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巻きぞえアリスの異世界冒険記。  作者: 冬野夏野
始まりの章
19/53

日常の危機一髪戦線





「宝具が存在するって…知ってるのか?!カミル!」


「そんな暑苦しく来られると自信失くす…」


「失くすなよぉ…ごめんて。自信なくてもいいから聞かせてよ」


他に帰る方法で思いつくのは真面目にジルベルトさんのお願いを叶える他ないし、藁にもすがる思いである。

ニールもさすがに空気を読んだのか、カミルを茶化すことなく大人しい。

険しい顔をしたまま目線を逸らしたカミルは小さな声で呟くように言った。







「昔…本当昔だけど、父さ…親父が寝る前に話してた」


「……???それはどういう感じで…?」


「…子供を寝かしつける感じ」


「俺もガキどもにやった事あるけど、それは絵本を読んだ延長の話では…」


「………」


絵本のついでの話かぁ〜〜〜〜信憑性はどうなんだろうね〜〜〜?

王様の話なら本当かもしれないけど、でも子供にする話だしなぁ…。

何だか妙な空気になり、気まずそうな2人が何故か私を見てくる。

私は1度目を閉じて少し思案した後にゆっくり2人を見て笑った。





「……とりあえず保留!!それより串焼き食べに行こうぜぇ!」


盛大に話題を逸らし、ぐぅ〜〜〜っとお腹が鳴ったので食欲のままにそう提案した。












ー巻きぞえアリスの異世界冒険記19ー









「いらっしゃい!うちの串焼きは美味いよ!…て、前にスられた嬢ちゃんじゃないか!」


「その節はどうも、何だかんだ解決しました」


数日前だと言うのに、もはや懐かしい喧騒と人波に揉まれながら私達は以前買い損ねた串焼き屋にやって来た。

恰幅のいい屋台のおばちゃんは不思議そうに私とニールを見ては小首を傾げていた。


「まさか犯人と一緒にいるとはねぇ…まぁいいさね。買ってくかい?」


「ください!」


今日はしっかりと鞄の中に閉まった財布の巾着袋を取り出して、中身を確認する。

出る前に確認した枚数と相違ないことに安堵していると横からニールがずいっと擦り寄って来る。


「のどか姉ーちゃん!奢って♡」


「いっそ清々しいな、アンタは………でも断る」


「え〜〜〜ケチッ!」


恥ずかしげもなく女の子である私にたかるとは見下げた男だ。呆れを通り越して逆に好感わくよ…いや、やっぱわかないわ。


「ニールにはあんま感謝の気持ちがわかないし!でもカミルなら奢ってあげるわ」


「いや、自分で買うし…」


すっぱりと断るカミルの様子を見てこれがニールに足りない慎ましさだなと感心する。

自分でしっかり購入したカミルだが、ちゃっかりニールの分まで買っちゃうのは甘やかしすぎだと思う。


「何だい?ちょっと見ない内に随分仲良くなったんだねぇ」


「いえ、言うほど仲良くないです」


スリ犯はスリ犯でその事は許していないのでキッパリおばちゃんの誤解を解いた後、串焼きを手に入れた私達は人波から離れたレンガ道を歩きながら大きな肉にかぶりつく。

この鳥とも豚とも牛とも言えない旨味のある肉は初めて食べる味だったが、柔らかくてとてもジューシーでとにかく美味い!

