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巻きぞえアリスの異世界冒険記。  作者: 冬野夏野
始まりの章
28/53

ダンジョンは危険がいっぱい

今回の学年合同探索イベントはシルフの樹海でしか採取できない『風魔石』を入手することが目的であるが、これがちょっと特殊で肉眼で確認する事が出来ない不可視の魔石なんだそうだ。


ダンジョンイベントはリレーのように皆が同じ場所から一斉にスタートするわけではなく、教師から転移石を受け取りそれを使ってランダムな場所から探索を始めることになる。

一応安全のために兵士が見守ってくれるのだが、その兵士もイベント中は魔法で姿を隠していて、生徒がリタイアまたは危険と判断されれば助けてくれるが、参加者はその場で失格となる。

学園に所属している限り、何学年になっても参加できるが魔物討伐に加えて高レベルの宝探しに苦戦する生徒が多いようで必須行事とされている騎士科でも試験に一発合格するのは稀なことらしい。

戦闘面では騎士科生徒が、宝探しには魔法科生徒がともに協力し合えるようにと、学園側は他学科同士の交流を想定してのイベントもとい試験だったが、魔法科と騎士科は体育会系と文化系みたいな関係性であり、またプライドの塊である貴族同士であるが故に騎士科と魔法科混合パーティーは少なかった。

ジャレットもだが実際騎士科生徒のみか、逆に魔法科生徒だけのパーティー編成がそこらかしこに見受けられる。

魔法科でも騎士科でも科目選択式だから、どっちもこなせるカミルみたいな生徒もいるようなので意外と偏ってもバランスは取れてるみたいだ。


成り行きとはいえ、一応騎士科のニールがいるうちのパーティーもバランスは良い方かもしれないと思いながら、アイラ様によって天にかざされた転移石がまばゆい光を放つのをぼんやり見つめていた。

次に瞼を開いた時には喧騒は遥か遠く、爽やかな風の吹き抜ける深い森の中、ちょうど小道の行き止まりとなっている場所が私達のスタート地点だった。














ー巻きぞえアリスの異世界冒険記28ー











「とりあえず現在地の確認しようか」


アイラ様の加入にまだ緊張している私は下手な行動をしないようにとりあえず鞄から赤い紐で括られた巻物を取り出した。

ジルベルトさんから授かった7つ道具の一つである魔法の地図、ジルベルトさんは『マジックルプラン』と言っていた。

しゃがみ込み膝に巻物を広げてみると何もなかった紙が波紋を打つように揺らぎ、次第に模様が浮かび上がる。

まるでRPGゲームのダンジョンマップのように詳細で左上にわかりやすい黄緑の矢印マークとその周囲に緑色の丸が4つ矢印を囲んでる。

矢印は恐らく位置的に地図を持つ私で周りの緑色の丸は今私を囲んで地図を覗き混んでいるパーティーメンバーと姿は見えないが、少し離れた所にいるマクシム団長も含まれている。

不可視の魔法で見えないマクシム団長まで映すとは流石ジルベルトさんの魔法の地図!



