妄誕無稽のフェアリーテイル
前回宣戦布告して行った男、ジャレッドによってニールと私は学園合同イベントらしいシルフの樹海探索に強制的に参加する事になった。
前にテオが言っていた学年、学科関係なく参加できるイベントであるが、魔法科の生徒は強制ではなく任意参加できる行事だ。
ところがあの戦線布告を見ていた野次馬により、私が参加するのは決定事項のように周りで噂されていて何だか後に引けない状況に陥っていた。
ちなみに騎士志望の生徒は試験的な意味を持つイベントなので、強制参加らしい。
その試験では1人で参加はもちろん、4人までパーティー編成可で学園内の生徒ならどこに所属していても連れて行けるシステムになっている。
パーティーと言ったら4人だよね!という事でニールと私は決定として、後2人誘うことが出来るので数少ない友達のカミルとテオに声をかけた。
「お前ら…噂になってるぞ、大丈夫なのか?…まぁ、俺に出来ることがあるなら協力する」
カミルはバカを見る眼差しで呆れつつも、心配してそうに目を伏せては快く了承してくれた。
「ええよ。前に言ってたイベント参加するんやろー?僕も行きたい思てたから丁度ええわぁ」
一方のテオも渋るかと思いきや、実に軽く二つ返事で引き受けてくれた。
騎士科以外の生徒にメリットがあるとは思ってなかったので、彼の意外な返答に面食らいつつも無事にパーティー結成出来たので一安心だ。
ニールのせいでイベントに参加する事になったのは心底気に入らないが、正直冒険出来るのは楽しみで興味もあった。
ダンジョン探索までは時間もあるので、図書館で調べ物や皆の足を引っ張らないために魔法をまともに使えるようにしないとヤバい。
「まずは王立図書館だな…」
明日は丁度学校もお休みだし、思えば前回の街探索は中途半端になったままだったし、図書館に行くついでに街も見て回ろう……と、いつもみたく魔法を失敗してススだらけになった私を見るマリオン先生の冷たい視線から逃れるように計画を立てた。
ー巻きぞえアリスの異世界冒険記18ー
「ほら、のどか姉ちゃん着いたぜ」
「おお!王立図書館!デケースゲェー!大聖堂って感じーっ!」
「はしゃぐな。目立つな」
ニールの案内のもと、無事に町の大きな図書館に辿り着いてはしゃぐ私にコソコソと目深まで白いローブを着込んだカミルが焦ってバシバシと私の背中を叩く。
先日せっかくのお休みなので街に行くことを昼休みに2人に告げるとカミルが図書館での調べ物を手伝ってくれると申し出てくれたので、一番街に詳しいニールも巻き込んで現在に至る。
カミルは王子様という立場もあり、顔を隠すために魔法のローブを着ている。
クロード様の変装よりは劣るが、多少別人に見える魔法を施してあるんだとか…ジルベルトさんから貰った魔法道具にも似たような奴があった気がする。
まぁ、そんな事はどうでもいいと早速私はソワソワするカミルと、面倒くさそうにするニールを引っ掴んで大きな扉を潜った。
外からはとても立派な教会に見える建物だったが、中に入って私はさっき以上に驚きの声を上げてしまった。
建物内は筒状の丸い壁一面埋め尽くす書架に5階くらいあるだろう吹き抜けからどこをみても沢山の色とりどりの本が見渡せる光景は圧巻だ。
そして真上の天井は目を奪う青空を舞う美しい天使達の絵を縁取る白と金を基調にしたリーゼンフェルト王国の建物がとても丁寧に彫られている。
私の思っていた図書館のイメージを打ち壊す幻想的で壮大なこの図書館に見惚れて馬鹿みたいに興奮してしまう。
「すごい!すごーいっ!こんな図書館初めてみたよ!」
「騒ぐな…ほら行くぞ!」
興奮して飛び跳ねる私を諌めるカミルに引きずられながら、図書館での調べ物が始まった。
とは言え膨大な本を前にして何を調べるか全く考えてなかったために、本棚を前にしてもどの本を取るべきかと悩む。
暗黙の了解で手分けして探す空気になっていたので、カミルとニールとはすでに別れてしまっているから相談もできないし、どうすべきか……ま、何か気になったのでも手に取って見るか!
