意識の高い婚約者とぼっち王子様
「メイナードさん… あなた魔法を使った経験は?」
「今日が初めてです」
「そう…わかったわ。ちょっとテストをさせてもらいます。ついてらっしゃい」
そう言ってマリオン先生と向かった先はグラウンドのような広場だった。
他に人影はなく、先生は先ほどと同じように魔法陣の描かれた紙を私の前に置いた。
さっき見た魔法陣とはちょっと形が違う。
「これは水魔法の陣です。これから出す魔法陣に順番に魔力を込めてちょうだい」
先生が持っている紙束を見るに他にも魔法陣の描かれた紙は沢山ありそうで、私は正直に魔力の込め方がわからないとは言い出せずに大人しく魔法陣に手をかざしてノリと雰囲気で誤魔化すことにした。
「ふんっ!!!」
思いっきり手からなんかパワーを出すようなイメージで力むと、魔法陣から太い水柱が空高くまで上がり、快晴だと言うのに辺り一面に豪雨を降らせた。
大粒の雨が降り止む頃には全身ずぶ濡れの私といつのまにか傘をさしていたマリオン先生が無表情を崩さずにすっと新たな魔法陣を差し出してきた。
「……次は風魔法」
「…そぉおいっっ!!!」
と力めば魔法陣から台風の日のように暴風が吹き荒れー
「土魔法」
「せやぁあっっ!!」
また力を込めると魔法陣から大量の土がわきあがり、5階くらいの高さのある小山ができー
「氷魔法」
「やぁああっ!!」
魔法陣から飛び出した無数の氷の塊が一度高く上がったかと思えば、雹の様に降り注ぎ、先ほどできた小山が冷気で氷漬けになって気温がガクッと下がりー
「雷魔法」
「えいやぁあっ!!」
魔法陣から空へと一線の光が登ったと思えば、どこからともなく落ちた雷が氷漬けの小山を割ったその衝撃と共に近くにいた私も小山から転がり落ちた。
「どの魔法でも馬鹿みたいな威力…自身をも巻き込む危険さ…魔力の注ぎ方も無茶苦茶…しかし尽きない魔力…」
凄まじい疲労感にぜぃぜぃ息を切らす私を見下ろしながら、ぶつぶつと何かを呟いていた様子の先生は深いため息をついた。
「…あなたの魔力量が無尽蔵でそして操作能力が壊滅的である事はわかったわ。メイナードさん、今のあなたを他の生徒と同じ授業は受けさせられません」
きっぱりとそう言い切られて私の楽しい学園ライフは早速暗雲が立ち込めていた。
ー巻きぞえアリスの異世界冒険記15ー
マリオン先生のテストを終えた後に疲労感で倒れた私は医務室で目を覚ました。
保険医の先生によれば膨大な魔力を使ったことによる疲労だそうだ。
魔力は体力と同じようなもので、一度に多量に使用すれば身体に負担がかかるとのことだ。
私は魔力操作もできず、とにかく力んでばかりだったから結構な魔力を消費したようだ。
私の魔力はおおよそジルベルトさんの恩恵によるもので、貸してもらっているようなものだからもしかしたらジルベルトさんにも何か影響を及ぼしているのではないかとちょっと心配になる。
だがしかし危険極まりない使い方をしているとはいえ、魔法を使えてること自体には大きな感動があり、誰かにすごく自慢したい気持ちにかられるが、倒れる前にマリオン先生には私が一般生徒と授業を受けると死人が出る恐れもあるので、座学以外は先生の特別講座を受けることになったので自慢は出来そうにないし、選択制の学校で選択肢がなくなるほどに自分が問題児なのかと悲しくなるが、まぁあのテスト結果では反論できない。
何はともあれ、体調もよくなり医務室を出た私の耳に昼休みを告げるチャイムが鳴った。
「昼休み…そういえばカミルと約束してたな」
最初に入った準備室のような部屋に来るように言われたっけ。
ところがその部屋の場所どころか現在地すらわからないと言う事態に陥っていることに気がつく。
初日なのだからわからなくて当たり前だと思いながらも律儀に待っているだろうカミルを捜すことにした。
階段の上り下りは行なっていないから1階なのは間違いないが、それでも部屋数が多い。
それっぽい部屋の扉を全て開くのも、お取り込み中だったり、知らない人に会ったら気まずいし、人に訪ねて聞いた方が確実だろうか?