さらに嬉しいのが美味い上に串についてる肉がでかくて食べ甲斐がある所だ。

美味い美味いと舌鼓を打つ私を左右の2人は一瞥するだけで、何も言わずに自分の串焼きを食べる。スルー…だと。


「そんで姉ちゃんは結局あるかもわかんねー宝具ってのを探すの?」


「ん〜…何処にあるかもわかんないし、宝具が何かも具体的にわかんないからなぁ」


「……一応俺が聞いた奴は剣だった」


「剣かぁ…七つ全部武器なのかなー?」


まず実在するとしても七つの宝具がどんな形をしたものかがわからないのが痛い所だ。

武器だと仮定したら剣・杖・槍・弓・斧…ダメだ。幅が広くて絞れないぞ。

借りてきた先ほどの本を見ても宝具の詳細は載ってないのでどん詰まりだ。


「…クロード兄様なら何か知ってるかもしれない。今度聞いとく」


「ありがと〜!カミル本っっ当いい奴だよね!好きだわ〜」


「何で俺を見ながら言うのさ」


ジトーとニールを見るとバツの悪そうに頭をかき、あからさまに体の向きごとそっぽを向いた。

ニールは情報通なのではと勝手に期待していた事もあり、収穫のなさにちょっとガッカリしただけである。

他人の噂話とか積極的に拾って行く地獄耳タイプと思っていた節もあり、何でもいいから有力な情報を提供して欲しかった。

歩きながらため息をついた私がちょうど橋に差し掛かった所で、突然服の襟元を引かれて首が絞まった。


「グェッ!!」


「姉ちゃん!あれ!見てあれあれあれ」


苦痛に思わず酷い声をあげた私に引っ張った当人であるニールは悪びれもしない。この野郎〜。

ニールが軽く興奮気味に指差す方をカミルと同時に見て同じように2人して驚いた。

階段降りた川の両脇に通路があるのだがそこにいつか見たチンピラ2人組が私達のいる橋よりも城よりの奥の橋に向かって歩いるのが見えた。



「ちょっと!あれって!!」


忘れもしない誘拐犯の下っ端チンピラじゃない!

ふとボスの女性が放った矢を受けた時の痛みを思い出して、ゾクっと悪寒がした。横にいるカミルも顔が青ざめている。

幸い近くにボスはいない様子であるが、あの日の誘拐犯が捕まらないどころか、のうのうと街を出歩いてる現実には戦慄する。



「あいつら取っ捕まえてやろうぜ!」


やけに積極的なニールに戸惑うものの、このまま野放しにするより今捕まえてもらった方が確かに今後安心して街散策できる。

しかし私達3人だけではちょっとかなり不安だ。


「ちょっと待ってろ…今マクシムに知らせるから」


ズカズカ私の服の襟元を引っ張るニールとは対照的に慎重なカミルは魔法で青白く光る鳥を召喚すると、ボソボソと囁きかけてから城の方に飛ばした。

伝書鳩的なやつか?とりあえずマクシム団長が来てくれるなら大変心強い。

川の脇の通路を進むチンピラ2人が橋の下に潜ってしまい、私達は急いでかつ慎重に後をつける。

そのまま橋の上から気づかれないようにチンピラ2人組を追う。

散歩するように川の脇道を歩くチンピラは何処に向かってるのか、会話でもしてないかと耳を澄ませてみるが、周りの生活音が邪魔をする。


「何か話してるぜ。もうちょい近づきたいなー」


「さすがにバレそうじゃない?」


「以前と違って人の目がそれなりにあるし、そう簡単に襲っては来ないんじゃないか?」


「でも誘拐犯だよ…」


拐った張本人達だ。何をされるかわからない。

顔が割れているのだから、いっそヤケになって襲ってくる可能性だってあるかも。

大体戦闘になったら私は足を引っ張る以外に何もできないぞ…魔法陣がなきゃ魔法も唱えられないし、つーかあってもまともに魔法が使えない。


「荒事はマクシムに任せる…とりあえず見失わないように追うぞ」


ニールにあてられたのか、はたまた探偵みたいに追跡をしたいお年頃なのか、マクシムが必ず来る確信があるのか、カミルはニール程じゃないにしろやめる様子は微塵もなく、付かず離れずにチンピラを追って行く。

そうして川の脇道を見下ろせる遊歩道を歩きながらしばらく追って行くともはや橋と呼べるのか、広い道と化して道路の下がトンネルになってる所を潜るように川とその脇道が先に続いている。

チンピラの2人は辺りを警戒しながら奥へ向かっていった。

川の脇道に続く階段を降りながら何でこんな所に入っていったのか疑問に思う。


「まさかこの奥にアジトでもあるの?」


「それはねーよ。俺もスッた後はここよく使うんだけどさ、そもそもここに入ってく奴なんて見たことねーし」


よく出入りしてるニールがそう言うのであれば、彼らは何らかの目的を持ってここにやって来たのだろうか…ますます怪しいじゃない。

しかしトンネルの先は障害物もなく暗くて見え難いくらいで大分見つかりやすくなってしまう。振り返られたら見つかるぞ!



