呪いのアリス
はちゃめちゃなダンジョン探索イベントが終わった後、学園も国もジルベルトさんですらちょっとゴタついて忙しいらしくて、詳しい話は知らされないままフォルカさんから大人しく学園生活を送るように言い渡された。
ソーマ少年の件でジルベルトさんに伝えたいことや聞きたいこともあったが、とりあえず寮に帰って学園生活に戻った私だったのだが…何故か昨日1日の記憶がすっぽり抜け落ちているように何も覚えてないのだ。
しかもその間にはわりと忘れようもないほどに派手な動きをかましていたと言うのだからたまげた。
「ノドカー昨日はどうしたん?言動も行いもやけにワイルドだったし…またカミル王子の件で絡まれた時も派手に喧嘩したのはさすがに驚いたわぁ。まぁ、それで皆君を怖がってちょっかい出さなくなったんやからええのかな?」
教室で会うテオにそんな身に覚えのないイベントが勃発していたことを知らされた。
また絡まれたまでは予想できるが、その時の私が暴力を振るって周り黙らせたらしいから本当に謎だ。
そんな武力持ち合わせてないはずなのに…しかし今後絡まれないのはいい。
「メイナードさん、昨日は上手に魔力操作が出来ていたわね。人が変わったようで驚いたわ…でも教師への口の聞き方、態度共に酷かったわ。改めてください」
記憶のない間に何故か魔力操作が上達したらしくマリオン先生にはお褒めの言葉と授業態度を注意された。
「姉ちゃん昨日すごかったな!騎士科の授業受けにきたと思えばジャレットをボコボコにしちゃうし、口悪いし別人みたいだったぜ!」
ニールからは身に覚えのない騎士科の授業に参加していて、そこでジャレットと決闘して勝った話を聞かされた。
何だ?何でそんな激しい武闘派のイベントが起きてるのに記憶にないんだろうか…意味がわからない。
「和…お前昨日どうしたんだよ?声かけても無視するし、昼は来ないし…人相が悪いし、口も悪い」
「え、ごめん…覚えがないんだけど…」
カミルと昼休みの空き教室でのランチをしていても覚えのない話が浮上する。
この後ニールも合流する予定だが、場の空気が悪い。
ブスッと不機嫌そうなカミルにその訳を訊ねれば、昨日の私の態度が非常に悪くて拗ねているようだった。
申し訳ないが、何一つ覚えがないのだ…。
「お前、俺が呼びかけたらすごい目つきで睨んできたんだ…しばらくして口を開いたと思えば『誰だテメー?』てガン飛ばされた…」
「人にガン飛ばしたことないよぉ…」
「態度変わりすぎて正直不気味だった。やっぱりシルフの森で襲われた時にでも何かあったんじゃないのか?」
「色々ありすぎて原因がわかんないよ…あ、でも最近記憶がないんだよね」
「…何だと?」
ルーチェのお弁当のついでに私の分も作ってくれたベロニカさんのサンドイッチをムシャムシャ咀嚼し、飲み下した後に私は他の人から聞いた身に覚えのない話と昨日の記憶がないことを話した。
「丸一日記憶がないと…一昨日のことは覚えてるのか?」
「もちろん!大変だったから…あーでも学園帰った後はとにかく眠くてすぐ寝ちゃったんだよね。すっごい疲れてさ」
「そうか…なぁ、午後の授業中に昼寝するなよ」
「ふぁっ!?し、しししてないし!超起きてるよ!?」
「今までのことを言を及してる訳じゃない。原因はわからないが、寝るとまた記憶ない内に変な行動してるかもしれないだろ?」
「そっか…夜は?夜はどうすりゃいいの?」
「…とりあえず今日の放課後また集まるぞ」
カミルが考えるように目を閉じて数分後諦めたように保留を言い渡した頃、ちょうどニールがやって来たので話題は自然と私の話から何故かニールのルーチェ話へとすり替わっていった。
ー巻きぞえアリスの異世界冒険記30ー
