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巻きぞえアリスの異世界冒険記。  作者: 冬野夏野
始まりの章
29/53

同郷の少年が殺しに来てる


前回までのあらすじ、課題の風魔石を無事ゲットした矢先にヤス先輩に続いて出会った同郷の少年にいきなり命を狙われる。




「いやいやいや意味わからん!何で?!何でそんな殺意強いの!?同郷ですよね?!」


同郷ながら殺意増し増しで大剣を持つ少年が怖くてマクシム団長を盾にしながら私は必死に同郷の少年に疑問を投げかけた。


「…俺ソーマ!お姉さんと同じく日本から召喚されたの。で、俺の主人サマがその宝具を欲しがってるわけ」


案外軽い調子でソーマ少年はニコニコと笑顔で私と同じように手の甲に刻まれた刻印を見せる。

どうやら彼は私とは別の召喚者に付き従ってて、その召喚者に従っての襲撃らしい。

私よりよっぽど使い魔してるとは感心するが、物騒すぎる。


「あ、和です。どうも…宝具ってこの呪いのネックレスのこと?何でこんな呪いのアイテム欲しがるのさ?何者なの?」


「さぁね?とにかくお姉さんからそいつを引き剥がせないのは知ってるから、クビをはねるしかないわけ」


「きょ、極論すぎない!?大体何でそんな事知ってんの!?会ったことあるっけ!?」


「俺とアンタは初対面だけどさ…これ、見覚えあるでしょ?」


物騒極まりないのに異常に軽いノリの少年はスッと背中のマントを見せつける。

マントにはどこかで見たような太陽の中に目が描かれたマーク。

いつか街中で怪しい男に襲われた時に見たものと同じだった。

あの怪しい男の仲間だから呪いのネックレスのことを知っていたのか…しかも取れないことも周知の事実なのか、完全に私の頭と胴を切り離して回収する気満々でゾッとする。


「とは言え俺1人で多人数相手するのは大変だから…」


マクシム団長や自分の背後で立ち尽くすニール達をチラリと見やり、ソーマは懐から変な形の禍々し可愛いホイッスルを取り出すと、大きく息を吸い込んで思いっきりホイッスルを吹いた。

