戦端のプロローグ
「ローゼス様、こちらです!」
「……ぐっ……!! はぁ……はぁっ……すまぬ……!」
明かりもない夜の暗い森の中、ローゼスと呼ばれた老人の男は傷と血に塗れた体を重く引き摺りながら、息も絶え絶えに自分を呼ぶもう一人の男の仲間の下へ向かった。
その痛ましい姿を見た仲間の男は心配そうに、
「ローゼス様……やはりお身体が……もう……」
「その……ようじゃな……治癒魔法もままならん。他の者は……どうした?」
「……全滅です」
「……っ! くっ……そうか……すまない…………儂の、儂の体がもう少し持てば……、うっ!……っぐはぁっっ!」
「ローゼス様!」
老人の口から勢いよく血が零れた。よろける老人を男が支える。
「ローゼス様、あなたはロードの古城へ向かってください。これから私が『疾風』の精霊魔法を使ってその手助けをします」
「お主は……その後どうするつもりじゃ?」
老人と男の間に一瞬の沈黙が訪れる、そして男がもの悲しい微笑ともにその沈黙を破った。
「殿が、必要でしょう」
そう一言言い放った男の瞳には覚悟の色が映っていた。老人はすべてを悟る。目の前に立つ男が命を賭してこれからやろうとしていることを。
「風よ……疾く駆けよ」
男は小さく、短い言葉を言い放った。男と老人の周囲、暗い森の中にいくつもの燐光が灯りだす。
「大地をなぞり、空の下で舞う……世界を巡りここに集え。風の精霊フィリア、疾風の力を我に!」
男の詠唱と共に、老人の体を中心に、まるで纏うように力強い風が生まれ、周囲の木々を揺らす。
「すまない…儂は………儂は……」
「お別れです……ローゼス様。女神フロテアのご加護があらんことを。……さあ疾風よ、舞え!」
老人の体は風に身を包まれて、暗闇が支配する森の中を疾駆していった。
仲間を死なせた罪悪感と、そしてまたこれから死にゆくであろう男のことを思いながら。
後ろは振り向かない。振り返ったとしてももうあの男の姿は見えない。だが老人は血で汚れた唇を震わせながら小さく呟いた。
「その覚悟、受け取った……!」