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巻きぞえアリスの異世界冒険記。  作者: 冬野夏野
始まりの章
23/53

意識高い系婚約者の来襲



石探しの修行明けの翌日、私は激しい筋肉痛に悩まされていた。

前々から筋肉痛に悩まされる事はあったが、今日はその比ではなかった。


「ぐぁあああっ!!」


ベットから床に足を降ろして力を込めるだけで激痛と悲鳴が上がる。


「和さん!?どうなされたのです?大丈夫ですか?」


「た、ただの筋肉痛だから…」


「筋肉痛…とはそんなにも恐ろしいものなのですか?」


「運動不足で急な動きするとね…こうなるから気をつけてね…」


先に起きて紅茶を嗜んでいたルーチェとメイドのベロニカさんが心配してくれるのが妙に申し訳ない。

自分の運動不足が原因だが、思えば異世界に来てから急な場面で身体を酷使することが多くなった。

主に逃げるのに走ったり登ったり…てかほとんどそれしかしてないな私。



「あー…明後日までには治りますように」


毎朝毎晩ストレッチを欠かさずにすることを誓って私は痛みに悶えながら、立ち上がった。

かちゃりと首元で揺れる存在に気づいて、それをつまみ上げてかざす。

朝陽に照らされる呪いのネックレスは相変わらず不気味な雰囲気を失うことなく、首から取れない現実を突きつけてきた。



「…放課後になったら教会行くかぁ」


その日は良く晴れて窓辺のチェストの上にあるまだ芽も出ていない小さな植木鉢に暖かな陽が降り注ぐ気持ちのいい朝だったが、筋肉痛になった私は学園に向かう準備をするだけでも苦行だった。














ー巻きぞえアリスの異世界冒険記23ー








ザワザワと騒がしいクラスに入るなり、教室が静まり返る。

多分それは私に酷い噂が付いているのもあるが、今日はやたら険しい顔で身体を引きずりながらの登校だからだろう。

寮出てからずっとこんな感じの反応だったから、今更騒ぐまい。

テオの隣にドサッと座り込むと鞄を漁っていた彼が振り向いて驚く。


「おぉお…おはようさん、今日はどしたん?何かもう死にそうやんか」


「筋肉痛がね…酷くてね」


「それはそれは…でもそれだけやないやろ?その首から下げてるやつ」


鋭く細められたテオの視線が呪いのネックレスへ注がれ、ネックレスを指差す彼がニヤリと笑った。


「休み中何があったか知らんけど、災難やったなぁ…呪われてるで、ノドカ」


「お…おぉ…やっぱりそう?よくわかったね」


見事言い当てられ、長年生きている魔法使いワルツさんとは違う貴族学園生徒のテオでさえ、そんな一目でわかるほど禍々しいネックレスだっけとつまみ上げる。


「僕は神官志望やからね、呪いのアイテムを目にする機会があるんよ。それは相当危なそうやけど」


「そうだったの…やばいって具体的にどんな感じなの?」


「そうやなぁ〜、とりあえず今は生命力と魔力吸われてるで」


「え…やだ怖い、取って」


「う〜ん…相当呪いが強いヤツやから、見習いの僕じゃ無理やわ」


苦笑して肩を竦めるテオに私はやはり早く教会行かないとダメかと机に伏してうな垂れた。

生命力と魔力吸うってヤバくない?

私の他にジルベルトさんにも影響を及ぼすのであれば早めにどうにかしないとやばいやばい。


「それより…そんな呪いの首飾りどこで見つけたんよ?その辺じゃないやろ」


「えっとね…ひょんな事から東の雪山近くの樹海の洞窟の滝の裏の洞穴の地面の下から」


「わからんわぁ…まぁええわ。…それ相当ヤバいから、あんま人に言わんほうがええよ。ノドカは特にカミル様と仲ええやろ?王子様の近くに呪われた奴が居ったら、普通よく思わんやろ?だから気いつけて」


「確かに…そりゃそうだね!そうするよ、ありがとね」


「早めにちゃんとした神官さんに見せに行くことをお勧めするわ」


テオの忠告に従い、まずは目立つネックレスをワイシャツの中にしまって隠してみる。

会えたらカミルやニールにも「呪われたんですけどー!」と話のネタにしようかとも思っていたが、テオの言う通り呪われている状態では他人に悪影響を及ぼす恐れもあるし、早々に教会に行った方が良さそうだ。