耳をつんざくような高い不思議な音が森一面に響き渡る。


「な…何それ?」


一瞬の静寂の後に森全体から何だかわからない生物の悲鳴のような鳴き声が響いてくる。



「魔物を従える笛!ある宝具の下位互換だから弱い魔物しか従えられないけど、質より量ってね」


怪しく笑みを深めるソーマの周りに森に潜んでいた魔物が次々に現れて、厚い壁となって彼を守る。

それだけならまだしも離れた場所にいるニール達を別の魔物達が襲っている。

見た所今まで出会ってきたあまり強くない魔物なので苦戦を強いられているわけではないが、次々と現れて休む暇もない。

遠くで人の悲鳴も聞こえてくるし、襲われているのはここにいる私達だけじゃないみたいだ。

学園の皆は、カミルは大丈夫だろうか…他人の心配してる暇などないことはわかるが、明らかに私を狙った犯行が全校生徒を巻き込む事態に発展するとは思わなかった。


「…私の部下は自分でしっかりと判断出来る者達ばかりだ。心配しなくても大丈夫だ」


振り返る事なくソーマから視線を外さないのに、まるで私の様子がわかるように優しく宥めるマクシム団長の声に少し救われる。

すぐさま鞄を漁りとりあえず右手にロッドと左手地図を装備する。









ー巻きぞえアリスの異世界冒険記29ー












「行け魔物共っ!!」


慌てながら鞄を背負い直す中、待ってくれる様子のない少年は凶悪な笑顔で多くの魔物に指示を出し、一斉に魔物が襲ってくる。

一歩下がり素早く槍を構え直したマクシム団長は私を背後に置いたままその場から動く事なく、確実に一体一体魔物を捌いている。

魔物は一斉に飛びかかってきているので、どいつが一番に襲いくるかなど判断しようもないはずなのに、この人は隙のない槍捌きととんでもない速さで魔物を斬り裂くのだ。

前からおかしい強さだとは思っていたけどマクシム団長味方でよかったと今日ほど思った日はない。



「嘘だろ!一騎当千とかおっさん強すぎかよ!!」


「おっさんではない…」


危なげなく華麗に確実に向かってくる魔物を一撃で倒すマクシム団長には敵であるソーマ少年も愕然としている。

絶対の安心感に余裕が出たため私は素早く視線を地図に移し、状況を確認する。

森全体が映るように念じればパッと他の生徒達を示す緑の丸印と魔物の赤い点がうじゃうじゃ表示される。

詳細な状況を把握出来ないから地図上だけだと不安になるが、突然各地の緑の丸印がパッとまとめて消えてしまう。

一箇所のみならず次から次へと姿を消すのでこれはまさか魔物にやられたんじゃ…。


「マクシム団長!人がっ!めっちゃ消えてるんですがっ!!」


「落ち着け…入り口広場だ」


パニックになって騒ぐ私に魔物を捌いているマクシム団長が随分落ち着いた様子でそう告げる。

入り口広場と言えば最初の集合場所だったかと直ぐに地図で探してみると、地図の下方で沢山の緑の丸印が集まっているのに気がついた。

よく見たら別の場所から消失したそばから地図下方に緑の丸印が増えている。…飛んでるの?


「…入り口広場かわかんないんですけど、何か地図の下らへんにめっちゃ集まってます」


「この緊急避難用の転移石を使ったのだろう。君もこれを持って彼らと早く離脱するんだ」


マクシム団長が不意にためるように槍を横へ外らせて広範囲に一気に薙ぎ払うと、魔物達を一掃してしまい、その隙に一つの水晶のような石を投げ渡して来た。

落とさぬようキャッチしたそれはアイラ様が初めに使っていた転移石と同じもので、他の兵士達は皆これを使って入り口広場まで避難したようだ。

依然魔物を退け続けるマクシム団長にニール達と逃げるように言われたが、マクシム団長はどうするんだろうか心配だ。


「あの!団長さんはどうするんですか?」


「心配ない。備えはしてあるから君達がちゃんと避難してくれれば隙を見て離脱する」


この人の場合はむしろ私達がいない方がもっと楽に戦えそうだから、要らぬ心配だったか。


「魔物は私が倒す。とにかく走れっ!」


「ら、ラジャーっす!!」


地図を丸めて背負ったままの鞄の隙間にねじ込み、空いた手にしっかり石を握りしめて駆け出した。

ニール達のいる場所はちょうどソーマの向こう側、迂回しても魔物が襲いくる方が早い。

しかしそこは圧倒的強さを誇るマクシム団長を信じて私はただがむしゃらに走った。





「逃がさないぜ!行けポチ!タマッ!」


ソーマ少年が新たに懐から2枚の札を取り出し、私目掛けて投げつける。

札が黒の大きな犬と白い猫に変貌を遂げ、何とも可愛らしい名前の割に凶暴さが滲む見た目に八つ裂きにされる未来が見えた。





「ひぇーーーっ!!!」


思わず腕で頭を覆いながら情けなく走る私に触れるすんでの所でマクシム団長が放った槍の斬撃が2匹を跳ね飛ばす。

マクシム団長を信じてはいたけど、心臓がバクバクいって倒れそうだ。

しかし結果的にグッとニール達との距離は縮まり、懸念材料と言えば穴の底にいるのでちょっとした崖になっていて登るのに時間がかかりそうなことぐらいだ。




「ニール!皆大丈夫!?」


交戦中のニール達に走りながら声を張り上げて呼びかける。

私に気づいたニールが魔物を蹴飛ばしながら振り返った。


「姉ちゃん!無事そうだな!そろそろ疲れて来てやべーよ!」


「うん、余裕そうだね!とりあえずこれ!緊急避難用の転移石だから早く逃げよう!」


「団長さんはええの?」


「大丈夫だから早く行けって言ってた!あの人鬼のように強いから大丈夫だよ!」


「了解!!」


「あなたが登るより私達が降りた方が早いわ!下で待ってなさい!」


連携がよく出来た3人はそれぞれ魔物を退けて距離を取り、テオがトントンと長杖で地面を叩くと床に丸い魔法陣が現れて魔物達の前に光の壁が現れる。

ビタビタビタッと勢いよく光の壁に張り付く魔物達はまるで窓ガラスが見えずにに突撃して来た鳩のようでちょっとシュール。

しかしこれはいい時間稼ぎになる!

