拉致られ異世界ライフ
「異世界召喚とか異世界転生って言ったらあれですよね」
「は?何?あれ?何一つわかんないんだけど、てか気安く話しかけないでくれる」
「まぁまぁ独り言だと思って聞いてくださいよ。異世界からの救世主!とか、勇者!とか、悪役令嬢とか!チートとかチートとか!…何かないんですか?異世界に来てすんごい力に目覚めるとか!」
「あるわけないじゃん…え…何その妄想…怖っ馬鹿じゃないの…」
異世界ライフ3日目、昼間の森探索にフォルカさんと赴いた時の出来事であるが、本気のドン引きをされた。
せっかくの異世界だと言うのに私はとてもショックを受けていた。
ー巻きぞえアリスの異世界冒険記2ー
異世界もののお話だとベタなところをついたと思ったのに、何一つ当てはまる項目もなくガッカリだ。
私には特にこれと言って秀でた特技もないし、大体魔法で成り立っている暮らしの中で私の活かせるスキルなどなく、浅いバイト経験でお使いするくらいしか出来ることがないのだ。
「はー…せっかく異世界来たんだから魔法とか剣で戦ったりとか色々したかったのに」
「アンタが剣を装備したところでスライムにすら劣るよ。魔法はそもそもお前には魔力とかないし無理無理」
「異世界来ても一般人かー夢がないなー…」
「…まっ、全く方法がないわけでもないけど…」
「えっ!?あるんですか!教えてくださいよ!」
どうせもうすぐ帰るのだから、ちょっとくらい魔法使い気分を味わいたいと思っていた私はずずいとフォルカさんに詰め寄る。
「ジルは一応大魔法使いだから、正式に契約すれば何の取り柄もないお前も魔法の一つくらいは使えるかもね。ま、元の世界には帰れなくなるだろうけど」
鬱陶しいとでも言いたげな顔をしてばさりと翼を広げて飛び立つフォルカさんは私を見下ろしながらそう言うと、「帰るから」と私を置き去りにして帰宅してしまった。
現在お出かけ中のジルベルトさんに魔法薬に必要だという真昼草の回収を頼まれている私はお守り役のフォルカさんがパーティーを抜けたことにより、一人きりだ。
この依頼は2回目でジルベルトさん家はすごく目立つ大樹の下に建っているし、魔法の地図も貰っているので迷うことはないのだが、少し寂しくなってしまう。
口が悪くて嫌味ばかり言われるが、知らない土地で一人にされると不安になる人種だから、最後まで一緒いてほしかった…。とにかく真昼草とかいう名前通り昼間に咲く草を早めに回収しなければいけない。
その辺に咲いてる淡く光るちょっと特殊な雑草を回収して私は帰るために身を翻して、深い森の中からでも東京タワー並みに目立つ大きな大樹を目指す。
「ゲームとかだと絶対重要な木っぽいよなぁー」
しかしジルベルトさんいわく、今はもうただの老樹だよとのこと、以前は何かあったのかもだけどすぐに元の世界へ帰る私には知る由もない。
今日までのわずかな期間にも散策に出かけてはみたけど、ぶっちゃけ森が広くてあまりファンタジー要素は味わえなかった。
1日目はフォルカさんに監視されながら森を抜けられないまま日が暮れた。
2日目はフォルカさんに嫌がられながらも大樹の天辺まで連れて行ってもらい、そこから全体を見回してわかったのは大樹は山の頂からさらに雲の上まで伸びていて、恐らく北の方角に城っぽい建物やレンガの街並みやさらに奥の方には港や青い海が見える。
またこの山を挟んだ反対側にはいかにもヤバそうな紫色の瘴気がかった暗黒の大地が見える。細かい所まではわからないが、行ったら絶対やばそうだと思った。
西と東の方角には何故だか霧がかたように真っ白で何も見えなかった。
感想としては緑が多い場所だなとしか…そして街を発見したはいいが、私の足ではたどり着く前に仮契約の期日が来るのは明らかなため、行くのは断念した。
「全然有意義な異世界ライフを送れなかったな…」
収穫と言ったら向日葵怪獣のイリアンと仲良くなったことや、家事担当のリシェットさんが作る料理が美味しかったことくらいか。
まぁ、3日ならそんなもんかと大樹を目指しながら歩いている途中で見慣れない人影を発見する。
今までイリアンや小動物以外にモンスター1匹見かけたこともなかったこの森にジルベルトさん達以外の人物を見つけたことにわずかに感動を覚えてしまう。
もう3人ほどしか人は存在しないものかと思ってた!
実は人じゃない可能性も考慮し、とりあえずそっと距離を置きながらまじまじと観察してみる。
案の定人型ではあるものの、くすんだ水色のフワフワした髪の毛から突き出た渦巻き状の黒い2本の角に背中から伸びた黒いコウモリのような翼がもう人外であることを示してる。
「…………」
「………」
ほぼ正面に当たる茂みから観察しているのだが、どうやら気づかれていない様子…というか木にもたれかかって寝ているみたいだ。
黒いハイネックコートで顔がほぼ隠れているからわからないのだが、身じろぎひとつしないし大丈夫かな…?
