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花見ノ友

只今マイクのテスト中

作者: 春花とおく

「あー、というわけで新入生諸君には、えー社会に出る責任と覚悟を、我が大学で持ってもらいたいと思います」


マイクのテストからあーとかえーとかグダグダと続けていた校長がついにマイクを離れた。

やっと、入学式が終わる。

早く帰って読みかけの本の続きを…あ、サークルとかも見とかなきゃな。


「これで、入学式を終わります」


いかにも管理職な教頭の締めの言葉が入って、僕の大学生活は幕を開けた。


――――――――――――――――――


「あ、お前入学式の時前にいたやつじゃん」


声をかけられたのは読書サークルに見学に来ていた時だった。

読書サークルとは、その名の通り読書をして、感想を言い合って、本を勧め合うサークル。集まるのは週に数度で、それも参加自由。まさに僕のような陰キャうってつけのサークルなのだ。

波風を立てないよう、目立たないようと思って来たサークルなのに、大学生活初めて話すことになったのは全くの反対、声を出せば波を立てるような、派手なやつだった。


「なあ!そうだろ。俺桜庭春斗ってんだけどさ、サークル入るワケ?」


春の代名詞のような名の男は桜の咲く春に、夏のような雰囲気を感じさせた。


「うん。よく覚えていたね」


すると桜庭は満面の笑みを浮かべた。春の爽やかさを感じさせた。


「まあな。1時間以上あんたの後頭部見つめてたわけだから、形まではっきりな」


「でも、それだけで僕に?」


すると今度は不思議そうな顔を見せた。そして一瞬真顔になって、やっぱり笑った。


「当たり前だろ?だって、後頭部の形まで覚えた同士が同じサークルに来てんだぜ。これは運命だよ。ウン億の中で奇跡的に出会ったに違いねえ。そんな奇跡掴むしかないじゃん」


桜庭は僕よりも小さい。少し目線を下げれば目が合う位だ。でも、きっと、僕なんかよりも人間はでかい。そう思った。


「それよりさ、名前聞いてないんだけど」


桜庭は一冊の大学ノートを見せた。びっしりと名前のようなものと、大学、サークル、職業などが書かれている。


「俺ってこう見えて、友達多いんだよ。友達100人できるかな?って、な。助けが欲しけりゃ、俺に頼れよ。スマートに助けてやるよ。友達だからな」


友達が助けるの間違いじゃないか?とは言わなかった。少し嬉しくて、声がすぐに出なかった。


「かわたにしゅう、川谷秋だ」


おお、あの、俳優と同じ?

