第二章 その4 街中バトル!
「貴族の家を回るっていうのは私たちを心配させないための嘘だったのですね」
俺とオリヴィエ、そしてメリッサの3人はいっしょに並んで街中を歩いていた。だが真ん中のメリッサは背中を丸め、ばつが悪そうに縮こまっている。
「あそこにいる客なら禁制品の取り扱う場所を知っているかもしれないと思って……」
「メリッサ様のお考えは十分わかります。ですがどれだけ心配したことか、こっちの身にもなってください!」
オリヴィエが毅然と叱りつける。女騎士は「すまない」と小さく、消え入るような声で返した。
「ところで何か有益な情報は聞き出せましたか?」
さすがに人の目のある中怒られ続けるのはメリッサがかわいそうだと、俺は横から別の質問を入れる。
「ああ、やはり禁制品を取り扱う連中はいるらしい」
メリッサの声に明るさが戻る。心なしか背筋もまっすぐになったぞ。
「海賊市だ」
「海賊市?」
「ああ、表立って取り扱えない品や盗品を売買する場所のことだ。海賊が商船を襲って得た品を売り飛ばすことが多いからそう呼ばれている。ただいつ、どこでやるまでかはわからない」
なるほど海賊が主導で開く市か。市街地から外れた場所なら監視の目も届かないし、禁制品をやり取りするにはもってこいだろう。
「その時間と場所を聞き出しに行かれたのですね?」
「ああ、だがダメだった。誰も知らない様子だったよ」
そう言ってメリッサはふうとため息を吐く。
その時、どこからともなく漂ってきた香ばしい匂いが鼻を突き、俺はついそちらに目を向ける。
手押し車の屋台、禿げ上がったおじさんがほっかほかの焼き立てパンを売っていた。ふっくらとした生地にはトウモロコシの粒が混じっている。
「あ、美味しそう」
つい漏らした時、俺の腹がぐうっと鳴った。
「そう言えば昼食の時間だな。心配かけさせた礼だ、私がおごろう」
そう言ってメリッサが懐から硬貨の詰まった小さな布袋を取り出す。
どうも、ゴチになります。そういえば俺、今無一文だったな。この世界でもさっさと働き口を見つけないと。
「じゃあこれを3つ」
喜ぶオリヴィエの隣で店主に声をかけるメリッサ。このふたりは単なるお嬢様と使用人以上の関係なのかもしれない。
ふと俺は目を逸らす。そして「えっ?」と飛び上がった。
なんと通りの向こうから、角材を手に持った男がこっちに向かって真っすぐ走り寄ってきているのが目に飛び込んだのだ。
「危ない!」
俺はちょうど硬貨を手渡そうとしていたメリッサの手をとっさにつかみ、全力で引いた。
「な!?」
あまりの不意の出来事にメリッサもぐらりと体勢を崩す。そして勢いあまってそのまま地面に倒れ込んでしまった。少々地面がぬかるんでいるのか、泥がべちゃっと跳ね上がる。
直後、屋台に角材が振り下ろされ商品のトウモロコシパンが宙を舞う。彼女は間一髪直撃から逃れたのだ。
「わ、何事!?」
「何しやがる!」
響くはオリヴィエの悲鳴におじさんの怒鳴り声。だが男はそんなのどこ吹く風、地面に倒れたメリッサに向かって、またも角材を振り上げてきたのだ。
「死ね!」
メリッサは手で頭を守る。地面に腰を落とした彼女がこの一撃を避けることはまずできない。
とっさに俺は男の懐に飛び込んだ。そして男の片手首と角材を素早くつかむと、そのまま身を捻らせて角材を引っこ抜く。
「え!?」
男は目を点にした。今まで自分が持っていた得物が突如消えてしまい、何が起こったのやら思考が追いついていない様子だった。
その角材は俺が両手で握っていた。俺は奪った時の勢いで角材をすぐさま振り下ろすと、男の脳天に一撃を叩き付ける。
あまりにもきれいなクリーンヒット。男は悲鳴を上げる間もなく白目を剥き、がくんと膝をつくとそのまま気を失って倒れてしまった。
無刀取り。剣を持った相手に素手で立ち向かう際、その剣を奪って無力化する奥義。
本来は達人しか使いこなせない高難度の技であるが、相手の武器が角材でしかも隙だらけの素人であることが幸いした。
「シンヤ……」
しんと静まる街中で、メリッサが口を開く。無意識の内に動いていた俺は今、ようやく暴漢相手とはいえ自分が人を倒してしまったことに気付いたのだった。
「メ、メリッサさんすみません! 引っ張ってしまって!」
怪我してないかな!?
