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巻きぞえアリスの異世界冒険記。  作者: 冬野夏野
始まりの章
31/53

破滅を夢見る宝具

(あのさ…宝具ってマジであるの?)


結局の所何も出来ない私が焦っても仕方がないから一先ず最近よく耳にする兼ねてからの疑問だった宝具の存在を思い切って訊ねてみた。


「あー?あるだろ。俺様が存在するんだから」


(マジか…宝具って皆君みたいに喋るの?)


「物が喋るわけねーだろ、馬鹿か」


(矛盾)


「うるせぇ!俺様は例外だ。王族連中のせいでそいつに封じ込められたんだよ。おかげで随分長いこと眠らされたぜ…絶対許さねぇ」


忌々しげに表情を歪めるアリス。私の顔でそんな悪人面しないでほしい。


(…それで復讐かぁ…でも王族って範囲広くない?)


「うるせぇな…その辺の記憶が曖昧なんだ。だからとにかく宝具は壊すし、国は滅ぼすんだよ」


(えぇ…もっと平和なお願い事にしない?呪い解きたいとかさ!)


「今更呪いなんてどーでもいいんだよ!復讐…いっそのことこの世界ごとぶっ壊してやるぜ!」


(すごい憎しみじゃん…破壊衝動抑えて…)


記憶が曖昧なせいなのか、よっぽど壮絶な過去があるのか、アリスはどうも王族に対して無差別に殺意が高すぎる。

何がアリスの復讐心をそこまで突き動かすのかわからないが、このまま放置しておくのは非常にヤバい。このやる気なら世界滅ぼしかねない。

気がつけばもう陽は傾いて夕方になりそうだがアリスは一向に学園に戻ることなく、地図を見ながら足早に何処かに向かっている。


(どこ行くの?)


「情報収集。どうやら随分と時が経ってるみたいだからな」


(じゃぁ、図書館に行くの?)


「そんな所だ」


武器を欲しがったり、絡まれたら暴力を振るったりと気性が荒いと思えば急に大人しい行動に出てよくわからない人だ。

真っ直ぐに王立図書館に向かうアリスを見て少し安堵するが、カミルとの約束を破ってしまうことが気がかりだ。













ー巻きぞえアリスの異世界冒険記31ー












「どうなってやがる!リーゼンフェルト以外に国がねぇ…」


(ちょっ図書館で騒がないでよ!)


王立図書館で大量の本を漁っていたアリスがしばらくすると愕然としたように強く机を叩いた。

突然の大声に反応する周りの視線を感じて慌ててアリスに注意するが、本人はそれどころではない焦りようだ。


(私もよく知らないんだけど、ラビニアって国が相当昔に滅んでてそれより2000年くらい前には他にも国があったらしいよ。知らんけど)


「何だと…メレディスやマイロも滅びたのかよ」


(全体的に白くてリーゼンフェルト以外の国見たことないけど…というかそれおとぎ話に出てきた国じゃない。実在するの?)


「テメェーはこの世界に国が一つしかないって本気で思ってんのか?」


(いや、そりゃおかしいとは思うけど…現に国らしい国はリーゼンフェルトくらいしか見当たらないもん)


「俺様の記憶では七つの大国があったぜ。そして宝具も同じ数だけあるのさ」


まんまおとぎ話と同じこと言うアリスに半信半疑ながらも、真実であればアリスはどれだけの年月を経てここにいるのか気になる所だ。

頬杖をついたアリスは大部分が白く塗り潰された地図に視線を落として、苛ついたようにトントンと机を叩いている。



「学園もここもリーゼンフェルト以外の国の情報がないとはな…とっくに世界は滅びかけてるってわけかねぇ」


(あんま不吉なこと言わないでよ…そんなんわかんないじゃん)


「七つもあった大国がほとんど滅び、大地も大半が濃霧に包まれ、神樹は死にかけ、後は時間の問題だろうさ」


(そう言われたらそんな気がしてきた…てか神樹死にかけてるの?)


