9 祭の準備
「ヴェールフリュ祭?」
「あぁ、王都キルシュで毎年プーリルフォの月にやるお祭りだ。4日から始まるんだ」
定休日に彼は突然やってたかと思えば、突然お祭りの話をし始めた。
アレン様曰く、ヴェールフリュ祭とは春を告げる女神プリマヴェーラへ捧げるために、毎年プーリルフォの月……私達でいう4月に王都キルシュで行われる伝統的なお祭りだそうだ。
お祭りの期間は3日で、その間王都内の至る所に露店が立ち並び、最終日の夜には仮面を付けてお酒を飲みながら踊るのだという。
「た、楽しそう」
「そこで、お前らも露店を出す気はないか?」
お祭りの露店を出すなんて、凄く楽しそうだ。
生菓子と半生菓子はダメでも、焼き菓子ならば露店に出すことが出来るから、商品には困らないし。
……だけど、露店を出すということは、こちらの店を臨時休業することになるし、ここから王都まで約4時間はかかる上に、私達はそこに行くまでの交通手段を持ち合わせていない。問題は山積みだ。
それに、アキ兄をどうにかしないと露店なんて出すことはできない。色々と問題があるのに、あの慎重なアキ兄が出ようなんて言うはずがないな。
露店参加はほぼ諦めかなと自己完結していると、今まで黙っていたアキ兄から予想外の発言があった。
「………いいな、露店。出るか」
「へ?アキ兄、出るの!?」
「……こういうのも一度は経験しておいた方がいいだろう」
どうやらアキ兄はやる気らしい、珍しいなぁと思ってしまう。
しかし、ナツ姉が出店に当たって色々問題あるけどどうするのと言いたそうな表情を浮かべながらアキ兄を見つめていた。
そんなナツ姉の心情を察してなのか、アキ兄は大丈夫だと自信満々に答える。
「出店中はこちらを臨時休業にする。……それに交通手段もあるし何の問題もない」
「え、交通手段あるの?私知らないけど」
驚くナツ姉を他所に、アキ兄が来い来いと手招きをした。アレン様に少し席を外すと伝えて店を出ていく。
向かったのは店の裏。そこにあったのは、もの凄く小さい馬小屋。中には馬が2頭、小屋の外には真新しい屋根付きの荷台が杭に繋がれていた。
驚いてしまう。いつの間にこんなものを用意したのだろうかと疑問が浮かんだ。
「アキ兄、この馬と荷台どうしたの……?」
「…………1ヶ月前に王子がくれた」
どうやら、荷馬車は1台持っておいた方がいいだろうという考えで、アレン様から頂いたらしい。
1ヶ月前って結構前なのに、こんなものがあるなんて気が付かなかったんだけど。
「そもそも荷馬車なんて運転できるの?」
「……大丈夫だ。乗れるように練習したからな」
練習っていつしたんだろう……。私もナツ姉も知らないから夜中にでもやっていたのかな。
でも、これで荷物を持っていくことはできるし、屋根も付いているので例え出発日が雨でも商品が濡れる心配はない。
交通手段があることも確認出来たので、店の中へと戻った。再度、アレン様の前に立つ。
「……それで、結局どうするんだ?」
「……露店に、参加させてもらう」
アキ兄の参加表明に、アレン様の口角が上がる。アレン様は、側近の執事さんに声をかけると彼から何かを受け取り、私達に差し出してきた。
それは羊皮紙が数枚。当たり前だが、全てこちらの世界の言語が書かれている。
3人でその羊皮紙の内容を確認する。よくある露店などの注意事項と参加申し込み書、露店場所の地図という内容だった。
「こちらの紙にサインしてくれ」
指示された通りにアキ兄が、執事さんに手渡された羽ペンで参加申し込み書に己の名前を書き込む。
彼の名前が書き込まれたのを確認すると、それを執事さんが回収した。
「これで、申し込み完了だ。後は、その紙を確認しておいてくれ」
それでは俺はここで、といい席を立つアレン様を入り口まで見送る。
「露店には俺も顔を出す。楽しみにしてるぞ」
その一言を残し、彼は馬車に乗ると王都へ帰っていった。
露店の参加も決まったので、次にやることといえば持っていく商品を決めることだ。焼き菓子といっても結構な種類があるので、日持ちや売れ行きを考えて、メモを取りながらピックアップしていく。
あまり多く持っていけないので、精々5種類くらいだろう。
「まずは、アイスボックスは確実でしょう」
「そうだね」
アイスボックスクッキーは、見た目も可愛くて人気だし日持ちもする。それに、生地さえ作って冷凍しておけば、後はスライスして焼くだけで簡単に出来るから手間もそんなにかからないし。