「大丈夫。じっとしてろよ」


不安が顔に出てたのか、カミルがまた指で小さく魔法陣を描くと今度は黒いキラキラした靄が私達を包み込んでやがて晴れた。

一見何の変化もないんだけども……。


「薄暗闇と同化する魔法をかけた。…最近習得したから使うの初めてだけど、多分大丈夫」


今日がぶっつけ本番で若干自信なさげだが、まぁカミルの魔法であれば普通に信用出来るし大丈夫だと思えた。

引き続きチンピラの追跡を再開すると、トンネルの少し奥に行った所で丈夫そうなフェンスが2人の進行を阻んでいた。

ガチャガチャとフェンスの鉄扉の錠前をいじっている様子が伺える。




「チッ!全然開かねーな……ダメだ!お前どうにかしてくれ」


「俺もこーゆーのは得意じゃねぇーよ……あークソ、もう壊しちまえ」


何とか鍵を開けようとモタモタしていたチンピラだったが、ついに諦めたのか突然鈍い音が響き、ゴトッと地面に重い錠前が落ちた。

無理矢理扉を開いた2人はフェンスを抜け、地下へと続く階段を降りて行く。

同じように地下へと踏み入れた私は何だかんだ既視感のある地下水路を見て、ベルティナ姫と城を抜け出した時のことを思い出す。

もしかしてあいつら隠し通路のこと知ってて、城に忍び込もうしてるんじゃ…?

カミルの服の袖をちょっと引いて、小声でその事を伝えるとカミルは少し思案してから小さく首を横に振った。


「隠し通路を知ってるのは王家の人間だけなんだ。それに王家の血筋でなければ開けることもできない仕掛けになってるから無意味だ」


つまり普通の人が隠し通路の入り口を見つけたとしても入れないと…ではあのチンピラは何しにこんな所に潜ってるのか。

幸い地下水路は水の流れる音がする以外は静かで、チンピラ2人の会話はちょっと離れていてもよく聞き取れた。


「なぁ、こんな所にお宝が眠ってるって本当なのかぁ?簡単に入れちまったし、信じられねーよ」


「…さぁ?姐さんが言うんだ。それに例の信頼出来る依頼主様の情報なんだぜ?あるかもしれねぇな」


「あの旦那の言う事は大概当たってるもんな。…一体何モンなんだろうな?」


「さぁな。…だがあの姐さんが大人しく話を聞く相手だ。相当イかれてるのは確かだな」


「はははっ!まったくだぜ。しかしあんな目に遭ったつーのに、直ぐ王家の財宝狙う姉御もどうかしてるぜ」


「ま、今日は軽く下見するだけさ。捕まる前にさっさとずらかろうぜ」


ご丁寧に宝探しに来た目的を喋ってくれたチンピラ2人はやがて関係のない世間話を始めた。


「…お宝だってよ。カミル知ってたか?」


「………」


「…マジであんのかねー」


お宝ワードに興味を示すニールに対してカミルは押し黙っている。

まぁ、カミルくらい若い王子様なら教えてもらえない事が沢山あっても不思議じゃないよね。

しかし本当にお宝があるかは別として、思えばベルティナ様と地下探索していて偶然にも謎の地下空間に辿り着いた時、超巨大なワニみたいな怪獣に襲われたインパクトが強くてすっかり忘れていたけどいかにも何かありそうな扉があったな。

もしかしてあの扉の先にお宝が?

しかし直前の怪獣というか、魔獣に属するんだろうか?あのワニの化け物を倒さないとどうにも調べようがない。


ぶっちゃけこのチンピラ2人が仮にそこに辿り着いても、あの門番に食べらて終わる未来しか想像できない。

でもアレを見つけて情報だけ持って帰るとなれば今後危ないのかもしれないし、やはりこのチンピラ2人は捕らえた方がいいだろう。

というか、コイツらのせいで誘拐犯の濡れ衣を着せられたり大変だったんだ。牢獄にぶち込んでやりたいぞ。

ニールとカミルならば捕まえることも出来ると思うが、圧倒的戦力のマクシム団長が来てくれた方が余計な心配しなくて済む。

今のところ追跡がバレる様子もないし、このままマクシム団長が来るまでついて行くだけに留めた方が安全だ…それは2人も同じことを思ってるのか、私達は慎重にチンピラの背中を追った。


しばらく繰り返し階段を降りて地下水路を歩いてとを続けていると、真ん中に水路、脇に通路、筒状の空間のどこも同じ景色に見える地下水路だったが、何となく見覚えのある場所に来た様な気がする。

謎の地下空間に続く階段ってこの辺にあったんだっけ?