思考放棄した私はフラフラ書架を巡り、何冊か手に取ってはパラパラ中身に目を通す。
それを繰り返していたらだんだん飽きてきたので、これで終わりにしようと最後の1冊を手に取った。
それは赤い表紙のタイトルのない本だった。
目次にはページごとに違う話のタイトルが載っているので、短編集とかだろうか?
「……昔話…童話?」
めくってみると昔話のような物語風味でつらつらと文字が綴ってある。
『創造神リヴェロアスタ』『七つの宝具と大泥棒』『光魔の一族』などなど…他にも色々なタイトルが並ぶ最後の方にあった『奈落の魔女』とは恐らくカミルとかが言っていたジルベルトさんがモデルの魔女の話だろう。
ちょっと読んでみた内容は以下の通りだ。
昔々よく栄えた南の大国の王様と王妃の間には3人の子供がいた。
長男は何でも器用にこなす良く出来た王子様で、長女は聡明で美しく優しいお姫様だった。
しかし最後の次男は何をやっても失敗する出来損ないの王子様だった。
そんな出来損ないの息子の存在を恥じた王様は次男の存在が他国に知られることを恐れて、彼を城の離れにある孤塔に幽閉しました。
何日か時が経過し、閉じ込められた次男の王子様がいつものように塔の窓からつまらなそうに窓から夜空を眺めていると流れ星を見つけた彼は少しの間でもいい、この孤塔から出たいと願った。
「それがお前の願いか?ならば私が叶えてあげよう」
自分以外は誰もいないはずの部屋にそんな声がして王子様は目を開けると、なんと窓の外に箒に跨った黒づくめの怪しい奈落の魔女が王子様に手を差し出していた。
「望み通りここから出してあげよう、さぁ」
奈落の魔女は嘘つきでとても危険な存在であると知っていたので、魔女の手を取るかどうかは悩んだ王子様でしたが彼は孤塔から出たいと思うあまり、その魔女の手はを取ってしまいました。
こうして塔を抜け出した王子様と魔女は王国を去り、2人で新たな大地を踏み歩いた。
焼け付く太陽が身を焦がす砂漠の大地、身が凍るような吹雪が吹き荒れる真っ白な雪の大地、麗らかな陽気に美しく草花が咲き乱れる緑の大地など、王子様の知らない世界を魔女は見せて回った。
また王子様が
「美味しいものが食べたい」
と言えば美食で有名な国に連れて行った。
「色んな人に会いたい」
と言えば人間以外の種族、エルフや獣人や魚人などに会わせた。
「色んな国が見たい」
と言えば大陸を巡り、全ての国を渡り歩いた。
王子様は何でも願いを叶えてくれる奈落の魔女をすっかり信用していたが、どうしてそんなに願いを聞いてくれるのかと魔女に聞いたことがあったのです。
「君はいずれ世界一の王様になる人だからね…王様になった後でとびきりのご褒美を貰うためさ」
魔女の言葉に王子様は立ち去った自分の国へ戻り、王になる事を決意する。
それから王子様は立派な王になるために困っている者がいれば手を差し伸べ、様々な村や国の悩みを解決していきました。
水がないと嘆く村に川を通したり、魔物の被害に遭っている国があれば魔物を退治し、いがみ合う国の仲を取り持って和解させたりと様々な功績を挙げたのです。
そうして王子様が15歳になる頃に噂を聞いて迎えに来た自国の使者と共に国へ帰った王子様は出来損ないとなじられていた時とは打って変わり、素晴らしい!なんと勇敢で聡い息子だと褒め称え、王になるのは第ニ王子様であるべきだ!とともてはやされたのでした。
民も国も全てが彼を認め、そして王となることが決まった王子様は奈落の魔女を城へと招き、彼女が望む褒美は何かと訊ねた。
「今の自分が与えられるものならば何でもいい、宝物庫にある金銀財宝か、この国で得られる最高の地位か、王家に代々伝わる宝具か、何でも望みを叶えよう」
と王子様は言った。
その言葉を聞いた奈落の魔女はニヤリと笑い伏せていた顔を上げて答えたのです。
「それでは貴方の全てを貰いましょうか」
その言葉通り魔女は王子様が手に入れた栄光も地位も国も何もかもを一瞬で自身の住処である奈落の底に落とし、未来永劫王子様の全てを頂きましたとさ……。
「oh…バッドエンド…まぁ…昔話ってこんな感じか」
つまり最後のオチで魔女が国ごと全てを持って行ったから、あの大陸は紫のモヤモヤに覆われているってこと?
