王様と魔法使い
翌日の昼を回った頃にようやく布団から抜け出せた私はのっそりのっそりと顔を洗うために洗面所に向かっていた。
その途中で賑わっているリビングを通りかかり、寝起きのまま顔を覗かせる。
「ふぁあ〜…おはようございまぁーす」
いつも通りジルベルトさんやお客のワルツさんがいるのだと思ってまだ眠気まなこのまま挨拶をした私だったが、帰ってきた返事に眠気が一気に吹き飛ぶことになった。
「おはよう、和お嬢さん。寝起きも可愛らしいね」
「……………!???クロード様っ!?」
まさか我が家に王子様がいらっしゃるとは思わず、だらしなく頭や腰をかきながらリビングに入ったことを後悔する。
「王子を前にして何と無礼な…」
呆れたように私を見るもう1人の来客者は昨日私に軽くトラウマを植え付けたマクシム団長だった。相変わらず黒いよ…。
昨日ワルツさんがよだれを垂らしながら寝こけていたソファーに優雅に座るクロード様、その隣に姿勢良く立っているマクシム団長のお向かいにはジルベルトさんがいつもの笑みで私を迎える。
「まぁちょうどいいタイミングだね。和君、すぐ出掛けるから着替えておいで」
いまいち混乱したままではあったが、王子様を待たすわけにはいかないと大急ぎで着替えた。
着慣れたワイシャツにスカートとカーディガンにリボンを結び、いつも通り髪をセットして魔法の鞄を背負った私は部屋を飛び出した。
ー巻きぞえアリスの異世界冒険記13ー
どうも本日は昨日の件で王様にお呼ばれしているらしく、何とクロード様自らお迎えに来てくれたようだ。
恐れ多くて恐縮する私であったが、クロード様はただ噂の魔女が住むと言われているギルダの森に入ってみたかった好奇心の赴くままに来たようだ。
本来はマクシム団長1人で来る予定だったが、王子が駄々をこねたためにこうしてやむなく連れて来たと言うことらしい。
「てか、もっと護衛つけないと危ないんじゃないんですか?」
いくらマクシム団長が鬼のような強さを誇ると言えど、カミルのこともあるし、王子様が易々と迷いの森に繰り出せるとは思えない。
そんな私の疑問を解くようにクロード様は立ち上がってばさりと着ていたコートを翻す。一瞬姿が見えなくなったと思えば、いつの間にか青髪の見知らぬ青年がそこにいた。
「こうして魔法で変装してるからね。王子でなければ護衛はいない方が自然だろう?」
「そっすね…」
「コンセプトはマクシムとは逆の白の騎士ってとこだね」
ドヤ顔で黒の騎士服姿のマクシム団長とは対になるような白い騎士服を見せつけるクロード様。
何かよくわからないけど、ご機嫌な様子だ。
「どうでもいい話しは済んだか?さっさと輪に入れよ」
王子様であろうが、尊大な態度を崩さないワルツさんが面倒くさそうに家の前に描いた青白く光る魔法陣の中で急かす。
王様に呼ばれた私とは関係ないが、ジルベルトさんが今後のためにもついでにワルツさんも行こうと言い出した結果だ。
まぁ、今まで全く認知されてなかったから変な噂もあるし、トップの人の誤解くらいは解いておいたほうがいいよね。
挨拶との事で使い魔のフォルカさんとノワール君にヤス先輩も行くことになり、結構大所帯に感じる。
ワルツさんの発言でマクシム団長の目つきが鋭くなるのに気づいてハラハラするものの、当の王子様は日光浴を楽しむイリアンに夢中だった。何とマイペース。
クロード様はずっとイリアンや神樹、また悪魔のフォルカさんやノワール君を見ては興奮して感動していた。
「おぉおぉ…花の魔獣だ…美しい」
クロード様がそうやって子供のようにはしゃいでもたもたしていたために、ワルツさんのイライラが隣にいてよく伝わって来る。
思わず後ずさるが、背後には不機嫌そうなマクシム団長が立っていてもっと立ち位置を気にするべきだったと後悔した。
そんなギスギス感があったものの、何はともあれワルツさんの転移魔法で全員が光の陣に包まれ、一瞬の内に城内のやたら豪華な庭園に移動した。
淡く光っていた魔法陣が散開するように消えていく。何だが美しいワルツさんの魔法には素直に感心する。
「ワルツさんの魔法はジルベルトさんのとは違って何か華がある感じですね。綺麗だな〜」
「そうだろうそうだろう!何だお前、わかる奴じゃないか!契約するか!」
「それは結構です」
「ん?…俺今貶された??」
ジルベルトさんの魔法はシンプルに便利だし、けしてジルベルトさんが劣っているわけではないが、タイプの違いが見ていて面白い。
何か急に機嫌が良くなったワルツさんが自身の魔法についてめちゃくちゃ自慢話をし始める。
「俺様の魔法はな、何でも魔法陣を用いる必要があるが陣が大きければ干渉する範囲も広げることが可能だ!逆も然りっ!」
「へぇ〜」
暑く語り始めたワルツさんにがっしり肩を抱かれるために逃げられず、王様に会うまで延々と自慢話を聞かされた。
いちいち魔法陣を描いていたら時間がかかるという疑問も、既存の魔法陣をいつも持ち歩いている魔導書に記録してあって、コピー&ペーストするようにすぐに使えるんだとか。
また水魔法や炎魔法など、属性のあるものはもちろんだが、ワルツさんが一番得意とするのは魔法陣による転移魔法で、人や物以外にも街など、魔法陣の上にあるものは何でも一瞬で移動が可能らしい。
