最恐の騎士と月夜の王子様
作戦としてニールの案内のもと、ベルティナ様を連れて城に向かう私達はわかりやすく町を覆う城壁を回って、城に侵入するという大胆な方法を取ることにした。
その際、兵士とかち合わないために正規の道は避けるべく、教会の裏手の城壁に生えていた蔦をヤス先輩が超絶頑張って成長促進したおかげで、城壁の上まで登れる道を確保だ。
私達は夜の闇に溶け込むような黒いローブを身に纏い、蔦を使って城壁を登って上から城を目指す。
そしてもう使い物にならないヤス先輩とヨルン神父には、丁度いいタイミングで兵士に誘拐犯に教会が襲撃されたと目撃情報を流してもらうことになる。
フォルカさんからもらった黒い羽根を使う機会も考えて、ニールと姫様にも1枚ずつ持たせた。
「よーし!行くぞー!!」
とやる気満々で意気込んだ数分後、長い城壁を蔦を使って登る作業に腕が悲鳴をあげたのは城壁を半分ほど進んだ所だった。
「もうダメだ…」
「諦め早いよ…姉ちゃん」
ー巻きぞえアリスの異世界冒険記11ー
蔦を使って登るとか、何だかファンタジー味があるじゃ〜んとか軽い気持ちで決めたのが悪かった。
梯子と違ってしっかりとした足場もなければ、腕力も人並みの私にはこの城壁は高すぎた。
しかも命綱もないから落ちたらやばいじゃんと今更気がついた。
まぁ、私は死なないだろうが落ちてやり直しも嫌だ。ここらでビバークしたい気持ちを押し込めながら、もたもた登る。
「誘拐犯さん、頑張って!もう少しよ!」
と姫にも関わらず、すいすい登って行った姫様が上から手を振る。
あんな小さな身体のどこにこんな城壁を登る体力があるんだ…!
ヒィヒィ言いながら一生懸命壁を登り、ようやく残り三分の一くらいたと言った所で、ニールが痺れを切らしたように腰に巻きつけていたロープを垂らしてくる。
「もうバレちまったみたいだから悠長に登ってる暇ないぜ!姉ちゃん!」
彼の言う通り、下の方がザワザワし始めているのに気づく。
ヨルン神父が教会前で足止めしているようだが、コレはまずい状況だ。
直ぐにロープをしっかりと掴むと、姫様とニールが力一杯引き上げてくれるお陰で城壁を無事に上がりきることができた。
だかもう腕は疲れ切って軽く痺れてるし、明日は確実に筋肉痛になる予感がした。
引き上げた2人も私も大分息が上がっているものの、急いでその場を離れて城へ向かう。
城から西の方に位置するこの場から広い通路になっている城壁の上を城方面へと走っていると、遠く背後から数人の足音といくつかの明かりが迫ってくる。
「いくら何でも早くない!?」
「普段から城壁見回ってる兵士だろ。このまま振り切るぞ!」
スピードを上げるニールに置いてかれまいと必死に走るが、持久走も人並みしかない上に、ほぼ常時全力疾走はキツイ。明日は全身筋肉痛間違いなし!
脇腹が痛くなってきて、足を止めそうになる私を引っ張ってリードする姫様は本当どこにそんな体力あるのと感服する。
そして何とか兵士を引き離してついに城に面した城壁まで来た私達は城の正面と側面に出られる分かれ道まで来た。
町とお城の城壁は繋がっていて、城をぐるっと囲んだ城壁に街を覆っている城壁がくっついてる造りだ。
普通に考えて一般人が出入りしていい場所じゃないし、見回りの兵士がウロウロしてるし、もうバレているとなったら後は時間の問題だ。
「えーと、カミルはどの辺にいるかな?」
「カミルお兄様のお部屋は西側だからこのまま真っ直ぐ行けばいいわ!」
ベルティナ様が指差す方へ足を止めないまま真っ直ぐに走り続ける。ちらほらと明かりが見えるし、隠れる場所もないほどに見晴らしのいいこともあり、ジッとしていれば直ぐに見つかってしまうだろう。
だがしかし足はもう限界だと悲鳴を上げて、動悸も激しくて大分ヤバい。
「やべっ…ノドカ姉ちゃんこれ以上は無理かも」
私の足が今にも止まりそうになっていると、先頭を走っていたニールが素早くナイフを構えてピタリと足を止めた。
私は荒い息を整えながら大量の汗を拭い、ニールの背中から様子を伺う。
いつから居たんだろうか、道を塞ぐ鎧を着込んだ多くの兵士が道を塞いでいる。闇夜に溶け込んで気がつかなかったけど完全に待ち伏せされてたみたいだ。
そして兵士の間を割ってカツカツと前に出てきた黒衣の完全武装金髪騎士を目の当たりにして投獄時の恐怖が…。
「マクシム!!」
突如そう声を上げた嬉しそうなお姫様が隠す気もなく全力で手を振ってる。
その相手は前に出てきた鋭い目つきの金髪黒騎士。
あー…マクシムってあの人のことだったのか、ここにきて難易度が跳ね上がった気がする。
さらにタイミングが悪いことに背後からも足音が迫ってくる。退路も絶たれた。
ちょっと振り返って背後を確認した僅かな合間にお姫様と繋いでいた手が強引に剥がされ、一陣の風が横を通って行った。
「ふぁっ!??何!?」
何が起こったのかわからず、慌ててると姫様のきゃー!!という嬉しそうな悲鳴が背後から聞こえる。
「ベルティナ様…ご無事で何よりです」
「マクシムーっ!助けに来てくれて本当に本当にベルは嬉しいわ!」
振り返ればさっきまで正面にいた金髪黒騎士がいつの間にか姫様をお姫様抱っこして、私達の背後に回り込んでいる状況だ。
まさかちょっと振り返った隙に姫様を助けたと言うの!?早すぎでは!?