桜庭は最近人気上昇中の若手俳優の名をあげた。

で、少し僕の顔を見つめて言った。


「俺は秋の方が、イケメンだと思うけどね」


「いや、どっちも川谷で、どっちも秋なんだよ」


こんな感じで僕の大学生活は真に始まった。



―――――――――――――――――――――



「おい、秋。し、ゆ、う!!」


「うわ…なんだよ」


「いや、これで100回は呼んだぞって。これいける?」


久しぶりにサークルの集まりに顔を出していた。

図書館のキャンペーンでポップを作るというので、意外にも桜庭に誘われて来た。


外見に似合わず手先が器用なのか可愛らしい色のポップを見せて彼は言った。


「あ、いいんじゃない?」


僕は本心から言ったんだけど、桜庭は怪訝そうな顔をした。すっかり僕の親友気取りで、そうでなくてもなのかは知らないが、ずげずけとものを言うようになっていた。


「お前、ひょっとして彼女の方見てただろ」


桜庭は僕達の向かいのテーブルを指した。


そこでは女子三人組が、ワイワイとポップ作りをたのしんでいる。恐らく桜庭はその中の誰かを言っているのだろう。


一人は、眼鏡をかけたポニーテール。

もう一人は、ショートカットで場に似合わずはつらつとした女子で、最後の一人は真っ黒なロングヘアーの女子。


「とうかちゃんか?」


間違いではない。確かに僕は黒髪の彼女を見ていた。


しかしそんなこと言えるはずもなく僕は厚紙に手を伸ばす。


「まあ、確かに可愛いわな」


間違いではないのだが、一人で頷いて桜庭は僕の方に手をかける。


「高嶺の花を取りに行く勇気はあるか?」


「ない」


桜庭は即答した僕に呆れるように首を振った。


「じゃあまあ、陽キャラ代表のこの俺が親友のためにいってきてやりますか」


そう言って橋本さんの方へ向かったから驚いた。勝手に親友と言われたことに憤慨して、その後慌てた。


そんな僕とは反対に桜庭は動じることなく彼女らのテーブルへ歩いていく。それに気付いたのか、橋本とうかさんは顔を上げた。サラリと黒髪が揺れる。


「進んでる?」


まず、桜庭はこう言った。


その時はまだ橋本さんも訝しむような顔をしていた。


「まあ、」と愛想笑いか、苦笑いかを浮かべている。


「橋本冬華さんだよね。君めっちゃ可愛いね」


苦笑いが、消えた。橋本さんのも、僕のも。


「って俺の親友が言ってるんだけどさ」


橋本さんの視線は桜庭から、僕へ移った。


僕もそちらを見ていたから、目が合ってしまう。


精一杯、笑顔を作る。苦笑いにならないようにするのが精一杯。


幸いにも橋本さんは嫌な顔をすることなくて、さらには僕に微笑みかけてくれた。隣では、桜庭がニヤニヤしている。

まるで、「感謝しろ」とでも言わんばかりに。


「ふざけるな」口パクでそう伝えるのだけど、感謝の言葉と受け取ったか、桜庭はピースサインで返事をした。


「ライン教えてくれない?奇跡的にも、同じサークルに入ったんだし」


いつか見せた文句の二番煎じで彼はいった。もしかすると僕のときでもう三番煎じ位はいっていたかもしれないから、もう、ホントうっすい。軽薄なやつだなあと思う反面感心すらする。

橋本さんが桜庭を見る顔に怪訝さは消えていたから。

そして、彼女は僕に向けたのよりもずっといい笑顔で返事をした。


「もちろん、山野さんも、石川さんも」


結局桜庭は三人分のIDを獲得し、誇らしげに席へ戻ってきた。僕にかこつけて、自分も彼女らと仲良くなりたかったのだろうと確信する。


「ほら、今のうちに追加しとけ」


桜庭はノートの切れ端にメモをして寄越した。


少し迷ったが、受け取ることにする。すると彼は意味ありげに笑った。



その夜のことだ。


僕は内心ドキドキしながらラインを開いて、橋本さんのIDを打ち込む。猫の写真とともにto-kaという文字が表示される。僕は友達に追加を押す。


ここからが、問題だ。なんて送ろうか。


桜庭が僕の好意を公言した手前、なかなか難しい。


『今朝は桜庭が変なこと言ってごめん。これからよろしく』


そう打って、寝ることにした。


朝起きたら『ううん!こちらこそよろしくね』と返信がきていたからガッツポーズをした。


もちろん、山野さんと石川さんも、追加した。

『とうかに変なことしないでね』

変質者の気持ちを痛感した、春だった。



――――――――――――――――――――



「なあ、おい、カラオケ行こうぜ」


夏には僕と桜庭、それからなんと石川さん、山野さん、なんとなんと橋本さんと一緒に海へ行った。

秋には紅葉を見に行ったし、なぜか芋掘りまで行った。僕はただ桜庭の言うままについて行っただけなのに、季節は思い出と共に急速にながれ、しかし橋本さんとの仲は全く進展せず、冬になる。