「この地図すごい魔法かけられとんねぇ!こんなん初めて見たわぁ!」


「すげーな!さすが姉ちゃん、便利なモン持ってるじゃーん!」


素直にはしゃぐテオとニールの反応には自然と気分が良くなるが、無表情で地図を覗くアイラ様がどんな感情でいるのかわからなくて調子に乗れない。


「そんで?どこに行くん?」


「姉ちゃん、この赤い点何?あとこれも」


「うーん…とりあえず進もっか」


地図にはまだ赤い点や点滅する黄色い点など気になる印があるのだが、留まっていてはそれが何なのかもわからない。

さりげなく2人の疑問から逃げるためにとりあえず移動をして確認してみないかと提案すれば皆素直について来てくれた。


「あれ…」


今更だけど気がつけばフォルカさんの姿がない。

入り口付近に来るまでは遠巻きに木の枝にとまったり、飛んでいたりして姿を確認できたが、今は周りにそれらしい鴉は見当たらない。

地図に悪魔であるフォルカさんがどう表示されるかわからないから、近くにいるかすら不明だ。

まぁ、仮にいなくても最強の護衛マクシム団長がついてるからいいか…。

遠くで見守ってくれているんだろうとか、特に疑問を持つこともなく私は地図を見ながら先を行く皆に続いた。









地図上ですぐ近くの赤い点と接触出来る距離まで歩いてると、ふと木の間からこちらを覗く灰色に黒い縞模様の可愛らしいリスと目が合った。

どうも赤い印の正体はこいつらしい。



「わぁ〜可愛い〜リスだ〜」


このファンタジー世界でも小動物は可愛いと和んでいたのだが、背後のパーティーメンバーが次々と武器を構えてる。とても物騒…。


「ん??どうしたの、皆」


「退がりなさい!それは魔物よ!」


「ファっ!?」


アイラ様はそう忠告してくるものの、ゾロゾロと沢山木の陰から出てきては愛くるしい目で私を見つめてころりと白いお腹を見せる姿には思わず悶えそうになった。

やっぱりこんな可愛い小動物が魔物なわけないじゃないとほっこりしていると、突然リスのお腹が上下に裂け、可愛らしい外見からは想像できないような鋭い牙が並ぶ大きな口が現れた。




「わぁああっ!!?凶悪!!どうなってんの!?」


「いいから早く退がりなさい!邪魔よ!」


危うく噛みちぎられそうになった手を引っ込めて、慌てて近くにいたニールの元まで退がる。


「魔物だって言ったじゃんか〜ノドカ姉ちゃんは馬鹿だなぁ〜」


「えぇ…あんな可愛いのに…怖っ」


鞄を漁り7つ道具の一つである『マジカルロッド』を取り出して構える。

完全に臨戦態勢に入ったリスもどきは大きな尻尾を地面につけて浮かび上がると、お腹から現れた大きな口で甲高い声を上げながらも、あんなに可愛かった本体はまるで脱け殻のように生気がない。

地赤い印も丁寧に目の前の生物と同じ数だけ地図上に表示されてる。

もうこの表示の正体が目の前の魔物であるのだと認めざる終えない。



「あれはフェイクチップゆうて、本体は尻尾の方で可愛い外見を利用して獲物をおびき寄せて捕食するえげつな〜い魔物やで。ノドカもう少しで食べられるとこやったなぁ〜」


「解説ありがとう…」


私よりも魔物に詳しいテオがわかりやすく教えてくれたおかげでテンションだだ下がりだし、杖を構えたはいいが、初戦闘でさっきまで可愛いと愛でていた生物を攻撃するのは気が引ける。






「行くぜっ!そらっ!」


そんな私を他所にニールは魔物フェイクチップに躊躇いなく二刀の短剣で斬り掛かり、2度の斬撃で4体も倒してしまった。



「容赦はしないわ」


それに続くようにアイラ様が手の平に咲かせた青い花にフッと息を吹きかけて散って行く青い花びらが魔物に張り付くと、ボンっと音を立てて次々に張り付いた場所から爆発していった。

美しい所作とえげつない爆殺現場のギャップに戦慄しながらも突然襲いかかってきた魔物に私は条件反射でロッドで防御するとポチッとつい杖のボタンを押し込んでしまった。


「ミィギャッ!!」


「ひぃっ!?」


ボッとロッドから勝手に放たれた電気を帯びた玉が魔物に当たった瞬間、魔物は短い悲鳴を上げて黒焦げになった後に力なく地面に崩れ落ちた。

予期せぬ殺生にショックを受ける私の隣で『やるやん〜』とか言いながらテオは襲い来る魔物に対して長杖をバットのように振り回して撃退していた。返り血えぐ…。

皆容赦なく魔物を撃退したために襲いかかってきたフェイクチップは全て退けることに成功したが、死体が散乱する現場に何とも言えない罪悪感で立ち尽くす私にポンとニールとテオが肩を叩く。


「まぁ、魔物と闘うの初めてなら上出来なんじゃねーの。姉ちゃん」


「気にせん方がええよーこれからずっとこんな感じやから」


「…皆慣れすぎじゃない?」


まるで地元の野良猫を虐待死させたように気分が悪いのだが、異世界だし環境が違えばものの感じ方も違うのだろうか。

魔物のいない世界で平和に生まれ育った私にはどうもまだ魔物を容赦なく狩るには抵抗がある。


「…情けないわね。そんなんじゃ騎士科とは勝負にならないわよ」


「…うん。頑張ります」


ジャレットとの勝負以前にこんな様ではカミルにもニールにも申し訳ない。

気分が晴れたわけではないが、地図をよく見てなるべく魔物を避けるルートを模索する。



「そんな気にしなくていいと思うぜ。魔物って見境なく襲ってくるから、ああでもしなきゃこっちがやられてるぜ。それにフォルテシアに生きとし生けるものは神樹に還って生まれ変わるって言うからさ!」