前にジルベルトさんにただの老樹だよと聞いたことがあるけども神樹が機能しなかったらこの前倒した魔物達の魂は…ソワソワする私にアリスが思考を読むようにフッと笑った。


「本来フォルテシアで散った魂は神樹に還るはずだが、そうはならなかった。しかしまぁ、魔物共の魂は俺様が回収したから安心しな」


誇らしげにドヤ顔を披露するアリスにちょっと安心しかけたが、結局私の不安を解消していないことに気づいた。


「行き場のない魂を俺様が有効活用してやったんだ。孤独に彷徨った挙句タチの悪いアンデットになるよかマシだろ」


(そうなのか…)


思えばシルフの森では大量の魂がネックレスに吸い込まれていたけど、そうやって力を蓄えたことでアリスは私に契約を持ちかけてこうして身体を動かすことが出来るようになったそうだ。

アリスは出会った頃から既に目覚めていたから貼り付いては剥がれず、時たま怪しく光り、解呪を拒絶したりと割と初めからやりたい放題やられて私は大いに迷惑している。


「そーいやオメェーを狙ったあの小僧。自分が持っていた大剣を宝具だと抜かしてやがったな」


(ソーマ少年のことかな?言ってたね…そうそう!あの子宝具持ってたし、君を狙った謎の組織の一員で向こうも宝具狙いだし、他にも持ってるんじゃないかな〜?)


宝具のことはあまり知らない私だが帰れる可能性があるアイテムなら集めておきたいもので、ソーマ所属の謎の組織から奪えれば襲われる脅威も減り、カミルにかける迷惑も減るに違いない。

この完璧な作戦を実現するためにもアリスには是非そっちに興味を持ってもらいたく一生懸命アピールする。

腕と足を組んで押し黙っていたアリスに私は祈りながら反応を待つ。


「そうだな…俺様を付け狙うのもウゼェし、生意気にも世界を創り直すだとかふざけたこと言いやがる」


(ですよねー!神様にでもなるつもりなんすかね!)


「どの道宝具を所持している以上、小僧共はブッ殺すぜ!」


(ブッ殺!?ははは、殺意高いなぁ…せめて半殺し程度で宝具は奪おうよ)


「おう。ま、リーゼンフェルトも対象内だがな」


(………)


ソーマ達をターゲットに加えることは容易くできたが、カミルにはこのまま迷惑かけ続けそうで申し訳ない。

方針が決まったことでアリスは本をキチンと棚に戻した後に颯爽と図書館を後にしてまた路地裏に入っていった。


もう陽も傾いて先ほど絡まれた薄暗い路地裏なんかになぜ入るのかと疑問に思う暇もなく、アリスは積んであった木箱や窓枠を駆け上って軽々と建物の屋根に乗り上がった。


(ふぁっっ!?)


そんな筋肉番付みたいな動きを私の身体でやってのけることにも驚いたが、わざわざ高い屋根に上がった意味がわからなくて呆然とする。

そのままアリスは軽い調子で屋根から屋根を飛び越えてどんどん移動してしまう。

いつも見ている淡いオレンジ色に染まる夕焼け空を近く感じる屋根の上の散歩はやがてアリスが屋根を滑り降りて辺りを注意深く見回すことで終わりを告げた。


(何でわざわざ屋根の上に…?)


「何だ、気づかなかったのか?オメェー随分前からつけられてるぜ」


(えっ!?誰!例の謎の組織!?)


「アイツらじゃねーな…この前見た騎士団連中の1人だった。城の回し者だろうよ」


(城って…何で)


ソーマ所属の謎の組織連中なら狙われる理由もわかるが、ここでお城の人に尾行される理由に検討がつかない。

騎士団ならマクシムさん?それともオズワルド王?はたまたお兄ちゃんのクロード様と言う可能性もあるかも知れない。


「言っとくが今日に始まったことじゃないぜ…王子と友達と言う割には全く信用されてないようだな!はははっ!」


おかしそうに笑うアリスに私は反論することも出来ずにショックを受ける。

どう言うつもりかわからないし、いつから監視されていたかも知らないけど、以前カミルが言っていた学園に入学させた理由が監視や人質目的なんじゃないかと思えてくる。

教会に行った日に感じた人の視線も本当に見られてたんじゃないかと思うとますます疑心暗鬼に陥ってしまう。

しかし逆に私の身を守るための監視って線も…考えられなくはないが、確証はないし、それだけの価値が私にあるのだろうか。


「…ま、今のリーゼンフェルトの王様が俺のことを知ったなら、オメェーはどう扱われるんだろうねぇ」


くつくつ意地悪く笑うアリスによって嫌な想像ばかり膨らんでいく。

王様は悪い人じゃないし、クロード様も優しい人だ。

それにカミルがいるんだから以前のように手荒に扱われることはないはずだ。

…そう思いたいけどアリスと言う国諸共王族を敵視する呪いがはっきりと顕現してしまった今、警戒されても仕方ない気がする…むしろ捕まった方が被害減らせるかもとすら思える。





