5 ラビラビンとシュバルラビン
「オレンジ3つと、梨2つ、後リンゴ2つもらえますか?」
「あいよ。110ロズね」
「はい、110ロズ」
チャリンっとお金を差し出す。
すると、ハルちゃん可愛いからリンゴもう1個オマケしとくね、と果物屋のおじさんが紙袋の中にリンゴをもう1つ入れてくれた。
「ありがとうございます!」
「いいのいいの。それより、またお店行くね」
「お待ちしてます。今度、コーヒーのサービスしますね!」
そう言ってから、買い物袋を手にプフラオメの街から出て約10分歩いたところにある店へ帰ろうとする。
うーん、オマケしてもらったリンゴどうしようかなー?お店に使う用は2つあれば十分だったし……、夕飯後のデザートにでもしようかな。ナツ姉リンゴ大好物だし。
「キュッ……ギュゥ……」
どこからか、小さく弱々しい鳴き声が聞こえてきた。キョロキョロと辺りを見渡してみる。草原から覗いている小さな耳を発見した。
何がいるのかなとそちらに向かってみると、白い毛並みに赤い瞳の小さなウサギ。
「あ、ウサギ……じゃなくて、この世界ではラビラビンって言うんだっけ」
そうか、ラビラビンが鳴いていたのかと思ったけど、この世界のウサギって声帯が付いてるからちゃんと鳴けるんだったね。
キュッキュッて鳴くから可愛いなーと思いながらラビラビンを見ていると、ラビラビンの全身に赤いものが流れていることに気が付いた。
よく見てみるとそれは血液で、体に大きく深い切り傷があり、このラビラビンが怪我をしているということに気が付く。
「大変、怪我してる……」
よいしょと荷物の持ち方を変えて、ポケットに入れていたタオルでラビラビンを包み、優しく持ち上げた。とりあえず、お店まで連れて帰って、手当てをしてあげよう。このままだと衰弱する一方だ。
「ごめんね、ちょっと揺れて痛いかもしれないけど我慢してね」
ラビラビンを連れて急いで帰る。
カランカランッと来客用の鈴の音を立てながら店内へと滑り込むと、買ったものをカウンターの上に放置して、テーブルにラビラビンをゆっくりと下ろした。
カウンター内に引っ込んで、包帯や消毒液などを引き出しから取り出し持っていく。
「ちょっとしみるけど、我慢してねー」
コットンに消毒液を染み込ませてポンポンッと傷の手当てをし始めた。大きなガーゼを2枚当てて、クルクルと包帯を巻いていく。
「よし、終わったよ」
私の声に反応してピコピコッと可愛い耳を動かしてから、テーブルの上をゆっくりと動き回るラビラビン。お礼のつもりなのかテーブルに置いていた私の指をペロペロと舐め始めた。
「あはっ、どういたしまして」
すると、厨房の奥からナツ姉とアキ兄が姿を見せる。
「ハル、お帰り。あれ、そのラビラビンどうしたの?」
「帰り道で、怪我してたから連れて帰ってきちゃったんだ」
今手当したところだよと説明する。
全身に包帯って言うことは、結構酷い怪我だったの?と聞いてくるので、コクリと頷く。
「うーん、このまま野生に返すのも可哀想だし、傷が治るまでここで保護しよっか」
「いいの?」
「厨房とカウンター内に放さなければ大丈夫でしょ」
ね?アキ兄、とこの店の責任者であるアキ兄に了承を得る。彼はハァッと1つため息を吐くと、俺の厨房には絶対に連れ込むなよと念を押されたが許可が下りた。
ラビラビンさん、よかったねーと頭を撫でると、キューッと嬉しそうに鳴く。
「そうだ、お腹空いてない?ちょっと待っててねー」
先程買ってきた果物の紙袋を漁って、1つおまけしてもらったリンゴを取り出す。
しっかり水で表面を洗い流して、ペティナイフを手に取るとシャクッと音を立てながらリンゴをカットし始めた。8切りにしてヘタや芯を取り除き、表面の皮にVの字に切り目を入れて剥いていく。
それをお皿に乗せて、ラビラビンの所まで運んだ。
「じゃーん、うさぎリンゴだよ。ラビラビンさんにそっくりでしょ?」
ラビラビンにうさぎリンゴを見せるとキュッ!と鳴いて、1番近くのリンゴをショリッと食べ始めた。
……あ、うさぎリンゴって言ったけど、この世界だとラビラビンリンゴになるのかな……?でも、長くて言いづらいし、うさぎリンゴでいっか。
それにしても、ラビラビンって本当に頭いいなぁ。私達の言うことちゃんと理解しているなんて……。はー、可愛いなぁ……。
「ハルー、買ってきたものしまってー」
「あ、はーい!ここで大人しくしててね」
そう頭を撫でると、私は先程買ってきた果物を冷蔵庫の中へとしまった。
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ラビラビンを店で保護してから数日が経った。怪我も大分治ってきているし、この調子でいけば後数日で外に帰してあげられるだろう。