私が後ちょっとで穴の端、ニール達の側までくれば後は皆に飛び降りてもらって直ぐに転移石の使用で逃げ出せる。

しかしそんな希望を嘲笑うかのようにただ魔物に指示を出していただけのソーマが持っていた大剣を大きく振り上げた。









「そう簡単に逃がさないって!割れろ!グラウンドゼロッ!!」


そう叫ぶと同時に大剣を逆手に握り、力強く地面に突き刺した。

何をしているのかと疑問に思うよりも先に大剣を突き刺した地面が熱を持ったように凄まじい速度で赤く光る亀裂が広がって行く。

私が駆けるより先に穴の端まで伸びきった亀裂の後には立っているのもやっとなほどの揺れと爆発音が響き渡った。





「ノドカ姉ちゃん!!」


ニールの珍しく焦ったような顔を見て、ようやく自分の足元が崩れ落ちて行く感覚に気づく。

だけどソーマの攻撃範囲は穴の中だけに留まり、ニール達のいる場所までは被害が及んでないみたいでこんな状況なのに少し安心した。





「ニールっ!」


体勢を崩しながらも咄嗟に強く握りしめた転移石をニール目掛けて投げつけた。

飛距離が届かなかったらどうしようかとも心配したけど、判断が早かったのが功を成して無事にニールが転移石をキャッチしてくれた。

その様子を見届けたと同時に周りの瓦礫と共に深い深い地の底へと引っ張られる感覚に抗えないまま、私の身体は真っ逆さまに落ちていった。







「姉ちゃーーんっ!!」


落ちるほどに暗くなる世界の中でもう見えなくなったニールが私を呼ぶ声が聞こえた気がした。










意識を手放してからどれくらい時間が経っただろうか。

ペチペチと軽く頬を叩かれて私は薄く目を開けた。

真上から差し込む眩しい光と視界いっぱいに映った仏頂面のマクシム団長を見てわずかに感じていた微睡みも吹き飛んだ。




「うわああっ!団長さんっ!?あれ?生きてる!?」


盛大に地面が崩れ落ちたために周りには一緒に落ちて来た瓦礫が散乱しているが、砂埃で多少汚れはしたもののどこも痛みはなくマクシム団長に至っては無傷だ。

マクシム団長はともかく、私があんな土砂崩れに巻き込まれて無傷なはずがない…不老不死効果か。


「流石に飛ぶことはできなかったから…だから落下中に君を回収するので精一杯だった…すまない」


「わあ〜〜すでに人間業じゃない〜〜でもありがとうございます!!」


あの崩壊の最中にマクシム団長は落下する瓦礫を渡り歩きながら、落ちる私を回収して槍を横壁に突き立てて下まで降りて来て現在に至ると言う。

不老不死関係なくこの騎士団長が強すぎるだけだった。




「それで…ここはどこです?」


「ここは…」


驚いた事に私達が落ちた穴の底にはなんと地下ダンジョンが広がっていて、1、2、3、4階層をブチ抜いて5階層目のちょうど最終ダンジョンの広い空間に落ちて来たのだとマクシム団長が説明してくれた。

崩壊に巻き込まれて元のダンジョンにあっただろう柱が折れていたり、瓦礫で入り口やら通路やら塞がれ、そして同じ現場に居合わせた魔物の死骸やら血や体液など色々ブチまけられていて地下ダンジョンは凄惨な有様だ。