胸につっかえる疑問をどうにか解消しようと、記憶を辿るが思い出せそうで思い出せない。




「どうした?」


「…いやー、何かこの辺り覚えがあるなって」


訝しげに眉をひそめるカミルに明確に疑問の答えを伝えたくて必死に記憶辿る。

石造りのドーム状の空間…懐かしいお風呂場みたいな臭い………そしてガラガラと音を立ててスライドする一部の石壁……。





!!!!!

思い出した!!!



「ここ隠し通路から初めてベルティナ様と水路に出た時の場所だ!」


頭の中で電球が光り、疑問が解決してスッキリした私は一人で何回か頷いた後に記憶の中じゃなくて、今実際にガラガラと石壁がスライドする音がしたことに気づく。

どうもそれはチンピラの少し先で起こったらしく、彼らも驚いた様子で足を止めていた。

カミルもニールも、誰もが静止した空間に「よいしょっと」なんて可愛いげのある少女の声がして、石壁の向こうから小さな影が軽快に通路に降り立った。










「……あら?こんにちは!怪しいおじ様!それでどちら様かしら?」



夕陽のように鮮やかなオレンジ色の長い髪、淡い薄紫色の勝気な瞳、小さく華奢な彼女によく似合う空色の可愛いエプロンドレスに背中には黒猫のリュック。

ランタンを片手に腰に手を当てて怪しすぎるチンピラを前にしても笑顔で挨拶が出来る豪胆な彼女は間違いなく、隣で真っ青になってるカミルの実の妹でお姫様のベルティナ様だった。

あれ以来会っていなかったけど、まさかこんな最悪のタイミングで再会するとは思わなかった。





「オイオイ…驚いたな。お姫様が出てきたぜ」


「……たまげたなぁ…まさかお宝って姫さんの事じゃねーよな?」


「さぁな。だが…姉御が喜ぶぜこりゃ」


「???……おじ様達、もしかして見た目通りの悪い人ですの?」


明らかに危害を加える意思を持つゲス顔でベルティナ様ににじり寄るチンピラ2人にヤバいと思った時には、隣にいたカミルが走り出して背後からチンピラの背中を踏みつけ、ベルティナ様を庇うように間に立ち塞がっていた。






「おわぁっ!!?!?」


「!?何だぁ!!?」


「!!カミルお兄様!?」


突然のカミルの登場でチンピラもベルティナ様も動揺しまくりだ。

そしていつの間に武装していたのか、ナイフを持ったニールも地に伏していない目つきの悪いチンピラに向かって素早く襲いかかる。

こうなれば勢いじゃい!と踏みつけられてまだ地に伏しているチンピラに向かって走り出し、思いっきり飛び上がり私は全体重をかけたのし掛かりを繰り出した。





「おらあああーっ!!」


「ぐゔえぇっ!!??」


非常に痛そうな声を上げたチンピラの片割れは不意打ちの私の攻撃が効いた様子で、くたりと力なく動かなくなった。殺めてはいない。



「ぐおっ!!」


直ぐ隣でもニールの先制攻撃が綺麗に決まったもう一方のチンピラもドシャっと倒れて、ふぅと一息ついたニールがドヤ顔で親指を立ててサムズアップ。

私達の行動に些か驚いているカミルに私もやってやったぞ!とピースして笑って見せる。

そうすると強張った顔をしていたカミルもふっと緊張が解けた柔らかい笑みを零した。





「…二人ともありがとな」


まさかの事態で一時はどうなるかとヒヤヒヤしたけど、どうにかなってよかった。


未だに心臓ばくばくでとりあえずのし掛かったままのチンピラを念のためにふん縛れないかと悩んでいると、カミルの怒号が辺り一面に響いた。





「ベル!!お前は今どれだけ危ない状態にあったかわかっているのか!?」


「……」


叱られているベルティナ様はしょんぼりと泣きそうな顔で押し黙っている。

あんまりカミルが怒るので、私とニールは互いに顔を見合わせるくらいでとても口出しできる雰囲気じゃない。

今回のベルティナ様がどう言った理由で隠し通路から出て来たのかはわからないが、黙って城を抜け出してきたのだろう前回のカミルと全く同じ状況にして、同じ相手に拐われる危険があったのだからカミルは余計に怒っているんだろう。