というか見た目的にフォルカさんに似ているし、知り合いの悪魔とかだろうか。
声をかけても大丈夫かなと悩みながらジッと見つめているとふいに眠たげな金色の瞳と目があった。
「あっ」
「………すやすや」
まずいかとも思った矢先、少しの間ジッと私を見ていた瞳はすぐに閉じられて穏やかな寝息をたて始めたから杞憂だった。
こう何もイベントが起こらないとちょっと寂しくもあるが、触らぬ神に祟りなしとも言うし、このまま帰ろうかと身を翻した時だった。
ぐぅ〜〜ぎゅるるるるるるる〜〜〜
すごい腹の虫の音がした。
あまりに大きくて長いその音に思わず振り返ってしまう。
発信源の二度寝を決め込んだ見知らぬ悪魔は眉間にしわを寄せながらも閉じた目を開こうとしない。
お腹を空かせながらも寝てやり過ごそうとしてらっしゃる……。
しかし止む気配のないその音を無視して離れるのも忍びなくて、リシェットさんに作ってもらったサンドイッチを肩掛けバックから取り出し、ついつい声をかけてしまった。
「あのー…よかったら食べます?」
「………」
見知らぬ悪魔は伏し目で私とサンドイッチに視線を巡らせた後にゆっくりと頷いた。
3日目になってイベント起こったなーと思いながら、黙々とサンドイッチを食べる見知らぬ悪魔の隣に座る。
「……美味しい?」
「………」
食べるのに忙しいのか、返事は返ってこなかったがコクリと一度だけ頷いた。
「…私、和って言うの。君の名前は?」
「………」
半開きの瞳が私をジッと見るだけで何か言うかと思ったが、返事はなかった。
無視されてるわけじゃなさそうだけど、喋れないのかな…?
ひたすらサンドイッチを食べる彼を見ていたら、ご近所の猫を餌付けしていた時を思い出す。猫とは似つかないが、羊みたいにフワフワと柔らかそうな頭を見てると無意識のうちに手を伸ばしていた。
「あっ!ごめん!つい…」
「………」
一度私を見た後に、頭に乗っかる私の手を気にする様子もなく、またサンドイッチを食べ始めた。
恐る恐るまた撫でるが、特に嫌がられなかった。
これは…無愛想ながらも撫でられたり、触られたりしても嫌がらない親戚の老犬を思い出す…!
懐かしい感覚ともふもふした触り心地に私はもう遠慮することさえ忘れて陽が傾くまで見知らぬ悪魔の頭を撫で続けた。
「……すやすや」
「…はっ!!もう夕方!?」
どれだけ時間を潰したのか、いつの間にかサンドイッチ食べ終わった彼は再び眠りについていた上に空は鮮やかなオレンジ色に染まっていた。
夜までには帰ってきてねとジルベルトさんに言われたのに、物珍しさについつい居座ってしまった。
「不覚!そろそろ帰らないとマジでやばい!!じゃあね、バイバイ!」
すぐさま立ち上がり、目印の大樹を目指して走り出そうとしたが不意に腕を引かれたためにそうは行かなかった。
「………」
「えっ?!何々?どうしたの?」
私を止めたのは座ったままでがっつり腕を引っ掴む見知らぬ悪魔の彼だが、何だか口をパクパクさせて何かを伝えたいようだが全くわからん。
あんまりにも何も伝わってこず、ただ私を見上げる眠たげな金色の瞳が綺麗だなぁなんて思っていると背後から聞き覚えのない男の声がした。
「おい!ノワール!お前!俺の命令も聞かずにまたサボっていたな!!むっちゃ探したぞ!!お前っ!」
振り返ると怒り心頭の様子である赤毛の男が黒いファー付きの真っ赤なマントをバッサバサと風になびかせながら優雅に地に降り立った。
やたら煌びやかな装いと翼がないのに空から降りてきたことから、恐らく魔法で飛んでいたのだろう。
つまりはこの人も魔法使いで、この森にいるということはジルベルトさんの知り合いだろうか。
「んん?誰だその知能の低そうな女は」
「初対面から暴言…!…私は和って言います。ジルベルトさんのとこで世話になってる者です…」
何というか、フォルカさんとはまた違ったタイプで尊大な人だ。
切れ長の宝石のような美しい瞳と整った顔立ちに左耳から覗くひし形の宝石をあしらったピアスが高貴さを醸し出しているが、心象最悪なためにイケメンであろうと私も素っ気ない態度で対応する。
ところがジルベルトさんの名前に反応したのか、見下していた男の態度が急変する。
「ジルベルト…!ほぅ…貴様、アイツの知り合いか。どういう関係だ?」
「へっ?いや、大したものじゃないんですが…私の命の恩人というか、むしろお呼ばれされちゃったというか」
「…貴様はアイツの使い魔なのか?」
「ん?んー…そうなるかな…一応。仮だけど」
「ほぉーん…アイツが貴様と仮契約か…まぁいい。貴様、名をノドカといったか?」
「へっ?あ、はい」
「よし!ノドカ!俺様と契約しろ!」
「!!??!?!???!?」
ここぞとばかりのドヤ顔であったが、何でそういう思考に至ったのか、ちょっと理解できない。
「とりあえず話は後だ!城へ帰るぞ、ノワール!」
状況を一つも理解できない私が唖然としている間に腕を掴んでいた手が離れたと思いきや、ギュッと両腕ごと背後から抱きすくめられた。
ノワールと呼ばれた彼は突然の大胆な行動に驚いている私を抱え、翼を広げてフワリと宙に浮いた。
そして私が正気に戻った時にはすでに大空を羽ばたいている最中であり、もうどうすることもできなかった。
「君、ノワールって言うんだね…」
「………」
「なんか…カッコいいね…」
「………」
「…関係ないけど、私の親戚のワンちゃんはノアールっていってさ」
「………」
「ビスケットから名前をとったらしくてさ……」
現状から目を逸らすように私を抱えたまま羽ばたく彼に一方的に話しかけて、オレンジ色に染まる大空の旅を楽しんだのだった。
どうやら私の異世界ライフはもう少しだけ続くみたいだ。