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3 フロマージュとダージリン

 

「まさか、俺が来ることを知らなかったわけじゃないよな?」


 そういう、この国の王子様であるアレン様。ニッコリとした笑顔が凄く恐ろしい。

 まさにその通りです、知りませんでした。だって、何も聞いてないし……。知ってたらこんなにバタバタしてないってばー!

 そう心の中で愚痴りながら、どうやって言い訳しようかなーと考えていると、厨房でケーキを作っていたアキ兄が、ヒョコッと顔を出してきた。アレン様の姿を見た瞬間に、何かを思い出したかのようにポンッと手を叩いて。


「……………ごめん。伝えるの、忘れてた」


 と言ってきた。アキ兄曰く、昨日従者が手紙を届けてくれて、明日来ると聞いていたのだが、アレン様が持ち帰る用のケーキを考えていて伝えるのを忘れていたらしい。ケーキを作ることはしっかり覚えていたんだね……。流石、ケーキを今宵なく愛するケーキバカ……。

 流石にナツ姉もお怒りなのか、アキ兄の阿呆!ケーキと結婚してろ!と罵倒していた。


「ほうほう、ということはお前達は俺が来ることを知らなかったということだな?」


 あははははーっと誤魔化すように笑った後、申し訳ありませんでしたと謝る。アレン様は小さなため息を吐きながら、まぁいいと呟いた。よかった、お咎めなしだ。


「んで?今日ハルが作ったのはどれだ?」


 アレン様は毎回、私の作ったケーキを注文する。なんでか理由を聞いてみたところ、私の反応が1番面白いからだそうだ。

 それもそうだろう、相手は王子……しかも、次期国王と言っても過言ではない方。美味しくないものを作っている訳ではないし、ケーキを作るの好きだけど、……やっぱり口に合わなかったらどうしようとか考えて、緊張してしまうのだ。

 ……かといって、私もやられっぱなしという訳にもいかないので。


「当ててみてください!」


 と、いつものように反撃する。

 アレン様は、当ててやるよと言いながらマジマジとショーケース内のケーキを吟味し始めた。


「よし、わかった」


 このフロマージュブランケーキだ。

 そう言うアレン様に、ぐぬぬっとなってしまう。なんせ、そのフロマージュブランケーキ……所謂ベイクドチーズケーキは、私が作った物だからだ。


「あ、当たりです……」

「当たってたか」


 なんで、毎回毎回当てずっぽうなのに当たるんだろう……。いや、10種類のうち4種類はアキ兄、3種類はナツ姉、残りは私が作ってるから10分の3の確率で当たるんだけど……。1回くらい外してくれてもいいじゃないか……。


「じゃあ、フロマージュブランケーキ1つと、ハル、いつもの」

「かしこまりました」


 ナツ姉が、アレン王子をテーブルクロスを敷いた喫茶スペースへと案内してくれる。

 私はと言うとカウンター内に引っ込み、ドリップ用のケトル内に水を入れて温度を100度に設定してお湯を作り始めた。その間に、カップとティーポットに別のお湯を注いで温める。

 しばらくしてケトルに呼ばれるので、ポット内のお湯をシンクに捨てて綺麗な布で余分な水分を拭き取り、ティースプーンで中盛り一杯分の茶葉をポットに入れた。ケトルのお湯を勢いよくポットの中に注ぐ。フワフワと茶葉がお湯の中に舞った。

 ティーポットの注ぎ口に少しかかったところでお湯を止め、蓋をするとティーコジーをポットに被せた。3分のタイマーをセットし、ケーキの用意をしておく。

 3分後、タイマーが鳴ったのでカップ内のお湯を捨てて拭き取り、茶漉しをカップにセットすると、ティーコジーを取ってポットの中の紅茶を円を描くように淹れ始めた。最後の一滴まで、ポットに残さずに。

 これで、アレン様ご所望のダージリンティー……、通称いつものが完成する。それをケーキと共に奥の喫茶スペースまで運んだ。


「お待たせいたしました。フロマージュブランケーキとダージリンティーです」


 彼の前にケーキとダージリンティーを差し出す。彼は、スッとフォークとナイフを持つと一口大に切り、口に運んだ。

 ドキドキと、心臓が煩く跳ねる。


「うん、今日も美味いな」


 それに、ハルの淹れた紅茶は本当に美味い、淹れ方を侍女にも教えてやって欲しいくらいだ。

 そう言われてホッとする。あぁ、よかった……。美味しくないとか言われなくて。

 安心していると、アレン様からブハッと笑いを吹き出す声が聞こえてきた。え、なんで笑われてるんだろう……。


「だからな、ハル。そういうのが面白いって言ってるんだよ」

「ど、どういうのですか!」

「すっごい安心しきった間抜けな顔」


 え、そんな表情に出てるのかな……。もしかして、毎回そんな顔してるのかな……!?でも、それで面白がられているなんて……、なんか腹が立ってきたし、恥ずかしい上にちょっと泣きそう。