感情に任せて飛び出してもいたし、兄としても本当にベルティナ様の事を案じていたんだ。


「ベル…あんな騒動があったばかりなのに、何でまた城を抜け出した?」


「………」


「…お前は賢い子だから、本当は危ないのもわかってたんだろ?何で一人で…」


「…ごめんなさい、カミルお兄様」


黙ったままのベルティナ様を諭すようにしゃがんで目線を合わせて優しく頭を撫でるカミルに対して、ベルティナ様はグスグスと鼻を鳴らしてうっすら涙を滲ませながら小さな声で謝った。




「あの…ベルね…この前のことで皆をいっぱい困らせちゃったから…ちゃんと謝りたくて…ごめんなさい」


チラッと私やニールにも申し訳なさそうに視線を向けながらベルティナ様はモジモジしながら下を向いてしまう。

確かに振り回された覚えはあるが、最終的にベルティナ様はめっちゃ反省していたし、特に怒ってはいないのだが、当の彼女はとても責任を感じていたらしい。

話を聞くと、私やニールがカミルと同じ学園に通った事を知ってお詫びがしたくて会いにこようとしていたらしい。

最初はちゃんと行きたいと大人達にも言っていたが、全く相手にされずに城の兵士やお付きのメイドの厳しい監視を潜り抜けて、今日抜け出して来たとの事だ。


「…今日はたまたま俺達がいたから良かったけど、もう一人で抜けだすなよ…頼むから」



「…はい」


「…次からは俺が迎に行く。それか皆で会いに行くから、言ってくれよ」


「…うんっ!」


無事に仲直りした兄妹にホッと胸を撫で下ろしていると、あのねとベルティナ様が少し恥ずかしそうに黒猫のリュックを漁り始めた。

リュックから透明なガラスの容器の中に色取り取りの可愛らしい花が詰められ、ストラップを巻き付けた小物を3つ取り出す。ハーバリウムみたいでとても綺麗だ。




「あのね!お守りを作ったの!カミルお兄様はこの青いので、ニールには赤いの、のどかにはピンク!受け取ってくれるかしら…?」


恥ずかしそうにしながらも嬉しそうに両手に乗せた小物を差し出す姫様に限りない尊さを感じて思わず目頭を押さえる。



「ありがとうございます!大事にします!!」


素早く駆け寄って彼女の手ごとぎゅうっと握り締める様は、我ながらちょっと興奮気味でキモいと思う。

ベルティナ様は一瞬驚いた後に花が咲くような眩しい笑顔を見せてくれた。

カミルもニールもそれぞれお守りを受け取り、ベルティナ様は満足そうに勝気なドヤ顔に戻った。よかったよかった!