まぁモデルがジルベルトさんだし、おとぎ話は所詮おとぎ話だよね。
仮に真実が紛れていたとして、のんびり屋のジルベルトさんがわざわざ国を滅ぼすとは思えない。
いつか彼の過去の話も聞きたいなぁと思いながら先頭からまたページをめくっていく。
『創造神リヴェロアスタ』は聖書の神様のように世界を創る内容のお話だった。
創造神リヴェロアスタは初めに地盤となる岩肌の大地を作り、そこに青く澄んだ水を流し込んだ。
すると茶色い大地と青く美しい海が出来上がった。
次に茶色い大地に緑、黄色、白などと色んな色を添え、海には赤やピンク、緑と同じく色を添え、遊び心で大地には亀裂を走らせ、適当に水を流し込んだり、海には指で渦を数ヶ所作った。
そして最後にこの世界の生命を司る神樹を作り上げて、その神樹に生命を巡らせた。
神樹によって様々な生命が誕生し、フォルテシアの大地に植物・動物・人間達が生まれたのだ。
これだけではつまらないと創造神はさらに魔物やエルフ、獣人、魚人など様々な生命を作り上げた。
また空の上に天界を創造し、そこに世界を見守る管理者として天使を設けた。
そうして時には試練を設けながら、自身が創った世界の行く末を眺めながら私達を見守っている……と。
「………うーむ…悪魔はどっから来たんだ」
一番身近にいる悪魔の存在の謎はこの話では解けないようだ。
とりあえずこの世界には創造神がいて魔物の他に色んな種族がいると……しかし今の所魔物はそんなに頻繁に出会うほど溢れていないし、人間と悪魔以外の種族は知らん。
まぁ次行こ次…『七つの宝具と大泥棒』これも昔話か。
もうじっくり読む態勢に入った私は近くにあったソファーに座りながらページをめくった。
フォルテシアには神樹を囲むように七つの国がありました。
豊かな緑に囲まれ常に過ごしやすい気候に恵まれたリーゼンフェルト。
ドレリス火山によって形成された赤い高原と渓谷の上にそびえるグランフォレアス。
無限に続くような砂砂漠と岩石砂漠を取り囲む陽の沈まない国マイロ。
季節のある地域で沢山の木々が四季によって姿を変える美しい森の楽園ラビニア。
断崖絶壁の大きくヒビ割れた大地の崖下にある陽の当たらない国ヨルガン。
水と草花に覆われた湿地帯で独特な文化を持つ花の都、美那国。
真っ白い景色がどこまでも続く常に雪で覆われた極寒の白き大地メレディス。
この七つの国にある日、創造神の使いである天使は願いの宝珠を与えた。
天使は願い石であるその宝珠を使い、宝具を作り国を治めるように言ったのです。
「その宝珠はそなたの願いを力として宝具に宿し、そなたの願いを叶えるだろう」
そうして宝具を作り上げた各国はその力によりさらに繁栄し、国々の脅威であった強大な魔物を退けました。
また天使は宝具を私利私欲ために使わず、いずれ訪れる災厄に備えて大切に保管する事、国の繁栄を願って祀ること伝えた。
宝具を管理する七つの国の王家は天使の言いつけ通りに大切に宝具を保管したのです。
とある国では王国の地下迷宮を築きその際奥に隠し、とある国は深い深い水中神殿に、とある国では財宝と共に管理の厳重な王家の墓に、またとある国では大量の罠を仕掛けた空を穿つ高い大きな塔の最上階に、様々な方法でそれぞれの宝具を守り祀った。
そうして悠久の豊かさと平和を約束された七つの大国が誕生したのでした。
「本当にこんなにいっぱい国あったのかな…?」
今現在、ここリーゼンフェルトしか確認出来ないので真偽のほどは確かめようがないが、話に登場するラビニアはあったらしいから他の国もあったのかもしれない。個人的にはこの美那国とか日本味あって非常に興味がある。
