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巻きぞえアリスの異世界冒険記。  作者: 冬野夏野
始まりの章
32/53

盲目少女の夢事情


夢を見た。

見知らぬ夜空の下、真っ赤に燃え盛る見知らぬ街にいた。

逃げ惑う街の人々がまるでそこに誰もいないみたいに勢いよく突っ込んできてはするりと私をすり抜けて行く。

悲鳴を上げる人々の声に混じって低い笑い声が聞こえてくる。

炎に包まれて行く街のこの惨状を嘲笑うような上機嫌な男の笑い声だった。

楽しそうなのにどこか寂しげで悲しげで泣いているようにも聞こえる不思議な声だ。

一体どこから声がするのかと声の主を探して一歩踏み出した足は地を踏むことなく、瞬く間に底なし沼に沈むように闇へと落ちて行った。

暗い闇の底に落ちた私は身動きさえ出来ずに絶え間なく怒りや悲しみ、痛みを嘆く悲鳴の海へと投げ出された。

頭が痛くて胸が張り裂けそうになる息苦しさにもがいていると遠くから微かに私を呼ぶ優しい声が耳に届く。






「…かさん……和さん」


パッチリと目を開けた先にはフワフワと長く柔らかそうな金髪を揺らしているルームメイトのルーチェとメイドのベロニカさんが心配そうに私の顔を覗き込んでいた。


「和さん?大丈夫ですか?酷くうなされているようだったので」


「……うん」


上半身を起こしてじっとりとシャツが肌に張り付く感覚に酷く汗ばんでいることに気がついた。

寮のベットの上、室内は私とルーチェの部屋で窓から気持ちのいい鳥のさえずりと朝陽が射しこむ。

窓の前のチェストの上にはまだ芽が出てない小さな植木鉢。

ぼんやりした頭のまま自分の手や身体を見つめながら動かしたり、顔を触ったりしてみるとちゃんと手は動くし、触れる。

見慣れた視界に首から垂れ下がるネックレスもゆらゆらと揺れる。


「…帰って来たんだ、私」


頭が冴えてくるのと同時に薄っすらと昨夜アリスがちゃんと寮に戻っていたことを思い出した。

昨日の現実感のない不思議な体験がまるで夢のようで、ちゃんと体の所有権を取り戻したことに死ぬほど安堵した。











ー巻きぞえアリスの異世界冒険記32ー









「最近、和さんの中に変わった御人がいらっしゃるようですね」


「……え?」


朝食を食べていると、正面に座っていたルーチェが突然そんなことを言い出すので私は驚いて持っていたフォークを落としてしまった。


「何でわかるの!?」


「何でと言われますと…何となくですが、わたくし和様からは優しい色をいつも感じるのですが、最近は刺々しい赤黒い色を感じることがありますので」


「……色?」


「わたくしは目は見えませんが、皆様の色が見えるのですよ」


「???」


「えっと…真っ暗闇に色がほんのりと浮かび上がる感じですわ」


「…何となくわかった!」


本当はよくわからなかったが、気配が感じ取れるとかそんな所だろう。

床に落ちたフォークを拾ってる間にベロニカさんがさっと新しい物を差し出してくれて、お礼を言いながら受け取った。ルームメイトのよしみで私にも奉仕してくれて大変嬉しいし、とてもありがたいが、何から何まで世話をしてくれるので逆にちょっと申し訳なくなる。


「…あれ?色がわかるってことは…ルーチェのその目って生まれつきじゃない?」


「ええ。10年ほど前、7歳の時に事件に巻き込まれてしまいまして」


「そうだったんだ…」


目玉焼きをつついていた手が止まり、またフォークを取り零しそうになるほどには驚いた。

苦笑する彼女を見るに、その幼少の頃の事件は結構辛いものなんだろう…てかトラウマになっても当たり前か。

目が見えなくなるほどの事件…どんな事件かなんて想像もつかないけど、凄惨なものだった可能性が高いし、気にはなるがそこら辺を聞き出すのは失礼だろう…さすがに無神経がすぎる。


彼女は基本的にいつも目を閉じているが、前に一度瞳を見せてもらったことがある。

真夜中のように暗い夜空が広がる美しい瞳だったが、吸い込まれるような底知れぬ不安を感じさせる不思議な瞳だった。

怪我で目が見えないわけでもなさそうだし、病気や精神的なショックで失明してしまったとか…他にはーー




(この女、呪われてるぜ。目が見えないのはそのせいだな)


