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巻きぞえアリスの異世界冒険記。  作者: 冬野夏野
始まりの章
21/53

鬼畜魔法使いの楽しい修行





「魔法はなぁ、夢なんだよ…」


「…はぃ?」


正式に師弟関係が結ばれた後にヤス先輩の手料理をご馳走になった私を連れて、断崖絶壁の岩肌が目立つ荒野の岩山に転移したワルツさんは至極真面目な顔でそう言った。

理解…出来ない…!



「現実では普通起こせない奇跡を起こすのだから、何だって出来る夢みたいだろう?」


「あ…あーはいはい、なるほど。言いたいことはわかります!」


「つまり魔法に一番重要なのは思い込み!妄想力だ!!」


「うーん!やっぱわかんないっすわ」


「俺は強い!俺はカッコいい!俺はすごい!などと自分が上手く出来るビジョンを思い浮かべるのだ!そうやって強くイメージすることで魔法は現実のものとなる!」


「えー…それは結構簡単なのでは…」


妄想すればいいだけならば今まで学園での失敗が腑に落ちない…。

そんな私にカッと表情を険しくさせたワルツさんが大きな声で怒鳴る。


「馬鹿がっ!!妄想をナメるなよ!貴様は魔法を唱える時、どうせ何も考えていないか、失敗したらと邪念が入っただろ?」


言われてみれば身に覚えがある。上手くイメージがわかなかったり、またこれを失敗したら大惨事になるんじゃと思うことがあった。



「中途半端な妄想しか出来ないから貴様はダメなのだよ!もちろん魔法を使う上で知識があるのは好ましいが、魔法は成功のイメージさえしっかり出来れば使えるのだ!必ず成功するという絶対的な自信が一番大事と言えるな!」


「はへぇ…そりゃ確かに夢みたいな話ですね」


「おう!だからノドカ、常に夢を見ろよな!」


ニッコリと伝え切ったと言いたげな素敵な笑顔を浮かべるワルツさんに、実はあんまよくわかってないんですよね…とは言い出せない私だった。















ー巻きぞえアリスの異世界冒険記21ー
















とりあえず妄想とそれが絶対に叶うという自信が必要な事はよく覚えておくことにした。

そうして魔法の説明を終えたワルツさんは私に背を向けると、おもむろに足元に転がっている手頃な石を3つ拾い上げた。

そのどこにでも転がってそうな石に羽ペンで恐らく自分とノワール君、ヤス先輩の似顔絵を描いた。自分のだけ恐ろしく出来がいいところを見ると、やっぱりナルシスト入ってる人なんだなと再確認した。


「よし、ノドカ!印を描いたこの石をよーーーく覚えろよ」


「あ、はい」


突然手招きするワルツさんの元に行って私は言われた通りに、マジマジと3つの似顔絵が描かれた石を目に焼き付ける。


「………」


「………」


「……覚えたか?」


「はい、覚えましたけど…」


「それじゃあ、この石はこうする!フンッ!せいっ!オラァッ!!」


「!?!?」


突然ワルツさんは持っていた似顔絵を描いた石を崖の下に広がる森へ向かって、無造作に投げ込んだ。

富士の樹海みたいに鬱蒼とした森に小さくなって落ちた石は何処にあるかはもう目視できないレベルで、私は随分遠くまで飛んだなと意味もない感想を抱いた。

謎の行動を終えたワルツさんは満足気にまた私に向き直る。


「制限時間はヤスの晩飯が出来上がるまでだ!出来なかったら晩飯抜きだからな!」


「えっ?ちょっと何言ってるかわからない」


「だから今投げた石を全て見つけ出し、夜までに戻って来いって事だ!わかったな!」


「いや全然わかんない!無理!無理ですよ!こんな広い森の中であんな小さい石見つけられるわけないじゃないですか!!」


さも当然と言ったように澄ました顔のワルツさんが信じられない。

こんなどっかの少年マンガみたいな修行を女子高生にやらせるの!?嘘でしょ!?


