無名の大魔法使いと有名な架空魔王様
「クロード様…ふざけるのも大概にしてください。扉に魔法をかけて閉じこもるとは何を考えておられるのですか」
どうして兵士が部屋に入らずに喚いていたんだと思えばそんな事をしていたのか。
しかし剣幕なマクシム団長に怖気付くどころか、クロード様は益々にこやかな笑みを浮かべる。
「カミルの友人とちょっと話をしていただけじゃないか。そんなに怒らなくても良いだろう?」
「…カミル王子の誘拐、さらにはベルティナ様を拐った凶悪犯です。話す必要などないでしょう」
「それは誤解だよ。カミルがそう言ってたじゃないか。そもそもこのか弱いお嬢さんがそんな大それた事を出来ないのはマクシムが一番わかっているのだろう?」
「………」
剣まで抜いて威圧感丸出しのマクシム団長に気圧される様子もないクロード様を見て、団長が少し考えるように黙り込む。
彼にも思うところはあるのか、部屋を囲む兵士や私達が見守る中チラリと私を見てまたクロード様に視線を戻した。
「だがベルティナ様を拐ったのは事実…またこれだけの騒ぎを起こしたのだから捨て置く事はできません。直ちに身柄を拘束する」
それは言い逃れできないので私は何も言い返せない。実際彼女を連れて逃げたし、途中かなり危ない目にあったしな…。
本格的に剣を構えて向かってくるマクシム団長に緊張が走り、思わずカミルの背に隠れてしまう自分が情けない。でもあの人怖いのよ…。
「その必要はない。これから直接父上に会いに行く」
団長の前に立ちはだかるクロード様に止められたマクシム団長はしばらくクロード様と睨み合っていたが、部屋に走りこんで彼の腕に掴みかかったベルティナ姫様の登場で場の空気が一転した。
「マクシムお願い!話を聞いて!ベル、お父様にも言ってきたから!お願いよ!!」
別れ際は超幸せそうだった姫様が今は驚くほど泣きながら彼の腕にすがる。
その様子に殺気立っていたマクシム団長も剣を収めて泣いている姫様の頭を撫でて、ため息をついた。
「…わかりました。オズワルド様の命とあらばもう私から言う事はありません。だから姫様、泣き止んでください」
「うぅっ…ごめんなさい…マクシム…」
困った様に姫様に構い出すマクシム団長だったが姫様は依然泣いたままで無事に王様の元へ向かう際も私やカミル、クロード様や兵士にまでずっと泣きながら謝っていた。
途中で聞いたのだが、姫様が私とニールが翼をもがれた後に父である国王様にネタばらしをしたら大層お叱りを受け、事の重大さに気づいての涙だったようだ。
一国のお姫様のわがままだし、子供だししゃーないと私は思っていたけれどまぁ、パパからしたらヒヤヒヤする事態よね…。
とにかくこの姫様の件もあり、話を聞いてもらえるそうで、沢山の兵士に囲まれながらカミル達のお父さん、オズワルド王の元へと連行される。
流れでカミルとは手を繋いだまま部屋を出て来たために、クロード様やベルティナ様からは気がつけば遠ざけられたものの彼だけはすぐ近くにいて物々しい雰囲気でも平静を保っていられた。
しかし一国の王様に面会すると言うのは高校受験の面接でも上がりまくって上手くいかなかった私には大変緊張するイベントだ。
いらぬことを口走って断罪されたりしないかな…。
1人で悶々する私だったが、そんなタイミングで繋いだ手がまたぎゅっと強く握られる。
カミルは前を向いて振り返りもしてないのに、私の様子がわかったのか何なのか、でも彼が心強い味方であると改めて知らされたようで少し気が晴れた。
もう、うだうだ考えてる暇もない。
実際に悪いことをした覚えはないのだから、ただ正直であろうと私はしっかり前を向いて歩いた。
ー巻きぞえアリスの異世界冒険記12ー
広く豪華な金の装飾が施された壁や天井、白い壁によく映える赤いオペラカーテン、大理石の床は王座まで伸びる真っ赤な絨毯が敷かれて、他にも柱やシャンデリアやらとにかく最早芸術的な空間に物珍しさで視線が色んな所に移る。
これが謁見の間というやつなのか。
しかしそんな私を見かねた偉そうな貴族っぽい装いのオジさんが咳払いする。
それによって多少落ち着きを取り戻した私は改めて玉座に座る人物、オズワルド王に視線を戻した。
結構遅い時間だったのに、兵士以外に王様や大臣のようなおじさん達が数人その場に揃っていて、冷たい眼差しで私を見る。
