ゆるゆる釣り修行
ネックレスの呪いも解けないまま、襲われたこともあってフォルカさんの忠告通りワルツさん宅で過ごした翌日。
私はワルツさんと共に森の中で今晩の食材調達に付き合わされていた。
「ワルツさん?私昨日変な輩に襲われたんですけど…」
「おぉん?だからわざわざ付き添ってるだろう」
「本来私1人でやらせるつもりだったんすか!?」
「あっそのキノコは美味いんだ!摘んどけ摘んどけ!」
「修行は…」
むくれながらもうるさいワルツさんに従って私はしゃがんでキノコを毟っては背中の籠に投げ入れる。
弟子と言うよりも、明らかに小間使いとして扱われている気がしてならない。
そんな私を気にすることもなく自由奔放なワルツさんはそこら辺の木を切り倒し、一定の長さに魔法で細く整え持参した糸で釣竿を作り上げる。
「大物を釣るまで帰れないと思えよ!!」
他に小物を用意したのか、私に投げ渡した質素な小魚のルアー付き釣竿に比べて、自分の分はやたらと豪華で機能性もありそうな釣竿を作っていた。
残った木材で簡素な椅子二つと魚用の籠を用意するとワルツさんはどかっと椅子に座って優雅に釣りを始めた。
ー巻きぞえアリスの異世界冒険記25ー
昨日の件もあり、今日はとりあえず学園を休むことにした。
誰かに伝えとかないとと慌てていた私にヤス先輩が手紙の送り方を教えてくれた。
まずワルツさんに用意してもらった魔法のレターセットに伝えたい内容を書き込んで、ルームメイトのルーチェとマリオン先生、カミルに手紙をしたためる。
封筒にしまった後にはワルツさんが封筒を閉じて赤い蝋を垂らし、印鑑を押すと海外の映画で見るようなお洒落な封蝋がされた。
最後に魔法のペンで宛名を綴ると手紙は可愛らしい翼を生やしてフワリと浮き上がって、窓から出て行った。これで勝手に宛名の相手に届くらしい便利!
そうして一先ず報告したから今日の私はワルツさんの隣で震えない釣竿を持ちながらぼんやりと湖を眺めていた。
こう考える時間があるとどうしても昨日の怪しい男のことを思い出す。
この呪いのネックレスを宝具だとか、自我があるだとか、フォルカさんを一方的に存じていたり、世界の崩壊だのなんだの……。
「う〜〜〜…」
考えれば考えるほど頭が痛くなって来る。
特に世界が滅びることに関しては大変だと思うが、あまりに実感がわかない。
急に終末だと宣告されても平和が身に染みた私にはとても現実味がない。
だがしかしヨルン神父の話を聞いた後もあり、あの怪しい男の発言がただの戯言には思えないので、悶々としていた。
仮に世界の危機だとして私に出来ることって何だろうか、かなり限られるし大したこと出来る気がしない。
「…ワルツさん…世界を救うにはどうしたらいいんでしょう…」
「????何言ってんだお前」
「…昨日不審者に襲われたじゃないですか。その不審者が世界が滅びるとか言ってまして…」
「ほーーまぁ……気にしなくていいんじゃないか!!」
ちょうど釣竿に獲物がかかったからか、あまりにテキトーな返事をするワルツさん。
しかし獲物と格闘しながらも私との会話を続ける意志はあるみたいで、糸の先を睨みつけながら口を開いた。
「この世界は当分滅びはしない!まぁ滅ぼしに来るってんなら話は別だがな!」
「滅ぼしに来たら滅ぶんすか?」
「神樹あるだろ?あれが今の世界を支えてる存在だから、あれが枯れたら終わるな。世界!」
「えーーっ!ヤバーーイっ!」
「だが心配するな!!認めたくはないがジルベルトの実力は本物!俺様ほどではないにしろ、そんじょそこらの奴に負けたりはしない!」
「さすが!大魔法使い!!」
ライバルだ何だと言って拉致られた時はかなりいかれた人だと思っていたが、ちゃんとジルベルトさんの実力を認めている様子はまともなワルツさんの一面を知れてちょっと見直す。
