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第二章 その2 ボスフェルト家

「すまないな、父も使用人も出払っていて今誰もいないんだ。それに私もしばらくしたらここを出る。たいしたもてなしはできないが、せめて思う存分くつろいでくれ」


 そう言って俺を屋敷の中に案内したメリッサは昨日のような甲冑姿ではなく、薄い白地のドレスを着ていた。これといった華美な装飾はほどこされていない、至ってシンプルなデザイン。だが彼女の輝くような金髪と青い瞳は、それだけで珠玉の宝飾を身に付けているように見えた。


「いや、そんな気になさらずとも」


 大きな暖炉のしつらえられたダイニングルーム、椅子に座らされた俺は机の上を慌てて布で拭くメリッサをぼうっと眺めていた。


「待ってろ、何か準備する」


 そして部屋の整理を急いで終えると小走りで別の部屋に消える。


 来たのが俺みたいなガラ悪い男だというのに、張り切ってるなぁ。やはり魔性の瞳の効果は持続しているようで、つくづく取り返しのつかないことをしてしまったとどんどん申し訳なく感じる。


「それにしても」


 俺は部屋を見回した。ボスフェルト家の家訓は清貧なのだろうか、こんなに賑やかな街の騎士なのに、部屋の様子は非常に質素だった。


 現在の当主だろうか、男性の肖像画が飾られている以外の絵画は飾られておらず、机や戸棚といった家財も丁寧な仕事はされているが余計な飾りはついていない。


「あれは?」


 ただ唯一、見せつけるように壁に飾られた一本の剣に俺の目は奪われる。


 均一な太さで細長くも頑強そうな漆塗りの鞘。それが包み隠すは刃渡り70cmほどだろうか。持ち手には柄糸が巻かれ、それが何重にも重なることでひとつの紋様を形成している。


 まさしく日本刀そのものだった。この異世界で目にするとはまったく思えなかった代物。


「気になるか?」


 いつの間にか席を立ってすぐ前で見ていた俺の背後でメリッサがふふっとほほ笑む。いつの間に戻ってきたのだろう。


「それははるか東方の国で使われている『カタナ』という剣だ」


「なぜこんなものが?」


「我らがエルディヴィス王国は商業国家だ、世界中に船を出して貿易を行っている。特にこの剣を作る国はなかなか気難しく、限られた国としか交易を行わない」


 俺とメリッサは肩を並べて刀に見入る。


 なんだか手がうずく。小さい頃から居合道を習ってきた俺だ、刀身の芸術的なまでの曲線美を見て反射的に血が滾り出したようだ。


 就職してからは道場からめっきり足が遠のいていたが、昔の俺は大会にも出て入賞するほど居合道に打ち込んでいた。特に今は毎日のように剣を握っていた高校生の頃の身体に戻ったせいか、内側からはこの刀を振ってみたいという抑えきれないほどの衝動が湧き起こってくる。


「私たちボスフェルト家は代々王家に仕えてきた騎士だが家格はさほど高くない。だが遠くの地へ赴いては手柄を立てたり交易ルートを開拓してきた自負がある。このカタナは私の祖父が東方の国へ航海に出た際に持ち帰って来たものだ。父も同じだ、30年前エルディヴィス王国が新大陸への入植に本格的に着手した際、海を越えてこの地に渡って来た」


 刀にそっと手を触れさせるメリッサ。そして思い出したように手に持った陶器の瓶を見せると嬉しそうに話した。


「そうそう秘蔵のイェネーファだ、飲んでくれ」


 そして瓶から金属製の杯にとくとくと透明な液体を注ぐと、俺に突き出す。


「あ、ありがとうございます」


 イェネーファってなんだ? と鼻を近づけるとアルコールの匂いが鼻に突き刺さる。どうやら酒の一種のようだ。


 身体は高校生の頃のものだが精神は30手前の大人。当然酒をもらって嬉しくないはずがない。まあ死期が早まったのも仕事のストレスを酒でぶっ飛ばしまくっていたせいで内臓ボロボロになってしまったからなんだけれども。


 口に着けて喉の奥に流し込む。一瞬で胃の奥までが焼けてしまったようだ。かなり度がきついしクセも強い。


 だがこのクセの強さが美味いんだ。


「かぁー、うっめえ!」


 飲み屋での癖が出る。メリッサがくすくすと笑い、思わず恥ずかしいところを見せてしまったと顔を赤くした。


「ところでシンヤ、今日ここに来たのはどういった用件だ?」


 そうだここが大切だ。俺は酒のコップを置き改まって切り出した。


「メリッサさん、街を守るためドラゴンと交渉に挑むあなたの気概、私はいたく感服しました」


 今言ったことは多少盛っている点はあるものの事実には違いない。いわば敵陣のど真ん中にひとりで突っ込むメリッサの勇気、平時のドラゴン族がそんなことする人たちには思えないが生け捕りにされて交渉カードにされる可能性も考えると相当なものだ。


