやってしまったと思う。

慌てて口を噤んでイドラ君の様子を伺うと、ベッドに体育座りで本を読もうとしていた彼は動きを止め、ニタリと背筋がゾワゾワと寒気を感じるような悪い笑みを浮かべて私を見た。










「それは俺がサナトスの生まれ変わりだからだろうぜ」


「サナトスの生まれ変わり…」


はて?

最近何処かで聞いたような名前だ。

じっくりと記憶を掘り返す間、静かな空間にペラリと本をめくる音だけが響いた。






「……破壊神じゃん!!!?」


「……うるせぇ」


やがてヨルン神父が話してくれた神様の話に出てきた破壊神の名前がサナトスと言うことに気づき、驚きのあまり私は大きな声を張り上げてしまう。

眉間に眉根を寄せてジトっと睨まれて反射的に謝罪の言葉が漏れ落ちるが、それよりもイドラ君の正体がとんでもないことに動揺が隠せない。


「破壊神の生まれ変わりだから閉じ込められてたの!?というか、現在進行形で閉じ込められてるってわけ!?」


「…まぁ、そう言うことだ」


レムレスさんの事情を理解しつつも突然ラスボスに遭遇したような衝撃で開いた口が塞がらないが、時々見せつけられた圧倒的な破壊力には妙に納得が行く。

しかし小学生みたいな純粋さと気まぐれでも救われた身としてはイドラ君がそんなに悪い存在とは思えなくて仕方ない。



「…つまり今はレムレスさんに封じ込められてる状態なんでしょ?君からしたら敵じゃんか」


「敵だぞ」


「即答かよ…それにしては仲良くない?」


「…ババァを殺した所で俺はここから出れねぇからな。それにこの枷をつけられたおかげで本来の力が出ない」


「封印状態なんだね…ちなみに本来の力はどんなもんなんすか…?」


恐る恐る訊ねると考え込み始めたイドラ君がおもむろにベッドに寝かせていた杖を取って、扉の方にかざす。

すると突然、バガァアンっと激しく壁が吹き飛び、鉄格子の窓がついた厚い扉ごと向こうの壁に大きな風穴が空いたことで、城や街並みが見えるくらい大分見晴らしが良くなって開放的な部屋に早変わりである。


「…今ので街を破壊できるくらいだな。実際この街は滅んでただろう?」


「oh…」


先ほどの破壊行動で軽く反対側に吹き飛ばされて尻餅をつく私を見下ろし、不気味に微笑む少年の姿からは先ほどまでのあどけなさはなく、底知れない大きな悪意を感じた。







「今の俺にはここから抜け出す術がない…だから待ってるのさ…レブルの民を」


「あっ…そーゆー…」


出会った当初にも訊ねられた『レブルの民』がどんな存在か明確にはわからないものの、わざわざ破壊神を解き放とうとするような連中なのでまともとは思えない。

同時にヨルン神父が言っていた例の破壊神を信仰する邪教集団のことではないかと脳裏をよぎる。

謎のベールに包まれていたイドラ君とレムレスさんの立ち位置が何となく理解できた所で、あまりの急展開についていけずにフッと眩暈がして、一瞬元いた世界での家族と行ったピクニックの思い出など何気ない日常に想いを馳せた。





お父さん、お母さん…そして我が弟よ。


お姉ちゃんは今日この頃、ひょんな事から迷い込んだ異世界からさらに不可思議な空間で封印された破壊神の生まれ変わりに遭遇するような楽しい異世界ライフを送っています。

死期が早まった気がしないでもないけど、その内帰れるように頑張るから心配しないで待っててください。


PS.お家帰ったら皆でたらふく焼肉食べたいです。





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