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巻きぞえアリスの異世界冒険記。  作者: 冬野夏野
始まりの章
33/53

優しさに救われ、救うために

「今更ですがシルフの森では本当にお世話になりました!マクシムさんのお陰で今日も元気に生きてます!」


「そう気にしなくていい…あの時は私が気を抜いたがために戦場から途中離脱し、最後まで守りきれなかった…私の落ち度だ。だから君が無事でよかった」


マクシム団長は強制転移魔法で戦線離脱を余儀なくされたことを気にしているようだったが、マクシム団長がいなかったら今頃首をはねられていたか瓦礫の下敷きになっていただろうから、本当に助かったのだから団長はもっと自分の力を誇っていいと思う。



「…それであの、私が呼び出された訳ってその森でのことすか?それとも昨日の…?」


城に向かう道中、前を歩くマクシム団長の揺れる案外可愛いリボンで結われた金髪が左へ右へ揺れる様子を見ながら、恐る恐る用件を訊ねてみる。

マクシム団長の答え次第ではアリスが変な行動に移るんではないかと不安だ。


「心当たりあたりがあるのか…話が早くて助かる」


「ウッ…牢獄送りですね!仕方ないですよね…どうぞ!」


「何を言ってるんだ、君は…」


今身体の所有権がある内に逮捕された方がこの国のためだろうと、意を決してマクシム団長に両手を揃えて差し出す。

振り返ったマクシム団長は私がお縄にかかる時のポーズの意味を理解してくれず、呆れられながらそっと腕を下げられた。思いが伝わらない。

何も言われないけど、心なしか首から下がるネックレスからヒンヤリと冷たい空気を感じる。

見えない爆弾を抱えて友達ん家に行くなんて本当どうかしていると思うが、王様の呼び出しならば従わざる終えない。

青い顔でダラダラ汗を流す私を見かねた様子のマクシム団長がポンポンと軽く肩を叩いて落ち着かせてくれる。



「そう怖がらなくていい。今日、君を呼び出したのはオズワルド様ではない」


てっきり以前のように偉い人に囲まれて怒られるものだとばかり思い込んでいた私は今回呼び出した人物が王様でないことに大層驚いた。

王様以外に呼び出されたとなると、城に大した知り合いもいないので誰かは自然に搾られる。





「…クロード様だ」



黙っている私に頭を抱えたい気分だろうマクシム団長が悩ましげに大きなため息をついた。











ー巻きぞえアリスの異世界冒険記33ー










入城後、マクシム団長に案内されてやって来たのはいつかの豪華な庭園の奥にあるガラスドームの大きな温室。

珍しい植物や花に囲まれた広い場所へ出ると、優雅に紅茶を嗜んでいたクロード様が眩しい笑顔で迎えてくれた。


「やぁ、和お嬢さん。いきなり呼び出して驚かせてしまっただろう?来てくれてありがとう!」


「クロード様、お久しぶりです!今日はお日柄もよく…えっと、呼んでもらえて嬉しいです!ありがとうございます!」


ずずいっと近づいて両手で私の手を包み込むフレンドリー王子のハンサムっぷりにこう言ったスキンシップの経験不足から、思わずおかしな言動を漏らして慄く私にクロード様は嫌な顔一つ見せずに私の手を取って優雅にエスコートしてくれる。


「さぁ、和お嬢さんこちらの椅子へどうぞ」


「きょ、恐縮です…失礼します」


一国の王子様自ら椅子を引いて座らせてくれたり、執事のようにお洒落なティーポットから香りのいい紅茶を可愛らしいティーカップに注いでくれたり、見た目の可愛い美味しそうなケーキを出してくれたり至れり尽くせりだ。

一瞬本当にいいとこのお嬢様にでもなったような気分になるが、直ぐに自分が厄介な災いを持ち込んでいることを思い出して申し訳なくなる。


(こいつがリーゼンフェルトの王子様か?随分軟派な野郎ですこと)


小姑のようにクロード様に対して棘のある発言をするアリスの目の前にまさに復讐のターゲットがいる状況に私は心が休まらない。

絶対美味しいだろうケーキにさえ手をつけられないくらいには緊張して冷や汗を流し、俯く私にクロード様が苦笑する。


「そんなに緊張しなくてもいいよ。君を責めるために呼んだ訳じゃないんだから」


「あ、はい…すいません。これは私個人の問題なんでお気遣いなく…」


「そのネックレスの呪いかい?」


「へぁ!?知ってるんすか!?」


「弟から話は聞いてるよ」


そう言えばカミルがお兄ちゃんに相談するって言ってたっけ。

それならばクロード様が詳細を知っていても変じゃない。

今日はカミルもお城にいるそうだから、最近のアリスに身体を乗っ取られておかしな行動をした所まで話は伝わってるのかもしれない。

大変だったね、と慈しみの笑みを浮かべるクロード様に全てをぶちまけたい気持ちになるが…


(はははっ!わざわざ会いに来てくれるとはねぇ。手間が省けて助かるぜ)


