2 ナツの特技
「えーっと、チョコレートタルトとサンマルクってケーキを1つずつ下さーい!」
「はーい、お持ち帰り用のケーキはどれにします?」
ほぼ毎日来てくださるリーザさんはいつもケーキを1つ食べてから、お持ち帰り用のケーキを買って帰られる。
だから、先にお持ち帰り用も聞いておいてリーザさん用に用意しておく。その方が私達もリーザさんも楽だからだ。
「さっきナツちゃんが言ってたハルちゃん特製ラズベリームースケーキを1つと、前食べたとき美味しかったからこのオレンジタルト下さい!」
「はーい、帰るとき声をかけて下さいねー」
カタンとショーケースの扉を開いて、お皿にチョコレートタルトとサンマルクを乗せる。
それをトレーの上に置いて、リーザさんに差し出すと、カタカタとレジスターに金額を打ち込んだ。
「お会計180ロズになります」
「はい!180ロズ!」
手渡されるこの世界の通貨、ロズを確認する。えーっと、100と彫られたコインが1枚と、10と彫られたコインが8枚あるから、180ロズ……うん、金額も丁度だ。
「はい、180ロズちょうど頂戴いたします。いつもありがとうございます」
こちらサービスです、と一言添えて、彼のトレーの上にダックワーズが2個入った袋を乗せる。
リーザさんは、こちらこそありがとう!というとケーキのお皿が乗ったトレーを持ちながらお友達と一緒にカフェスペースへと歩いて行った。
お友達のリザードマンさんは少し恥ずかしそうに私達に頭を軽く下げるので、私も思わず会釈してしまう。
その間にナツ姉が、ケーキの箱を用意してラズベリームースケーキとオレンジタルトを崩れないよう綺麗に詰めてくれた。そのまま、リーザさん用とカードを付けて厨房の冷蔵庫に保管しておく。
すると、先程カフェスペースに行ったはずのリーザさんがレジカウンターまで戻ってくる。どうしたのかなー、と首を傾げているとケーキが早く食べたすぎて飲み物頼むの忘れちゃった!と恥ずかしそうに笑っていた。
「ハルちゃん!あのケーキに合う飲み物はどれかな?」
「リーザさんの食べるケーキはどちらですか?」
「サンマルクの方!」
サンマルクの方かー。あれ、上が砂糖のカラメリゼでパリッとしてるし、バニラクリームとチョコレートクリームにアーモンドのジョコンドだから、味は結構濃厚で、紅茶類だとちょっと弱くなっちゃうんだよね。チョコレートタルトだったらナッツミルクティーか柑橘系の紅茶を提案するんだけどなぁ。
「サンマルクなら、普通のホットコーヒーですかね」
「じゃあそれと、後、ナツちゃん!あれやってほしいんだけど!」
友人さー、ドーマって言うんだけど、あいつを驚かせたいんだよー!あいつ可愛いもの好きだからさー!と言うリーザさん。ナツ姉を指名、可愛いものという単語で何の注文か理解してしまう。
ナツ姉も聞いていたのか、いいですよー!と返事をしていた。
「ノーマルですか?それともハニー?」
「ノーマルで!」
「はーい、後リクエストあります?」
「キャッツェル!」
えーっと、キャッツェルって言うと猫だね!
そう言いながら、ナツ姉はミルクを温め始めた。その間にカップとソーサーを用意してドリンク代のお会計する。
「お席まで持っていきますね」
「ありがとう!」
あいつ驚くぞー!と嬉しそうに笑いながら席に戻って行くリーザさんを見てると、こっちまで嬉しくなってきてしまう。
初めてリーザさんがここに訪れた時は凄く驚いたし怖かったけど、話してみたらとても陽気な方で、今では仲のいいお客様だ。
すると、シュワーとコーヒーのいい香りが漂ってきた。ナツ姉のカフェラテ作りが着々と進んでいく。
「よっし!適温!」
ミルククリーマーで泡立たられたあったかいミルクを、ミルクピッチャーでクルクルと回し、大きな泡を潰して行くナツ姉。
そして、ラテカップに注がれたエスプレッソの中にミルクを注いでいく。ラテカップの真ん中に猫の輪郭が出来上がった。デザインピックを上手に使って白い円に顔を描いていく。
「でーきた!」
ラテカップの真ん中には、可愛い猫……この世界ではキャッツェルの絵が描かれていた。
その様子を見ていた他のお客様から、可愛いーと声が上がる。
ラテアートはナツ姉の特技。喫茶フルールのちょっとした名物だ。
「ナツちゃん!私にもやってほしいな!」
「はいはーい!ハル、リーザさんの分、持っていってくれる?」