「えっ!てゆうかヤバくない!?」
「だからあの騎士団長は相手にしたくねーんだよなぁ〜…姉ちゃんちょっと目瞑ってな!」
姫様の要望にはお答え出来たが、姫様がこちらに居なければ大変まずい状況にゴーグルをつけたニールが懐から以前見た閃光弾を2つ飛び込んでこようと踏み出してきた兵士達に放つ。
慌てて目を瞑ればカッと眩しく輝く眩い光を浴びた兵士の狼狽える悲鳴が聞こえた。
「飛び降りるぞ!羽使えよ!」
ガッとまだ眩い光の中をいち早く動くニールに引きずられて城へ向かって勢いよく塀を飛び越える。
ニールの手も離れて、宙に放り出された私は何とも不安を煽る浮遊感に急かされてポケットの中の羽根を握り潰す勢いのまま、高々と空へかざした。
「飛べーーーっ!!」
私の叫びに呼応するように輝いた羽根が背中にフォルカさんと同じ漆黒の翼を羽ばたかせて地面に落ちる前に高く浮き上がった。
動悸が止まらない心臓を抑えながら翼の勢いに任せて羽ばたく。
とりあえずどっからか城に入ってカミルに会いたいところだが…。
「おわぁーーっ!!!?」
「!?ニールっ!?」
どうしようかと思っていると直ぐ横をニールが庭園の池に向かって落ちていった。
ドボーンッと派手に上がった水飛沫を見て効果切れかと思ったが、片翼をもがれたように見えたような気がする。
すると突然背後から飛んできた剣が頭上をかすめて行った。
驚いて振り返ると姫様を抱えてる金髪黒騎士がえげつない殺気を放ちながら、部下から剣を受け取りこちらに投げつけようとしている。
ニールは彼にやられたのだと悟った時には私目掛けて凄まじい勢いで剣が飛んでくる。
これは私の動体視力では避けられんやつと気がついた時には左羽根をゴッソリ抉られていた。
辛うじて姫様の激しいスキンシップで手元が狂って私自身に命中しなかったのが救いだった。しかしバランスの狂った私は片翼では上手く飛べず、無駄に高い位置から落ちていくことになった。
しかし下に落ちれば死にはしなくともしばらく動けなくなってしまうのが容易に想像できる。精一杯片翼を羽ばたかせて落ちる勢いと合わせて精一杯城に迫る。
そのまま手近な窓ガラスを派手に突き破り部屋に転がり込んだ。
「ぉわぁああーーっぐふぇっ!!」
あまりの勢いでガラスの散った床を滑って奥の壁にぶち当たった。
背中も顔も腕も至る所をガラス片で切ったり、突き刺さったりでめっちゃ痛い。
暗くて気づかなかったけど、お城の部屋だけあって豪華な装飾された部屋みたいで、痛みに悶えてると私に見知らぬ人物が近づいてきた。
「驚いた…片翼の天使が部屋に舞い込んでくるとはね」
「は…?」
何言ってんだこの人とよく顔を見てみたら、まごう事なき美青年で一瞬思考が停止する。
艶やかな黒髪を右側だけ耳にかける仕草でさえ美しくて見惚れるのに、まるで私を安心させるように目を細めて優しげに微笑む様は完璧に王子様の仕草だった。
バサァと効果が切れたことで弾けて消えた翼で正気に戻る。
「おや?お嬢さんは天使ではなかったか」
すっかり見惚れていて気づかなかったが、この微妙な垂れ目は覚えがある気がする。
「カミル…あ、貴方はもしかしてカミル、様のお兄様だったりします?」
「あぁ…なるほどお嬢さんが噂の例の友人か。どうやら入る部屋を間違えたようだよ」
最早入る部屋を選んでいる暇なんてなかったが、彼の言う通り入る部屋を誤って噂のクロードお兄様の部屋に突撃してしまった。
しかしいざクロードお兄様を目にしたらカミルの言いたいことが何となくわかった。今日初めて会ったけど、見た目も仕草も物腰の柔らかさからしてこれは王子様ですわ。
しかし部屋の前に兵士でもいるんだろうか、今すごいドアを叩いて王子の安否を確認する声が聞こえる。
いつ部屋に入られるかとソワソワする私に対して何故かやたら落ち着いたクロード様はおもむろに私の手を取った。思わず『ホァ』とか変な悲鳴が出て恥ずかしい。
「話をする前にまずは怪我を癒そうか」
「へぁ…?」
さっきから奇声でしか会話できない私を気にすることもなく、クロード様は繋いでいない方の手を空にかざして円を描いた。
彼の指で描かれた光の輪がゆっくりと私を包むように降りて行くと、見る見る内に傷や痛みが引いていった。
「魔法だ!すごい!ありがとう!」
王子相手であることを忘れてはしゃぐ私にクロード様は柔和な笑みを浮かべて、そのまま立たせてくれる。
