第一話 三度目の面接
「こんにちは。はじめまして」
「はじめまして。株式会社キャリアエージェントの岩田純一と申します。本日は三光商事の選考にご応募いただきまして、ありがとうございました。私が三光商事のビルまでご案内いたします」
「よろしくお願いします」
涼しい風が通り抜けるオフィス街にあるコーヒーショップの前で、僕岩田純一はご登録者と待ち合わせた。僕は都内にある人材紹介会社で営業担当をしている。僕の仕事は、顧客となる企業から中途採用の求人をヒアリングし、企業の求めている人材像に合う転職者を紹介することだ。紹介する転職者はわが社に登録している人たち(=ご登録者)で、男女も、年齢も、経験職種も様々だ。今日は僕の顧客で、営業スタッフを募集している三光商事株式会社に紹介したご登録者の面接の日である。僕が会社近くのコーヒーショップでご登録者と待ち合わせ、会社まで案内、そして面接まで同席することになっていた。
今日面接を受けるご登録者は花田さんという27歳の男性だ。背は高く細身で、ストライプのスーツがよく似合っていた。花田さんは会社に向けて歩いている間、口を閉じ少し強張った表
情をしていた。
「緊張していますか?」僕が声をかけた。
「ええ・・・少しだけ。会社の面接を受けるのは大学で就職活動して以来ですから」
「安心してください。ここの面接は和やかですよ。面接官の方も気さくな方ですし、かたい感じは受けないと思います。もしかしたら面接というより、雑談っぽくなるかもしれません」
緊張をほぐそうと話しかけると、花田さんは「そうですか」といった。まだ表情に硬さが残っていたので、さらにできるだけ面接で想定される質問だとか、これまで同席した面接での雰囲気とかを詳しく説明して気分を楽にしようとした。そのうち待ち合わせてから10分ばかり歩いて、三光商事のビルに到着した。黒い外壁の10階建てのビルで、玄関前の社名が彫られた大きな大理石が特徴的だ。
このビルに足を運ぶのは、ここ1ヶ月で5度目である。1度目は、営業スタッフを紹介して欲しいと人事担当から呼び出されたとき。2度目は、面接の候補者となるご登録者の履歴書を持って行った時。3度目、4度目は他のご登録者の面接同行だった。正直なところ、ここで面接同行は最後にしたい気分だった。3度目、4度目に同席した面接のご登録者は、面接官の印象がピンと来なかったようで、別の人をもっと紹介して欲しいと言われていた。そして花田さんで3度目の面接同行となった。ビルの玄関を前にして、僕はこれまでの成り行きを振り返って思った。
「これでまた次の人を・・・なんて言われたら、あの人どう思うかな」
玄関奥にある内線電話で、いつも連絡を取っている三光商事の人事担当に面接に来た旨を伝えると、4階に来るよう案内された。エレベーターで4階に着くと女性の事務員が待っていて、通路奥にある応接室を案内してもらった。事務員によれば面接官は電話が長引いていて、予定より少し遅れて来られるかもしれないと申し訳なさそうに言って出て行った。花田さんと奥のソファーに座り、静かに待っていた。応接室は普段はあまり使われていないのか、どことなく澱んだ生ぬるい空気がよどんでいた。八畳位の部屋で、中央には机とソファーがあり、奥には縦横1mくらいの高さの本棚の上に、金色の置時計がおかれていた。
僕は花田さんの息遣いが早いことに気づいた。4階はオフィスとなる部屋がなく、ここのような3つほどの応接室と物置部屋、そしてトイレがあるだけで、人の出入りが余りないせいか外の音が余り聞こえてこない。聞こえてくるのは時計の針の音と、花田さんの息だけだった。ときどきフウー、フウーと口を細めて息をしながら、向こう側の、面接官が座るであろうソファーをずっと見つめていた。やはり少し緊張しているようだった。僕はこれから始まるであろう、面接官と花田さんの面接の様子をイメージした。おそらく花田さんは饒舌なほうではない。一方、面接官はご登録者の転職理由や志望動機などはいつも聞いてくるものの、ときどき自分の趣味や家庭のことまで交えて話す人だ。きっと面接官が話をリードし、面接官の質問には花田さんが簡潔に答え、そこから面接官が自分の話をしていくことが繰り返されるだろう。
そのうち、通路の奥から足跡が聞こえ、扉が開くと40歳代の恰幅のいい男性と、20台半ばのハンサムな人事担当が入ってきた。
「涼子さん、今回は一緒に祈りましょう」
僕は人事担当に挨拶をしながら思った。