普通のスーパーなら閉店している時間だし、緊急招集させてしまったのなら申し訳ない。
そんな風に居心地悪く感じながらも、50代ほどのとてもダンディーで思ったよりもワイルドそうなオジ様が玉座に座っているのに驚いた。
美形親子には間違いないが、あまりカミルやクロード様と似ていない。目元はむしろベルティナ様に似ているかもしれない。
「父上はもう大体事情も知っているようですし、お疲れだとも思いますので単刀直入に申し上げますね。そろそろカミルのこと許してあげたらどうですか?」
静かな雰囲気をサクッとぶち壊したのはステキな笑顔で王様に詰め寄るクロード様だった。
「カミルに問題があったのは確かなので父上が怒るのもわかりますけど、その結果ベルの件も含めてよりややこしい自体になってしまったのですから、もうやめましょうよ…眠いし」
とても王様に物申す態度じゃないが、最後の一言以外は堂々とした態度ですごい頼りになる。
しかし王様の周りにいた偉そうなオジさん達は当たり前だが、クロード様の発言にどよめく。
王様が口を開く前に次々と周りの偉そうなオジさん達が騒ぎ出した。
「クロード様!何を仰るのですか!そもそもカミル王子やベルティナ様を誘拐した卑しき誘拐犯をこのような神聖な場に連れてくるとは…何を考えておられるのですか!?」
「そうですぞ!聞けば怪しげな魔術を使うそうではないか!被害が及ぶ前に一刻も早く投獄すべきです!」
「貴方の部屋にも飛び込んできたそうじゃないですか!クロード様は危機感が足りませんよ!」
「カミル様を騙し、幼気な姫様を拐う極悪人の何を信用しろと言うのです!?」
ザワザワと騒ぐ偉そうなオジさん達の言い分も確かにとちょっと納得する。投獄中の行いが悪かったからな…。
しかしまるで国会の激しいヤジを一身に受けているようで、罵詈雑言言いたい放題言われて流石にイラっとする。
そんな彼らに反論したのはクロード様ではなく、とても怒った様子のカミルだった。
「それ以上言うな…和への侮辱は俺が許さない。こいつは俺の友達だ!誘拐犯じゃないってずっと言ってるだろ!何で俺の話を聞いてくれないだよっ!!」
「しかし…実際に姫様が拐われて…」
「あれはベルが勝手にやった事だって自分で言ってただろ!大体本気で誘拐するならさっさと街から離れてる!でもコイツはわざわざ戻ってくる様な馬鹿なんだよ!」
「………ん?」
「確かに俺は勝手に街へ出たさ。そのせいで拐われたし、それは俺が悪い…その罰なら何だって受けてやるよ。でもコイツはただ偶然居合わせただけの本当にタイミングの悪い色々残念なだけの女だ」
「え、庇ってるの?貶してるの?どっちなの」
「…実際コイツのせいで危ない目にもあったけど、俺が帰って来られたのはコイツのお陰でもあるんだ…」
カミルは私の悪口に対してすごく怒ってくれて熱い友情を感じたが、ブチギレ状態のためかフォローが雑だ。しかも最後の方は若干自信なさげで私の粗が目立つ。
とても王子様らしからぬ発言をしたカミルに騒がしかった空気は一変して水を打ったように静まり返ってしまう。
驚きまくるオジさん達や王様の様子から前にカミルは城や学校では優等生で通していたと言う話を思い出す。きっと彼らは取り繕ったカミルしか見たことがないんだろう。
「あのぉ…姫様については脱獄のついでとはいえ拐ったのは事実ですし、クロード様のお部屋の窓もぶち破りましたし、その事に対しては罰せられても仕方ないなと思いますが…カミルは誘拐してませんので!」
誰も喋らない今ならチャンスと無駄に声を張り上げて弁明したら、逆に自分の立場が危うくなることばかり言ってしまった気がする。
またお偉い方の冷たい視線に晒されたが、ここで初めて話を聞くだけだった王様が手を上げて彼らを制した。
「…そなた、名は和と言ったか。今日一日で事が起こりすぎてワシは正直何が何やらわからぬ…だから事件の中心にいたそなたの話を聞かせてもらいたい」
思ったよりも優しげな声音で王様は困ったように笑った。
カミルに似たその仕草に親子だと思いながら私は気がつけば素直に頷いていた。
王様自身が友好的な態度であるために周りの偉そうなオジさん達も仕方なく話を聞く体勢に入り、今日の出来事全て王様に打ち明けた。
