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第一章 その4 女騎士メリッサ

 俺と女騎士は洞穴のひとつに案内された。


「それで、どういう話がしたいわけ?」


 動物の毛皮を敷き詰めた狭い洞穴の中、小さな焚き火を囲んで俺たち3人は円座を組んでいた。


「言っておくけどあなたは放さないから。街に連れ帰ろうったって絶対に認めないからね」


「いや、そもそもなんだけど」


 ぶっきらぼうに話し出すアナを制するように俺は切り出す。


「ここはどこなの? なんでみんな争ってるの?」


 ばっさりはっきり尋ねてみた。途端、女騎士が目を開いて驚く。


「そなた、ネウレイデンを知らないのか?」


「はい、全くその通り」


「まさか大陸一番の街を知らないなんて、人間でそういうの珍しいわね」


 アナがけらけらと笑う。


 そりゃここは俺にとって未知の世界ですから。


「ネウレイデンは我らエルディヴィス王国の新大陸における最大の拠点だ」


 女騎士がすかさず解説してくれるが、エルディヴィス王国? それに新大陸?


 また新たな固有名詞が登場したぞ。世界史が苦手だったもんでそういう脈絡のない言葉を新しく覚えるのは不得手だ。


「エルディヴィス王国ってのは海の向こうの国のこと。この人たち、私たちの住むこの母なる大地を新大陸だとか言って押し掛けてきたのよ」


 毛皮の上にごろんと寝転がってアナが言い放つと、女騎士はむっと頬を膨らませた。


「その言い方は少々心外だが……まあいい。我々が築いた新しい町をネウレイデンと呼ぶのだ」


 どこかで聞いたような話だな。つまりドラゴン族はこの大陸の先住民で、後からやって来たのが人間というわけか。そして人間の方が総じて文明も発展していると。


「何が心外よ、この大地は誰の物でもない。昔から大いなる存在の下、魔族も動物もみんな平等に使ってきたのよ。それを自分たちの土地だって城壁まで作っちゃって」


「それとこれとは今は関係ないだろ」


 アナがむくりと起き上がり、女騎士が睨み返す。両者の間にはバチバチと閃光が走っていた。


「あの、言い争いは中断してくださいます?」


 俺はまたもふたりの間に割り込む。互いに納得はできていないようだが、しぶしぶ座り直してこれ以上の争いに発展する前に鎮火する。


「おふたりは何故そんなに争っているのですか?」


 ズバリストレートに尋ねる。さっきからずっと気になっていたこの疑問は、このタイミングでしか訊けなかった。


 ついさっきガチンコでぶつかりそうになっていたふたりだが、今はいがみ合いながらもこうやって火を囲んでいる。きっと戦いたくなくとも戦わざるを得ない、込み入った事情があるのだろう。


「実はつい3日前、ネウレイデンの近郊でドラゴンの死体が見つかったのよ」


 アナがぼそりと口にする。炎から虚ろな目を逸らし、悲しそうな声で。


「私の幼馴染の男の子だった。狩った獣の皮をネウレイデンに届けに行く途中だったわ。何者かに襲われて、身体中に弓矢が刺さってて……」


 アナの声がパチパチという火の音に消え入る。そしてさらに顔を背け、目をごしごしと擦り始めた。


「我々は先住民の魔族と無用な争いは起こしたくない。交易を通じた対等な関係を築いていきたいし、当然民衆にも無益な殺生は禁じている」


 女騎士も加わる。決して他人事ではなく、身内に同情するような話しぶりだった。


「でもその死体からは爪と牙、鱗が全部抜かれていた」


 ぎろっと黄金色の瞳をこちらに向け、アナが言い放つ。あまりの剣幕に俺はびくりと震え上がってしまった。


「ドラゴンにとってそれらが一族の誇りであることは重々理解している。だからこそ我々があのような非道をはたらくことは断じて無い」


「じゃあ、あれは何だって言うの! その非道が現実に起こってしまったのよ!?」


 またしてもアナの語気が強まる。幼馴染を亡くしているのだ、感情的になるのも無理はない。


 しかしやはりと言うべきか、俺はようやく腑に落ちた。やはりふたりは元々争いなど起こしたくなかったのだろう。だが人間とドラゴン、互いの立場を守っていく上でこのように対立せざるを得なくなってしまったか。


