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巻きぞえアリスの異世界冒険記。  作者: 冬野夏野
始まりの章
37/53

幽霊屋敷ツアーに這い寄る影



放心状態が解けて目的地旧バートランド領に降り立って気づいた。


何か…嫌な感じがする。


ぞわぞわと肌が粟立つような悪寒が止まらない。

まだ陽は落ちていないのに薄暗く茂った鬱蒼とした森のせいか、まるで心霊スポットのように不気味な静けさと不穏さが感じられるせいか。

それだけじゃない…何か見えるのだ…異形の何かが。


「何かアレ…飛んでない?」


「あ?何言ってんだ姉ちゃん?何も飛んでねーぞ」


ニールはそう言うから見間違いだと思いたいのだけど、何度瞬きしてもそれが消える気配はなく、現実世界の夏のホラー特集で見覚えのあるようなおぞましい姿の幽霊がくっきりと視認できてしまう。



「え?嘘…私だけ見えてるの…?何なの…」


(そりゃ決まってんじゃねーか。幽霊だよ。ユーレイ)


嬉しそうに笑い声を零すアリスに異世界に来て急に霊感を持ってしまった私はテレビ越しでないリアルな恐怖に今にも気を失いそうだった。










ー巻きぞえアリスの異世界冒険記37ー











どうも私に霊感が宿ったのはアリスのせいらしい。


(俺様の契約主であるオメーにも俺様の見える世界を見せてやろうって思ったわけだ。ここは墓地だからなぁ…よく見えるだろ?)


墓地と言う場所であるが故に普段町では感じない陰の気に満ち溢れているので、ちょっと付与された借り物の霊感でも沢山の幽霊が視認できてしまうわけである。

ちなみにアリスは陽の気に満ち溢れた街中でも幽霊や呪いを発見出来るくらいの霊感持ちだ。

お陰で森に入ってしばらく進めば腐りかけの木の柵に囲われた墓標が並ぶ霊園からウジャウジャと沸き立つ幽霊達の心霊写真のような邪悪な景色が見えてしまう始末。



「なんて余計な能力付加を…」


(まぁそう怒んなよ。幽霊だって立派な証人だぜ?色々目撃してるに違いねぇぜ)


「あれ話せるの?近づいたら呪われない?大丈夫?」


(稀に話せる奴もいる)


「稀に…」


希望が薄いと言われて気軽に近づく気はしないので、墓地は避けて皆で目撃情報を元に怪しい馬車の痕跡を探すも途中で腐りかけのネズミの集団や腐敗臭を放つ蛆虫のような魔物に襲われるだけで、タイヤ痕一つ見つからない不快な思いをしただけの結果に終わった。


ほぼほぼマクシム団長が一撃で討ち取った魔物の魂回収をアリスにお願いされたて左腕に一時的にしっかりと巻き付いたネックレスをブンブン振っていると、引き寄せられる魂と一緒に寄ってきた幽霊達に囲まれて私は戦慄する。


「どうした?さっきから気分でも悪いのか?」


「今幽霊に囲まれてるの…大ピンチだよ!」


「幽霊…何のことだ?」


「カミルに見えないものが見えてるのー!うわぁああーーっ!」


怪訝そうに小首を傾げるカミルをすうっとすり抜けた幽霊達が胸やお腹の辺りから顔を出してピースしてる。

一見お茶目に見えるが色白すぎる顔色と落ち窪んで黒い穴が空いているようにしか見えない目、とにかくホラーな顔面に私は和むどころか悲鳴を上げて半狂乱になりながらネックレスを振り回してしまう。

しかしそれが功を成したようで幽霊達はすぅーとネックレスに吸い込まれ行った。


「あれ…?」


(まぁ剥き出しの魂共だから、そらそうなるぜ)


「……早く言ってよ…」


こうも簡単に退けられるならさっきまで情けなく喚いていたのが馬鹿みたいじゃないか。



(そんな慌てなくてもこいつらにゃ人に害を及ぼす力はねぇよ。害のある奴は見た目からしてヤベェからよ)


「無害なの?本当に…?」


アリスのやばい基準がどれほどのものかわからないのだけど、魂ダイソンがあるならばちょっと冷静になってもいいかも知れない。


「ご…ごきげんよう」


木の木目のような不安になる見た目で顔の穴という穴から血のように赤黒い液体を垂れ流す幽霊にそっと近づいて私は陽気に挨拶をしてみるが、返事はなかった。

悲鳴のような唸り声のような変な声を上げ続けているし、やばいのではと高鳴る心臓をぎゅっと抑えつけながら、質問内容を考える。


「…えっと、黒い怪しい馬車を見ませんでしたか?」


「…ォォォ…」


「あ、怪しい人とか…見てません?」


「ァァ…ァ…」


「え、えーと…なんか、小さい子ども達とか見ませんでしたか?女の子とか男の子とか…」


まともにコミュニケーションが取れそうもないと諦めかけたが、微動だにしなかったその幽霊は子どもと聞いてピタリと漏らしていた声を潜めた。


「…コド…モ……ム…コウ…」


「あ、ありがとう…行ってみます」


「…ヤシ…キ……ォ…ク」


あまりよく聞き取れないが、お屋敷があってそこにいると言いたいのだろう。超貴重な情報だ。

アリス曰く、彷徨う魂を放置しすぎると幽霊を通り越して自我を持たない害をなすだけのアンデット系モンスターに早変わりしてしまうそうなので、私は移動する前に墓地でさまよっている幽霊をなるべく吸収するようにネックレスを振り回した。