そして、いつもの調子で桜庭が言ったのだった。


そしていつもの調子で僕はついて行った。


メンバーはいつもの五人。

いつもの調子で挨拶を交わし、カラオケボックスに入る。違ったのはここからだった。


「ねぇ、お酒飲まない?」


石川さんの言葉に皆が顔を合わせた。まだ僕らは一回生で、未成年だ。

割と真面目そうな彼女が言ったのだから、皆おどろいているようだった。


「私一浪してるからさ、もうすぐ成人なんだよね。だからさ、」


なら成人してから飲めばいいのではないか。それよりも石川さんが年上だったことの衝撃が勝って僕は何をいえばいいのやら分からなくなった。


「最後の、未成年飲酒禁止法違反」


隣で橋本さんが呟いた。

「なるほど」と僕もやっと声がでた。


「あー、実は俺二浪だから二十歳こえてんだよね」


そこでさらりと桜庭が言った。


四人の間に衝撃が走る。


「こんなやつが年上だって考えると、年齢で偉そうにする人って馬鹿らしいよね」


初めに口を開いたのは橋本さんだった。


「とうかちゃん、こんなやつって俺のこと?」


当の桜庭は何食わぬ顔でヘラヘラと笑っている。


確かに、ひとつふたつ年が変わったところで彼が僕の親友を騙るのは変わらないだろうし、僕が彼をリスペクトしないのも、かわらない。


「え、で、何頼む?やっぱ、ビール?酎ハイ?」


「私酎ハイ」「私も」「同じく」「じゃあ、僕も」


「えー、じゃあ大人な俺はビールにしちゃおっかな」


結局この件はうやむやに流れ、桜庭が注文をした。


運ばれてきた時店員が訝しげに僕らを見たが、桜庭が軽くあしらった。改めて見れば、僕らより貫禄があるかも知れない。けっして、『オトナ』ではないのだが。


「じゃあ、十代だと思われていた俺の半年に乾杯」


「私の十代の栄光に乾杯」


飲んだことがなかったわけではないが、酎ハイは少し苦く感じた。一人桜庭だけは美味そうに口元の泡を拭っている。


「よし、じゃ、始めるか。まずは俺の歌で耳を清めてくれ」


桜庭が入力したのはなんと、『津軽海峡冬景色』だった。まさか、大人を演出しているのだろうか、しかしこれはもはやおじさんだ。意気揚々とマイクへ近付く桜庭は僕らの視線を憧憬の眼差しと見たか、手を振っている。


「あー、あー、マイクのテスト中マイクのテスト中」


「カラオケでいる?それ」


「いや、だってさ。大事な場面でマイクが調子悪かったら丸つぶれじゃん。例えばさ、サプライズで放送使って告白するとして、『好きです』が『すしです』になるかもしれんじゃん。そうなったらもうね、一生告白できないよ。こっちはそれこそ、身を捌かれる思いでやってんのに、笑いのネタにされる」


「間違いなく寿司にはなっている」


「俺はね、どんな緊迫した場面でもマイクを使うとなればまずテストをするよ。それが、俺のポリシーだ」


そんなこんなで伴奏は終わり、桜庭は歌い出した。


悔しいことにこれがなかなか上手くて僕らは彼の歌に聞き入った。終わるとみんな拍手をした。得点は90点もあった。


僕らは年長者の貫禄を痛感して、であるが三秒後には忘れて次の歌に入る。橋本さんはラブソングを歌い上げ僕をトリコにしていたし、石川さんはアニソンを歌って場を盛り上げていた。山野さんはガールズバンドの歌で楽しませて、そして僕は同姓同名の俳優主演のドラマ主題歌を歌った。「やっぱり、似てるね」って、きっと歌は上手くなかったんだろう。僕は酒を飲んだ。




「じゃあねーー」


駅からは皆別々の方角へ向う。慣れないせいか、体質か、僕はすっかり酔ってふらふらと歩く。あ、橋本さんたち送らなくて大丈夫かな。頭で考えつつも体は反応しない。そうこうしてるうちに家へ続く裏道へ入る。


そこはとても暗くて、細い。僕が女性ならきっと敬遠するはずだろうけど、そんな、男を誘拐する者なんていないだろう。いたとすれば本気の変質者か、犯罪者か、どちらかだ。ぼんやりと考える。


「おい。お前が川谷秋か」


声をかけられたとやっと気付いた時には通路は塞がれていた。大きな男だった。


「あー、はい。そうですよ」


酔った勢いかなんとも考えず答えた。と同時にガッチリと男に肩を掴まれた。そこでようやく正気に戻った。


「あ、変質者の方ですか」


「ふざけるな」


ああ、今の彼は春の頃の僕と、同じだ。

そりゃあ、変質者と疑われたら気分も悪いだろう。


「犯罪者の方でしたか」


視界がふっと閉じた。



―――――――――――――――――



目が覚めるとまず後頭部に痛みが走った。殴られたんだと冴えない頭で考える。


起き上がって周りを見回すと、ここは小さい部屋のようで、僕はベットの上にいた。トイレと、洗面器と、ドアしか他に見当たらない。病室か、と僕は思った。いや、それにしても殺風景だし、どこか薄暗い。

一縷の望みをかけてドアノブを捻ったけど、鍵がかかっている。ほとんど落胆もなかったがひとつため息を吐き、考える。


「誘拐、された…?」


まさか。ただの大学生の僕が、なぜ?