「…ヨルン神父さんが言ってたの?」


「正解!まぁ魔物の身体は土に還るし、魂は神樹に還るから来世があるってさ。次はいい奴になってれば御の字!そう思えばちょっとは楽になるだろ〜?」


雑な励まし方がニールらしくて思わず鼻で笑ってしまうが、彼の言う通りそうであればいいなと気持ちが少し晴れた気がする。

チラッと背後を振り返れば散乱した魔物の死骸は淡い光を放ちながら地面に溶けていく。

何故か美しいと思えるそんな光景に目を奪われている私の元にフワリと青白い光が飛んでくる。

えっこれが魂?見えるものなの?

呆けている間にそれがスゥッと呪いのネックレスに吸い込まれていく様子を見て小首を傾げる。


「??」


一瞬のことで何が起こったか全く理解できないが、さっきのが魂だとしたら神樹に向かうはずがネックレスに行ったってこれも呪いの一種なのか?

誰かに相談したいが、アイラ様がいる手前今は言い出しにくい。


「姉ちゃん!次はどっち行くんだ?」


ニールに急かされたことによりとりあえず後でいいかと私は駆け出し、地図を頼りに進む方角を示した。


「この真ん中らへんの点滅してるとこに行ってみよ!」



そう提案して奥へ奥へと樹海を進み、なるべく魔物との遭遇を避けていたのだが、どうしても回避できないポイントがいくつもあり、その度に私は悲鳴を上げた。







「ぎゃーっ!!騒音巨大ネズミ!!」


「ノイズィーラットやね〜集まって混乱を引き起こす金切り声で鳴くからかなり鬱陶しいで〜」


と激しい歯ぎしりで耳障りな金属音を奏でる可愛くない巨大ネズミとエンカウントし…


「あ゛ーーっ!めっちゃ体痺れるんですけどーっ!?」


「パラライズパピヨンの鱗粉浴びると麻痺るで〜てかもう手遅れやったなぁ」


と一見美しい模様を持つ1mほどのモフモフの巨大蝶に麻痺させられ、テオの魔法で回復したり…


「ひゃー!!キノコが動いた!?!?」


「それキノコもどき、キノコになりすましてるよくわからん魔物や。食べられるし結構美味いんやて」


椅子みたいに形の良い水玉模様のファンタジーキノコは何もしてこなかったが、焼いたら松茸みたいな香りがして美味しかった。


そんなこんなで目的の点滅する黄色い印まで辿り着いた。

そこに向かうまで風がだんだん強くなっていたとは思っていたが、点滅する黄色い点の中心が風の発生源なのか容易には近寄れないくらいに風が吹き荒んでいる。

無理矢理突撃しようものなら弾かれて空高く吹っ飛ばされそうだ。

壁のように通せんぼする風のせいでこれ以上は進めそうもないし、風の向こう側を覗いても大きな穴が空いてる他に情報はない。穴の底に何かがあるようにも見えない。



「…当たりのようね。本当に優秀な地図だこと」


「んん〜〜?アイラお姉サン何か知ってんの?」


詰まったと思ったらアイラ様の意外な発言にニールが食いつく。

忌々しげにニールと私を見下ろすアイラ様には相変わらず恐怖を抱きながらも気になって彼女をチラチラと見やってしまう。


「この気流の中心に風魔石があるのよ」


「…マジ?全然何も見えなかったけど」


「不可視の風魔石は目に見えんけど、特徴として周りに風を起こすんよ〜これ学園の座学でやってたんやけど、ノドカ知らんの?」


「マジか…聞いてたかもしれないし、聞いてないかもしれない」


基本マリオン先生とマンツーマン授業なので全く記憶にない。普通に寝て聞いてなかったまであるが、アイラ様の前でそんな情けない事実を晒せなかった。

多分騎士科でも同じ授業があったんだろうニールは口笛で誤魔化そうとしているんだろう、目が泳いでる。


「でもこれじゃ近づけないよ!皆どうやって風魔石取ってんのさ?」


「それな〜。風魔石の大きさによって風の強さも変わるから、ここにある奴は相当大物ってことやな。これだけの強い風、無知じゃなけりゃ気づいて当たり前…諦めて別を当たる生徒が多いんとちゃう?」