「…つまんねーこと考えんなよ。俺様の邪魔をするならテメーにも容赦はしねぇぜ」


自首を考えていたらアリスが釘を刺すように低く囁いた。

悪どく笑うのはいつも鏡で見る自分の顔なのに寒気がするほど不安を煽ってくる。

友好にしてきたと思えばこうやって突き放すからいつ爆発するかもわからない爆弾を抱えてる気分だ。

ハラハラしているとグゥーとお腹が鳴る音が響き、アリスが低く呻いた。



「チッ…腹が減ったな…不便な身体だぜ」


(いや、いやいや普通でしょうよ…ご飯食べに寮に帰らない?ウチの寮門限6時なんだよね〜)


「…大衆食堂があったな」


(無視っ!!)


私の提案はあっさり却下され、スルーしたアリスは街の大衆食堂へと向かった。





冒険者なのか、ガタイの良い男達が酒をあおってガヤガヤワイワイと騒ぐ居酒屋のような雰囲気の食堂にバンッと乱暴に扉を開け放ち、アリスが入店すると騒がしかった店内がシン…と静まり返り、大勢の視線がアリスへと注がれた。


(ひゃ〜〜)


無言の視線に晒されながらも颯爽と歩いてカウンターで堂々と注文をとるアリスは鋼のハートの持ち主だと思う。私だったら耐えられない空気だ。

ジロジロと見られていても気に留めないアリスには素直に感服するが、店内の雰囲気が何だか怪しくて私は心配になってくる。


(ねぇ…君今一応忍んでるんだよね?こんな注目集めていいの?)


「あ?知らねー。今は腹が減ってんだよ」


さっきまでの監視振り切りは何だったのか、目立つことも厭わない今のアリスはとにかく空腹を満たすことしか考えないみたいだ。


料理が来るまでの合間にドカドカっと両隣に酒で酔ったのか赤い顔でニヤニヤと笑う大柄な男に取り囲まれてしまう。


「お嬢ちゃん、アカデミアの生徒だろ〜?つい最近学生狙いの事件があったばかりなんだからこんな時間まで外にいちゃ危ないぜ」


「それにこの店、夜は大人の時間だからお子様はさっさとお家にお帰り」


2人の大柄な男がまるで子どもをあやすようにそう言うとどっと店内に大勢の笑い声が響き渡り、騒がしくなった。


(ひぇ〜完全にアウェイな上に馬鹿にされてるよぉ)


このままではあのカツアゲしてきたチンピラと同じくブチギレてしまうのではと慌てるが、アリスはフッと鼻を鳴らして笑い出すとソッと右側の男の持っているビールジョッキに手を添えて穏やかに笑った。



「心配されなくてもテメーらより強いからさぁ」


「?…おわっ冷たっ!?」


「うわっ!!?」


途端にビシビシっと手を添えていた手の先に魔法陣がフッと現れてジョッキ内のビールが凍りつき、その手でパチンと指を鳴らすと左隣の男のジョッキのビールがフランベのようにボッと燃え上がった。

その行為でより一層うるささを増す喧騒の中、アリスは注文した肉増し増しの料理が来るなり、フォークを肉に突き立て思いっきりかぶりついた。

マナーもクソもない獣のような荒々しい食べ方に周りはドン引きするし、私もとても恥ずかしい。


(そんながっつかないで普通に食べてよ!散らかって汚い!やだ!)


「…うるせぇな…もぐ…腹減ってんだよ…もぐもぐ」


(ひゃーっ!食べてる途中に喋んないでよ!!やだ!女子力低い!)


「うるせぇ!オメェーのせいだろうが!大体俺様は男だっつーの」


それは今までの言動やガサツな仕草から薄々感じていたから私は今更驚きはしないが、アリスが一々私の思念に反応するので盛大な独り言に周りのお客さんには益々おかしい奴だと認識されていく。


「お、お嬢ちゃんアカデミアの生徒にしては随分と変わってんな…」


「基本貴族の嬢ちゃんばっかりだから、こんなワイルドな女学生は初めて見たぜ…ほらこれで口拭きな」


そんな空気の中、両隣に座る大柄な男達はカツアゲしてきたチンピラのようにキレるでもなく、子どもみたいに食べ散らかすアリスを見かねて白いナプキンを差し出してくる。優し。