親もただのサラリーマンだし、兄弟もいない。

犯罪に手を染めた記憶は飲酒くらいだし、恨みを買った覚えは石川さん達以外ない。

大男らが犯罪者で変質者な可能性がないこともないが、そうでないことを祈りたい。


なんにせよ、僕史上最大の危機だ。

どうしよう、どうしよう。


すっかり酔いが覚めてしまい不安に駆られた僕に正気を取り戻させたのは、大男だった。


「おい。お前生きてるか」


乱雑にドアをあけ、菓子パンを一つ投げて「飯だ」と彼は言った。


そう言えば、今何時だろう。お腹もすいてるし、朝だろうか。などと考えていると、


「お前、なんでこんな目にあってるか、考えてるだろう」


と大男は押し殺すように笑った。まるで、誘拐を楽しんででもいるのか、僕が怯えている様子を楽しんでいるのかのように。あいにく僕が考えていたのは時間であり、必要な講義であり、桜庭との約束だった。


あれ、なんの約束だっけ?


僕は何も答えなかったが大男はひとりでに続けた。


「お前の親、議員だろう。議員ってのは、大変だよな。お金は持ってるし、国民の恨みを買いやすい。まあ、一番大変なのはその息子だがな」


くっくっくと大男はまた笑った。恐らく、その息子というのは、彼にとって僕を指しているのだろう。しかし僕の父はIT系の会社に務めるサラリーマンだし、母は専業主婦。同情されたもののなんと返せば良いのやら。まさか、誰かと間違えられたのか?


「え…僕の父は、ただのサラリーマンですが…?」


恐る恐る、出来るだけ男の気を逆撫ですることのないよう言った。が、その配慮も虚しく大男の顔が引きつった。強面がさらに、恐ろしくなる。


僕は怯えながらも、自分に言い聞かせた。間違いなら、大丈夫だ。解放される――いや?


「お前、川谷秋で間違いねぇだろうな」


大男の額にシワが浮かんでいる。


「ええ。でも、僕の親戚には、議員はいません。たぶん、間違えてるんです。だから、解放してくれませんか」


僕はとにかく必死で、訴えた。恐らく、その議員は誰かしらの、もしくは彼らの恨みを買い、その息子をさらった。予想できるのは身代金の請求または、殺害。

今の所大男は僕に同情すら覚えてくれているらしいが、彼なら一人くらい表情も変えずに殺しそうな気はする。


男は無表情で携帯をいじくっていた。その目は僕に声をかけた時とは打って変わって、冷たい。

額の汗がさらに冷たく光った。


「ああ…学生証を見た限り、確かに川谷秋なんだが…一度きてくれ」


電話を切ると大男は僕を見た。背中に悪寒が走るのを感じながら、僕は思った。


まさか、まさかとは思うが、あの川谷秋―-議員の息子であり、話題沸騰中の個性派俳優と間違えられたのでは――


「も、もし僕があなたの思う川谷秋じゃなかったら、どう、するのですか」


解放する。期待しつつも、それは無理だろうという諦めがじわじわと僕を締め付ける。締め付けられて、恐ろしい想像に絞られて、冷や汗が止まらない。漫画でも、ドラマでも間違えられ誘拐された被害者は命の危機に晒される。でも誰か、ヒーローが助けてくれる。

ああ、誰か助けてくれ!!