「心配するな!しっかり魔法を活用すれば一瞬で終わる特訓だ」


「それが出来ないから言ってるんですけど!?」


「だから出来るようになれってことだ!」


「無茶だぁ!!」


何を言っても輝かしい笑顔で一蹴されてしまう。

ここにはワルツさんと私以外にはいないし、当然誰かを頼ることもできない。

詰まる所『1人で頑張って探してきな!』と言っているのだ。最初の課題が厳しすぎない?

だいたいまずこの高い岩山から森へ降りるだけでも相当時間が掛かる。

崖から少し身を乗り出して、降りられるルートを探しながらも、やっぱり最初の内はもっと易しい修行内容に変更してもらえないか交渉しようかと思案していると、不意に私を覆うように影がかかった。











「ええい!まどろっこしい奴め!ウジウジしていないでとっとと行ってこい!!」


「いっったいっ!!てあああーーっ!!?」


背後まで迫っていたワルツさんに突然ゲシッとお尻を蹴飛ばされた私は押された拍子に崖から飛び出し、森めがけて真っ逆さまに落下した。

あまりの急展開にパニックに陥る私に突き落とした本人のワルツさんが思い出したようにひょっこりと崖から顔を覗かせた。




「ほらほら、このままペシャンコになりたくなけりゃしっかり飛ぶイメージを思い浮かべろよ!」


悪意無さそうに楽し気にそう声を掛けてくるワルツさんには怒りしか湧いてこないが、このまま落下したら本当にマズイ。

不老不死の恩恵はあれど、痛い思いは出来ればしたくない!

幸い空を飛ぶ体験はわりと多い方だから、イメージはしやすいはずだ。それにこの二進も三進も行かない危機的状況のせいか、驚くほど頭はすっきりと冴え渡っている。

勢いよく近づく森を一度見下ろしてから、瞼を閉じて想像するのはワルツさんの羽根を使って飛んだ時のあの夜だ。

初めから存在していたように背中についた大きな漆黒の翼をまるで手足のように羽ばたかせて飛んだ。

その時の自分を強く思い浮かべて私は大きく息を吸い込んで、目を見開いた。







「飛べぇええーーっ!!!」


あの日と同じく叫んだ私に呼応するかのように背中には漆黒の翼が現れて大きく羽ばたいた。

ピタリと木々に接触しそうになった直前で落ちるのをやめて緩やかに滑空する身体を見て思わず安堵する。




「よかった、ぁああーーっ!??」


出来たと喜んだ瞬間に背中にあったはずの黒い翼はガラス細工みたいに脆く砕けて消えてしまう。

そのために再び落下した私は木々の枝をバキボキ折りながら最終的に地面に強く叩きつけられた。





「あ゛あーーっ!!背中…が…」


幾分か木の枝に接触した事で衝撃を和らげることができたみたいではあるが、涙を滲ませて悶え叫ぶくらいには痛かった。

しばらく動けずに回復するまで地に伏している事数分くらいか、のそのそと土や枝葉を落としながら起き上がった。



「あー…むっちゃ痛かった…」


特に最後に背中に食い込んだ石が絶妙な位置に転がっていたせいで余計にだ。

振り返って自分が落ちた位置を確認し、恐らく肩ら辺に食い込んだ忌々しいその石を手に取って気づいた。




「おっ似顔絵石!!見つけたーっ!!!」


偶然にもテキトーなヤス先輩が描かれている石を発見した。

突き落とされた時からもう寮に帰りたい気持ちが先行していたが、痛みを伴ったものの開始直後に1つ見つけられた幸運に、他も結構直ぐに見つかるかもと俄然やる気が出てくる。



「よーし!さっさと見つけてワルツさんをギャフンと言わせてあげるわ!」



石ころ1つでモチベーションが上がった私は陽気に口笛を吹きながら石をポケットに突っ込み、とにかくワルツさんを見返す明るい未来を思い浮かべて鬱蒼とした森の中を当てもなく歩き出した。