今日は放課後まで大人しくしていようと心に決めていたのだけど…昼休みに事件は起こった。

さすがに呪われた状態でカミルやニールの元に行くのは気が引けたので、たまには食堂でご飯を食べるかと美味しそうな食事の乗ったトレーを持って、空いている隅っこの席に着いた私の前にカミルの婚約者アイラ様の取り巻きが腕を組んで立っている。

敵意剥き出しの視線からこれはまた別方向にやばいと1人戦慄していると、彼女らは突然ダンっとテーブルを叩くのでトレーに乗っていた皿が大きく跳ねた。ご、ご飯が…。



「転校生!!どういうつもりなのかしら!?」


「ヒェッ…何の話」


「あなた!懲りもせずにカミル様に付きまとって!あなたのせいでねぇ…アイラ様の機嫌が最高潮に悪いのよ!!」


「明後日のダンジョン探索イベントにもアイラ様を差し置いてカミル様と2人で参加するなんて、とんだ女狐ですこと!!」


「いや、だからカミルは友達で…それに4人なん」


「!!?カミル様を呼び捨てですって!?」


よっぽどカミルを呼び捨てにした事が気に障ったのか、私の言葉は途中で遮られるし、2人はより険しい顔をするし、なんなら周りの空気も冷たくなってとても不穏だ。

さすがに呼び捨てはまずかった…こんなちょっと考えれば分かりそうなことをやらかして後悔するが、時すでに遅し。



「ふざけるのもいい加減にしなさいっ!!」


怒った取り巻きの1人が私の前にあったトレーを弾き飛ばした。

ガシャーンと無惨に床にぶちまけられた私のご飯を見て怒鳴られたことよりも、ずっとショックを受けて床に膝をついて崩れ落ちる。私のご飯…銅貨15枚が…。

そうしてる間に気づけば取り巻き2人を筆頭に周りを多くの貴族生徒に取り囲まれていた。主に女子。


「素姓も知れないような卑しいあなたがカミル様のご友人など妄想も大概になさいな」


「突出した才能もなければ礼節もなっていない…本当に何故あなたのような方がこの学園にいるのかしら」


取り巻き2人の声に呼応するように次々と私を容赦無く罵倒する声が上がる。

軽率な行動を繰り返していた自覚もあるし、いつかこんな事になるかもとは思っていたけど、実際やられるとキツい。

カミルに近づく私が目障りなのはもちろんだが、ただ一般庶民の私が名門貴族と一緒のこの学園に通っていることが気に入らないのが一番の理由なんだろうな。

それくらいは周りを見渡せばすぐわかる。ここには私を見下す人しかいないのだから。


「この学園に相応しくない」


「毎日付き合うマリオン先生がお可哀想」


「地べたに座り込んで…はしたないこと」


色んな声が聞こえる。

あくまで王様とジルベルトさんの好意で通えてるこの学園では騒ぎを起こしたくないし、この人数に立ち向かうほど勇気もないが……だからと言って私は我慢強いわけでもないし、ムカつく事はムカつくのだ。