基本的にプレゼントは何でも嬉しいけども、こう…手作りの品っていうものは、また別に贈り手の気持ちをより一層感じてとても嬉しい。


吃驚するほどだらしない表情でもしていたのか、ふと見たカミルとベルティナ様が揃って随分驚いた顔をしていた。






「姉ちゃん危ねぇ!!」


ニールが叫んだその時、背後から回った誰かの腕が突然私の首を締めたと思えばその勢いのまま地面に叩きつけられた。







「〜〜〜っ!!」


突然の衝撃で頭も背中も打って一瞬呼吸が出来なくなり、声も上げられない。

クラクラと霞む視界に私の首元にナイフを当てる先ほどまで伸びていたチンピラの一人が鋭い目つきで私やカミル達を睨みつける。




「ってーなぁ…たく…まさか以前のガキどもにやられるとは思ってなかったぜ。やってくれたなぁオイ」


見ればニールが仕留めた方のチンピラは未だに伸びていたが、私がのし掛かった方はこうして気がついてしまっていたらしい。


「おっと動くなよ!…コイツの首を切り落しちまうぜ?いいのかぁ?」


私の首にぐっとナイフが押し当てられて、少し痛みが走る。喉が熱い。

私が人質となったばかりにカミル達は動けず、悔しげに顔を歪ませてチンピラの男を忌々しげに睨みつけている。


あの状況下で危機感を感じていたはずなのに、馬鹿みたいにはしゃいでいたさっきまでの自分を殴りたい。

激しく後悔しながら、私は死なないし大丈夫だと声をあげようにも動く度に喉に食い込むナイフが怖くて動けない。

自分は不老不死なんだと理解していても、痛いのも怖いのも現実で、どうしても身体が想いについていかない。



「武器以外にも持ち物は全て捨てろ!こうなったからにはお姫様も王子様も全員ついてきてもらうぜ…」


ニールがナイフを手放してカミルやベルティナ様も荷物を地面に下ろす。


「手は頭の後ろに回しな!魔法を使おうなんて思うなよ?」


「……っぃた…」


怒っているんだろうか、脅すだけが目的じゃなさそうなくらいにはナイフに力を込めてくる。

しかし殺す気は無いのか痛めつけるようなナイフの動きに3人は反抗する事なく、言われた通り手を後ろに回す。



「…これでいいだろ…だからそいつを傷つけないでくれよ…」


「……」


交渉するカミルに応えることもなければ、ナイフが離れる様子もない。

さらに最悪の事態で、さっきまで伸びていたもう一人のチンピラが起き上がってしまう始末だ。


「あー…痛かったぜ、クソガキども。不意打ちかます悪い子は俺が今寝かしつけてやるからな〜」


パキパキと指を鳴らしながら男はゆっくり、ゆっくりと皆に近づいて行く。

3人が動こうとすればナイフが私の首に食い込み、このまま待っていても纏めて捕まってしまう未来が見える。


カミルやニールは強いしとか、あまり強くなさそうなチンピラなら大丈夫だろうとか甘く見ていたのが間違いだった。

もっとちゃんとしっかり拘束するとか慎重に動くべきだったと今更ながら後悔する。

調子に乗って、半端な事をした結果が自分以外の友人をも危険に晒してしまった。


ベルティナ様から貰ったお守りを両手でぎゅっと握りしめ、誰か助けてと強く願う。

霞む視界に青白く光る一羽の鳥が翼を広げて通り抜けて行ったその時だった。


一陣の強い風が吹き抜けて行くと、鈍い打撃音と男の呻く声、遠くでバシャッと水の跳ねる音がした。






「!??なっ!何だテメェ…!!?」


私にナイフを当てていた男が狼狽えて振り返ったその瞬間にその場から消え、随分離れた反対側の通路まで吹っ飛ばされていた。

何が起こったのかわからずにいると、コツコツと落ち着いた足音が頭の後ろから響いて、黒い騎士服によく映える眩しい金髪が視界に映る。





「カミル様、大変お待たせして申し訳ありません。お怪我はありませんか?」



「マクシム!!」


そうベルティナ様や、カミルが声を上げる声が聞こえた。

剣を鞘に収めたマクシム団長の背後からバタバタと多くの足音がする。

どうも他の兵士もやってきたみたいで、助かったようだ。

そう安堵していると慌てた皆が駆け寄ってくる足音がした。

私に駆け寄るなり、直ぐにカミルが魔法を唱えて私は一瞬の眩しい光にまた目を瞑ってしまう。

温かくも感じる優しい光に包まれて、心地よく感じている間に首や打ち付けた箇所の痛みが和らいでいく。



「和!和っ!大丈夫か?!」


「…うん…大丈夫だよ、ありがと」


そう声をかけると不安げだったカミルがホッと安心したように息を吐いた。


やがて現れた数人の兵士にチンピラ2人は拘束されて連行された。

私は腰を抜かしたこともあってしばらくぐったりしていたが、助かったーと言った和やかな雰囲気は鋭い眼差しのマクシム団長によって重苦しいものに変わった。

左からカミル、ベルティナ様、ニールと私を見下ろすマクシム団長。





「…カミル様、ご報告いただけたことは大変ありがたいですが……学園にいるはずの貴方がここにいるのですか?」


「それは…その…あの…」


「マクシム!カミルお兄様を怒らないで!お兄様がここに来てなかったらベルは本当に拐われてたかもしれなかったの!」


「ベルティナ様…今、城では姫様がいないと大騒ぎになっていますよ」


「ぅ……ごめんなさい…」


特別怒りを露わにしてるわけでもないのに、その眼差しだけで咎められた兄妹はしゅんと小さくなっている。

主人の立場である王家の兄妹よりも、逆らってはいけないと思わせるこの騎士団長と目を合わせないようにしていた私とニールであったが…






「……今回は間に合ったものの、危なかったことには変わりありません。今後はもっと危機感を持って、ご自分の立場をよく自覚した上での行動を心がけてください……そこの2人も危険な事には首を突っ込まないように」


しっかりと釘を刺され、この後お城に連れて行かれた私達は日が暮れるまでマクシム団長の小言を聞かされ続けたになった。

こうして貴重な休日は本来の目的が達成されることなく…危ない目に遭って長時間にわたるお小言を聞かされて終わったのだった。





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