幸い王子という身分もあってカミルは目立つから何かしらの情報は得られるだろう。
そう思い立ち私は早速廊下を歩く3人組の上品そうな女子生徒に声をかけた。
「すいませ〜ん…あの、カミル王子を捜してるんですけど、見かけませんでした?」
出来るだけ愛想よく道を聞くような軽さで声をかけたつもりだったが、振り返る彼女達の怪訝そうな顔に聞き方を失敗したことを悟る。
「カミル様を捜してるですって…!?」
「!あなたは今朝騒ぎになっていた転校生!…どういうこと!?」
「……あなた、あのお方とどういうご関係なのかしら?」
取り巻きらしいちょっとケバくも可愛らしい容姿の2人とグループのリーダーであろう少し目つきのキツイ美しい金の長い髪を優雅に揺らす美少女が腕を組みながら、高圧的な態度で問いかける。
圧倒的貴族のお嬢様オーラに圧されて圧迫面接を受けているような緊張感に反射的に背筋が伸びる。
「あ、はい!友達です」
「友達!?あなたとカミル様がっ!???」
「あのカミル様と不審者の転校生が友達っっ!!?」
嘘偽りは全くないんだけど、こんなに失礼で大袈裟な反応をされるとまずい事をしてしまったのではとビビる。
頭を抱える取り巻き2人と私の発言にショックを受けた金髪美少女がふらりと倒れかけるのを取り巻きが必死に支えている。
「か…カミル様の友達…うっ…!!」
「あ、アイラ様ー!お気をたしかに!」
「あなた!冗談でもタチが悪いですわよ!あなたの様な平民がカミル様と友達だなんて、恥を知りなさい!!」
「えぇ…」
突然の罵倒に戸惑うが、よくよく考えればカミルは王子だし、学園での立場がよくわからないが、天皇陛下のように気軽に近づける立場の人ではないと考えればこういう反応をされるのも納得できる気がする。
「婚約者であるアイラ様の前でよくそんな嘘をつけましたわね!どうかしているわ!」
しかも倒れてしまった金髪美少女は婚約者と来た。完全に声をかける相手を間違えたな!
興奮状態の取り巻きの2人は敵意剥き出しの目で私を睨みつけるが、肝心のアイラ様は真っ青な顔をしていて本当に具合が悪そうだ。
こう言った修羅場に巻き込まれるのは初めてでどう対応すればいいかさっぱりなのだが、とにかく今はアイラ様が心配だ。
「あのー…とりあえずアイラ、様を医務室に連れて行きません?」
私がそう提案すると、ようやくアイラ様の容態が悪化していってることに気づいた2人は慌てて彼女を抱えて走り去ってしまった。
その様は悪役が毎度番組終わりに悪態をついて退散する姿によく似ていた。
「アイラ様ー!しっかりー!!」
「な、何だったの…」
嵐のように過ぎ去った彼女達を見てカミルには婚約者が存在したのだと新たな事実が発覚した直後に私はカミルの執事のお爺さんことエドワードさんに見つけられて、無事に集合場所に向かった。
「やっぱり道に迷ってたか…お前が一発で場所を覚えるはずないよな…悪かった」
「謝ってるくせに貶してくるよね〜まぁいいや。ご飯食べよ」
お腹もぺこぺこで怒る気力もなかった私はリシェットさんが作ってくれたお弁当をテーブルに広げる。
サンドイッチや色とりどりのサラダ、唐揚げやトンカツに似た揚げ物、焼き菓子のデザートがテーブルいっぱいに広がりとても1人で食べきれる量じゃない。
「リシェットさんがお友達も一緒にって、作ってくれたんだ!カミルも一緒に食べようよ」
「俺も…食べていいのか?」
「あ、でも用意されてるんだったら無理か、ごめん」
後ろに控えるエドワードさんを見て、王族ならシェフの作り立ての昼食とか食べるのかもと差し出したお弁当箱を慌てて引っ込めるが、カミルはフッと鼻で笑うと揚げ物をヒョイと口に放り込んだ。
「おっ…美味いな」
「…うん!リシェットさんが作った料理は最高だからね!こっちのサンドイッチも美味しいよ!」
「ん…そっちも貰う」
「エドワードさんもどうぞ!」
「む…ご好意は大変嬉しいのですが、私のことはお気になさらず」
「そんなこと言わないでいっぱいありますからどうぞ!リシェットさんが沢山作ってくれたんですよ!」
「むむ…しかし私は坊っちゃまの召使いであってそんな気軽には…」
「エド、別に気にしなくていい。さっさと座れよ」
「ほらほらこっちの椅子にどうぞ!」
「むむむっ…」
立場を気にしてしばらくはゴネていたエドワードさんだったが、カミルの許しも得た以上は諦めて私が用意した椅子に座り、ともにリシェットさんのお弁当を食べた。
リシェットさんの料理に舌鼓を打っていて忘れていたが、そういえば何かあったら報告しろって言いつけられていたんだった。
「あのねー、私魔法使えたけど魔力制御?出来なくてめっちゃ大変だった」
「何を伝えたいのかまるでわからない」