アリスの上機嫌な声が聞こえてきて私は再び青ざめることになる。

アリスのことを察しているのは今の所はルーチェだけだし、話せばアリスが皆に危害を加えそうで怖い。


「…和お嬢さんが浮かない顔をするのはそのネックレスの影響かな?」


「すいません…そうなんですけど喋ったら皆さんを危険な目に遭わせそうで…ごめんなさい」


「?」


(おいおい、うっかり余計なこと口走ってんじゃねーよ)


アリスの機嫌を損ねたみたいで冷たい低い声がしたのと同時に耐え難い眠気に襲われる。

ヤバい…今寝たら確実にアリスがクロード様に危害を加える。

今にもテーブルに伏してしまいそうになるを慌ててテーブルに肘をついて必死に耐える。


「和お嬢さん?大丈夫?具合が悪いのかい?」


突然テーブル上の紅茶を溢したりと派手に物音を立てる私を向かいに座っていたクロード様が即座に心配して立ち上がる。

眠気に閉じかける瞳が心配そうな面持ちのクロード様がこちらに向かってくる様子を映した後にガクッと膝へと落ちた。

額をテーブルに打ち付けた痛みなど些細な衝撃で眠気は増すばかりだ。






「…ダメ…寝たら…お願い…叩き…起こ…して…」


絞り出した声は途切れ途切れで必死に歯を食いしばって、眠気を耐えようと自分の左手首を掴んで爪を食い込ませ、痛みで眠気を追い払う。


(無駄無駄、ロクな精神力もないオメーじゃぁ俺様は止められないぜ)


嘲笑うアリスの言う通り痛みを与えた所で眠気が飛ぶ様子もなく、込めていた力がだんだん抜けて、次第に意識が遠退いていく。

抗うこともできずに私は闇の底に落ちて行くーーーその時、







「起こせばいいのかしら?これは刺激が強いから眠気もイチコロよ!」


聞き覚えのあるハツラツとした少女の声が耳に届くと、シュッシュッと顔に香水を散布するように何かを吹きかけられた。

すかさず鼻孔と口から入り込んだ何とも言えない硫黄と水虫+蒸れに蒸れた親父の足の臭いを掛け合わせたような強烈な腐臭が眠気を吹き飛ばし、鼻が曲がるほどの不快感しか与えない臭いに椅子ごと引っくり返り、少しの間息が詰まりむせかえった。その後には吐き気を催し、目に染みて涙も零れ落ちる始末だ。






「くっっっっさぁあーーーー!!!?は、吐きそう…」


(うっ……オエエエエーーーッ!!)


纏わりつく強烈に不快な腐臭には入れ替わろうとしてたからか、アリスにも直接ダメージが入ったようで彼とリンクするままに即座にさっと差し出されたバケツに私はせり上がったものをぶちまけた。

何度か繰り返し訪れた吐き気にバケツを抱える私の背を大きな手と小さな手が優しくさすって、頑張れ頑張れと声援を送ってくれる。

しばらく苦しみ、全てを出し切って荒く息をする私は眠気を感じることはなかったが、疲労感と未だに鼻をつく腐臭に涙が止まらない。


(………)