「…姉ちゃん何してんの?気でも狂った?」


「とうとう恐怖で発狂したのか…可哀想に」


「ちゃんと正気だよっ!」


幽霊が見えないカミル達には私が突如独り言を言いだし、突然奇行に走ったように見えたらしく酷く頭を心配される羽目になったが、先ほどの親切な幽霊が指し示した場所に向かうと古ぼけて崩れ掛けて蜘蛛の巣だらけの廃れた洋館に到着した。


煉瓦と黒い鉄の柵で覆われたその廃れた洋館は建物の左側から裏手側がほぼほぼ白い霧に侵食されてるようで視界も悪いし、不用意に近づくのは危険そうだし、あのマクシム団長も青ざめたような渋い顔をしてる。

キィキィ…と風に吹かれて揺れる黒い鉄の扉がまた不気味さを煽り立て、手の平サイズの蜘蛛が視界の端々をよぎって行くまさに幽霊屋敷って感じの恐怖心で胸が高鳴る。


「……」


ぶっちゃけ入るのが怖い私は同士がいないものかと横目に皆を盗み見る。

いつもと変わらないニールと無表情のマクシム団長には特に違和感はなかったが、真横にいたカミルを横目に見ると何故だかとても悲しげな憂いを帯びたような複雑そうな顔をしていてギョッとする。


「カミル!?大丈夫?怖いの!?」


「は?…いや、別に怖くない」


「そんな小学生みたいな強がり言っちゃって…」


まぁ箱入りの王子様だし、幽霊と言った存在が怖くても仕方ないよね!わかるわ!

自分よりも怖がっている人がいると冷静になれるタイプだった私はそっと年上らしく、カミルを安心させるために手を握ってあげた。これは彼のためであって決して自分が怖いからではない。


「いや、だから怖い訳じゃ」


「マクシムさんや私もいるからね!一人じゃないから大丈夫だよ!」


「姉ちゃん、俺を含まないのはわざとなの?」


私の勢いに何だか呆れたような諦めたように少し笑うカミルはそっと繋いでる手を握り返すと、軽い足取りで館へと歩き出した。



「よし…行くぞ」


「え!?ちょっまっっっ…あーーっ!!」


むしろまだ覚悟が決まっていなかった私がカミルにズルズル引きずられる形で情けなく館の門を潜る形になってしまった。









キィ…と軋む大扉を開けると近くにいた蜘蛛がカサカサと暗がりの方へと散って行く。そして暗く肌寒い空気に覆われた広いエントランスホールが私達を迎え入れた。

窓から射し込む陽射しに舞う埃と所々に張り巡らされた蜘蛛の巣、わずかに照らされた室内は絨毯が破れめくれ、壁は朽ち果て、エントランスの左右から美しい弧を描きながら2階へ続くサーキュラー階段は手すりもハゲて腐り落ちたりの荒れ放題である。

ホラーゲームの舞台になりそうな見事な荒れっぷりに笑う膝が止まらない。


カミルの光魔法で光を放つ蝶々達がフワリと周りを照らすのでまだ正気を保っていられるが、繋いでる右手の手汗が止まらなくてそれでも気にせず手を繋いでくれるカミルには感謝と申し訳ない思いでいっぱいになる。


「ど…どこから調べる…?」


あの幽霊は屋敷の奥と言っていたからぶっちゃけ場所はよくわからないので、ここからは手当たり次第に館内を探し回らないといけないだろう。


とりあえずは1階からと移動する前に試しにネックレスをブンブン振ってみたが、外から幽霊が吸い寄せられる他に屋敷に住み着いていたアンデット系モンスターことゾンビなどと鉢合わせた。






「う、うわぁあーーーっ!!バイオハザードだーーっ!!」


(うるせぇ…)