例えば広大な湖の水を一瞬で敵の頭上に降らせたり、その辺にある岩山を降らせたり、存在するものであれば大体何でも持って来れるとの事。
「範囲無限大はすげー」
「ふっふっふっ!何ならこの王国を丸ごと別の場所に移すことも出来るぞ!やるか!?」
「マジか…あっじゃぁもうちょいうちの近くに移動させたり…」
「王子の前でなんて話してるの」
呆れて苦笑するジルベルトさんの後ろでマクシム団長が鬼の形相でこちらを見ているので、私は直ぐに口を噤んだ。
ワルツさんは面白くなさそうに口を尖らせていたが、自慢の一環なのか彼の作った数々の魔法陣の載ったやたら分厚い本を押し付けられる。
見れば複雑な魔法陣が沢山載っててとても描ける気がしない上に、どれも結構な魔力を要するんだとかで使い勝手は良くないとジルベルトさんは酷評していた。
そうこうしてる間に先日とは別の会議室のような沢山の椅子に囲われた大きなテーブルのある部屋に通された。
すでに王様が待っていたのだが、前回もいたマクシム団長に似た渋い強そうなおじさんが1人側にいるだけで他のお偉方はいないようだった。
「父上、和お嬢さんとその保護者のジルベルト殿をお連れしましたよ」
「おお!ジルベルト殿!来てくださったか!どうぞ、こちらへ!」
クロード様が声を掛けると食い気味に身を乗り出した王様はやたら楽しげな笑顔で座るように促してくる。
昨日の落ち着いた王様とは思えないくらいフレンドリーだ。
「ジルベルトさんと王様って知り合いなの?」
「まぁね…彼らが10代くらいの時かなー、ちょっと森で色々あってさ。知り合いなの」
軽く言ったジルベルトさんだったが、王様は軽い知り合いという反応ではない。
そんな私の疑問に答えるようにクロード様がコソッと話してくれた。
「父はああ見えて昔は結構な問題児だったんだ。よく城を抜け出しては冒険者を気取って色んな所に行っていたんだ」
「へぇ〜…やっぱ親子ですね」
「外の世界に対する好奇心はきっと父譲りだろうね。昔はこの辺りの治安も悪くてカミル同様に父を狙う悪い輩もいてね、危うい所をジルベルト殿に救われたそうだ」
物騒な中よく外に飛び出していったものだと呆れながらも、カミルやベルティナ様との血の繋がりをすごく感じる。
30年ぶりくらいの再会に感激する王様はしばらくジルベルトさんと昔の思い出話に浸ったり、彼の他にも魔法使いがいたことに驚きながらもワルツさんにもガンガン絡んで行っていた。
ちなみにワルツさんの魔王疑惑もすぐ解けたが、ひょうきんな魔法使いが住んでいるだけって事実には王様の側近とマクシム団長が困った顔をしていた。
まるで親とお隣さんの他愛ない話を隣で聞いていた気分でしばらくぼんやりしていたが、ふと思い出したように昨日の話が飛び出してきた。
「和よ、先日の件でのそなたへの処置内容であるが…ここリーゼンフェルトにアカデミアがあるのは知っているかな?」
「あ、カミルが通ってるとこですよね?」
そして私が逮捕された場所だった。
学園前で知り得た情報でしかないが、身分の高そうな学生が多いイメージ。
「そこでは魔法に関わらず、他分野に置いても色々と学べる施設なのだ。今はカミルが通っているが、君も行ってみないかね?」
「……えっどゆこと!!?」
「君はカミルの友達だろう?アイツはあまり学園に馴染めていないようであるから、君が一緒にいてくれるとありがたい」
唐突なお誘いに戸惑いを隠せない私だったが、王様はどうやら相当にカミルのことが心配らしい。
カミルは学園でも城でも上手く立ち回っているつもりだったみたいだが、お父さんには見抜かれていたみたいで王様の優しい眼差しに断る理由はなかった。
というか、むしろ興味があったくらいで願っても無い話である。
しかし私個人で決めていいことでもないだろうとチラリと保護者のジルベルトさんを見てみる。
「….うん、まぁ俺は君が行きたいなら行ってもいいと思うよ」
ヘラっと気の抜けるように笑うジルベルトさんに釣られてヘラヘラ笑いながら私は何度も頷いた。
こうしてアッサリと私のアカデミア編入が決まった。
初めはどんな処罰を下されるのかと思っていたけど思いの外平和的だったな。
アカデミアには魔法はもちろん騎士や冒険者育成プログラムもあるようで、総合高校みたいに色々選択できるようだ。
そして色々やってるだけあって学園の規模もでかく、様々な施設も充実している。
町の大図書館にもない本が置いてあるともいうし、元の世界へ帰る方法も見つけられるかもしれない。
今更ながら自分の目的を思い出し、学園に入ったら存分に図書館に通って情報を仕入れる事を心に決めた。
その後は手厚くもてなされながら学園の編入手続きも行い、1日は穏やかに過ぎていった。
フォルカさんやノワール君についても珍しがられるだけでこれと言って目立った反応もなく、本当に顔を見るだけに呼んだようで平和だった。
ヤス先輩にもアカデミアへの話があったが『ヤスは主夫業で忙しいからダメだ』とワルツさんがきっぱり断っていた。
終始ツンケンした態度のワルツさんと彼をよく思わないマクシム団長らの視線に多少ヒヤヒヤしたものの、久々に事件のない1日となった。