 すると、救いのようにアキ兄が厨房から出てきた。その手にはケーキトレーに乗せられた、シャルロットと呼ばれるケーキ。表面には色とりどりのフルーツが乗せられていた。


「……アレン王子、本日のお持ち帰り用はこちらでいかがでしょうか」

「おお、これは美しいな」

「………後、うちの可愛い妹イジメないでくれませんかね」

「悪い悪い。ハルが面白いからついな」


 それで、いくらだ?と値段を聞いてくるので、ポケットに忍ばせてあった電卓を取り出してキーを叩く。えーっと、フロマージュブランケーキ1ピース40ロズ、ダージリンティー30ロズ、フルーツシャルロットホールで365ロズだから……。


「お会計、435ロズになります」

「じゃあ、500ロズな。釣り銭は取っておけ」


 アレン様の隣に立っていた執事さんが、100と書かれたコインを5枚渡してくる。一応確認したのち、ありがとうございます、頂戴いたしますと返事をしておいた。

 私がお会計をしている間に、アキ兄がケーキを箱に入れてくれる。それが終わると彼は再度奥へ引っ込んでしまった。


「……はぁ、本当に、こんな街外れにあるのがもったいない……」


 それも、王都の外れならともかく、南のプフラオメの街外れなんて……、と愚痴を零しながらも、ケーキと紅茶を完食してくれるアレン様。

 文句は是非とも、この世界に私達を召喚した魔女本人に言ってほしい。間違えで呼び出された挙句、元の場所に戻す方法なんてないと言われたのだから。

 しかも、お菓子という概念がないときた。あの瞬間、3人で絶望しちゃったよ。1人じゃなくて本当によかったって心底思ったね。1人で異世界に放り出されたら生きていけないよ、普通。

 ……だが、私達は知っている。アレン様は街外れでもったいないと言いながらも、その言葉にはこんな所ではなく王宮で働く気はないかという意味も含まれていることに。そして、それを来るたびに言われることも。


「そんなこと言われても、王宮で働く気はありませんからね?」

「……わかってるよ。アキに散々振られたしな。諦めてもいないが」


 すると、側に控えていた執事さんが胸元の懐中時計で時間を確認した。


「アレン様、そろそろお時間です」

「もうそんな時間か」


 執事さんにお持ち帰り用のケーキを持たせて、席を立つアレン様。出入り口までお見送りする。


「ありがとうございました」

「あぁ、また来る」


 彼は、御付きの兵士さん達を連れて、カランカランと鈴の音をさせながら出て行った。

 よかった、ようやく嵐が過ぎ去った……。


「お疲れ、ハル」

「ナツ姉、私そんなにわかりやすい?」

「うん、わかりやすい」


 大丈夫だって、それがハルの可愛い所だから!と頭を撫でられる。


「ハル、それより紅茶淹れて。アレン様が飲んでるの見て、飲みたいっていうお客さん沢山いたから」


 これオーダー表ね、と小さなバインダーを手渡してくる。そこにはびっしりと紅茶の種類と番号札が書き込まれていた。淹れてないの?と聞くと、ハルほど美味しい紅茶淹れられないし、私ラテアート担当だからと一刀両断された後、お客様にはちゃーんと了承を得てるから大丈夫だよーと言われる。

 この後、私はティーカップが棚から無くなるまで紅茶を注ぎ続ける羽目になった。


用語集

【プフラオメ】王宮がある王都キルシュより南に位置する街。喫茶フルールはこの街の外れにある。


【フロマージュブラン】フランス語で「白いチーズ」を意味する。ただのフランス産のチーズ。だが、普通のチーズよりもクセはないし独特の匂いもしないので、チーズ苦手でも食べれるかも。


【ベイクドチーズケーキ】ベイクドとは「焼く」という意味がある。つまり、ベイクドチーズケーキとはただの焼いたチーズケーキ。


【シャルロット】型の底や側面にビスキュイ・ア・ラ・キュイエール(後述)を絞って焼いたものを敷き、ムースやババロア、クリームなどを流し込んで冷やし固めたケーキ。

中に詰めるものによって、名前が変わる。

シャルロットとは、「貴婦人の帽子」という意味を持つ。


【ビスキュイ・ア・ラ・キュイエール】

ビスキュイ生地を指くらいの太さで絞り出し、粉糖を表面に振りかけて焼いたお菓子。

ざっくりいうなら、別立て(卵白と卵黄を分けて泡立てること)スポンジ。

キュイエールとは「スプーン」を意味する。絞り袋という良いものが無かった時代はスプーンで落としていたことから。


2話で紹介した、ビスキュイ・ジョコンドとはまた別物である。


【ティーコジー】ポットを保温するために被せる布。


【ドリップ】コーヒーの淹れ方の1つ。ろ紙などでコーヒーを濾し出すこと。

また、「しずく」「したたり」という意味もある。

ドリップ用ケトルは、注ぎ口が長細い。



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