…何というタイミングで一番嫌な感じの答えを投下して来たアリスにまた持っていたフォークを落とした。テーブルの上だったから多少物音がするだけに留まってよかった。

脳内に直接語りかけくる声に昨日の出来事が事実だとまざまざと告げられて頭が痛い。

心なしか首から垂れ下がるネックレスが意思を持ってゆらゆら揺れているように見えてきた。


「起きたの…」


(まぁな。それよりコイツ中々面白い呪いにかかってるじゃねーの)


私にとってはかなり衝撃の事実を首元のアリスは楽しげに笑う。


(コイツの身体には魂が半分しか入ってないぜ。目が見えないのは魂が分断されちまった時の弊害だろうよ)


「???」


(もう半分の魂は生霊としてどこかで彷徨ってるかもなぁ)


「何言ってるか全くわからない」


(ま、とにかく呪いをどうにかしてやらねーとその内離れ離れになった魂は弱って、消滅して死んじまうってことだ)


「ヤバいじゃん!?」


「和さん!?突然どうされたのですか?」


周りから見れば意味不明な独り言からガタッと急に立ち上がった挙動不審な私にルーチェもベロニカさんも戸惑っている。

ルーチェはアリスの存在にも気づいていたし、突拍子のない話でも信じてくれるだろうか。

何にせよ、彼女に関することだからと私はアリスのことと今聞いた呪いの内容を彼女達に話してみた。


突然失礼なことを言いだすから怒られたり笑い飛ばされたりするんじゃないかと一抹の不安もあったが、彼女達は大変驚いた様子を見せるだけであった。


「もう一人の和さんの正体はネックレスの…アリス様の仰る通りですね。わたくし、呪われています」


「嘘…マジなん」


アリスの妄言であれば気にすることでもなかったのに、申し訳なさそうに困った笑みを浮かべるルーチェを見たら真実だと認めざる終えない。


「神官様に呪われていると聞いてはいましたが、魂が分裂しているとは知りませんでしたわ」


ギュッと胸に両手を当てる彼女を見てると儚げでちょっと目を離した隙に消えてしまいそうな錯覚を覚える。

アリスが本当のことを言っているようにその内ルーチェが死ぬ運命にあるならば、どうにかしないとダメじゃないか。


(…何でか知らねーけど、中途半端にかかった呪いだ。術者をどうにかしなくても、コイツのもう半分の魂を身体に戻せりゃ解決するぜ)


「マジで!?ルーチェ!その迷子の魂を見つけて戻せたら呪い解けるって!」


今日はちょうど学園もお休みだし、直ぐにでも探しに行かねばと再び立ち上がる私だったが、ふと己も呪いであるアリスの証言を信用していいのかと今更違和感に気づいた。

何でアリスはわざわざ私に有益な情報を寄越すのか…彼の目的からして私やルーチェを助ける動機がわからない。

生憎無機質なネックレスを見下ろしてもアリスが考えていることはわかんないし、昨日みたいに表情豊かなら何を考えてるかわかったかも知れないのに。

さらに冷静に考えたらこの広い世界で不明瞭な魂なんてどうやって探せばいいのかと言う問題に衝突してドアにかけていた手が止まる。計画性がなさすぎる。


「…どう探したらいいかわかんないや…」


「和さん…」


(離れたとは言え元は一つの魂だ。手掛かりはその女が持ってんじゃねーのか)


アリスの助言はイマイチ信用していいか迷うが、私には対抗案もないのでとりあえずルーチェに聞いてみよう。


「……ルーチェ、半魂の居場所の思い当たる節とかないかな?」


「はんた……魂の繋がりがあるかわかりませんが、わたくしいつも夢を見るのです」


「夢?どんな夢?」


「夢の中ではわたくしは目も見えていて、自由に旅して広い世界を巡っているのですよ。時には緑豊かな花畑に囲まれた都や、また時には冷たい真っ白な大地が広がる白色の世界に硝子の城、またある時には暑い黄色い砂浜がどこまでも続く湖のない砂の大地に佇む王国に」