ラビニアがあったとされる場所は色合いから何かも滅ぼされた感が満載だが、他はもう滅びたにしては最初から何もなかったかのように跡形もなさすぎる…白い霧に覆われているせいでそこに大地が存在するかも怪しいのだ。
さらに読み進めると唐突に登場した謎の盗賊の青年が自身の夢を叶えるために、国々の宝具を盗み出す内容だった。
ここまでは何となく予想は出来ていたけど、思ったよりもこの大泥棒君がエゲツない行いをする。
手に入れた宝具を使って王族を惨殺したり、街に放火したり、滅ぼすまでは行かないが国を壊滅状態に追い込んだり、罪のない村人を脅したりと…全ての悪を凝縮したような主人公だ。
おとぎ話の泥棒とかって大体義賊なイメージがあったために、こんなに振り切った普通に悪い泥棒の話も珍しく思う。
結局彼は4つの宝具を手中に収めたのだが、残りの国が宝具の力を合わせて撃退。
最後には無惨に処刑されるというオチだった。
…どっかで聞いた事のある終わり方だ。
「……あれだ!石川五右衛門!」
まぁ、この主人公の場合は自業自得感あるから仕方ないけど、後味の悪い話だと思いながらも宝具って本当に存在するんだろうかと考える。
この主人公は願いを叶えるために集めているのだし、そんな物が存在すれば私の願いも叶うかもしれない。
しかし大泥棒君は七つ集めようとしているのは何でだ?一つじゃ願いは叶わないのか?
七つ集める所はどっかで見たような設定だなぁと思いながら、今はリーゼンフェルトしか国ないし、あったとしても集まらんなぁとかグダグダと思考がフワフワと散漫になってく。
最早考えたり、探す事に疲れてぼんやりしていたら、しばらくして何冊か本を持って来たカミルと手ぶらのニールと合流した。
カミルが持って来たのは主に魔導書で『猿でもわかる魔力操作』『素人のための魔法講座』『カンタン!魔法入門書』とか明らかに魔法を上手く使えない私に向けたものばかりで、ここから別世界に行く方法などは見つからなかったようだ。
一方のニールは字を読むのに速攻飽きたらしく、その辺で図書館のお姉さんや他の利用者と会話して油を売っていたらしい、この野郎。
「のどか姉ちゃんは収穫あったのかよー?」
「……この本に出て来る宝具あればなぁ…何つって」
ニヤニヤするニールに宝具が出て来る話のページを見せながら言ってみる。
それに目を通したニールはプッと明らかに馬鹿にしたように吹き出して笑い出した。
「宝具って!あはははっ!そんなんあるわけねーじゃん!!」
「う、うるさいよ!魔法とかあるし!ファンタジー世界ならあるかもじゃん!?」
「こんな架空のおとぎ話信じちゃうとか!姉ちゃん夢見すぎだぜ!なぁ、カミル?」
笑いながらバシバシとカミルの肩を叩くニールだったが、叩かれているカミルと言えば笑うでも怒るでも呆れるでもなく、いやに神妙な顔で黙っていた。
明らかに真面目な様子のカミルに私とニールは顔を見合わせて、黙ってまじまじとカミルを見つめる。
張り詰めた静かな空気を破るように、ゆっくりとカミルは固く閉ざしていた口を開いた。
「その……宝具は存在する」
至極真面目にハッキリと言い切ったカミルに私もニールも息を飲む。
おとぎ話の夢のようなアイテムが存在することを示された今、帰る手段が明確に示されたように感じた。
「……多分」
茶化す雰囲気がなくなった真面目な空気に自信をなくしたのか、間を置いてからカミルが弱々しく呟く。
その一言で宝具実在説の現実味は一気に薄れ、希望はまた遠のいていった。