不安押し寄せて挙動不審になる俺に、立ち上がるメリッサは安堵したように微笑んだ。
「いや、すまなかった。今の動きは一体?」
「シンヤさん凄いです! 何ですか今の技は!?」
オリヴィエもくりくりとした目を輝かせる。
周りの人々も目の前で起こった出来事をようやく理解し、次々と拍手を贈る。
「初めて見たぜ、あんなスゲー技!」
「強いぞ兄ちゃん!」
途端俺はかっと恥ずかしくなった。
習ってきた剣術がまさかこんなところで活きるとは。
だがそんな喝采を送る人々の中、俺は見た。ただひとり背中を向けて走り去る人物、それが家と家の間の裏通りに消えていったのを。
「誰か逃げてる!」
俺が声を上げるとメリッサとオリヴィエはすぐに理解して同じ方向に向き直った。
「追おう!」
そしてギャラリーを掻き分け、3人でその人物を追った。きっと男をけしかけた張本人だ。
「まてぇ!」
裏通りの中ぱたぱたと逃げる怪しい影。あまり足は速くない、俺たちは簡単に追いつくことができた。
ドレス姿だというのに疾風のようにメリッサがとびつく。逃げていた人物は地面に組み伏され、悲痛なうめき声を上げて拘束された。
その顔を覗き込んで俺もオリヴィエも、メリッサもぎょっとする。
「さっきの酒場の!」
そう、メリッサに固められて顔を歪めているのはさっきの酒場でビールを運んでいたあのお姉さんだった。
「た、助けておくれよ!」
痛々しい声を上げるお姉さん。だがメリッサは力を緩めなかった。
「どうして私たちを襲ったんだ!」
「ふん、あんたみたいなお嬢さんがうちにくるからいけないんだよ」
「正直に答えろ!」
メリッサが声に凄みを利かせさらに力を込める。お姉さんは「うぐぐぐ」と唸るも相当我慢強いのか、一向に口を割る気配は無い。
メリッサを殺そうとした人物だが、女性の痛がる姿を見るのは辛い。このまま拷問にもかけてしまいそうなメリッサに俺は不安を覚えていた。
「お姉さん、ちょっと」
俺は倒れ込んだお姉さんの目の前でそっと腰を落とす。
罪悪感がどっと押し寄せる。しかし真相を知るためにはこの人にも味方になってもらわなくてはならない。
一連の問題が片付いたら俺が責任を持とう。
「何だいあんた」
お姉さんがギロリとこちらを睨みつけたその時、俺はサングラスを外した。
途端、お姉さんの悪意に満ちた目がぱあっと開き、頬が紅潮する。
「あ、ああ……」
「お姉さん、話してください」
瞳を潤ませるお姉さんに俺はそっと声をかける。魔性の瞳の効果は抜群、彼女はすっかり俺の虜になっていた。
「そんな、卑怯だよ……」
そうだ、卑怯だ。胸の痛みに俺も苦虫を潰したような顔を浮かべる。
「話せ」
だがメリッサは相変わらずで、拘束の手により一層力を込める。
「わかったわかった、話すから起き上がらせてくれよ!」
懇願するお姉さん。メリッサはようやく手を離した。