「おい、どうしたって…」


入ってきた二人目の男は意外にも小柄だった。しかし僕を見る小男の目は大男のそれより、さらに冷酷なものであった。


「お前、写真見ただろうな」


「あぁ、それなら、ちゃんと頭ん中入ってら」


「そうか…」


小男はため息をついて頭を抱えた。僕は自らの不幸を確信した。同姓同名の者と間違えて誘拐されたなんて、最高のネタになるじゃないか!なんて、全く笑えない。二度と笑えないことになるかもしれないのに。


「違う。こいつは、やつじゃない。この写真を見ろ!」


「あ……」


間抜けな声が小さな部屋に響いく。ビンゴ!と叫びたい気すら湧いた。まさにそこに写っていたのはやはり個性派俳優川谷秋。


「まったく、どこをどうすればお前みたいなのが出来上がって、俳優と大学生を間違えられるんだ…」


「い、いや。俳優って聞いて、んでこいつの方がイケメンだったから…」


「とにかく、こいつをどうするか」


ついにお決まりの台詞が出てきて、僕は焦る。このままでは、消される。


「俺たちの顔を見られただけでなく、喋ったんだろ。依頼人の目的」


「いや、曖昧に留めたけどよ」


小男が僕を汚いものでも見るかのような目で見た。僕じゃなくて、あのどんくさい大男にしてほしい。いや、そんな場合じゃない。どうする?考えなくては…


「やるしかねぇか」


小男が言った。

僕は悲鳴をあげそうになる。大男はオロオロして、「でも」と呟いた。


「元々一生豚箱入る覚悟でやってんだ。てめえの馬鹿には呆れるが、これ位は元々避けて通れない」


小男はそそくさと出ていった。あとを大男がつけていく。


「ここは今はやってないが、病院だった。ドアは内からは絶対にあかないし、窓もない。精神科の病室をちろっと改造したやつだ。言わなくてもわかるな。大人しく最期の時間を過ごせ」


大男が凄みをきかせて言った。彼がどんくさいのはわかっていたけれど、それでも恐ろしかった。


ドアの閉まる金属音が部屋に反響する。

僕の内側では「最期の時」という単語がこだましている。



いったい、今は何時だろう。ほんの少しウトウトしていたようで、ぼんやりとそう考えた。

しかし考える必要もなく、その答えはいとも簡単にやってきた。


「待たせたな。お迎えの時間だ」


小男たちが帰ってきたのだ。手にはホームセンターの袋を持っている。中身を想像して、僕は震えた。


「光栄に思え。同姓同名の俳優と間違えられて死ぬのは多分世界でも初めてだ」


「絶対、話しませんから、だから、命だけは助けてくれませんか?」


気がつけばドラマの台詞の様なことを口走っていた。

それが聞き入れられる事を本気で期待している。それほど気が動転していた。


「残念ながら、それは叶わない。俺は、情けをかけて人質を逃がした結果、捕まったやつを知っている。お前が女なら可愛がってやったんだがな」


「後ろの穴はお嫌いですか?」


「掘るのはてめえの墓穴ひとつで十分だ」


「上手いですね」


「美味かねえよ。これでも人を殺すのは初めてなんだ」


僕は小さな丸椅子に座らされた。その下には青いビニールシートが敷かれている。おそらくは、血が飛び散って汚れないように。


「恨むなら、川谷秋…俳優のほうな。の父親を恨むんだな。やつが強情なために、一国民の反感を買ったんだ」


「お前はもう喋るな。それに恨まれるのはお前だ。お前が間違えたために、こいつは殺されちまうんだからな」


小男の手には小ぶりな斧がある。そして、ビニールエプロンをしていた。


ああ、終わった。僕の人生、終わった。

今までの後悔が押し寄せてくる。

一度でも本気で恋しておくべきだった。惰性でものを決めるのではなかった。大学も、真剣に考えればよかった…頭に現われては消えてゆくのは後悔ばかりで、少しばかり情けない。