流石に、2階の私の部屋に1匹だと寂しいだろうし、私達も様子を伺えないから開店中はカウンターの近くにカゴを置いて、そこに居座ってもらうことにした。可愛いから看板娘になるかなーとか考えたのだけど、何故かお客様の反応が悪いように思える。
すると、リーザさんが恐る恐る聞いてきた。
「ハルちゃん……、そいつどうしたの?」
「怪我してたから手当てしたんですよ」
でも、もう大丈夫ですよ!ほら!といい、ラビラビンを抱き上げて見せる。ラビラビンはもぞもぞと腕の中で動くと、私の頬をペロリと舐め出した。
「あははっ、くすぐったいよー」
「……ハルちゃん、そいつから今すぐ離れた方がいいよ。ヤバイ奴だから」
「え?でも、大人しくていい子ですよ?」
うーん、ラビラビンって危ない生き物なのかなぁ……?そんな風には見えないんだけど。でも、リーザさんが嘘をついているなんて考えられないからなぁ……。
「大丈夫ですよ。傷が完治したらちゃんと野生に帰してあげますから」
そう伝えた後、カウンターの方からナツ姉にダージリンとアールグレイを入れろと言われたので、ラビラビンを抱えてカウンターへと戻った。
ラビラビンに大人しくしててねー、と声をかけながらカゴの中へと下ろし、手洗いと消毒をしっかりしてから紅茶を淹れ始める。
お客様に紅茶を提供し終えると、時間を確認した。ちょうどいい時間だ。商品の補充をして、奥のテーブルにクロスを敷いて準備を整える。彼が来るまで、後5分。
5分後、表からヒヒンッと馬の鳴き声が聞こえてきた。カランカランッと音を立てながら扉が開かれる。
「いらっしゃいませ、アレン様」
「よう、ハル、ナツ」
今日のハルのケーキはどれだ?と来店早々言われて、にこやかに当ててくださいと伝えるのだが、案の定本日も当てられてしまった。
悔しいと思いつつ、いつものダージリンティーと本日のご注文であるアップルパイを持って、アレン様の座るテーブルへと持っていく。
パイは、サクッという音を立てながら、アレン様の口の中へと吸い込まれるように入っていく。
「うん、美味い」
「ありがとうございます」
アレン様とお話ししていると、急に肩がズシッと重たくなった。何かなと思ったら、ラビラビンが私の肩に乗ってスリスリと頬擦りしている。
「………ハル、そいつは?」
アレン様の眉間に皺が刻まれた。とりあえず、先程リーザさんに説明したことを彼にも伝える。
すると、はあぁっとアレン様に深いため息を吐かれた。
「……ハル、それはラビラビンじゃない。シュバルラビンというラビラビンにそっくりな魔物だ」
パチパチと瞬きする。え、この子ラビラビンじゃなかったの?じゃあ、今の今まで私この子の種族名を間違えていたってことになるよね……?
「ごめんね、私ラビラビンだと思ってた……!シュバルラビンさんだったんだね!」
そうシュバルラビンに伝えると、気にしてないよと言うようにキュキュッと鳴いた。よしよしと頭を撫でてあげると、目を細めて気持ち良さそうな表情を浮かべる。
「シュバルラビンは、一見可愛いがそれは見た目だけだ。人間を襲い殺すんだぞ」
「そうなんですか……?」
あ、だからリーザさんが離れた方がいい、危険だよって教えてくれたんだ……。だから、お客様の反応も良くなかったんだね。
でも、この子利口だし、大人しいから人を襲うなんて考えられない。もしかしたら、人を襲わない個体なのかもしれないし……。
そう考えている私の様子を見てなのか、またアレン様の口から深いため息が零れる。
「………ハル、アキ呼んでこい」
「え、あ、はい」
アレン様に命令されてしまったので、渋々アキ兄を呼びに向かう。
ちょうどお持ち帰り用のケーキが出来たらしい、アキ兄はそれを持ってアレン様の元へ向かった。
しばらく経った後、アレン様が退店されるらしく、お付きの執事さんを引き連れて出入り口まで戻ってくる。
「アキ、そう言うことだから頼んだぞ」
「………忠告感謝いたします、王子」
「それじゃあな、ハル、ナツ。また来る」
アキ兄に何か言葉を残し、彼は店を出て行った。気になったので何の話をしていたのか聞いてみるけど、アキ兄は男同士の秘密と言いながら教えてはくれないらしい、そのまま厨房に引っ込んでしまう。
2人の交わした言葉が少し気になったが、聞くほどのものでもないだろう。閉店まで、大人しく接客をしていた。
用語集
【ラビラビン】この世界のウサギの名称。日本のある世界のウサギとは違い、声帯を持っているので鳴くことが出来る。
【シュバルラビン】ラビラビンそっくりな魔物。赤目で耳が尖っていたらそれはシュバルラビン。