夢で見た世界を話す彼女からはとても盲目とは思えないほど細かく鮮明な夢の景色と体験を話してくれる。

恐らく現実では見たことのない風景も彼女は夢で見ているんだろう。拙い表現ながらも何となく伝わってくる。


「昨日見た夢ではわたくしは草木のない赤い大地を流れる大きな川を辿り、とても立派な滝の麓にかかる虹を見ていましたわ」


「赤い大地…虹のかかる滝…」


別にこの世界の全てを把握している訳でもないけど、そんな目立つ場所地上で見たことがない。


「色んな人や魔物も見てきました。人の姿と獣の姿を併せ持つ者、山のように大きな魔物など!夢の中とは言え、まるで本当にそこにあるような迫力だったのですよ!」


興奮気味に話すルーチェはやたら楽しそうで見た目は可憐な少女だけど、目が見えないせいか生来の気質なのかわからないがとても嬉しそうに夢の中の出来事を語っている。






「…もしかしたらこの夢はわたくしのもう半分の魂が見ている情景なのではないかと思うのです」


「じゃあ…夢で見た場所に半魂がいるってこと?」


「はい。確実にとは言えませんが…毎晩見る夢の内容を体験したように鮮明に覚えているのです。ただの夢であるとは思えないのです」


(…思ったよりも魂の繋がりは強いようだな。コイツ、見た目の割に魂は相当なじゃじゃ馬なのかよ)


夢で見る場所が分裂した魂視点であるならばルーチェが夢を見るごとに居場所が違うのは激しく移動しているからで、彼女の話を聞くに1〜3日ほどで場所移動してるから魂の行動力がすごい。

しかも場所を聞いても全く思い当たらないのが一番の問題だ。


「ん〜雪山とかならまだ思い当たるし、花畑もあるにはあるけど…都…城…人外さん…リーゼンフェルト以外に心当たりないよ」


彼女が言うに村や町レベルではないようだし、砂漠や赤い大地とかも心当たりがない。

テーブルに伏して項垂れる私の首から下がるネックレスがユラユラと揺れて、さっきまで得意げだったアリスも急に黙り込む。

こうなればやっぱり手当たり次第世界中を渡り歩くしか…と途方もない方法に行き着く私にアリスがまた謎を深めるような発言を投下した。



(…コイツ、今存在しない俺様の知ってるフォルテシアの話をするじゃねーか。どうなってやがる)


「えぇ…本当にどういうことなのよ…」


ルーチェの夢に出てくる風景がアリスの知っている世界だとすると、彼女の分裂した魂はアリスの元いた時代…過去にいると言うのか?時渡りなの?

過去に戻る魔法とかあるのかなと溶けかけの脳みそで考えていると、コンコンと部屋に軽快なノック音が響いた。

ベロニカさんがドアを開け、応対した後直ぐに私の元へやって来た。


「和様、貴女にリーゼンフェルト城からお客様がいらしているそうです」


ここでまさかの城から呼び出しにビクッと肩が跳ねる。


これ多分絶対アリスの件だよね!?

城から直接ってことはカミル関わってない?

というかアリスが昨日城の監視から逃れていたからそれ関係!?

悶々とネガティブな思考を巡らせてガタガタ震える私の手をルーチェが宥めるようにそっと包み込んだ。



「和さん、大丈夫ですわ。今日のお城にはカミル様もクロード様もわたくしのお兄様もいらっしゃいますから、悪いことはきっと起こりません」


「ルーチェ…うん、ありがとう!」


暖かい彼女の温もりで幾分か落ち着きを取り戻した私は一度深く深呼吸をして、静かに彼女にお礼を言って席を立った。



「アリス様、和様をあまり困らせてはいけませんよ。女の子ですもの…守ってあげてくださいね」


アリスは厄介な呪いだというのに、まるでやんちゃな男の子をあやすようにネックレスを撫でるルーチェを見ていると肩の力が抜けて和んでしまう。


(……チッ)


「あっはは!それじゃ、行ってくるよ」


「はい、2人ともお気をつけて…お帰りをお待ちしておりますわ」


ルーチェの温かい見送りの言葉を背にとりあえず着替えは済んでいたため、ベット横に放られた鞄を背負いドアで待つお知らせに来た寮の管理人さんに連れられて部屋を後にした。



「あっ」


(チッ…)


寮を出た所で私は直ぐによく見知った城からの使者と対面した。

相手の顔を見るなり、アリスが不満げに舌打ちをするのがよく聞こえてくる。





「おぉ…マクシムさん、ご無沙汰してます」


威圧感のある黒い騎士服姿に鮮やかな金髪を揺らして振り返ったマクシム団長は不機嫌そうな無表情でありながら少し疲れたような悩ましげな表情を浮かべていた。



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