そしてここまでの間に獲物を引き寄せたり、釣竿を持っていかれそうになりながらついに1mはあろう大きな謎の真っ赤な魚を釣り上げて、自慢げにかざして言った。
「そしてここには大賢者の弟子にして最強の大魔法使いのこの俺様がいるのだから、ノドカの身の安全は約束されている!!と言うわけだ!」
「わー!師匠カッコいい!」
「フフフーンッ!よし!いっそ契約するか!」
「それは結構です」
だだ上がりだったテンションが急速に冷めたワルツさんはチッと舌打ちすると持っていた魚を乱暴に籠へと放り捨てる。
そして再びルアーを飛ばして釣りを再開した。
「とにかくまぁ、俺様の城にいる限り貴様に害は及ばんということだ。ちゃんと働くなら、好きなだけ置いてやるぞ」
「…ワルツさん」
当初の印象は最悪だったし、ワルツさんの飼い犬が原因で死にかけて帰れなくなったけど、こうして共に過ごしてみると頼もしくなかなか楽しい人だ。
水面に浮かぶ浮きを眺めながら、物思いに耽る。
こうして森を練り歩いても変な視線も感じないし、ここで保護してもらえば確かに私の身の安全は保障されそうだ。
しかし明日はダンジョン探索イベントがある。
ニール関しては巻き込まれただけに何の感情もわかないが、わざわざ約束を取り付けたカミルとテオには申し訳なく思う。
私がこのネックレスを所持している限り狙われるのだとしたら、もう学園に戻れないのだろうか。
それは嫌だなぁ…。
「…ノドカ、お前襲われたのは昨日の夕方だな?それまで誰に会ったか教えろ」
「えっ?昨日は朝にルーチェとベロニカさん…学園でテオとアイラ様と取り巻きとその他大勢マリオン先生…で放課後に神父さまです」
視線は湖に浮かぶ浮きへ落としたまま唐突にワルツさんに訊ねられ、一生懸命昨日の記憶を掘り起こす。
正直囲んできた一般学生の人数も顔も全員覚えてる訳じゃないので、とても曖昧だ。
そんなあやふやな情報を伝えるとワルツさんが無駄にキリッとした凛々しい顔をしてフッと笑った。
「…うむ!候補が多すぎて特定できんな!」
「へぁ??何の話ですか?」
「馬鹿め!わからんのか!その首輪の存在を知られたから貴様は襲われたんだろうが!一昨日見つけたばかりのそいつを敵が知る機会は昨日しかない。つまり貴様と接触した人物の中に襲った奴か、その仲間が紛れていると言うことだ!」
「えーーっ!?それじゃ学園の中に悪い人がいるってことですかっ!?」
最初はそんな馬鹿なと思ったが、よくよく考えたら確かにこのネックレスの存在を知られるとしたら昨日しかない。
思えば学園を出た放課後、教会へ行くまでの間も誰かにつけられている気配を感じたのは気のせいではなかったのかも。
「悪い奴は何処にでもいるぞ…ふーむ、しかし貴様襲われた時に何か見てないのか?顔とか…特徴はなかったのか?」
「特徴…黒いローブ姿で顔隠してて…このネックレスを最恐の宝具とか言ってて…フォルカさんのこと知ってて、世界が滅ぶとか我が神が復活したら終焉だとか…それから〜」
当時の緊迫した状態では分からなかった怪しい男の特徴を探すために、目を閉じて何度も何度もあの夕方の光景を思い出す。
ふと握っていた釣竿が大きく揺れたと同時に男が華麗に宙返りを披露した時の光景を思い出した。
あの背中が垣間見えた一瞬、ローブに何かのマークを見た。
「太陽の中に…目ぇえええーーっ!!??」
「!!?」
思い出したまでは良かったが、釣竿の引きがあまりに激しく踏ん張ること出来なかった私は湖の淵までズザザーッと引きずられて行く。
これじゃどっちが釣られているかわからんな!としょうもない事を考えている間に上半身が湖に落ちそうになった寸前でワルツさんがガシッと私の両足を掴んで止めた。
嘘でしょその体勢はスカートの中が!と振り返れば必死に踏ん張っているワルツさんが歯を食いしばり、せっかくの美形を崩して顔を真っ赤にしてまで食い止めている様子に変なことを思って申し訳なくなった。