「…あっ、この辺魔物出るって言い忘れたな!まぁいっか!帰ろ帰ろ」


しばらく崖の上でカッコ良く風に吹かれていたワルツさんがそんな重要な情報を伝え忘れていたことなど私は知らない話であり、その結果この後直ぐに死ぬほど大変な思いをすることとなった。
















初めはワルツさんが言っていた通りに魔法で石を引き寄せるだとか、石のありかを魔法で調べようと色々妄想していたのだが……



「うわーーっ!!!」


思惑通りに引き寄せられたものの、そこら中のありとあらゆる石を磁石ばりに引き寄せてしまい、危うく大量の石に潰されそうになった。

石のありかを調べる方法はそもそも上手いイメージが浮かばず、何も起こらなかった。

結局その辺に転がっている石を手当たり次第手に取って確認する原始的な方法に落ち着いた。

しかし石ころはどれもこれも似通っていて、

裏返して見てもワルツさんが描いた似顔絵はないし、何か学校のゴミ拾いとかの美化活動を思い出すくらいに退屈だ。

そのため私は数十分もしない内に飽きた。



「見つかるわけないわっっ馬鹿か!……馬鹿だったわ……」


ようやく無理ゲーだったことに気がついた私は膝を折ってその場に崩れ落ちた。

一つ見つけたことで芋づる式に次々と見つけられると思っていたが、そんなことはなかった。

しかし今のところ他に良い案も浮かばず、とりあえず方法を考えながら石拾いを続けた。



「あーーダメだ。諦める以外何も思い浮かばないやつだわ」


石を探す方法を真面目に考えていたはずが、そう言えばあのゲームまだ終わらせていなかったなだとか、友達のマイちゃんから借りた漫画返してないままだとか、弟のプリン勝手に食べたこと謝ってなかったなとか、不意にあまり考えない様にしていた元の世界のことばかり思い浮かぶ。




