小さな防空壕の大きな冒険
「いらっしゃいませ。こんにちは!」
「おっ!今日も来たんか?宿題はちゃんとして来たんやろなあ!?」
「また始まったぞ。あっくんの説教が。」
「そんなん言いながらたっちゃんも昨日怒っとったでぇ。ゴミちゃんと捨てろって。」
「ひろっさん、お前もやろ!」
「ボクだけか、温厚なんは。」
「ともやんも!!」
「コラ!!!!またお前らはしゃべってばっかりで仕事してないんか?!」
「店長ぉ!!」
「いや違いますよ。いつも来てくれる小学生に注意してたんスよ。」
「しゃあないなぁ、お前らは。」
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これはボクたち4人の秘密。
秘密というか、言えない。言わない。
言っても信じてもらえないし、自分たちでも信じられない・・・。
7年前。小学校5年生。
太陽も汗をかいていた、7月。
こんな田舎にもやっとローソンができた。
僕たちにとっては太陽よりも光って見えた。
「ちょっと行ってみようぜ」
なんでも新しいものに食いつくお調子モンのこいつが、ともやん。
お調子モンの上、携帯もゲーム機も持ってるから女子に人気がある。
ませガキだ。
「面倒臭っ・・」
この生意気なのがボク。みんなからはあっくんと呼ばれている。
勉強ができ、学級長を毎年している。
そんなに“かしこい子”ではないのだが、要領がいい。なのでそう見えるみたいだ。
ほんとのところは、誰だって別にどうだっていい。
「なんかおごってよ?」
これが、ひろっさん。いつも人のお菓子ばかりもらいにくる。
かと思えば、気に入らない事があれば怒って帰る。
とことん自分勝手なヤツだ。
「ま、お金あるしなんか買いに行こうだ」
たっちゃんだ。金持ちでケンカが強い。
頭のいいガキ大将。気に入らない事は腕力でねじ伏せる。
口よりも体力でって感じの。
ボクたちが普段する事と言えば、家でゲーム。あまり外では遊ばない。
自分の事は話さず、当たり障りのないように。それが当たり前、それがトモダチなのだ。
「いらっしゃいませ。こんにちは!」
店の人がボクたちを見て、笑顔で挨拶だ。
「うぜえ」
ボクは目をそらした。
「こんにちは」
ともやんだ。調子に乗りやがって。
ともやんを先頭にあれやこれやと店の中をぐるっとまわった。
駄菓子屋でもよかったのだが、今日はここでお菓子を買う事にした。
もちろん、たっちゃんのお金で。
レジまでやってきて、お金を払おうとした時。
「こんないっぱい買ったらアカンやろ!お金は大事に使いなさい!!」
「子供が1万円も持ったらアカン。また新しいゲームが出たらどうせ買うんやろ?その時まで貯金しときなさい。」
「・・・」
おもわず、全員の目が500円玉みたいになった。
「別にいいでしょ」
ボクは驚きを隠しながら精一杯背伸びした声で言ってやった。
親にもそんなこと言われた事がないし、ましてや他人に怒られた事がない。
4人ともどうしていいかわからず、もくもくとお菓子を食べその日は帰った。
家に帰ると、お母さんはボクをほめてくれた。
「あっくんがトモダチをローソンまで連れて行ってあげて買い物してきたの?偉いねぇ。お金まだある?なくなったら言いなさいよ。」
「うん。でもあそこの店長が変なんよ。お金は使うなとか。うざいわ。」
「そうなの。買い物してあげているのに、ほんと変ねぇ。」
普段は家でゲームばかりしていても、飽きればお菓子を買いにローソンへ行く。
駄菓子屋は潰れてしまい、そこしかないから。
行けば、行ったで、挨拶をしない、お金をいっぱい使う、自転車をドアの前にに止める、ごみを分けない、などと店長は毎回怒ってくる。
今日もまた店長がボクたちに寄ってきた。
「うぜえ」心の中で誰しも思ったはずだ。もう、ともやんでさえ笑わない。
「秋葉山には行った事があるか?」
「えっ??」初めて4人の声が揃った。
「あのな。秋葉山には防空壕があるんよ。知っとるか、防空壕。」
「知ってるわ!」たっちゃんだ。