「ニールのやつめ、案外隅に置けないな…ルーチェも盗賊に優しすぎる」
ダンジョン探索中にニールの奴は何気なく木の実や珍しい鉱石、花など色々アイテムをゲットしていたようでそれで小物を作ったり、ベルティナ姫にポプリを作ってもらったりして、ルーチェにプレゼントしていたのだ。
思い返せば今朝、ルーチェはテーブルの上にとても爽やかな香りのする花や葉っぱが詰まったお洒落な瓶詰めポプリを置いてはニコニコ嬉しそうに笑っていた。
下心ありきでルーチェに近づいてるのではと疑念を抱く私にニールは盲目故に彼女だけダンジョン探索に参加出来ないのは寂しいだろと笑っていた。
唐突に純粋な優しさを垣間見せられて私は素直に認めるのも癪でとりあえずニールを罵倒して飛び出してきてしまった。
まぁもう昼休みも終わりに差し掛かってるし、いいかと徐に中庭のベンチに腰掛けてぼんやりする。
ルーチェはいつも気丈に振る舞うから気にしてなかったけど、やっぱり目が見えるようになりたいって思ってるのかなぁ。
「盲目を治す魔法ってないのかなぁ」
そんなことをぼやいてぽかぽかと心地いい昼下がりに誘われるまま自然と目を閉じた。
それからどれくらい時間が経ったかふとカミルに寝るなと言われたことを思い出した私は慌てて目を覚ました。
…慌てて目を覚ましたはずだった。
なのにどうしてか、さっきまでいた中庭を移動していつのまにか沢山の書架に囲まれていた。
どうやら今図書館にいるみたいで沢山文字が綴られた分厚い本を立ち読みしている。
しかしおかしい…私図書館に来た記憶もなければ、今現在ペラペラとページをめくっているつもりはない…のに勝手に動く腕、別の行動をしようと思っても身体は動かせないし、そしてちょうど胸辺りにあるような明らかに低すぎる視点。
「チッ…ろくな情報がねぇじゃねーか、使えねー」
そして吐き捨てるような感じ悪い低い自分の声が上から響く。
乱暴に本を閉じて棚に戻し、歩き出す私の身体に合わせてかちゃりかちゃりと視界が激しく揺れた。
(何これ気持ち悪いよ!!)
一際大きく揺れた際に一瞬鏡で見る自分の顔が目に入った。
「…あ?」
それは鏡で見る自分よりも鋭く細められた目につり上がった眉、不機嫌そうでとても人相が悪い。自分がこんな悪人顔出来たのかと吃驚する。
というか、この不自然すぎる視点はもしかしなくても呪いのネックレスなのではないかと気がついた。
私は普段ネックレスはブラウスの中に突っ込んで隠してるのに、今はブラウスも不良ばりにボタンが解放されててネックレスも外に出てるのだ。
(てかネックレス視点ってどういうこと?!
私の身体が一人歩きしてるのもどういうことなの!?意味がわからないよ!?)
混乱する私に畳み掛けるようにして、突然揺れが止まる。
立ち止まったかと思えばヒョイとつまみ上げられたのか、視界が高くなりくるりと人相の悪い自分と対面した。
「よぉ、目ぇ覚めたのかよ?驚いたぜ」
ニヤリと悪い笑みを浮かべて話しかけてくる人相の悪い自分に戸惑う。
(色々聞きたいけど、何から聞けばいいか迷う…てか声出ないじゃん!伝わるのかコレ?)
「安心しな、聞こえてるぜ。なんせテメーと俺様は一心同体・一連托生の仲なんだからよ」
何を言ってるかわからないが、どうやら会話出来るみたいだ。
(ならばまず聞くべきことは…といか何で私の身体が勝手に動いてるの!?)
「そりゃ俺様がテメーの身体を借りてるからだぜ」
(借りてるってどういうこと?憑かれてるの?
で結局どちら様なの!?)
「ま、そーともいうな…あー呪いのネックレスだったか?そう呼んでたよなぁ俺様のこと」
(……まさかこれって呪いのネックレスの効果なの?呪いで身体乗っ取られてるの?これからとんでもない悪事を働かれるの!?)