「うるさ…大丈夫だから静かにして」


「だって死体が動いてるんだよ!?怖いよ!噛まれたら感染しちゃうよ!仲間入りだよ!?」


「姉ちゃんのそれ、どこ知識なんだよ。感染しねーから大人しくしてなって」


ニールはともかく、ゾンビなんて見るの初めてのはずのカミルがやたらと落ち着いてるのが納得いかない。

繋いでない方の手をのろのろと不気味な声で呻きながら近づくゾンビに向かって翳すと、魔方陣が展開されてカミルは短く呪文を唱えた。




「彷徨える御魂に救済を与えよ!ホーリーヴェールッ」


フワリと魔方陣から放たれた風に吹かれたカーテンのようにそよぐ温かな光が優しくゾンビを包むと、彼らはあっという間に灰となって崩れ落ちた。

一瞬の出来事に呆気にとられている間にニールが私の左腕ごとネックレスを振り回して魂を回収していた。


「ま、光魔法はカミルの得意分野だからな。見ての通りアンデットにはめっぽう強いのよ、わかったか?姉ちゃん」


「あっはい…騒いですいませんでした」


本人があまり光属性っぽくないから忘れていたけど、こんなにカミルが頼りになるとは思ってなかった。

この後食堂とかに入った際にもまたゾンビが現れたのだが、回復剤の入った瓶をニールに渡されてゾンビに投げつけた所、めっちゃ効いて溶けてしまった。

光魔法や回復魔法が痛みを感じないが故に物理攻撃に強いアンデットに効果抜群なのはファンタジーものによくあるが、この世界もばっちり踏襲しているようだ。

ちなみに火も効くらしいが、よく燃え広がりそうな館で使うのは自分達にも被害が及びそうだから注意が必要そうだ。







「キリがないな…一度屋敷全体を浄化するか」


行く部屋行く部屋に必ずと言っていいほど敵と出会う鬼エンカウント率にカミルは嫌気が差したようにそう言い出した。

ゾンビ以外に幽霊もいないし、特に収穫もないまま1階の右側の部屋の捜索を終えてちょうどエントランスに戻ってくると、カミルがホールの真ん中に座り込んで両手を床につけて呪文を唱え始める。

館内のアンデットモンスターを一気に浄化するとのことで作業には少し時間がかかるそうだから、少し休んでてくれと言われて各々エントランスのあちらこちらに散って行くので、私もふらふらと館内を見て回ることにした。


天井に吊り下げてあったであろう豪華なシャンデリアは支える部分の金具が朽ち果てたせいか、天井には折れた金具とあちこちにかかる蜘蛛の巣が、床に落ちたガラスはあちこちに散乱している。

また壁際に飾ってあっただろう花瓶に花は添えてなく、埃を被りヒビが入っているし蜘蛛の巣をかける足場にされている。

そして嫌な音を立てて軋むサーキュラー階段を上がる度に視界の端を蜘蛛が駆けて行く。さっきから蜘蛛いすぎだな!

左右の階段を繋ぐ踊り場には2階から1階エントランスがよく見渡せ、カミルが少しずつ大きな魔方陣を展開している様子が見て取れた。

そして1階からでも見えていた階段を上がった先のエントランス中央、2階壁には大きな額縁に入った見事な絵画が飾ってある。




「家族の絵?」


旧バートランド領であるこの屋敷の領主とその家族か、真ん中の椅子に鎮座するのは領主だろうダンディで腕っ節も立ちそうな茶髪の男性、その右側横に慎ましく立っている金髪の美しい女性が上品に微笑み、彼女に肩を手を置かれている少し緊張した面持ちながらも凛々しい表情をするのは女性と同じく金髪の少年、そして左側から甘えるように男性の膝に腕を乗せて可愛らしい満面の笑みを浮かべる10歳前後の金髪の少女が描かれている。


「すげ〜美形家族だねぇ」


(…なーんか誰かに似てんじゃねーの?)


「誰かって誰よ…曖昧過ぎる」


(この子ども2人。よく見ろよ)


「え〜〜…」


「のどか姉ちゃん、何やってんのー?」


マジマジと大きな絵を見つめているとギシギシ音を立ててニールが階段を上がってきた。

私が絵画を指差すと彼もまた同じように絵を見ては小首を傾げてジッと少年と少女を交互に見ている。


「んーー?なーんか見たことあるような気がする…」


「うーーん??そう言われたら見たことあるような?」


写真ほど正確ではないが、ゆるくウェーブがかった金髪の美少女におしとやかで上品な女性、艶やかな金髪を後ろで結んだ少し目つきの鋭いカッコいい少年と目つきは悪い方だがハンサムダンディな男性には所々既視感があるようなそうでもないような…。


「金髪…」


「激マブ少女…」


「笑顔の女の子…無表情の男の子…」


「優しそうな母親…」


「儚げな女の子…目つき悪い男の子」


「フワフワ金髪美少女…」


とか2人してぶつぶつと呟いている内にカミルの魔方陣が完成したようで、床下の魔方陣から淡く温かい光が立ち上った。

浄化作用のある光で照らされたと同時に1階を振り返ってハッと胸につっかえていた疑問が晴れて行く。

幼さの残る絵画の少年のようにゆるく後ろで結んだウェーブがかった艶やかな金髪、領主の男性に近い鋭い目つきのどれもが当てはまる人物、それは頼れる我らが騎士団長。






「マクシムさんーー」


『じゃん!』と勢いよく続くはずだった台詞は上げた左腕に突然絡み付いてきた粘着性のある糸に引っ張られてバランスを崩した際に悲鳴に変わった。

とても人間のものとは思えない力に引っ張られるまま踊り場の手すりを乗り越え、宙に投げ出された。




「ぅぎゃぁああーーーっ!!」


勢いよく投げ出されたせいで大扉上の割れて鋭いガラス剥き出しのステンドグラスにぶつかりそうになるし、左腕だけで身体を支えているから負荷がかかって痛い。


糸の先を見上げて、アンデット系のモンスター以外警戒していなかったことを私は激しく後悔した。




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