「うぐぐっ…マズイ!支えきれん!!早く釣り上げないと共倒れだぞ!」
「えええっ!?どうすればいいんですかぁ!?」
「簡単だ!今こそ夢を見ろノドカぁっ!!どんな大物でも釣り上げる強い自分を思い浮かべて現実にしろっ!」
「そんな無茶な!てか魔法で解決するならワルツさんがやった方が確実…」
「馬っっ鹿お前っ修行だ修行!俺様が手を貸したら意味がないだろ!この危機的状況をお前の力で乗り越えることに意味があるんだろうがーっ!」
『この窮地こそがお前を成長させるのだー!』と熱血理論を押し付けてくる我が師の熱にそうなのかなと少し使命感に似た謎のやる気が湧いてくる。
しかし急を要する場面と体勢のせいで気が散って自分が強くなるイメージは上手に出来ない。
ワルツさんが踏ん張ってくれているものの、足首を握るワルツさんの手からどんどん握力がなくなっていくのを感じる。
このままでは手を放されて私だけ何がいるかわからない湖に放り込まれそうだと予感し、再度イメージを膨らませるがやっぱりあやふやで上手く定まらない。
あぁ…ワルツさんがかの映画で登場する緑色の怪力大男ばりに力強く筋骨隆々であれば…大きな瓦礫を投げ飛ばす勢いで軽々と私を引っ張り上げてくれたなら…と、ほぼ現実逃避の妄想に耽ると私の足首を握るワルツさんの手に急に力が込められた。
何事かと振り返ると細マッチョとも言えないほどには貧弱だったワルツさんの身体がどんどん大きくなって、ついには着ていた上着が弾け飛ぶどこぞの世紀末救世主の如く筋骨隆々の逞しい肉体に変わる。
「んん〜っ!?何だこりゃっ?!だがこれならやれるぞーォオオラァッ!!」
そう叫ぶとワルツさんは軽々と私を背後に投げ飛ばす勢いで引っ張り上げ、先ほどまで引きずられていたのが嘘のように私と釣竿と、その先にかかっていた体長10m近い大きなアンコウのようなやたらとギザギザした鋭い牙を持つ巨大魚が陸へと打ち上げられた。
勢いよく投げ飛ばされた私は背中と尻を地面に打ち付けられて大層痛かったが、直ぐそばでガチガチ歯を鳴らして暴れる巨大魚を目にして、あのまま湖に引きずられて魚の餌にならなくて良かったと心底思う。
ズシズシと重い足音を立てながら寄ってきた救世主を見上げればさっきまでの逞しさは何処へやら、上着が弾け飛んだためにヒョロッとした上半身裸のワルツさんが腕を組んで立っていた。
「ノドカァ!貴様ーーっ!自分ではなく、俺様を強化したな?何故自分を強化しないのだ自分を!!」
「いや…本当偶然だったと言うか…何と言うか…」
たまたま現実逃避の妄想が上手くいっただけに、どう説明したらいいか惑う。あと目のやり場にも地味に困る。
半裸なことを大して気にしていないらしいワルツさんを勝手にマッチョにしたり、服を弾けさせたりしてちょっと気まずくて、へへっと変な笑みを浮かべて誤魔化してしまう。
そうするとワルツさんは呆れたように大きなため息を吐いたが、呆れつつも笑みを浮かべていた。
「予想外の展開だったが、まぁ貴様の妄想力で俺様が強化されて釣り上げられたからよしっ!合格だっ!」
「し、師匠…!」
「その魚は間違いなく貴様が釣り上げたんだ。一時的とはいえ俺様が強くなったのは貴様の夢見る力が現実となった結果だ!自分の妄想力に自信を持っていいんだぞ!」
釣りの気疲れか、魔力を消費したせいかどちらにしろ異常に疲れて立ち上がれない私を労わるように頭をポンポンと叩くワルツさんに自然と照れ笑いが漏れてしまう。
イメージがついたかと言えば突飛であやふやで自分に自信を持つにはまだ難しいそうであるけれど、軽く地響きを起こすこの巨大魚を釣ったことを認められたのは誇らしくてただただ嬉しい。
そんな達成感を心地よく享受していると空からヒラリヒラリと舞い落ちる1通の手紙がポスリと顔にかかる。