「ごちゃごちゃうるせぇな…テメーが寝てる間に身体を借りさせてもらってるだけだぜ?ま、目覚ましちまったみたいだけどな」
くつくつと意地悪そうな笑みを浮かべる私は周りを一度見回し、スタスタと早足に図書館を後にする。
人気のない裏庭を歩きながら人相の悪い私は再び口を開いた。
「テメーは忘れてるみたいだけどよ…俺様はちゃんと許可を得てこの身体を使ってるんだぜ?」
(嘘ぉ…そんな許可した覚えないよ…)
「おいおいつれないこと言うなよ、ちゃんと契約したぜ?なぁ…有栖 和」
そう言われた瞬間、忘れていた記憶が蘇るように樹海で聞いた謎の声との会話を思い出した。
契約をしたのも本名を答えたのもその時だけだ。
「あの時、化け犬と化け猫を蹴散らしたのも俺様なんだぜ?約束通りに助けてやっただろ」
ソーマがいなくなったことによってどうにかなったのかと思ったけど、ポチタマを撃退したのはどうもこの人相の悪い私の身体を乗っ取ったこの人の仕業らしい。
(…とりあえず、君の名前なんて言うの?)
「俺様の名前?名前…名前ねぇ…そうだな、アリスとでも呼んでくれよ」
(…マジ?本当に?それは私の苗字じゃない?)
「俺様も目覚めたばかりで記憶が曖昧なんでね…テメーが使ってないなら俺様が使っても構わねぇだろ?」
(………まぁ名前が無いと不便だし、致し方ない)
彼か彼女かもわからない私の身体を乗っ取った呪いのネックレス改めアリスは颯爽と裏門を飛び越えて学園を離れて行く。
どこに向かっているのかも気になる所だが、とりあえず私は現状の整理のためにもアリスのことをもっと探ることにした。
しばらくして凶悪な表情を浮かべる私ことアリスは腕組みして高台から賑わう街を見渡していた。
「…ここがリーゼンフェルトねぇ」
ここに来るまでアリスには色々と質問した。
Q.何者?
A.呪いのネックレスの中の人。封じ込められた人格?魂?と曖昧だが、宝具であるネックレスに封じ込められたらしい。
Q.昨日身体乗っ取てた?
A.借りてた。
Q.寝ると乗っ取られる?
A.うん。
Q.私はネックレスに人格?魂?移されてんの?何も出来ないの?
A.うん。出来ない。
Q.私の身体使って何がしたいの?
A.復讐。
とこの辺りまで話を聞いて今の状況ヤバイのではと今更になって焦り始めていた。
私は今意識はある状態であるが、ネックレスに魂を封じ込められているようでアリスに話しかけることは出来るが、自分の身体を自由に動かせない。
そしてアリスは昨日の話を聞くに私の身体を私以上に上手く使っている。
さっきの高い裏門を軽々飛び越えたり、騎士科ゴリラのジャレットを伸したり、魔法を制御したり…そいして今はジルベルトさんの魔法の地図を使って街を散策してる。
最後の質問で物騒な言葉が出なければ、ちょっと学校サボって悪い子だなーと思う程度なんだけど、人相の悪さからやはりいい人ではないようだ。
「まずは武器の調達だ」
くつくつ邪悪に笑うアリスは地図を見ては直ぐに目的地の武器屋に移動した。
カランカランと鈴の鳴る扉を開けて入った武器屋は壁に剣や槍、斧といった様々な武器が飾られている。
「いらっしゃ…」
カウンターの向こうからは武器屋の店主が顔を出すが、アリスもとい私を見て怪訝そうな顔をした。
アリスはそんな店主を気にも止めずに剣を物色し始め、短めの手頃な鉄の剣を持ってカウンターへ向かった。
購入に迷いがなさすぎる。
「コイツを譲ってくれ」
「…お嬢ちゃんのその制服、アカデミアの生徒だろ?悪いが冒険者資格を持ってない学生には武器を売っちゃいけねぇ決まりがあるのさ。諦めな」
幸い今日届いた制服を着ていたのを見た店主がアリスを武器屋から追い出したために、凶器は手に入らずに済んだ。よかった…。
しかしアリスはご立腹らしく舌打ちしながら地図を開き、人波を避けて裏路地へと入った。
「クソが…武器はコイツだけかよ。使えねー」