全く関係ない地下水路の探検話では命の危険があったために一瞬騒がしくなったりしたが、無事に全てを話し終えた。
スッキリする私に『お前本当に隠さないよな…』と呆れるカミルの視線が刺さる。
また私の話が真実であると共にいた姫様が証明してくれた。
「という事で、さっき池に落ちたニールも私の協力者ですが…カミルと私を助けてくれた恩人でもあるので大目に見てあげて欲しいです…」
ついでに池に落ちた後にどうなったかはわからないが、ニールについても言及しておいた。
王様は頷きながら私の話を聞いた後に考え込むように目を閉じる。
周りの偉そうなオジさん達はカミル誘拐についてはともかく、私が起こした騒ぎについては見過ごせないとザワザワしてる。これについては弁解できない。
「ふむ…話は大体わかった。カミル含め、そなたへの処置は後日決めるとしよう」
「…また投獄ですか!?」
「はははっ!息子の大事な友人を牢に入れるような事はもうしない。安心するがいい」
物分かりのいい王様じゃないかとホッとする私は思わず隣のカミルと見合って喜びを噛みしめる。
カミルもようやく父にわかってもらえたのが嬉しいのか、照れているようだった。
「ここからはワシの疑問なのだが、和よ…そなたは見た所このリーゼンフェルトの住人ではないようだが…何処から来たのかな?」
「えっ…それはしんohっ!!」
王様の疑問に普通に答えようとしたらカミルに足を思いっきり踏まれた。
思わず変な悲鳴が上がって、痛みに悶えながらカミルを睨みつければすごく睨み返された…怖いわ。
しかし冷静になって考えてみたらこの国の人からすれば神樹には悪しき魔女が住んでいて、とても普通の人が住む場所でないことを思い出した。
しかし黙っていたら余計に疑い深い視線を集めてしまい、どうしたものかと焦ってしまう。
「しん?」
「し…真珠の綺麗な海…」
「ほう…港町だとすればオレガノの町から来たと?」
「王よ…あの港町では真珠は採れませぬゆえ、別かと」
多分王様達が話してる町はリーゼンフェルトの南にある町だろう…あそこ真珠採れないの。
「…から見た雪山です…東の…」
周りの視線や王様の真顔に耐えきれず、私は大量の汗を流しながら視線を泳がせる。
一応一回行ったことある場所だし…住んでるのはワルツさんだけど今だけ使わせてもらおう。
しかしどうした事か、さっきよりも周りがざわつき始めた上に王様どころかカミルまで驚いた表情してる。
ひょっとしてまた墓穴を掘った感じ…?
「東の雪山と言えば魔物の巣窟ではないか!」
大きな声でオジさん達が騒ぎ出した。偉そうなオジさん集団に燃料を与えてしまったようだ。
「おぞましい魔獣を従える魔王が住むとの噂もある危険地帯ではないか!」
「空を飛んだり、怪しげな魔術を使用したり…この娘魔族の手先なのではないか!?」
予想外の方へと話が発展していく。
こんな時だというのに、自称大魔法使いのワルツさんは魔王として世に知られていることに何とも言えない気持ちだ。平和な感じの世界だと思っていたから、魔王とかの概念はないものだと思っていたわ。
しかしまさかの別方向での疑いがかかり、王様やオジさん達以外に兵士もマクシム団長の視線も痛くてたまらない。
あーもーわけわからん!もう誰かこの場をどうにかしてと考えることを放棄した私の頭にフワリと誰かの手が乗った。
ポンポンとあやすように撫でるその手の主を見上げるとキツネのような胡散臭い笑み。
お出掛け用の黒いローブを身に纏ったジルベルトさんが当然のように横に立っていた。
「どうもこんばんは、この子の保護者です」
突然現れた見知らぬ人物に騒然とする周囲を気にすることなく、ジルベルトさんは丁寧に挨拶をする。
ワンテンポ遅れてマクシム団長が剣を構えるのを王様が素早く止めて驚いたようにジルベルトさんを見ていた。
「いやぁ〜、うちの子がご迷惑をお掛けしたみたいですいませんね。だけどもうお話は済んでいるみたいだし、もう連れて帰りますねぇ」
「あなたは…」
「…俺はただのしがない大魔法使いのジルベルトですよ。それではまた」
「………」
さり気なく大魔法使いだとアピールしたジルベルトさんはうやうやしく頭を下げると私の手を取った。