「うん!」
ナツ姉は次のラテを作り始めた。
出来上がったコーヒーとカフェラテを持って、リーザさんのお席へと運ぶ。私の姿を見るなり、待ってました!と声を上げた。
そんなリーザさんに向けて、ドーマさんがやめろ!恥ずかしい!といい、頬を赤らめる。
「はい、こちらがリーザさんのコーヒーです。そしてこちらが、カフェラテになります」
スッとドーマさんの前にカフェラテを置いた。彼の反応を見てみると、何やらキラキラした目でラテを見ている。ふおおおっという効果音でも付いていそうな表情だ。
「か、可愛い……」
「ドーマ、可愛いの好きだろ?」
「た、確かに好きだけどよー……、こんなに可愛いと飲むの勿体無い……」
それに、俺、こんな見た目なのに可愛いの好きとか変だろ!と言うので、全然変じゃないですよーと返しておく。すると、ドーマさんは顔を真っ赤にして、恥ずかしそうにありがとうと呟いた。流石、リーザさんのお友達、面白くて可愛い人だなぁ。
でも、ナツ姉のラテアート、喜んでもらえてよかったなぁ。
そう思いながら、レジカウンターへと戻る。ナツ姉と目があったので、喜んでいたよと伝えるためにグッとサムズアップすると、よっしゃと言わんばかりにガッツポーズを決めていた。
「あ、ハル!棚のクッキー無くなってるから補充してー」
「はーい」
ナツ姉から、クッキーの袋が敷き詰められたばんじゅうを受け取り、棚にある籠の中に詰めていく。
すると、外が何やら騒がしくなった。窓から外を確認すると、店の前に馬車が止まっていることに気がつく。そして、その馬車に描かれた紋によって、誰が乗っているのかも。
……今日来るなんて、私聞いてないんだけど!
「………ナツ姉!奥のテーブル、クロス敷いて整えて!」
「え、もしかしてあの人来ちゃった感じ?」
「そう!」
ナツ姉が、今対応しているお客様にすいません!と一言謝り、大慌てで真っ白なテーブルクロスを持って、奥のカフェスペースへと引っ込む。その間に、私が紅茶を淹れる準備を進め、ケーキフォークとナイフを用意する。
なんとか私の準備が整った所で、カランカランッと来客を告げる鈴が鳴り響いた。それと同時に、ナツ姉がカフェスペースからズザアアッと滑り込むように帰って来る。
入ってきたのは、後ろに兵士と執事を数人従えた、いかにも高級そうな服を身に纏った男。まさか、彼がここに来るとは思っていなかったのだろう。店内にいたお客様全員が、あんぐりと口を開いていた。
「よう、ハルにナツ。どうしたんだ?ドタバタ音が外まで聞こえてきたが……」
まさか、俺が来ることを知らなかったわけじゃないだろうな?と笑顔を浮かべながら言ってくる。
そんな彼の名前は、アレン・ローゼンロート。喫茶フルールの常連客にして……、この店がある国、ローゼブルーメ王国の第1王位継承者。
つまり、この国の王子様だ。
用語集
【ロズ】この世界の通貨。1ロズ=10円。なので、リーザさんが払った金額は日本円で1800円。
【キャッツェル】この世界の猫。
【カラメリゼ】砂糖類をバーナーなどで香ばしく焦がすこと。砂糖などをキャラメル状に煮詰めることもカラメリゼという。
【サンマルク】二層のクリームをジョコンド(後述)で挟んで、上にカラメリゼされた砂糖が乗ってるケーキ。決して、某カフェやレストランの名前ではない。
【ジョコンド】正式名称ビスキュイ・ジョコンド。アーモンドプードルを使用したスポンジ。
ビスキュイとは「2度焼き」、ジョコンドは「モナリザ」という意味である。
【ダックワーズ】ダッコワーズともいう。メレンゲ(卵白に砂糖を入れて泡立てた物)とアーモンドプードルを使った小判型の焼き菓子。マカロンとは親戚みたいな感じのお菓子。表面ツヤツヤのマカロンと違い、ザラザラしている。
【デザインピック】ラテアート用の道具。簡単にいうならお絵描き道具。決してギターなどのピックではない。
【ラテアート】エスプレッソに泡立てたミルクを注いで表面に絵を描くこと。泡が出来ていないと、表面に白いのが浮かない。絵が描けない。綺麗じゃない。
【ミルクピッチャー】エスプレッソマシーンとかでミルクをスチームして温めるために使うミルクの入れ物。
コーヒーを頼んだときに、付いてくるミルクが入った白い小さな入れ物もミルクピッチャー。
【ミルククリーマー】ミルクを泡立てるための道具。