「後は?」
「……フィナンシェ」
「パルミエ!」
「……マドレーヌ」
あ、パウンドケーキやカップケーキも捨てがたいよねー、と呟くナツ姉。
生菓子のケーキが持っていけないので、パウンドケーキかカップケーキは持っていってもいいかもしれない。それなら、マフィンも有りかも。
フィナンシェとマドレーヌは採用かな。人気が安定した商品だし。入れる粉類によってバリエーションも豊富だからね。
パルミエは……、運んでる間に振動で粉々になりそうだし持っていくのには不向きだね……。それを考えると、チュイールも道中で割れちゃいそうだしやめておいた方がいいかな。
「フロランタンはどうかな?」
「………有り」
「ラングドシャは?」
「………無し」
フロランタンは結構丈夫だし、持っていくのにも困らないだろう。でも、ラングドシャはクッキーと違って薄くて割れやすいから、アキ兄の言う通り無しだ。シガレットにしたら持っていけるけど、巻く手間がかかるからどっちにしても無しかな。スノーボールもホロホロしてるし難しいだろう。
「チョコレートは?」
「持っていく間に溶けるだろう。無し」
「だよねー」
持っていけるとしても、私テンパリング苦手だからあまり作るのに携わりたく無い……。
「ハル、今何個出てる?」
「えーっと、アイスボックス、パウンドケーキかカップケーキ、フィナンシェ、マドレーヌ、フロランタン……丁度5種類かな?」
「……パウンドにしよう。カップは面倒だ」
確かに、カップケーキはいちいちアルミや薄紙の中に入れて焼かないといけないから面倒なんだよね。パウンドケーキなら、パウンド型に入れて焼いた後に、スライスすればいいだけだし。
「じゃあ、アイスボックスとパウンドケーキ、フィナンシェ、マドレーヌ、フロランタンでいい?」
「……そうだな」
「後は、個数だね。どれくらい持っていく?」
初めての露店だし、この世界にはお菓子という概念はないということを踏まえると結構な数を持っていってもいいかもしれない。今のところ、店で売ってる生菓子や焼き菓子が廃棄に回ったことは一度もないし。
「……祭りは3日間……、1日辺り各種100個の販売で行こう」
「ということは、各種300個ずつね」
ナツ姉がカタカタと電卓を打って、メモ帳にカリカリと書き込んでいく。そして、厨房内に引っ込むと材料の確認をし始めた。
「うーん、結構仕入れないとダメだね」
「マドレーヌやフィナンシェ、フロランタンは1単位50個、パウンドケーキは5本、アイスボックスは棒状10本って考えると結構いるもんね」
主に薄力粉とバターと卵の消費が凄そうだ……。幸い、プーリルフォの月4日まで2週間はあるし、業者さんにお願いして多めに卸して貰えばいいかな。余ってもどうせ店で使うし。
「……ナツ、今ある材料在庫をメモして俺に渡してくれ。後で業者に発注の手紙出しておく」
「りょうかーい」
「ハル……、今からお使い頼んでいいか?」
「はーい」
アキ兄はナツ姉のメモ紙を1枚ちぎり取ると、何かを書き込んで私に差し出してきた。
確認すると、そこに書いてあったのは荷台に敷くための布とラッピング用のリボンと書かれていた。
「……布もリボンも、ハルのセンスに任せる」
「はーい」
メモをしっかりポケットにしまって、買い物に行く準備をしているとユキちゃんが肩に乗ってきた。
「キュキュッ」
「何?ユキちゃんも一緒に行きたいの?」
「プキュ!」
「じゃあ、一緒に行こっか」
行ってきまーすと中の2人に声をかけて店を出ると、プルラオメの街へ向けて歩を進めた。
歩いて約10分、プルラオメの入り口に辿り着くので街へ足を踏み入れると行きつけの雑貨店に向かった。
店内に入り、荷台に敷くための布とリボンを選ぶ。沢山種類があるし、どれも可愛いので少し悩みそうだ。
「ユキちゃん、どれがいい?」
「キュー…………」
うーん、と悩む仕草をするユキちゃん。しばらくしてようやく決まったのか、ユキちゃんは若草色と桜色のリボンと水色の布を選んだ。
若草色と桜色なんて、春を告げる女神プリマヴェーラに捧げるヴェールフリュ祭にぴったりの色だ。
「ユキちゃん、センスいいね」
「プキュゥ……」
褒められて少し恥ずかしいのか、耳を押さえながらプルプルと頭を左右に振った。頬が少しだけ赤く染まっているのがわかる。
「じゃあ、これを買って帰ろっか」