「手の平大の風魔石ならば普通に拾えるのよ。だからこそ見つけにくいのだけれど」


「マジすか…」


地図を覗けば他の生徒であろう緑の丸印があちらこちらで惑うように動いているし、まだ他の黄色い点滅部分に向かうチャンスはあるにはある。

今更ながらジャレットが大きさなのか、タイムで勝負を挑んできたのかわからんが、大きくなおかつ早く戻れば完全勝利では?

例えスピードで負けても大きさでごり押しできるかも!


「…ノドカ姉ちゃん」


ポンとニールが私の肩に手を置いた。

私を見る彼の目は全てをわかっているような同意するような眼差しで、直感的に私と同じ考えを持っていると気づいて熱く握手を交わした。

熱い友情を築いた私達は肩を組みながら訝しげに私達を見ていた2人に向き直った。


「夢はでっかく!!」


「ロマンを求めて!!」


「??何なんいきなり?」


「……何が言いたいのかしら?」


「つまりはこのどでかい風魔石狙おうってことです!!」


そう宣言するとヒューヒューと囃し立てるニール以外は明らかに馬鹿を見る目でとても温度差を感じる。

テオの方は糸目だし正直何考えているかよくわかんないが、付き合ってくれそうな雰囲気だ。

一方のアイラ様はと言うと…





「それで…どうやって取るのかしら?」


「……」


「……」


「考えてないのね…あなたの人間性がわかってきたわ」


と美しい顔立ちを歪めて深い深いため息をついていた。

株を上げるどころか爆下がりしてるのは気のせいじゃなさそう。


「…とりあえずどっからか入れるかも知んねーし!」


「全方位から突撃だっ!!」


ニールは右回り、私は左回りで風の壁の抜け道を探す。

と言っても手を入れようものならそのまま身体ごと持ってかれ兼ねないので、精一杯の妄想力でその辺の葉っぱを浮かせては投げ入れて確認する。

結果葉っぱ全て弾かれたり風に飲まれて消えたまま反対側から回ってきたニールと鉢合わせて検証は終了した。


「穴はなかった…」


「こっちも」


冷ややかだったアイラ様の視線がさらに冷たくなる。

わかったことと言えば風の壁は丸く円を描いているので、風魔石は真ん中となる穴の中にあることくらいだ。

枝切を拾いしゃがみ込んで地面に点とそれを丸で囲む図を描いて見る。


「どうやったら風の壁を突破できるかな…」


「スッゲー勢いで突っ込む」


「出来たとして勢いに身体がついていかないんやない?それより風魔法で相殺するとか」


「それも難しそうじゃないかな?」


いつの間にか集まって各々枝を持ち寄り好き勝手に自分の案を描き込んだり、否定したりする。

図は某人間が勢いよく円に突撃する様子や、円を打ち消す落書きなどでごちゃごちゃしてきた。

ニールの案も不死身の私が頑張れば何とかなりそうな気もするが、妄想が途中でいつかのフォルカさんが巻き起こした竜巻に巻き込まれる悪党と重なりそうで恐い。

テオの案は私がやれば魔力操作がド下手クソのおかげで強い風を起こせるかもだが、周りを巻き込み兼ねない。私以外でそれが出来れば話別だが、皆微妙な顔してる。

さてどうしたものか…。




「…あまりにも…あまりにも考えが甘いんじゃなくて?」


うーんうーんと唸る私達の背後で腕組みして立っていたアイラ様が痺れを切らしたようにポツリと零した。

どう言うことかわからず首を傾げる私にイラついたように眉を顰めた彼女は突然もう訳のわからないことになっている図と落書きを踏みつけて消してしまう。


「な、何すか!?気に障ったの?!すいません!」


「遊んでないでもっとちゃんと考えなさい!あんな中途半端な確かめ方でわかった気になっているのかしら?笑わせてくれるわね!」


「そんなに…全方位確認したのに」


「出来てないわ!やり方も悪いし、やるならもっとちゃんと完璧に隅々までやりなさい!」


唐突に饒舌になったアイラ様を前にしてついにキレさせてしまったとビビるが、彼女は私達に背を向けて風の壁の前で両手のひらを重ね合わせると、現れたピンクの魔法から大量の真っ赤な花びらが噴き出した。