フォルカさんに罵倒されるのとは違って、この人達に何か危害を加えた覚えもなければ関係もない人に責められる覚えはない。



「……?」


イライラする気持ちにまるで反応するようにワイシャツに隠したネックレスがカタカタ震えている。

隙間から様子を伺えば輪っかの夜色の宝石が邪悪に光っている。

その悪意に満ちた光から目が離せず、だんだん意識が遠くなった時ーー











「あなた達、何をしているのかしら?」



よく通る凛とした声が失いかけていた意識を引き戻し、耳障りだった罵声を一瞬で切り裂いた。




「アイラ様!」


誰かの声がそう響くと私を取り囲んでいた人波が割れ、腕を組んだアイラ様が美しい金髪を揺らしながらモデルみたいに上品に歩いてくる。

仕草の一つ一つが美しい彼女が私、周りの生徒、取り巻き2人へと厳しい視線を巡らせた。

何故か取り巻き2人がビクッと背筋を伸ばして目線を泳がせる。

…何か思っていた展開と違う。



「ジャスミン、ロベリア…花を摘んでくると言っていつまでも戻らないと思えば…この状況は一体何なのかしら?説明しなさい」


怒りを含んだ冷たい声に取り巻き2人の顔が青ざめていく。

状況のわからない私は険悪な雰囲気を醸す彼女達を呆気に取られながら眺めていたのだが、オドオドしていた取り巻きが急に睨みつけて来るので思わず視線を逸らしてしまった。


「こ、この転校生が身分もわきまえずカミル様に近づくからっ、忠告をしていたのです!」


「そ、そうですわ!だってカミル様にはアイラ様がいらっしゃるのに…」


「そう…あなた達の主張は理解したわ。それで…いつ私がその様な事をお願いしたのかしら?」


「それは…」


「で、ですが…アイラ様!この転校」


「お黙りなさい!私は忠告を頼んだ覚えもなければ、こんな見苦しい弱いものイジメを指示した覚えもないわ!この下らない騒ぎに迷惑している生徒がいらっしゃるのよ?……あなた達、美しくないわ」


バッと手を広げた彼女の背後には普通に食堂を利用する生徒がチラチラと迷惑そうに食事をつついている。

アイラ様に怒られ、ひと睨みされただけで私を取り囲んでいた生徒が蜘蛛の子を散らすように去って行く。

その場に残る小さくなった取り巻き2人はアイラ様に先に戻るように言われて重い足取りで食堂を後にした。

まさかアイラ様に救われるとは思わず、つい地べたに座り込んだまま呆然とする私を一瞥すると彼女はスカートの裾を持ち上げて、上品にしゃがみ込んだ。


「戻りなさい…ルヴナール」


アイラ様が床に無惨に散乱した私のご飯に手をかざして何やら呪文を唱えると、散乱していたご飯やお皿が独りでにトレーに戻っていく。

床はすっかり綺麗になり、立ち上がった彼女が持ったトレーに全て回収されていた。

普通にすごい!

アイラ様は持っていたトレーをお付きのメイドに手渡し、再び腕組みして私に向き直った。


「…今回の件は私の連れが失礼したわね。昼食を台無しにしたお詫びとして、代金は私の方で持つわ。いくらでも好きなものを注文しなさい」


「あ、はい…あの、ありがとうございます」


「…勘違いしないで。あの子達のやり方が気に入らなかっただけで、あなたを認めたわけではないわ」


キッと冷たく睨みつけられ、助けられたものの嫌われている事実は変わらないので仲良く出来る相手ではないと思い知らされた。

何とも言えない複雑な心境のままとりあえず立ち上がり、先ほどまでの嫌な緊張感から解放してくれたことも含めて改めてお礼を述べた。


「それでも助かったから、ありがとうございました!」


「……あなた、カミル様のご友人と仰ってたわね」


「はい、大事な友達ですよ!」


「…それが口先だけでないのなら、それ相応の実力を示しなさい」


「えっ?」


「今のあなたは大した家柄も能力もなく、カミル様の好意に甘えて纏わりつくだけの犬も同然…見ていてとても見苦しいわ」


「い…犬…」


「甘えるだけの犬がどんなにカミル様の友達だと喚こうが、誰も耳を貸さないわ。先ほどの出来事でわかったでしょう?私も決してあなたを認めないわ」


「……」


「犬でないなら実力を示しなさい。出来ないのならば早々にこの学園から立ち去りなさい」


それだけ言い捨てるとアイラ様は食堂を出て行った。

彼女の使用人が会計を済ませたお陰で無事に新たなご飯を注文することができたが、美味しそうなご飯を前に私はスプーンを持ったままぼんやりしてしまう。



「いや〜災難やったなぁ、ノドカ〜」


いつから見ていたのか、ニコニコ笑顔が胡散臭いテオがトレーを持って気力のない私の隣に座った。


「アイラ様にキツイこと言われて凹んでるん?」


「…ん〜どうだろう…テオ、さっきの聞いてよね?どう思った?」


「ん〜?まぁアイラ様の言いたい事もわかるわ。あの人、物言いはキツイんやけどカミル王子の婚約者だけあって何でも出来るんよ。彼女自身王子の婚約者として相応しくあるために努力も惜しまん…だからこそ奇行も目立つし、魔法もダメダメなくせに王子と親しいノドカが気に入らんのやろな!」