アリスはプレートに乗っていた肉を平らげ、差し出されたナプキンを奪い取り口を拭ってミルクを一気に飲み干す。…いい食べっぷりだなぁ。


「お嬢ちゃんがやり手の魔術士なのはわかったが、やっぱり最近物騒だから早く帰った方がいいぜ?」


「シルフの森での事件で前よりも街の衛兵が増えたんだ。この所魔物も増えてきてるしな」


「…魔物が増えてる?普通そこら中にいるモンだろ」


(…アリス、君のいた時代より魔物過疎ってるよ多分。城外じゃ稀に見るくらいに)


アリスがどの年代の人かわからないし、昔はどれだけ魔物がいたのかも私にはわからないけれど、少し驚いたような表情をするから状況はかなり変わっているんだろう。


「まぁ冒険者のオレ達からすれば仕事が増えてありがたいことだけどな」


「以前は城壁の修繕だとか、薬草拾いや下水道のドブさらいばかりだったからなぁ」


「今の冒険者はそんなしょうもないことしてんのかよ、情けねぇ…腰につけてるその得物が可哀想だな」


「言ってくれるぜ…だがオレ達をそこらの連中と一緒にしてくれるなよな!」


「こいつを見な!」


得意げに笑う両隣の男はやたら物が詰まった重そうな大きな鞄を開いて見せる。

中には剣や短刀などの武具や盾などの防具、そして様々なアクセサリー類が沢山入っていた。


「冒険者だからな!遺跡に古戦場、名のあるダンジョンに赴いては拾ってきた宝達だ!スゴイだろう!」


「使い古しのガラクタばっかじゃねーかよ」


「そ、そそそんなことない!バザーで結構良い値で売れるんだぜ!」


「貴族のお偉いさんがコレクションにする物だってあるんだぜ!例えば〜…」


冷めたアリスの反応に怒らないで必死に納得させようと、鞄の中を漁る思ったより温厚な男の人には本当にアリスの態度が失礼で申し訳なくなる。

ガサガサと男が鞄を漁る様子を籠に入ったパンを食べながら眺めていたアリスが突然ばっと鞄に飛びついた。


「うおっ!?どうしたんだよ、お嬢ちゃん」


「何だ?そのショートソードがそんなに気になるのかい?」


アリスが飛びついてまで手に取ったのは脇差ほどの長さの短めの剣、黒に美しい銀装飾が施された鞘に収まっている。

一見綺麗な剣なんだけど、何故だかドス黒い嫌な感じのオーラが漂っていて気味が悪い。




「ククク…コイツは曰く付きだろ?墓でも荒らしたのか?」


アリスがジロリと男達を見やると彼らはギョッとしたように慌てふためいた。


「とんでもねぇ!墓なんか荒らしてねぇよ!」


「旧バートランド領のお貴族様が住んでいた廃墟で見つけただけだぜ!」


「ふーん…そのお貴族様の持ち物ってわけかよ。よっぽど酷い死に方をしたんだろうなぁ…呪われてるぜ、この剣」


「よ、よくわかったな…そうなんだよ。10年前にバートランド辺境伯惨殺事件は知ってるか?一夜にして辺境伯含めた館にいた人間は全員無残に殺され、領民が消え去った事件だ。今でも廃れた館が残ってるんだが、惨殺された怨霊が漂ってるって噂の廃墟なんだよ…そこで手に入れたんだ」


「なるほど…そりゃ呪われて当然だな」


「…でも中々の逸品だから高値である商人の男に買い取ってもらったことがあるんだ。まぁ…その商人は頻りに不運に見舞われ、戻ってきた後に騎士見習いの貴族のガキが欲しがるから売ったんだけど、そいつは魔物討伐の試験で大怪我を負っちまった」


その後もこの不気味な剣を手にした冒険者や貴族も相次いで不幸な目に会ったらしい。


(君と一緒だね)


「呪いだからな…ま、ちょうどいいぜ。この剣所持してたらテメーらも危ないだろ?俺様が買い取ってやるよ」


勝手に鞄からリシェットさんから授かった私の全財産である金銀銅貨が詰まった袋をドンッとテーブルに放り出して、アリスはわざわざ呪いの剣を買い込もうとする。


(ちょっ!それ私のお小遣いなんですけど!?勝手に使わないでよ!よりによって不幸になる剣とかお金払ってまで所持したくないよ!)