しかしアリスも相当きつかったのか、吐き出した辺りから一切反応がなくなったので一先ず助かったらしい。


「はい、お水」


私の背中をさすっていた小さな手が離れて行くと、可愛らしい少女こと久々のベルティナ姫がしゃがんで水の入ったグラスを差し出した。

脇の方に寄せられたバスケットいっぱいの花を見るに、温室の花を摘んでいたようである。

私は彼女に力なくお礼を言って渇いた喉に一気に水を流し込む。


「……はぁ〜〜、姫様ありがとうございます。苦しんだけどおかげで目が覚めましたよ」


「うっふっふー!そうでしょー!不審者用に作った撃退用ミストなの。臭すぎて不快感と吐き気と気持ち悪さと涙を催すデストロイブリーズよ。効いたでしょ?」


「ええ…それはもう強烈に」


効きすぎて鼻の感覚がなくなったほどだ…しばらくは嗅覚は頼りにならないし、泣きすぎて目もちょっと腫れた。


「和お嬢さん、よくわからないんだけどとりあえずこれでよかったのかな?」


突然の私の奇行と淑女にあるまじき人前での吐きっぷりに戸惑うクロード様だったが、困りつつも回復魔法をかけて労ってくれるイケメンっぷりには感服する。


「はい…とりあえず何とか呪いは回避できました…」


アリスが静かなのをいいことにスルッと滑り落ちた言葉にクロード様の顔つきが真剣なものに変わった。


「ひょっとして今なら…詳しい話を聞いてもいいのかな?」


姫様のおかげで今は持ち堪えたが、今後入れ替わったらどうしようもないので一瞬悩むが、正直もう1人で悶々としているのもしんどくなった私は全てを打ち明けることに決めた。









「ーーと言うことで凶悪な怨霊に憑かれたおかげで身体を乗っ取られるので、皆様に危害を加える前にどうぞ投獄してください!」


事情を伝えて素直に両手を差し出して手錠を受け入れる意思を示すが、向かいに座るクロード様とその膝に乗るベルティナ様もまた少し離れた場所で見守るマクシム団長も訝しげな顔をするだけで反応してくれない。

まぁ突拍子のない発言をしている自覚はあるし、証拠を見せてあげられるものじゃないから信じてもらえなくても仕方ない。


「ベルよくわかんないけどさっきみたいになったらデストロイブリーズ吹きかけて起こせばいいのよね!」


「ま、まぁ…意識を失わなければ乗っ取られないかなーっと…ウッ!」


おぞましすぎる色合いの液体の入ったスプレー瓶を笑顔でかざす姫様に、先ほどの苦痛がフラッシュバックして思わず口元を押さえた。


「お嬢さんが寝る時は身動き取れないように縛っておけば大丈夫だね」


「妙案ですね」


「冗談だよ。マクシム」


「……」


「マクシム?本気にするなよ?やるなよ?」


クロード様と何やら物騒な話をしていたマクシム団長の鋭い眼光には本気度しか伺えずに震え上がったが、とりあえずクロード様達はついこの間知り合ったばかりの私の話を信用してくれてるみたいで少し嬉しくなる。





「いつも問題ばっかり起こして、いつもご迷惑をお掛けしてすいません…それなのにその、気にかけてくれて私嬉しいです」


「言ったじゃないか、君を責めるつもりはないって…何があってもね。カミルの大事な友人だもの、だから俺は君の呪いを解くために協力は惜しまないよ」


「クロード様…」


キュッと私の右手を大きく綺麗なクロード様の手が包み込んだ。

じんわりとクロード様から伝わる暖かい温もりが彼の言葉と共に身体中に染みわたるようにホッと心が安らいで行く。



「ベルものどかのお友達なんだから!助けてあげるわ!もちろんマクシムもよねっ!」


「姫様のお願いとあらば」


クロード様に続いて元気よくそう宣言するベルティナ様と、彼女にじゃれつかれているマクシム団長すらも珍しく柔らかめの表情を浮かべて迷いなく私に救いの手を差し伸べてくれる。


私は自分が思っていたよりもずっと周りの人に恵まれているんだ。

最初に拾われた相手であるジルベルトさん達も、師匠として世話を焼いてくれるワルツさん達も、そして友達として心配してくれるカミルやニール…そしてこの場にいるクロード様達も皆優しい。

何だか一人で思い詰めていたのが馬鹿みたいだ。

そう思うと急に肩の荷が降りるように胸がすっと軽くなった気がする。

悲しくないのにボロボロと泣き出す私にクロード様とベルティナ様が慌て出すのも何だか嬉しくて面白くて笑みが零れた昼下がりだった。



カミルからしてここの王族は人が良すぎて心配になるけども、同時にその光のように眩しい優しさには救われる。

全然関わったことないけど王様も悪い人じゃなさそうだし、アリスはどうしてこんなにお人好しな王族を殺すだなんて物騒なことを言うんだろう…過去にリーゼンフェルトの王族に何かされたのかな。

少し心に余裕ができた今だからこそ悩みの種であるアリスのことを知りたいと思い始めた。

復讐には手を貸せないが、アリスの心を救うことが出来れば安らかに成仏させることも出来て、呪いも無事に解けて晴れて自由の身だ。




「うん!アリスと仲良くしよう!」


どうせ解呪出来ないならばうまく付き合っていけるように努力しようと安易に思いついた私だった。



(………)



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