どうやらカミルから朝送った手紙の返事が来たようだ。まだ昼過ぎなんだけど。
驚きの速筆ぶりに感心しながら私はシンプルながらも美しく何だかいい香りのするカミルの手紙を開封した。
淡い空色の綺麗な便箋の上にカミルの性格が表れたような丁寧な字が綴られていた。
和へ
まずは手紙ありがとう。
どうせなら直接言ってほしかったけど、わざわざ手紙で知らせるほど危険な事態だと言うことはわかった。
だから無理して学園に来る必要はない。親父には俺から事情を伝えておくから、お前は事件に巻き込まれないように大人しくしてろよ。
明日の件もニールは残念がっていたが、元々あいつの蒔いた種だから和は気にしなくていい。
不審人物についてはクロード兄様やマクシムに頼んで捜してもらってるから、そいつが捕まったらまた学園に戻って来いよな。
それと気を使ってるのか何なのか知らないが、友達なんだから変に遠慮とかしないで悩みがあれば相談しろよ。
呪いについてはまた学園に戻ったら詳しく聞くから、一緒に解決法を探そうな。
と言ったようなカミルの優しさが滲む文章に何となく感じていた罪悪感に似たモヤつきがパッと晴れたような気分だった。
カミルの手紙には私が欲しかった優しい言葉が沢山あって、きっと彼の好意に甘えてこのままワルツさんの所に留まってもいいんだろう。
横目にワルツさんの様子を伺うと、破けた服の破片を魔法で集めて一つ一つつなぎ合わせて上着を作り直している。
…ワルツさん達といる緩くも時々驚くようなハードな生活はもちろん楽しいし、何だかんだ無茶振りだらけの修行も割と好きだ。
「師匠ー…こんな状況で学園に戻るって選択はやっぱ愚かですかね?」
「ん…そうだな!とんだ大馬鹿野朗だと思うぜ!」
「そう言うと思ったけどわかってても傷つくわぁ…」
「俺様はそう思うだけだ!…だがお前がそうしたいだけの訳があるなら他人の意見など気にするな。心のままに行けばいいさ」
すぐ貶したと思った後にワルツさんはそう言って笑う。
その笑顔はいつも見せるドヤ顔なのに何故か慈しむような優しさが感じられた。
「その結果後悔することになっても何もせずに後悔するよりはいいさ。自分のことなんだ、自分のことは自分で決めろ!」
そんな何だかやたらとカッコいいワルツさんは優雅に私の手を取って立ち上がらせてくれる。
その力強い言葉と鼓舞するように肩を叩かれてとっくに決心のついていた私は真っ直ぐにワルツさんを見据えた。
「ワルツさん…ありがとうございます!やっぱり私学園に戻ります!」
「おう!さっきの感覚忘れるなよ!お前はやろうと思えば出来る女だ!何せ俺様の弟子なのだからなぁ!」
「はい!見せつけてやりますよ!!」
学園に戻るのは明日のカミル達とのダンジョン探索の件が大きいが、散々馬鹿にしてくれたジャレットにギャフンと言わせるためとアイラ様にちゃんと認めてもらうためにも逃げたくなかった。
明日いい結果を残せれば少しは私の評価も変わるかもしれないから頑張りたいんだ。
「だが修行はまだまだ続けるからな!ちゃんと通うように!」
うるさいけども何だかんだ面倒見のいいワルツさんの弟子としてもいい報告が出来るようにしよう。
その日は釣り上げた魚を使ってヤス先輩が沢山のご馳走を用意してくれた。
味わったことのない美味しい魚料理を楽しみ、帰り際にはワルツさんが餞別として質素な釣竿とジルベルトさんがくれた鞄を魔改造して荷物容量が大幅に増えた。
「今までの1000倍は入るぞ!最早住めるレベルだ!」
今の鞄の1000倍の容量がどれくらいかはあんまりピンと来ないが、住めるくらいなら結構な広さなんだろう。とりあえずすごく嬉しい。
見送ってくれたワルツさん達に大きく手を振り別れを告げ、その日の夜に私は学園に舞い戻ったのだった。