そして花びらは風の壁に吸い込まれていくと、不可視の風の流れが真っ赤な花びらによって暴かれた。

赤く色づいたことで姿を現した竜巻が螺旋を描き吹き上がる様はまるで大輪の赤い花が狂い咲いたように美しくて、やがて風に運ばれて赤い粉雪が森全体に舞い落ちて行く。




「どう?これであなた達にも見えなかったものが見えてきたかしら」


一瞬の幻想的な景色に気を取られていて気づくのに遅れたが、アイラ様の魔法でこの風の壁が竜巻みたいに吹き荒れていることがわかった。

竜巻…嵐…ハリケーン…台風…ハッと小学生時代の運動会の記憶が私の脳裏をよぎった。






「…台風の目!」


「目?何言ってんの、姉ちゃん」


「いやさ、台風の目って風吹いてないって言うじゃん?言わない?」


小学生の頃の運動会では丁度中心になる位置をやったなぁと懐かしく思いながら、確か台風の目は風と風がぶつかり合うだかで無風状態になると聞いたことがある。

これ台風じゃないけど、周りを囲うように風が吹いているのだとしたら中心は風が弱いとかの可能性はあるんじゃないだろうか。



「…だから上手く穴のド真ん中に直接行ければいいんでは?」


と提案する私にほーとちょっと感心したようなニールとテオ、無表情のアイラ様。

コメントがないと気恥ずかしさと不安が募ってきてヘラっと口元が歪む。


「やっぱダメ…?」


「…試してみたらいいじゃない」


首を傾げて返事をするものの何もする気のない2人とは対照的にアイラ様は再び花びらを天高く舞い上がらせた。

アイラ様が指示を出すように手を穴の底へ向けると風を避けた花びらが急加速して地面に貼りついていく。

花びらの軌道から背の高い樹々よりも高い所が風の壁の範囲外、上空と真ん中は通れそうなことが証明された。


「…私が手を出すのはここまでにしますわ。後は何とかなさい」


「あ、ありがとう!アイラ様」


「あまりの体たらくに見ていられなくなっただけですの。勘違いなさらないで」


さっきまでの砕けた饒舌さは何処へやら、ツーンとそっぽを向いたアイラ様だったが、気まぐれでも彼女の行動には非常に助けられた。

前までは怖い印象しかなかったけど、案外面倒見のいい人かもしれない。




「今度はノドカ姉ちゃんがカッコいいとこ見せる番だな」


ポンと背中の鞄を叩いて笑うニールに私は自信ありげにドヤ顔して見せた。


「あったり前よ!!そこで私の勇姿を見てろや!」


鞄の肩紐をしっかりと掴み、大きな穴の底を睨みつけてあの場へ行きたいと強く念じる。

鞄から生える黒い大きな翼によって強い風を受けながらも私の身体は空高く飛び上がり、穴の中心の上空からゆっくりと降下する。

多少風に煽られることもあれど懸念するほどでもなく、とりあえず見込み通りである。

私は難なく無事に花びらで赤く染まった地面に降り立った。




「よっしゃあっ!」


と喜びに打ち震えたものの今気がついたけど、風魔石持ち出す時この風どうなるんだ?