「はっきり言うねぇ…凹むよぉ」


自分でもダメな行動をしている自覚はあるが、改めて言葉にされると辛いことこの上ない。

落ち込む私にテオが励ますように肩を叩いた。


「まぁ僕はそう言うとこも面白いと思うんやけど!そう言えばここにいる生徒の多くは貴族や言うたやろ?」


「うん」


というか今の所ニール以外の庶民に遭遇したことがない。


「この学園なぁ、貴族にとってはお偉いさんに自分の価値を知らしめるためのお披露目会場みたいなもんやからさー。ここでの成績がそのままお家の評価にも繋がるんよ」


「え…そうだったの!?」


「君どう見ても貴族やないもん…知らなくても無理ないわ。まぁ多額の入学費と入試試験に受かれば一般市民でも通えるし、ノドカもそれで編入したんやろ?」


当然のようにそう言われて気づいた。

私、王様のコネで学園に入ったから試験も受けてなければお金も払ってない…。

そのくせ特に目標があるでもなく、帰る手段が見つかればいいと思ったのと魔法にちょっと興味があっただけ、カミル達と楽しく学園生活が送れたらいいと気楽に考えていた。

今でもその考えが悪いとは思わないけれど、ズルして入った私が頑張っている周りを尻目に遊び呆けるのは反感を買って当たり前だった。

そう思うと途端に自分が恥ずかしくなってきて、思わずトレーを避けてテーブルに突っ伏した。


「おおっ!?どしたん?大丈夫?」


「…私は馬鹿です」


「知っとるよぉ」


思えばカミルに何度助けられても私は足手まといになるだけで助け返してあげられた事はない。

友達として対等な関係でいたいのに彼の優しさに甘えて頼ってばっか、助けられてばかりだ。

強くなりたいと思いばかりは先行するのに、結局悩むだけで終わって行動に繋がらない。

貴族生徒が家を背負って通うこの学園の中でも私は必死に勉学に励む事もなければ、楽しく過ごせてその内魔法が上手く使えたらいいなとかとんだ甘ちゃん思考だった。


「楽しい青春を送れればいいやって…そればっかりだったよ…」


「それでもええんとちゃうの?人それぞれ考え方は色々あるやろし、君の気持ちもわかるわ…日々何も考えんで楽しく過ごしたいわ」


しんみりと隣でテオが苦笑した。

笑顔を絶やさない彼も貴族だから、きっと私には計り知れないお家事情を抱えているんだろう。

青春を謳歌する。

それ自体は悪いことじゃないが、わざわざ学園に入れてもらったのに何も結果を出せないんじゃ、保護者のジルベルトさんにも悪い。

私が知らないだけで、多額の入学費を払っているのかもしれないし、私は自分の意思で王子様であるカミルの友達になったんだから、カミルに庶民レベルまで落としてもらうんじゃなく、私が上がっていかないとこの貴族生徒が集う学園では誰も私を認めてくれない。

ちゃんと私自身の力でカミルの友達だって認められたい。

その上で青春も謳歌したい。



「テオ…私頑張るよ」


「…応援してるわ。僕も頑張らなあかんな〜」


「テオも頑張ろうね!応援するよ!!」


「嬉しいわ〜ありがとうさん」


互いに鼓舞し合いながら、私はまず行くかどうかすら迷っていた師匠ワルツさんの元に放課後しっかり通うことを心に決めた。

またルームメイトのルーチェは盲目ではあるが、とても頭がいい。勉強は彼女から教わろう。

そして危険な状況になっても動けるように身体も多少は鍛えたい。

結果に繋げられるように少しずつでも努力をしよう。

きっとそうやって頑張れば必ずしも結果にならずとも、何かを得られる。

当てもなく帰る方法を探るよりもきっと帰る手段も広がっていく。

ジルベルトさんの叶えたい願いだって聞いてあげられるかもしれない。



「よしっ!やってやる!」


ようやく食欲を取り戻した私は冷めたご飯にスプーンを伸ばして勢いよくかき込んだ。




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