 ネウレイデンのためにここまで献身的になれる彼女を、俺は放っておくことができなかった。


「そこでお願いです、ドラゴン族と間のいざこざについて私も解決に協力させてください」


 俺は頭を下げた。このまま何も進まないとドラゴン族と人間との間で戦いが起こる。そうなるとこの街も無事では済まされない。


 メリッサもある程度何を言われるか予想はしていたのだろう、ふんふんと頷いてはいるが気まずい表情は相変わらずだった。


「その気持ちは嬉しい。だがおそらく他国の陰謀が絡んでいる、とてもそなたの力だけでどうにかなる問題ではない」


「ドラゴンの皆さんも思っています。本当はこんな争い起こしたくないんだと。人間もドラゴンも思いは同じはず、ならば歩み寄りは可能です」


 俺は食い下がった。この世界の争いを救うのが俺がここで生まれ変わった理由ならば、目の前に迫る争いの種をまず摘むのは当然。


 明王様は言った、『愛の力』でこの世界を平和にしろと。逆に考えれば俺が正しく動きさえすれば、この争いを止めることはできるはずだ。


 あくまで強く頼み込む俺に、メリッサも目を丸くしている。


「不思議だな、そなたを見ていると心が氷解してしまうようだ。どんなことでも正直に話したくなる。だから……」


 そして俺の傍をつかつかと離れる。そしていきなりくるりと振り返ったかと思うと、ドレスの裾を翻しながらにこりと笑ったのだった。


「これからはボスフェルト家の人間としてでなく、メリッサというひとりの馬鹿な娘が話したと思ってくれ」


 やはり恋は相手の心を解きほぐす。むしろ恋は盲目と呼ぶべきか、正常な判断力を奪っているようだ。副次的なものにせよ魔性の瞳の最大の効果はこれだろう、全ての女性を俺の味方につけることができる。


 ただ効果が一次的ならまだしも一生続くとなれば、使用に際して良心の呵責が半端ない。メリッサも俺の虜になっているのは明らかだ、普通知り合って間もない男にここまでの情報を話すことはまずあり得ない。


「あのやじりは正しく王国軍のもの。だが製造はこの新大陸ではなく本国で行われている。輸送には商船は使われず、エルディヴィス海軍の軍艦でしか運搬されない」


「ということは軍の誰かが?」


「考えたくはないが、その可能性も否定はできない。そこは現在父が調べているが、それで出てくるとはとても思えない」


 ふとメリッサが壁にかけられた小さな鏡に目を移す。そして鏡に映った自分の姿をよく確かめ、小さく頷いた。


「実は私もこれから知り合いの貴族や騎士の家を回って、内情を聞いてみようと思うのだ」


 なるほど、だからドレスだったのかと俺は妙に納得した。


 3日というタイムリミット、それまでに真相を突き止めようと彼女も必死だ。公的に父が調査するよりも、娘が私的に訪ねることでもしかしたらポロっと情報を聞き出せるかもしれないという算段だろう。


 しかしそんな内部の調査など、あと3日で終わるものなのだろうか。そもそも内通者がいるというのもあくまでも可能性のひとつ、本当に全員シロかもしれないのに。


「メリッサ様、ただいま戻りましたー」


 その時、玄関がギギッと開かれる音とともに、威勢の良い中性的な声が家に響いた。


「使用人が戻ってきたようだ」


 そう言うメリッサはちょっと残念そうな顔を見せていた。


 そしてダイニングルームに小柄な影が現れる。


「見てくださいメリッサ様、市場にこんな新鮮なカボチャが……」


 まだ10代半ばほどのメイドさんだった。ふわふわの黒髪を肩まで伸ばし、にふりふりのフリルの施されたエプロンドレス。あどけなく可愛らしい顔立ち。


 小柄で華奢な体躯ながら道行く男を振り向かせるだけの将来性を秘めていた。


「あれ、お客様でしたか。これは失礼しました、今すぐ準備します」


「いえ、そんな」


「かまわないぞシンヤ、時間の許す限りゆっくりしていってくれ。そうだオリヴィエ、私が出かけている間、シンヤの相手をしてやってくれないか?」


 オリヴィエと呼ばれたメイドはキッチンに向かいながら、「はーい」と元気に返した。

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