その前に見えない石を発見できるかどうか…の心配はアイラ様のおかげですぐさま解消された。

アイラ様が放った花びらが不自然に避けてる部分があり、近づいてみると肌をかすめて行く爽やかな風を感じた。

両手でその不自然な空間の側面に手を触れた瞬間、風魔石が翡翠のように淡い輝きを放ち周りで吹いていた風が吸い込まれて行く。

一瞬荒々しく吹き込んで行く風に煽られたが、やがて何事もなかったように私の両手には大きな黒地の石にまばらに散った翡翠色のカケラが淡く美しく光っていた。



「これが風魔石…ふぁ、ファンタジ〜…」


触ったら見えるようになったし、風の壁もなくなったみたいでニール達も深い穴を見下ろしながら大きく手を振ってる姿がよく見える。

手を振るニール達に重量のある風魔石を高く掲げてドヤ顔をして見せる。


「見て見てどでかい風魔石!ゲットしたよっ!!」


「やったな姉ちゃん!正直吹き飛ばされてその辺に落ちてくると思ってたぜ!」


「いや〜驚きやわ。君転移術使えたんやねぇ、見事やったわ」


「へへへへっもっと褒めて。アイラ様ー!やりましたよ!」


盛大に褒めてくれる2人に気を良くした私は緩みきった顔のまま腕組みして立っているアイラ様にも石を掲げてアピールする。そろそろ腕がキツくなってきた。



「…そうね。あなた…随分沢山の魔道具を持っているのね」


「(ギクッ)え、へへへっ」


「道具に頼りすぎる所はどうかと思うけど…臆す事なく飛び込む度胸は認めるわ」


今回はジルベルトさんの魔法道具が大活躍で私自身大したことしていないのはアイラ様にはバレバレだったが、勢いとは言え勇気を出して飛び込んだのは結果的に良かったみたいだ。

まぁ、アイラ様が予め確認してくれたからこそなんだけども「アイラ様のおかげですよ」と言ってもフンとそっぽを向かれるだけだった。

今回はアイラ様に認めて貰うまでは行かなかったが、次のチャンスを頂けたようだからよしとしよう。


「いや〜それにしても見事な風魔石やねぇ…大抵は小石サイズやからホンマ大物やわ」


「こりゃジャレットも悔しがるぜ〜楽しみだな!」


「あのさ…この風魔石ってさっきまで風めっちゃ発生してたけど、触ったら見えるようになったし、風吹かなくなったのなんでなの?」


「風魔石はなぁ、この風の精霊シルフの加護がある森特有の魔力を蓄えるほどさっきみたいに強い風を発生させるんやけど、人の魔力と反応すると目に見えるようなって、同時に成長をやめてしまうんよ。そうすると今まで蓄えた魔力を溜め込んだ風魔石が取れるっちゅーわけ」


「この風魔石はここまで成長するまでに誰の手にも触れなかったわけね!」


「そのレベルやともはやダンジョンの妨害装置みたいなもんやから、ホンマすごいと思うわ」


テオの風魔石の説明を聞きながら、頑張った甲斐があったと戦利品である大きな風魔石を鞄に詰め込む。

口が狭い割にスルッと風魔石が飲み込まれて行くのを見てはワルツさんの収納術に感謝した。

鞄の重量は変わらないし、すごく便利だこれ!ワルツさんすごいよ!

近い内にお礼に伺わないとと計画を立てつつ、鞄を背負って早々に皆と手を繋いでシルフの森入り口広場まで戻ろうとニール達が待つ穴の上へ這い上がろうと身を翻した。

ふとニール達を見上げると穴の真上が吹き抜けになっているせいか、射し込むチカチカと眩しい光に思わず目を瞑った。





「眩しっ…うぉっ!?!?!?」



太陽の光かと思っていた私だったが、唐突に腰を抱えられて抗えないほどの強い力で背後に引っ張られる。

驚いてる間に先ほどまで立っていた場所に凄まじい轟音が響き渡った。

何事かと思えば咄嗟に私を抱えたのは先ほどまでは姿が見えなかったマクシム団長。

そしてさっきまで私の立っていた場所は鋭い刃で斬り裂かれたような傷痕が残され、その際に上がっただろう砂煙から大剣を持った黒いコートを揺らめかせる謎の少年が姿を現した。





「今ので首飛ばす予定だってのに…まさか避けられるとは思ってなかったぜ」


恐ろしい発言に怯えつつも、黒髪を掻き上げて素顔を晒す少年を見て私は息を飲んだ。









「よぉ!日本人のお姉さん。召喚されて呪われた上に殺されちゃうなんてマジ災難だとは思うんだけどさー。その首の宝具が俺らには必要でさ…貰い受けに来たんだ。だから大人しく首斬らせてくれると助かるんだよね」


「…これは危険な相手だ。退がって」


守るように少年と私の間に立つマクシム団長が背負っていた槍を構えるが、私はマクシム団長の忠告もろくに聞かずにその場に立ち尽くしてただただ少年を見つめた。

それはその黒髪の怪しい少年が明らかに同郷の日本人であるとわかってしまったから、突然の事態に私は驚き戸惑うことしかできなかった。




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