「そうか。戦争のときに使ってたみたいやけどな、俺らが小学校の時はそこにコウモリを取りに行ったり、隠れ基地にして遊んだりしとったんよ。今でもたぶんまだあるぞ。どうや?ゲームばっかりせんと、行ってみたらどうな?ぜったい面白いから!!」
「ほれ!これを敷いて基地でも作れ。」
4人には多すぎるほどの段ボールとビニール袋をくれた。
ともやんが店長から受け取る。ひろっさん、たっちゃん、そしてボクの反応はいまいち。
帰り道、たっちゃんの面倒くさそうな「夏休みでする事ないし、まあいってみようや」の一言でボクたちは逆らう事もできず、しぶしぶ基地を作る事になった。
「面倒くさっ・・・」
西の空から入道雲が追いかけてくるような7月20日。その日は学校の終業式だった。
学校の帰り道ボクたちは、14:00に秋葉山の入り口で集合の約束をした。
昼ごはんの時、両親に夏休みの思い出に秋葉山に登ってみようと思うと話をすると、普段はあまり喋らない父さんが「それならこれを持って行ったらいいぞ」と古ぼけたカッターナイフを渡してくれた。
カッターナイフはまだ使えそうなのだが、あまりに古くて格好悪いので母さんに言って、昼ごはんの後に新しいのを買ってもらうことにした。「見た目じゃないぞ」そう言って父さんはカッターナイフを片付けて、代わりに紐をくれた。
14:00 秋葉山入り口。
ボクが行くと、ともやんが店長のくれた段ボールとビニール袋をもって立っていた。
すぐ後に、たっちゃんがお菓子とジュースを持ってやってきた。「お菓子買うって言ったらお金くれたから。」
僕は最新式のカッターナイフと紐をリュックに入れて。
最後にひろっさん。もちろん手ぶら。
ひろっさんが「ともやん、場所聞いてきとんだろ。ボクは知らんよ。」と言うと、「いや、たっちゃんが・・・」と、ともやんが。「誰も知らんの?」たっちゃんは少し怒っているようだ。
「面倒くさっ。・・・そういえば。」
「あっ。店長が確か・・・。10分ぐらい歩いた所のカーブに大きな杉があって、左手の方に広場が見えたらそこが防空壕やって言ってなかったっけ?」みんなもそうかもとうなずいた。
とにかく、その大きな杉を目指した。
5分も歩かないうちにボクは嫌になった。空も薄暗くなってきたし、ほんとうに今もあるのかわからない防空壕を目指すのが面倒臭くなってきた。
10分が経つ頃、みんなの顔も今の空みたいにどんよりしている。足も重たい。
その時、ひろっさんがボソリ。「あれちゃうか?」
みんなで近づいてみると確かに大きな杉の木だ。左側には広場が。
たっちゃんがここは俺がとばかりに広場におりて行く。ボク、ともやんと続き、安全を確認した上でひろっさんが。
広場の奥に、杉の木からは見えないところにそいつはいた。
何十年も前につかわれていた防空壕が、真っ黒な口を大きく開けて。
ボクたちを飲み込まんとばかりに。
「・・・入ってみるか。」たっちゃんだ。声に緊張が。
最後にひろっさんが入った頃には防空壕も狭くなっていた。
右手の方には何やら腐ったものが。藁が編んであるのでゴザだとわかる。
奥には木の根っこが手のひらのように待ち構えていた。
各自が辺りを見回す。そのときだ。
ポツ・・・。
ポツ ポツ ポツ バラ バラバラバラザーーーーーーーーーーーーーーー。
嫌な音だ。
雨なので帰る訳にも行かず、仕方なく基地を作る事にした。
肩があたるし、いくら雨が降っていても7月なのでとにかく暑い。
まず、雨がしみ込まないようにビニール袋をカッターで裂き、広げて敷いた。
その上に段ボールを敷いて、とりあえず完成。
雨はボクたちを家に帰さないつもりだし、それに雷も協力的だ。
防空壕の入り口にもビニール袋を広げ、ドアのようにしてみた。
湿気と雨音と疲れで、誰も何も言わなくなった。
「ちょっと!」
ともやんの声で目が覚めた。どうやら、みんな寝てしまっていたみたいだ。
雷雨が嘘のように空は晴れ渡り、打って変わって帰宅を歓迎してくれているみたいだ。
飛ぶようにして山を下りる。無我夢中で。走った。走った。
木がだんだんと少なくなり、木漏れ日は射すような日差しに。
一瞬目の前が真っ白になったその瞬間・・・。
「え!?」
また、声が重なった。
「ここどこ?」
「どこって・・・。秋葉山・・・。」
「・・・。」