今のでは全く伝わらなかったので改めて爆発させてしまったり、大雨や雹を降らせたりしたことを話してみる。
「あの雨や雹はお前の仕業だったのか…皆騒いでたぞ」
「いや〜実はあんな風に魔法使えるとは思ってなかったからさ、気合い入っちゃった」
フォルカさんとかにボロクソに言われたりしていたから、実際に魔法を使ってみてもマッチ並みの炎が出たりするくらいかと思っていたら、あれだけ壮大なのが出てきてつい調子に乗ってしまった。
しかし周りにも被害が出ていることだし、仮に敵がいたとして威力は凄まじいものを出せたとしても、私の身体がついていかないので明らかに改善が必要だ。
「そういうわけだからマリオン先生の特別授業受けることになってさー…他にも色々やってみたかったなぁ」
「魔力操作できるようになってからやればいいだろ」
「そうなんだけど…いつになったら出来るかなぁって」
ぶっちゃけると魔力操作などとても出来る気がしない。
遠い目で窓の外を眺めている私にカミルが何を思ってかおもむろに手を取る。
不思議そうにする私を気にすることなく、手首をひっくり返したりさすったりして何かを考えている。
今までよく手を掴まれたり、手を繋いだりしていたから気にしてなかったけどもついさっき婚約者のアイラ様に会った今ではこれはダメなのでは?と思う。
よくよく考えればこれは結構恥ずかしい行為なのではと急に恥ずかしくなり、顔に熱が集まってくる。
「…あと、さっきカミルの婚約者に会いました」
「………はぁっ!!?」
現状の謎の罪悪感に隠してるのもなんだかなぁ…と思わずぶっちゃけるとカミルが驚いた拍子に掴んでいた手首を思いっきり捻り上げられて、唐突な痛みに悲鳴が上がった。
「いたたたたたたぁーっっっ!!!」
「何で!?アイラと何かあったのか!?」
「痛い痛い痛い痛いとりあえず手放してくれる!?」
混乱したカミルによって赤くなってヒリヒリする手首をさすりながらじっとり彼を睨む。
バツの悪そうに謝ってしゅんとしてしまうカミルに私は医務室を出てからの経緯を説明した。
「まぁカミルの言う通りこの部屋の場所が覚えられなかったから、通りかかった女生徒にカミルがどこにいるか聞いたんだけどね。その相手がアイラ様でした」
「マジか…」
「成り行きで私がカミルの友達だよって言ったら倒れちゃってさ、医務室に運ばれてたんだけど…もしかして何かやばい?」
「ヤバい」
「マジか…」
嵐のような出来事で一体どうしたら良かったのか、今でもわからないがカミルの反応からどうも禍根を残してしまったようだ。
「アイラは完璧主義でな…普段は公爵令嬢として申し分ない振る舞いをするが、家柄・能力・見た目なんかで彼女の基準を満たせない奴には冷たいんだ」
「私なんて完全にアウトじゃん…どうなるの?」
「和が俺の友達だと名乗った以上確実に絡まれるだろうな…おかげで俺は学園に友達と呼べるような相手がいないんだ…」
「ヤンデレ彼女みたいだぁ」
完璧主義を拗らせすぎたアイラ様はきっとカミルやカミルの友人にもそれを求めているんだろう。
しかし婚約者のカミルはそれにうんざりしてるみたいに疲れたようにため息をついてる。
「アイラ自身努力家だし嫌いではないが…相手にも自分と同じ完璧さを求める面倒な女なんだ」
「意識高い系かぁ…」
カミルの様子から関わると面倒ごとからは逃れられない気がする。
アイラ様の基準を恐らく1つも満たせていない私は今後目をつけられそうだが、婚約者が完璧主義でも頑張っているカミルを見習って魔法を上手く使えるように頑張ろうと緩く決心した。
昼休みが終わりに差し掛かり、そろそろマリオン先生に会いに行かないといけないと空箱をバスケットに詰め入れる。
向かい側では婚約者のことで朝よりも悩ましげに眉間にしわを寄せるカミルが優雅に紅茶を飲みながら、しきりに額を手で押さえていた。
悩ませてしまって申し訳ないと思いつつ、悩みすぎても禿げるだけだぞと彼の気を紛らわせてあげようとバスケットボールを扱うようにパシパシと無言で頭を叩く。
「……」
まさかの無反応!!
キレないあたり結構きてるかもしれないとおもむろに叩くのやめて雑に頭を撫でた。
「…何とかなるさ!私も頑張るし!せっかく一緒の学校にいるんだし楽しもうよ!!」
テンションの低いカミルを元気付けようと何とか明るく励ましてみるが、あからさまにため息をつかれたり、背を向けられたりでネガティブ王子のご機嫌を取るのはとても骨の折れる作業でカミルを午後の授業に送り出す頃には私が疲れ切っていた。
「…もう帰りたくなってきたなぁ」
イリアンと戯れたり、神樹の上で昼寝したりしていた気ままな生活がすでに恋しくなった昼下がりだった。