そして思い出したようにパチンと指を鳴らして、手のひらを広げるとフワリと私の没収された荷物が一まとめに現れる。
まるで手品師みたいな一連の動作にまた周りが騒めく中でそれを私に返してくれた。
「もう忘れ物はないかな?それじゃぁ、そろそろ帰ろうか」
「色々投げっぱなしなんですけど…」
「それは明日考えればいいよぉ」
正直迎えに来てくれてめちゃくちゃ助かったし、嬉しいがこれでいいのかなと反対側のカミルを見ると黙って頷いてくれる。
「また明日な」
さり気ない明日の約束を取り付けると繋いでいた手がゆっくりと離れて行く。
少し寂しさを感じながらも私も笑って小さく手を振った。
「うん、また明日!」
別れを告げた瞬間、私とジルベルトさんは一瞬眩い光に飲まれた後に目を開けば豪華な謁見の間はそこにはなく、見慣れた神樹におもちゃのようなレンガ屋根の木の家、玄関階段横の花壇に咲くイリアンが私達を出迎えてくれた。
「そういえば今日はお客さんが来てるんだった」
イリアンの熱い抱擁をなすすべもなく受けている私にジルベルトさんがそう声をかけたと同時にドアが開き、リシェットさんの他にヤス先輩やノワール君まで顔を出す。
「ノドカちゃん!その様子なら何とかなったみたいっすね!!」
随分お疲れの様子のヤス先輩だったが、私が城壁を登った後に急いでジルベルトさんに知らせに来てくれたらしく、そのおかげで私は帰ってこれたのだ。
皆に優しく出迎えられてそのまま家に入るとリビングで寛いでいるフォルカさんと他人のくせに我が家のようにソファーに寝そべるワルツさんがいる。
しかもワルツさんは一升瓶を抱きしめながら赤ら顔で完全に酔っ払いだった。
「ん〜…ノドカか…お帰り……」
馴れ馴れしく家族のようにそう告げてボリボリとお尻をかきながら寝返りを打つ様子は実の父を見ているようで複雑だ。
「何で酔っ払ってるんですか…」
「ワルツ様、今日はジルベルト様とお酒の飲み比べ勝負をしていたのですよ」
「仲良しかよ…」
ベロベロなワルツさんと比べてジルベルトさんの爽やかな笑顔はどう見てもお酒を飲んだ顔じゃなかった。
これでは帰れないとのことでワルツさん御一行は今日は泊まるそうだ。友達かよ…。
というかこんな人が魔王だとか何とか言われて恐れられてるとは…何だか可愛いキグルミの中の人がおっさんだった時と同じくらいの衝撃だ。
呆れた顔でワルツさんを見ているとヤス先輩が苦笑しながらそっと耳打ちする。
「こんな有様っすけど、ワルツさんもノドカちゃんのこと心配してたんすよ」
「…嘘ダァ」
「じゃなきゃこんな時間まで起きてないっすよ、この人。酔ったらすぐ寝ちゃう人なんで、意識があるのは珍しいんすよ、マジで」
「マジか…」
もう一度とワルツさんを見れば気持ち良さげにスヤスヤと穏やかな寝息をたてて眠っている。
以前の誘拐・死にかけ事件のこともあってワルツさんのことはちょっと苦手だったが、意外と責任感じてくれていたのかもしれない。
明日からはもうちょっとポジティブな気持ちで接してみようと思った。
「何だ、案外平気そうじゃん…面白くなぁーい」
ワルツさんとはテーブルを挟んだ向かいのソファーに座るフォルカさんがそうつまらなさそうに呟いた。
相変わらずな冷たい対応に思わず笑ってしまうとジロリと睨まれる。
「何笑ってんの?喧嘩売ってる?」
「滅相もないです…ただフォルカさんがくれたあの羽根すごかったなぁ〜と思って」
「あっそー」
興味無さげにそっぽ向いたフォルカさんだったが、ちょっと褒められて嬉しそうに見えるようなそうでもないような。
私への当たりは厳しいがツンデレだと思えば可愛いものだし、何だかんだこの人には助けられているから私からは優しくしてあげよう。
慈愛に満ちた笑顔で日頃の感謝を素直に伝えようとフォルカさんに近づいた。
「フォルカさんのおかげで何とか帰ってこれましたよ!本当にありがとうございますっ!!」
「はぁ?何いきなり?キモいんだけど??後それ以上近づかないで」
まるでゴミを見るような眼差しに晒されて、私の安らかな優しい心は砕け散った。
ツンデレなんて生易しいもんじゃなかった。
この人やっぱり悪魔だわ。
苦手だ…分かり合える気がしない。
ちなみに次の朝に我が家に意外なお客さんがやって来るのだが、大変心を傷つけられた私は昼まで部屋に篭っていた。