「鷲敷町だろ、ここ?」
辺り一面、緑だ。考えられない程の田んぼと、山。
秋葉山の麓から見える国道が、砂利道に変わっている。
家も増えている気が。
「あっ!!ローソンがない!!」ボクが叫ぶ。
「あっ、ほんまじゃ!」
「ちょっと待って。電話してみるわ。」
ともやんが自慢のケータイで家に電話している。手が震えてうまく押せていない。
「ツー、ツー、ツー」
「あかん。」
「ここどこ!?」たっちゃんは不安を隠せていない。もうガキ大将の風格もない。
「とにかく、歩いてみようだ。」
「歩くってどこに?」
「鷲敷町のはずやから、とにかくボクの家へ。」
ボクを先頭にみんなで寄り添って歩いた。防空壕でもないのに肩がぶつかる。
足を進めるごとにますますありえない景色が。でもどこかで見た事のあるような。
その町にはとにかく車が少ない。というか、3輪車のでっかいのがたまに通るぐらい。
自転車が多くて、人も多いくてにぎやかだ。服装もどこか違うような。
閉まっていた呉服屋、酒屋、文房具屋、鮮魚店に八百屋が開いてる。
角に置かれてあった自動販売機もないし、山にあったはずのケータイのアンテナもない。
「ここどこよ?」たっちゃんが言う。
「わからん。もうすぐ家のはず。」
「ここって・・・。」ボクはもうなにがなんだかわからなくなっていた。
「江崎商店・・・?ここあっくん家?」
「多分・・・。そういやボクのお父さんが小さい頃は店をしてたって聞いた事が・・。」
そのとき。
「いってきまーす!」
家の中からまぶしいばかりの元気いい声が。
「やっちゃん、暗くなるまでにかえるのよぉ。」
「はぁーい!」
ボクたち4人と男の子の目が合った。
「あんたらだれじぇ?お客さん?」
「いや・・・。」
「見た事がない顔やなあ?誰かの親戚け?ええ服着て。明日の祭りの服け?
まぁ、ええわ。ボク今から遊びに行くけど一緒に行くか?親にはちゃんと遊ぶって言って来たんやろ?」
「え?」また目が500円玉だ。
訳もわからないまま、ぼくたちはやっちゃんに連れられて遊びにいった。
「・・・ここは?」
ともやんが聞くと、「南川のどんどろの滝も知らんの?あんたら誰んちの親戚え?」
僕は恐る恐る質問をしてみた。
「やっちゃん、あのな・・。今日は何年の何月何日なん?」
「えっ?おかしなことを言うヤツやなあ。今日は1964年の7月20日でぇ。」
ともやんが、携帯の画面で日付を確認した。
確かに“今日”は2005年の7月20日だ。
「うそをつくな!」たっちゃんが声を荒げて睨みつけた。
「あんたら誰なん?」やっちゃんも解らない様子で聞いてきた。
「あのな・・・。」
僕が今日あったことを話した。
初めて秋葉山に行ったこと、防空壕で雷雨に襲われた事、その後、山を降りるとここにいたこと。もう泣きながらしゃべった。恥ずかしいとか、格好悪いとか、気にしている場合じゃなかったし、みんなの泣く声も聞こえてきた。
やっちゃんは、「わかった。とりあえず僕んちに行って話しを聞いてもらおう」
と笑顔で言ってくれた。
それがすごい嬉しかったし、温かかった。
やっちゃんちに行くと、おばあちゃんが迎えてくれた。
やっちゃんはおばあちゃんに僕から聞いた事を話してくれた。
おばあちゃんは疑いもせず、真剣な、でもとても優しい目で、
「びっくりしたなあ、寂しかったなあ。」
と、僕らを抱きしめてくれた。
僕らは口々に「帰りたい。」「お母さん。」「怖いよ。」と泣いた。
おばあちゃんはただ黙って、優しい目をして肩をぽんぽんとたたいてくれた。
僕たちがひとしきり泣いて落ち着くと、おばあちゃんは
「今日はうちに泊まりなさい。夕飯まで、やっちゃんに遊びに連れて行ってもらい。いい、やっちゃん今日からみんな友達ね。」
やっちゃんはさっき見せたよりも大きな笑顔で「はぁーい」と返事をした。
ただそれだけの事が、やけに嬉しく、何よりも強いものだと感じた。
あの顔は一生忘れないだろう。
ここが学校・・
ここにはミミズがいっぱいいて、釣りする前はここで獲って・・
ここのじいちゃんはよく怒るんじぇ・・
とやっちゃんが言うと。
学校のここが未来では・・・
釣りってどうやってするん・・?