さっきらから絶え間なく呪いのネックレスに魂的なものが吸われ続けてヤバイ。



「…何だそれは」


「…何なんでしょうね」


マクシム団長も怪訝な顔をするし、やっぱり呪いの一種なのかな…。


自分の技で巻き添え食ったなんて事はないと思うが今なら凶悪なソーマ少年の姿もないし、逃げるチャンスだ。

幸い真っ直ぐ地上に繋がる空洞から太陽の陽射しが届くここでなら鞄で転移できる。






「マクシム団長!逃げましょう!」


言うが早く周りを警戒していた彼の手を取ってさっさと転移してしまおうと一歩踏み出した瞬間、静かだった空間を裂く獣の唸り声が響き渡った。

声がした方へと視線をやればゆっくり穴の降りながら近づいてくる白と黒のモヤが凶悪な大きな黒い犬と白い猫に変化し、そのまま襲い掛かってくる。



「うわぁっ!ポチタマだ!!」


「背後に隠れろ」


素早く私の前に出たマクシム団長が槍を横に一度払うと凄まじい突風が巻き起こり、2体まとめて吹き飛ばした。

しかし直ぐに体勢を立て直したポチとタマは壁を蹴って、同時にマクシム団長に襲い掛かる。

大きな口を開けた獣の鋭く光る牙を恐れもせずにマクシム団長は間近で2体を槍で受け止めてしまう。

あんな怖いのを2体も相手してるのに軽くいなしているのがすごいと感心していると、背後の方でドガっと瓦礫が大きく打ち上がり大剣を振り上げたソーマが飛び出してきた。







「もらったー!」


「わぁああっ!!」


「くっ…こいつらは囮か!」


マクシム団長は咄嗟に槍に食らいついていた2体の内の黒い大犬を蹴飛ばした。

キャインっと悲痛な悲鳴を上げる大犬に続いて槍に食らいついたままの白い猫をソーマの方へと、勢いよく振り払いながらマクシム団長は私の手を引き、自分の背後へと引き寄せた。

私は引き寄せられた勢いのまま瓦礫に足を取られて転ぶが、マクシム団長のおかげで頭と身体が切り離される心配はなさそうだと安堵した。

不意を突いても即座に対応するマクシム団長に大剣を振り上げたままのソーマは途中までは苦々しく表情を歪めていたが、不意にニヤリと口元を歪めて笑った。





「引っかかったな!消えろっ!!」


「っ!」


突如マクシム団長に向けられた大剣の切っ先から禍々しい闇の渦が巻き上がり、大剣を受け止めようと槍を構えていたマクシム団長を呑み込んでしまう。

私へ届く前にそれは霧散したが、マクシム団長の姿は跡形もなく消えてしまった。





「うう、う嘘!!し、死んじゃったの!?」


「殺してないよ」


予期せぬ事態に慌て出す私を笑いながらソーマが得意げに語り出した。


「この大剣はミュルグレスって言って、お姉さんのそれと同じ宝具なの。今みたいに相手を強制転送できるってわけ!すごいでしょ?」


「何それ…マクシム団長はどこに行ったの?」


「さぁ?とにかく邪魔だったからどっか行ってほしくてさ…ま、あのおっさん異常に強かったし、どこに送っても直ぐ戻って来そうな気がするけど」


確かにマクシム団長ならあっさり戻ってきても不思議じゃない。

死んでなくてホッとしたものの、頼りにしていたマクシム団長が消えた事でとんでもないピンチに陥っている。

足元が崩れた際にロッドは手放してしまったみたいで武器がない。

ジリジリと後退りながら鞄を漁るが、ジルベルトさんの道具を駆使してもこの場をやり過ごせる自信がない。

ゆっくりと迫り来るソーマは先ほどと同じように黒い渦を巻く大剣を引きずりながら、ニコニコとどこか不気味な笑顔を浮かべている。



「ここで首を落としてもいいんだけど…また邪魔が入ったら困るからね。俺らのアジトに送ってからにしてあげる」


「え…その剣好きなとこにも人送れんの…?」


「もちろん…だからもう諦めたら?お姉さん、おっさんの足しか引っ張ってないし、抗うだけ無駄だって」


「だからって死にたくないんですけど…同郷のよしみで見逃してくんない?」


引きつった笑みで何とか交渉を試みたが、ソーマは目を細めて笑うだけだった。



「無理無理…だって俺の主人サマはこの世界の崩壊を望んでるんだぜ?世界壊して創りなおすんだって」


「な、何それぇ…君はそれでいいの?」


「別にどうでもいいよ。この世界がどうなろうが知ったこっちゃないし、俺はミュルグレスと好きなだけ暴れられるから満足!」


クルクルと大剣を回すソーマと私の考え方は相容れないもののようだ。

私の首を落とすことに何の躊躇いもない彼にいくら説得しても無駄だろう。

焦りすぎて私は漁っていた鞄を落とし、中身がバラバラと辺りに散乱する。

透明化するミストは今使ったって居場所がバレているから意味がない。

鋼鉄の傘だって物理攻撃であれば防げるだろうが、転送魔法の前じゃ無意味だ。

何か…何か打開策はないかと汗だくになりながら思考を巡らせる私にソーマはゆっくりと大剣の切っ先を向けた。





「そういうわけだからさあ、その宝具はこの世界を破壊するために必要なんだ。ごめんね」


ちっとも悪いと思ってなさそうな笑みを浮かべて、大剣から放たれた闇の渦潮が私を呑みこもうとする。

迫り来る黒い大渦に私はただその場にうずくまり、諦めて硬く目を閉じた。








『お前はやろうと思えば出来る女だ!』


こんな危機的状況の中で真っ暗な瞼の裏で自信満々のワルツさんがドヤ顔でぐっと親指を立てた。


そうだった…守ってもらうばっかで、私はまだ何もしていない。


即座に目を開いて目の前に転がっていた大きな風魔石を持ち上げて構えた。

今向かってきている闇の渦を跳ね返すような強い風を巻き起こすんだ。

そう…私が触れる前に風魔石が起こしていたあの竜巻を黒い渦にぶつけるイメージだ!