「うるせぇ…俺様が高々この程度の呪いに踊らされるわけねーだろ。心配すんな」


「ま、マジかよ!お嬢ちゃん!こんな呪われた剣を欲しがるなんざ、本当に肝座ってんな!」


「だが、学生に凶器を売るのは基本禁止されてる…」


武器屋の親父さんと同じ反応で渋る2人にアリスは駄目押しに懐から、先ほど強奪したギルドの資格証を取り出して片方の男に叩きつけた。


「騎士科の授業も受けてるし、ギルドにも登録してんだ。立派な冒険者だろ?剣の1つくらい譲ってくれよ?なぁ?」


「むむむ…」


息をするように真実を交えつつ嘘を重ねたアリスはにっこりと微笑む。

頼む!騙されないでと祈る私の願い虚しく、金貨と銀貨をチラつかせるアリスに屈した2人はアッサリと呪いの剣を手放した。

元々厄介なものをお金を頂いて処分出来るんだからちょっと押せばそりゃこうなるか…。

こうして貴重な金貨5枚と銀貨10枚を勝手に使われてアリスは呪いのショートソードを手に入れた。オマケに傷薬も10個くらい付けてくれた…嬉しくないどころか、逆に怖い。


飯代も支払い嬉しそうに少し凶悪な人相を綻ばせたアリスは、用は済んだとばかりにさっさと食堂を出て行こうとする。



「そいつはマジでヤバイやつだからな!本当に気をつけろよ!お嬢ちゃん」


「…そうだ。コイツを拾った屋敷…バートランド領ってのはどこにあるんだ?」


「旧バートランド領な。今は一応ヘイゲル侯爵領だが、あの辺りは随分前に白い霧に侵されてまともに管理されてない上に、ヘイゲル侯爵によって墓地だらけにされた土地だから行かない方が身のためだぜ?」


「墓地ね…どーも」


最後にいらん心霊スポットの情報を聞き出してアリスは颯爽と食堂を飛び出し、再び屋根の上に上がった。


金色の月が暗い夜空を明るく照らす中、アリスは購入した禍々しい雰囲気を漂わせる呪いの剣を鞘から抜いた。

モヤモヤと湧き出る黒いもやが時折悲痛に叫ぶ人の顔に見えてビビる私に構わず、彼はカタカタと独りでに暴れる剣をしっかりと握り締めた。








「死して尚恨みを忘れられず、その身が朽ち滅びた後でさえこの世に縋りつく哀れな魂共よ!その恨み全て俺様に預けな!晴らしてやるぜ」


アリスが目を見開きそう強く宣言すると、ネックレス(私)が急にカッと光り出して周囲を覆っていた禍々しい黒いもやを吸い込んで行く。

やがて全てを取り込んだ後に、私は突然あらゆる方面から頭に直接響く数々の暗い感情を嘆く悲鳴に晒されて気がおかしくなりそうになるも、気がつけばネックレスは普通にアリスの首から垂れ下がり、先ほどまでの禍々しさは何処へやら目の前の剣からは何も感じなくなった。


(な、何が起こったの?呪いは?)


「吸収した。オメェーも聞いただろ?コイツの怨嗟の声をよぉ」


プラプラと剣を振られてそう言われたが、何が起こったのかよくわからない。


(???…とりあえず呪われないってことかな?てかそんなこと出来るって…君何者なのさ)


「そいつは俺が一番知りたいぜ…ま、今はコイツらと同じ呪いさ。興味があるならちょっと覗いてみたらいい」


(えっそんなこと出来るの?)


「まぁ、気が狂っても知らねぇけどな」


(そんな危険があるならやらないよ!)


「賢明な判断だな。この宝具の中にはこの世に未練を持つありとあらゆる魂共が詰まってるからな…俺様はそいつらの管理人と言った所かねぇ」


先ほど見た一瞬の光景は魂達の憎しみの残滓とでもいうのか、そんな危ない魂を集めて力にするとかよくわかんないけどとても危なそうだ。

やはり呪いのネックレスだけあってアリスが危険であることや、私にとっては先ほどの呪われた剣と同じ存在ではあるのだけど、願いが叶う魔法のアイテムである宝具らしいし、感情豊かな人間のような振る舞いにはどうにか説得できないか考えてしまう。

呪い付きとはいえ宝具であるし、それを理由に謎の組織に追われているのだから容易に手放すわけにもいかないだろう。






「俺様はコイツと共に世界を破壊し尽くしてやるのさ…今に見てな」


不穏なことを本気で囁いて高笑いする姿は悪役そのもので説得できる可能性がないと言われているようで何も言えなかった。

平和のために作られた宝具が邪悪なアリスが封印されているからとはいえ、世界を滅亡を望むだなんて笑えない。

こんな厄介な事態になるならテキトーに日々を過ごさないで早く保護者であるジルベルトさんにでも相談すべきだったなと、夜空にまん丸く浮かぶ黄金の月を見上げながら今更後悔した。





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