「心配されてんのかなー…」


こちらに来て一週間以上経つのだからもしかしたら行方不明として事件になってるかもなーとぼんやりしながら、拾って投げた石が弧を描いて遠くの何かに命中した。



「あ……」


今までにない何か獣の唸り声にびたりと身体が硬直する。

息を飲んで真っ直ぐ視線を向けた茂みの奥でもぞりと揺れた影がその大きな図体を持ち上げてゆっくり振り返った。

3mはあろう巨体の毛むくじゃらのその生物は剥き出しの鋭利な爪を光らせ、絶え間なくヨダレを零しながら、鋭い眼光で私を見下ろしていた。




「……ヒィンッ…」


見た目は熊だ。大きな熊さん。

だが明らかに私が動物園で見たシロクマが可愛く思えるくらい凶悪な存在であると一目でわかってしまうし、悲鳴にすらならない情けない声が漏れる。

魔物…いや魔獣だよね…こんなのいるんなんて聞いてないよぉ……。

いつかのワンちゃんに殺されかけた時のことを思い出すレベルの危機感が全身を駆け抜ける。

大熊が身体を起こすだけで大きな影がすっぽり私を覆う大きさに圧倒されるばかりだ。

このパターン覚えがある。

横から来るやつだと予感した私は咄嗟に後ろに退がった、が足元に転がる石に躓き背中から地面に倒れ込んだ。

倒れる際に間一髪のところで先ほど立っていた位置に大熊の鋭い爪が薙ぎ払う様にブォンッと通り過ぎていった。

鋭く光る爪が残像を残すほどのその横薙ぎを喰らっていたら、私の上半身と下半身は離れ離れになっていたことだろう。結果的に転んで正解だった。

しかしここから助かる未来が到底思い浮かばない。

不老不死って食べられてしまった場合どうなるかなとか、困った事に諦めた先のビジョンしか思い浮かばない。


一瞬思考した後にとにかくいたぶられるのも、食べられるのも嫌だから、全力疾走で逃げる事に決めた私は恐怖に駆られるままに直様身を翻して、大熊に背を向けて駆け出した。




「わあああっ!!」



当然大熊も追っかけて来るわけで、ちょっと距離があって全力疾走だろうが私程度の足では到底長くは持たない。

精々背の低い木を利用して森の木々を縫って逃げることしか思いつかないが、背後からバキバキと障害物を物ともせずに追ってくるからあまり意味がない。

闇雲に走り抜け、草むらをかき分けた私の前に突然現れた一際大きな木が進路を塞いだ。

大熊を振り返った直後でもあったために、そのままその大木にぶつかりに行く勢いで木の根に足をかけた。

もう大熊も直ぐ背後まで来ているし、体力も限界だった。

そして諦めた心が沈んで行くのに呼応するかのように物理的に身体も落ちていく。



「ゔえああっ!?」


大熊に攻撃されたわけでもなく、木の根を踏んで駆け上がっていた途中で、突然地面が抜けたような浮遊感に襲われた瞬間身体は真っ逆さまに狭い穴の中、あちこち身体の至る所を打ちつけながら、穴の底へと落ちていく。

最終的に地面に後頭部を強く打ち付けたものの、霞む視界に今し方落ちてきた穴から顔を覗かせる大熊が見える。

幸い大熊にとっては入り込めない小さい穴だったのか、しきり腕を差し込んでは穴の壁面に爪痕を残していたが、やがて諦めた大熊はずしずしと重い足音を立てて遠ざかって行った。

た…助かった…でも動悸は激しいし、至る所を打ち付けて身体中が悲鳴を上げている。




「…あー…もダメ」


安堵やら痛みから逃げるために私はゆっくりと重い目蓋を閉じた。

直ぐに痛みが引いて、数分後にはやはり常人の回復速度ではないと感じながら身を起こした。不老不死というか、超再生がすごい。

擦り傷や切り傷は綺麗になくなり、土埃の汚れだけが残っている。それを手で払い落としながらじっくりと穴の中を見渡す。

天井は落ちてきた木の根の間にぽっかりと穴が空いていて、陽の光が射し込んでいた。



「あれは登れそうにないなぁ…」


空洞を作るように張った木の根の入り口から下に伸びた筒状の空間を抜けた先、底にある小さな洞穴に私は落ちてきたみたいだ。

幸い洞穴は奥に道が続いており、微かに風が吹き込んでいることから、この奥へ進めば一応外には出られそうだ。

先ほど遭遇したような危険な魔物には極力出会いたくないし、もう今直ぐにでも家に帰りたい…。

でも石探さないとワルツさん怒りそうだし、せめて探してましたよと言えるくらいは探すふりでもしようか…あーリシェットさんのご飯が食べたい。

ホームシックになりながら立ち上がった所でポロっと首元から何かが落ちる。



「あっ!!」


首元から地面に落ちたそれは以前ノワール君がくれた綺麗な水色の石をくくり付けたペンダント。

直ぐに拾い上げるとペンダントの首紐が切れてプラーンと垂れ下がっていた。さっきの落ちる衝撃で切れちゃったのか、それ以前にも結構激しい動きをすることもあったからなぁと思い返して、とりあえず雑に切れた部分を固結びで繋げ直す。

首紐が短くなったペンダントを改めて見てみると水色の石がぷらぷらと揺れる。

うん!まだ頭を通る長さはあるな!よかったよかった………







「…!!思いついた!」


揺れるペンダントを見て頭の中の電球がピカッと光った。

あれだ!ダウジングだ!

石を探すのにこのペンダントを使えばいいじゃないか!

ちょうどペンデュラムみたいな形をしているし、これはノワール君がくれた物だからただの石ころでもないだろうし、似顔絵石を思い浮かべて案内するように念じればいけるのでは!?

数時間前の私であれば馬鹿かと吐き捨てる安易な思いつきだったが、正直怖い魔物とも遭遇した今は何でもいいから早く帰りたい気分だった。




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