そんな私の願いに応えるように光を放ち、風を巻き起こす風魔石に煽られて視界が霞んだ。

しかし今は迫る黒い大渦にも、巻き起こる強い風に曝されても恐れをなして目を閉じている場合ではないんだ。







「いっっけぇーーーっ!!」


吹き荒れる風をソーマへと向けた風魔石へと一点集中するように力一杯叫んだ。




「んなぁっ!?おいおい嘘だろっ!?」


その一瞬、吹き荒れていた風は大きな渦を巻いてソーマが放った黒い大渦を喰らい、そのままソーマへと襲いかかった。






「あーー!!クソクソクソッ!!最悪だーーっ!!」


風に呑まれながら驚き悔しがるソーマが大きく声を上げたが、やがて彼自身が放った黒い渦に呑まれて跡形もなくその姿を消した。

私の放った渾身の一撃はソーマを返り討ちにして地下ダンジョンに大きな風穴をあけた。


全てが終わった後には驚くほどの疲労感に襲われて、私は石の重みにすら耐えられずにその場に力なく突っ伏した。

…きっと今の無茶な風起こしで体力を根こそぎ持っていかれたのだろう。

だがソーマの転送魔法を跳ね返して追い払ってやった。



「ははは…ざまぁみろ…」


小さくそんなそんな悪態をつきながら、ボヤけていく視界の端で黒い獣がゆっくりと近づいて来ている気がする。


「ポチか…はは…もう動けないんだけどなぁ…」


グルル…と喉を鳴らしてる獣に立ち向かう体力どころか、意識を保っているのすら困難だ。

せっかくソーマを撃退したのに、その手下にやられるとか笑えない。

ここまでやってむしゃむしゃ食べられるのはゴメンだと思う私に、応えるように胸元のネックレスが光り出した。

その光が光量を増すのと比例して私の視界は暗闇に閉ざされて行った。


そして暗闇の中で何処からともなく誰かの声がそっと私に囁きかけてくるのだ。






(よぉ、死にそうじゃねーの…助けてやろうか?)


暗闇の中で男とも女とも判断のつかない脳内に響くような不思議な声がする。


助けてくれるってんなら助けてほしい…けれど…。


(それじゃ、テメーの真名を教えな)


思ってるだけで口にした覚えはないのに、さくさく話を進める謎の声がそんな要求をしてくる。


真名…真名?本名?フルネーム?有栖 和です…て、本名は簡単に教えちゃダメなんだっけ…今のなしで…。


(有栖 和ねぇ…ありがとよ)


ダメだ、考えてることをピタリと言い当ててくるからもう避けようがない。

本名教えちゃったよ、お馬鹿っ!ジルベルトさんごめんね…。


(そう落ち込むなよ…悪いようにはしねーからよ。約束通り助けてやるから、テメーは寝てな。おやすみ…有栖 和)


暗闇の中で囁きかけてくる不思議な声がそう言って静かに笑う。

取り返しのつかないことをしたのではと心は落ち着かないのに、突如抗いようのない眠気に襲われてとうとう意識を失った。

ただ、意識を失う瞬間に暗闇の中ではあったが、目の前に立っていた誰かが笑っていたように見えた。













まるで夢でも見ていたような暗闇の記憶は非常に曖昧で、次に意識を取り戻したのは聞き覚えのある気だるげな声と冷たい水を浴びせられて飛び起きた時だった。







「わぁ゛あ゛あ゛冷だーーい゛っっ!!」


「あ、やっと起きた。たく…手間かけさせないでよねぇ」


飛び起きた私を面倒臭そうに見ながら冷めた眼差しをくれるフォルカさん、このシチュエーション前にもどこかで……とそれよりも。



「私食べられてない!?てか今何時!?皆は大丈夫です!?マクシム団長戻ってきた!?てかフォルカさん今までどこ行ってたんすか!?」


「あーあーうるさい!うるさい!!」


詰め寄った私の頬をベチベチと容赦なく往復ビンタする容赦ないフォルカさんに諌められ、大人しくする。

冷静に考えれば五体満足でどこも痛くないし、フォルカさんのせいでずぶ濡れだけど衣服も派手に破けてなく食べられた痕跡もないし、オレンジ色の光が上から射し込んでくるから今は夕方だとわかる。