このまま兵士に引き渡されるかなと思いきや窓辺のお洒落なテーブル前の椅子を引いて座らせてくれる。
そして騒がしいドアを開けるように要求する兵士の声を爽やかに無視して彼も椅子に座った。何だ、この状況。
「お嬢さんのことは弟から聞いているけれど、そうだね…和お嬢さんと呼んでもいいかな?」
「あ、ハイ。もう何とでも…あのーカミル、様はどんなご様子です…?」
「ちょっと父に叱られて拗ねているかな。でもまぁ、心配ないよ」
「それなら良かったかな…あぁでもカミルが街出歩いてることバレてるし、何とかしないと…」
しかし勢いで突っ込んできたら庇うための言い訳とか全く考えてなかった。
今何か余裕ありそうだし、考えるチャンスかも…。
黙りこくる私に文句を言うでもなく黙って優しい微笑みで見守るクロード様は何考えてるかわかんないけど、不思議と安心感がある。
「そう言えば和お嬢さんは一度脱獄したと聞いたけど、どうして戻って来たんだい?」
「え?まぁ…ベルティナ様を拐ったのは事実なんですが、それには理由があったと言うか…それにあのまま逃げたら私を庇ってくれたカミルに申し訳ないですし」
「…それにしても無茶したみたいだね」
「あ、頭悪いんで会いに行くほか思いつかなかったんです!…私が何をしたってどうにかなると思いませんけど、せめてカミルは嘘つきでも何でもない良い子だから誤解してほしくないんです」
「…へぇ…これは驚いたな。まるで自分のことはどうなってもいいみたいに言うんだね」
「いや!自分のことも大事ですよ!当然ながら!」
しかし優先順位的にカミルの方をどうにかしてしまえば私の疑いも晴れやすいと、熱弁する私を見てクスクスと優雅さを崩したクロード様はカミルによく似た笑顔を見せる。
思わず呆然とアホ面を晒す私の頭を壊れ物を扱うように優しく撫でて彼は窓へと視線を向けた。
「和お嬢さんもカミルも同じ事を考える似た者同士なんだね。ほら、見てごらんよ」
「?………!!」
同じ様に私が突き破った窓へと視線を移すと、ガッと力強く窓枠に降り立った見覚えのあるシルエットが月明かりに照らされる。
今まさに会いに行こうとしていた人物がかなり慌てた様に荒く肩で息をしながら部屋に入って来た。
「カミル!!」
「和……やっぱり、お前だったか」
怒ってるような困っているような、でもわずかに笑っているようにも取れる何とも言えない表情のカミルは、つかつかと私に近づくと強引に手を引いて、クロード様から私を庇うように立った。
窓枠に手をかけた際に切ったであろう傷を気にすることなく、安心させてくれるようにぎゅっと強く握る手は温かくて、こう言う人を思いやる優しさを持つ不器用な彼だから私はここに戻って来たのだなと何気なく思った。
「クロード兄様!俺の友人が失礼を働いて申し訳ありません!」
「あ、そうだった…窓ぶち破ってすいませんでした!」
今更ながらいきなり窓をぶち破って部屋を荒らし、しかも寝間着姿から就寝直前か、就寝中に乱入したみたいで迷惑しかかけていない。
「顔を上げなさい。俺はそんな事は気にしていない。それにカミルの友達と話せて楽しかったよ」
本当に全く気にした様子のないクロード様は椅子から立ち上がると、未だ頭を下げているカミルに近づいてそっと彼の頭を撫で始めた。
「…!」
「それよりも…お前の話をちゃんと聞かずにすまなかった。元よりカミルが嘘をつくとは思っていないが、ちゃんと信じてもなかったよ、ごめんな」
「……別に…気にしてません…」
兄の優しい言葉に強がってはいるものの、握られている手が痛いくらいぎゅうと力が入ってる上にちょっと震えている。
お兄様にわかってもらえて嬉しいだろう…兄弟の会話に水を差すのも無粋だと思った私はちょっとだけ握られている手に力を込めた。
「それじゃぁ、そろそろ行こうか」
とクロード様が喧しいドアへと向かおうとする瞬間、そのドアが丸ごと凄まじい勢いで弾け飛んだ。
「おっと、遅かったみたいだ。厄介なのに出くわしたね」
まるで慣れたように喋るクロード様だったが、私とカミルは大層驚く。
そしてドアを壊した張本人はもの凄く不機嫌そうに眉間にシワを寄せて部屋に入ってくる。
それはさっき私に剣を投擲して来た金髪黒騎士、マクシム・ヴァレンシュタイン騎士団長だった。