第三話 志望動機
「確かに・・・業績も近年いいですし、会社の人間関係もいい先輩や同僚に恵まれていたと思います。ただ入社して5年近くが経ちまして、自分の中の営業の幅を広げたいという気持ちが生まれました。今の営業スタイルは、大口のお取引先である自動車のエンジンやブレーキ周りのメーカーから要請を受けて、購買部の人からヒアリングを行い、それを会社に持ち帰るという営業です。自ら提案して製品作りに関わるということがほとんどできません。あるいは、他の業界の顧客を増やし、新たな製品のニーズを見つけ出すということもあまりありません。もっといろんな営業スタイルを身につけ、営業マンとしての、もっといえば人としての力を向上させたく思い、転職活動を始めました」
後になるにつれ、少しずつ語調が強まりながら花田さんは想いを述べた。聞いている永井さんは少し顎を触りながら頷き、人事の大石さんは花田さんの言葉をメモに取っている。
「なるほど。まあ、キャリアアップを図りたいっていう感じがするけど、そう捉えてもええかな?」
「まあ、そうなると思います」
「わかった。そんで、なんでうちを受けようと思ったん?」
「御社は商社として、様々な業界に取引先を持っていると伺いました。ホームページを拝見させていただきましたが、自動車関連だけでなく、工作機械や産業機械関連、さらには電子機器関係のメーカーまで、他業種に渡る顧客を持っていると思いました。御社であれば、いろんな業界に対して営業ができ、多様な要望にも応えられる提案力がつけられるのではないかと思いました。これが応募した理由です」
転職理由と、三光商事の志望動機は一貫していると思った。転職理由は、相手に納得できるものでなければならず、かつ前向きなほうがよい。ここは予測してたのか、うまく言えていると思ったそのとき、「いつもの」言葉が永井さんの口から出た。
「で、それだけ?」
聞き足りないのか、志望動機に納得できなかったのか、それともただの予想外の反応をしたときの反応を見たいただけなのか。永井さんは面接のどこかで、こんなことを言う。花田さんが不意をつかれたのか唇を微妙にかんだように見えた。大石さんはメモを取るのをやめ、顔を上げて花田さんを見つめる。一瞬、無言の時間が生まれたあと、花田さんは口を開いた。
「後は・・・先のことに関連するのですが、多様な業界とお取引していることで、どこかの業界の景気が悪くなっても業績を維持できる、会社としての安定性も感じました」
そう述べた後、若干照れた表情になって花田さんは言った。
「実は・・・あの・・・近々結婚する予定でして、そうなると将来のことを考えて、生活の安定を図れる環境に身をおきたいと思っています。そうなるとやはり、御社のことが魅力的に思えまして」
「おう、そうなんか。それはめでたいな。それはなあ、やっぱり将来のことは考えるよなあ。ふーん、それは大事なことや」
少し人事のようにも聞いているように思えたが、この年頃の転職者の方だと、やはりそこは仕事を選ぶにあたって重要な要素だ。少し恥ずかしがっていたようだが、飾ることなくそのことを伝えることは、中途採用の面接において悪いことではない。
そのあと10分ほどは、永井さんから業績が安定している理由とか、なぜこれだけ多くの会社と取引しているのかなど、会社案内のような話が続いた。この間は大石さんはメモも取らず、永井さん以外の3人は話を聞き入るだけだった。話が一段落つくと、唐突に永井さんが花田さんに問いかけた。
「自分って、どんな性格やと思う?ちょっと説明してみて」
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