「あー、只今マイクのテスト中。」


走馬灯がちょうど大学生の頃に差し掛かった時だった。


備え付けられたスピーカーから、雑音混じりの声が聞こえたのは。


「えー、マイクのテスト中。感度良好」


聞きなれたその声は間違いなくやつのものだった。


鬱陶しくて、暑苦しくて、お節介な、桜庭の声だった。


「誰だ!」「放送室へいけ!」


怒号が飛び交う中、じわじわと心が沸き立つのを感じた。助かるのかと思った。神様、ありがとうございます。これからは真剣に、生き抜いてみせます…神に祈りさえした。


「おい、聞いてるか秋。スマートに助けてやるよ」


スピーカーからドアの開く音が聞こえた。僕は正気に戻った。奴らは武器を持っている。運動神経だけはいい桜庭でも、これは危ない。


ノイズがさらに大きくなってプツリと消えた。


まさか、桜庭――




動けずに数分ほうけていた。

ガチャとドアが開いて目に入ったのは、桜庭でも、大男でも、小男でもなかった。

紺色の服を着て入ってきたのは、三、四十代と思わしき男だった。


「警察です。川谷秋さんですね」


助かった…のか?でも、桜庭は…


「可哀想な大学生の、な」


警察を名乗る男の背後から桜庭の姿を認めたその瞬間、僕は思わずガッツポーズをしていた。


彼はいつものように派手目な格好をして、ニヤニヤと笑っている。

怪我はないようだ。「よかった…ありがとう」安堵のため息と共にこぼれ出た言葉に、桜庭はピースサインで返した。


「ああ。友達だからな。それより、スポッチャ行こうぜ」



―――――――――――――――――



「あ、秋、おーい」


振り向けば桜庭が自転車をこいでやってくるのが見えた。


「そんな遠くからよく分かったね」


「言っただろ?お前の後頭部の形は頭に入ってんだ」彼は爽やかに笑った。もう、すっかり春だ。


あの日、桜庭と出会った日からちょうど一年が経っていた。僕らは今日から二回生になる。ちらほらと新入生らしき顔もみられ、大学内は初々しい雰囲気が充満していた。


「みんな若いねぇ」


桜庭は周りを見てしきりに頷いている。その顔は去年とあまり変わらない。でも僕には、少し違って見えるような気がしないでもない。


桜庭と並んで歩く。


「友達100人出来るかな、って?」


自転車のカゴにあるノートをゆびさし、笑う。


「ああ、そう言えば、探偵の彼と警察の彼、それから電気屋の友達によろしく言っといてくれよ」


僕が間違われて誘拐された日。そして、助けられた日。あれには桜庭の三人の友人が関わっていた。


約束した時間に僕が来ず、家に電話をかけるも不在と桜庭は知る。そこで普通なら待機するものの、彼は友人である探偵に僕の捜索を頼んだ。その友人の尽力で僕の居場所を突き止めると、次は警察の友人に連絡をしたらしい。そして備え付けられたマイクを使うがために、電気屋の友人を頼ったとのことだ。


その壮大な計画を聞いて僕は驚いた。さらにその桜庭の友人たちに驚かされた。

僕があの日、礼を述べると、彼らは同様に「友達の友達は友達だろ?」と笑ったからだ。

桜庭の偉大さというものを感じた気がした。


「おう。秋もいつか誰かの役にたつかもしんねえから、そん時は頼むぞ」


「友達の友達は友達だから、ね。」


「間違いねぇ」


桜庭はケラケラと笑う。

春らしい暖かく爽やかな風が吹いた。

それは確かに、僕の心の中を撫ぜていく。


「あ、やべ。レポート忘れた」


桜庭は急に思い出したか、自転車を倒しそうになっている。そしてそれにまたがると、来た方向へ走り出した。


「秋、先行っといてくれ!五分で戻るから」


小さくなっていく後ろ姿を見送って、また歩き始める。


校舎の前に着いた。さあ、と僕は自分に喝を入れる。


変わるのだ。去年とは違う自分に。


死にそうになって、わかった。自分がいかに適当に過ごしていたか。

でも神様は僕を生かしてくれて、だから僕は変わらなくちゃいけない。


無駄にした1年間が悔やまれるが――過ぎた時間は戻らない。それならせめて、前向きに捉えよう。過去の僕はかっこ悪いばかりだけど、せめて未来の僕はカッコイイと思って貰えるように、だから今頑張ろう。


それか、そうだ。マイクのテストのようなものだと思おう。

去年の一年間は、テストをしていたのだ。


感度良好。いい大学かはわからないけど、それは関係ない。なにより、いい友達がいる。いてくれる。


マイクがいくら良くても歌うものが下手であれば点数は低いように、いくら用意されたものが良くても僕が頑張らなくては有意義な時間など過ごせない。


長ったらしい演説などするつもりは無い。


歌いきってやろう。


爽やかで、熱い、青春の歌とやらを。




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