「でも、なぜそれをネウレイデンの仕業だと思ったんだい?」


 話題を逸らそうと俺が尋ねると、不意にアナが懐から何かを取り出す。


「このやじりを見て」


 そして俺たちに見せつけたのは金属製の鏃だった。鋭く尖った鉄製だが、そこには細かい鳥のような紋章が施されていた。


「これはエルディヴィス王家の紋章。ネウレイデンの正規騎士はこれを使うのよ。これが死体に何本も刺さっていたの」


「偽物っていう可能性は?」


「いや、これは正しく本物だ」


 女騎士が割り込む。


「そもそもドラゴン族に製鉄の技術は無い」


 断言する。立場を守るために偽物だと言い張ることも可能なのに、それをしないとはこの女騎士はどれほど潔いのか。


「でしょ? 互いに不可侵の約束を取り決めたのに一方的に破られるなんてあんまりだわ。人間なんてどこの国の連中も結局みんな同じ嘘吐きだわ!」


「いや、それは決して我々がしたことでは」


「じゃあ真犯人突き出してよ!」


「うう……」


 まくしたてるアナに女騎士は返す言葉も見つからない。だがその時、彼女はちらりと俺の方に目を向けたのだった。


 何か言いたげな顔だ。直感的にそう思い、俺は申し訳なさげにアナに顔を向けた。


「アナ、少し悪いんだけど席を外してくれるかな?」


「ちょっと、その女の肩持つ気!?」


「いや、そうじゃない。ただちょっと気になることがあって」


 じっと俺と女騎士の顔を見比べるアナ。だが彼女も聞き分けは良い方なのだろう、はあと小さなため息を吐くと立ち上がり、ずこずこと洞穴を出て行ったのだった。


「じゃあ少しだけね。ここから絶対外に出ちゃダメよ」


 そう言い残して外へと出る。


「ありがとう」


 感謝を述べるとアナは背中を向けたままプラプラと手を振り、やがてその姿は見えなくなってしまった。


「すまない」


 女騎士がふうと重々しく息を吐く。俺はそんな彼女がなんだかいじらしく思え、つい「いえ、あなたは……」と慰めてようとする。


「メリッサだ」


 だが俺が言葉にするより先に、彼女は口を開く。


「え?」


 固まる俺。女騎士は俺の方に向いてふふっと口角を上げた。


「メリッサ・ボスフェルト。それが私の名だ。シンヤとか言ったな、見苦しい姿を見せて申し訳ない」


 女騎士メリッサはそう自己紹介した。戦場で見せた勇ましい姿とはまた違う、女性的な一面を垣間見た気がしてどきりとした。


 だが俺は今しがた頭をよぎった煩悩を振り払う。俺が一番尋ねたいことは別にある。


 さっきのアナの「人間なんてどこの国の連中も同じ」という言葉、妙に俺の中でひっかかっていた。


「メリッサさん、思うのですがネウレイデンの街は他の誰かに狙われたりしていませんか?」


 しばし黙り込むメリッサだが、やがてにやりと笑うと「よく気付いたな」と返したのだった。


「そう、この新大陸にはエルディヴィス王国以外にもいくつもの国々が植民地を開拓しにきている。特にネウレイデンは大河の河口という自然の良港に築かれた都市だ、他の国々が喉から手が出るほど欲しがるのは当然のこと」


「じゃあ犯人の目星は?」


「だいたいついている、他の国の連中だろう。どういうわけか王国の矢を盗み出し、ネウレイデンの近くでドラゴンを殺した。その罪を我々に着せようという魂胆だ」


「それじゃそのことを伝えれば!」


 ついついぐっと身を乗り出す。だがメリッサはうなだれたまま首を横に振った。


「それだけでは足りない。証拠がないんだ。いつ、誰が、どこで矢を盗んだのか……それを突き止めなくてはこの戦いは避けられない」


 なるほどな。一見未開の異世界であっても争いごとは避けたいもの、特に外交に関しては慎重を期している。


 そしてまたこの凛々しい女騎士が本音をさらけ出してくれて、俺はいくらか嬉しくも感じていた。こんな一介の日本人の非モテ男だが、胸の中でつっかえているものを打ち明けられてとても自分が頼りにされている気がする。


 その時、ふと明王様の言葉を思い出す。争いの絶えないこの世界を救ってくれ、と。


 きっとあの言葉はこういう意味だったのだ。目の前に争いを避けたくとも争わざるを得ない人々がいる。それもこんな可憐な女性であっても。


 本来は死ぬはずだったこの命はいわばもらい得。明王様に従って、この世界のために使えるだけ使ってやろうじゃないか。


「メリッサさん、真犯人を探すのでしたら俺にも協力させてください」


 自分の嗜好が整理できるよりも先に、俺は言い切っていた。それを聞いて女騎士ははっと頭を上げる。そして今にも泣き出しそうに顔をほころばせたのだった。


「それは心強いが……は!」


 だが直後、正気を取り戻したといわんばかりに跳び上がる。そして頭を抱え、唸りながらうずくまってしまったのだった。


「出自のわからぬそなたにこのようなこと話すべきではなかった。私としたことが、一体どうしたというのだろう」


 憑き物が落ちたようなメリッサの様子に、俺は戸惑うしかなかった。まるで今まで催眠術にかかっていたのが解けてしまったかのようだ。


 そこで俺の脳裏にひとつの考えが浮かび上がる。明王様の言う『愛の力』って、まさか……。


「ねえ、もういいでしょ?」


 ぴょこっとアナが顔を覗かせる。タイムアップのようだ。


「ああ」


 女騎士はゆっくりと立ち上がり、重い足取りで洞穴を後にしたのだった。

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