「凶暴化した魔物は大人しくなったしぃ、今朝行動してたお友達なら上でギャンギャン騒いでるよ」


不機嫌そうなフォルカさんからとりあえずマクシム団長以外は無事であるっぽいことまでわかった。

フォルカさんがどこに行っていたかについては眉間にしわを寄せて睨みつけては罵詈雑言が飛び出して教えてもらうことはなかった。

しかしちょっと疲れた顔をしているし、こうしてわざわざ起こしに来てくれてるので外せない用事があったんだろう。



「僕は忙しいの!お前にばっか構ってられないの!つーか面倒ごとに巻き込まれにいくのやめてくれないかな〜?」


「……すいません」


非常にイライラした様子のフォルカさんそうネチネチ言い寄られて、心に刺さるし非常に辛い。

もそもそとぶちまけたままの鞄の中身を回収する私を見ていたフォルカさんだったが、私が瓦礫の隙間に落ちた道具を取ろうともたもたしていたらチッと舌打ちをして突然鞄を奪い取られた。


「グズッ!!」


一言そう罵ったフォルカさんはパチンと指を鳴らして、色んな所に落ちていた道具をすぽすぽと一瞬で鞄の中へ吸い寄せた。

あっと言う間に鞄の中身は出てきた当初と同じ道具が揃っていて、ちゃんとロッドも戻ってきていて安堵した。


「ありがとうございます…」


「ふんっ…所でこの穴誰があけたの?」


「えっと…ソーマって言う怪しい少年が宝具?のミュルグレスってのを使ってドーンと」


「宝具ねぇ…で誰なのそれ、知ってんの?」


「いやぁ…でもこの前、街で襲ってきた人と同じ変なマークのマント着てました。後私と同郷で同じく召喚されてきたみたいでしたよ」


「へぇ……それじゃこの破壊活動はそいつが?」


「あ、そこの風穴は彼を追い返す際に私が…」


すっと地下ダンジョンを一部破壊する風穴を指差して笑うとフォルカさんが憂鬱そうにうんざりしたような長いため息をついた。


「はぁ〜面倒事ばかり起こすよね、アンタ」


「えっごめんなさい…」


「この地下遺跡は風の精霊を祀る大切な場所だから手を出さないでよね。後々面倒臭いから!」


「はい…ごめんなさい」


1人で頑張ったことを褒めて欲しい所だけどフォルカさん相手にそれは望めない。

疲労感にフラつきながら鞄を背負って彼の前に立った私は思い出したように一つ尋ねた。


「そう言えば私、気を失う前にめっちゃピンチだった気がするんですけど、ひょっとしてフォルカさん助けてくれたんですか?」


「はぁ?僕が来た時にはお前アホ面晒して大の字で寝てたけど」


「あれぇ…気のせい?」


黒い大犬の影を確かに見たはずだと思うのだけど、フォルカさんが処理してないんだったらどういうことになるんだ?

見回してみてもポチタマの姿はないし、変な夢を見たようなそんな曖昧な記憶で何も思い出せない。


もしかしてソーマの後を追って帰ったのか?それが一番辻褄があうかもと、この時瓦礫の下でソーマが投げた2枚の散り散りに引き裂かれた札の残骸が落ちてる事に気付かない私は自然とそう考えたのだった。

そうしてる間に乱暴すぎるフォルカさんの風魔法でできた竜巻に巻き上げられ、濡れた衣服乾かしながら地上に打ち上げられた。


さらに体力を削られてふらふらになりながらもニール達チームメイトや、わざわざ捜索に来てくれたカミル御一行と無事に再会した。


色々アクシデントはあったものの、参加した生徒・教師・兵士共に死傷者はなく、マクシム団長も街に戻ったら普通に帰ってきた。

ジャレットとの勝負は風魔石ごとニールに任せて、疲れすぎた私は部屋に着くなりルーチェにプレゼントを渡した後に泥のように眠りについた。


とにかく…疲れる1日だった….だが、皆無事に帰ってこれてよかったな。




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