ユキちゃんが選んでくれた布を1枚とリボンを各色6個ずつ持って、レジへと向かった。
店員のお姉さんは私に気が付くと、ハルちゃんこんにちはと挨拶をしてくれたので私も挨拶を返す。
「今日は沢山リボン買うんだね。この間買ってったのはもう切れちゃったのかい?」
「いえ、今度ヴェールフリュ祭の露店に参加することになったんで、それの買い出しです」
「ヴェールフリュ祭に出るのかい?楽しんでおいでね!」
でも、気をつけるんだよ?最近、王都の西門側は治安が悪くてガラの悪い連中がウヨウヨしてるって話を聞くからね、と雑貨屋のお姉さんが教えてくれた。
西門側は治安が悪いらしいし、出来るだけ西門側にはいかないようにしておいて損はないね。後でアキ兄とナツ姉に教えておこう。
「ありがとう、お姉さん」
「あぁ、私らも遊びに行くから時間があったら店に寄らせてもらうよ」
「お待ちしてます!」
雑貨屋のお姉さんから商品を受け取り、店を後にする。
「お祭り、楽しみだね」
「キューッ!」
初めての試みだから色々心配だけど、上手く行くといいな。
そう思いながら、足取り軽やかに喫茶フルールへの帰り道を急いだ。
用語集
【パウンドケーキ】バターケーキの一種。小麦粉、卵、バター、砂糖が全て1ポンドずつ使って作られることからパウンドケーキと呼ばれる。
1ポンドは約0.454kg。
フランスではカトル・カールと呼ばれている。
【アイスボックスクッキー】生地を棒状にして冷蔵または冷凍庫で冷やし固めてからスライスして焼くクッキー。
おなじみの形は、市松模様か渦巻き。
【フィナンシェ】フランスで「お金持ち」という意味。フィナンシェの形は金塊をイメージしている。
材料は、薄力粉、砂糖、卵白、アーモンドプードル、そして焦がしバター。
焦がしバターを作る時は、火傷と焦がし過ぎに注意。焦がし過ぎると風味がなくなる。
マドレーヌの兄弟的存在。
【マドレーヌ】ホタテガイをイメージした形のマドレーヌが一般的。時折丸い形の物もある。
マドレーヌという名前は、初めて作った人がマドレーヌという名前のメイドさんだったから。
薄力粉、全卵、砂糖、バター、ベーキングパウダー(膨張剤)で出来ている。
ベーキングパウダーと全卵を使うというところ以外はほぼフィナンシェと同じである。
ただし、マドレーヌは焦がしバターではなく、ただの溶かしたバターを使う。
【フロランタン】ドイツでは「フロレンティーナ」と呼ばれ、いずれも「フィレンツェの」という意味を持つ。
サブレ生地の上にキャラメルと合わせたアーモンドスライスを乗せて焼いたお菓子。
【パルミエ】フランスのパイの一種。
ハートの形になるように折り重ねた生地を、薄く切って焼くパイ。
どんなのかと一般的に説明するなら「源○パイ」
【チュイール】薄焼きのお菓子。フランス語で「瓦」を意味する。ナッツ類と卵白、砂糖、バター、薄力粉で出来る。
【ラングドシャ】正式名称「ラング・ド・シャ」
フランス語で「猫の舌」と呼ばれている。元々は猫の舌の形状だったが、今は四角や丸でもラングドシャ。
薄力粉に卵白、砂糖、バターを加えて焼いた薄く軽やかな食感のクッキーのため、普通のクッキーよりも割れやすい。
ラングドシャを割れないように、葉巻のように巻いたものが「シガレット(シガール)」と呼ばれる。
【スノーボール】丸く焼いたクッキー生地に粉糖をまぶし、雪玉に見立てたアメリカのお菓子。雪のようなホロホロ食感なので、作る時も出来た後も崩れやすい。
【テンパリング】チョコレートの温度調整のこと。大体50度に溶かしたチョコレートを27度まで冷やして29〜31度まで温度を上げる。
テンパリングをしないで固めたチョコレートは、表面に白い模様が浮いてくる(この模様をブルームと呼ぶ)
ブルームには、シュガーブルーム(チョコレート中の砂糖が再結晶化して表面に出てくること)とファットブルーム(カカオバターが表面に浮き出して、冷えて固まり白く粉になること)がある。
テンパリングをする事で、艶のある滑らかな味わいとなる。
【カップケーキ】言わずもがな、カップに入ったケーキ。アルミや薄紙に入れて焼く。
上にアイシングや生クリームを絞ったりして綺麗に飾られたものもある。
【マフィン】パンの一種に分類されることも。カップ型またはマフィン型に入れて焼く。
カップケーキに似ているようで似ていないお菓子。
ふわふわなスポンジ食感のカップケーキに対して、マフィンはしっとりしている。