人に怒られたことないんやけど・・
と僕らが応える。
夕方になるといいものをあげるよとやっちゃんが言った。
僕らは連れられてあの秋葉山の頂上に登った。
「見て!!」
やっちゃんが指差したところには、町中を真っ赤に包む大きな夕日が。
「僕さぁ、せっかくみんなと友達になれたのにあげれる物がないんよね。だから、せめて一番好きなこの場所をみんなに見てもらいたくて。」
「うん、ありがとう」
夕飯には家族みんながいた。でも、みんな温かく迎えてくれた。
やっちゃんのお父さんは未来の事をすごく聞いてきて、それに嬉しそうにともやんが答えて。
お母さんはこの辺のお祭りの事を話してくれて、おばあちゃんはご飯が終わるとスイカを切ってくれた。みんなで、寂しい事も忘れて、大笑いしながらスイカを食べた。
「今日はお客さんが来てくれたから」と2日ぶりにお風呂を沸かしてくれた。
どうやら“五右衛門風呂”と呼ばれるらしく、でっかい釜に“すのこ”を沈めて入る。ひろっさんは初めてとは思えないぐらい上手に入った。ともやんはすのこがひっくり返ってみんなに大笑いされていた。
布団の周りには“蚊帳”と言われる網が天井から吊り下げられていて、その中に入る前に、体中に殺虫剤を吹きかけられた。蚊帳に入る時にもコツがあって、とにかく低く、そして早く。中に虫が入らないように。
布団の中では未来の事、昔の事、好きな女の子がいてとか、今日泳いだ滝の事とか、いろいろと話をした。
僕はリュックから今日の夕日のお礼にと、最新型のカッターナイフとやっちゃんにあげた。やっちゃんは「すごい、すごい」と何回も言いながらそれを持ったまま嬉しそうに寝た。それを見た僕も、みんなもすごく嬉しい気分になって寝た。
「おい!!」
怒ったような、でも懐かしくて温かい声で目が覚めた。
防空壕の中だ!!
父さんだ!!
周りを見ると、母さんにみんなの両親も。
泥だらけになって、汗だくになって、手には懐中電灯。
「何処にいたの?」
「えっと・・・。」
「防空壕の中で、雨が降ってきて、気が付くと昔になってて・・・。」
「なにを言ってるんだ!でも、無事でよかった!!」
父さんが泣いたのを初めて見た。
でも、その後に見せた笑顔は昔のまんまだった。
「・・・ありがとう」初めて親にありがとうを言った。
夕飯の後、父さんが僕を呼んだ。
「そういえば、昔、父さんが小さい頃に、誰かの親戚が1日だけ泊まったことがあってさぁ。その子たちはおかしなことを言う子でさ。未来がどうとか・・。」
「あっ!!そうそう、その子がくれたカッターナイフが、ほれ、昨日あっくんに渡そうとしたカッターナイフよ」
「あれ?これによく似たのがホームセンターに売ってたような・・・。気のせいか。」
「あっくん、いいか?
あっくんが昨日体験した事が、夢でも本当でも、どちらにしてもいいじゃないか。
そんな事より大切な事を学んだんじゃないかなぁ。
それを大切にこれからも大きくなればいいんじゃないか?
お父さんはそういう人の温かさや優しさがわかることが、何よりも一番大切やと思うし、友達と過ごして感じたこと、親友がいるってことがお金よりも大事な財産やと思うぞ。」
そう言って、またあの時と同じ笑顔を見せた。
次の日
4人でローソンに行った。
「こんにちは」
店長よりも先に挨拶をした。
今日は店長の目が500円玉だ。
「おっ!防空壕はどうだった?おもしろかっただろ?」
「はい、すごく!」普段は無口なたっちゃんが笑顔で答える。
「雨が降ってきてびっくりしたんですけど、ビニール袋をこうして、ああして」負けじとひろっさんも身振り手振りで話しかける。
「ありがとうございました」と、ともやんがお辞儀をしてあまったビニール袋を返した。
「いままでゴミを分けなかったり、挨拶をしなかったりごめんなさい。これからは気をつけます。それから、ありがとうございました。」と僕。
「どうしたんな、防空壕で何があったんな!?
でもな、そうやってありがとうやごめんなさいが言えるってことは本当にすばらしいことなんやぞ!何があったかわからんけど、行ってよかったな!!」
「はい。」もう4人の声も気持ちもぴったりだ!
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「あれから何年になる?」
「もう7年か・・・。」
「今日も行く?」
「ほんまにあっくんはあそこが好きやなぁ。」
ここから見る夕日は僕を温かく優しくしてくれる。
夢か本当かわからない出来事だったけど、ここから見た夕日とおばあちゃんの気持ちと、それにやっちゃんの笑顔は本当だったに違いない。
いまも変わらず家にある古ぼけた最新型のカッターナイフが嘘じゃないって言ってくれる。