その辺に置いてある木箱にドスリと座ったと思えば荒々しく鞄を漁りだした。
七つ道具のロッドや傘を手にして悪態を吐くアリスにそれら悪用しないでほしいと思うが、こんな暗がりの路地裏にいたせいか突然ニタニタとやらしい顔つきで笑うチンピラ三人衆に囲まれる。
「よぉ、お嬢ちゃんアカデミアの生徒だろぉ?」
「……」
「あの学園に通えるってことは金持ってるんだろ?」
「……」
「いいよなぁ〜。俺達にも恵んでくれよ」
ナンパとかで絡まれると思えば、まさかのチンピラからお金をたかれるとは思わず焦る私とは対照的にアリスは酷く落ち着いていた。
チンピラを完全に無視してワルツさんに押し付けられた分厚い本を取り出して読み始めたではないか。
「おいおい無視すんなよ」
少し声が低くなったチンピラが本を取り上げようと手を伸ばした瞬間アリスがパタリと本を閉じ、ひょいと避ける。
「さっきから鬱陶しいっ!」
苛立ったように叫んでアリスが勢いよく木箱から降りて目の前のチンピラの顔面に拳を叩きつけた。
「おぶっ…!?」
「なっ、コイツ!」
鼻血を滴らせ倒れる連れを見た左側にいたチンピラが即座に拳を振り上げるが、アリスは持っていた鋼鉄の硬い傘でソイツの頭を殴りつけた。使い方…。
右側で狼狽えていたチンピラには鳩尾に思いっきりヤクザキックをお見舞いして、あっさりチンピラ三人衆を撃退した。
私の身体で行われる予想以上にえげつない暴力に思わず絶句する。
「クソ共が…弱いくせに粋がってんじゃねーよ」
ダウンする相手でも容赦なく死体蹴りをかましながら吐き捨てるアリスは何を思ってか、突然チンピラの懐を漁り始めた。
(ちょちょちょっと何してるの!?)
「ガタガタ騒ぐんじゃねぇよ。絡んできた迷惑料を貰うだけだろ」
(確かにたかってきたチンピラが悪いけど、もうボコったんだから許してあげても…)
「シケてんな…まぁいい。ついでにコイツも頂いてくぜ」
チンピラの有り金とナイフ、ギルドの資格証を奪い取った手グセの悪いアリスが悪人のような邪悪な笑顔で路地裏を立ち去った。
マズい…このアリス、思ってたよりも暴力的である。
こりゃ昨日暴力を振られたジャレットとか相当ボコボコにされたに違いない。
平気で他人の持ち物漁ってくすねるし、そこに暴力が付いて来るのだからニールよりもタチが悪い。
先日のソーマ襲撃事件やら謎の組織の件だってあるのに、比較的静かだった呪いのネックレスに今になって頭を抱えることになろうとは……そしてほとんど無意識の内に私は呪いのネックレスことアリスと契約してしまったが、契約によって宝具であるネックレスの力を自由に使えるようになったと言う。
その代償としてアリスのお願いを叶えるしかないのだが、それが復讐だと言われたらただの女子高生の私が力になれるはずもない。
その結果がこの私の意思に反して身体を借りて好き勝手やられている現状になるから本当に困る。
レンガ道を歩きながらギルドの資格証を眺めるアリスに私は何気なく訊ねた。
(ちなみに復讐の相手って誰?)
「そりゃ、俺様に呪いをかけた奴ら……この世界の王族共だよ。アイツらの大事な大事な宝具をぶっ壊して破滅させてやるのさ」
とんでもないことを凶悪な笑顔で答えられて戦慄する私はどうにかして自分の身体を奪い返し、アリスを止めなければと強く感じた。
アリスの発言が冗談でなければカミル一家に危険が及ぶ…私は頭を抱えたくなったが、ネックレス視点じゃ頭を抱える腕もない。
「ま、そう言うわけだからよ…これからよろしくな?和」
ニッコリ笑顔のアリスを見て自分自身に微笑みかけられる奇妙な体験に違和感を覚えながら、アリスの笑顔の裏にある底知れぬ闇に私はただただ不安を抱くしかなかった。
「そう心配すんなよ…テメーの身の安全は保証してやるぜ?俺様とテメーはもう運命共同体なんだから」
街の喧騒の中、楽しげに高笑いするアリス声だけがやたらと耳に残った。